「それは嘘でしょ。兎が鳥の仲間だなんて、そんな話は聞いた事が無いわ」
ミスティア・ローレライは、胡散臭そうに因幡てゐを見た。
「まあ、古い話だから、ミスティが知らないのも無理はないかもね」
「古い話ねぇ」
したり顔で冷酒を飲む兎を眺めながら、夜雀は胡散臭そうに八目鰻を焼く。
ここは、人通りの少ない夜道に咲いた赤提灯、八目鰻と酒と何かを給するミスティア・ローレライの屋台である。
いつもは、鴉天狗をはじめとしてた常連連中に加え、目が見えなくなった人間や酒を求めた妖怪が賑わい、盛況を極めるミスティアの屋台であるが、今日は日が悪いのか、客は永遠亭の詐欺兎、因幡てゐが一人だけ。
そんな兎の注文を受けて、夜雀が鰻を焼いていると、唐突に兎が奇妙な話を始めたのだった。
「私達兎はね、昔は鳥の仲間だったんだよ」
じうじうとタレの焼ける音を聞き、鰻の焼け具合を確かめながら、夜雀は呆れたようにてゐを見る。
「兎は、ケモノでしょ」
「それなら、コウモリもケモノだけど空を飛ぶよ」
「まーね。でも、コウモリは羽あるけど、あんたには羽は無いでしょうが」
そう言いながら、ミスティア・ローレライは焼き上がった八目鰻のかば焼きをカウンターに置く。
「んー、あるよ」
すると、美味しそうに鰻のかば焼きに齧りつきながら、てゐは自分の耳を指差した。
「はぁ?」
「だぁからー、これが兎の翼なのさ」
そう言って、てゐは耳をピョコピョコ動かす。
そんな様を見て、ミスティアは、とてもとても疑わしげな目で因幡の素兎を見た。
「弾幕ごっこの時とかさ、てゐも空飛ぶじゃん」
「うん」
「その時に、耳を動かしてたっけ?」
「いんや」
首を振りながら、かば焼きを食べる兎を見て、夜雀は『ふかぁい』ため息を吐く。
「やっぱ、嘘じゃん」
「いやいや、既に私の耳は退化したヤツだからねぇ。昔の兎は、これを動かして空飛んでいたんだよ」
「……そもそも、昔っていつさ」
「そうさね。私のひいばあちゃんの時代かな」
因幡てゐは、見てくれこそ若いが、その実は神代より生きる兎、因幡の素兎である。
その、曾祖母となれば、どれほど古い時代を生きた兎なのだろうか。
しかし、そんな事は欠片も知らぬミスティア・ローレライは「ひいばあちゃんねぇ……」と、疑わしげな視線を送るだけだ。
だが、そこは因幡てゐ。
慌てず騒がず、かば焼きを平らげると口直しにと冷酒を飲み干し、年季の入ったコップを突きだして、平然とお代わりを要求した。
夜雀は、黙って冷酒を注ぐ。
「やっぱ、暑い日はコレに限るね」
「そうだね」
冷たい清酒をキュッと一杯、てゐは美味そうに飲み干した。
「それに、さ」
「ん?」
「私の話以外にも、兎が鳥だって証拠はあるんだよ」
「へぇ」
ミスティは頬杖を突きながら、相槌を打つ。
客がてゐしかいないので、暇なのだ。
「ミスティア・ローレライは鳥を、どう数える?」
唐突に、因幡てゐの声色が変わった。
姿形はいつものてゐなのに、どこか奇妙な緊張感のようなものが生まれている。
「え、ええっと、それは、その『一羽、二羽』って、数え、ます」
それに戸惑い、ミスティアは思わず、敬語を使ってしまう。
「なら、兎は?」
「え、それは……いっぴ」
そこまで言った時に、ミスティア・ローレライはある事を思い出す。
それは寒い冬の日の事だった。
「いやっほー!」
寒い中でも元気よく、いや、寒い中だからこそ元気いっぱいに氷の妖精チルノは雪を蹴って、走っていく。
「チルノは元気だねぇ」
そんなチルノの様子を、厚着の所為で着膨れをしたミスティア・ローレライが、フクロウのように首をすくめながら眺めていた。
辺りは一面の銀世界。
幻想郷は割と豪雪地帯なので、一度雪が積もると全てが白になってしまう。
そんな雪原の向こうで、何かが動くのが見えた。
「あ、兎だ!」
氷精が叫ぶ。
真白な毛並みと赤い目をした白兎が、雪の中で動いていたのだ。
「ああ、居るね」
そんな事をミスティが言う頃には、チルノの大声に驚いた兎は逃げ出していた。
それはまさに『脱兎の如く』といった勢いだ。
「結構いたね」
「うん、四匹ぐらいかな。家族かもね」
そんな事を二人で話していると、
「四羽よ」
と、訂正する声が後ろから聞こえてくる。
「あ、レティ!」
振り組むと、そこには朗らかな雰囲気の女性が一人。
それは、冬の妖怪レティ・ホワイトロックだった。
レティを見つけたチルノは、彼女に向かって身体からぶつかっていく。
「おっと」
チルノの全身全霊のタックルを受けとめると、レティは「兎はね。一匹二匹じゃなくて、一羽二羽って数えるの」と、教え諭すようにチルノに言った。
「どうして、そう数えるのかな?」
兎が逃げていった方向を眺めながら、ミスティアが好奇心から尋ねた。
すると、
「さあ、どうしてかしらねぇ。でも、昔からそう数える事に決まっているのよ」
とだけ、答えたのだった。
「兎は、一羽、二羽と数える」
ミスティア・ローレライは、寒い冬の記憶から暑い夏の現実に帰る。
目の前には、神代から生きる兎が、一羽いた。
「そう、なぜ兎をそう数えるのか? それは、兎が鳥だったからさ」
静かに因幡てゐは、呟くと底に残った冷酒を舐めるように呑む。
「……兎は鳥なの?」
「むかしは、ね」
「むかしは、ってことは今は違うのよね」
夜雀が尋ねると、兎は自分の耳を抓んで見せて、
「この耳じゃ、とてもとても、どうしたって羽ばたけない」
と言って、肩をすくめた。
少し興味が出てきたのか、夜雀は尋ねる。
「……だったらさ。どうして、兎は鳥じゃなくなったのよ」
その問いに対して、因幡てゐは滔々と語り始めた。
兎が鳥では無くなった話を。
むかし、兎は鳥だった。
大きな耳を羽ばたいて、兎は空を飛んでいたのだ。
大して速くは飛べないけれど、兎はどんな鳥よりも高く高く飛べたのだ。
「それはそれは、高く高く飛べたんだよ。あまりに高く空を飛んだんで、一部の御先祖は月にまで辿りついてしまった。それが、月の住人である月人以外で、兎だけが月にいる理由さね」
そんな事を言いながら、因幡てゐは胸を張る。
どんな生き物よりも空高く飛んだ事を誇っているのだろう。
そんな兎の中で、最初に飛ばなくなったのは月の兎だった。
「なんでなの?」
「さあ、月の兎のことはよくわからないけど、たぶん餌付けをされたんだろう」
あるいは、月人に『飼われた』のが理由かもしれない。
万能にして穢れ無き存在である月人ならば、兎から飛ぶ力を奪う事など朝飯前だろう。
ともかく、月に行った兎は地上に帰って来なくなったのだ。
「そうなってから、兎は月に行かなくなった。そして、それからしばらくして、地上の兎も空を飛ばなくなったんだ」
「地上の兎が飛ばなくなった理由は?」
ミスティアが尋ねると、因幡てゐは自分の首にかかったペンダントを取って見せる。
それは、人参をかたどったペンダントだ。
「にんじん?」
「そう、人参が地上の兎が空を飛ばなくなった理由なんだな」
現在の兎は、大方は丸々とした体型をしている。
しかし、鳥であった頃の兎は、かなり痩せていた。
食べるものも、雀と同じ穀物やら草程度に過ぎなかった。それに小食だった。
だが、人参に出会って兎は変わったのである。
カロチンたっぷりの橙色の根野菜に兎は夢中になった。
地面に埋まった人参を求め、兎達は木の上に巣を作る事を止め、穴蔵に居を求めた。
人参を見つけると、お腹がぽっこり膨らむ程、食べた。
そうして、人参を食べれば食べるほど、兎の身体はプクプク膨らみ、気が付けば空を飛ぶには、身体があまりに重くなってしまったのだ。
「そうして、空が飛べなくなってからしばらくして、ひいばあちゃんは動物の神様に呼び出されたんだそうだ」
「神様に?」
「うん。それで、こう言われたんだと」
空を飛べなくなった鳥は、少なくない。
だが、それらの鳥は、環境に適応する為、生存の為の努力の結果だ。
しかし、兎が飛べなくなった理由は、人参の食べ過ぎであり、生物として情けない事この上ない。
「……それで?」
「人参を絶って、鳥に留まるか。それとも、地上で草食動物として暮らすかの二択を迫られたんだと。最も、ひいばあちゃんは、人参から離れられないって、迷わずに獣になる道を選んだそうな」
そして、兎は獣となった。
大空を舞う翼は耳となり、狼などの捕食者から逃げ回るか弱い存在になってしまったのだ。
「なるほど、人参でねぇ」
てゐの語りが終わり、ミスティア・ローレライは感慨深げに何度も頷く。
確かに、兎の人参好きは度を越している程で、月と地上に兎が居る理由も説明をしている。
もしかしたら、説得力はあるかもしれない。
「つまり、私とミスティは元同族なんだよ」
「まー、確かに兎が鳥だったなら、そういう事になるよね」
嘘か本当か分からないけれど、ミスティアはてゐに同意を示した。
最も、それはてゐの話を信じたから、ではない。
兎がかつて空を飛び、一部は月に移り住んで、残りは地上で人参を食べ過ぎて飛べなくなる。
そんな話があっても面白い。
そう思ったのだ。
「だからさ」
そんな時、話の余韻に浸っていたミスティアに、因幡てゐが話しかける。
「うん?」
まだ続きがあるのかと、夜雀がカウンターから身を乗り出して聞いてみると、
「元同族のよしみで、ツケの支払いを待ってもらえないかな……ダメかな?」
などと、言ってきた。
そう言えば、今日は兎のツケの期限だったのだ。
つまり、今までの話はすべて、ツケの支払いを伸ばす為の方便だったのだろう。
ミスティア・ローレライは、余韻をぶち壊しにした兎に対し、笑顔を向けると、
「ダメだよ」
と、爽やかに言ったのだった。
了
ミスティア・ローレライは、胡散臭そうに因幡てゐを見た。
「まあ、古い話だから、ミスティが知らないのも無理はないかもね」
「古い話ねぇ」
したり顔で冷酒を飲む兎を眺めながら、夜雀は胡散臭そうに八目鰻を焼く。
ここは、人通りの少ない夜道に咲いた赤提灯、八目鰻と酒と何かを給するミスティア・ローレライの屋台である。
いつもは、鴉天狗をはじめとしてた常連連中に加え、目が見えなくなった人間や酒を求めた妖怪が賑わい、盛況を極めるミスティアの屋台であるが、今日は日が悪いのか、客は永遠亭の詐欺兎、因幡てゐが一人だけ。
そんな兎の注文を受けて、夜雀が鰻を焼いていると、唐突に兎が奇妙な話を始めたのだった。
「私達兎はね、昔は鳥の仲間だったんだよ」
じうじうとタレの焼ける音を聞き、鰻の焼け具合を確かめながら、夜雀は呆れたようにてゐを見る。
「兎は、ケモノでしょ」
「それなら、コウモリもケモノだけど空を飛ぶよ」
「まーね。でも、コウモリは羽あるけど、あんたには羽は無いでしょうが」
そう言いながら、ミスティア・ローレライは焼き上がった八目鰻のかば焼きをカウンターに置く。
「んー、あるよ」
すると、美味しそうに鰻のかば焼きに齧りつきながら、てゐは自分の耳を指差した。
「はぁ?」
「だぁからー、これが兎の翼なのさ」
そう言って、てゐは耳をピョコピョコ動かす。
そんな様を見て、ミスティアは、とてもとても疑わしげな目で因幡の素兎を見た。
「弾幕ごっこの時とかさ、てゐも空飛ぶじゃん」
「うん」
「その時に、耳を動かしてたっけ?」
「いんや」
首を振りながら、かば焼きを食べる兎を見て、夜雀は『ふかぁい』ため息を吐く。
「やっぱ、嘘じゃん」
「いやいや、既に私の耳は退化したヤツだからねぇ。昔の兎は、これを動かして空飛んでいたんだよ」
「……そもそも、昔っていつさ」
「そうさね。私のひいばあちゃんの時代かな」
因幡てゐは、見てくれこそ若いが、その実は神代より生きる兎、因幡の素兎である。
その、曾祖母となれば、どれほど古い時代を生きた兎なのだろうか。
しかし、そんな事は欠片も知らぬミスティア・ローレライは「ひいばあちゃんねぇ……」と、疑わしげな視線を送るだけだ。
だが、そこは因幡てゐ。
慌てず騒がず、かば焼きを平らげると口直しにと冷酒を飲み干し、年季の入ったコップを突きだして、平然とお代わりを要求した。
夜雀は、黙って冷酒を注ぐ。
「やっぱ、暑い日はコレに限るね」
「そうだね」
冷たい清酒をキュッと一杯、てゐは美味そうに飲み干した。
「それに、さ」
「ん?」
「私の話以外にも、兎が鳥だって証拠はあるんだよ」
「へぇ」
ミスティは頬杖を突きながら、相槌を打つ。
客がてゐしかいないので、暇なのだ。
「ミスティア・ローレライは鳥を、どう数える?」
唐突に、因幡てゐの声色が変わった。
姿形はいつものてゐなのに、どこか奇妙な緊張感のようなものが生まれている。
「え、ええっと、それは、その『一羽、二羽』って、数え、ます」
それに戸惑い、ミスティアは思わず、敬語を使ってしまう。
「なら、兎は?」
「え、それは……いっぴ」
そこまで言った時に、ミスティア・ローレライはある事を思い出す。
それは寒い冬の日の事だった。
「いやっほー!」
寒い中でも元気よく、いや、寒い中だからこそ元気いっぱいに氷の妖精チルノは雪を蹴って、走っていく。
「チルノは元気だねぇ」
そんなチルノの様子を、厚着の所為で着膨れをしたミスティア・ローレライが、フクロウのように首をすくめながら眺めていた。
辺りは一面の銀世界。
幻想郷は割と豪雪地帯なので、一度雪が積もると全てが白になってしまう。
そんな雪原の向こうで、何かが動くのが見えた。
「あ、兎だ!」
氷精が叫ぶ。
真白な毛並みと赤い目をした白兎が、雪の中で動いていたのだ。
「ああ、居るね」
そんな事をミスティが言う頃には、チルノの大声に驚いた兎は逃げ出していた。
それはまさに『脱兎の如く』といった勢いだ。
「結構いたね」
「うん、四匹ぐらいかな。家族かもね」
そんな事を二人で話していると、
「四羽よ」
と、訂正する声が後ろから聞こえてくる。
「あ、レティ!」
振り組むと、そこには朗らかな雰囲気の女性が一人。
それは、冬の妖怪レティ・ホワイトロックだった。
レティを見つけたチルノは、彼女に向かって身体からぶつかっていく。
「おっと」
チルノの全身全霊のタックルを受けとめると、レティは「兎はね。一匹二匹じゃなくて、一羽二羽って数えるの」と、教え諭すようにチルノに言った。
「どうして、そう数えるのかな?」
兎が逃げていった方向を眺めながら、ミスティアが好奇心から尋ねた。
すると、
「さあ、どうしてかしらねぇ。でも、昔からそう数える事に決まっているのよ」
とだけ、答えたのだった。
「兎は、一羽、二羽と数える」
ミスティア・ローレライは、寒い冬の記憶から暑い夏の現実に帰る。
目の前には、神代から生きる兎が、一羽いた。
「そう、なぜ兎をそう数えるのか? それは、兎が鳥だったからさ」
静かに因幡てゐは、呟くと底に残った冷酒を舐めるように呑む。
「……兎は鳥なの?」
「むかしは、ね」
「むかしは、ってことは今は違うのよね」
夜雀が尋ねると、兎は自分の耳を抓んで見せて、
「この耳じゃ、とてもとても、どうしたって羽ばたけない」
と言って、肩をすくめた。
少し興味が出てきたのか、夜雀は尋ねる。
「……だったらさ。どうして、兎は鳥じゃなくなったのよ」
その問いに対して、因幡てゐは滔々と語り始めた。
兎が鳥では無くなった話を。
むかし、兎は鳥だった。
大きな耳を羽ばたいて、兎は空を飛んでいたのだ。
大して速くは飛べないけれど、兎はどんな鳥よりも高く高く飛べたのだ。
「それはそれは、高く高く飛べたんだよ。あまりに高く空を飛んだんで、一部の御先祖は月にまで辿りついてしまった。それが、月の住人である月人以外で、兎だけが月にいる理由さね」
そんな事を言いながら、因幡てゐは胸を張る。
どんな生き物よりも空高く飛んだ事を誇っているのだろう。
そんな兎の中で、最初に飛ばなくなったのは月の兎だった。
「なんでなの?」
「さあ、月の兎のことはよくわからないけど、たぶん餌付けをされたんだろう」
あるいは、月人に『飼われた』のが理由かもしれない。
万能にして穢れ無き存在である月人ならば、兎から飛ぶ力を奪う事など朝飯前だろう。
ともかく、月に行った兎は地上に帰って来なくなったのだ。
「そうなってから、兎は月に行かなくなった。そして、それからしばらくして、地上の兎も空を飛ばなくなったんだ」
「地上の兎が飛ばなくなった理由は?」
ミスティアが尋ねると、因幡てゐは自分の首にかかったペンダントを取って見せる。
それは、人参をかたどったペンダントだ。
「にんじん?」
「そう、人参が地上の兎が空を飛ばなくなった理由なんだな」
現在の兎は、大方は丸々とした体型をしている。
しかし、鳥であった頃の兎は、かなり痩せていた。
食べるものも、雀と同じ穀物やら草程度に過ぎなかった。それに小食だった。
だが、人参に出会って兎は変わったのである。
カロチンたっぷりの橙色の根野菜に兎は夢中になった。
地面に埋まった人参を求め、兎達は木の上に巣を作る事を止め、穴蔵に居を求めた。
人参を見つけると、お腹がぽっこり膨らむ程、食べた。
そうして、人参を食べれば食べるほど、兎の身体はプクプク膨らみ、気が付けば空を飛ぶには、身体があまりに重くなってしまったのだ。
「そうして、空が飛べなくなってからしばらくして、ひいばあちゃんは動物の神様に呼び出されたんだそうだ」
「神様に?」
「うん。それで、こう言われたんだと」
空を飛べなくなった鳥は、少なくない。
だが、それらの鳥は、環境に適応する為、生存の為の努力の結果だ。
しかし、兎が飛べなくなった理由は、人参の食べ過ぎであり、生物として情けない事この上ない。
「……それで?」
「人参を絶って、鳥に留まるか。それとも、地上で草食動物として暮らすかの二択を迫られたんだと。最も、ひいばあちゃんは、人参から離れられないって、迷わずに獣になる道を選んだそうな」
そして、兎は獣となった。
大空を舞う翼は耳となり、狼などの捕食者から逃げ回るか弱い存在になってしまったのだ。
「なるほど、人参でねぇ」
てゐの語りが終わり、ミスティア・ローレライは感慨深げに何度も頷く。
確かに、兎の人参好きは度を越している程で、月と地上に兎が居る理由も説明をしている。
もしかしたら、説得力はあるかもしれない。
「つまり、私とミスティは元同族なんだよ」
「まー、確かに兎が鳥だったなら、そういう事になるよね」
嘘か本当か分からないけれど、ミスティアはてゐに同意を示した。
最も、それはてゐの話を信じたから、ではない。
兎がかつて空を飛び、一部は月に移り住んで、残りは地上で人参を食べ過ぎて飛べなくなる。
そんな話があっても面白い。
そう思ったのだ。
「だからさ」
そんな時、話の余韻に浸っていたミスティアに、因幡てゐが話しかける。
「うん?」
まだ続きがあるのかと、夜雀がカウンターから身を乗り出して聞いてみると、
「元同族のよしみで、ツケの支払いを待ってもらえないかな……ダメかな?」
などと、言ってきた。
そう言えば、今日は兎のツケの期限だったのだ。
つまり、今までの話はすべて、ツケの支払いを伸ばす為の方便だったのだろう。
ミスティア・ローレライは、余韻をぶち壊しにした兎に対し、笑顔を向けると、
「ダメだよ」
と、爽やかに言ったのだった。
了
ダメダヨ
のAAを思い出しましたw
てゐらしい洒落た言い訳ですね。
どこそこのシーンが良かったというよりは、物語全体でイイ味を出しているというか。
最後の締めもとってもお上手。なんというか、二人の会話を背中越しに聞きながらお酒を飲めば、
良い感じに酔えそうな気がします。下戸ですけどね。
ストーリーテラーでもあるんですね。
頭に浮かんだ映像がなんだか懐かしいです。
それにしても、嘘は納得させられたけど、一番もっていきたかった所には届かなかったか。
黙ってれば気が付かなかったかもしれないのにw
日本昔話を
読み終わった後のような余韻に浸れて、
とても面白かったです。