Coolier - 新生・東方創想話

どろどろ

2010/08/15 23:02:56
最終更新
サイズ
3.9KB
ページ数
1
閲覧数
1818
評価数
4/43
POINT
2240
Rate
10.30

分類タグ

 
 目を覚ますと、隣に咲夜さんがいた。
 その事実に、何を感じるより先に幸せを感じた。
 手元には、私が持ってきた家庭菜園の本がある。それを真剣そうな表情で見ている。
 この無表情に近い真剣な眼差しが好きなので、私は動かず、しばしぼんやりと眺めた。
 でも、やっぱりすぐに見つかってしまって、何見てるの? と視線をそのままに尋ねられた。

「何だか、声をかけるのがもったいなくて……」
「何それ」

 本を閉じると、咲夜さんは呆れ顔で見下ろしてきた。
 変な感覚なのかもしれないけど、私は、こうして呆れられるのは嫌いじゃない。
 何だかどろどろに甘やかされて、子供っぽい自分を許してもらってるような気がするから。
 ぐずるようにタオルケットを口元まで引き上げて、怒らないで下さいよ、と拗ねた声を上げると、咲夜さんは眉根を寄せて、大仰にため息をついた。

「誰が、いつ怒ったって?」
「怒ってるじゃないですか、今」
「あぁ、そう。そんなに怒って欲しいんだ」
「別に、怒って欲しいわけじゃないですけど……」
「じゃあ、どうして欲しいのよ」

 情け容赦なく、タオルケットを剥ぎ取られる。
 目を細めて、咲夜さんは何だか楽しそうな表情をしている。
 形ばかりの抵抗をする私も、きっと笑ってしまっているだろう。
 二人して、この状況を楽しんでいる。ただの喧嘩ごっこだけど、これがなかなか楽しい。
 いや、ひょっとしたら、咲夜さんのほうは、私が眠ってしまったことを少しは怒っているのかもしれないけど……。

「私は、出来るなら、どろどろに甘やかしてもらいたいです」
「どろどろねぇ……」

 咲夜さんはタオルケットを放り捨てながら、思案顔になった。
 一点に集中すると、他はどうでもよくなるのが咲夜さんだ。変なところで粗野になる。

「まぁ、そうねぇ、美鈴は私のこと、すごく良く考えてくれてるみたいだしね……」

 そう言って、咲夜さんは家庭菜園の本を私の目の前に突き出した。

「これ、この野菜は、私のために作ってくれるんでしょう?」
「え? えぇ、お嬢様が許して下さるならですが。人の体に新鮮な野菜は不可欠だと思って……」
「やっぱりね。私の部屋にまで持ってくるなんて、よっぽどアピールしたいのね。……ねぇ、ひょっとしてうたた寝したのも、わざと? 私がこの本を見ると思って?」
「そ、それは違います」

 雲行きが怪しくなってきたので、慌てて否定した。そんな計算は全然してない。
 そんなことを言ったら、私は恋愛小説だって持って来てるし、そっちのほうがアピール度が高いと思うし、まず そっちを指摘して欲しい。
 いや、別に指摘して欲しいわけじゃないんだけど……。

「私に無言で、こんなに想ってますって、アピールしてくれてたんじゃないの?」
「違いますよ。……あの、甘やかしてはくれないんですか?」
「え……? 十分、甘やかしてるつもりなんだけど」

 どこが! という言葉は飲み込んだ。
 代わりに奪うように本に手を伸ばすと、本は寝台の端のほうへ、放物線を描いて飛んで行った。
 あぁ、今のパチュリー様が見たら、きっとくどくどねちねち怒るだろうなぁ……。
 非難がましく咲夜さんを見つめると、ふん、と鼻を鳴らした。
 そんなの全然瀟洒じゃない、という言葉も飲み込む。

「全然、甘やかしてくれてないじゃないですか」
「そう? こんなに貴女だけを見てるのに? 私は今、貴女のことしか考えてないけど」

 貴女は、今、何を考えてる……? と囁かれて、どきりとした。
 剥ぎ取られたタオルケット。放り投げられた本。向けられる眼差しと、心。
 まずい。どきどきしてきた。こんなのは反則だ。私はこんなどきどき要求してない。
 これじゃ甘やかすというより、甘くとろかすような……どろどろ……あぁ、なるほど!
 ……って、気付いたからと言って、どうなるものでもないけど。
 思考を巡らす間に、銀のナイフを使う指先で、頬をなぞられた。
 水仕事のため、ややかさついた、そして、存外骨ばった指先に、どきどきが加速する。
 困り切って眉根を寄せると、咲夜さんは意地悪そうな表情から一変し、ふっと微笑んだ。

「ごめん。加減が出来なかった」

 目尻に口付けられて、髪を撫でられると、肩の力が抜けていくのが分かった。

「……咲夜さん、今度はとろとろで、お願いします」

 目を閉じてぽつりとそう言うと、一泊の後に、すぐ傍で喉を鳴らして可笑しそうに笑う声がした。
 欲ばり、その一言に、何だか身悶えしそうになる。それは私を期待させる言葉だから。
 ようやく与えられた、甘くとろとろとした口付けを受けながら、私は身体の力を抜いた。
 とろとろ、甘く酔い知れながら、でも、どろどろも嫌いじゃない、とぼんやり思った。
 
意識して甘いのを書こうと思って書きました。

この二人は何か外に出るより、狭い所でぐだぐだしたりいちゃいちゃしてるイメージがあります。

あ、でも二人きりで遠出するのもやっぱりおいしい……。
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1840簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
「とろとろ」って不思議と生々しく感じる言葉ですね。
9.100名前が無い程度の能力削除
良いです
18.100名前が無い程度の能力削除
とても甘いです。良かったです。
34.100名前が無い程度の能力削除
いいさくめー