§
ついうっかり迷っちゃいました、という表現では余りにも曖昧だろう。もう子供ではないのだし、迷い込んだ先が日常的な思考からはかけ離れた場所だったとしたら尚更――理由が必要になる。
天子は静かな欠伸と共に寝ころんだ身体を起こし、乱反射する世界を見下ろした。
「衣玖、飽きた」
「そうですか」
若干天子から離れた場所で同じように世界を見下ろしている竜宮の使いはそれだけ返して、興味深そうに世界を見下ろすことをやめなかった。普段見る彼女からは考えられないほどに目が輝いている。
子供みたいね、と一言呟いて天子は立ち上がった。ゆらゆらと衣玖の方へと近づき、彼女の後ろから見える景色をそっと確かめる。どこでみても変化はない。
「そこから見たら綺麗なのかと思ったわ」小さく、彼女にだけ聞こえるように天子はぼやいた。
「心の問題でしょう」相変わらず素っ気なく答えて、「総領娘様には、つまらない景色ですか?」
「つまらないと言うより、そういう思考をしている余裕がないんじゃないのー」
天子は手を後ろで組んで、身体を世界から背けた。
ここは外の世界だ、と衣玖は言った。何で分かるの、という問いにも一言「竜宮の使いですから」とだけ答えて、それ以上を言おうとはしなかった。竜宮の使いというのは龍神様に仕える存在で、その龍神様とやらはどんな世界でも関係なく行くことが出来るからそういう理由だろうな、と天子は勝手に納得して、それに関して考えることをやめた。
どうやらここは外の世界らしかった。
天子の住んでいる天界には"そこ"に関する情報は一切入ってこない。それは住人たちが興味がないからという理由だけで、閉鎖的だ。一応下界である幻想郷には情報はたくさん入ってくるし、情報的なものだけでなく物質的なものさえも入ってくるというのに、余りにも非情熱的だと天子は思っている。
「余裕……ですか?」
「帰れなくなったらどうすんのよ。霊夢から聞いてるけど、行き来はそんなに楽じゃないんでしょ?」
「あぁ、えぇ……。博麗大結界は強固な結界ですからね。私たち程度の力ではどうしようもないでしょう」
「じゃあ何で衣玖は平気なのかって聞いてるの!」天子は声を荒らげた。「龍神にでも連れて帰ってもらうつもり?」
「いえ、龍神様はそんな面倒するくらいでしたら新しい竜宮の使いをお呼びになるだけですよ。あの方の視界にあるのは幻想郷ですから」衣玖は視線だけを空へと向けた。「外の世界との行き来も自由ですが、実際にあの方が気にかけているのは幻想郷だけです」
「へぇ……」
結局答えになってないなぁと思いながらも、意外なその返答が少しだけ面白くて、天子はしばらく口を噤んだ。
龍神について考えたことは、ない。幻想郷の最高神という面と、衣玖が仕えている相手だという面の二つが龍に対するイメージを二分している、ということだけは何となく感じていたが、それだけだ。
崇める対象という高位な意味と、
友人の主、という近しい存在の意味。
どうにも自分の中では両方を一度に受け入れることが出来そうにもなかったから、考えることをやめたのだった、と今更ながらに思い出した。たぶん、今でも受け入れることは出来ないだろう。
「綺麗ですよね。ビル、というらしいですよ。昼はどういう風に見えるのか、若干気になります」
「あー、そうねぇ……」
真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなって、天子は視線を再び夜景へと戻した。そもそも考えたくなるのは、外の世界であるとすぐに分かった彼女が目を輝かせて、普段から退屈だとぼやいている自分が暇そうにしていることだ。
矛盾している、というよりは、不自然だと思った。
その矛盾を解消したければ自分がこの世界を楽しめばいいのだろうけれど、どうにもそういう気分になれない。
「そんなに興味があるなら、降りてくればいいじゃない。屋上にいても誰も来ないし、私はこの通り相手になってくれないし、さ」
投げやりにそう言って、天子は豪快に身体を倒す。コンクリートで出来た地面へとその身を横たえて、遙かな天を見上げた。
天子としては、夜空の方が綺麗だ。
幻想郷で見るものよりも星の数は少ないし、空気は汚れている。それでも何というか、何というか……、
「……衣玖が楽しんでいるっていうのが、つまんないな」
「何か仰りました?」
「いや! 何でもない!」
たぶんこれが本音かなぁ、とぼんやりと考えながら、苦笑を漏らす。 だんだんどうでも良くなってきて、天子は静かに目を閉じる。このまま寝てしまおうかとも思った。
夜は寝る時間で、
眠った先では夢を見る。
やがて目が覚めれば、この世界とおさらばしていられたら楽だなぁ、なんて思いながら、夢を見るのだ。
「そう言えば、最近夢とか見てなかったな……夢ってどうやって見るんだっけ? これも夢かしら?」
……身体が痒い。
難しいことを考え始めると身体が痒くなるのは、昔からだ。だから天界の勉強とかは大嫌いだし、哲学なんて言葉を出された暁には全身から蕁麻疹が出てくるだろう。この通り昔から、何かを真面目に考えることは大嫌いなはずなのに、今日はやけに考えている。
普段自分の代わりに考えてくれる人が、子供のように無邪気になってしまったからかも知れない。
あるいは求めていた非日常に理由も分からず連れて来られてしまって、普段通りの行動が出来なくなってしまったから、その反動か。
どちらにせよ、いつもの自分が思うように取り戻せないのは事実で、いろんなイライラもそれから来るのだろう。今すぐにでも衣玖を怒鳴りつけて帰る方法を考えて欲しいというのと、偶にはこういうのもありかなぁ、などという暢気な自分が内側で決闘を始めてしまったようだった。
「ところで総領娘様」衣玖は急にこちらに向き直った。「下に降りてみませんか?」
「さっきそう言ったじゃない!」
「そうでしたか? ここで景色を眺めるのも綺麗で良いのですが、下に行けばもっと違う景色が見られるのではないかと思いまして……」
「で、私も行くの?」
「宜しければ、ですが」
「行かないって言ったら?」
「私一人で行きますが。総領娘様には此処に残っていただく方向で」
「……行くわよ。行けばいいんでしょう」
「いえ、別に」
「行くって言ってんの!」
でもその服装で行くのはちょっと――、と口にしかけた天子を置いて、衣玖は既に階段へと向かっていた。飛ぶという行為自体は自粛しているくせに、どうして細かいところには頭が回らないのだろうか。そういうことをするのは、いつもなら自分のポジションだ。
たぶん、天子がおかしいのではなく、衣玖がおかしいのだ。天子は彼女に影響されているに過ぎない。
「衣玖、あんた今日はおかしいわ」ビルの中へ消えようとする背中に、天子は静かに声をかける。「まるで普段の私じゃない」
「普段の総領娘様はもっと我儘ですよ」
「…………あのね」
「冗談……ではないですが」衣玖はおかしそうに微笑んだ。「総領娘様は、私たちがこっちに飛ばされる直前を覚えていらっしゃいますか?」
「天界で、二人で桃を食べてたわね」天子はそのときの状況を想起する。「で、いつものように私がぼやいてた」
「何についてを?」
「あんたは自由で良いわよねーって感じの話。歌の稽古に出た後だったから」
「そうです。だいたいそんな感じです」
「はぁ?」
さぁ行きましょう、と言い残して、彼女の姿は見えなくなった。訳が分からないまま取り残されるという状況は、いくつかの不満とフラストレーションで出来ている。
「意味が、わかんない」
それだけ、届きもしないほどに小さな声で呟いて、天子は衣玖の後を追って階段へと走っていった。
たぶん、この時が初めてだろう。
比那名居天子という人物が、他人を理解したいと思ったのは。
§
「総領娘様、良いものを頂いて来ましたよ」
「何……洋服?」
とある店の前で衣玖を待っていた天子は、店から出てきた彼女が手にしていたものを見て目を丸くした。そんな天子に構いもせずに笑顔でそれを突きだして来るものだから、思わず受け取ってしまう。
「お金もないのに……どうしたのよ」
「さすがにこの服装のままいるというのも怪しいので……とここの服屋さんに相談しましたら、龍神の鱗の破片と交換でこんなに沢山頂いてしまいました」
「え、ちょっとあんた何やってんのよ!」
可愛らしいでしょう、と天子の肩に服を合わせてくるその無邪気さに勢いを削がれ、どうしようもなくなってしまう。こっちに来てから一度もいつものペースを取り戻せていないことに気付いて、いつもと真逆の性質を纏った彼女を天子は胡乱な眼で見つめた。
「ひとまずこれに着替えましょう。そうすればもっと他の目を気にせずに街中を歩けると思います。せっかく来たのですから、楽しまないと駄目ですよ」
「それがはしゃいでいる理由?」
「若干違います」
口元だけを歪めてそう返され、天子は無言で受け取った服を眺めた。どれも幻想郷の住民が着ているようなものはなく、フリルもない、ドロワーズもついてこないといった纏めて渡すには多少お粗末とも言えるものだった。ただ、それも文化の違いだろうと考えればもちろん納得は出来るのだけれど。今まで生きてきた場所と違うところに出るというのは、やはりこういうところが楽しい。
そう、本来なら楽しいはずなのだけれど……。
「あー……もやもやするなぁ」
「どうかしました?」
「もう着替えたんだ」天子は呆れて半眼を彼女に向ける。「羽衣どうすんのよ」
「袋に詰めておきます」
簡単に言うなら、素直になれないだけだ。
いつも通りの日常ではなくて、いつも通りに彼女は行動してくれなくて、混乱に混乱を上乗せした形で、天子自身もいつも通りに動けなくなっている。こう説明すれば一応理解は出来るし、簡単ではある。実際はもう少しだけ複雑で、それ故にどうしようもないというのが一つの現実だ。
洋服は、思ったよりも似合っていた。いつも何ともカテゴライズしがたい姿の衣玖しか見ていなかったから、ギャップという意味でのインパクトは抜群。余り認めたくはないけれど彼女は美人なので、だいたいどんな服でも似合うのだろう。
「似合ってますか?」
「あぁ、まぁ、うん」曖昧な返事をしておいた。
「総領娘様もどうでしょう。可愛らしいものがたくさんありますので、お好きなものをおえら、び……?」
差し出された袋を押し返して、天子は何度目か分からない苦笑を衣玖に向けた。
本来の意味での苦笑と、訝しむ気持ちと、それから純粋な疑問の入り混じった感情を顔に露わにして天子は一歩、衣玖に近づく。
「もう一回だけ訊くわ」声のトーンを落として天子は囁いた。
「は、はい……何でしょう?」ひきつった笑顔で衣玖は答える。
「あんた、今日は全部がいつもとあべこべじゃない。イメチェン? 外の世界来たら狂った? おかげで私は混乱するわ何やらで困ってるんだけど」
「……ですから、先程お答えしましたとおり、です」
「それが分からないって言ってるの」
「総領娘様は、もう少し他人を考える練習をするべきだと思います」ふと、普段の彼女のように説教する口調に戻って、「良い機会です。総領娘様が理解できないことを、普段よりも考えてみて下さい」
「はぁ……?」
強制的な笑顔でそう告げられ、天子は大きく息を吐き出すくらいしか出来なかった。二酸化炭素が霧散して、濁った空気をさらに濁らせていく。
「そう言うわけで――総領娘様にはこちらを着ていただきましょう。私自慢のコーディネート」
「ちょ、今適当に引っ張りだしたでしょ!」
「まぁそう言わずに」
「むぐ」
ビルとビルの隙間で、若い女性二人がいちゃいちゃしている、とか第三者が見ればそう言うに違いない。都合良く姉妹やら従姉妹やらと思われたりするかも……という発想まで辿り着いたところで、無意識の内に衣玖を姉として扱っている自分に気づいて思わず顔が熱くなった。
思考が変なところで浮遊している間に、天子は"外の世界の服装"に着替えさせられていた。適当に選ばれたものを継ぎ接ぎ娘のごとく着させられただけだから、端から見てもまともに映らないかも知れない。もしそうなったら衣玖の所為だ。
「さぁ行きましょう」
「何処に」
「何処かへ」
腕を優しく引っ張られて、二人は不夜城へと駆け込むように入っていく。明るすぎて眠れない夜。これはどうなのだろう? と一瞬だけ考えてみた。きっとこちらの世界では一般であるこの不夜城では、眠れない人はどんな夢を見るのか。
「……鏡で出来たビル? 何だか気持ち悪いわね」
「空が広く見えますね。開放的」
「ポジティブだわ」
確かに、新しい発見は多い。そう簡単にこちらにこれるはずはないから、貴重な経験ともいえるし、新鮮だ。口には出さないけれど、実際この世界を面白いと自分は感じている。
それは、間違いないはずだ。
普段から退屈で、父親に怒られても衣玖に怒られても聞く耳を持たない。八雲なんとかという、初めて逢った妖怪はとても怒っていて、彼女の言うことは諦めて聞いた。天子が求めているのはそういうことで……、だから今だって本当に楽しいのだ。
口に出せないのは素直じゃないから。
笑顔になれないのは――、
「衣玖、あんたもしかして」
「はい?」急に立ち止まった天子の方を彼女は振り返る。
「……いや、何でもない。たぶん勘違いね。言ったら怒られそうだわ」
「そうですか。あ、あちらに屋台がありますよ。行ってみましょう」
「お金は持ってないよね?」
見るだけです、と言いつつもこの腕を引っ張るのは、いつもの彼女なら絶対にしないであろうことを平然とやってのけるのは、やはり……と勘ぐってしまう。しかし余りにも突拍子もなくて、特に彼女に対しては絶対に言ってはいけない類の言葉だったから、口に出せない。
……あぁもう。
思うようにいかない世界がもどかしくて、引っ張られながらも天子は大きな溜息を吐いた。二酸化炭素が――と面倒くさいことを考えて落ち着こうとするよりも早く顔の前に突き出された焼き魚を見て、
「なにこれ」
「鮎の塩焼き、だそうです」
「共食い?」
「何を仰っているのですか」
「お金は?」
「無料でいただいてしまいました」
「今度は何渡したのよ」
「聞きたいですか?」
「遠慮するわ」
短いスカートだな、と自分の身体を見下ろしながら今更ながらにそんなことを考える。顔を上げずに塩焼きを受け取って、頭から口に突っ込んだ。
「美味しいですか?」
「……まぁ、そこそこね」
小さく答えて、衣玖の身体をようやくはっきりと見ることにした。直視すら出来ないほどに不安定だったのかも知れない、とこっそり記憶を外へと追い出す。
黒を基調とした服装だった。細かい服の種類なんてものは分からない。ただ、いつものように身体をしっかりと覆うようなものは何もなく、むしろ露出は普段に比べれば圧倒的に多いと感じた。自然と脚に視線がいく。
「……まぁ、そこそこね」
「?」
似合ってる、とは言いたくない。
美人だ、というのも言いたくない。
褒めたくないだけだ。
だから、素直になれないのは全部衣玖の所為――、
「総領娘様」
「えっ、あ?」
「貴女も少し……」ずい、と顔をこちらに近づけて、彼女は神妙な顔で話す。「普段と、違いますね」
「そ、それはあんたが変なことばっかりするからで」
「素直でないのはいつものことですが……言ったら怒られてしまうようなことを言わないでいられるほど、貴女は社会性のある方ではありません」
「馬鹿にしてる?」
「心配しているのです。私は、総領娘様に笑顔で居て欲しいですし、出来ればここで一緒に羽目を外して遊び回りたい。けれど、いつまでも難しいことを無理矢理考えているような顔つきでしたから」
「あぁ、うん……言うわよ。分かったわよ」
いつになく饒舌な彼女に気圧されたように、天子は鮎をくわえたまま一歩後ずさった。衣玖も手に持ったまま話しているから、なかなか締まらない。
「言って下さい。きっと誰も怒りませんから」
「衣玖、あんたさ――」
「龍のこと、嫌いなんでしょう?」
……えぇ、大嫌いです。そう笑顔で答える衣玖は、少しだけ怖かった。
§
「結局は、私とあんたは違うんだわ。ただ、以前とは見え方が反対になってしまっただけ」
焼酎を喉に流し込んでから、天子は地面に寝転がった。
屋台の並ぶ大通りから少し離れた、人通りの少ない公園。ベンチもなにもなかったけれど、酔った二人が座り込むにはちょうどいい場所だった。
「縛られているように見えるけれど本当は自由な総領娘様と、」
「自由に見えて、その実縛られている竜宮の使い、ね。あーあ、酒が美味い美味い」
外の世界を龍神は見ていない、と衣玖は言った。つまり、今の自分たちは龍の視界に入っていないと言うことだ。仕事も放棄出きるし、遊び放題。任務なんて消えてしまうから、そこにあるのは自由なのだ。
あれが衣玖の素、というわけではないらしい。ただ、外見で判断は出来ない程度にハイテンションだったということだ。ややこしい種類の人だとは思う。
「竜宮の使いは私以外、ちゃんと龍神様を崇めていますよ。そうでないのはおそらく私だけです」
「龍は知ってんの?」
「そりゃあ天下の龍神様ですから」酒の勢いか、どんどん刺々しくなっていく彼女は新鮮だった。「けれど私は反逆する訳でもなければ、仕事を放棄するわけでもない。どうのこうのする理由はありません」
「ふーん。私は反逆もするし、お宝は勝手に持ち出すからあいつに怒られるわけね」父親の姿を頭の隅に思い起こして、潰した。
「抵抗できる相手にはどんどん抵抗しましょう」冗談なのか本気なのかよく分からなかった。「総領娘様はまだまだ若いんですから」
「で、何で龍が嫌いなのよ」天子はようやく言葉に出した。龍をちっとも知らない自分では理由までは推測できるはずもなかった。
「存在している価値がないからです。世界を取り巻く循環に、龍神は何一つ関与していない。そこにあるだけ。無用の長物。創世に関与したものがその後の世界に関係を持ち続けるというのは、嘘です」
「子供を産んだ親が、その子供の人生を左右するわけではない、という感じ?」
「貴女的に言えば、そんな感じです。……あぁ、龍のいない世界の酒は、こんなにも美味しい!」
天子は、空を見ていた。自由だったから、さらに広いものを求めたのだ。
衣玖は、地上を見下ろしていた。自由ではなかったから、ちっぽけな自由を求めただけだ。
緋色に輝く地上の星は、思っていたのとは少しだけ違った自由を見せる。
綺麗で、愛しくて、楽しくて、美味しい。
きっとここでは生きていけないから、その内帰る方法を捜すけれど――今はまだその時ではない。もう少しだけこのちっぽけな自由を謳歌して、飽きるまで待てば良い。
「あぁ、お酒が美味しい」
「こんな濁った酒、天界じゃ飲めないわね」
「幻想郷に――乾杯!」
「天子様、次はどこかの屋台で飲みましょう!」
「飲み比べよ!」
その不自由が本当に不自由だったのか、
その自由が本当に自由だったのか、
今はまだ分からないだろうから、緋色な二人はおぼつかない足取りで東の国の眠らない夜へと、若干の自由を求めて身を踊らせる。
夜空に輝くはずの星は、雲に遮られて見えなかった。
§
ついうっかり迷っちゃいました、という表現では余りにも曖昧だろう。もう子供ではないのだし、迷い込んだ先が日常的な思考からはかけ離れた場所だったとしたら尚更――理由が必要になる。
天子は静かな欠伸と共に寝ころんだ身体を起こし、乱反射する世界を見下ろした。
「衣玖、飽きた」
「そうですか」
若干天子から離れた場所で同じように世界を見下ろしている竜宮の使いはそれだけ返して、興味深そうに世界を見下ろすことをやめなかった。普段見る彼女からは考えられないほどに目が輝いている。
子供みたいね、と一言呟いて天子は立ち上がった。ゆらゆらと衣玖の方へと近づき、彼女の後ろから見える景色をそっと確かめる。どこでみても変化はない。
「そこから見たら綺麗なのかと思ったわ」小さく、彼女にだけ聞こえるように天子はぼやいた。
「心の問題でしょう」相変わらず素っ気なく答えて、「総領娘様には、つまらない景色ですか?」
「つまらないと言うより、そういう思考をしている余裕がないんじゃないのー」
天子は手を後ろで組んで、身体を世界から背けた。
ここは外の世界だ、と衣玖は言った。何で分かるの、という問いにも一言「竜宮の使いですから」とだけ答えて、それ以上を言おうとはしなかった。竜宮の使いというのは龍神様に仕える存在で、その龍神様とやらはどんな世界でも関係なく行くことが出来るからそういう理由だろうな、と天子は勝手に納得して、それに関して考えることをやめた。
どうやらここは外の世界らしかった。
天子の住んでいる天界には"そこ"に関する情報は一切入ってこない。それは住人たちが興味がないからという理由だけで、閉鎖的だ。一応下界である幻想郷には情報はたくさん入ってくるし、情報的なものだけでなく物質的なものさえも入ってくるというのに、余りにも非情熱的だと天子は思っている。
「余裕……ですか?」
「帰れなくなったらどうすんのよ。霊夢から聞いてるけど、行き来はそんなに楽じゃないんでしょ?」
「あぁ、えぇ……。博麗大結界は強固な結界ですからね。私たち程度の力ではどうしようもないでしょう」
「じゃあ何で衣玖は平気なのかって聞いてるの!」天子は声を荒らげた。「龍神にでも連れて帰ってもらうつもり?」
「いえ、龍神様はそんな面倒するくらいでしたら新しい竜宮の使いをお呼びになるだけですよ。あの方の視界にあるのは幻想郷ですから」衣玖は視線だけを空へと向けた。「外の世界との行き来も自由ですが、実際にあの方が気にかけているのは幻想郷だけです」
「へぇ……」
結局答えになってないなぁと思いながらも、意外なその返答が少しだけ面白くて、天子はしばらく口を噤んだ。
龍神について考えたことは、ない。幻想郷の最高神という面と、衣玖が仕えている相手だという面の二つが龍に対するイメージを二分している、ということだけは何となく感じていたが、それだけだ。
崇める対象という高位な意味と、
友人の主、という近しい存在の意味。
どうにも自分の中では両方を一度に受け入れることが出来そうにもなかったから、考えることをやめたのだった、と今更ながらに思い出した。たぶん、今でも受け入れることは出来ないだろう。
「綺麗ですよね。ビル、というらしいですよ。昼はどういう風に見えるのか、若干気になります」
「あー、そうねぇ……」
真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなって、天子は視線を再び夜景へと戻した。そもそも考えたくなるのは、外の世界であるとすぐに分かった彼女が目を輝かせて、普段から退屈だとぼやいている自分が暇そうにしていることだ。
矛盾している、というよりは、不自然だと思った。
その矛盾を解消したければ自分がこの世界を楽しめばいいのだろうけれど、どうにもそういう気分になれない。
「そんなに興味があるなら、降りてくればいいじゃない。屋上にいても誰も来ないし、私はこの通り相手になってくれないし、さ」
投げやりにそう言って、天子は豪快に身体を倒す。コンクリートで出来た地面へとその身を横たえて、遙かな天を見上げた。
天子としては、夜空の方が綺麗だ。
幻想郷で見るものよりも星の数は少ないし、空気は汚れている。それでも何というか、何というか……、
「……衣玖が楽しんでいるっていうのが、つまんないな」
「何か仰りました?」
「いや! 何でもない!」
たぶんこれが本音かなぁ、とぼんやりと考えながら、苦笑を漏らす。 だんだんどうでも良くなってきて、天子は静かに目を閉じる。このまま寝てしまおうかとも思った。
夜は寝る時間で、
眠った先では夢を見る。
やがて目が覚めれば、この世界とおさらばしていられたら楽だなぁ、なんて思いながら、夢を見るのだ。
「そう言えば、最近夢とか見てなかったな……夢ってどうやって見るんだっけ? これも夢かしら?」
……身体が痒い。
難しいことを考え始めると身体が痒くなるのは、昔からだ。だから天界の勉強とかは大嫌いだし、哲学なんて言葉を出された暁には全身から蕁麻疹が出てくるだろう。この通り昔から、何かを真面目に考えることは大嫌いなはずなのに、今日はやけに考えている。
普段自分の代わりに考えてくれる人が、子供のように無邪気になってしまったからかも知れない。
あるいは求めていた非日常に理由も分からず連れて来られてしまって、普段通りの行動が出来なくなってしまったから、その反動か。
どちらにせよ、いつもの自分が思うように取り戻せないのは事実で、いろんなイライラもそれから来るのだろう。今すぐにでも衣玖を怒鳴りつけて帰る方法を考えて欲しいというのと、偶にはこういうのもありかなぁ、などという暢気な自分が内側で決闘を始めてしまったようだった。
「ところで総領娘様」衣玖は急にこちらに向き直った。「下に降りてみませんか?」
「さっきそう言ったじゃない!」
「そうでしたか? ここで景色を眺めるのも綺麗で良いのですが、下に行けばもっと違う景色が見られるのではないかと思いまして……」
「で、私も行くの?」
「宜しければ、ですが」
「行かないって言ったら?」
「私一人で行きますが。総領娘様には此処に残っていただく方向で」
「……行くわよ。行けばいいんでしょう」
「いえ、別に」
「行くって言ってんの!」
でもその服装で行くのはちょっと――、と口にしかけた天子を置いて、衣玖は既に階段へと向かっていた。飛ぶという行為自体は自粛しているくせに、どうして細かいところには頭が回らないのだろうか。そういうことをするのは、いつもなら自分のポジションだ。
たぶん、天子がおかしいのではなく、衣玖がおかしいのだ。天子は彼女に影響されているに過ぎない。
「衣玖、あんた今日はおかしいわ」ビルの中へ消えようとする背中に、天子は静かに声をかける。「まるで普段の私じゃない」
「普段の総領娘様はもっと我儘ですよ」
「…………あのね」
「冗談……ではないですが」衣玖はおかしそうに微笑んだ。「総領娘様は、私たちがこっちに飛ばされる直前を覚えていらっしゃいますか?」
「天界で、二人で桃を食べてたわね」天子はそのときの状況を想起する。「で、いつものように私がぼやいてた」
「何についてを?」
「あんたは自由で良いわよねーって感じの話。歌の稽古に出た後だったから」
「そうです。だいたいそんな感じです」
「はぁ?」
さぁ行きましょう、と言い残して、彼女の姿は見えなくなった。訳が分からないまま取り残されるという状況は、いくつかの不満とフラストレーションで出来ている。
「意味が、わかんない」
それだけ、届きもしないほどに小さな声で呟いて、天子は衣玖の後を追って階段へと走っていった。
たぶん、この時が初めてだろう。
比那名居天子という人物が、他人を理解したいと思ったのは。
§
「総領娘様、良いものを頂いて来ましたよ」
「何……洋服?」
とある店の前で衣玖を待っていた天子は、店から出てきた彼女が手にしていたものを見て目を丸くした。そんな天子に構いもせずに笑顔でそれを突きだして来るものだから、思わず受け取ってしまう。
「お金もないのに……どうしたのよ」
「さすがにこの服装のままいるというのも怪しいので……とここの服屋さんに相談しましたら、龍神の鱗の破片と交換でこんなに沢山頂いてしまいました」
「え、ちょっとあんた何やってんのよ!」
可愛らしいでしょう、と天子の肩に服を合わせてくるその無邪気さに勢いを削がれ、どうしようもなくなってしまう。こっちに来てから一度もいつものペースを取り戻せていないことに気付いて、いつもと真逆の性質を纏った彼女を天子は胡乱な眼で見つめた。
「ひとまずこれに着替えましょう。そうすればもっと他の目を気にせずに街中を歩けると思います。せっかく来たのですから、楽しまないと駄目ですよ」
「それがはしゃいでいる理由?」
「若干違います」
口元だけを歪めてそう返され、天子は無言で受け取った服を眺めた。どれも幻想郷の住民が着ているようなものはなく、フリルもない、ドロワーズもついてこないといった纏めて渡すには多少お粗末とも言えるものだった。ただ、それも文化の違いだろうと考えればもちろん納得は出来るのだけれど。今まで生きてきた場所と違うところに出るというのは、やはりこういうところが楽しい。
そう、本来なら楽しいはずなのだけれど……。
「あー……もやもやするなぁ」
「どうかしました?」
「もう着替えたんだ」天子は呆れて半眼を彼女に向ける。「羽衣どうすんのよ」
「袋に詰めておきます」
簡単に言うなら、素直になれないだけだ。
いつも通りの日常ではなくて、いつも通りに彼女は行動してくれなくて、混乱に混乱を上乗せした形で、天子自身もいつも通りに動けなくなっている。こう説明すれば一応理解は出来るし、簡単ではある。実際はもう少しだけ複雑で、それ故にどうしようもないというのが一つの現実だ。
洋服は、思ったよりも似合っていた。いつも何ともカテゴライズしがたい姿の衣玖しか見ていなかったから、ギャップという意味でのインパクトは抜群。余り認めたくはないけれど彼女は美人なので、だいたいどんな服でも似合うのだろう。
「似合ってますか?」
「あぁ、まぁ、うん」曖昧な返事をしておいた。
「総領娘様もどうでしょう。可愛らしいものがたくさんありますので、お好きなものをおえら、び……?」
差し出された袋を押し返して、天子は何度目か分からない苦笑を衣玖に向けた。
本来の意味での苦笑と、訝しむ気持ちと、それから純粋な疑問の入り混じった感情を顔に露わにして天子は一歩、衣玖に近づく。
「もう一回だけ訊くわ」声のトーンを落として天子は囁いた。
「は、はい……何でしょう?」ひきつった笑顔で衣玖は答える。
「あんた、今日は全部がいつもとあべこべじゃない。イメチェン? 外の世界来たら狂った? おかげで私は混乱するわ何やらで困ってるんだけど」
「……ですから、先程お答えしましたとおり、です」
「それが分からないって言ってるの」
「総領娘様は、もう少し他人を考える練習をするべきだと思います」ふと、普段の彼女のように説教する口調に戻って、「良い機会です。総領娘様が理解できないことを、普段よりも考えてみて下さい」
「はぁ……?」
強制的な笑顔でそう告げられ、天子は大きく息を吐き出すくらいしか出来なかった。二酸化炭素が霧散して、濁った空気をさらに濁らせていく。
「そう言うわけで――総領娘様にはこちらを着ていただきましょう。私自慢のコーディネート」
「ちょ、今適当に引っ張りだしたでしょ!」
「まぁそう言わずに」
「むぐ」
ビルとビルの隙間で、若い女性二人がいちゃいちゃしている、とか第三者が見ればそう言うに違いない。都合良く姉妹やら従姉妹やらと思われたりするかも……という発想まで辿り着いたところで、無意識の内に衣玖を姉として扱っている自分に気づいて思わず顔が熱くなった。
思考が変なところで浮遊している間に、天子は"外の世界の服装"に着替えさせられていた。適当に選ばれたものを継ぎ接ぎ娘のごとく着させられただけだから、端から見てもまともに映らないかも知れない。もしそうなったら衣玖の所為だ。
「さぁ行きましょう」
「何処に」
「何処かへ」
腕を優しく引っ張られて、二人は不夜城へと駆け込むように入っていく。明るすぎて眠れない夜。これはどうなのだろう? と一瞬だけ考えてみた。きっとこちらの世界では一般であるこの不夜城では、眠れない人はどんな夢を見るのか。
「……鏡で出来たビル? 何だか気持ち悪いわね」
「空が広く見えますね。開放的」
「ポジティブだわ」
確かに、新しい発見は多い。そう簡単にこちらにこれるはずはないから、貴重な経験ともいえるし、新鮮だ。口には出さないけれど、実際この世界を面白いと自分は感じている。
それは、間違いないはずだ。
普段から退屈で、父親に怒られても衣玖に怒られても聞く耳を持たない。八雲なんとかという、初めて逢った妖怪はとても怒っていて、彼女の言うことは諦めて聞いた。天子が求めているのはそういうことで……、だから今だって本当に楽しいのだ。
口に出せないのは素直じゃないから。
笑顔になれないのは――、
「衣玖、あんたもしかして」
「はい?」急に立ち止まった天子の方を彼女は振り返る。
「……いや、何でもない。たぶん勘違いね。言ったら怒られそうだわ」
「そうですか。あ、あちらに屋台がありますよ。行ってみましょう」
「お金は持ってないよね?」
見るだけです、と言いつつもこの腕を引っ張るのは、いつもの彼女なら絶対にしないであろうことを平然とやってのけるのは、やはり……と勘ぐってしまう。しかし余りにも突拍子もなくて、特に彼女に対しては絶対に言ってはいけない類の言葉だったから、口に出せない。
……あぁもう。
思うようにいかない世界がもどかしくて、引っ張られながらも天子は大きな溜息を吐いた。二酸化炭素が――と面倒くさいことを考えて落ち着こうとするよりも早く顔の前に突き出された焼き魚を見て、
「なにこれ」
「鮎の塩焼き、だそうです」
「共食い?」
「何を仰っているのですか」
「お金は?」
「無料でいただいてしまいました」
「今度は何渡したのよ」
「聞きたいですか?」
「遠慮するわ」
短いスカートだな、と自分の身体を見下ろしながら今更ながらにそんなことを考える。顔を上げずに塩焼きを受け取って、頭から口に突っ込んだ。
「美味しいですか?」
「……まぁ、そこそこね」
小さく答えて、衣玖の身体をようやくはっきりと見ることにした。直視すら出来ないほどに不安定だったのかも知れない、とこっそり記憶を外へと追い出す。
黒を基調とした服装だった。細かい服の種類なんてものは分からない。ただ、いつものように身体をしっかりと覆うようなものは何もなく、むしろ露出は普段に比べれば圧倒的に多いと感じた。自然と脚に視線がいく。
「……まぁ、そこそこね」
「?」
似合ってる、とは言いたくない。
美人だ、というのも言いたくない。
褒めたくないだけだ。
だから、素直になれないのは全部衣玖の所為――、
「総領娘様」
「えっ、あ?」
「貴女も少し……」ずい、と顔をこちらに近づけて、彼女は神妙な顔で話す。「普段と、違いますね」
「そ、それはあんたが変なことばっかりするからで」
「素直でないのはいつものことですが……言ったら怒られてしまうようなことを言わないでいられるほど、貴女は社会性のある方ではありません」
「馬鹿にしてる?」
「心配しているのです。私は、総領娘様に笑顔で居て欲しいですし、出来ればここで一緒に羽目を外して遊び回りたい。けれど、いつまでも難しいことを無理矢理考えているような顔つきでしたから」
「あぁ、うん……言うわよ。分かったわよ」
いつになく饒舌な彼女に気圧されたように、天子は鮎をくわえたまま一歩後ずさった。衣玖も手に持ったまま話しているから、なかなか締まらない。
「言って下さい。きっと誰も怒りませんから」
「衣玖、あんたさ――」
「龍のこと、嫌いなんでしょう?」
……えぇ、大嫌いです。そう笑顔で答える衣玖は、少しだけ怖かった。
§
「結局は、私とあんたは違うんだわ。ただ、以前とは見え方が反対になってしまっただけ」
焼酎を喉に流し込んでから、天子は地面に寝転がった。
屋台の並ぶ大通りから少し離れた、人通りの少ない公園。ベンチもなにもなかったけれど、酔った二人が座り込むにはちょうどいい場所だった。
「縛られているように見えるけれど本当は自由な総領娘様と、」
「自由に見えて、その実縛られている竜宮の使い、ね。あーあ、酒が美味い美味い」
外の世界を龍神は見ていない、と衣玖は言った。つまり、今の自分たちは龍の視界に入っていないと言うことだ。仕事も放棄出きるし、遊び放題。任務なんて消えてしまうから、そこにあるのは自由なのだ。
あれが衣玖の素、というわけではないらしい。ただ、外見で判断は出来ない程度にハイテンションだったということだ。ややこしい種類の人だとは思う。
「竜宮の使いは私以外、ちゃんと龍神様を崇めていますよ。そうでないのはおそらく私だけです」
「龍は知ってんの?」
「そりゃあ天下の龍神様ですから」酒の勢いか、どんどん刺々しくなっていく彼女は新鮮だった。「けれど私は反逆する訳でもなければ、仕事を放棄するわけでもない。どうのこうのする理由はありません」
「ふーん。私は反逆もするし、お宝は勝手に持ち出すからあいつに怒られるわけね」父親の姿を頭の隅に思い起こして、潰した。
「抵抗できる相手にはどんどん抵抗しましょう」冗談なのか本気なのかよく分からなかった。「総領娘様はまだまだ若いんですから」
「で、何で龍が嫌いなのよ」天子はようやく言葉に出した。龍をちっとも知らない自分では理由までは推測できるはずもなかった。
「存在している価値がないからです。世界を取り巻く循環に、龍神は何一つ関与していない。そこにあるだけ。無用の長物。創世に関与したものがその後の世界に関係を持ち続けるというのは、嘘です」
「子供を産んだ親が、その子供の人生を左右するわけではない、という感じ?」
「貴女的に言えば、そんな感じです。……あぁ、龍のいない世界の酒は、こんなにも美味しい!」
天子は、空を見ていた。自由だったから、さらに広いものを求めたのだ。
衣玖は、地上を見下ろしていた。自由ではなかったから、ちっぽけな自由を求めただけだ。
緋色に輝く地上の星は、思っていたのとは少しだけ違った自由を見せる。
綺麗で、愛しくて、楽しくて、美味しい。
きっとここでは生きていけないから、その内帰る方法を捜すけれど――今はまだその時ではない。もう少しだけこのちっぽけな自由を謳歌して、飽きるまで待てば良い。
「あぁ、お酒が美味しい」
「こんな濁った酒、天界じゃ飲めないわね」
「幻想郷に――乾杯!」
「天子様、次はどこかの屋台で飲みましょう!」
「飲み比べよ!」
その不自由が本当に不自由だったのか、
その自由が本当に自由だったのか、
今はまだ分からないだろうから、緋色な二人はおぼつかない足取りで東の国の眠らない夜へと、若干の自由を求めて身を踊らせる。
夜空に輝くはずの星は、雲に遮られて見えなかった。
§
それにしてもこの衣玖さん、なんだかすごく人間味が溢れていて、それがよく似合っていました。
とまどっている感じの天子ちゃんも新鮮でした。
ぜんたいとして、好い雰囲気だったと思います。
なんだかそんな気がするぜ。
天界組が現代に、という話は珍しいし、衣玖さんの設定も面白かったです。
もう少しこの先どうなるのかが読みたかったかも。
個人的には、せっかく服を着替えるシーンがあったので、二人がどういう装いをしたのかを、
もう少し作中で詳しく語ってほしかったなあ、という感じです。
外の世界に出て、戸惑う天子と羽を伸ばす衣玖。ストーリー的にはもちろん、考察としても面白い作品でした。
やはり天子は天界だけで収まるようなタマじゃないですね。もそっと色んな景色を見るといい。
そして衣玖もまた天子と一緒にいることで、自分を見つめ直すことも出来るんでしょうねぇ。ムフフ