Coolier - 新生・東方創想話

幻想回帰

2010/08/16 19:39:52
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 過去作「必ず訪れる幸福」を下敷きにして書きましたので、読んでいただくことをおすすめします。

 なお、試験的に「東方茨歌仙」のキャラクターが出没します。性格等の読み違いはお許し下さい。












「ご機嫌いかがかしら」
「……それが人を叩き起こしといて言う言葉か……? 随分とご挨拶じゃないかしら」
「あら、早起きもいいものよ?」
「お前が言えたことか、万年春眠妖怪。……それで、なんの用だ。こんな日の高いうちから」
「……折り入って、お願いしたいことがあるのよ」
「なんだ。……まさか、また『異変』を起こせとでも言うんじゃあるまいな? ウチは三年前にやったばっかりじゃないの」
「いいえ……すごく個人的なお願いなの。実はね―――」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:Objective



 ふと、小川に手をひたしてみる。

「冷たい……」

 夢マボロシじゃない。そのことをしっかりと自覚するのには、十分に冷たかったようだ。マエリベリー――メリーはそれ以上何をするでもなく、ハンカチで濡れた手を拭った。

 後ろを振り返れば、木々が乱立し――少なくとも人の手が加わったようには見えない――森が広がっている。
 かたや、彼女のただ一人の相棒は木の根元にしゃがみこんでいて、何か記録を取ることに忙しいようだった。

「蓮子」

 何を言うでもなくただそれだけ、呼びかける。

「あー……ちょっと待ってよ、メリー。今おわるからっ、……と」

 声を掛けられてわずかに急いで作業を終わらせた蓮子は、小さめのノートをウェストポーチにしまうと、メリーの立っている場所まで軽い足どりで駆け寄っていった。

「…………」

 異界探訪、ということで、いささか気分は高揚しているようだが、それ以外は普段となんら変わったようすは無い。よほど図太い神経の持ち主なのか、鈍いのか。それとも……


 ―――この違和感を感じているのは、私だけ?


 この『異界』に踏み入ったときから、メリーは奇妙な違和感を持っていた。あるいは何かが『ズレた』感覚とも言うべきか。

 秘封倶楽部として初めての異界探索と言えるのは、蓮台野で見た、あの満天の桜が狂い咲きする場所だろう。蓮子はそれを『冥界』と呼んだ。メリーも――少なくともメリーは――あの場所に現実離れした、むしろ精度の低いホログラムとも言える印象を持っていた。
 そして、メリーの見た『夢』。メリーは『夢』と『現』が入れ代わってしまうことを恐れて蓮子にその体験談を話した。だが、やはり夢は夢。それ以上の何かになることは無く、話はうやむやのままに終わってしまった。
 ……ただ、それ以来、蓮子はメリーの能力についてあることを危惧するようになったのだが、それはまた別の話。

 では、メリーの『違和感』とは一体何なのか。

「ねえ、蓮子…………」
「何? ……どうしたのよ。なんだかさっきからテンションは低いし、落ち着かなさげだし。あれ、もしかして今日、『アノ』日だった?」
「…………」


 結論よりも先に手が出た。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――そんな事よりメリー、博麗神社にある入り口を見に行かない?――



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



「メリー。痛い。痛い怖い。顔が怖あだだだだだだだだだだ!?」

 あら、これくらいのヘッドロックで何を言っているのかしら?

 ……という冗談は置いといて、本気で限界みたいだったので、とりあえず放してあげた。

「うう……傷害罪でうったえるぞー……」
「傷害致死にはなりたくないのだけど……」
「はい、私も嫌でゴザイマス。ごめんなさい」

 すばらしい身のこなしで即座に土下座する蓮子。これではいつもと変わらない。いつも通りすぎる。
 全く……全く、本当に蓮子は何も感じていないのかしら?
 まあでも、それよりもっとおかしいのは、これだけ蓮子をこきおろしておいて『何が』おかしいのか分からない、ってことなんだけど。

「ねえ蓮子。ここ、なにかおかしいとは思わない……?」

 結局、自分の中では結論が出なかったので、蓮子に聞いてみることにした。まあ、そのためのコンビよね。そう思うことにしよう。

「……確かに、ね。ざっと見ただけでもとっくに日本から、ううん、世界からも消えているはずの野生植物がそこかしこにあったんだから」

 意外なほどあっさりと答えを返してきた。どうやら、ただ舞い上がっていただけではなかったらしい。でも……

「確かにそれもそうなの。……でも、なにかしら。なにか、そういうことじゃないのよ、たぶん」

 それはそれで大いに頼もしいのだけど。やっぱり、それでも違和感は依然として私の中にあった。蓮子の言うそれとは違うもの、みたいだ。蓮子はといえば、首を傾げている。それもそうだろう。言い出した私自身、よく分からない。
 ……なんとか、説明出来そうなところまでは言ってみることにしよう。

「蓮台野で見た、桜。あったじゃない?」
「うんうん」
「それで、蓮子は見たわけじゃないけれど、『夢』の世界の話。したじゃない」
「うん」
「……なにか違うのよ」
「うん。…………うん、分からないって。圧倒的に情報不足よ、これ」
「もう少しだけ聞いて。桜のときも、夢のときも、なんだか『嘘』みたいだったのよ。まさに『異界』だっていう感じでいっぱいだったの。なのに……」

 突然吹いた風が、顔を撫でていく。その冷たさも、ちょっとした痛みも元の世界と何ら変わらないもので……



 ……そうか。ここはあまりにも『現実的』すぎるんだ。

 私からすれば、今までの『異界』は出来の悪いバーチャル映像ほどにしか、感じることが出来なかった。それに比べて、ここは『現実』であるとしか考えられない。周りの木々や動植物、すぐ足下を流れる水からも圧倒的な存在感を感じるから。

「……なるほど。ここは『異界』でもなんでもないんじゃないかって、そう言いたいのね? ……さびれた神社の裏手から迷いこんだことを除けば」

 やっと、蓮子にも伝わったかしら。自分でもなんとなく分かってきた。でも、それだけじゃないような気もするのだけど……。


 そこで、蓮子が人差し指を振って言った。

「でもねえ……そーんなことよりも、メリー。もうちょい大事なことが分かってないわ、私たち」
「……はあ?」

 えーっと、なにかしらね……?


「メリー。……戦わなきゃ、現実と」


 ……ねえお願い、気にしないようにしてたんだから。

「…………ふっふっふ」
「…………あはは……」

 不敵に笑う蓮子。いつもとなんら変わらない様子のその額から、ひと筋の汗がたらり、と落ちるのが見て取れた。
 特別、暑いわけでもないのに。きっとその汗は私の頬にも流れているだろう。それはきっと、俗に『冷や汗』というもので。

 そう。ここが何処なのかとか、そんなこと本当は二の次なわけでね。

「ねえ。ねえ、メリー」
「なあに。蓮子」



「私たち、どうやって帰ればいいんだろうね……?」
「私に聞かないでよ……」



 秘封倶楽部。宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、総勢2名。

 絶賛、遭難中です。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:R



「…………ん」
「……? どうしたんです?」

 特に意味も無く漏らした声にしっかりと反応を返す、わたしよりも少し小さな背。
 性格は几帳面だし、それなりに芯も強い。何よりもお賽銭が入る。ついでに言うとお茶が美味しい。……どう考えてもわたしとは正反対の血が通っていると思うんだけど。今はこいつが博麗の巫女だっていうのは、何の皮肉かしらね。

「なんでもない。……それよりさ、あんた」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっくら、紫の家に泊まってきなさいよ」
「あ、はい。分かり……ませんて」

 ちっ。流されなかったか。

「さすがに今のでは。……どうしたんです、いきなり?」

 生真面目なやつはこういうときにめんどくさい。なにも初めて泊まるわけじゃないんだから、何も言わないで素直に聞いておけばいいのに。仕方ないわね。

「勘」
「……は?」
「だから、『勘』。なんとなく」
「えええええ、またそれですかあ……」

 またそれですかもなにも、それしか言いようがないんだからしょうがない。「こいつはしばらくの間、神社にいないほうがいいなあ」。理由、ナシ。そんなところだもの。

「ほら、分かったらさっさと行く。ついでに藍にでも稽古つけてもらけば、あんたにだって損はないでしょう?」
「むう……わかりました。それじゃあ留守の間、神社をよろしくお願いしますね」

 半ばわたしが追い出したのだというのに、そんなことを言いながら飛び上がる。これだから生真面目なのは苦手なのよ。

「よろしくもなにも、ここはわたしの神社だっての。余計なこと言ってなくていいから行った行った」
「む……。私がいないからって紫さんとイチャイチャばっかりしてたら怒りますからねー!?」

 ……ったく。そんな失礼極まりない言葉を投下して、今度こそ飛んでいった。あのバカ。


 …………ま、これで何時来ても問題はないわね。さて何が来るのか、何時来るのか。それは、わたしにも全く分からないんだけど。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 ―――博麗神社に行ってみない?


 ……っていうのは、前々から誘われていたことなのだけれど。どうして博麗神社なのかは一度も聞いたことがなかった。
 何かあまりにも『いわくつき』だから黙っていたのかと思えば、単に言い忘れてただけらしい。

「……そーんな危ないところに誘ったりしないってば」

 苦笑いしながら蓮子はそんなことを言う。本人は本気で言っているのでしょうね……。私はそれなりに危ないところしか行った覚えがないのだけど。それとも、『危なくてもいいから誘え』なんて言ったら、蓮子はどんな顔をするかしら。


 閑話休題(それはともかく)。


 蓮子が言うには、博麗神社は『神隠し』の名所としてそれなりに有名なところらしい(それだけで十分危険だと思うの)。ただし名所と言っても、その他オカルトスポットと大した変わりはない。古さびた神社が人知れず佇んでいるというだけであって。

 ―――そ。表向きには、ね。

 そう言うからには、裏があるのだ。

「メリー。『神隠し』に遭った人間って、その後どうなると思う?」

 イタズラ小僧みたいな顔で、そう問い掛けてくる。さて、どうなると思う、と言われても自分は遭ったことがないから分からない、というのが正しい答えなのだけれど。……それでは面白くないのが私たちなのよね。

「『表向きには』ただのオカルトスポットな神社。しかして裏の顔は……さて、何なのかしら。教えてちょうだいな、裏事情にも詳しい蓮子さん?」

 私の言葉を聞いて、蓮子はふふーと鼻を鳴らす。

「まあ、とりあえずはこれをご覧あれ」

 蓮子が渡してきたのは一冊のファイル。中身は新聞記事ばかりを集めたものだった。古いものから最近のものまで、かなりの数がある。
 でも、全部が全部同じ類の事件を報じた記事で……。

「……何これ。『神隠しからの生還』? 他の記事も同じようなものばっかりじゃないの……」

 時代に違いはあれど、どれもが行方不明になっていた人が発見されたというような内容で書かれている。
 警察の捜査でも絶望的な結果しか出ていなかったのに、ある日突然見つかった。そういうのを『神隠し』とか表現したがるのは、今も昔も変わらないみたいね。

「……それで、この記事と博麗神社。どういう関係があるの?」
「大アリなのよ、メリー。その記事に書かれてる人達、全員が同じ場所で見つかったとしたら?」

 ―――!

「うそ……。まさか、博麗神社……?」
「そーゆーこと。公表はされてないけどね。発見場所を地図に重ねれば、神社を中心にきれいなマルができるらしいのよ」
「そんな……」

 ……神隠し。起こるとされている場所は日本全国に山ほどあるけれど、行方不明者が出てくる神社だなんて。そんなもの聞いたこともない。
 ……だとしたら、それは……。

「入り口から入ってもゴールできない迷路ならいくらでもあるけどね。出口から入って目的地に辿り着かない迷路なんてないわ、メリー」
「……入ったところがゴールだもの。そういうことでしょう?」

 そういうこと、と蓮子は得意気にうなづく。その論理には本当ならツッコまなきゃいけないところだけれど、そんなのは不粋というもの。もうすでに私は博麗神社の持つ『謎』に触れたくて仕方がなかった。


 ……それで、そこからが蓮子の卑怯なところなのだけど。

 ここまで話しておいて。ここまで私を惹きつけておいて、それからこう言うのだから。


「じゃ、あらためて決めようか。今度のフィールドワークはどうする?」

 ここで断ってやったらどんな顔をするだろうとか、色々と考えはするのだけど。私の答えを待っているその楽しげな顔を見ると、どうにも言えなくなってしまうのだ。
 よって、私は毎度降参するしかなくて。恐ろしいことに、秘封倶楽部(サークル)を作ったそのときから連敗記録は増え続けている。

 それは今回も変わることはなさそうで。私はまた、蓮子と私のタッグに降参するしかないのだった。


「とっくに決まってるでしょう。もちろん―――」

「――そうこなくっちゃね」



◇◇◇◇◇◇◇◇





 ええ。そうして、見事に遭難したというわけ。

 出口から入れば迷いようがない、なんて通用しなかったみたいね。神社の裏手で『綻び』を見つけて飛び込んだのに、気が付けば見渡す限り森。森の真っ只中。

「出口がなくなるなんて反則じゃない!?」

 なんて空に向かって吼えてた蓮子もいたけど。誰に向かって文句を言えばいいのよ、こんなこと。



 でも幸いなことに、森はそれ程大きくはなかったらしい。一時間ほど歩き続けた私たちは、無事に森を抜け出すことができた。

 そしていま、目の前にはそれこそ幻想的な風景が、私たちを迎えるように佇んでいる。


 湖があった。所々薄くかかった霧が陽の光を遮って、水面に踊るような光のマーブル模様を描き出している。でもきっと、この風景はそんな描写なんて超越し、て……?


「綺麗……」

 ……そう呟いたのは、蓮子だ。目の前に広がる湖の輝きに圧倒されたように、それだけ呟いたっきり黙ってしまった。

 そう、『綺麗』なんだ。都市の間に飲み込まれて、区画整備という改造を受けていつしか『キレイ』になってしまった『自然』とは違う。本当にそこにあるだけ、ただそれだけで人間なんか圧倒してしまうのが、真の自然というものなんだろう。

 ……でも残念なことに、私の目は白く輝く湖を通り越して、その向こうに見えるものを捉えて離さなかった。


「……ねえ、蓮子。蓮子ったら……!」
「ちょっ、ちょちょどうしたのよメリー、いきなり」

 私は震えを抑えられないままに、湖の向こう側を指さす。蓮子もその方向を見た瞬間、固まった。私が動揺している理由を悟ってくれたのだろうか。だとしたら、当然の反応だと思う。

「湖のそばの……真っ赤なお屋敷……?」

 茫然としてそう言ったのはどちらなのか。

 いや、どちらだったとしても、現実は変わらない。

 そもそも、これが現実なのかも怪しくなった。たったいま。


 だって……だってあれは、私の夢の産物のはずなのよ―――!





 ……それでも変わらず、深い緑と白く輝く湖に囲まれて。紅いお屋敷はそこにあった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 ほとんど追い出されるように神社を出たけど、紫さんの家に向かう途中で、あることに気付いたのです。

「私、一人で行くの初めてかも……」

 そう考えると、なんとなしに緊張してきた。そうだよね。いままでは誰かいたんだから。

 私一人で行っても追い返されたりしないかなあ……。

 でもそんなことを考えてるうちに、もう屋根が見えるところまで来ちゃって。

 引き返すわけにもいかないので、諦めて玄関の戸を開けました。

「こんにちはー! 誰かいますかー? 紫さーん! 藍さーん!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



「……メリー。あれ、マジ?」

 そんなのは私の方が聞きたい。

「あれってアレだよね? メリーが夢の中で見たっていう……」
「ええ、そうでしょうね……」
「やっぱり、そっか…………よし」

 蓮子はそう言った途端、私の手をとって走り出した。

「えっ? ちょっと蓮子!? 何処に――」
「決まってるじゃない! あのお屋敷に行くわよ!」

 まさに予想通りの返事が返ってくる。本当に蓮子は迷わないわねえ。私の話を聞いていてもこれなんだから。……それともだからこそ、なのかしら?
 実はちょっと気が引けるけど、蓮子と一緒にいるときに気にすることではないわよね。少なくとも、いきなり襲われることはないのだろうし。

「まったくもう……出会い頭に血を吸われても知らないわよ? 棲んでるのはこわあい吸血鬼なんだから」
「……え゛? …………ふ、ふふふ……なんてことないやい」
「あら……もしかして怖いのかしら?」
「はっはっは、何を仰るめりいさんや」

 ……まあそれでも、これくらい脅かしておいてもバチは当たらないでしょう。

 実際、私たちの足は一向に止まりそうになかった。本当はこれっぽっちも躊躇なんかしてないのよ。『夢』の世界が、今まさに目の前に広がっているんだもの。



 そんなときに突然――


「これ、其処の二人。そんなに慌てて何処へ行こうというのですか」


 思いも寄らないところから、声をかけられた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:R



 あいつも行ってしまったし、さてこのヒマをどうしてくれようか。

 そんなことを考えていたら、さっそく来客があった。あったけどさ。

「なんだ、あんたか……」

 ちょっとしたガッカリ感も含めてそう言ってやると、今日一番目の来客――藍は、怒ってるんだか苦笑いなんだかよく分からない顔をした。

「ああ、私で悪かったわね。どうせお前の『ヒマ』とやらは私では潰れないんだろう?」
「そうね」

 そう正直に言ってやったというのに、藍はますます苦い表情になった。なんなのよ。

「……まあいいわよ。こちらも野暮用といったところだから。紫様が巫女を連れてきなさいと言っていたのでね」
「巫女…………それって、わた」
「お前はもう巫女じゃないだろうに……。みくる…………じゃない魅来(ミクリ)のほうだ」
「あ。あいつに言ってやろ」
「単なる言葉の間違いよ。それで、彼女は何処に……?」

 きょろきょろと境内を見まわす藍。ちょっと面白かったので黙っておいた。

「……いないのか?」
「もう行ったわよ」
「は…………?」
「だから、あいつならもうそっちに向かわせた、って言ったの」

 そこまで言ってやっと分かったようで、特大の溜め息をその場に落とした。

「仕事が速くて助かるでしょう?」
「お前の『勘』とやらのおかげでこちとら商売あがったりだよ……」
「バンザイ両手は上がったり、って?」
「いやはや、お前が忙しければ私は万々歳だな。……じゃあこれで失礼するよ、『霊夢さま』」

「……ほんとイヤミは得意なのね、あんたは」
「口は回るほうでね」


 ……まったく。これだから、狐はキライだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



「これ、其処の二人。そんなに慌てて何処へ行こうというのですか」


 そんな風に何故か親しげな声で私たちを呼び止めたチャイナ服(?)の人物は、辺りを見まわす私たちをよそにふっ、と目の前に降り立った。この辺りにそんな高い木はないのに、一体何処から飛び降りたのかしら。……まさか、空から降りてきたとでも?


「あの……あなたは、誰?」

 蓮子が恐る恐るそんなことを聞く。すると今度は、呼び止めたはずの本人がきょとんとした顔で首を傾げた。頭にのった左右のお団子が揺れる。

「…………はて。失礼、人違いだったようです」

 始めはまるで親しいものを見るようだった目に、知らないものを見る色が見え隠れする。彼女の知り合いと見間違えた、ということなのかしら。私たちにだって、こんな所に知り合いはいないはずだもの。


「名乗るほどのものでは。ただの行者ですよ。貴女方はもしや、外来の方ですか」

 行者? 修行をする人のことなのかな。いや、それよりも――

「ガイライってなんですか?」

 疑問が口をついて出た。今度は、蓮子よりも先に私が聞いていた。

「この郷に外から迷いこんだ人間。そのようなところでしょう。……さて、『袖触れ合うも多少の縁』と言います。外来人ならば、出口を探しているのではないですか。私がそこまで案内して差し上げても良いのですが。それとも――」

 そこで目の前の少女は左手を挙げて、湖の向こうに見えるお屋敷を指さした。

「――それはそれは恐ろしい吸血鬼の館で、一晩を過ごしますか?」





「……じゃあ、吸血鬼の館で」

 そう答えたのは蓮子だ。でも、口にしなくても私の答えも同じ。

「何故です?」

 咎めるでもなく、少女は問いを重ねてきた。

「迷路は出口を出るまでが一番楽しいのよ」
「……なんともまあ、貴女方らしい。そうでしょう。きっと好奇心と命さえ秤にかける人だ、貴女達は」
「なんだかズバリ当てられてるわよ、蓮子」
「いえ、失礼。貴女方のことではないのですよ。……それでは、お気を付けて。あの館の吸血鬼は『生きた人間』には寛容ですから、心配はないでしょう。今日一日はこの『迷宮』を楽しんで、明日の夕方にでもお帰りなさい。『神社に行きたい』、と言えば分かってくれると思います。では……」

 そんなことを一気に言って、少女は私たちに背を向けて立ち去ろうとする。その背中に蓮子が問い掛けた。

「あ……ちょっと待って……!」
「……なんです?」
「あの、ここって一体――」

 ――何なの、もしくは何処なの、と言おうとした蓮子の言葉を待たずに。


「――幻想郷。とりあえずはそれだけで十分でしょう。……いえ、忘れてもらっても構いません」


 そんな不可解としか言いようのない答えを返して、そして今度こそ彼女は立ち去った。

 その場に残された私たちも、改めて紅いお屋敷に向かって歩を進めた。





 ―――忘れてもらっても構いません。


 その言葉はまるで呪詛のように。歩きだしたときにはもう、湖のそばで誰かに逢ったという記憶さえおぼろげになっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:K



 ―――そう、その好奇心が貴女方を幾度でも取り殺そうとするのです。猫さえ殺すモノ、人間の命など容易く奪い去ることでしょう。

 私たちに出来ることは限りなく少ないというのに。

 ……運命は未だ定まらず。貴女方が二人ともに『ここ』に辿り着くのか。その答えすらも霧の向こうにある……。


 ならば……いつの日か、また此処に還ることができるように。どうか、せめて――





「――せめて、良き運命の旅を」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:R



 しかし、今日は客の多い日だと思う。

「……それが参拝客ならまだしも、妖怪やら変人やらなんだから手に負えないのよ」

 まあ、こいつならお賽銭は入れてくれるから、まだマシなほうかしら。

「ああ、変人じゃなくて仙人だっけ」
「そんな高尚なものではないのですよ。何度でも言いますが、私はただの行者です」

 こいつの場合、自分に言い聞かせるのに言ってる感もあるけど。やってることはまんま仙人なのにね。めんどくさいやつ。

「んで、今日は何の用?」
「はて、外見はともかくとしても、巫女だったころから内面がまるで変わっていないというのはいかがなものなのでしょう。そう言ってしまえばそれまでですが。貴女は――」
「あー……ストップストップ。お説教なら足りてるのよ、他を当たってちょうだい」

 慌てて止めたら、口をぽかんと開けたまま固まっちゃったわ。頭の回転が速いのか悪いのか、こいつは特に分からない。

「……あ、ああ。失礼。どうも貴女を見るとつい」

 どっかの閻魔と似たようなことを言っている。わたし限定なあたり、もっとタチが悪いけど。

「そんな用事で此処を訪れたのではないのです。たまにはらしく、先見でも披露してみようかと思うのですよ」
「先見?」

 ああ、予言のことね……予言って仙人らしいのかしら。

「ええ、ではさっそく。…………貴女の待っている『来客』。此処を訪れるのは、明日の昼から夕方にかけて、でしょう。残念ながら、今日は来ませんよ」
「…………わたし、別に誰も待っていやしないけど」

「そうですか。では、訂正しましょう。明日の夕方ごろ、此処を訪れる人間を見ても腰を抜かさないように。今から覚悟しておいた方がいいでしょうね」
「はあ……?」

「貴女の驚いた顔というのも、非常に興味をそそられるのですが……。それとも、彼女を外泊させたのは、そういうことが予想されたからではないのですか?」
「……あんたね。最初っから知ってて言うのは予言じゃなくて詐欺っていうの」

 それはいけない、と他人事のように言うけど。あんたのことだ、あんたの。

「いえ、実は稲荷明神のお告げなのです。……少々、珍妙な恰好ではありましたが」
「二足歩行で導師服で買い物帰りだったんでしょ。あいつのどこが『おいなりさま』なのよ」
「…………」
「…………」
「今日は厄日なのでしょうか……」
「おい」

 すっとぼけんな。目を逸らすな。こら。

「……あんたも一応、『うそだいきらい族』なんでしょうに」
「ええ。ですから、こうして神仙の真似事などしているのですよ」

 嘘吐き放題ですからね、なんて瓢々とのたまう。

「どうせ嘘でしょ、それだって」
「そうかもしれませんね。ほら、言った通りでしょう?」
「ああもう……はいはい分かった」


 ……ほんと、わたしの周りってこんなやつばっかりだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 あれから一時間も歩かずに、私たちはお屋敷の門の前に辿り着いた。

 ……またしても門番さんは寝ていたのだけど。声をかけようとして歩み寄ると、その前に目を覚ました。
 なんと、門番さんは私のことを覚えていたらしい。「お久しぶりですね」と、笑顔であいさつしてくれた。……また一歩、夢と現実は歩み寄る。

 一度、訪れていたからもあってか、意外なほどあっさりと屋敷の中に入れてもらえた。門から玄関まで前庭を歩いていくことになるのだけど、ここの庭は本当に見ていて飽きないのよね。と言っても、二回目なのだけれど。蓮子も落ち着かなさげにそこら中を見回しているし。あなたはもうちょっと落ち着きなさい。

 ……そして、玄関に辿り着いた私たちの目の前にお手伝いさんが現れたのも、あのときと同じ。ただ、ちょっと前の人と違うような……。髪の毛、染めたのかしら?


「どのようなご用件ですか?」

 お手伝いさんはそう聞いてくるけれど、どうしましょう。困ったわね。「夢なのかどうか確かめにきました」なんて言えるはずもないし。

 ここは……そうね。思い切って、あのときと同じようにたずねてみよう。


「こんな素敵なお屋敷に住んでいる吸血鬼さんに、ご挨拶したいなと思って。……彼女、もう起きていらっしゃるかしら?」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ね て た わ よ」



 紅い目をこすりながら、お屋敷の主――レミリアは現れた。……目が紅いのは元々だったかしら。


「ねてたわよ、当たり前でしょ。前の時もそうだったけど、あなた吸血鬼をなんだと思っているのよ」
「あら、あのときだってあんなに良い天気だったのに」
「『良い』天気だったのに真っ昼間から起こしてくれたメイドがいたんでね……」

 レミリアは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てる。幼い眉間にシワを寄せて答える様子は、やはりあのときの記憶と寸分も違わない。では―――


「でも、憶えていてくれたのね。……やっぱりあれは夢じゃなかったんだ」
「は……人間が昼間っから何を言ってるんだ。寝ボケてるのはそっちじゃなくて?」



 そう言って、薄く笑う夜の王は……やはり私の夢物語などではなかったのだ。





「……んで、そろそろそっちのヤツも紹介してくれないかしら」

 ほえ。

 思わず、そんな声を出しそうになってしまった。レミリアの視線が向かう方を見ると。

「……むー……置いていかれた蓮子さん。そろそろ連れてってほしいのー」

 私たちの話についてこれずにいじけてる我が相棒の背中がありましたとさ。……こらこら、テーブルに背を向けないの。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 どうやら藍さんはいないみたいです。なので、勝手に上がらせてもらいました。

 とりあえずは紫さんのいる部屋に辿り着きたいのですが、なんだかそれにも一苦労しそうです。

 どこまであるのか、終わりが見えないほど真っ直ぐに続く廊下。左右には同じような障子戸ばっかりで……もうどれがどれなのやら。
 家の中を迷路にしてしまうとか、やっぱり妖怪の考えてることはよく分かりません。
 ……訂正、紫さんの考えてることが分かりません。一緒くたにしてごめんなさい。

 さて、どれを開けようか。よりどりみどりだけど、さすがにどれでもいい、ということはないような。はずれたらどうなるんだろう、これ。

 いつもなら、藍さんか、紫さんか、霊夢さまか、橙か、怪人ロータスさん(自称)とか、誰かいるからなあ……。

 というか、なんでみんなこれがわかるんだろ。人間には分からないマークとかがあるんでしょうか。
 こういうときに霊夢さまの『直感』がうらやましいです、それはもう。でも人間が欲しがるなんてばちあたりかも。

 むー……いつまでもこうしてるわけにもいかないし。なんとかして分からないかなあ……。


 ……あれ? そういえば、前にロータスさんが何か言ってたような。



『ま、こんなの紫の性格からすればねー。そんな考えることでもないのよ。見かけ倒しもいいとこ』



 ……それだ! 

 でもどういう意味ですか。紫さんの性格とか幻想郷七不思議じゃないですか。

 ……まさか、『八雲』だから八番目とか言いますか。なにそれ、すごい当たってそう。

 でも、八番目がどこに繋がっているのか、それもわからないし。












「ああああああもう当たって砕けろおおおおおおっ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 いじけていた蓮子を加えて、会話は再開された。


「魔法使いに、吸血鬼。あとメイドさん。……ほんっとに御伽の国なのねえ」

 ほうっと、感慨深げに溜め息をもらすのは蓮子。さっきまでいじいじしていたのに、もうすっかりいつものノリを取り戻しているのは、さすがというかなんというか。

「なに? あなたたち外の人間だったの? てっきり里からはぐれてきたんだと思ってたのに」

 少し驚いたように言うのはレミリアだ。どうやら、この世界にも人間が集まって暮らしている場所があるみたい。私が夢の中で子供たちを見たところかしら。
 私たちがそこからではなく、全く別の場所から迷いこんだのだと説明すると……レミリアは何故か、わずかに顔を歪めた。


「何……? しかも自分で入り込んだ、だと?」
「なにか、あるの? いや、確かにそんなこと出来るのは私たち、というかメリーだけなんだけど」

 声のトーンも下がり気味になっていくレミリア。

 なんだろう。嫌な予感しかしないのだけど。もしかして、勝手に入っちゃいけなかったとか……? って、そんなのは今さらよねえ。



「……大結界に手を出したことになるんだよ」

 重苦しく、レミリアは口を開く。

 でも『大結界』? 結界ならわかるけど……。

「この土地を囲ってるバカでかい結界のこと」

 あ、単に大きいから『大』結界なのね。でも、結界で土地を囲っている……?

「ここはね、オマエたちの言うような『異界』とは違う。人為的に切り取られた現実なのさ。大抵の異界って呼ばれるものにはそこの主人がいる。ここにも主人みたいなのがいるんだ。ヤツ自身は管理人、なんて言ってるけど」

 なんだか、急に大きな話になってきたような……。やっぱり、私たちが入ってきちゃいけない場所だったのかしら。

「いんや、入ってくること自体は問題じゃなかろうさ。普段からだって、ときどき迷いこんでくるのがいる。結界自体の機能なのかはよく知らないけど。そういうのを外来人って言うのよ。でも、まさか結界の弱い所を突いて入り込む人間がいるとは思わない」
「……ああ、そういうことなわけね」

 そこまで聞いて、蓮子は納得した、というようにぽつりと呟いた。

 ……私には分かりません。

「結界を張った人……人なのか知らないけど、その神経をわざわざ逆撫でしちゃったってことね。『あなたの作ったものにはこんな弱点があるんですよー。まいったかー』みたいな」
「でも……」

 勝手な言い分かもしれないけど……そのわりには随分と放置されているような気がする。ここに入り込んでから、もうすでに半日が過ぎているのだ。とりあえず、問題は無かった、ということなんじゃないかしら。

「まあ、害とみなしたものをやつらが放っておくとも思えないし。隠れたりするなんてそれこそ意味もないだろうし。もうあなたたちをとっ捕まえててもおかしくないんだけど―――」

「―――ええ。おっしゃる通りですわ」



 ――その場にいる、誰のものでもない声が私たちの真後ろから。

 その『なにか』が放つ気配に、思わず全身が総毛立つ。いままで何も無かったはずの所に、今は確実に『なにか』がいる。
 後ろを向くことなんかできなくて、蓮子の方を見ることもできなくて、残るレミリアの顔を反射的に見てしまう。私たちと同じく弾かれたように顔をあげたレミリアは、その『誰か』の姿をみとめて、なんでもないふうに口を開いた。

「……ああ、何よ。遅かったじゃない」

 ―――やっと来たの。なんて言って、口元を微かに歪めたりしている。

「少し、思ったよりも手間取ってしまいまして」

 後ろの『誰か』も、くすくすと笑い声を零している。でも、なんでだろう。ちっとも笑っている気がしない。きっとそれは気のせいじゃない。作りもののワライゴエにしか聞こえない。

 それでもなんとか、首が動くようになって、やっとのことで蓮子の方を見る。



 ……蓮子は、もうすでに後ろを振り返っていて、その顔には、戸惑いと―――あれ……なぜかしら、ねえ、なんであなたもそんなに―――



「……何が可笑しいのよ、蓮子。それにレミリアも……」
「まあ、まずは振り返ってみなさいな、メリー」


 ものすごく釈然としないけれど、言われた通りに後ろにいる『誰か』を確かめる。



 そこにいたのは、軽くウェーブのかかった金髪の、それでいてよく見覚えのある―――

「……何がしたいんですか」
「いえいえ、ちょっとしたドッキリと思って下さいませ。戻ってくるタイミングがとても良かったようでしたから」


 ―――お屋敷のお手伝いさんだった。


 …………もう。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:Objective



「……まさか。とっ捕まえるなんてそんなこと。するはずが無いと分かっているでしょう?」

 可笑しそうな独白が、紫色の空に吸い込まれて消える。

 紅く燃えて一日の終わりを告げる太陽。断末魔のような光は青空と互いに喰い合って、頭上に昼と夜の境界線を紡ぎだす。

 その紫を瞳に映そうと、いや移そうとするかのように。空を見上げて彼女は笑う。

「運命に手を出そうとするのなんて、貴女だけよ? 私たちに出来るのはただ、悪夢を運命にしないように足掻くことだけ。まして、悪夢を作りだそうなんて……」

 そこで言葉を切り、聞こえてくる音に耳を傾けるように、瞼を閉じる。

 聞こえるのは風の音だけ―――のはずだ。

「……ふふっ。『昔の自分だなんて、思い出すだけで恥ずかしくて死ねる』か。さて、言ったのは誰だったかしらね。霊夢……? いえ、それとも……」


 だというのに、彼女はその先の聞こえない喧騒に笑う。


「さて……今しばらくは貴女たちに幸せな非日常を。おやすみなさい、秘封倶楽部。今夜だけは、吉夢の中で良い悪夢を」

 挨拶のような、それでいて意味のない独り言を残して。


「もうすぐ、夢違えの時がやってくる。その時まではね」


 その名の示す通りに、数多連なる紫雲へと溶けていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ―――落ちていく。


 倒れたわけじゃないのに。ここに立っているという感覚も残ったままで。

 視線は下へ、下へとズレていく。

 ああ、たった今、こちらを見ている彼女の足下さえ通り過ぎた。

 重力も浮力も感じずに、それでもまだ落ちていく。

 それが当然のことであるように。


 怖いとか、そう言う感情は無かった。

 ただ、それは嫌だって思った。絶対に嫌だった。


 だから、何も考えずに、とにかく上に手を伸ばした。

 そうしたら、誰かの手が、掴んでくれたの。

 『ああ、良かった』って。助かった、でもなんでもなく、『良かった』って思った。



「良かったわね。おいてけぼりにされなくて。残念だったわね。彼女を『こちら側』に残して行けなくて」


 そんなこと、言われずとも分かってる。だって、落ちていたのは私じゃなくて―――



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



「ねえねえメリー! あれ見てあれ! 天然モノの野菜があんなに!」

 蓮子。あなた、はしゃぎすぎ。

「蓮子、お願いだから。ちょっと落ち着いてよ」
「ははは……いや、外から来られた方って皆さんあんな感じなんですよ? むしろ、マエリベリーさんは落ち着きすぎ」
「そういわれても……ねえ」

 あれじゃあ、まるっきり子供じゃないの。



 紅魔館(って呼ばれてるらしいわ、あのお屋敷)で一晩を過ごした私たちは、翌日、門番さん―――美鈴さんの案内で人里を訪れていた。

 そしてこのまま夕方ごろに、こちら側の博麗神社に連れていってもらう予定になっているのだ。



「いやー、どこもかしこも目移りしちゃうわねー」

 コーヒーカップを片手に、幸せそうな溜め息をもらす蓮子。

 あのあと、放っておいたら暴走しそうな蓮子を引っ張って、とりあえず目についたカフェに入った。
 妖怪だとかが元気に暮らしているって言うから、人里と言っても、もっと大昔のど田舎みたいな所を想像していたのだけど、ちょっと違うみたいね。

「そうですね……紅魔館(うち)みたいなのが生活に困らないくらいには、西洋文化も入ってきていますからね」

 美鈴さんの話からすると、どうも明治初期くらいまでの文化はあるみたい。まだまだ日本古来の文化が残っている庶民の間にも、ちまちまと西洋の文化が流入し始めた時期。
 確かに、それなら周囲の人々の服装にも納得できる。洋風、とは言い切れないけれど、私たちの服装が浮かない程度には洋風。皆、そんな感じの格好。


「……でもほんと。いいところだと思うわ」

 窓の外から、子供たちの楽しげな声が時折聞こえてくる。その方向にふと目をやって、蓮子はその光景を羨ましげに眺める。

「子供はちゃんと笑ってるし……」
「そりゃあ。子供はバカやって楽しく笑ってなきゃ子供じゃありませんて」

 美鈴さんはそう言って苦笑するけれど。私たちが住んでいるのは、それができない子供たちの暮らすところだ。
 そんな当然のこともできないような世界になってしまったのだから……。



「ここは……だからこそ、こうやって隠されてるのかもね……」
「…………?」
「分からない? だってさ、『あっち側』でいくらがんばったって、今の時代に出来るのは『作りもの』よ? 子供の笑顔すらも合成するしかない。天然モノは絶滅危惧種なのよ。誰がなんで作ったのかは知らないけど、こんな素敵な場所を大事に隠しておいてくれて、ありがとうって言ってあげたい。……もし、こんな未来が来るって分かってたら、私も同じことしたかもしれない」


 ……言葉も何も、出なかった。蓮子の言うことに反論できなかったとか、そういうことではまったくなくて。

 ただ―――あんな寂しげな、あんなに優しい表情をした蓮子を、私は見たことがなかったのだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ―――夢違え。

 悪夢を現実の災いと為さないために行なう、まじないのことを指す。



 吉夢はここに、幻想の中で現実と相成った。


 ……ならば。


 幻想の中で視た悪夢は何処へ向かうのか。


 ―――ほら、その実現(こたえ)はすぐそこにある。



「さあさあ急いでいらっしゃいな。夜が降りてくる前に」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 また森の中だ。

「しかも今度は薄暗いし……」
「まあ、でも大丈夫。日が落ちるまえには神社に着けると思います……多分」

 それでも、昨日より安心できるのは、しっかりした目的地と―――

「しっかりした同行者がいてくれるからかしら」
「メリー……それ、嫌味?」
「いやいやそんなことないわよあはは」
「うわああん!? 美鈴さあん、メリーがいじめるーっ!」

 あはは、二人とも仲がいいですねえ。

 とか言ってる美鈴さんにはその手のは効かないでしょう。諦めなさい、蓮子。



 だんだんと薄暗くなっていく中で森の中を進むのは、実際昨日よりも骨が折れた。足下がよく見えないから、つまづかないように歩くのさえ一苦労なのよ。


「さて、この辺りでしたね」

 美鈴さんの言葉と同時に、今まで見渡す限り木だった視界が急に開けた。

「お疲れさまでした。もうすぐ着きますよ……ほら、あそこに見えるのが……」

 美鈴さんの指さす方を見ようと振り返って。



 何も見えなかった。いや、すうっとかき消えるように、何も見えなくなった。



「あー……間に合わなかったわね。里でゆっくりしすぎたかなあ」

 蓮子が溜め息混じりに言う声が聞こえてくる以外は、全く何も見えない。

 思わず、明かりがないかと辺りを見回すけれど、あるはずもない。そう言えば、ここはそう言う場所だったなって、今さらながらに実感する。
 日が落ちれば何も見えなくなる。現代みたいに二十四時間灯っている明かりなんて、昔はそんなもの無かったのだ。


「しかし、そんなときには文明の利器。取り出しましたるは懐中電灯」

 見えはしないが、多分、愛用のLEDライトを取り出したのだろう。

 カチッというスイッチ音がして、そのあとすぐに明るく―――ならなかった。

「……え?」
「ちょっと蓮子……このタイミングでバッテリー切れはないわよ……?」
「…………メリー、違う。これ、ライトのせいじゃないわ。だってこれ、手回し充電タイプだもん」

 …………は?

「……やっぱりね」

 急に暗くなってから今まで一言も話さなかった美鈴さんが、確かめるようにぽつりと呟く。

「あの……それってどういう」


「そこらへんにいるのは、食べていい外来人?」
「……!?」
「駄目な外来人よ、ルーミア。二人ともお嬢様の客人だからね」
「ちぇー、美鈴がいるならそりゃだめだー」


 そんな、幼い声と美鈴さんの会話が聞こえてきた後、急に辺りが明るくなった。


「今のは、一体……?」
「妖怪ですよ。人喰い妖怪」
「なっ……!?」

 美鈴さんは事もなげに答えるけれど。昨日、私たちはこの森の中を一時間以上もうろついていたのだ。

 もし、あのときに遭遇していたらと思うと、今さらながらに寒気がした。





 さて、予定どおりに博麗神社に到着したのだけれど。

「……美鈴さん」
「なんですか?」

 鳥居は目の前にあるのに……。『博麗神社』と記した鳥居がそこにあるのに。

「美鈴さん。社がないわよ。階段しかないじゃない」
「美鈴さん。石段しか見えませんけど、お社はどこなんでしょう」


「もちろん、この上ですよ。ほら。あとはここを登るだけですから」


 ああ……やっとのことで森を抜けてきた私たち。迎えたのは小高い山を登っていく石段でした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 さあ、はやく登っておいで。


 もうすぐ境界が出来上がる。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:R



 そろそろ日も暮れるっていうのに、未だに誰も来やしない。

 ……そもそも、あいつの言う通りに来るかどうかも怪しいけど。なんだかんだで信じてるのが、なんか気に入らないなあ。


 に、しても。さすがに日が暮れちゃったらどうしようもないっての。
 このまま日が落ちたら寝てやろ。明るいうちに来ないのが悪い。うん、そういうことにしとこう。んじゃ、おやすみ……


「……さーん、霊夢さーん。誰かいませんかー?」


 ……なんでこう、タイミングが悪いかな。ちうごくめ。まったく。



 客が来た以上、寝るわけにはいかなくなったけど、さて。


 わたしの『勘』を動かしたのは、いったいどこの誰かしら?



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



「霊夢さーん。霊夢ー。元巫女ー。それか巫女ー。いないんですかー?」



 ……やっと、着いたっ……!

 最後の最後にあの石段があったのは何かの試練だったに違いないわ。そう思うくらいにはきつかった。……この神社に来る人が少ないってのも納得ね。

「メ、リー。それは、ひよわすぎ。ふつうに、体、力が、あれば、これくらいの階段っはあ、へいきでのぼるでしょ……?」
「ええ。まったくもって説得力皆無の解説をどうもありがとう」

 蓮子は足下に倒れこんでいる。動くしかばねのようだ。ここまで体力が無いなんて驚いた……とか言う以前に。蓮子、あなたこそひよわすぎ。


 片や、楽々と登りきった美鈴さんは、ひと息もつかずに誰かを探している。

 門番、というだけあって、体力方面には自信ありそうに見えるし。そう言えば、美鈴さんも何かの妖怪なのかしらね。


 もうだいぶ薄暗くなってしまったけど、なんとか社は見ることができる。
 建物としての形は、私たちのが『綻び』を見つけた『博麗神社』と変わらないように見える。でも、随分と新しい。……むしろ、ここ最近建てたばかりみたいにきれいなのだけど。



「まさかもう寝ちゃったんですかね……。いないのー? 元祖わきみ」

「何回も呼ばなくても聞こえてるわよ。たった今寝るところだったのをあんたの声で起こされたんだっつの」

 美鈴さんの何度目かの呼びかけに、不機嫌そうな声が答えた。

 社の奥からぼうっとかげのように現れたのは、巫女服のような、それでいてちょっと違う、紅白の服を着た少女だった。


「外来人です。出口を開けてあげてくれませんか」
「ふーん……」

 少女は、まったく興味の無さそうな視線をこちらに飛ばす。


 ―――ごくわずかに、少女の目が見開かれた―――









 ―――ような、気がした。


「霊夢。『外来人』です、彼女たちは」
「……うっさいわね。何度も言わなくても分かってる」

 それすらも一瞬だけで、少女は私たちの横を素通りして、石段を登りきったところにある鳥居の前に立った。


 そして、気だるそうに挙げられた右手がそのままふわっと振られた途端、鳥居の向こうに見えていた景色に、変化が起こる。


 大火のような夕焼けが青空を呑んでいく。そんな風に見えていた空が、鳥居を境にみるみる歪んでいく。歪んでいく。歪められていく。


「蓮子……」
「うん、見てる」

 蓮子も、何時の間にかしっかりと立ち上がっていた。いつになく、真剣な顔でその光景を見つめている。

 ……いや、もしかしたら。

 蓮子も、その幻影に魅せられているのかもしれない。そこから目を離せない私。それと同じように。





「ほい。できたわよ。どうぞ」

 気の抜けた声で我に返った。少女はそれだけ言うと、役目は終わったとばかりに立ち去ろうとする。

 鳥居の向こうには何時の間にか、元の夕暮れが戻ってきていた。

「……え、ちょっと……!?」

 蓮子が慌てて呼び止めると、つっと立ち止まって、振り返った。

「何よ。そこをくぐれば帰れるわよ。良かったわね、妖怪に襲われずに済んで」
「帰れるって、どこに繋がってるの、これ」
「あんたらが入ったところ。どこかなんて知らないけど」
「はあ……そう、ですか……」

 んじゃ、おやすみ。と言って、今度こそ少女は社の中へと戻ってしまった。


「あはは……相変わらずですね。……さて」

 美鈴さんが、こちらに向き直る。


「ここでお別れですね。お元気で」
「そう、ですね。レミリアによろしく」
「そうね……」

 蓮子が、何か急にそわそわし始めた。

「……蓮子さん」
「ひゃいっ!? なにかしら、美鈴さん?」

「また来ればいいや、なんて考えたらダメですからね」
「む……」

 ……あ、そうか。出られる保証がついたんだから……。

「マエリベリーさんもね」
「はーい……」



 これじゃあ本当に、これが最後になるかもね。次に入ったとして、もし美鈴さんに見つかったら……。もしかして、さっきの人喰い妖怪よりも怖かったりして。

「まったく。そんなことを言っていると……私も人間を食べないわけじゃないんですよ……?」
「……マジですか?」

 ―――さあ、どうでしょう?

 きっと嘘。本当だとしても、美鈴さんは食べない。いたずらっぽい笑顔を見ていると、そんな気がした。



「さて―――もう、いい加減にして行かないとね。じゃあ、美鈴さん」
「お世話になりました」
「ええ、元気でね」



 簡単な別れを交わして。蓮子が先に、私はその後ろから鳥居をくぐる。


 この先、どうなるかは分からないけど。ここの風景をもう見ることが出来ないとしたら、少し残念だなあ。

 だから、鳥居をくぐる直前に、もう一度だけ振り返った。最後の最後に、この場所の風景をなにか憶えておきたくて。



 眼に映ったのは、空いっぱいに広がる、自然が紡ぎだした紫色の境界線だった。

 ええ。きっと―――これなら、たとえ一生でも忘れることはないと思う。

「……ありがとう。さようなら、幻想郷」



 さあ、帰りましょうか。私たちの世界(げんじつ)に。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:Objective



 神社の奥。明かりも灯さずに、じっと目を閉じたまま座っている。

 決して眠っているわけではない。眠ってしまったら、一切がうやむやに終わってしまう。そう、気付いていたから。

 ―――あいつは、きっと今じゃなきゃ答えてくれない。


 だから、待っていた。今日、必ずここを訪れるはずの彼女を。



「ごきげんよう」


 ほどなくして、待ち人は現れた。何事も無かったかのように。いつもどおりの一日であったかのように。何も無いところから。

 ―――ま、あいつはそういうフリはお手のものだし。

「よろしくない。こちとら眠気を堪えて待ってたのよ? どうせ来るんならさっさと来なさい」

「あらあら。眠気を堪えるのは健康によろしくなくてよ?」

 ―――潔く寝てしまいなさいな。

 境界の妖怪は、ころころ笑う。

「そんなの、あんたじゃあるまいし。……どうせ、明日になったら何聞いたってとぼけすかしてくれるんでしょ?」

「ええ、とぼけてみようかと思っていたのだけど。……霊夢」
「……何よ」
「お願い! 見逃して?」

 がくんっ

 そんな音がしそうな勢いで、頭の位置が下がった。

「……見返りは?」
「……膝枕、一晩?」

 暗闇の中で、無言のアイコンタクトが続く。

「……安い」
「む……じゃあどうしろと言うの?」

 そこで再び沈黙。霊夢の脳内では、疑問を問い質すことに匹敵するのは何か、という検討が行なわれているのだろう。

「……抱き枕、一晩なら」

 むむ……と紫が唸る。

「この蒸し暑い夜に、正気?」
「……暑いかどうかなんて問題じゃないのよ」

 ―――まあ、それで見逃してもらえるなら。

「じゃあ、交渉成立ね」
「うん…………。ねえ、紫。ひとつだけ聞かせて」
「……なにかしら」

「『あいつら』は帰れたの?」

 ―――結局聞いてくるんじゃないの。でも、そうね。これくらいはサービスしてもいいか。

「……いいえ。その意味でなら、彼女たちは一生帰ることは叶わなかった」
「そう…………ねえ、紫」
「なに?」

「おか…………ううん、おやすみ」
「……ええ、おやすみなさい」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ―――ありがとう。ただいま、幻想郷。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 SIDE:M



 ―――気付いて。


「すっかり暗くなっちゃったねえ。でも今度はライトがしっかり働くんだから」

 ほら。と言ってスイッチを入れたライトは、またしてもその役目を果たさなかった。


 ―――気付いて。


「あれ……まさか本当に故障? 新しいのを買ったばっかりなんだけど、不良品だったのかなあ。もう」


 ―――この異常に、気付いて。


「……蓮子」
「ん、どうかした、メリー?」


 ―――月は見えない。


「あの……あのね」
「うん。……どうしたのよ。顔色、悪いわよ?」


 ―――星も見えない。


「……分からない?」
「ちょっとー、しっかりしてよ。むこうで何かに取り憑かれたとか言わないでよ……?」


 ―――木も草の一本も生えていない。……いや、それ以前に。


「蓮子……落ち着いて、考えて」
「メリー……?」


 ―――地面も何もないのに、私たちはどこを歩いているというの……?


「蓮子、ここはどこ?」
「どこっ、て……」

 そこまで言って、蓮子はようやく気付いた。そして―――

「え……? 何も、無い?」


 蓮子がそう呟いた途端、足下が抜けた。いや、ここには元々、立っていられる場所なんて無かった。



 ―――どこかで視たユメだ。


 重力も浮力も感じないままに。それが当然だというように、視界だけが落ちていく。

 あのときと同じように、何も考えずに、夢中で手を伸ばす。

 そうしたら、掴んでくれる手があった。


「メリー!」
「れん、こ……?」


 ―――ああ、良かった。これで……



 ……でも、いくら待ってもあの声が聞こえてこない。





 夢は、変わってしまった。落ちていくのも止まらない。今度は、蓮子を道連れにして。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 STAGE 1 SIDE:Objective



 宇佐見蓮子は、冷えきった空気に目が覚めた。


「……メリー……?」

 自分が呟いたことを自覚して、飛び起きる。

 辺りを見まわす。すっかり日は落ちた後らしく、すぐそこまでしか見ることはできないが、森の中だということは把握できた。

 ―――戻って、これた?

「……そんなことより、メリー……!?」

 辺りを見まわしても、それらしき影は見当たらない。

 ―――いったいどこに……?

 立ち上がろうとしてついたその手に、なにか柔らかいものが触れた。

「…………んっ」

 へんなこえもきこえた。


「まさか……」

 蓮子が恐る恐る、その身体の下を見ると……


「ん……れんこ、おもい……」
「…………」

 いささか失礼なことをのたまうマエリベリー・ハーンがいた。



 ぽかっ

「――――ッ!」

「ぐっもーにん、メリー。目は覚めたー?」

「……すっごくよく覚めた」

 そこで、メリーもきょろきょろと周囲を見まわす。

「帰ってこれたの……?」

 蓮子は反射的に空を見上げる。だが、曇っているのか、月も星も見ることはできない。
 つまり、時間も場所も分からない。

「そうだ、ケータイ……!」

 その様子を見たメリーがポーチを探りだした。



 ……そのとき。



「おや……」


「……!」
「誰っ……!?」


 二人のいる場所から数歩離れた茂みの向こうから、若い男性のような声が聞こえた。

「こんな時分に、このような外れにお嬢が二人とは面妖な。はて……」


 声の主は茂みを越え、そのまま二人へと歩み寄る。


 それは―――


「狐にでも化かされたか? それとも、化かされているのは俺のほうかね」

 ―――どう思う?


 男の表情はうかがえない。でも、この声は楽しんでいる。蓮子にはそう感じられた。


 顔は見えないが、服装は文句無しに和風の、着流しのようなものを着ていることが、暗い中でも二人には見て取れた。



 そして、ほぼ同時に二人の中で同じ結論が出される。



「蓮子……」
「……そう、みたいね」





 ―――今回のサークル活動は、まだ終わってない。



◇◇◇◇◇◇◇◇
 FIELD:八雲邸



「ねえー、ランちゃん。紫はー?」

 その何気ない問い掛けに、とんとんと小気味よいリズムを刻んでいた音が途切れる。

「……霊夢のところでしょう。おそらく」
「ふーん」

 再び、包丁が一定のリズムで動きだす。いささか、荒くなったように聞こえるのは、気のせいではないのだろう。

「……ねえ、ランちゃん」
「なんですか。夕飯の準備が進まないのですが」

「……まだ、認められない?」
「何を言いますか。とっくに認めました。……そこまで物分かりの悪い式じゃありませんから」
「ふーん。式、ねえ。もう、そう言い切れるようになった?」
「ええ、もうその時期は過ぎましたから。別にあの二人がイチャイチャしてよーがなんだろーが認めますとも! ええ!」

 だんっ、と。わざとらしく音をたてて、野菜を切る手を止める。

「じゃあ何をそんなにイライラと。私にもうつってきそうよー」

「……『そろそろご飯ですよー』って連絡したらもう寝てんですよ、あの二人」
「それは……ご愁傷さま?」


「しかも紫様を抱き枕とか羨ましいのよ神さまのばかやろー!」
「あー、うん。……神さまじゃしょうがないよね」





「ところで話は変わるんだけどさ」
「はい?」
「……みくるちゃんと橙ちゃんは何をやってんの?」

 指さす方向には、真っ赤な顔で座ったまま睨み合う二人。

「みゃああああああああ……!」
「にゃあああああああああっ……! 藍さまっ! 私にちからをををっ!」
「ああああああっ! 橙、ズルい! れいむさまああああ……! 私にもご加護をー!」

「あー……霊夢ちゃんはもう寝てるらしいわよ?」
「うそだああああああっ!?」

 巫女の瞳から光が消えた。


「……んで、何やってんの? あの二人」
「無制限耐久正座対決、だそうですよ」
「若いわねえ……」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 玖爾です。もう挨拶が思いつきません。

 これ、長編連作の言わばプロローグにあたるんですが、どうしようもなく長くなってしまいました。この話自体がやりたかったというよりは、この話を書かないと書きたい話が書けないのです。困ったものです。

 ちょっと『東方○○~プロローグ~』で放り込んでみようかなと企んだのは黒歴史に。

 最後に現れた謎の(?)男のセリフ。とある同人誌から戴いたものなので、知っている方もいらっしゃるかな。
 無意味にパロったわけではないので、男の正体のヒントにはなるかも(探る必要もないのですが)。


 あとは……うちの藍様は一人娘です。はい。そんだけ。


 読了ありがとうございましたっ!
玖爾
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コメント



0.480簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
このような作品は大好物なのでどこまでも突っ走って欲しく思います。
いやもう伏線とかから垣間見えるものをイメージするのが楽しくて楽しくて。
9.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、あなたの蓮子とメリーはほんとに大好きです。
しかし、ついに始まりの話ですか・・・
落ちていたのは私じゃなくて、とか色々想像が膨らみます・・・!
続きを楽しみにしています!
10.10名前が無い程度の能力削除
貴方は他人に厳しいですよね
まあ次回に期待します
11.100名前が無い程度の能力削除
こういう設定は大好物です!
13.無評価修行の男 仮面Ver削除
いや~いいお話ですね。
ボクに「頭の出来が悪いのを恥と思わないんですか?」というのは人から言われる他人への「厳しさ」だったんですね
あなたの「罵倒」はより良い作品を作る熱意へとさせて頂いております。
あんなにも心のこもった「罵倒」をして下さった貴方に大感謝デスよ、はい。
ボクも一人の男、貴方の仰います「進歩の目覚しい新人君」とやらを見せてあげようじゃありませんか。
「小学生Lvまで昇ってこれるよう、頑張って下さいね。」
の言葉のもと、いくらでも上までよじ登ってくるさ。
そして今度はオレが貴方を後悔させてやりますよ。
これが「反撃」ではなくボクの「情熱の炎」であると理解して、お互いがんばっていきましょう☆!
15.100名前が無い程度の能力削除
おお…続きが気になる