Coolier - 新生・東方創想話

大きな妖精と大きな妖怪

2010/08/12 22:51:16
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 夏になるとチルノちゃんが溶けます。

 いえ決して事実ではありません。あくまで比喩表現です。それに正確には夏の太陽の下で寝転がっていると溶けます。なので今のチルノちゃんはわたしの麦わら帽子をかぶって元気いっぱいです。

 わたしの帽子はチルノちゃんには少し大きいようで、後ろ姿がこのあいだ試作段階の魔砲をチルノちゃんで試し撃ちに来た白黒の魔法使いさんにちょっとだけ似ています。

 そんな元気いっぱいのチルノちゃんは、たいていろくなことを考えないし言わないので、普段はわたしがそれとなく遊びの方向性をあげます。けれど今日はなにぶんとても暑いので、帽子をかぶっていないわたしは油断していました。

 つまりチルノちゃんがろくでもないことを言いだしたのです。


「太陽の畑に行くわよ!」


 チルノちゃんはいつもの無意味に不思議な自信に満ちた表情でぺったんこの胸を張りました。当然のようにわたしも数に入っているのが不可解なところですが、こうなるとわたしはもう逆らえません。

 ここで行かない、行きたくないと主張するのはとても簡単です。けれど、すでにわたしはチルノちゃんの保護者のような立ち位置が定まってしまったので、チルノちゃん絡みのもめごとが後になってわたしのところへ来るのです。それはとても面倒なので、わたしはいつも流されることにしています。

 けれど、今日ばかりはそれが甘かったと言うしかありません。

 やってきた太陽の畑では、風見さんが咲かせたひまわりが一面に広がっていて、壮観という言葉がとても似合う眺めでした。どこまでも続くような――それは錯覚でしかありませんが、そう思わせてくれるような。一本のこらず太陽にむけて咲き誇るひまわりの群れがありました。

 わたしはこれを見られただけで満足してしまって、たまにはチルノちゃんの思いつきに付き合うのもいいなぁと思ったのですが、チルノちゃんは違ったようです。

 むむーっと形のよい眉を寄せて不満顔。ぷにぷにのほっぺたを膨らませて、チルノちゃんは憤っていました。


「……暑い!!」


 当たり前ですよチルノちゃん。なにせ湖のほとりと違って水気はないし木陰もないのです。


「じゃあ帰りましょうか」


 言いながら袖を引いたわたしの言葉を華麗に虫、じゃない無視したチルノちゃんは、癇癪を起こしたおさない小妖精のように冷気をまき散らしました。わたしの嫌な予感せんさーがびんびんに反応します。よからぬ兆候です。

 今までチルノちゃんが引き起こす事件に巻き込まれ慣れた、そのわたしが言うのだから間違いありません。(主にわたしにとって)よくないことが起きます。

 妖精の分とか、その他もろもろを超越した予感に従って、チルノちゃんごと瞬間移動しようと決断しましたが、ふと見たひまわりの一本がわずかにしおれているのを見つけてしまったので、それも叶いませんでした。

 うしろにただならぬ気配を感じて、背中を外気温とは関係ない汗がすべっていくのが分かります。むっとする風に押されながら、ゆっくりと辺りを見回したわたしの背後に、風見幽香さんがとてもいい笑顔で立っていました。





 実は弾幕勝負を仕掛けに来たらしいチルノちゃんを軽くぴちゅーんさせると、風見さんは言いました。


「あなたの罪は重いわ。罰としてあなた、しばらく私の手伝いをしなさい」


 前者の『あなた』は当然チルノちゃんですが、後者の『あなた』はなぜかわたしでした。さっき一瞬だけチルノちゃんを置いて逃げそうになったのがばれているのでしょうか。

 ここで逃げ出してしまうのもとても簡単です。チルノちゃんを置き去りに、自分だけのうのうと湖のほとりまで。わたしにはそれができます。風見さんだって、どうせ妖精のやることだからと目をつぶってくれるかもしれません。


「……はい。わかりました」


 それでもわたしは従うことにしました。それは決してチルノちゃんのためだとか、降ってわいた非日常に興味を持ったとか、そんな理由ではありません。どこまでも純粋に、腰が抜けそうだったのです。

 ちなみにチルノちゃんは追い返されました。そのときに、


「大ちゃんがこんなことになったのは、あたいのせいだから」


 と麦わら帽子をかぶせてくれました。わたしは感動を隠せません。あのチルノちゃんが誰かを気遣えるように……!

 しかしこれ、もとからわたしのものなんですよね。


 とにかく、こうしてわたしと風見さんの奇妙な生活が始まったのでした。




 わたしはお手伝いの間、なぜか風見さんのおうちにお邪魔することになりました。戸惑うわたしに風見さんが説明してくれたところによると「逃げると困るから」だとか。べつに逃げたりしないのに、用心深い風見さんですね。しかし妖精というのは頭の悪いものなので、忘れてしまうということはあり得ます。ならばこれは適切な処置なのでしょう。

 一緒に住んでいるからといって、ひどいことをされたりはしません。罰と聞いたので何かよくない仕打ちを受ける覚悟は(それなりに)できていたのですが、その心配も杞憂に終わりました。

 毎日おいしいご飯を食べさせてもらえるし、おふろにも入れてくれるので清潔です。どれもこれも、わたしは妖精なので必要ないと言ってしまえばそれまでですが、それは風見さんも同じはず。

 風見さんがいい暮らしをしているのは「風見さんだから」で納得できますが、どうしてわたしにも同じ扱いをしてくれるのでしょう?


 ひまわりのお世話にしても、たいして辛いこともありません。毎朝お水をあげて、益虫は放置して害虫だけを駆除します。退治するときに、こっそり「リグルちゃんごめんなさい」と心の中で謝っているのは誰にも内緒です。

 風見さんほどの大妖怪の考えることなんて、わたしに想像がつくはずもありません。なのでわたしは考えることをやめました。どうせ夏が終わるころには、わたしは霧の湖の大妖精に戻っているのですから。

 それでも、ひとつだけ気になることがあるとすれば。広い畑のひまわりはみんなわたしより背が高くて、見上げると太陽が隠れてしまうので、わたしに麦わら帽子は必要なかったかもしれません。

 チルノちゃんは今ごろ溶けていないでしょうか。




 柔らかな寝床で眠って起きて、を何度か繰り返した、その昼のことでした。


「大妖精」


 と、風見さんがわたしを呼びました。わたしは害になる虫を退治しているところでした。呼ばれる理由がわからず内心でびくびくしながら浮かび上がって顔を出すと、少し離れたところで立つ風見さん。夏の日差しにも湿気にも涼しい顔をしていて、わたしを呼んだのに視線はまったく別のところを向いています。

 飛んで行ってとなりに立つと、


「見てごらんなさい」


 風見さんの視線の先には、ひまわりがありました。それもただのひまわりではありません。今まさに開かんとする、つぼみです。その花びらが少しずつほころんでゆくさまを、風見さんはじっと見つめているのです。


「わ、……っ!」


 感嘆詞が途切れて、お尻の切れたトンボみたいな声になりました。風見さんは何も言わず、ひまわりを見続けています。ひまわりが開くその瞬間は、とても力強くて美しい。わたしはひと目で心を掴まれてしまいました。

 けれど頭の隅にひっかかっています。――どうして風見さんは、これをわたしに見せてくれようと思ったのでしょう? 仮にも罰を与えている相手だというのに。その罰にしたって、苦しいことはなにもありません……。


 ひまわりが完全に花びらを開くまで見つめていましたが、答えは出ませんでした。




 ありがとうございました、と風見さんに言おうと振り仰ぐと、そこにはさきほどとは違う風見さんがいました。


「……風見さん?」


 どこか虚ろに空をみつめる瞳は焦点が定まっておらず、真っ赤な顔をしているのに汗をかいていません。思わず手を握ると尋常でない熱さと早い鼓動が感じられて、わたしは迷わず風見さんの家まで瞬間移動しました。



 気を失った風見さんを寝室まで連れていくのは大変なので、薄い敷布団を持ってきてその上に寝かせました。それから塩と砂糖を少し溶かした水を飲ませて、服をゆるめてあげました。体の向きを変えてあげるのはやっぱり大変だったので、代わりに足のところに枕を入れて足先を高くします。最後に濡らした手巾を脇と首筋にいれて、大急ぎでチルノちゃんを攫いにいって傍に座らせました。


 そして今までうかつにも忘れていた、家中の窓を全て開け放ったところで風見さんが目覚めました。意識がはっきりしているか怪しい目をしているので、呼び掛けて反応をみることにします。


「風見さん、気分はどうですか?」


 気分なんて最悪なはずの風見さんは口を開くのも億劫なのか、ぼんやりとわたしを見るだけで動きません。

 わたしは(心配だったけど)チルノちゃんにあとを任せて、永遠亭へ急ぎました。




 八意せんせいはとても親切に風見さんを診てくれました。助手の鈴仙さんと一緒に、てきぱきと処置をしていく姿に、チルノちゃんともどもため息を隠せません。

 風見さんは大人しく処置を受けていました。当たり前ですが。それから少しよくなったのか、せんせいの手を借りてチルノちゃんをつれて自分の部屋に戻っていきました。



 しばらくすると風見さんが眠ってしまったのか、八意せんせいが戻ってきて、鈴仙さんとなにやら話をします。それからわたしを振り向いて微笑みました。優しい顔だったので、わたしは知らないうちに張っていた背中を緩めました。


「あなたの応急処置は完璧だったわ、ありがとう。うちの弟子にも見習わせたいところね」


 わたしはすっかり恐縮してしまって、せんせいのうしろで打ちひしがれる鈴仙さんを危うく見逃すところでした。見つけたからといって、わたしには慰める言葉は持てませんが。

 応急処置ができたのも、ひとえにハクタクせんせいの熱中症対策講座に、暇つぶしがてら参加していたからでした。まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたが、結果おーらいというやつです。


「ふふ、あなたみたいな子供が人里にも増えればいいのだけれどね。……ありがとう」


 せんせいは、そう言ってわたしの頭を撫でてくれました。働くひとの、あたたかい手のひらでした。

 それから少し真剣な顔つきになって、


「その調子で、ついでに彼女の夏バテも気にしてあげてくれるかしら」


 とりあえず曖昧に頷きながら、わたしは納得していました。今は寝室で安らいだ顔で眠っているだろう風見さんが、どうしてわたしによくしてくれたのか。


 つまり、わたしにくれたおいしいごはんは、食べられない風見さんがそっくり残したもので、ひまわりのお世話をわたしにさせているのは、風見さんが最近バテているからだって。

 なにかおかしい理論だとは思ったけれど、理由もわからず親切にされているより、気持ちが楽になったような気がしました。





 次の朝はわたしがごはんを作りました。夏野菜の冷たいスープなら食べられるかなぁと思い、とりあえず出してみたら意外や意外、好感触だった模様。昨日は寝込んでたくせにおかわりしてました。八意せんせいのお薬が効いたのでしょうか?


 今日は無理せず寝ていてくださいと言ったのに、妙な意地を張って畑に出ようとしたから、とりあえずわたしの帽子を被らせて放っておくことにしました。定期的に様子を窺えば問題ない、はずです。

 気付いたら、わたしがここへ来てから五回もお天道さまが昇って沈みました。

 わたしは風見さんとの暮らしにもすっかり慣れてしまい、最近ではひまわりの様子で機嫌がわかるようになりました。ぴんと胸を張っているときは上機嫌、少し花びらを下げているときはちょっぴり不機嫌です。

 風見さんがひまわりを左右している、というよりは、ひまわり次第で風見さんの機嫌が変わるようです。







 お天道さまがさらに三回ほど昇降を繰り返しました。お布団の中から窓の外を天狗さんが飛んで行くのを見届けてから起き出します。

 今日も蒸し暑い朝です。あれからずっとわたしがごはんを作っています。風見さんはいつも「いただきます」と「ごちそうさま」を欠かしませんが、今日は「美味しかったわ」がぼそっと加えられました。

 メニューはトマトを使ったパスタ。わたしの得意料理になりそうです。


「大妖精」


 畑に出る前、風見さんが声を掛けてきました。わたしが振り向くと風見さんは続けます。


「あなた、帰りたいとは思わないの?」


 唐突すぎて質問の意図を掴みきれませんでした。それでも必死に話の糸を探します。とても細いそれは幾重にも枝分かれしてどこか見えない場所へ繋がっています。


 糸の分かれた行方を心の中で追ってみました。

 そこに見える光景といえば、日の光を反射してきらめく水面やそこに浮かぶチルノちゃんとわたしの影であったり、お天道さまに照らされたひまわり畑と動き回るわたしと風見さんの姿であったりしました。

 夏が終わるまで、とは風見さんは言いませんでしたが。こんなにも早く罰が終わるとは思わなかったわたしは、光の粉をまぶしたような景色がふたつ並んでいるようにも感じられて、まだ屋根の下にいるのに頭がくらくらします。


 風見さんの表情を見るかぎり、わたしが望めば帰してくれそうな雰囲気でした。わたしは風見さんのことはいくらも知らないけれど、そんな気がしました。

 おそらく首を縦に振るだけで、わたしはこの罰とかいうものから逃れることができます。そうしなければ、いつ終わるとも知れないこの生活から出られません。


 慣れてしまった風見さんの家、その玄関で、風見さんと正面から見つめあいます。もしかすると、風見さんの顔をまともに見たのは、これが初めてかもしれませんでした。

 いつか止めてしまった思考をぐるぐると。これまでのこと、これからのこと。ここに来たのはチルノちゃんのとばっちりで、ここにいるのは風見さんがそう言ったから。

 これからのことは、わたしが決める?


 返答に困ったわたしは、風見さんの頭に麦わら帽子を乗せて、畑に出ました。






 ひまわりにお水をあげながら聞いたのは、どこか遠くの爆発音。弾幕勝負の音。思わず目を向けると、きらりと光る魔砲が、ぐーっとわたしのほうへ迫ってきて――……









 目を覚ますと土の上でした。どうやら気を失っていたのは一瞬のことだったみたいです。むくりと体を起してみると、麦わら帽子をかぶった風見さんが何かをふたつ担いで戻ってくるところでした。

 ぼろぼろの雑巾みたいに痛めつけられて、でも原型は失っていません。風見さんの両肩に引っかかったままぴくりと動いたそれらは、間違いようもないくらいに白黒の魔法使いさんと山の天狗さんでした。

 そのふたりが、なぜ?


「今日の夕飯の材料を採ってきたわ」


 とても良い笑顔で風見さんは言い切りました。たじろぐわたしの前に二人を転がして、さあどうやって調理しようかしら、なんて鼻歌でも聞こえそうな様子でわたしのそばにしゃがみこんで泥を払ってくれます。手つきが少し乱暴で痛かったけど、わたしは生贄ふたりに気をとられて、それどころではありませんでした。

 そもそも、天狗さんはともかく魔法使いさんは食べたら怒られる気がします。人肉を食べるのは禁忌だったような?


「……すみませんでした」

「私が悪かった……」


 ぼろ雑巾みたいな二人が呻きました。地獄か虚無か、どちらかを見たような声でした。

 空気を読んで解釈したところ、つまり、わたしが倒れたとき弾幕勝負をしていたのが、この二人ということでしょうか?

 風見さんは変わらず良い笑顔で二人を見下ろしていますが、その顔に異様な迫力を覚えるのはどうしてでしょう。帽子のせいで顔に陰がかかっているからだと思いたいところです。


「大妖精」


 どうするの? 食べるの? と、風見さんの目は言っていました。わたしはふるふると首を振るしかできません。

 風見さんは二人を再び担ぎあげて、どこかへ飛んで行ってしまいました。まさか下ごしらえに行ったとは思いたくないので、おそらく博霊神社にでも持って行ったのだと思います。……ええ、そう思います。

 いつまでも地面に座っていると、よからぬ想像ばかりが浮かんでくるので、わたしはひまわりのお世話に精を出すことにしました。




「大ちゃん」


 と、この間ひさしぶりに聞いた声が降ってきました。ついでに、ひんやりした空気が降りてきます。ひまわりに良くないかもしれないなぁと思う程度には、畑に愛着がわいたのでしょうか。

 ちょいちょい手招きをするので近寄れば、チルノちゃんはわたしの耳元に唇をよせてきて内緒話の姿勢。風見さんに聞かせられない種類の話でしょうか。


「こないだね、あいつが言ってたよ。言うなーって言ったけど、言っちゃう」


 チルノちゃんの言葉はとても分かりづらいけれど、どうやらこの間の風見さんが倒れたときのことを言っているようでした。弱り切った風見さんが何を言っていたにしろ、今回のこれは悪いことではないと、チルノちゃんの声の調子でわかります。

 チルノちゃんはいつものいたずらを企むような声で、こそこそと告げました。


「あいつね、大ちゃんにね、カンシャしてるって」


 それだけを言うと、チルノちゃんは手を振って飛んでいきました。わたしは軽く手を振り返して、ひまわり畑に戻ります。

 どうしてか分かりませんが、その日はずっと、一日が終わって目を閉じるまで、顔が勝手にほころぶのを押さえられませんでした。





 窓から月の光が柔らかに差し込む部屋で、シーツにくるまって眠るのが最近のお気に入りです。その気になれば木のうろででも眠れるわたしですが、屋根のある寝床というのも、それはそれでいいものです。

 うつら、うつらと、眠りの端に引っ掛かっていた意識が、ふと引き戻されました。何があったわけではありません。傍らに誰かの気配を感じたのです。わたしの枕のすぐ横に手をついて、その誰かはわたしの寝顔を覗きこんでいるようでした。

 横向きにうずくまったまま意識だけを覚醒させて、目を開く機を逸したわたしの頬に、柔らかい指先が触れました。輪郭をなぞるように撫でられて、くすぐったさに思わずぴくりと反応してしまいました。誰かは気にしないようで、指先の向かう先を頬からずらして、肩に触れてきます。

 ぐい、と、体を仰向けにされました。それから手首をとられて、頭の上でひとまとめに抑えつけられます。さすがにこれはまずいと思い、ようやくまぶたを押し上げたわたしの目の前には、表情のない風見さんがいました。


「か」


 ざみさん、と続くはずだった声が、他ならぬ風見さんに飲み込まれました。唐突な動きだったから反応できなかったのだけれど、たとえその動作が緩やかなものでも、わたしはきっと身動きせず受け入れたでしょう。

 わたしの口をぴったりと塞いでしまった風見さんの瞳が、何かを諦めているようだったから。


「大妖精」


 やがて顔を放した風見さんが、そうわたしを呼びました。わたしは遮ることもしなければ逃げ出すこともしません。ただ何を考えるでもなく、風見さんを見上げるだけです。


「あなたは、抵抗しないのね」


 風見さんは笑いました。苦笑とも嘲笑ともとれない、複雑な顔でした。

 ――風見さんは抵抗してほしいのでしょうか。わたしが暴れて、ここから逃れようともがく様子を見たいのでしょうか。そうして、自分の嗜虐心を満たしたいのでしょうか。

 それは違うような気がします。はっきりとした理由はありませんが、風見さんが求めているものは、きっと別の何かです。けれど、それが何なのか、まではわたしには分かりません。

 分からないから訊ねました。風見さん、あなたはわたしにどうしてほしいんですか、って。

 風見さんはちょっとだけ目を見開いて、それからまた笑いました。やっぱりわたしには複雑すぎる笑顔で、わたしには風見さんの望みが分かりません。


「………」


 風見さんは小さく息を吐いたようでした。それが溜息なのか深呼吸なのか、それともただの呼気なのか、わたしは知るすべを持ちません。どれだけ風見さんのそばにいたら、分かるようになるでしょうか。

 ふいに手が自由になりました。

 風見さんは何も言わず、わたしの両手首を押さえていた手をはずして、何事もなかったようにわたしの上からどきます。そして静かにわたしに背をむけて、部屋から出て行こうとしました。

 その態度は、風見さんの真意はどうあれ、わたしを完全に馬鹿にしています。わたしは迷うことなくその腕を掴み、ぎゅっと引き寄せました。驚いたような風見さんの目のなかで、諦めのいろが揺らいだのを、わたしはもちろん見逃しません。

 思ったよりずっと簡単に崩れてきた風見さんの首に、寝ぼけたふりでわたしの腕を巻きつけました。むぎゅーっと体を押し付けて眠る体勢に入ります。

 風見さんはしばらく固まったあと、細く長い息を吐いて、全身から力を抜きました。


 風見さんが望むものが、はたしてこれだったかは分かりません。けれど、何かを諦めた風見さんの瞳の奥に、諦め以外のものを見つけたのです。

 悪夢を見て眠れなくなったチルノちゃんとおなじ、それは不安と恋しさでした。


 ことんと眠ってしまった風見さんに抱きよせられて、うとうとしながら思い出すのはいつかの質問。



 ――あなた、帰りたいとは思わないの?



 今朝は答えられなかったけれど、わたし自身、ここへきての心境の変化がありました。

 素直にお礼が言えなかったり、まっとうに心配を伝えられなかったり、涼しげな顔して寂しがりだったり。

 行動の内容がチルノちゃんや、そこらの小妖精となんら変わらない。そんな風見さんが、なんだかとてもいとおしいのです。

 もし、万が一、最初はどうあれ今では風見さんが、わたしを必要としてくれているのなら。わたしはきっと、とても嬉しい。


 ここへ来たのはチルノちゃんのとばっちり。ここにいるのは風見さんの言いつけた罰。これからのことはわたしが決める。

 それが許されるなら、わたしは、ここにいたいなぁと、ぼんやりした頭で思います。

 いつか元いた湖へ帰るとしても、少なくとも夏が終わるまでは。



 明日起きたら、そんなことを話してみよう。それから風見さんに帽子をかぶせて、一緒に畑へ出よう。

 そんなことを考えつつ、とりあえず風見さんのふかふかおっぱいに顔を埋めました。












「ねえ大ちゃん、ひどいことされたりしてないよね?」


 チルノちゃんを引き連れたミスティアちゃんが訪ねてきたのは、夏も盛りをすぎたころでした。本気で心配してくれるミスティアちゃんの、その気持ちはすごく嬉しいのですが、ここが幽香さんの畑だってことを忘れないでほしいと思います。

 だって、ミスティアちゃんの声を聞きつけた幽香さんが少し離れたところからこちらを窺っています。

 このままではミスティアちゃんが食べられてしまいます。そんな結末はとても嫌なので、わたしは強硬策に出ました。


「ミスティアちゃんは幽香さんをわかってませんね?」


 わたしは力を込めて語りました。幽香さんがいかに可愛いか。いかに評判と中身が食い違っていて、共通するところもあれいかに幽香さんが魅力に満ちた女性かを。

 さすがに、たまに寂しくなるとわたしのお布団に入ってくるとか、そのあたりの後で幽香さんが怒りそうなことは伏せながら、わたしはミスティアちゃんが気押されてくれるまで語り続けました。

 やがてミスティアちゃんが生ぬるい視線を置いて帰ってしまうと、そのころには幽香さんは耳まで真っ赤になってひまわりの陰に隠れていました。

 友人の死亡フラグ回避と引き換えに、友情において何か大切なものをなくした夏のおわり。

 少しだけ暑さをひそめた風が前髪を撫でて、幽香さんのほうへ流れていきました。



「ねえ大ちゃん」

「なんですか、チルノちゃん」

「いつ、帰ってくる?」


 く、と鳴った喉は誰のものか。わたしかもしれませんし、もしかして幽香さんかもしれません。

 けれどそれは、いつか必ず考えるべきだったこと。それがずるずると延ばされて、今まさにチルノちゃんによって突きつけられた、それだけの話。

 チルノちゃんはあくまで無邪気にわたしを見ます。そんなチルノちゃんの頭をそっと撫でて、奥にいる幽香さんにむけて言いました。

 
「秋神様が降りてくるころには、帰りますよ」


 幽香さんは何も言わずにわたしから視線を外そうとします。その姿に、わたしは微笑ましい気持ちになるのを抑えきれません。

 できるだけ優しく付け加えます。


「そうしたら、たまに遊びに来てもいいですか?」


 幽香さんは少しだけ目を見開いて、帽子の下で穏やかに笑って頷いてくれました。
けっして大きいわけじゃない大妖精といつのまにかただの不器用さんになっていたサディスティッククリーチャーの話。

こんばんは。
さでずむに満ちたゆうかりんも優しくてかわいいゆうかりんも大好きです



追記 コメ返しをさせていただきます



>1 様
良かった、いいと言っていただけて喜ばしい気分で一杯です
ありがとうございます

>4 様
シンプルなお言葉が素直に染み込みます
ありがとうございます

>7 様
すべて作者の妄想でありますゆえ。ありと言っていただけると僥倖です

>8 様
そんなお言葉に2828が止まりませぬ

>10 様
にやにやしていただけたのなら幸いです。なので作者もにやにやしてしまいます

>12 様
受け入れていただけたようで至福の極みです

>19 様
ありがとうございます!

>24 様
大ちゃんはまさに大妖精たるにふさわしい度量を持っていると信じています

>25 様
そうそう見かけない組み合わせなのでびくびくしていましたが、開墾できたのならこれから増えていくことwも期待できたらいいな、と思います

>34 様
大ちゃんだけに実は大物なのですきっと

日傘については、言い訳のしようもないほど頭から吹っ飛んでいました
今後はこのようなことのないよう精進していきたいと思います
麦わら帽子は完全に趣味です本当にどうも(ry 

>39 様
お姉さんと少女の組み合わせは素晴らしいものだと思います
すごくいいだなんて。天にも昇る気持ちです
ミゾグチ
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コメント



0.2450簡易評価
1.100拡散ポンプ削除
とても良かったです。
かわいい幽香とやさしい大妖精、こんな二人の話もいいなあ。
4.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったです
7.100名前が無い程度の能力削除
ゆうかりんはそんなに弱くない!と思ったけどそんな病弱なゆうかりんもありだと、自分のなかで結論がでた。
つまり良かったということです。
8.100名前が無い程度の能力削除
2828が治まらないのぜ
10.80名前が無い程度の能力削除
不自然ですが自然な二人ににやにやしてました。
面白かったです。
12.100名前が無い程度の能力削除
ありだ……






ありだ!!
19.90名前が無い程度の能力削除
GJ!
24.100名前が無い程度の能力削除
大ちゃんが大きく見える・・・!
25.100山の賢者削除
以外に合いますね、この二人。これは新カプ開墾か!?
やっぱ幽香はMがいい。
28.100名前が無い程度の能力削除
これはいいものだ
34.90コチドリ削除
とりあえずで風見さんのふかふかおっぱいに顔を埋められるとは。
痺れるぜ、大ちゃん……
かの偉大なるドSをも骨抜きにする菩薩の如きその優しさに最敬礼だ。

蛇足なんですけど、ちょこっと感じた違和感を一つ。
幽香が熱中症に倒れたシーンからついて回っていたのですが、彼女のトレードマークたる
日傘はどこにいったのかなー、と。
いえ、それが気にならない程太陽の畑に麦わら帽子の幽香はベストマッチなんですけどね?
39.100名前が無い程度の能力削除
サビシガリヤクリーチャーゆうかりんと世話焼きの大ちゃん。
珍しい組み合わせだけどすごくいい!
47.100名前が無い程度の能力削除
大さん・・・!
49.100名前が無い程度の能力削除
このSSにキュンと来た人はpixivのユーザー検索で「トリノネ」を検索して来るんだ!
68.10名前が無い程度の能力削除
大妖精絡みの話って展開がこんなんばっかよな