Coolier - 新生・東方創想話

水の眠りの淵の縁

2010/08/07 00:56:10
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 夕の打ち水をしていたら、新聞記者の天狗に捕まった。彼女の『文々。新聞』は、私達の寺ではそれなりに読まれている。幻想郷住民の顔と名前と特徴を覚えるのに、使えないこともないからだ。読後は墨吸いや窓拭きにも利用できる。憤慨されそうなので教えないけれど。ないことないこと言い触らされかねない。

「寺の者が何かやらかしたのかい? 最近はお盆の祭礼準備で慌ただしいのだが」
「ええ、ネタの提供が少なくて事件を作りたくなります。清く正しい射命丸、本日は盆の行事とは別件でして」

 清廉潔白を自称する人妖が、まともに清らかであった例はない。事件を作りたいと、堂々と発言している時点でおかしい。
 彼女は私を鐘楼裏に連行すると、

「ナズーリンさんにこれの執筆をお願いしたくて。お読みになっていますか」

 一段の小記事の切り抜きを、幾枚も差し出した。表題、『寝坊する上司を起こす方法』。

「従者の方々の不定期リレーコラムです」

 そういえば、このような短文コーナーもあったような。聖が愛読していたような。いずれ私のところにも来るのではないかと、話していたような。

「皆さん奇抜な策をご提案くださいますよ。実用性はともかく。ナズーリンさんも是非ご協力ください。原稿料は今なら驚きの無料。『文々。新聞』定期購読権つきです」

 無償奉仕の上要らぬ特典までついてくると。拒否すれば圧迫取材が始まるのだろう。妖怪には親切にするのが、聖の方針だ。拒む気はない。ただ難点は、

「助けになりたいのだが、私のご主人様は寝起きはいい方でね。ダウジングロッドで数突きすればおしまいだよ」
「どんなときでも?」
「どんなときでも。申し訳ないが、本件で私は力になれないようだ」

 コラムのバックナンバーには、『部下を起こす方法』となっている回もあった。筆者は向こう岸の閻魔。この代案も適用できない。私も覚醒には苦労しない方なのだ。

「ちなみに聖も起こされる側ではない。健康特集を組むことでもあったら、また訪れるといい。それぞれ一家言あるはずだよ」
「残念ですが仕方がありませんね。瑞々しいネタに期待して失礼します」

 古記事の束を回収せずに、鴉天狗は空を翔ける風になった。かなかなぜみの鳴き声を吹き飛ばしていった。
 蝉時雨で、ご主人様が午睡から覚めていないといいけれど。新聞屋に伝えたダウジングロッド法を実践せずとも、ご主人様は目を開ける。微かな揺れや物音で。小さな異変が危機の始まりだと、心身が記憶してしまっている。厄介で、治し難いことだ。
 起こす手段は必要ない。安心して朝寝坊させる秘策が欲しい。


 座敷には笹竹や提灯、真菰草の編みござが用意されている。数日後に卓に飾って、霊を迎える棚にする。命蓮寺一同は、各家への竹配りや作法指導で忙しい。帰宅次第、家事や休憩、仮眠をしている。
 毘沙門天様と古来の印度仏教を知る身としては、霊魂の歓迎を異様に感じることもある。仏の道の開祖は、死後の世界のことなど論じなかった。冥土は中国や、この国の仏門の個性だろう。精神的な価値は重く、幻想郷の一地域にもなっている。
 古の教えは、この世での悟りの実現のために。
 聖やご主人様の教えは、今とあの世の誰かのために。聖の弟君や昔の妖怪仲間の帰還を、ご主人様達は喜ぶ。
 彼女達の中では、此岸と彼岸は近い。
 変だと首を傾げながらも、何故だろうか。受け入れてきてもいる。同じ時を生きて。


 ご主人様の部屋の、襖に手をかけた。擦り音足音を立てずに入室する。西日の差し込まない一角で、穏やかに眠っていた。暑いのか、薄布は蹴飛ばし気味。麻衣の帯を直してやりたいけれど、睡眠を妨害しそうだ。退出しようとしたら、私の側に寝返った。壁になるかのように、脚が布団をはみ出る。

(別にいいか)

 庭仕事は終わった。特別な義務はない。座って、傍にいることにした。
 彼女が熟睡していると、少し嬉しくなる。気楽に、無防備でいて欲しい。もう、淋しいことは起こらないから。
 紙音を抑えて、天狗記者に貰った連載記事を読んだ。

『栄えある第一回にお嬢様を紹介できること、誠に喜ばしく思います。お嬢様は事件やパーティーの日には、完璧な夜の令嬢振りを披露なさいます。起きないときには珍しいお茶の一杯もあれば結構。野生の鈴蘭茶は眠気覚ましに相応しく』
『ご飯とお団子を大量に調理します。眠れる幽々子様の前に置きます。全身全霊で食べます。食いついてきます』
『一、日暮れを待つ。二、春を待つ。三、録音済みの博麗の巫女の声「紫ごめん、大結界破っちゃった」を流す。四、境界を巫女に壊させる』
『起こしません。輝夜は寛げばいいのです』

 なるほど、全く活用できそうにない。互いを認めているからこそ許される、幾分突飛な芸当ばかりだ。表題の目的を全否定している号もある。

『射命丸文、貴方は少し寄稿依頼の相手を間違え過ぎる。起きられないのは部下です。サボタージュの泰斗の汚名を返上させるべく、私は管理に尽力しましょう。一つ怒鳴っては彼女のため、一つ叩いては彼女のためです』
『五分の遅刻につき一枚服を(『文々。新聞』はお子さんも楽しめる健やかな情報の泉です)今日では二柱とも、大急ぎで起きてきます。これも奇跡ですね』
『おくうと二人で高所からベッドに飛び込みます。こいし様もいれば三人で。運がいいと笑って、抱き寄せてくれます。運が悪いと額を打ちます。でもさとり様は起き上がります』

 危険極まりなく、僅かに微笑ましかった。幻想郷では、ひととひとが近い。此岸と彼岸の間のように。
 笑声が漏れていたらしい。檻の虎のように、ご主人様が呻いた。日光色の睫毛が微動して、れんげの蜂蜜みたいな瞳を見せる。私を見詰めてから、視線を巡らす。探しものは把握している。

「聖は人里だよ。ぬえは寺子屋にお盆の経典を貸しに行った。一輪と雲山、ムラサ船長はその付き添いと買い物。茄子と胡瓜に棒をつけないとね」

 全員の居場所を告げて、

「大丈夫。帰ってくるんだ」

 やっと、ご主人様は眼を落ち着かせた。
 千年間苦かった薬が、いきなり甘く変じたら。苦さがないと知っていても、味を疑うかもしれない。ご主人様の幸せは、そういうものだ。感じ方が慎重で、馴染むまでが長い。彼女が今日を、一生懸命享受できるように。私は真の主に祈っておく。

「ナズーリンは、戻っていたのですね。どうしてここに?」
「山の天狗にこれを渡されてね。ご主人様が気になった。眠りを覚ましてすまない」
「いえ。沢山休めました」

 従者勢の多様な技を一読し、ご主人様は苦笑した。全部避けたいそうだ。

「私も文章を頼まれたけれど、断ったよ。ご主人様は自力で起床できるからね。コラムにならない」
「すみません」
「手間が省けて助かるよ。たまの朝寝や息抜きは、してもいいと思うけどね」

 私は甘やかすのが下手だ。こうやって、乾いた言葉で回復を促すのみ。歌や触れ合いで、安眠を誘う性格ではない。
 ご主人様は夏布を被って、じゃあ今のんびりしますと丸まった。立ち上がろうとする私を、手の仕草で下に直す。私は脚を平べったく折り曲げた。
 どこも彼女と接触しない。寺院の日課やお盆の期間の仕事について、暢気に語らう。撒けば蒸発するような、どうでもいい話を淡々と。ふと、呼吸が楽だな、居心地がいいなと気付く。それがご主人様といる私だ。
 没した者の霊も、似たような存在か。

「来週には、迎え火ですね」
「宴会ばてしないようにね」
「しませんよ、旧友の前で」

 この地の生者の多くは、解脱を仏教の最大目標にしない。欲しているのは、仏によるひととの繋がり。永眠した命とも、関わろうとする。
 寄りかかる弱さや、病的な依存はない。純粋な、一緒にいたい心の表れだ。
 盆会は異常な型ではないと、今夕は素直に頷けた。記事集と、半ば眠るご主人様のおかげだろうか。

「皆、帰ってきますね」
「起きて会える。ご主人様は、いちいち不安にならなくていい」
「隠せませんね、ナズーリンには」

 ご主人様がわかりやすいだけだ。

「貴方は、やさしい」
「くすぐったいからやめてくれ。ご主人様にかかれば、誰でも優しいよ」

 まだ何か言いたそうだったので、タオルケットで獣髪を覆ってやった。
 引き戸の開閉音がして、廊下が派手に軋んだ。行儀知らずの幼児のように駆けてくる。悪戯妖怪のお帰りか。一輪と船長が追いかけているらしい。しんがりの静かな歩調は聖。里で合流したようだ。
 疾風のように襖が動き、

「ぬえ、今度は何を」
「えい」
「し、ッぐ」
「ナズーリン!? わっ」

 私とご主人様が、続けざまに顔に水流を浴びた。濡れ鼠と濡れ虎、一丁上がり。からかって、鵺妖怪の奇声を残していく。

「ぬえー、外で撃ちなさい」
「ムラサそっち貸して、雲山と二挺で狙撃する!」

 竹筒の水鉄砲を構えて、二人と入道も走り抜けていった。のんびりの空気が一変、戦場のよう。唖然とする私達に、聖が手拭いと水銃をくれた。

「寺子屋で作ったのですって。これで軽く夕涼みしましょう? 私も参戦するわ」

 ポンプのように持ち手を上げ下げして、聖も歩んだ。とてもいい笑顔で、聖輦船付属の貫通レーザーもどきを放つのだろう。
 私とご主人様も笑みを重ね、

「行きますか」
「うん」

 通路の水滴を辿って、蓮池の庭に進んでいった。狂騒が近付いてくる。

「時々申し訳なくなります。こんなに平和でいいのかなって」
「いいと答えても悪いと答えても、ご主人様は悩むのだろうね。でもまあ」

 白い蓮華の閉じた決闘場で、水弾が飛び交っていた。船長が撃沈アンカーよろしく、上空からぬえを射ている。ぬえは側転と宙返りを絡めて回避。一輪雲山タッグに正体不明の曲がり水を直撃させていた。入道連合軍は四挺銃で広範囲攻撃。聖はとんでもなく面白そうに、破壊砲を乱射中。地面や石垣が浅く削れていた。遅れた私達に、早く加われと声や水がかかる。

「少なくともここの六人は、ご主人様の平和や幸せで明るくなれる」

 夜色の混ざる天を見遣って、七人に訂正した。天狗娘が写真機を光らせて、翼を振っている。祭事の霊を迎えれば、倍にも三倍にも増える。
 指差し数えて、ご主人様は表情を柔らかくした。真っ直ぐ笑っていればいい。神様の幸福は、皆の幸福になる。

「ありがとうございます。時にナズーリン、聖との勝負に興味はありませんか」
「援護射撃と補給なら。簡単に負けてくれるなよ、毘沙門天様」
「全力を尽くしましょう」

 得意の弾幕を再現したかのような拡散交差弾が、力強く撃ち込まれた。
 明日は疲労で寝坊するかもしれない。千年来の上司の後ろで、私は気分よく予想した。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 お盆の命蓮寺が書きたくて、キーを打ちました。この時期、幻想郷と冥界との境は薄くなるのでしょうか。何かしら感じてくだされば、幸いです。
 幼少期の、田舎で過ごした八月が懐かしいです。自然光で目覚める朝が好きでした。
深山咲
[email protected]
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コメント



0.3580簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
良い雰囲気です
5.100名前が無い程度の能力削除
いいなぁ。凄くいいなぁ
8.70名前が無い程度の能力削除
いいなあ。
だが、あえて突っ込もう、どうやったら水鉄砲で拡散交差弾が撃てるのか、とww
9.100名前が無い程度の能力削除
いいですねぇ。
16.100名前が無い程度の能力削除
>「紫ごめん、大結界破っちゃった」
可愛いけれど心臓に悪すぎますwww
素敵な主従話でした!
17.100名前が無い程度の能力削除
貴方のお話はとても和やかな気分になれて大好きです。
竹筒の水鉄砲、懐かしいなあ。
21.100Admiral削除
深山さんの星ナズ来た!これで勝つる!

短い作品ながら夏の季節らしい一品ですね。
水鉄砲の使い方が涼しげで良いです。
星とナズーリンの心の機微と現在の平穏がうかがわれてほっこりとしました。
ご馳走様でした。
24.100名前が無い程度の能力削除
昔の喪失が深い傷跡として残っていてもおかしくはない
いつかわかってたはずですが、すっかり忘れてました
このSSでのそれに対する答えは暖かく、すらすら読むことが出来ました
28.100名前が無い程度の能力削除
これは良いハッピーエンドです。
心に傷をもっているような
星ちゃんのキャラが凄く好き。
33.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷では亡くなった人妖との距離は意外と近いのかもしれませんね。
37.無評価深山咲削除
心安らぐご感想、ありがとうございます。お言葉を読むと、とても元気になれます。

>良い雰囲気です
>いい
ありがとうございます。涼しさや穏やかさが出せていると、いいなぁと思います。

>どうやったら水鉄砲で拡散交差弾が撃てるのか
妖怪の遊び心、ということにしていただけると嬉しいです。最初は精密射撃と書いていました。押しと賑やかさが足りないなぁと感じて、弾幕を参考にしました。

>>「紫ごめん、大結界破っちゃった」
緊急時用です。起きるかもしれませんが、怖いことも起きるかもしれません。

>竹筒の水鉄砲
>水鉄砲の使い方
打ち水に始まって、撃ち水に終わりました。竹製水鉄砲は自然のぬくもりのある、素敵な道具です。
大人気ないことができるのも、幸せかなぁと思います。

>昔の喪失が深い傷跡として残っていてもおかしくはない
>星ちゃんのキャラ
慣れることが、難しいひともいると思います。悪い環境も、いい状況も。真面目に考える方だと、特に。
今回は、そう捉えてお話にしました。

>亡くなった人妖との距離
近そうですね。冥界の存在や、生きている妖怪の寿命の長さゆえに。
お盆の再会の価値は、年を経るごとにわかっていくのかもしれません。
38.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気がすごく良かったです。
42.100名前が無い程度の能力削除
平和ですね。すごく心が安らかになります。

きっと、平和≠ノープロブレムなのかな。

苦しい事、辛いことがあり、辛酸をなめ、そんな人たちが繰り返してはいけないと
思いながら集まって初めてできる、そんな気がしました。
48.100名前が無い程度の能力削除
暖かな星ナズを楽しませていただきました。
星の、内に秘める恐れと、それを優しくいたわろうとするナズーリンの優しさが素晴らしい。
51.90即奏削除
なんとも、幸福な気持ちにさせて頂きました。
とても面白かったです。
54.100名前が無い程度の能力削除
結界がぁ
82.100ばかのひ削除
あたい満足だよ