「あっちーあちーアツいんだけどー」
両手を上げて、腋をさらして。霊夢さんが畳の上を寝返りを打つように転がっている。
時折、隣に大の字で横になっている私の脇腹を足先で突っつきながら。
「ちょっとぉ、霊夢さん。じっとしててもらえませんか」
「だってー」
「第一、動いたら余計に暑くなるじゃないですか」
「暑いわよ、激アツよ」
「それならいい加減に」「えー」「はい?」「な、なんでもない……」
言葉を遮るように上がった非難を、風祝的なカリスマ溢れる視線で射抜いてみる。
あ、大人しくなった……というのも一瞬で、すぐに霊夢さんはゴロゴロ芋虫ごっこを再開させる。
畳に汗が染み込むから止めてもらいたいものだ。
ここは私の部屋で、だから私にとってとてもパーソナルな場所であって、そこに霊夢さんの汗が染み込んでしまうのというのは、あんまり具合がよろしくない。
え? いや……さすがに霊夢さんの汗が染み込んでるとはいえ、畳の匂いを嗅ごうだなんて、そんな事するわけないじゃないですか……変態さんじゃあるまいし。
……ん、なんかおかしい気がしたけど、保留。
「くぁー、かき氷食べたーいー」
「縁日やりましょうよー。霊夢さんち、神社なんですから」
「そうねー、って」
「むぁっ」
寝返りの勢いで頬をむにゅっと押された。
「柔らかっ! じゃなくて、早苗んちも神社でしょ」
「そうなんですよ、神社なんですよ」
「なんか改まりすぎだし」
「いやぁ、夏ですねえ」
開け放たれた窓から風が吹き込んで、肌を優しく撫でていった。
扇風機だとかエアコンだとか文明の利器の一切ない部屋は、通り抜ける風もちょっぴり懐かしい気がした。
「くあぁ……」
霊夢さんが空気が抜けるような声を出しながらこちらに転がってくる。
相変わらず両手を上げて、腋をさらしたままで。
とはいえ空気が抜ける事もなく、路線変更もしないままで、私にぶつかる。
「めっ!」
右手の人差指で霊夢さんの額を射抜いてみた。
「なっ!」
すると短い嬌声を上げて、想像以上に俊敏なローリングで間合いを取られてしまう。
こうなるとなるで何故か切ない。
「いけず」
「なんですか霊夢さん」
「なんでもないです早苗さん」
「そうでしたか霊夢さん」
「…………ふぁあ」
不貞腐れる気力もないのか、今度は萎れそうな声を上げてうつぶせになってしまった。
「早苗もゴロゴロしてみなよー」
「なんでですか。激アツなんでしょう」
「いや、でもさ、寝返りを打つたびにふぁさぁ、って風が私を包み込むのよ。爽快」
霊夢さんは言いながらゴロっと一回転して、仰向けになる。
「まー止まった瞬間じわっと汗が出てくるんだけどね」
ご存知でしたか霊夢さん。その汗は(もちろん私の部屋の)畳 に染み込んでいくんですよ? なんて口には出さないけれど。
「それじゃ駄目じゃないですか」
「いや、それが刹那的な快楽みたいな?」
「なるほど」
「分かってないでしょ」
「分かろうとする努力は欠かしませんが、努力が必ずしも身を結ぶとは限らないもので」
「だからー私はー努力するわよー。こうしてずっとゴロゴロしてればずっとふぁさぁ、って感じなんだよね」
再びゴロゴロを再開させる霊夢さんを、私は感慨深く見守っていた。なんだかそのうち「あーいーすー」とか言い出しそうだ。
「あ!」
「なにか世界を救うアイデアでも思いつきましたか?」
「…………世界を救う?」
ゴロゴロを中止させて、怪訝な目で見つめられた。目が合うと素直におしゃべりできないみたい、霊夢さん。
「まぁそこは流しましょう」
「アレだわ、アレよ、アレ」
「アレ……?」
「水浴び!」
「水浴び?」
「川水浴!」
「なるほど川水浴」
「行こーよー早苗ー」
「えっ」
「なによーその反応ー」
霊夢さんが今度は不満に口先を尖らせて私を見つめていた。素直におしゃべりできないのは私の方みたいだ。
「だ、だって……」
「だってなによ?」
だって――、
「やっぱり海水浴もとい川水浴は新作の水着を買いに行ってからじゃないとダメじゃないですか!」
「…………はい?」
「なんでもないですー、って仮に行くとして、霊夢さんも水着とか用意しないと」
「え、普通に裸じゃないの?」
「え?」
「冗談よ」
「ほっ」
「水着は早苗に借りるー」
「なっ」
「ひひっ。う、そ」
「ぬっ!」
霊夢さんに倣ってゴロリと一回転しつつ大仰なモーションで霊夢さんの頬に人差し指を突き刺してみた。
「むぁっ、早苗容赦ねー」
霊夢さんが喋ると指先がむにゅっ、とのめり込んだ。思わず空いた方の手で自分の頬を押してみた。霊夢さんの頬の方がよっぽど柔らかかった。
「………………これは」
とんでもない感触だ。
河童辺りが今すぐにでもこの柔らかさを応用した何某かを作るべきだと思う。
「ふぉーひたの」
頬をぷにっとされて霊夢さんはえらく喋りにくそうだった。
どうしたのって、
「柔らかい」「なによソレ」「文字通りです」
霊夢さんは再び俊敏なローリングで私と間合いを取ってしまった。Between You And MeがLong Distanceだった。この際ニュアンスだけ伝われば良いと思う。
「恥ずかしいじゃん」
「いや、ほっぺじゃないですか」
「違うって、早苗の腋が丸見えだったからよ」
「はっ! って霊夢さんに言われたくないんですけど」
「アンタ見たわね!」
「見せてるんじゃないですかくすぐりますよ」
「エッチ」
「霊夢さんが露出してるのがいけないんですよ」
「なにいつもそういう目で私の腋を見ていたの」
否定できない。
「とまぁ、そういうお話は置いておいてですね」
言いながら身体を起こす。今まで気が付かなかったけど、こっちの方が寝転がってるより風が心地よかった。
霊夢さんも私に続いて勿体ぶりながら身体を起こす。
そよ風が黒髪を揺らして、その風は私の元に霊夢さんの髪の香りを運んできた。
…………フローラル。
「行きますか」
「お、川水浴行っちゃう?」
「ここでゴロゴロしてても生まれてくるのは汗ばっかりで友情も愛情もその他諸々も生まれてこないじゃないですか」
「ん、もう一回言ってみ?」
「いや、言葉のあやから生まれたジョークですよ」
「生まれたてね」
「そうですね」
「じゃなくて、行こっか」
「そうですねー、水浴び」
「ゴー! 川水浴ー!」
「ご、ごー?」
「ほれそれじゃ、早速行こうかアミーゴ」
テンション高い霊夢さんが立ち上がって手を差し伸べる。
逆光で眩しかった。霊夢さんの髪の一本一本が、光の粒子をまとったみたいで――
「あー、それでさ」
「なんですか?」
私が手に引かれて立ち上がると、霊夢さんは少し切り出しにくそうな調子で口を開いた。
「…………水着、まじで貸してくれない?」
「…………あら」
まじですか。
・
「うっわ、あっつ」
「部屋の中でさえあんなに暑いんですから当然ですよ」
「つーかあれよね、下に水着着て上に装束着てくんならさ、最初から水着で川まで行けばよくない? 暑いし」
「よくないです」
「あんまり変わんないと思うんだけどなー」
「明らかに露出の度合いがですね」
「言っても、誰も見てないでしょ」
確かに畦道を進んで行っても誰にも会わない。
こうしてよくよく考えてみると、特に問題もない気がしてきた。
夏の青空、解放感ってすごいなー、なんて他人事みたいに考える。
でも多分、霊夢さんの水着姿を見たら――――いやはや、どうなる事やら。
「お、聞こえてきた」
霊夢さんの声と一緒にせせらぎの音。
その音に耳を傾けたら思いなしか涼しくなって、でも暑いのには変わりなくって。
むしろ目に映る全てが耳に飛び込む全てが夏を想起させるから、余計に暑いというか、とっても夏い。
ガガッ、っと石のせいで歩きにくい。霊夢さんとお揃いなビーチサンダルは、底が薄いせいで足が痛い。
お揃いっていっても、神奈子さまのやつを借りてるんだけど。
「うへ、足くじきそう」
「大丈夫ですか」
「まぁ、空飛べるし?」
「痛いのには変わりないじゃないですか」
「まーねー」
「ふふっ、足なんてくじいたら存分に楽しめないですよ」
「そうね、逃げまどう早苗を執拗に追い立てながら水を引っかける事ができないわね」
「なんですかその具体的に邪な計画」
「あ、それともコレが良い? 『待てよぉ』『ウフフ、つかまえてごらんなさァ~い』ってやつ」
「私が『ウフフ、つかまえてごらんなさァ~い』の役ですか?」
「うん、キャッキャウフフする間もなく隙なく容赦なく追いつめるけど」
「……そんなに追いかけたいんですか?」
「いやぁ、逃げる者は追いたくなるじゃん?」
「もう、別に私は逃げたりしませんよ?」
「その時は水鉄砲の的になるわね」
霊夢さんはそう言って水鉄砲を構えてみせる。……なんか妙に決まってて、こっそりポージングの練習とかしてたんじゃないかと疑いたくなる。
「……というか結局持って来たんですか」
「いやぁ、楽しいかなーって」
「なんか一方的にやられるのは癪ですね。私もなにか持ってくればよかった」
「はいっ、もう一丁!」
「えっ? 用意周到ですね……って」
「ふふ、どうかしら」
霊夢さんがどやっ、って感じに微笑んでいた。
「これは水鉄砲じゃないです霧吹きです」
「バレたか。さすが早苗、察しがいいわね」
「察しが良いというか、おかしいとは思ったんですよ。水鉄砲なんて、うちに一つしかなかったし」
「圧倒的戦力差ね」
「戦力差って……」
「敢えて言おう、霧吹きであると!」
「見、れ、ば、分、か、り、ま、す!」
「……えと、ごめん」
思わず声を荒げてしまう自分に情けなくなる。
気を取り直して、
「という事で川水浴ですよ!」
「いえーい!」
「…………い、いえーい……? って、ぷっ……ぷぷっ……なんでもう水着なんですか」
ちなみにスクール水着である。
紺色に白ライン、懐かしの配色――!
…………駄目だ、なんか似合いすぎてて笑ってしまう。
「いや、速さ的には普通でしょ」
「ぷ、いや、まぁ、とりあえず髪の毛くらい結びましょうよ」
「勢いでリボンも取っちゃったからねー。あ、早苗、お団子できる?」
「できますよー」
「やってやってー」
「はい、ちょっとしゃがんでもらえますか」
「あいよ」
お尻は痛くないのだろうか、霊夢さんが体育座りをする。
綺麗な黒い髪の毛は手に取るとするりと指の間を抜けてしまう。
夏の日差しに黒が光って、眩暈を覚える。
「……わぁ」
「え、なにかあった?」
「いや、うなじが綺麗だなーなどと思いまして」
真っ白なうなじ、太陽の光をそのまま反射して、目が痛いくらい。
「お、口説いてるのかい」
「なに言ってるんですか、あー首動かさないでください…………っと、できました」
「ほほー、手早いね。鏡とかないから見れないなぁ……どう? 似合ってる? ってか可愛い?」
「ふふっ、なんだか今日の霊夢さんは全体的に可愛いですよ」
なんというか、今日の霊夢さんはひたすらテンションが高い。
暑さのせいか、夏のせいか、スクール水着のせいなのか。
「ほ、褒めたってなにも出ないんだからっ……ってあら? でも早苗、私の髪の毛にゴム使っちゃって自分のはあるの?」
「いえ、でもそんなに動き回ったりしないつもりですし、大丈夫ですよ」
「うあ、ごめん……んー」
「どうしましたか?」
「よし、今度川に来た時は私が髪の毛を結んであげよう。私のリボンで」
「あら、楽しみにしちゃいますよ?」
「ぬ、冗談だったのに……」
「…………むぅ」
「う、ウソウソ! ちゃんと練習しとくからさ! ね? ね? そんなに悲しそうで切なそうな段ボールの中の捨て猫みたいな表情しないで!」
「なんにせよ、期待はしていますよ」
と、ニッコリ笑って返事にしておこう。
「そ、それじゃほら、早苗も早く脱いじゃいなって。それとも私が脱がせてあげようか?」
「お願いします」
「なっ」
「あれ? ひょっとしてまた嘘ですか? あんまり嘘ばっかりだと狼少女になっちゃいますよ? 食べられちゃいますよ?」
「…………でも私、早苗になら食べられちゃっても」
「なっ」
「あら早苗、嘘ついたの?」
「ついてないですよ」
「ですよねー」
「乙女相手に、食べちゃいますよ、だなんて言わないですよ。そんな恥ずかしい台詞はモノローグでも勘弁です」
「もっぺん言ってみ? ん?」
「それはさておき、早く脱がして下さい」
「あら早苗ったら大胆ね」
「ちょっとばかり思うところがあるので自分で脱ぐ事にします」
「あー、もうしょうがないなー」
そこでようやく、霊夢さんが私の巫女装束に手をかける。
こうしてみると、やっぱりすごく恥ずかしい……。
「あれ」
「どうかしましたか?」
「いや、帯探してた」
「ないです。仮にあったとして、あ~れ~とかグルグルとかしませんから」
ムードの欠片もないのが、ある意味で救い……なのかなぁ?
「ぐへへ」
「もう、そういうのは良いですから」
「いや、こうでもしないとまじで恥ずかしい系で指先震えちゃう系で……」
「それは困った系の乙女系ですね」
「そうなのよ乙女なのよ、とまぁ、足上げて」
「はーい……って、ちょ、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
「どこってふくらはぎじゃん」
「いや、上ってきてますから」
「まぁ、ふともも?」
「ぁっ……ひゃ、なんですかその手つきは」
いやに真剣な表情をしている霊夢さんのほっぺをつまみあげる。
「ふへぇー、ほっぺ伸びるから! 引っ張ったら伸びるから!」
「私の知ってる霊夢さんはそんな軟体生物じゃありません!」
「それにしても早苗、肌すっべすべ。なにこの絹ごし豆腐」
「……そんなに柔らかくないです」
ちょっと嬉しかったような恥ずかしかったような……でも良く分からない比喩のお陰で台無し。
「まぁ私の知ってる早苗もそんな軟体食物じゃないわね」
「そもそも食べ物じゃありませんから」
「えー、美味しそうだけど」
「……なにを言ってるんですか?」
「なんでもなーい、ほい。これで満足?」
取り留めもなくて意味もないような会話を交わしながらなんだかんだで服を脱ぎ終えて――、
「うーん……」
「どうしましたか霊夢さん?」
「いやさぁ、なんか早苗の水着可愛くない?」
「ははは、なんか照れますね」
「ね、そのヒラヒラ」
「ヒラヒラ……パレオですか?」
「取って良い?」
「ちょ、駄目ですよ」
「ふぅむ、なんか水玉模様ってさ」
「はい?」
私の水着は、緑地の水玉ビキニ。買ったのは最近じゃないけど、お気に入り。
「じっと見てると目が痛くなってくるよね」
「じっと見なくていいですっていうか近いですほぼゼロ距離ですからそれ」
顔を近づける霊夢さんから思わず飛び退く、「わっ!」と石に足を取られた。
「おぉぉい! 早苗!」
無意識に目の前に付きだした手を、霊夢さんが掴んで、引き寄せてくれる。
…………えっと。
飛び退いた結果、結局くっ付きました。
「ほら、足なんてくじいたら存分に楽しめないよ。自分で言ったでしょ?」
「……うん。ありがとう、ございます」
「良いって事よー」
お団子ヘアーでスクール水着で、なんかいつもと違うけど。
ゼロ距離で見た霊夢さんは、いつもと変わらない霊夢さんだった。
「ねー早苗」
「なんですか?」
「水着、どっかで買えるかな?」
「うーん、どうでしょう。今度一緒に探しに行きましょうよ」
「そうね。その時は、私が早苗の選んであげるよ」
「それじゃ、私が霊夢さんのを」
「なんか早苗の見たら欲しくなっちゃった」
――神様、霊夢さんにこのままスクール水着を着ていてもらいたいって思うのは、私のエゴでしょうか?
後で聞いてみよ。
「……ふふ、楽しみですね」
「そしたら魔理沙たちに自慢しましょ。というか魔理沙と水鉄砲対決したい。ふふ、楽しみがどんどん増えていくわね」
「もう、なんで水鉄砲なんですか」
「霧吹きじゃつまらないじゃない。ぷぁー、って、涼を取るのには良いかもしれないけれど火力不足だわ」
「なんだか魔理沙さんみたいですね」
「水鉄砲はパワーだぜ」
言いながら水鉄砲を発射してくる。
「ちょ、ちょっと霊夢さん、いつ水入れたんですか」
「早苗んちで着替えた時」
「な! 卑怯ですよ! もう! 霧吹き貸してください!」
「ははは、捕まえられるかしら」
「あーもう、持ちなさーい!」
あれ? 私が追いかける役なの?
先に川に入ってしまった霊夢さんを追いかけながら、心の中で苦笑する。
でも本心は賭け値なしに楽しくって、それが顔に表われているのは水面に映った自分の顔を確認しなくったってよく分かる。
霊夢さんのスクール水着が、水しぶきをまとって濃紺、もとい黒色へと色を移ろえていく――
ぴゅっぴゅと水鉄砲を撃ちながら浅瀬を駆けていく霊夢さんは、なんだか夏の風に似ている気がした。
「むっ! 弾切れ」
「隙有り!」
水鉄砲に水を充填するためにしゃがんだ霊夢さんめがけて、両手で水をぶわっと掬い上げる。
「ぷっ、ぬぁ……」
「ほらほらー!」
「あー、分かった分かった! 霧吹きあげるからここは許して」
バシャバシャと水をかけていたら霊夢さんがようやく根を上げた。
「ふふ、最初からそうしていれば――」
「はい、上げた! 隙だらけよ!」
「わっ」
ぴゅっ、と額に一撃をもらう。
「……くぅ、もう! 子供ですか!」
「乙女よ、乙女」
「もう許しません!」
「ふふふ、霧吹きとウォーターブラスターの二丁拳銃に敵うわけないわ」
「ウォーターブラスター?」
「あ、この水鉄砲に書いてあった。ウォーターブラスターって」
「え、そんなおっかない名前でしたか?」
「うん。見てみなよ。ほら――って! ちょ早苗、ズルっ!」
文字の書かれたところが分かるようにと霊夢さんが差し出してくれたウォーターブラスターを奪取する。
「ふふふ……復讐の時が来ました」
「く、えいっ! えいっ!」
私の手にしたウォーターブラスターの銃口が怖いのか、霊夢さんが顔をそむけて霧吹きをでたらめに噴射する。
涼しくて気持ち良かった。
「あぁ、霊夢さんそれやっぱり涼を取るのに最適です」
「え、霧吹き?」
「ですです。霧吹きも捨てたもんじゃないですよ」
「へへへ、まぁねぇ」
「とうっ」
「ぷへっ、うっわ、早苗きちくぅ……」
「ふふ、ショウ・ノー・マーシーですよ霊夢さん」
「なんか今早苗の顔まじだったもん」
「あら、そんなに鬼気迫る顔してましたか……?」
「うん。なんか、そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやるぜ! って感じの表情だった」
……私は世界一腕の立つ殺し屋ですか。
「あれ、早苗どうしたの?」
「ぴゅっ」
「ぬぁ、もー! 早苗!」
「戦場で! 恋人や女房の名前を呼ぶ時と言うのはですねぇ! 瀕死の兵隊が甘ったれて言う台詞なんですよ!」
「いや待って早苗冷静になろう。貴方は私の恋人でも女房でもない」
「あら、バレましたか。さすが霊夢さん、察しが良いですね」
そもそもが私も御大将さまじゃないですから。
「ふ、でしょ?」
ウォーターブラスターと霧吹き、その銃口を合わせるのではなくて、私たち自身が顔を見合わせた。
「………………ぷっ」
「………………ふふっ」
「ははははは! 今日の早苗、なんか可愛い」
「ふふふっ、なんですかいきなり、霊夢さんに言われたくないですよ。霊夢さんの方が可愛いですから」
「意味分かんないよ、それ」
「お互いですよ、そんなの」
顔を合わせて、お腹を抱えて、二人して笑いあった。
ここだけ、私たち二人の世界みたいだった。でも二人だけのものにするのは勿体なくて。
仲間だけの、秘密基地――
「ふふっ、もう、笑いすぎて、お腹が痛いです」
「あはは、私も」
「ところで霊夢さん」
「なになに?」
「なんでこんなに、ウキウキしちゃうんでしょう」
「えー」
ちょっと悩んだ素振りを見せて、から水に濡れて濃紺になったスクール水着の霊夢さんが笑った。
「夏だから、っしょ」
「夏だから、ですかー」
「でもどうして夏ってこんなにワクワクするんだろーねぇ」
「うーん」
ずっと立っていると、足元を流れる水がちょっとくすぐったくなってくる。
「暑いからじゃないですか?」
「暑いから、かぁ……さっきまで部屋でごろごろしてたなんて信じられないわ」
「ふふっ、でも暑くって、蝉がうるさくて、風がどの季節よりも気持ちよくって空が遠くまで透き通っていて。だからどこかで遊びたくなるんですよ」
「それっぽいように聞こえるけど、だいぶこじつけじゃない?」
「もう、そんな野暮な事、言わないでくださいよ」
ウォーターブラスターで霊夢さんのおへその辺りを攻撃する。
「ははは冗談だって。ま、やっぱりいいよね、こういうの」
「良いですよね、こういうの。ふふっ」
――――――
――――
――
「また来よーね。絶対」
「来ましょうね、絶対」
「水着も買わないとなー」
「可愛いの選んであげますよ」
「ふふ、私の審査は厳しいよ?」
「私もですよ?」
…………ホントは、このままスクール水着を着て欲しかったりするけれど。
二人並んで、河原で日向ぼっこ。
すっかり身体も乾いてしまって、着替えを済ます。
といっても下には水着。
霊夢さんは腋のところから紺と白ラインが見え隠れしていて……なんだろう。すごく良い…………!
「帰りは空、飛んでこ。なんか、風が気持ちよさそう」
「良いですね。青い空、良い日和……」
「よっし、それじゃ私んち来なよ。お茶、入れてあげるから」
「それでは、お言葉に甘えて――」
飛び立とうと地面を蹴る直前。
そよ風が私と霊夢さんの間を駆け抜けていった。
その行先を見送ってみる。
木が揺れる。
鳥が飛ぶ。
青い空に吸い込まれる。
遅れて耳に届いたさざ波が、風を組みかえていく。
キミに似せて、風を組みかえていく――
夏はまだ終わらないのに、夏の残り香を感じるようで――
だから私の心も、青空に吸い込まれてしまいたくって、力強く地面を蹴った。
二人並んで飛ぶ空が、いつになく気持ち良かった。
「あ、ヤバっ。サンダル落ちた」
「え、って川に落ちちゃった……」
右足のサンダルは流れていく。
『かなこ』って書かれたサンダルが、私たちの夏の思い出を、下流へとお裾わけしに行った――。
・
「ねぇねぇ早苗ー」
「はーい、なんですか神奈子さま」
「あのねー、今度みんなで河原でバーベキューしようって話を諏訪子としてたんだけどさ」
「ぎくっ」
「私のビーサン片っぽしかないんだけど、行方知らない?」
「……あ」
「ん?」
「そ、それもきっと夏の仕業ですよ!」
「え、ちょ、早苗?」
「………………えと、ごめんなさい」
その後事情を話したところ、神奈子さまは笑って許してくれた。
ちなみに神奈子さま曰く「霊夢にスクール水着は私のジャスティス」との事。
話が合いそうなので、今度のバーベキューにはスク水霊夢さんを招待しようと思った。
夏はやっぱり、素敵な季節。
>貴方は私の恋人でも女房でもない
えっ
またご冗談を
これで明日からも頑張れると思います。
これからも引き続きサナレイを極めてもらいたいぜ
いいなあ
いいなあ
いいなあ