彼女の部屋には、たくさんの写真が大切に保管されている。
それはもう、数え切れないほどに。
いろんな人との関わりを写した写真だったり、友達との写真だったり、スペルカードの写真だったりと、様々である。
その写真はどれもしっかりと写されており、ぼやけたりぶれたりしていない。
それは、長年カメラと共に生きてきた彼女だからこそできる、一つの業だった。
烏天狗として生き、新聞記者として生きる。
新聞には、どうしてもその決定的瞬間を写した写真が必要になる。
そう、彼女は新聞記者の道を選んだその時から、カメラと共に生きることを無意識ではあるが選んでいたのだ。
カメラあっての新聞記者であり、新聞記者があってこそのカメラなのだ。
カメラは機械であり、会話をすることなんて出来はしない。
だけど、何も語る事は出来なくても、通じ合う事はできる、そう彼女は思っている。
長い年月の中で、共に生きてきたからこそ、通じ合えるものがある。
では、何が通じ合えるのか。
それは口にする事も難しいほどの、複雑なものである。
言うとすれば、カメラは彼女のもう一つ目、だろうか。
レンズの奥に見える世界は、彼女が欲する決定的瞬間であり、美しく鮮やかな世界でもある。
文を書き連ねるだけなら誰だって出来る。
本当の事を書こうと嘘の事を書こうと、読み手によってそれは感じ方によって本当なんだなぁと思ったり、これは嘘だなぁと思ったりする。
だからこそ、カメラが彼女には必要なのだ。
彼女とカメラは、セットで新聞記者としての射命丸文になるのだ。
「さてと」
文は机の上に置いてあるカメラに手を伸ばす。
真っ黒なそのボディは、太陽の光に鈍く輝いていた。
カメラを手に取ると、中にフィルムが入っているかしっかり確認をする。
以前、気合十分にカメラを持って行ったはいいが、フィルムが入ってなくて恥ずかしい思いをした事がある。
そんな思いを二度としたくない文は、その日から欠かさずチェックしているのだ。
「カメラ良し、っと」
カメラを落とさないように括っておいた紐を首からかける。
大切なカメラを自らの手で壊すなんて情けないことできるはずもない。
しっかりと確認をすると、次に写真の確認をする。
以前、博麗神社で行われた宴の時に文が撮った写真だ。
霊夢が皆の集合写真が欲しいということで撮った写真と、文と霊夢のツーショットの写真とを現像したのだ。
ぼやけたりぶれていないかをしっかりと確認すると、慎重に封筒の中に入れる。
綺麗に撮れた写真を封筒に雑に入れ、傷を付けてしまったら台無しである。
そーっと写真を入れ、空を飛んでも落とさないようにスカートのポケットの奥深くまでいれる。
この時も、勢い余って突っ込むとぐしゃっといってしまうので注意が必要だ。
「大丈夫、ですね」
写真の安否を確認すると、早速、霊夢の元へと飛び立つことにする。
窓の鍵は閉めたか、電気はつけっぱなしにしてないか、水道の蛇口はしっかりしまっているか。
細かいところまでしっかりとチェックし、最後にもう一度、カメラのフィルムをチェックする。
心配性な文は、何度も何度も丁寧にチェックをするのだ。
新聞を作るとき、ある程度のメモ書きから本文の下書きを作成する。
下書きの字は間違っていないか、不適切な内容は無いか、写真の配置は本当にこれでよいか。
何度も何度も一人、脳内で会議を行い、それでやっと新聞の清書に移るのだ。
清書に移ってからも、この漢字で本当にあっていたかどうかを辞書を使って調べる。
変な文法になっていないかもしっかりチェックし、本人が納得いく状態でやっと発行できるのだ。
これほど手間のかかった新聞は幻想郷の中でも類稀に見るものである。
そんな心配性な文もやっと納得いったのか、壁にかかっている家の鍵を手に取った。
何の飾り気も無い、鈍い銅の色の鍵を鍵穴へと差し込む。
そのままぐっと一回転させると、胸ポケットへと鍵を突っ込む。
胸ポケットはぶかぶかではあるが、飛んでいる際に回転さえしなければ落ちないのでいつも胸ポケットに入れている。
胸がもうちょっと大きければそんなこともないのだがと、文は毎回思いながらの行為である。
ともかく、しっかりと鍵がかかった事を確認し、空へと飛び立った。
空には障害物がないからいい。
この広い空を一人占めしているような、そんな感覚になる。
眺めが良く、目的地の博麗神社もはっきりと見える。
今日は霧も出ておらず、美しい幻想郷を見渡す事ができた。
文は、霧を見ているとどうも萃香の事が思い浮かんでしまうらしい。
しかし、今日はそんなことを思わせない天気なので、なぜかほっとしていた。
飛んでいる時も写真が飛んでいっていないかをチェックする。
ポケットの中には、ちゃんと写真入りの封筒があった。
目的地に近づくに連れて高度を下げ、ゆっくりと神社へ降りていく。
境内の方に小さく赤と白が見える。
だんだんそれは大きくなり、手には箒を持っているのが見えた。
「霊夢さ~ん」
思いきって文が声をかけると、霊夢がその声に気づく。
どこから聞こえたのか分からなかったのか、少し辺りをきょろきょろと見まわし、上を見てようやく気づいた。
ゆっくりと降り立つと、霊夢は文の方へと歩み寄る。
「写真は上手にできた?」
「もちろん、ばっちりですよ」
写真が来るのを待っていたのだろう、突然霊夢は写真の事を聞いてきた。
文はスカートのポケットから封筒を取り出すと、両手でそれを手渡す。
霊夢はそれを片手で受け取ると、中に入っている写真を丁寧に取り出した。
写真を見て、霊夢は、ほーっと感嘆の声をあげる。
「綺麗に撮れてるわね~。それにぼやけたりしてないし」
「新聞記者ですからね。写真もしっかり撮れないようじゃ情けないですから」
胸を張る文に、素直に拍手を送る霊夢。
得意げな表情の文に、霊夢は問いかける。
「それにしても、あんたの写真はどの写真も綺麗よね。練習とかしてるの?」
「練習、ってことでもないですけどそれなりに。まぁでも、ちょっとした過去があったから練習があるのですが」
「へぇ、どんな過去かしら?」
興味本位で尋ねる霊夢に、文に苦笑いをした。
そんな文の表情に霊夢は首を傾げる。
「霊夢さんがもし、自分の大切な思い出の一枚として写真を撮ってとお願いしたとしましょう。現像されたその写真がもし、ぼやけていたりぶれてたりしたらどうしますか?」
「そりゃあ怒るわね。あんたに頼まなければ良かったとか思うかもしれないわ」
「そうでしょう。霊夢さんはそういう体験したことありませんか?」
文の問いかけに霊夢は、うーんと考える。
そもそも、カメラを持っている人間というのも数少ない。
霊夢自身もカメラなんてもっていないし、知り合いでも持っているのはごく少数だ。
だから、当然の如く答えは、
「ないわね」
となる。
ですよねぇと文はまた苦笑いを浮かべる。
「私はカメラを手にした時、夢中でいろんな世界を写しました。私の愛する幻想郷が目に映る世界ではなく、形として残るようになった。それが嬉しくてたまらなかったんです」
「そういう気持ち、わからなくもないわ。何か新しい物、力を得たとき、無性にその物や力を使いたくなるものだし」
文は、自分の思いを理解してくれた事に対して心底嬉しく思った。
最初の時点で賛同を得られなかったらどうしようもない。
「私は一度、天狗の飲み会で友人と写真を撮ってもらった時がありました。数日後写真をもらったのですが、微妙にぼやけていました。その時私は、とてもじゃありませんが嬉しいだなんて思えませんでした」
たしかに、撮った本人からすればただ一枚の写真にすぎないかもしれない。
しかし、撮ってもらった者からすれば、それは大切な思い出の一枚なのだ。
その一瞬の真実を写したものは、もう帰ってこない。
もらって不機嫌になるのは当然の事だろう。
何気ない一日を写したわけではなく、その日の思い出として撮ってくれと頼んだ写真だ。
それを文は許せなかったのだろうと、霊夢は思う。
もし私もそういうことがあったら不機嫌になるだろうと思ったからだ。
そして文は続ける。
「大事な写真なのに、とむしゃくしゃした気持ちでその写真を受け取りました。だけど私は何も口にはしませんでした。私だってぼやけたりぶれたりすることはありますから。力の無い私には、ただ不機嫌な顔をするしかありませんでした」
「別に言ったっていいじゃない」
「私は臆病ですから」
そういって文は笑った。
カメラを持ち始めた当時の自分には、そういうことをする可能性が大きかった。
文は、同じような時期にカメラを持ち始めた者に悪口をいうことができなかったのだ。
それに、自分が念のために二枚撮ってもらったり、もっと前からカメラを持っていた人に頼む事だってできたのだ。
全部その人の責任ではないのだ。
そういったことを含めた上での文の言葉だった。
「そしてある日、私は違う友人と上司の方との写真を撮ってくれと友人に頼まれました。頼まれる事が嬉しかった私は、喜んでそれを受け入れました。しかしどうでしょう。現像してみたらその写真は微妙にぶれていたのです」
遠い昔の事を思い出すような口調でいう文。
その表情は、どこか悲しげで、後悔を滲ませたものだった。
「私は一枚を友人に渡しました。ごめんって謝ったら友人はそういうこともあるよって笑ってくれました。だけど、上司の方はそうはいきませんでした」
「なんて言われたの?」
「そうですねぇ」
文は、その上司になりきるようにして言った。
「写真一枚も禄に撮れないのか。止まってるものも禄に撮れない奴なんかにカメラなんかもったいないわ。捨ててしまえ! そう言われましたよ」
「……それは辛いわね」
ええ、本当に。
そうは言わず、ただ黙って文は頷いた。
その日の事を思い出すだけで、胸がきつく締めつけられる。
その日は上司にひたすら謝り、もういいと言われて一人とぼとぼと帰路についたのを覚えている。。
帰り道でついたため息の数は、数え切れないほどのものだった。
胸ポケットに入れた鍵を差し込み、すぐさま部屋のカーテンを閉めた。
締め終えた後、ベッドに飛びこむと、布団を被り、枕を顔にぎゅっと押しつける。
そのまま文は一人でひっそりと泣いた。
写真を、文の見つめる世界を上手く他の人にも見せてあげたい。
だけど、たったそれだけのことがこんなにも上手くいかないものなのか。
あまりの自分の無力さに泣く事しか出来ない。
本当に無力で、どうしようもないへたれだった。
「その日から私はカメラと一緒に、揺らぐ事無い真実を写す為に立ちあがったのです」
「なんかかっこいいわね」
「そうでしょうか」
照れくさそうに頭を掻く文。
それに対して誉めてないわよと突っ込む霊夢。
こんな心配性でどうしようもない天狗だということは文自身が良くわかっている。
幻想郷は、人と妖とが生きる場所であり、生きる時間も皆違う。
だからこそ、一緒に生きていられるその時を、しっかりと写真として形に残す。
一つの写真の為に、文は誰にも見られぬ場所で頑張ってきたのだ。
それが今の文を支える大きな柱であり、自信である。
しかし、そんなこと誰にも誉められたことなんてない。
これが現状である。
「あんたも大変ね。これ一枚の為に凄い努力をしたことくらい私には分かるわ。ほんと、感服するわ」
「へ? そ、そうですか? いやぁ、嬉しいお言葉です」
写真をぺらぺらと上下に振りながら、霊夢は言った。
不意の誉め言葉に焦り、照れを隠しきれなかった文は思わずにやける。
えへへ~と声を漏らすと共に、霊夢は呆れたような表情で言うのだ。
「ほんと、そういう方向にばっかり努力するんだから」
「だって、人間と違って長生きですから。これくらいしないと私は暇過ぎて死んでしまいます」
「いっそのこと死んでみるのもありじゃないかしら」
「霊夢さんが言うと迫力がありますね」
「どういうことかしら」
霊夢の冗談に対し、文はからかうようにして言う。
無論それに反応した霊夢は、少し目を細めて文を睨みつける。
「おっと、私は新聞のネタ探しで忙しいのでこれで失礼いたしますっ!!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
霊夢の言葉もどこ吹く風で、人里のほうへと飛んでいってしまった。
大きく翼を羽ばたかせ、一直線に飛んで行く文を眺める。
「あ~ぁ。まだありがとうの一言も言ってないのに」
もう既に誰もいない、一人ぼっちの神社の中で呟いた。
霊夢は、もう一度写真を見つめる。
綺麗に撮られているその写真には、たくさんの笑顔があった。
そして、そこには霊夢と彼女の笑顔もあった。
不思議な事に、カメラごしの世界では笑顔がたくさん見られるのだ。
何らかの事件や異変が無い限り、人も妖も皆笑顔になれる。
そんな、笑顔を形に残すカメラと共に生きる文。
「なんかいいなぁ、そういうの」
霊夢はもう一度空を見る。
もう既に人里に下りたのだろう、そこに文の姿は見当たらなかった。
聞こえない事くらいわかってる。
だけど、今は気持ちが霊夢にこうしろと訴えかけていたのだ。
「ありがとう」
霊夢の背後から、爽やかな朝の風が吹きぬける。
この風に乗って、私の言葉が届きますように。
そう小さくお願いして、霊夢はまた写真を眺めた。
それはもう、数え切れないほどに。
いろんな人との関わりを写した写真だったり、友達との写真だったり、スペルカードの写真だったりと、様々である。
その写真はどれもしっかりと写されており、ぼやけたりぶれたりしていない。
それは、長年カメラと共に生きてきた彼女だからこそできる、一つの業だった。
烏天狗として生き、新聞記者として生きる。
新聞には、どうしてもその決定的瞬間を写した写真が必要になる。
そう、彼女は新聞記者の道を選んだその時から、カメラと共に生きることを無意識ではあるが選んでいたのだ。
カメラあっての新聞記者であり、新聞記者があってこそのカメラなのだ。
カメラは機械であり、会話をすることなんて出来はしない。
だけど、何も語る事は出来なくても、通じ合う事はできる、そう彼女は思っている。
長い年月の中で、共に生きてきたからこそ、通じ合えるものがある。
では、何が通じ合えるのか。
それは口にする事も難しいほどの、複雑なものである。
言うとすれば、カメラは彼女のもう一つ目、だろうか。
レンズの奥に見える世界は、彼女が欲する決定的瞬間であり、美しく鮮やかな世界でもある。
文を書き連ねるだけなら誰だって出来る。
本当の事を書こうと嘘の事を書こうと、読み手によってそれは感じ方によって本当なんだなぁと思ったり、これは嘘だなぁと思ったりする。
だからこそ、カメラが彼女には必要なのだ。
彼女とカメラは、セットで新聞記者としての射命丸文になるのだ。
「さてと」
文は机の上に置いてあるカメラに手を伸ばす。
真っ黒なそのボディは、太陽の光に鈍く輝いていた。
カメラを手に取ると、中にフィルムが入っているかしっかり確認をする。
以前、気合十分にカメラを持って行ったはいいが、フィルムが入ってなくて恥ずかしい思いをした事がある。
そんな思いを二度としたくない文は、その日から欠かさずチェックしているのだ。
「カメラ良し、っと」
カメラを落とさないように括っておいた紐を首からかける。
大切なカメラを自らの手で壊すなんて情けないことできるはずもない。
しっかりと確認をすると、次に写真の確認をする。
以前、博麗神社で行われた宴の時に文が撮った写真だ。
霊夢が皆の集合写真が欲しいということで撮った写真と、文と霊夢のツーショットの写真とを現像したのだ。
ぼやけたりぶれていないかをしっかりと確認すると、慎重に封筒の中に入れる。
綺麗に撮れた写真を封筒に雑に入れ、傷を付けてしまったら台無しである。
そーっと写真を入れ、空を飛んでも落とさないようにスカートのポケットの奥深くまでいれる。
この時も、勢い余って突っ込むとぐしゃっといってしまうので注意が必要だ。
「大丈夫、ですね」
写真の安否を確認すると、早速、霊夢の元へと飛び立つことにする。
窓の鍵は閉めたか、電気はつけっぱなしにしてないか、水道の蛇口はしっかりしまっているか。
細かいところまでしっかりとチェックし、最後にもう一度、カメラのフィルムをチェックする。
心配性な文は、何度も何度も丁寧にチェックをするのだ。
新聞を作るとき、ある程度のメモ書きから本文の下書きを作成する。
下書きの字は間違っていないか、不適切な内容は無いか、写真の配置は本当にこれでよいか。
何度も何度も一人、脳内で会議を行い、それでやっと新聞の清書に移るのだ。
清書に移ってからも、この漢字で本当にあっていたかどうかを辞書を使って調べる。
変な文法になっていないかもしっかりチェックし、本人が納得いく状態でやっと発行できるのだ。
これほど手間のかかった新聞は幻想郷の中でも類稀に見るものである。
そんな心配性な文もやっと納得いったのか、壁にかかっている家の鍵を手に取った。
何の飾り気も無い、鈍い銅の色の鍵を鍵穴へと差し込む。
そのままぐっと一回転させると、胸ポケットへと鍵を突っ込む。
胸ポケットはぶかぶかではあるが、飛んでいる際に回転さえしなければ落ちないのでいつも胸ポケットに入れている。
胸がもうちょっと大きければそんなこともないのだがと、文は毎回思いながらの行為である。
ともかく、しっかりと鍵がかかった事を確認し、空へと飛び立った。
空には障害物がないからいい。
この広い空を一人占めしているような、そんな感覚になる。
眺めが良く、目的地の博麗神社もはっきりと見える。
今日は霧も出ておらず、美しい幻想郷を見渡す事ができた。
文は、霧を見ているとどうも萃香の事が思い浮かんでしまうらしい。
しかし、今日はそんなことを思わせない天気なので、なぜかほっとしていた。
飛んでいる時も写真が飛んでいっていないかをチェックする。
ポケットの中には、ちゃんと写真入りの封筒があった。
目的地に近づくに連れて高度を下げ、ゆっくりと神社へ降りていく。
境内の方に小さく赤と白が見える。
だんだんそれは大きくなり、手には箒を持っているのが見えた。
「霊夢さ~ん」
思いきって文が声をかけると、霊夢がその声に気づく。
どこから聞こえたのか分からなかったのか、少し辺りをきょろきょろと見まわし、上を見てようやく気づいた。
ゆっくりと降り立つと、霊夢は文の方へと歩み寄る。
「写真は上手にできた?」
「もちろん、ばっちりですよ」
写真が来るのを待っていたのだろう、突然霊夢は写真の事を聞いてきた。
文はスカートのポケットから封筒を取り出すと、両手でそれを手渡す。
霊夢はそれを片手で受け取ると、中に入っている写真を丁寧に取り出した。
写真を見て、霊夢は、ほーっと感嘆の声をあげる。
「綺麗に撮れてるわね~。それにぼやけたりしてないし」
「新聞記者ですからね。写真もしっかり撮れないようじゃ情けないですから」
胸を張る文に、素直に拍手を送る霊夢。
得意げな表情の文に、霊夢は問いかける。
「それにしても、あんたの写真はどの写真も綺麗よね。練習とかしてるの?」
「練習、ってことでもないですけどそれなりに。まぁでも、ちょっとした過去があったから練習があるのですが」
「へぇ、どんな過去かしら?」
興味本位で尋ねる霊夢に、文に苦笑いをした。
そんな文の表情に霊夢は首を傾げる。
「霊夢さんがもし、自分の大切な思い出の一枚として写真を撮ってとお願いしたとしましょう。現像されたその写真がもし、ぼやけていたりぶれてたりしたらどうしますか?」
「そりゃあ怒るわね。あんたに頼まなければ良かったとか思うかもしれないわ」
「そうでしょう。霊夢さんはそういう体験したことありませんか?」
文の問いかけに霊夢は、うーんと考える。
そもそも、カメラを持っている人間というのも数少ない。
霊夢自身もカメラなんてもっていないし、知り合いでも持っているのはごく少数だ。
だから、当然の如く答えは、
「ないわね」
となる。
ですよねぇと文はまた苦笑いを浮かべる。
「私はカメラを手にした時、夢中でいろんな世界を写しました。私の愛する幻想郷が目に映る世界ではなく、形として残るようになった。それが嬉しくてたまらなかったんです」
「そういう気持ち、わからなくもないわ。何か新しい物、力を得たとき、無性にその物や力を使いたくなるものだし」
文は、自分の思いを理解してくれた事に対して心底嬉しく思った。
最初の時点で賛同を得られなかったらどうしようもない。
「私は一度、天狗の飲み会で友人と写真を撮ってもらった時がありました。数日後写真をもらったのですが、微妙にぼやけていました。その時私は、とてもじゃありませんが嬉しいだなんて思えませんでした」
たしかに、撮った本人からすればただ一枚の写真にすぎないかもしれない。
しかし、撮ってもらった者からすれば、それは大切な思い出の一枚なのだ。
その一瞬の真実を写したものは、もう帰ってこない。
もらって不機嫌になるのは当然の事だろう。
何気ない一日を写したわけではなく、その日の思い出として撮ってくれと頼んだ写真だ。
それを文は許せなかったのだろうと、霊夢は思う。
もし私もそういうことがあったら不機嫌になるだろうと思ったからだ。
そして文は続ける。
「大事な写真なのに、とむしゃくしゃした気持ちでその写真を受け取りました。だけど私は何も口にはしませんでした。私だってぼやけたりぶれたりすることはありますから。力の無い私には、ただ不機嫌な顔をするしかありませんでした」
「別に言ったっていいじゃない」
「私は臆病ですから」
そういって文は笑った。
カメラを持ち始めた当時の自分には、そういうことをする可能性が大きかった。
文は、同じような時期にカメラを持ち始めた者に悪口をいうことができなかったのだ。
それに、自分が念のために二枚撮ってもらったり、もっと前からカメラを持っていた人に頼む事だってできたのだ。
全部その人の責任ではないのだ。
そういったことを含めた上での文の言葉だった。
「そしてある日、私は違う友人と上司の方との写真を撮ってくれと友人に頼まれました。頼まれる事が嬉しかった私は、喜んでそれを受け入れました。しかしどうでしょう。現像してみたらその写真は微妙にぶれていたのです」
遠い昔の事を思い出すような口調でいう文。
その表情は、どこか悲しげで、後悔を滲ませたものだった。
「私は一枚を友人に渡しました。ごめんって謝ったら友人はそういうこともあるよって笑ってくれました。だけど、上司の方はそうはいきませんでした」
「なんて言われたの?」
「そうですねぇ」
文は、その上司になりきるようにして言った。
「写真一枚も禄に撮れないのか。止まってるものも禄に撮れない奴なんかにカメラなんかもったいないわ。捨ててしまえ! そう言われましたよ」
「……それは辛いわね」
ええ、本当に。
そうは言わず、ただ黙って文は頷いた。
その日の事を思い出すだけで、胸がきつく締めつけられる。
その日は上司にひたすら謝り、もういいと言われて一人とぼとぼと帰路についたのを覚えている。。
帰り道でついたため息の数は、数え切れないほどのものだった。
胸ポケットに入れた鍵を差し込み、すぐさま部屋のカーテンを閉めた。
締め終えた後、ベッドに飛びこむと、布団を被り、枕を顔にぎゅっと押しつける。
そのまま文は一人でひっそりと泣いた。
写真を、文の見つめる世界を上手く他の人にも見せてあげたい。
だけど、たったそれだけのことがこんなにも上手くいかないものなのか。
あまりの自分の無力さに泣く事しか出来ない。
本当に無力で、どうしようもないへたれだった。
「その日から私はカメラと一緒に、揺らぐ事無い真実を写す為に立ちあがったのです」
「なんかかっこいいわね」
「そうでしょうか」
照れくさそうに頭を掻く文。
それに対して誉めてないわよと突っ込む霊夢。
こんな心配性でどうしようもない天狗だということは文自身が良くわかっている。
幻想郷は、人と妖とが生きる場所であり、生きる時間も皆違う。
だからこそ、一緒に生きていられるその時を、しっかりと写真として形に残す。
一つの写真の為に、文は誰にも見られぬ場所で頑張ってきたのだ。
それが今の文を支える大きな柱であり、自信である。
しかし、そんなこと誰にも誉められたことなんてない。
これが現状である。
「あんたも大変ね。これ一枚の為に凄い努力をしたことくらい私には分かるわ。ほんと、感服するわ」
「へ? そ、そうですか? いやぁ、嬉しいお言葉です」
写真をぺらぺらと上下に振りながら、霊夢は言った。
不意の誉め言葉に焦り、照れを隠しきれなかった文は思わずにやける。
えへへ~と声を漏らすと共に、霊夢は呆れたような表情で言うのだ。
「ほんと、そういう方向にばっかり努力するんだから」
「だって、人間と違って長生きですから。これくらいしないと私は暇過ぎて死んでしまいます」
「いっそのこと死んでみるのもありじゃないかしら」
「霊夢さんが言うと迫力がありますね」
「どういうことかしら」
霊夢の冗談に対し、文はからかうようにして言う。
無論それに反応した霊夢は、少し目を細めて文を睨みつける。
「おっと、私は新聞のネタ探しで忙しいのでこれで失礼いたしますっ!!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
霊夢の言葉もどこ吹く風で、人里のほうへと飛んでいってしまった。
大きく翼を羽ばたかせ、一直線に飛んで行く文を眺める。
「あ~ぁ。まだありがとうの一言も言ってないのに」
もう既に誰もいない、一人ぼっちの神社の中で呟いた。
霊夢は、もう一度写真を見つめる。
綺麗に撮られているその写真には、たくさんの笑顔があった。
そして、そこには霊夢と彼女の笑顔もあった。
不思議な事に、カメラごしの世界では笑顔がたくさん見られるのだ。
何らかの事件や異変が無い限り、人も妖も皆笑顔になれる。
そんな、笑顔を形に残すカメラと共に生きる文。
「なんかいいなぁ、そういうの」
霊夢はもう一度空を見る。
もう既に人里に下りたのだろう、そこに文の姿は見当たらなかった。
聞こえない事くらいわかってる。
だけど、今は気持ちが霊夢にこうしろと訴えかけていたのだ。
「ありがとう」
霊夢の背後から、爽やかな朝の風が吹きぬける。
この風に乗って、私の言葉が届きますように。
そう小さくお願いして、霊夢はまた写真を眺めた。
単に手段として写真を撮るのではなく、いわば「写真を生きる」射命丸文の一途な姿に、青く甘く清らに燃える情熱を思い起こさせられました。いつまでも清く正しく、美しく在って欲しいものです。
切なくも甘い、忘れがたい憧憬、懐かしい記憶と青春の一幕を描いた素晴らしい作品です。また会いましょう。では。
あやれいむいいよあやれいむ。
まさに清く正しい射命丸ですね。
心中描写が素晴らしかったです。
評価ありがとうございます。
清く正しい射命丸っていうのは、本当に私の中にあります。
またこの場で会えることを待ちわびておりますわ。
>5 様
評価ありがとうございます。
嬉しいお言葉です、ありがとうございます。
あやれいむはいいものだ。
>オオガイ 様
評価ありがとうございます。
ひたむきに頑張る文の姿とかきっと皆見えてないはずです。
だから私が……(キリッ
>14 様
評価ありがとうございます。
カメラに詳しくない私は頷く他なかった。
嬉しいお言葉です~。