「いー天気ですねぇ」
「う、うん。そうね」
「こんな日は、ふわーっとどこかへ飛んで行きたくなりますねぇ」
「う、うん。そうね」
そんな会話を交わしながら、神社の縁側でお茶を啜っているのは文と霊夢。
リラックスした表情で空を眺めている文に対し、霊夢はどこか緊張した面持ちでいる。
―――それもそのはず。
霊夢は今日、以前からずっと抱いていた決意を、実行に移そうとしていたのである。
(きょ、今日こそは……!)
握った拳に力を込める霊夢。
すうっと息を吸うと、その決意を心の中で言葉にした。
(文に、『今日、泊まってく?』って、聞くぞ!)
かっと目を見開き、隣に座る文を見る。
風にたそがれる文の横顔が、霊夢の視界に飛び込んできた。
(か、かっこいい……)
固い決意はどこへやら、忘我の境地で文の横顔に見惚れてしまう霊夢。
やがて、熱い視線を感じた文が振り向いた。
「……? どうしたんですか? 霊夢さん」
「ほえっ!?」
突然文に声を掛けられ、びくっと全身で動揺する霊夢。
早まる鼓動を悟られぬよう、胸を両手でぎゅっと押さえる。
「な、ななな、なんでもないよっ」
「? そうですか?」
首を傾げる文に、霊夢はこくこくと頷く。
「まあ、それならいいですが」
文もそれ以上追及しようとはせず、再び目を閉じて風の流れに身を委ねた。
霊夢はその涼しげな横顔を見つめながら、
(か、かっこいい……)
以下無限ループ。
―――およそ三十分後。
「……さて、と」
「ふわっ!?」
風にたそがれていた文が、突然、しゅたっと縁側から地面に降り立った。
驚いて、思わず声を上げる霊夢。
(し、しまった。また見とれていた)
突如として現実に引き戻され、あわあわと狼狽する霊夢。
しかし文は、そんな霊夢の様子を気にする素振りも見せず、う~んと気持ち良さそうに伸びをしている。
そんな文の動作を見て、霊夢ははっとした。
(! ま、まずい!)
今、文がしている伸びの動作は、彼女がいつも帰る前にするものだ。
それはすなわち、文がもう帰ろうとしているということを意味する。
(も、もう、今しかない……!)
霊夢の頭をよぎる、件の台詞。
このタイミングを逃すと、今日の決意は水泡に帰してしまう。
(よ、よし……!)
霊夢はぐっと唾を飲み込むと、文の背中に向けて声を発した。
「あ、あや!」
「あい?」
くるりと振り返る文。
きょとんとしたその無垢な表情に再び見入りそうになりながらも、霊夢はなんとか二の句を継いだ。
「あ、あの、その」
「? なんですか?」
「あの、あのね。えっと……」
「?」
異変のときは無双の強さを誇る霊夢も、非異変時においては存外ヘタレであった。
何度も練習したはずの台詞が、喉元まで込み上げては滑り落ちてゆく。
(うう……言えない……)
下を向き、唇を噛む。
(……でも……)
―――ここで、諦めるわけにはいかない。
今まで何度、このような機会に件の台詞が言えずに涙を飲んだことか。
これまでの苦々しい記憶が、霊夢の脳裏を走馬灯のように駆け巡る。
(……そうだ。聞くんだ)
両の手を開いては握り、開いては握りを繰り返す霊夢。
文がかなり訝しげな目で見ているが、今の霊夢にそれを気にする余裕は無い。
(今日こそ、文に)
霊夢の瞳に、決意が灯る。
顔を上げ、真剣な眼差しで文を見据える。
(『今日、泊まってく?』って―――!)
霊夢はぐっと手を握り、強く力を込める。
視線は、眼前の鴉天狗に集中させたまま。
―――なお、断っておくが、霊夢は決して、文とあんなことやそんなことをしたくて、このような決意を固めているわけではない。
霊夢としては、文と一緒に夕ご飯を食べたり、文と一緒にお風呂に入ったり、文と一緒の布団で眠ったりと、ただただ、そういったことをしたいだけなのだ。
そして、ただそれだけのことをするのに、これほどまでに決意と勇気を要するのが、博麗霊夢という少女なのだ。
(……よし)
霊夢は深く息を吸うと、口を開いた。
「きょ、今日!」
「は、はい」
「と、とま……」
「とま?」
霊夢はごくりと息を呑んだ。
「……トマト、食べてかない?」
「は?」
「…………」
霊夢はやはり、ヘタレだった。
文が目をぱちくりとさせている。
「と、トマト……ですか?」
「あ、いや、えっと……」
瞬く間に、霊夢の胸中を後悔の念が支配していく。
(あああ……な、何言ってるのよ私は……)
霊夢は内心で己のヘタレぶりを呪いながらも、しかし表面上はなんとか平静を装い、言葉を続けた。
「……う、うん! 私、この神社の裏で野菜畑やってるの! 美味しいわよ!」
「はあ。そうですか」
「さあ、こっちよ!」
「わ、ちょ、霊夢さん」
半ばやけになって、文の手をつかんで引っ張っていく霊夢。
文はよろけそうになりながらも、霊夢に引っ張られるがままについていった。
「ほら、これよ!」
「おお」
程なくして、二人が着いた神社の裏。
そこにはよく手入れされた畑があり、一番手前に、艶やかな赤色をしたトマトが実っていた。
霊夢は馴れた所作でそのうちの一つをもぐと、文の前に差し出した。
「はい、これ。文の分」
「あ、どうもありがとうございます」
霊夢は続いてもう一つもぐと、「さ、戻るわよ」と再び文の手を引いた。
文は「あやや」と言いながら、またも引っ張られるがままに霊夢についていった。
―――十分後。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」
縁側に戻った二人は、ぺろっとトマトを平らげた。
日の光を十分に浴びて育ったトマトは、瑞々しくて美味しかった。
しかし、表面上はいつも通りに振舞いながらも、霊夢の心境はどん底だった。
(はあ……やっぱり今日も駄目か……)
夢にまで見た、文のお泊り。
それはやはり、夢のままで終わってしまうのだろうか。
(いや、でもまだ……)
霊夢は文の方を見る。
文は満足げな表情を浮かべて、じっと遠くを見つめていた。
(文はまだ……ここにいる!)
ごくりと唾を飲み込むと、霊夢は再び口を開いた。
「あ……文」
「? はい」
「あ、あの……さ」
「なんですか?」
「えっと、その……」
「?」
ああ、どこまでもヘタレな自分が憎い。
霊夢は歯を食いしばる。
(たった一言……たった一言なのに……)
押しつぶされそうなプレッシャーに耐えながら、霊夢はなけなしの勇気を振り絞る。
「きょ、今日……」
「…………」
「と、とまっ……」
「…………」
「…………」
しかしやはり、先ほどと同じところで止まってしまった。
霊夢は俯き、下唇を噛む。
(……やっぱり、駄目だ……)
キング・オブ・ザ・ヘタレ。
そんな称号が、霊夢の脳裏に浮かんだ。
―――そのときだった。
「霊夢」
「えっ」
顔を上げると、薄く微笑んだ文の顔があった。
霊夢は思わず息を呑む。
「今日、泊めてもらってもいいかしら?」
「……え?」
「駄目かしら?」
「え、あ……ううんっ」
霊夢がぶんぶんと首を左右に振ると、文はにっこりと笑って言った。
「ありがと」
「…………」
しかし、霊夢は未だ理解が現実に追いつかず、ただただ目を瞬かせるばかり。
文はそんな霊夢の頭に優しく手を乗せると、
「じゃ、もう遅いし、お夕飯作ろっか。霊夢、何がいい?」
「……へ?」
「お夕飯。何がいい?」
「あ……え、えっと。に、にくじゃが」
「肉じゃがね。おっけ。じゃあ台所借りるね。あ、そうだ。霊夢も手伝ってくれる?」
「え? う、うん」
「じゃあ、早速取り掛かりましょう」
「わ、あ、あやっ」
力強く、霊夢の手を引いていく文。
霊夢はよろけそうになりながら、文の手に引かれるがままに台所へと進んでいった。
「えーっと、これと、これと……」
「…………」
台所に着くや、文は早速食材や調味料を準備し始めた。
一方霊夢は、未だに現実感が湧かないのか、ぽーっとした様子で突っ立ったままだ。
「霊夢」
「はっ、はい!」
「じゃがいもの皮、剥いてくれる?」
「う、うん」
こくこくと頷き、霊夢は文からじゃがいもを受け取る。
「ちょっと暑いわ。霊夢、悪いんだけど団扇で扇いでくれる?」
「う、うん」
こくこくと頷き、霊夢は肉じゃがの灰汁を取っている文に向けて、一生懸命団扇を動かす。
「では、頂きます」
「い、いただきます」
そして気が付けば、食卓には肉じゃがと白いご飯が並んでいた。
文は肉じゃがを頬張りつつ、
「美味しいね、霊夢」
「う、うん」
こくこくと頷きながらも、霊夢はまだどこか呆けたままの様子。
しかし文は特に気にする素振りも見せず、夕ご飯を食べ終えるや、
「ご馳走さまでした。じゃあ、お風呂入ろっか。霊夢」
「え? あ、うん。ご、ごちそうさまでした」
「よし。じゃあ行こう」
「え、あ、ちょっ」
霊夢を連れて風呂に入り。
「霊夢の髪、綺麗ね」
「へっ!? ……あ、ありがとう……」
いつになく大人しい霊夢の髪を洗ってやったりしつつ。
―――そして。
「じゃあ、寝よっか」
「……うん」
二人は、あっという間に同じ布団の中へ。
向かい合う形で横になり、そこでようやく、霊夢は現実感を取り戻し始めた。
(……夢じゃないんだ、これ)
文と一緒に夕ご飯を食べた。
文と一緒にお風呂に入った。
そして今、こうして文と一緒の布団に―――。
「わっ」
次の瞬間、文の黒い翼がばささっとはためき、霊夢の全身をくるんだ。
「ふふ、びっくりした?」
悪戯っぽく笑いかける文。
霊夢は目を白黒させながら、
「う、うん」
「今日は一晩中、こうやっててあげるね」
「えっ?」
「だって霊夢、好きでしょ? 私の羽根、もふもふするの」
「―――!」
その文の一言に、大きく目を見開く霊夢。
(な、なんで……!?)
霊夢は思い出す。
つい先日、神社に遊びに来た文が眠り込んでしまったときに、そうっと後ろから近づいて、彼女の羽根に顔を埋めてもふもふしていたことを。
(あ、文……あのとき……起きてたのー!?)
思いもがけず衝撃の事実を知る羽目になった霊夢は、あわわわと口を開閉させるばかり。
だが文は、そんな霊夢の反応も想定の範囲内と言わんばかりに、にっこりと笑いかけた。
「今日は好きなだけ、もふもふしていいよ」
「う……うん……」
言われるがままに、文の羽根に顔を寄せ、頬擦りをする霊夢。
(……き、気持ち良い……)
ふわふわした羽毛の感触に、ややしっとりとした質感をも兼ね備えた、文の羽根。
そのあまりの心地よさに、思わずそのまま眠りに落ちそうになる霊夢だったが、
(……ん?)
ふと視線を感じ、羽根から顔を離すと。
(ち、ちかっ……!)
文の顔が、すぐ傍にあった。
互いの息が掛かりそうなくらいに、近い距離。
もう少しだけ首を伸ばせば、唇と唇がくっついてしまいそうな距離。
(や、い、いくらなんでもそれは……)
心の中で自制しつつも、霊夢は、目の前の文の唇から視線を外すことができなかった。
ふっくらとした、艶やかな唇。
薄い桃色をしたそれは、きっと弾けるような感触なのだろう。
「……文」
思うより早く、霊夢は口にしていた。
目の前で微笑む、大好きなその者の名を。
「……どうしたの。霊夢」
優しく囁くその声に、霊夢の自制心は白旗を揚げた。
「あ、あの、ね」
「うん」
「あの……その……」
「…………」
「わ、わた―――んっ」
了
「う、うん。そうね」
「こんな日は、ふわーっとどこかへ飛んで行きたくなりますねぇ」
「う、うん。そうね」
そんな会話を交わしながら、神社の縁側でお茶を啜っているのは文と霊夢。
リラックスした表情で空を眺めている文に対し、霊夢はどこか緊張した面持ちでいる。
―――それもそのはず。
霊夢は今日、以前からずっと抱いていた決意を、実行に移そうとしていたのである。
(きょ、今日こそは……!)
握った拳に力を込める霊夢。
すうっと息を吸うと、その決意を心の中で言葉にした。
(文に、『今日、泊まってく?』って、聞くぞ!)
かっと目を見開き、隣に座る文を見る。
風にたそがれる文の横顔が、霊夢の視界に飛び込んできた。
(か、かっこいい……)
固い決意はどこへやら、忘我の境地で文の横顔に見惚れてしまう霊夢。
やがて、熱い視線を感じた文が振り向いた。
「……? どうしたんですか? 霊夢さん」
「ほえっ!?」
突然文に声を掛けられ、びくっと全身で動揺する霊夢。
早まる鼓動を悟られぬよう、胸を両手でぎゅっと押さえる。
「な、ななな、なんでもないよっ」
「? そうですか?」
首を傾げる文に、霊夢はこくこくと頷く。
「まあ、それならいいですが」
文もそれ以上追及しようとはせず、再び目を閉じて風の流れに身を委ねた。
霊夢はその涼しげな横顔を見つめながら、
(か、かっこいい……)
以下無限ループ。
―――およそ三十分後。
「……さて、と」
「ふわっ!?」
風にたそがれていた文が、突然、しゅたっと縁側から地面に降り立った。
驚いて、思わず声を上げる霊夢。
(し、しまった。また見とれていた)
突如として現実に引き戻され、あわあわと狼狽する霊夢。
しかし文は、そんな霊夢の様子を気にする素振りも見せず、う~んと気持ち良さそうに伸びをしている。
そんな文の動作を見て、霊夢ははっとした。
(! ま、まずい!)
今、文がしている伸びの動作は、彼女がいつも帰る前にするものだ。
それはすなわち、文がもう帰ろうとしているということを意味する。
(も、もう、今しかない……!)
霊夢の頭をよぎる、件の台詞。
このタイミングを逃すと、今日の決意は水泡に帰してしまう。
(よ、よし……!)
霊夢はぐっと唾を飲み込むと、文の背中に向けて声を発した。
「あ、あや!」
「あい?」
くるりと振り返る文。
きょとんとしたその無垢な表情に再び見入りそうになりながらも、霊夢はなんとか二の句を継いだ。
「あ、あの、その」
「? なんですか?」
「あの、あのね。えっと……」
「?」
異変のときは無双の強さを誇る霊夢も、非異変時においては存外ヘタレであった。
何度も練習したはずの台詞が、喉元まで込み上げては滑り落ちてゆく。
(うう……言えない……)
下を向き、唇を噛む。
(……でも……)
―――ここで、諦めるわけにはいかない。
今まで何度、このような機会に件の台詞が言えずに涙を飲んだことか。
これまでの苦々しい記憶が、霊夢の脳裏を走馬灯のように駆け巡る。
(……そうだ。聞くんだ)
両の手を開いては握り、開いては握りを繰り返す霊夢。
文がかなり訝しげな目で見ているが、今の霊夢にそれを気にする余裕は無い。
(今日こそ、文に)
霊夢の瞳に、決意が灯る。
顔を上げ、真剣な眼差しで文を見据える。
(『今日、泊まってく?』って―――!)
霊夢はぐっと手を握り、強く力を込める。
視線は、眼前の鴉天狗に集中させたまま。
―――なお、断っておくが、霊夢は決して、文とあんなことやそんなことをしたくて、このような決意を固めているわけではない。
霊夢としては、文と一緒に夕ご飯を食べたり、文と一緒にお風呂に入ったり、文と一緒の布団で眠ったりと、ただただ、そういったことをしたいだけなのだ。
そして、ただそれだけのことをするのに、これほどまでに決意と勇気を要するのが、博麗霊夢という少女なのだ。
(……よし)
霊夢は深く息を吸うと、口を開いた。
「きょ、今日!」
「は、はい」
「と、とま……」
「とま?」
霊夢はごくりと息を呑んだ。
「……トマト、食べてかない?」
「は?」
「…………」
霊夢はやはり、ヘタレだった。
文が目をぱちくりとさせている。
「と、トマト……ですか?」
「あ、いや、えっと……」
瞬く間に、霊夢の胸中を後悔の念が支配していく。
(あああ……な、何言ってるのよ私は……)
霊夢は内心で己のヘタレぶりを呪いながらも、しかし表面上はなんとか平静を装い、言葉を続けた。
「……う、うん! 私、この神社の裏で野菜畑やってるの! 美味しいわよ!」
「はあ。そうですか」
「さあ、こっちよ!」
「わ、ちょ、霊夢さん」
半ばやけになって、文の手をつかんで引っ張っていく霊夢。
文はよろけそうになりながらも、霊夢に引っ張られるがままについていった。
「ほら、これよ!」
「おお」
程なくして、二人が着いた神社の裏。
そこにはよく手入れされた畑があり、一番手前に、艶やかな赤色をしたトマトが実っていた。
霊夢は馴れた所作でそのうちの一つをもぐと、文の前に差し出した。
「はい、これ。文の分」
「あ、どうもありがとうございます」
霊夢は続いてもう一つもぐと、「さ、戻るわよ」と再び文の手を引いた。
文は「あやや」と言いながら、またも引っ張られるがままに霊夢についていった。
―――十分後。
「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」
縁側に戻った二人は、ぺろっとトマトを平らげた。
日の光を十分に浴びて育ったトマトは、瑞々しくて美味しかった。
しかし、表面上はいつも通りに振舞いながらも、霊夢の心境はどん底だった。
(はあ……やっぱり今日も駄目か……)
夢にまで見た、文のお泊り。
それはやはり、夢のままで終わってしまうのだろうか。
(いや、でもまだ……)
霊夢は文の方を見る。
文は満足げな表情を浮かべて、じっと遠くを見つめていた。
(文はまだ……ここにいる!)
ごくりと唾を飲み込むと、霊夢は再び口を開いた。
「あ……文」
「? はい」
「あ、あの……さ」
「なんですか?」
「えっと、その……」
「?」
ああ、どこまでもヘタレな自分が憎い。
霊夢は歯を食いしばる。
(たった一言……たった一言なのに……)
押しつぶされそうなプレッシャーに耐えながら、霊夢はなけなしの勇気を振り絞る。
「きょ、今日……」
「…………」
「と、とまっ……」
「…………」
「…………」
しかしやはり、先ほどと同じところで止まってしまった。
霊夢は俯き、下唇を噛む。
(……やっぱり、駄目だ……)
キング・オブ・ザ・ヘタレ。
そんな称号が、霊夢の脳裏に浮かんだ。
―――そのときだった。
「霊夢」
「えっ」
顔を上げると、薄く微笑んだ文の顔があった。
霊夢は思わず息を呑む。
「今日、泊めてもらってもいいかしら?」
「……え?」
「駄目かしら?」
「え、あ……ううんっ」
霊夢がぶんぶんと首を左右に振ると、文はにっこりと笑って言った。
「ありがと」
「…………」
しかし、霊夢は未だ理解が現実に追いつかず、ただただ目を瞬かせるばかり。
文はそんな霊夢の頭に優しく手を乗せると、
「じゃ、もう遅いし、お夕飯作ろっか。霊夢、何がいい?」
「……へ?」
「お夕飯。何がいい?」
「あ……え、えっと。に、にくじゃが」
「肉じゃがね。おっけ。じゃあ台所借りるね。あ、そうだ。霊夢も手伝ってくれる?」
「え? う、うん」
「じゃあ、早速取り掛かりましょう」
「わ、あ、あやっ」
力強く、霊夢の手を引いていく文。
霊夢はよろけそうになりながら、文の手に引かれるがままに台所へと進んでいった。
「えーっと、これと、これと……」
「…………」
台所に着くや、文は早速食材や調味料を準備し始めた。
一方霊夢は、未だに現実感が湧かないのか、ぽーっとした様子で突っ立ったままだ。
「霊夢」
「はっ、はい!」
「じゃがいもの皮、剥いてくれる?」
「う、うん」
こくこくと頷き、霊夢は文からじゃがいもを受け取る。
「ちょっと暑いわ。霊夢、悪いんだけど団扇で扇いでくれる?」
「う、うん」
こくこくと頷き、霊夢は肉じゃがの灰汁を取っている文に向けて、一生懸命団扇を動かす。
「では、頂きます」
「い、いただきます」
そして気が付けば、食卓には肉じゃがと白いご飯が並んでいた。
文は肉じゃがを頬張りつつ、
「美味しいね、霊夢」
「う、うん」
こくこくと頷きながらも、霊夢はまだどこか呆けたままの様子。
しかし文は特に気にする素振りも見せず、夕ご飯を食べ終えるや、
「ご馳走さまでした。じゃあ、お風呂入ろっか。霊夢」
「え? あ、うん。ご、ごちそうさまでした」
「よし。じゃあ行こう」
「え、あ、ちょっ」
霊夢を連れて風呂に入り。
「霊夢の髪、綺麗ね」
「へっ!? ……あ、ありがとう……」
いつになく大人しい霊夢の髪を洗ってやったりしつつ。
―――そして。
「じゃあ、寝よっか」
「……うん」
二人は、あっという間に同じ布団の中へ。
向かい合う形で横になり、そこでようやく、霊夢は現実感を取り戻し始めた。
(……夢じゃないんだ、これ)
文と一緒に夕ご飯を食べた。
文と一緒にお風呂に入った。
そして今、こうして文と一緒の布団に―――。
「わっ」
次の瞬間、文の黒い翼がばささっとはためき、霊夢の全身をくるんだ。
「ふふ、びっくりした?」
悪戯っぽく笑いかける文。
霊夢は目を白黒させながら、
「う、うん」
「今日は一晩中、こうやっててあげるね」
「えっ?」
「だって霊夢、好きでしょ? 私の羽根、もふもふするの」
「―――!」
その文の一言に、大きく目を見開く霊夢。
(な、なんで……!?)
霊夢は思い出す。
つい先日、神社に遊びに来た文が眠り込んでしまったときに、そうっと後ろから近づいて、彼女の羽根に顔を埋めてもふもふしていたことを。
(あ、文……あのとき……起きてたのー!?)
思いもがけず衝撃の事実を知る羽目になった霊夢は、あわわわと口を開閉させるばかり。
だが文は、そんな霊夢の反応も想定の範囲内と言わんばかりに、にっこりと笑いかけた。
「今日は好きなだけ、もふもふしていいよ」
「う……うん……」
言われるがままに、文の羽根に顔を寄せ、頬擦りをする霊夢。
(……き、気持ち良い……)
ふわふわした羽毛の感触に、ややしっとりとした質感をも兼ね備えた、文の羽根。
そのあまりの心地よさに、思わずそのまま眠りに落ちそうになる霊夢だったが、
(……ん?)
ふと視線を感じ、羽根から顔を離すと。
(ち、ちかっ……!)
文の顔が、すぐ傍にあった。
互いの息が掛かりそうなくらいに、近い距離。
もう少しだけ首を伸ばせば、唇と唇がくっついてしまいそうな距離。
(や、い、いくらなんでもそれは……)
心の中で自制しつつも、霊夢は、目の前の文の唇から視線を外すことができなかった。
ふっくらとした、艶やかな唇。
薄い桃色をしたそれは、きっと弾けるような感触なのだろう。
「……文」
思うより早く、霊夢は口にしていた。
目の前で微笑む、大好きなその者の名を。
「……どうしたの。霊夢」
優しく囁くその声に、霊夢の自制心は白旗を揚げた。
「あ、あの、ね」
「うん」
「あの……その……」
「…………」
「わ、わた―――んっ」
了
良いあやれいむでした!
私もこういう作品を書けるようになりたいなぁ。
へたれいむ可愛すぎてもうどうしていいのかわかんなくなってきた
男前な文にへたれいむがこんなに萌えるなんて…
いいぞもっとやれ。
もっと長い文霊も読んでみたいです!期待してます!
甘くて甘くてなんというか甘いです!
あやれいむ最高です!
いやあ、まいどまいどあなたの作品は2828が止まりませんなぁwww