私のご自慢であるレーヴァテインを見てみたら、なぜかゴボウになっていた。
寝起きで眠い目を擦りながら、何度もそれを眺めてみたけど、その貧相な姿は、もはやゴボウテインだ。
仕方ないから、咲夜に頼んで朝食のきんぴらにして貰ったら、これがご飯の進むこと。
あまりの美味しさに、お姉さまもグンニグルという名のニンジン――本人曰くニンジグルらしいけどどうでもいい――を、空に放り投げ咲夜に怒られたくらいだ。
いやいや、だけど不味いわ。
リビングで一人暢気に、食後のティータイムを堪能している場合じゃないわね。
悪魔の妹の必殺武器が野菜だなんて知られたら、みんなに何を言われるか分かったものじゃない。
特にぬえなんて笑いすぎて、窒息死するんじゃないかしら。
あいつと交友関係を持ってまだ一年経つか経たないかくらいだけど、それくらいの事は手に取るように分かる。
「うーん、想像するだけで腹立たしいわね。殴りたい」
しかし下手すると、積年の恨みって事で逆にボコされそうだ。
とにかく誰かがここに来る前に、この情けないゴボウテインを何とかしないと。
「ねーフランちゃん、ゴボウを大事そうに持って何してるのー?」
「……そうねぇ」
そっちこそ突然目の前に現れて何をしたいのだと聞きたかった。
まぁ、だいたい予想はつくけど。
「いきなりの侵入者である、こいしちゃんのお尻でも叩こうかしら」
「むー、いつもの事じゃないの。だけどちょっとはビックリしてくれてもいいのになー」案の定、私のリアクションが薄くてつまらなそうな顔をした。
たしかに最初の頃は私も驚いて、こいしちゃんの顔面にお茶を吹いたり、イスから落ちてお尻を痛めたりしていたわね。
「とりあえず顔が近いわよ。鼻や髪が当たってくすぐったいわ」
「えへへ、ごめんごめん♪」
それが何百回と会ったいまじゃ、ゴボウを握り締めながら優雅にティータイムを楽しめている。
さすが私ね。
「ねーフランちゃん。ちょっと聞いてもいいー?」
「あら、なにかしら?」
「なんで空っぽのティーカップを持ってるのー? 床にもなんかシミが出来てるしー」
「こ、細かいことは気にしちゃ駄目よ」
さっきまでゴボウを見てた癖に、まったく油断がならない。
というか、このゴボウテインは本当にどうしようかしら……。
「んー、難しい顔してるけど、もしかしてご機嫌斜めなの?」こいしちゃんが首を傾げた。「もし体調が悪いなら、ちゃんと寝ないと駄目だよー」
「そういうわけじゃないのよねえ」
さて、どうしようかしら。
頭ぽわぽわ宇宙代表のこいしちゃんだけど、嘘は確実に見抜くのよね。
この間も「私はまだ、成長期を二回残してる。つまりこの薄い胸も、いずれDカップになるのよ!」ってハッタリもすぐバレちゃったし。
ピーマン大好き! って嘘もバレちゃった……どうでもいいよそんな事は。
まあここは余計な心配をかけずに、素直に相談したほうがいいかな。
「そうだ。フランちゃんが元気になるように、私が面白いことをするね♪」
「無限耐久コチョコチョとかだったら、泣くわよ」
「違うよー。なんと私のハート弾幕が、トマトになっちゃったんだよ!」
「ぶっ!?」
いやっほう! と叫びながら、こいしちゃんはどっかのトマト祭りの如く、赤い野菜を撒き散らす。
ベチャベチャという不吉な音と共に、部屋が大量殺人現場のように真っ赤に染まっていくけど、これやっぱりトマトだ。
「齧ってみたら、うん、とってもジューシー!」
いやいや、悠長にトマト食べてる場合じゃない、服がネチョネチョ……。
こいしちゃんが私を気遣ってくれるのは嬉しいけど、部屋が青臭いから窓を開けよう……。
「って、何かしらあれ?」
窓の外を見てみると、何かが叫びながらこっちに突っ込んでくるのが見えた。
あの周囲の目を気にしないエロイ服を平気で着れる奴なんて、私は一人しか知らない。
……というかあのスピードは止まる気無いな。
「フランー! 大変だー!」ぬえは窓ガラスをぶち破り、部屋に侵入して来た。「大変なんだよー!」
「ええ、本当に大変ね。まぁこれで窓を開ける手間が省けたわ」
「いやいやフラン。お礼なんていいよ。私たちの仲じゃないか」
「うるさい黙れ。つーかあんた来るたびに、うちのただでさえ少ない窓を破壊してるけど、なにか恨みでもあるのかしら?」
「ぬ? そんなに壊したっけ? カッコイイ演出をしたいだけなんだけどぬぇ」
「『ありとあらゆる紅魔館の窓を破壊する程度の能力』をあげるわよ」
まったく、次から次へと溜息が出る。
ぬえが「そんなことよりも、もうお終いだ~」って私の所に抱きついてきたけど、あれ何百回も直しているのは咲夜なのよ。
こいしちゃんもぬえに「野菜大臣だぞ~♪」とかわけわかんないことをいってトマト投げつけてるけど、部屋が汚れて号泣するのは私じゃなくて咲夜なのよっ。
「あーもう、ゴボウテインとかどうでも良くなってきたわ。それで、ぬえは何をそんなに慌てているの?」
「驚かないで聞いてよ。それが……ああもう! こいしはそれ投げるのやめろっ」全身をトマトで真っ赤にしたぬえが、文句を垂れた。
「うりゃうりゃ、野菜大統領だよー♪」やめる気配はなさそうだ。
「はぁ、例えぬえが火星人だったとしても、驚かないわよ。それで?」
「実はさぁ、私の可愛いUFO達がナスになっちゃんたんだ」
「へー」
「『哀愁のブルーUFO襲来』って名前付けたけど、こんな哀愁私はいらぬぇよ、……驚いた?」
「ええ、そのまま冥王星もきゅっと出来そうよ」
「野菜星人だぞ~♪」
とりあえず、この不可解な状況をみんなで話し合いたい。
その前に、ぬえが「もう許さん。ベジタブルエイリアンの恐ろしさを見せてやる!」ってこいしちゃんと野菜の投げ合いを始めやがったから、
「やんっ!」
「ぬぇん!」
二人の尻をゴボウでぶっ叩いて、落ち着かせる事にした。
咲夜、後で何か良いことしてあげるから、掃除宜しくね。
―――
二人が落ち着いたところで、話を切り出してみることにした。
本当は、野菜で荒れ放題になった部屋で井戸端会議なんてしたくないのだけど、ぬえ曰く大事な話があるみたいだ。
「さてじゃあ話を整理しようかしら。ぬえは何があるのかしら?」
「よし、まずは主人公になろうか」
「うん、なろうなろう♪」
「二人で盛り上がるのは良いけど、私を置いていかないでくれない?」
ぬえによると、幻想郷では朝からこの現象が各地で起こっているらしい。
慧音さんが弾幕を放てばセロリになり、ミスティアが放てば大根、にとりが放てばキュウリ、パチュリーは……そういえば見当たらないわね、まああいつはもやしでしょ。
途中、いつも通りの奴も居たけど気にしない。
そして命蓮寺・地霊殿の妖怪達も、弾幕がいろんな野菜になって、喜んでいるとかなんとか。
……あれれ、おかしいわね?
「なんで喜んでるのよ」
「お姉ちゃんは食費浮いてバンザーイしてたよ。うちって家族が多いから、いろいろ大変なんだよねー」
「ムラサ達も、『いえ~い、精進料理食べ放題~』、ってガッツポーズしてたな。ったく、日和ちゃってあいつら」ぬえがやれやれってポーズを取ったけど、あんたも大概丸くなったと思うわよ。
「まぁみんな大変なのね。そういえばぬえ、分身の子はどうしたのよ? まさか食べたんじゃないでしょうね?」
「あの子なら今頃、ムラサ達と一緒に、パーティーでもしてるんじゃないかな」
「野菜で?」
「カンパイは青汁で、だってさ」ぬえが渋い顔をしながらいった。「んで、メインはムラサ特製のホウレン草カレー。こっちは美味しいんだけどぬぇ」
「……まぁ、無事ならいいわ」
「うん、安心だね♪」
さらにぬえが、計画について話し出す。
みんなが新鮮な野菜に惚けてる間に、ぬえが前々からやりたかったらしい『Ex娘主人公計画』を発動して、私達で 異変を解決しちゃおうとかなんとか。
知名度を上げるには、主役が一番良いらしい。
具体的にはどうするの? って私が聞いたら、まぁ霊夢達を倒して自機の座を奪うだけみたい。
私たちにはもってこいの作戦ね。
事前にこいしちゃんが『どの主人公が一番撃破しやすいか?』って質問をアンケート形式にして、幻想郷の大物達に聞いてくれたみたい。
「私に内緒で、ずいぶんと大掛かりな事をしてくれたのね」
「ぬぇっへっへ、驚いただろフラン。この私を、もっと褒め称えてくれていいんだぞ?」
「ええそうするわ。お疲れ様、こいしちゃん」
「えへへ、どうってことないよこれくらいっ♪」
「ぬぇぇえん!」
不公平だーって抗議するぬえを無視して、こいしちゃんに調査結果を聞いてみた。
ぬえはふて腐れたのか、「もう知らぬえもんねっ」と部屋の隅っこでいじけだす。
そんな子供っぽい自称大妖怪の年長者を、こいしちゃんが心配しだしたけど、いつものことだし放っておいても大丈夫でしょう。
そのうち寂しくなって戻って来るに決まってる。
そして、倒すべき候補は霊夢・魔理沙・早苗の三人――咲夜はつぎ頑張ってね――で、一番倒しやすいのは魔理沙みたいだ。
「あら意外ね、新参の早苗さんが一番モロイかと思ったけど」
「むー、心配ならアンケートの結果用紙を見るー?」
「ええ、お願いするわ。あ、直接渡してね。床に紙を置いちゃ駄目よ、トマトで汚れるから」
「はいよー♪」ってこいしちゃんは嬉しそうに、ヨレヨレの紙を渡してくれた。
ぬえもどうやら結果までは知らなかったらしく、ふて腐れるのをやめて用紙を覗き込んできた。
どれどれ。
『アンケート:魔理沙さんがチョロイと思う理由』
1 普通 90%
2 アルティメットショートウェーブ(笑) 5%
3 さいきょーのあたいがしんさくのしゅやくだよっ 1%
4 早苗が最近どうも変なんだ 1%
5 「うにゅ、なんですかこいし様?魔理沙について……、えーと、それって今日のオヤツですか?」1%
6 「こいし、今日の晩御飯はなにがいい?」「オムレツ♪」 1%
7 秋以外の季節なんて滅べばいいのに……。 1%
「……うん。完璧な調査結果ね。さすがこいしちゃんだわ」
「正気かフラン? 頼んだ私が言うのもあれだけど、突っ込む所いっぱいあるぞ」
「えー、駄目だったかなぁ……」空気の読めないぬえの発言で、こいしちゃんはうな垂れてしまった。
それを見てぬえは「あはは、いやぁ、うん問題ないよこいし。たぶん」っと元気を取り戻そうとする。
突っ込みどころそりゃあるわよ。
チルノ調子に乗るなとか、早苗さんの話は聞いてねぇよとか、六ボスとはいえ人選間違ってるぞとか。
そもそも六番目、あれ会話でしょ、どうみても相手さとりさんでしょ。
まあそれでも、90%は頑張ってくれのだから文句はいえないわ。
「グリコの構え!」
「グリコの構え♪」
ぬえもこいしちゃんの事を宥めるのに成功したようだし、頃合かしらね。
なんであのポーズをしているのかは置いといて。
「それじゃあ、あの魔法使いを倒しにいくか。フランとこいしも準備はいいか?」
「うん、いいよー。魔理沙さんとは、戦い慣れてるから丁度いいもんね♪」
二人がノリノリなので、私もすぐにいくといいたい。
だけど、さっきのトマトがパンツにも入ってぞわぞわするから、とりあえず着替えてからって提案しようと思ったけど、
「よし、出発だ。行くぞみんな」
「いやちょっと、待ってぬえ。行くのはいいんだけど、まずはみんなで、お風呂に……」
「おーう! 今日は曇りだから、フランちゃんも安心だね♪」
「だから風呂に……ってちょっと、なんで二人とも私の両手掴んでニヤニヤしてるのよ?」
「よし、出発だ、行くぞみんな!」
「おーう♪」
「なんで二回言ったのよ! だから腕引っ張らないで……うわっ、そこ窓あるからっ! ぶつかるから危ないっ」
私たちは、まだ無事だった窓ガラスをぶち破り、みんなで外へ飛び出して行ったとさ。
まったく、なんでこいつらは普通に出入りしないんだ。
そんなにガシャーンって音が好きなのか。
なんのために美鈴が頑張って門番をしてるんだと――いびき掻いて気持ちよさに寝てるわねぇ……。
「ん? 美鈴の隣にいるのはチルノかしら?」
チルノの右手にはペンが握られていた。
なにをしているのかと思ったら、美鈴の顔に「さいきょーのあたいさんじょー!」ってラクガキしているだけのようね。
そうだ、魔理沙の所へ行く前に、ウォーミングアップとして勝負しよう。
ふふっ、まぁ最強の吸血鬼と言われた私の手にかかれば、三秒でレモン味のカキ氷になる事は間違いなしね。
――
お空に分厚い雲があるせいか、魔法の森はいつにも増して居心地が悪かった。
湿気も多くて服や髪が肌にまとわりついてうっとおしい。
ベチャベチャっていう泥が跳ねる音もゴボウゴボウって聞こえて、さらに腹立たしかった。
「おにょれー! この泥め、馬鹿にしりゃがってぇ!」私は失礼な地面を蹴っ飛ばした。自分の靴が汚れるだけで、気持ちは晴れなかった。
「元気だしなよフラン。たまたま調子が悪かったんだって。いつものフランなら、氷精なんかに負けることは、無いんだから」
ぬえが必死に私を励ましてくれてるけど、その言葉がまったく耳に入らない。
氷精――つまりチルノに私はボロ負けしたんだ。
レーヴァテインがゴボウなのはわかっていたけど、まさか私の力自体がゴボウ並になっているとは思わなかった。
力が売りの私の弾幕が、見るも情けないくらい貧相なゴボウになってしまった。
はじめのうちはぬえも「あはは、偉ぶってるわりには情けないぞ」って私を馬鹿にしていた。
けれども、私が十敗し二十連敗した頃には、ぬえの顔から完全に笑みは消えていた。
オマケにチルノに「次回作で自機なあたいが、悪魔のゴボウなんかに負けるわけないよ! あたいさいきょー!」と わけのわからないことを言われて、私の心は完全に折れてしまった。
「大丈夫だよフランちゃん……。ほ、ほら、ゴボウって栄養あるもんね!」
こいしちゃんも私を励ましてくれてるけど、やっぱり耳には入らな……ってそれゴボウ褒めてるだけじゃねーか!
――
魔理沙の家に着くまでの時間が、とても長かったように感じた。
正直なところ、いまの私ではとてもじゃないけど勝てるとは思えない。
だけど二人が「大丈夫、野菜の力を信じて!」って応援してくれて、なんとかこのガラクタ置き場に来れたんだ。
もうヤケクソよ。
「魔理沙―、いるかしらー? 弾幕しに来たわよー」私が呼んでみたけど、反応は無かった。
「もしかして留守なのかな。ちぇ、私の最恐弾幕をお見舞いしてやろうと思ったのに」
ぬえが残念そうな顔をしたけど、ドア越しに誰かがいる気配を感じる。
こんなゴミ屋敷へ苦労して来たというのに、これで帰ったら無駄に靴を汚しただけだ。
さらに私はノックを三回してみたけど、それでも応答なし。
ゴンゴンって言うドアを叩く音が、ゴボウゴボウって聞こえてムカツイただけだ。
「残念ね、ドアには恨みは無いけど、今日があなたの命日よっ」
「ちょっと待ったフラン、左手を一旦下ろして。このドア鍵がかかってぬえぞ?」
ぬえがドアノブを捻ると、あっさり開いてしまった。
無用心と思ったけど、こんな燃えないゴミ置き場に泥棒なんて来ないよね。
「もー、勝手に入っちゃ駄目だよー」って口を窄めるこいしちゃんを横目に、私とぬえは中へ侵入した。
魔理沙の部屋は、紙やキノコやパチュリーから奪ったであろう本が乱雑に散らかっていて、足の踏み場がほとんど無かった。
「ぬへー、これはひどいぬぇ。こんな所に、私の可愛い使い魔を預けるんじゃ無かったよ」と、ぬえもしかめっ面で辺りを見渡している。
さて肝心の魔理沙は、どうやらあれね。
部屋のど真ん中で白目剥いて倒れてるけど、お昼寝かしら。
……いやいや、なんで白目剥いてるの?
しかもその周りには、頭の肉片と思われる真っ赤な物体が、四方八方に飛び散っている。
あまりの出来事に、私は声を出すことすら出来なかった。
「魔理沙どうしたのっ!?」
さっきまで部屋に入るのを躊躇していたこいしちゃんが、一目散に魔理沙の元へ駆け寄った。
この肉片が魔理沙のだったらもう……と思ったけどなんだ西瓜じゃんこれ。
「生き返って―魔理沙―! 死んじゃ駄目っ!」
こいしちゃんは魔理沙を復活させたいのか、彼女の体を勢いよく揺さぶった。
メトロノームのように、魔理沙の首が揺れてちょっと面白い。
けど、ゴッボウ……じゃなくてガガガガッツンツンって魔理沙の頭が床にぶつかって、もし生きていても死んじゃうわよ。
「一旦冷静になってこいしちゃん。とりあえず脈計ってみましょうよ」
「あ、うんそうだね」こいしちゃんは、恐る恐る魔理沙の脈を計った。「良かったーあったよ♪」
勢いあまって首を絞めるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったみたい。
「とりあえずひと安心ね。だけど、これだけタンコブ作られて起きないとなると、永琳さんの所に運ばないと駄目かしら」
頭の外傷について聞かれたら、知らぬ存ぜぬを貫こう。
慰謝料を請求されても、私の手持ちはコイン一個しかない。
あんたに払えるお金が無いのさ! なんてカッコがつかない。
「しっかしほんとうに気絶してたんだぬぇ」とぬえが後ろから呟いた。「てっきり、私たちが近づいたら『かかったなこの馬鹿め!』って攻撃してくるかと、用心してたのに。なんか拍子抜け。だけど二人もバカ正直に近づくなんて、馬鹿みたいだから気をつけぬえと駄目だよ。まったくおバカなんだから」
「馬鹿はあんたよ」
―――
魔理沙を永遠亭まで運ぶ役は、フォーオブアカインドの一人に決定した。
もしこれでゴボウが出たら、このまま太陽に突っ込んで灰になろうかと覚悟したけど、無事に私の分身が出てくれてほっとした。
ぬえがちゃんと出来て、私が駄目なんて事になったら沽券に関わるものね。
「それじゃあ、魔理沙は私に任せてね☆ だけどぷぷぷっ、ゴボウのフランドール。ぷぷぷぅ。ゴボウドール、ぷぷぷぅ☆」
私の分身であるフランヂールが、去り際に憎たらしいことを言いやがったから、後で絶対に泣かしてやると心に誓った。
「しかし誰がこんなことをしたのかしらね。あの魔理沙が簡単にやられるなんて」
「あはは、それだったら私に心当たりがあるよ」ぬえが自信たっぷりにいう。「これを見てよ。魔理沙の近くに落ちてたんだ」
ぬえがしわくちゃな紙を私たちに見せてきた。
それを見てこいしちゃんが「おー、これは噂に聞く、ダイニングメッセージなんだね! 凄いよぬえー!」って目を輝かせる。
ダイニングじゃ「このキノコをマスパで三分チンッしてね♪」ってことくらいしか書いて無いじゃん、って野暮なツッコミをするのはやめておいた。
とりあえず、内容を見てみよう。
『ミラクルフルーツって何ですか。もの凄い甘いんですか。その名のとおりとろけるくらいミラクルなんですか。常識って凄いんです。でも、その常識を打ち破る私はもっと凄い神様、東風谷早苗です』
……なんだこれ。
「なーんか、わけのわからない文章だねー♪」
「いやいや、ちゃんと見なよこいし。ほらここ、『東風谷早苗』って書いてあるでしょ」
「それがどーしたの?」ぬえの言葉に、こいしちゃんは首を傾げる
「まったく、こいしはのほほんとしすぎだよ。これはつまり、犯人は早苗って事なんだよ!」
「はぁ?」
のほほんとしてるのはお前だよ!
そう突っ込もうとしたら「あっ、そうだよね。凄いよぬえ! 名探偵だよー!」ってこいしちゃんは驚いた。
どうやら、あのしょーもないぬえの推理で納得しちゃったみたい。
それを見て迷探偵様は「ぬっへん! まあそれほどでもないよ」って胸を張る。
……なんだろうかこの茶番。
こいしちゃんは、もう少し疑う事を覚えるべきだと想うの。
いくら嘘が見破れるからって、こんなんじゃすぐにイケナイ人に誘拐されちゃうわよ。
「よし、じゃあ早速、山の上の神社まで行くぞ!」
「あー、ちょっと待ってぬえー。せっかくだから、アンケート見るー?」
こいしちゃんがよれよれの紙を取り出した。
そういえば、私達はもともと、主人公を目指してこの魔法の森に来たんだっけ。
もうそれどころじゃないと思ったのだけど、せっかくだから見てみましょうか。
ふむふむ。
『アンケート:早苗さんがフルーツだと思う理由』
1 最近、魔理沙と何やら怪しい事をしてるみたい 92%
2 駄目だ、私達ではもう早苗を止められない 1%
3 私のせいだ、私があんな事をしなかったら早苗は…… 1%
4 諦めるな諏訪子! まだ、まだなんとかなるはずだ! 1%
5 だけど神奈子、あの禍々しいオーラは、全盛期の私にも匹敵する 1%
6 この幻想郷が、終わる…… 1%
7 私、この新聞を書き終わったらはたてさんを殴りに行くんです 1%
8 「こいし、今日のオヤツ何が良いかしら?」「プリン♪」 1%
9 暑くてお茶飲みまくったら茶葉が切れた、死ぬ 1%
「よーし、私もおうちに帰ってプリン食べようかしら」
「いやいや、どうしたんだよフラン」ぬえが私の肩を掴む。「頭の中までゴボウになっちゃったのか? どう考えても怪しいだろ早苗」
「うるさいこの妖怪エロミニスカート! もう私はおうちに帰るのー! ゴボウで新しい弾幕考えるのー!」
「むー、どうしたのフランちゃん? 今日はいつにも増して我侭だよ?」
「だってどう考えても面倒じゃない! もうゴボウじゃ勝てないよ! やだー! ヤメロォ!」
しかし、必死の抵抗も虚しく。
哀れな私は二人に両腕を捕まれ、暗雲の立ち込める妖怪の山へと、連れ去られて行ったのであった……。
―――
妖怪の山は異様な雰囲気であった。
もうすぐ守矢神社へたどり着くというのに、まったく妖怪と遭遇していない。
鍵山雛という神が、川流れしているのを目撃したくらいだ。
こいしちゃんの力で、ステルス状態になっているから、誰とも会わないだけかもしれない。
それでもこれは可笑しい。
「せっかくだから、私の鳴き声をこの山に知らしめておこう」とさっきからぬえが「ピーフョーピー、ぬえーんぬえーんぬえーんぬえ~ん、ピーぬえーフョーぬえぬえーん」、ってうるせぇのに、見回りの天狗すら現れない。
というか、あんた「ぬえ~って鳴き声の奴なんているか!」ってまえ自分でいってたよね?
ああ、何もかもが可笑しい。
そして、私の状態も可笑しい。
秋じゃない秋姉妹に負けた。
もう笑うしかない。
「ふふっ、うふふふふふふ。負けちゃったぁー、負けちゃったー。えへへ、うふふふ、フランうーうー☆」
「フ、フランちゃんが壊れちゃったよぅ」こいしちゃんが、いまにも泣きそうな顔で私を見つめた。
「いまは、そっとしておいたほうがいいよ……」
私に近づこうとしたこいしちゃんを、ぬえが止めてくれた。
さらに「いま私達が慰めても、フラン泣いちゃうだけだよ」とぬえはこいしちゃんの耳元に囁いた。
私に聞こえないよう、配慮してくれたのだろう。
けど、あいにく私のデビルズイヤーは高性能なんだ、嫌でも聞こえちゃうよ。
「心配しなくても大丈夫よ。私ならまだやれるわ」
それがカラ元気だってことは、二人もわかっているみたいだった。
―――
山の麓でゾンビになっていた秋姉妹になら、弱った私でも勝てると思ったのがそもそも間違いだった。
結果は私の二十連敗。
「紅魔館のゴボウも落ちぶれたわね! あんたは芋以下よ!」って穣子の言葉に、ぬえとこいしちゃんが怒ってくれたのは嬉しかった。
私の変わりに、二人がゾンビ姉妹を再び土へと帰してくれた。
ぬえ達の弾幕も野菜だったけど、正体不明と無意識の上手く使って、いつもと変わらないか、それ以上に二人は強かった。
それが、なんだか嬉しくて、悔しくて、惨めだった。
「私が負けたのに、二人はあっさり勝っちゃうなんて」って妬みと、「せっかく私のために戦ってくれたのに、それを妬むなんて最低だ」って自己嫌悪で、私の心はいまにも押し潰されそうだ。
「こういう弄られ役は、ぬえのはずなのにー!」って叫びたかったけど、そんな気力すらもう私には無い。
気を抜いたら、涙が出ちゃいそうだけど、頑張って足を進めよう
神社にたどり着けば、お茶くらい出してくれるよね。
―――
目的地――守矢神社にたどり着いたとき、私は今日のことをゆっくりと思い出してみた。
自分の弾幕が野菜になったこと、魔理沙が白目を剥いていたこと、そういえば主人公も目指していたわね。
雲のせいで時刻がよくわからないけど、もう夕方時くらいかしら。
充実した一日だったわね。
だけど、そんな事を忘れ去らしてくれるような光景が、私達の前に広がっていた。
「いまの私は、ハイパーゴッドネス早苗3ですっ。普段穏やかな私も、怒りによって目覚めたのですっ!」
一目で面倒ごとだとわかる。
ドス緑のオーラを身に纏った早苗が、意味不明な事を叫びながら、空中で佇んでいる。
その下には、ボロボロとなった霊夢が「無念っす……」と呟きながらうずくまる。
隣には、神奈子さんや諏訪子さんという名の、ボロ雑巾が横たわっている。
もうやだかえりたい。
「れいむー、どうしちゃったのー!」私がボーセンしてる間に、こいしちゃんが霊夢の所へと駆け寄った。「しっかりしてーれいむー!」
「……いやいや。あんた達こそ、血だらけじゃないのよ。大丈夫?」
霊夢は何をいってるのだろ、と思って自分達の服を見てみたら、確かに真っ赤ね。
そういえばトマト塗れだったことを、いまさらになって思い出した。
パンツの中までカッピカピ。
「私達の事なんてどうでもいいわよ。それより何よこの状況?」私も霊夢のもとへ駆け寄る。
「ぬへぇ、あの巫女、前々からやる奴だと思ってたけど、まさかこんな凄いとは」さすがのぬえも、今回ばかりは様子見と言ってられなくなったみたいで、私達の所へ近づいて来た。
「おや、ぬえさん達も参拝に来たんですか」早苗に声をかけられた。「いい心がけですよ」
「あはは、そうだといったら早苗は信じるのかな」皮肉混じりにぬえが返した。
「私達の弾幕が野菜になっちゃったのは、あなたのせいなのかしら?」
ためしに私が切り出してみた。
早苗がこの異変に関わっているのは、状況を見れば明らかだ。
「へ? そんな事になってたんですか?」早苗は驚いたように目を見開いた。「私はちょっと神奈子さま達にお仕置きしようと思って、ちょちょいと『妖力スポイラー』で妖怪さん達の力を奪っただけなですが」
「なるほどー、だから妖怪のフランちゃんが、妖精のチルノちゃんや神の穣子さん達にボッコボコにされちゃったんだねー。よかったねフランちゃん、やっぱり本調子じゃなかったんだよ♪」
「ふぐぅ。む、胸が痛いぃ」
まさか、ここに来てこいしちゃんから精神攻撃を受けると思わなかったわ。ああ、いやもういいわよ謝らなくて。う ん、大丈夫。悪気が無いのは知ってるから。
「それで、早苗は私達に力を返してくれる気はあるのかしら?」
「うふふ、当然ないですよフランさん。私はこの溢れる力を使って、皆さんの記憶を抹消するのです! 私のポエムを見た、すべての人の記憶を!」
「……はぁ?」
「魔理沙さんとポエム同好会なんて開いたのが、間違いだったんです! まさか諏訪子さまに見つかって、しかも新聞に掲載されるとは思いませんでしたよ。みなさんには悪いですが、このハイパー早苗チョップで、記憶を飛ばします」
「もう一度言うわね。はぁ? というか、魔理沙を倒したのはやっぱり早苗だったのね」
「いえ、それは知りません」
場の空気が凍りついた。
あのこいしちゃんの目すら死んでいる。
馬鹿を見る目だ。
まさかこいつ、幻想郷住民すべての人の記憶をチョップで飛ばすきなのか。
ア、アホだ……と思ったけど、あの天狗の新聞ならせいぜい二、三人にチョップすれば終わりそうね。
私がもう帰ろうかきゅっとして帰ろうか考えていると、タイミングよく夏の気持ちよいそよ風が吹いて来た。
「ぬぇっ、しまった」ぬえの手から、一枚の紙が逃げ出し、空へ舞った。
「ん、なんですかこの紙は?」それを早苗に拾われてしまった。「こ、これは……。ぬえさん、あなた私のポエムを見ましたね?」
ぬえがあたふたしていると、間髪いれずにこいしちゃんが「うん♪」って返事した。
するなよ。
どっちにしろ、この状況なら言っても言わなくても変わらないだろうけど。
「やはりそうですか。残念です、みなさんも、このウルトラ早苗チョップの錆になって貰いますよ」
終わった。
「ぬえのアホー!」
「う、うるさいフラン。アホって言うほうがアホなんだからね」
「ぬえのバーカバーカ! この年中寝癖エロエロ妖怪!」
「フランのバカー! 永遠幼女吸血鬼の癖に―!」
「もー、二人ともケンカしてる場合じゃないでしょー!」
「こいしちゃんのせいでもあるのよ、年間春少女!」
「こいしのせいでもあるだろ、年間春幼女!」
気持ちいいくらいにシンクロした。
ふと空を見ると、早苗が「幻想郷の妖怪達よ、私に力を分けろー!」って強制的に妖力を吸い取ってる。
マズイ、頭がクラクラして来たわ。
こうなったら私の『破壊』で早苗を撃墜して……ってまったく効かねぇ!
きゅっきゅっしてるのに、ちょっと服が破けただけだ。
終わった。
「そ、そうだ霊夢は? 霊夢ならこの状況でもなんとか、って気絶してるしぃ」
「諦めちゃ駄目だよフランちゃん! 私達にはまだ、弾幕が残ってるよ」
「無理よこいしちゃん。だっていまの私はゴボウテインだもの……」
「あーもうさっきからウジウジとして、フランらしくないぞ!」ぬえが私の胸倉を掴んだ。
「そうは言っても、秋じゃない秋姉妹にすら負けたのに。いまの早苗に勝つなんて無理よ……」
「そうじゃないだろ。本当にどうしたんだよ? 弾幕が大好きだったのに、ちょっと負けただけで、そこまで落ち込むなんて。だいたい、今の私達じゃ、フランのパワーが無きゃ勝てないよ!」
私はなにもいえず、ぬえの視線から目を逸らした。
弾幕だけが、495年もかけてやっと出来た自分の存在証明だと思ってたから。
それが失うのが怖いなんて、この日常が無くなっちゃいそうで恐ろしいなんて、言えなかった。
「フランちゃん、いいかげん目を覚ましてっ」
とこいしちゃんが叫んだ瞬間、目の前の景色が真っ白になった。
自分の身に何が起きたのかわからなかった。
頬を触ってみると熱い。
そこでやっと、私はビンタされたのだと気がついた。
けど、不思議と痛みはなかった
「私、そんなフランちゃん嫌いだよ。見たくないよ」こいしちゃんが怒っている。口調はいつもと変わらなかったけど、そう感じた。「弾幕が弱くったって、フランちゃんはフランちゃんだよ。でも、弱気なフランちゃんなんて、フランちゃんじゃないよっ」見ると、目に涙も溜まっている。
ぬえはなにもいわなかった。
驚いている様子も無い。
こいしちゃんのこんな姿は初めて見た。
こうやってビンタされたのも、初めてだ。
だけど怒るよりも悲しむよりも、心がなんだか落ち着いてきた。
「大丈夫、私たちを信じて」こいしちゃんが、噛み締めるようにいう。「だから自分を信じてあげて」
「ふふっ、そうね。私がどうかしていたわ」自然と、顔がニヤけて来た。「吸血鬼としての、最後のイジを見せてやるわ」
「そうこなくっちゃ。それでこそフランだよ」ぬえに背中を叩かれ、さらに元気が沸く。「それじゃあ私たちの力を早苗に見せてやろうよ!」
さてやるぞ、そう思って早苗の方を見上げる。
なぜかあいつは漫画を読んでいた。
……えー、ちょっと待って、えっこの状況で読書タイム? 嘘でしょ? なにやってるのあいつ?
「あ、作戦タイムは終わりましたか?」私たちに気がつくと、早苗は読むのをやめた。「ずいぶん前に妖怪パワーは溜まっていたのですけど。ほら、ああいう時間は攻撃しちゃいけないって、ヒーロー物のお約束があるじゃないですか。なので待っていたんです」
自分が悪役って自覚はあるのか。
良い人には違いないけど、致命的に空気は読めないみたい。
「はぁ、まあいいわよ。それじゃあ、お互い準備出来たところで、早速行くよっ」
早苗のもとへと飛んだ。
私の武器、ゴボウテインを身に付けて。
「たかが野菜で、この早苗に勝てると思うなんて、甘いですよ!」
あいつのいうとおりだ。
でも、いまのゴボウテインは違う。
正体不明の力で認識を誤魔化してる。
だから姿形は、
「レーヴァテインそのものよっ」
「確かに、野菜には見えませんね。それでも私の勝ちは揺るぎませんよ!」
早苗の弾幕が、ギリギリで当たらない位置を見つけている。
一瞬当たりそうになったけど、パンッという音がしただけで、回避に成功したみたい。
右往左往に空中回転と上手く避け続け、早苗に近づいた。
そして、もはや目の鼻の先。
チャンスだ。
レーヴァテインを、早苗に向かって一気に振り抜いた。
額へクリーンヒット。
早苗は小さな声をあげながら、うずくまった。
「どうだったかしら、私の弾幕の味は?」
「ええ、侮っていたわりには、なかなか痛かったですよ。野菜も馬鹿に出来ませんね」
「あ、あはは。やっぱゴボウじゃ無理か。まあ私はもともと肉体派じゃないから、仕方ない」
「無理でしたね。そして捕まえましたよ。この至近距離じゃもう逃げられません。フランさん、覚悟してください」
「残念だけど、それは無理だぬぇ」
「往生際が悪いですよ、フランさん」
「あはは。だって私、フランじゃないし」
「へ?」
「あ、いま早苗、恐怖を、感じたね? ごちそうさま」
「しまったっ」慌てて早苗が振り向いたけど、もう遅い。
「上出来よぬえ! 後はまかせて!」
ぬえの作戦が成功した事を見届けた私は、早苗さんの遥か後方から叫んだ。
「トマトまみれで服が真っ赤だから、フランの真似が出来るかも」って、ぬえがいったけど、こんな上手くいくとは思っていなかった。
一番危険な囮役を、なんの迷いもなく引き受けてくれたぬえには、感謝しなきゃね。
今度は私の番。
早苗が油断している、いまなら行ける。
加速するための距離も十分とったし、このままいっきに突進するわよ。
お姉さまのスペル、ドラキュラクレイドル。
格闘が得意なあいつほど上手くは出来ないだろうけど、それでも自信はある。
残りの分身二人に、私をぶん投げてもらえば、それは強大な砲台となる。
「いつの間に後ろに……。しかし、このままフランさんが突っ込めば、ぬえさんも犠牲に。って、あれこれナスだ?」
安全な場所まで離れたぬえとこいしちゃんの姿を確認。
どうやら無事、脱出に成功したようね。
「ぬえ回収完了―♪ おつかれさまー」
「ナイスタイミングこいし。助かったよ。だけど、もう無茶はするなよ。いくら痛みを緩和出来るからって限界があるんだから」
「えー、無茶したのはぬえじゃないの」
「さっき、私のこと弾幕から庇っただろ。服が焦げてるぞ」
「……えへへ。なーんだ、バレちゃったか」
早苗の神経がぬえに集中してくれたあのときなら、弱まったこいしちゃんの能力でも、後ろに回るなんて簡単。
今度は私に集中してくれた、だからぬえを逃がすのも楽勝。
ここまで、怖いくらいに作戦通り。
ここからも作戦通りに決まってる。
「頭から突っ込ませて貰うわよ!」
私の分身が私のことをぶん投げると、早苗が一瞬怯んだ。
「望むところですよっ」けどすぐに迎撃姿勢を取った。「この東風谷早苗、もとより背中を見せる気などありません!人質もとる気などありません」
もうどっちも逃げられない、逃げる気も無い。
吸血鬼は急に止まれない。
あと数秒もしないうちに勝負は決まる。
「ふふっ、弾幕ゴッコって、やっぱりワクワクするわね」
風を切る音が、とっても気持ちいい。
髪が、服が、心が、私の全てがなびく。
いまならなんでも突破できる気がする。
ぬえとこいしちゃんが手を振りながら叫んでいる。
何をいってるのかこの轟音で聞こえないけど、勇気は沸いてきた。
それでも勝てなかったら、なんてもう考えない。
私が、私達が負けるなんてありえない、とかじゃなくって。
ああ、もう言葉では表現出来ない。
楽しいってことしか、頭にない……。
☆ ☆ ☆
「どうだっ、見たか私たちのちかりゃー……ってあれ? ここどこ?」
「フランちゃんが起きたよ!」いきなりこいしちゃんが私に飛びついてきた。「良かった。良かった……」
「ど、どうしたのこいしちゃん? そんな大泣きしちゃって大げさよ」
「どうしたはないだろフラン」ぬえが仁王立ちしながらいう。「まったく、どれだけ私たちが心配したと思ってるんだ。無茶ばかりして馬鹿なんだから」
「え、え? どういうこと? あとなんでみんなうどんげのブレザー着てるの? というか私の服鼻水ついてて汚いんだけど」
「もーそんなこと言っちゃ駄目だよフランちゃんっ」こいしちゃんが、怒るように私を見つめた。「『私のせいだ、私のせいでフランが……』ってすっごいぬえ心配してたんだからね。脱水症状になると思ったくらいだもの」
「ああんもー、それ恥ずかしいからいわないでってお願いしたじゃんー!」
ぬえの目を見ると真っ赤だった。
状況を確認しようと再度あたりを見渡してみると、ここは大量のベットがある部屋だったとわかった。
どうやら私はその内の一つを借りて、寝ていたみたいだ。
そして頭がズキズキと痛い。
「ああ、そうだった。私は早苗に激突したんだっけ」
「そうそう、大変だったんだからねその後」ぬえが溜息混じりにいった。「二人ともダブルKOしちゃってさぁ」
「心配かけちゃったみたいね」
ごめんなさい、って謝ろうと思ったけど、やめておいた。
その言葉を二人が嫌うのを知っていたから。
「えと、早苗はどこいったのぬえ? 見当たらないけど」
「フランより先に起きて神社へ帰ったよ。『さきほどは取り乱してすいませんでした。でも、あの勝負は、楽しかったです。さて、私は後始末をつけてきますね。考えてみれば、文さんを亡き者にすればよかったんです。それでは』だってさ。人間の癖にタフだよなー巫女って」
「そうね、頑丈だわあいつらは」私は霊夢の事も思い出した。「だけどじゃあ、やっぱり私は負け……」
「私たちの勝ちだよ」ぬえが私の言葉を遮った。「最後に立っていたのは私たちなんだからね。だからフランは負けてない。負けてぬぇよ」
「ふふっ、そうね」私も、余計なことはいわなかった。「久しぶりに、本気でワクワクしたわ。みんなで戦うのって、面白いわね」
二人はゆっくり頷いてくれた。
「ありがとうみんな」って最後にお礼をいいたかったけど、私たちにそんな言葉はいらないなと感じたから、自分の胸の奥にしまって置くことにした。
―――
さらにぬえから詳しい事情を聞くと、どうやらここは永遠亭の診療所みたい。
ブレザーなのは、私たちの服が血まみれ――トマトだけど――だから着替えさせられたとか。
だけどこの服、ずいぶん胸の辺りがブカブカなのね。
この中では、一番胸があるぬえも生地を持て余しているようだわ。
「そういえば、魔理沙はどこいったのかしら? 私たちより先に来てはずだけど」
「んー、なんかパチュリーさんの所に行くってー。いきなり西瓜をお見舞いしてくれたお礼をしたいって張りきってたよー。律儀で偉いね魔理沙♪」
「いやいや、こいしちゃん。お礼ってたぶんそういう意味じゃないわよ」
冤罪製造機のパチュリーは探偵家業を永遠停止したほうがいいわね。
前に犯人を間違えたときも「誤差の範囲だから大目に見れば正解。だから私は正しい、私は間違ってない! 私は無罪よ! むきゅーん!」って、知識人とは思えないセリフを吐きながらロイアルフレアしてきやがったし。
「それでもまあ、お世話にはなってるんだけどね」
パチュリーに「弾幕は魔力やオーラを変換して行われる。だけど分身の場合、自分の力をそのまま分け与える。だから、ある程度の力を持つ物にとって分身を発生させる事は容易い。コツも必要だけどね。むきゅっ」って教えて貰ったことを、戦う直前に思い出してよかった。
あのとき、早苗のせいで魔力とかが野菜に変換される作用をもたらされてた。
だけど、分身なら直接チカラを分け与えられるから、その心配は無いってわけね。
「そういや霊夢もいないわね。失神していたはずだけど」
「ああ、あれお茶が切れただけらしいぞ」ぬえが笑いながらいった。「こいしが緑茶ぶっ掛けたら、守矢神社の茶葉奪って、すぐに帰っちゃったし」
「どういう体してるのよあいつ……」
ちなみに、霊夢に対してのアンケートをこいしちゃんに見せてもらったら『腋』と書かれてるだけであった。
―――
「あら、もう回復したの」永琳が部屋に入って来た。「急に来られたときはビックリしたわよ。その二人もかなり取り乱していたし、私じゃなかったら状況を把握出来なかったわね」
この天才に不可能という文字は無いのよ、と永琳は胸を張った。
「ほんとうに、お世話になったわ。あ、でも代金が……」私の手持ちがコイン一個しかない事を思い出した。
「あ、お代はいいわよ。もう医者の特権を使って、存分に堪能したから」
笑顔で永琳はサムズアップ。
そういえば、私たちの服を交換してくれたのは、彼女だったわね。
何を堪能したのか気になるけど、面倒だし追求するのはやめておこう。
「それよりも、夕飯食べていきなさいよ。うちのウサギ達が調子に乗って野菜弾幕出したせいで食べきれないのよね。捨てるのも勿体無いし」
もうそんな時間なのかと思い、窓の外を見てみると真っ暗だった。
どうするかぬえとこいしちゃんに聞こうと思ったけど、そんな必要は無かったみたい。
夕飯と聞いた瞬間、私たちのお腹がぐ~と鳴り出した。
みんなで顔を赤く染めながら、同意するかのように笑い合った。
「決まりね。じゃあ、食べさせて貰おうかしら」
「うん♪ ところで、なんの野菜なのー?」
こいしちゃんがたずねる。
まあ野菜と言っても、ウサギが出したならニンジンに決まっているよね。
ふふんっ、お子様なお姉さまと違って、私は大好物だから心配ないわ。
「ピーマンよ」
ほーら、やっぱりニンジンだ……あ、あれ?
私の高性能なデビルズイヤーも、壊れることがあるのね。
「ピーマンかあ。あれおいしいよぬぇ。炒めたりするとお酒に良くあうんだ」
「ちょ、ちょっと待ってぬえ。私の聞き間違いだと思うのだけど、いまなんの野菜って言ったの?」
「へ? ピーマンでしょ。」
ほーら、やっぱりピーマンだ、ピーマンだ……。
ピーマンかよ……。
「やっぱり帰ろう。うん、私だけでも帰るわ」
「えー、駄目だよフランちゃん」こいしちゃんに笑顔で腕を捕まれた。「これを機に、苦手を克服しようね♪」
「残念だけど、それは無理なの。じつは吸血鬼って、ピーマンを食べたら灰になって死んじゃうのよ」
「うん、嘘だね♪」
嘘だよ、どちくしょう!
「いやいやおかしいでしょ。なんで兎がピーマンなんか出すのよ。どんだけ捻くれてるのよ。そんな捻くれた奴が出した野菜なんて食べれないわ。私は帰るっ」
「はいはい、そういう子供っぽい我侭はそこまでにして」ぬえにも笑顔で腕を捕まれた。「ちゃんと食べないと、ぬえお姉さんは許さないからね」
「誰がお姉さんだこのなんちゃって正体不明め。いーやーだー。あんなもの食べたら死んじゃうわよっ。というか、永琳はどこ触ってるのよ!」
「胸よ。あなたが逃げないようにね。さて、じゃあ行きましょうか」
「はいよ」
「うん♪」
「やだー!」
永琳が合図をすると、ぬえとこいしちゃんが私の腕を引きずり出した。
なんて奴らだ、無理やりこの私をピーマン地獄へと連れて行く気ね。
「くそっ、やめろ、この血も涙もない悪魔どもめっ」
「悪魔じゃない、鵺だ」
「私はこいしだよー♪」
「私は天才です」
「うるさいっ。もう離してっ。やーめーてー。無理無理、絶対ムリ。ピーマンだけは無理よっ。やめろーぎにゃーうー!」
―――
結局私はピーマンが並ぶ食卓へと来てしまった。
逃げたかったけど、こいしちゃんにがっしりと体を捕まれて無理だった。
そしてぬえがこれ以上無いくらい満面の笑みで、ピーマンを私へ近づけてきた。
「うーやめりょー、うー、うー。むぅー!」
しかし私の抵抗も虚しく、悪魔の野菜は私の口へと入ってしまった。
あまりの苦さに失神するっ、と思ったけど、
「あれ、思ったより美味しいわね」
「でしょー♪」とこいしちゃんが嬉しそうにいった。「だから食べず嫌いしないで、いろんなものを食べなきゃ駄目だよ!」
「そうそう」ぬえもかぶせるようにいった。「なんでもやる前から諦めちゃ駄目だぞ。未知との遭遇に挑戦する好奇心が、生きる奴らには何よりも大切なんだからね。いまの若い奴にはそれがぬぇ」
「そうね」私はさっきまで嫌いだった物をかみ締めながら呟いた。「みんなのいうとおりだわ」
このピーマンも非日常的で平凡な日々も、好きになれるかどうかは自分自身の問題なのかな。
とりあえず、世界はべじたぼー
誤字
これを気に→これを機に?
色々と頭がとろけそうになりました
こんなシンプルなネタもたまにはいいよねb
「魔理沙さんとは、戦い慣れてるから調度いいもんね♪」丁度
「私の分身であるフランヂールが」
ゴボウドールときた後にフランヂール。何かに掛けてあるのか一生懸命考えてみたけどやっぱりわかりませんでした。多分間違いですかね? それともトマトまみれでフラン汁?
いや、ふらんちゃんの汁なら素晴らしいですが。
お久しぶりです。
誤字報告ありがとうございます。
フランヂールはダヂヅデドつながりで勝手に名づけちゃいましたw
ふらんちゃんの汁はskmdy
後書きはどっちかというと『臭い野菜』が連続してるにしか見えないww ニンニクとかニラとかタマネギとか。
「三秒でレモン味のカキ氷になる事は間違いなしね。」なぜレモン味?……まさか恐怖のあまりチルノが失っきn(それ以上はいけない)
正直言って今回は今までとの作品と比べてぬえの口調が少しあざと過ぎてて読んでて何か冷めてきてしまったのが残念でした。
>1さん
世界は野菜を中心に回ってます。
誤字報告ありがとうございます
修正させていただきました。
>飛び入り魚さん
アルティメットショートウェーブは
もうちょっとボムの時間が長ければ……
>6さん
オムレツおいしいよっ
シンプルな感じの野菜進行でした
>12さん
野菜は健康にいいです
>16さん
ゴボウファイトもあるらしいですからねぇ
>17さん
ゴボウは実際痛いです、まじめに。
>20さん
お客を無視するなんて失礼なお店です。
次はニンジグルを注文する事をオススメします。
>ぺ・四潤さん
犬っこのもふもふフランちゃんは可愛いものです。
今回ぬえの口調は、書いてるうちに楽しくなっちゃって暴走した結果です。
ぬぇの使用は用法用量を正しく守ってお使いくださいですね。
おちゃめな永琳、いいですね。
うどんげっしょーに出てくるような
お茶目な永琳は可愛いですよね
・・・
だめだわやっぱ
この三人娘微笑ましいですねぇ。