目に痛いほど真っ赤な館には、吸血鬼の姉妹が棲んでいる。
姉は、運命を操る能力を、妹は破壊の能力を持つ。
能力はどちらも恐ろしく、身体能力も凄まじいものだが、容姿は非常に可愛らしい女の子である。
優しい青い色をした髪に、うっすらと赤い瞳をしたのが、姉のレミリア。
館の主であり、大人っぽくて、子供っぽい。
長い年月を生きている故に大人っぽく、されど子供のような容姿で、少しわがままなところが子供っぽい。
そして、金色の髪に、真っ赤な瞳をしたのが、妹のフランドール。
ずっと、ずっと地下に閉じ込められ続けた少女。
凄く純粋な心を持っていて、欲しいものはすぐに欲しいし、嫌いなものはすぐ排除したくなる。
わがままで、難しい。
フランは、今までずっと閉じ込められていたが、つい最近お嬢様が起こした異変後、敷地内なら自由に出歩いてよいとされた。
これは、外に出られる日を迎えるまでに過ごしてきた、私とフランのお話だ。
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あれは、もう何年も前の事だった。
初めて紅魔館に来て、お嬢様に仕えるようになってから数日後の事だった。
この頃はまだ咲夜さんはいない。
だから、お嬢様は太陽が沈むころに起き、夜に活動をしていた。
太陽が沈みかけ、やがて夜を迎える。
寝起きのお嬢様は私を呼ぶと、こう言ったのだ。
「美鈴、私には妹がいるのよ」
「へ?」
故に私は思わず間の抜けた声をあげてしまった。
「そうだったんですか。お嬢様に似た、素晴らしい妹様なんでしょうね」
「私に……似た? そうねぇ、そんなこと言われた事もなかったわ」
その時、お嬢様の顔が少しばかり怖くなった。
顔だけではない、ひしひしと伝わる雰囲気も、どこか痛かった。
まずいことを言ってしまったと後悔するも、私は問う。
「そ、そうでしたか……。で、その妹様は一体どこに?」
「地下室よ」
「地下室?」
地下室は、絶対に行くなとお嬢様に言われていた場所である。
なぜ。その地下室にお嬢様の妹がいるのだろうか。
もしかして、極度の日光嫌いだったり、恥ずかしがり屋であまり人の前に出たくないとか?
そんなことを想像していると、お嬢様は口を開いた。
「美鈴、あなたには私の妹の世話をしなさい。分かったわね?」
「え、あ、解りました」
「それじゃあ、地下室の場所は解っているでしょうから、早速あいさつをしてきなさいな」
「はい、それでは」
私はお嬢様の言葉を聞くと、すぐさま部屋を後にした。
部屋を後にする際、ちらりと見えたお嬢様の顔は、不気味なほどに笑顔だった。
ギィー……。
重い地下室へと続く扉に手をかけ、ゆっくりと押す。
鉄でできたそれは、非力な人間だったら開けることはできないだろうなぁと思う。
それだけ、入らせたくないのかもしれない。
両壁にはうっすらと炎の灯りがついており、暗い足元を照らしてくれる。
石畳の階段は微妙に湿っており、滑りやすくなっていた。
ところどころに藻が生えており、手入れされていない様子だった。
歩くたびに、濡れた靴底で石畳の床を踏みしめる、きゅっ、きゅっと言う音が響き渡る。
ここは、静寂に満ちていた。
やがて階段が終わったかと思えば、広い通りが続いていた。
壁際には槍や斧を持った甲冑が並んでおり、ところどころ蜘蛛が巣を張っている。
ピチャン、ピチャンと何処からか水が垂れているような音も聞こえていた。
ふと向こうを眺める。
向こう側まで壁の火が続いており、向こう側に小さく扉が見えた。
そして、向こう側から聞こえる、明るい音楽……。
地下は、地上と比べて涼しい。
また、先刻夜になった為、
その涼しさが、恐ろしい雰囲気を更に増長させていた。
一歩、一歩と足を進める。
次第に耳に届く音楽が大きくなっていく。
地下へ閉じ込める理由は、きっと何かあるはずだ。
しかし、それは今の私にはわからない。
だけど、自らの妹を何故自らの手で閉じ込めるのか。
私は、それが不思議でならなかった。
気が付けば、扉が目の前にあった。
地下へ入る時と同じような、ずっしりと大きくて重そうな扉。
しかし、この向こうにはきっと可愛らしいお嬢様の妹様がいることだろう。
トン、トン、トン。
ゆっくりと、丁寧に扉をノックするも、反応はない。
音楽が流れているから気付かないのだろうか。
ドン、ドン、ドン。
今度は力強くノックをする。
するとどうだろうか、流れていた音楽はピタリと止まり、次に女の子の声が聞こえてきた。
「だ、だれ?」
大きな扉のせいで聞きとりづらいものの、確かに声が聞こえた。
どこか消え入るように聞こえるその声に、私は返事をする。
「お嬢様の命令で、妹様のお世話をすることになりました、紅美鈴という者です。入ってもよろしいでしょうか?」
「え、あ……。どうぞ」
一瞬迷うような声が聞こえたが、どうぞと言われたので、ゆっくりと扉を開く。
ギィーという音と共に開かれた扉の向こう側。
その世界はとても女の子っぽいものだった。
様々なぬいぐるみが散乱し、ピンクや赤が目立つ部屋。
豪華なシャンデリアが天井に吊るされ、キラキラと輝いている。
その中で一人、ベッドに大きな膨らみが出来あがっていた。
頭から布団を被り、ちらりと真っ赤な瞳がこちらを向いている。
少しばかり震えており、怯えている様子だった。
「そんなに怯えないでください。私は何もしませんよ」
「ほんと?」
「えぇ、ほんとです。あなたについていろいろお話が聞きたいです」
自分に出せる最大限の笑顔でそう言うと、妹様は布団から出てきた。
金色の髪を横でくくっており、なんとも可愛らしい。
背中には羽が生えている……が、それは羽と呼べるものなのか私には判断できなかった。
翼に当たる部分に、カラフルな宝石のようなものがぶら下がっているだけだったからだ。
何とも不思議な羽だと思いながら、じーっと見つめる。
「えっと、あの……」
じーっと私が見ていたせいか、少し怖がっているようだった。
「あ、ごめんね」
「うん」
そして、沈黙。
突然あった少女と話すのはちょっと大変かもしれない。
だけど、妹様の方が、もっと大変だろうと思う。
だから、私は話しかけた。
「あの、突然だけど、名前教えてもらってもいいかな? 私はさっき言ったけど、紅美鈴、美鈴って呼んで」
「めーりん?」
「そう、美鈴です」
にっこりと笑ってそう言うと、向こうも笑顔になった。
「私はね、フランドール。フランって呼んで!」
「フラン様、ですね?」
「フラン様じゃなくて、フラン!」
「え、あ、はい。解りました、フラン」
そうしてこの日、私はフランとずっとお喋りをして過ごした。
話しているうちに段々緊張も解け、普段通りの喋り方になっていた。
フランも、私を受け入れてくれたようで、私の問いかけにはしっかり答えてくれた。
自慢の洋服を見せてくれたり、さっき流れていた音楽に関しての事も聞かせてくれた。
凄く可愛い女の子と言うことが、今日ではっきりしたが、疑問も一つ浮かび上がってくる。
何故、こんなに可愛くて純粋な子が閉じ込められなければいけないのか。
入る前はどんな子かわからなかったからの疑問であったが、話して彼女の事が分かったきがする。
少なくとも、悪い子なんかじゃない。
なのに、何故。
時刻が夜の十二時になったので、私は部屋を後にすることにした。
笑顔でまたね、と別れのあいさつを告げると、フランも笑顔で返してくれた。
無邪気な笑みが眩しい。
私は暗い通路を通り、階段を上ると、お嬢様の部屋へと足を進めた。
ちょうど、テラスで紅茶を飲んでいるところだった。
「あら、おかえりなさい美鈴。どうだったかしら?」
「とても純粋な子だと思いました。とても無邪気で、女の子っぽい、そんな印象を受けました」
「そう。それはよかったわ」
くすりと笑い、月を見上げるお嬢様。
お嬢様は、厳しくも優しい。
だからこそ、フランを地下へ閉じ込める意味が理解出来なかった。
私は尋ねた。
「お嬢様。お嬢様は何故、フランドール様を地下に閉じ込めているのでしょうか?」
「あの子の面倒を見るのが疲れたから、これでいいかしら」
「え?」
私は信じられない言葉を耳にした。
怒った時は確かに怖いが、穏やかな雰囲気を醸し出してたお嬢様が、今はとても怖かった。
表情は無く、どこか冷めているような印象を受けた。
「いつか分かるわ。まだあなたはフランの事を分かっていないから」
「そう、ですか」
「とりあえず、明日も頼むわね」
「わかりました」
そうして、私はお嬢様の部屋を後にした。
自室へと向かう中、私は考えていた。
一体、フランに何の秘密があるというのだろうか、と。
だけど、何処にでもいるような女の子にしか見えない。
考えれば考えるほど、無駄だった。
「今日は疲れたし、寝よう」
私は考えるのをやめ、眠る事にした。
それからというもの、毎日フランのところへ行っては話をした。
フランと話をするのは、とても楽しい。
この前は、音楽に合わせて踊って見せた。
「このリズムで、ほら、わんつーさんし!」
くるっと回って、ぱんぱんと手をたたく。
真っ赤なドレスが翻り、宙を泳いでいるようだった。
私はフランが踊るのに合わせて、手拍子を打つ。
楽しそうに踊るフランを見ているだけで、何だか幸せになっていた。
また、時々困った話題が出てくることがある。
「ねぇ、お外ってどんなところ?」
「あら、フランは行ったことがないの?」
「ううん、あるんだけど小さい頃だったから忘れちゃったの。ねぇ、どんなところ?」
これには本当に困った。
絵本でしか見たことがない外の世界の生き物、存在するもの。
説明するのはあまりうまくなくて、絵で説明してばかりだった。
「え~、何これ。めーりんって絵が下手だね」
「が、頑張って描いたんだから許してよ」
「まぁでも、絵が下手だからこそ、本物と出会う時が楽しみ!」
「フラン……」
フランは、外に出してもらえない。
だけど、いつかきっと私が外に出してあげられるような日が来るだろう。
だから、その日まで……。
「フラン、いつか外に一緒に行こう。そして、虹を見ましょう」
フランがじーっとこちらを見ている。
私が首をかしげると、フランはとびきりの笑顔で答えた。
「うん! 一緒にいこうね!」
「約束ね」
そういって、小指を差し出す。
私の小指に、フランの小さな小指が絡まる。
二人は目線を合わせ、笑いながら約束の言葉を連ねた。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本の~ます、指切った!」
そういって小指を離すと、フランはとびっきりの笑顔を向けて、私に言った。
「私、いつまでも待ってるよ。お外に行けるの、楽しみにしてる!」
「約束は守るわ。いつか一緒に外に行こうね、フラン」
大きく頷くと、フランはクローゼットの方へと走っていた。
大げさな音を立てて開くと、ドレスを掴んで、鏡の前まで走っていく。
たくさんのフリルのついたものや、フランにぴったりの真っ赤なドレス。
どれもこれも可愛らしくて、フランによく似合う。
「どれがいいかなぁ~」
そう呟きながら、鏡の前で衣装を考えているのだ。
どこかへ旅行へ行く前のような、そんな様子だろう。
早く外へ行かせてあげたいと、純粋に私は思った。
「だめよ。フランを外に出すなんて許さないわ」
現実は非情だった。
お嬢様に提案したものの、間もなく却下された。
なんとなく目に見えていたが、素直に下がるわけにはいかない。
「な、なぜですか。 私が付き添いますし、悪い事は起こらないはずです」
「だめなものはだめ。主の言う事が聞けないのかしら?」
「そ、そういうわけでは……。しかし、何故外へ出す事がいけないのですか。ただ見て回るだけですよ?」
「私はフランが心配だから言っているだけよ。これでいいかしら?」
「はぁ……」
表情を見る限り、言っている事は嘘ではなさそうである。
しかし、私がついていても駄目なのは何故なのだろうか。
もっと問い質してみたいのはやまやまだが、これ以上はお嬢様の機嫌が悪くなると思ったので、やめた。
私が立ち去る時、お嬢様はぼそっと
「貴女はまだ、フランのことをまだ知らないんだから」
そう言い残した。
翌日も、フランのところへと足を運んだ。
前日の約束を、お嬢様に拒否された事を、とりあえず伝える事にする。
お嬢様には拒否されてしまったけど、いつかは許してくれるだろう。
その日が来るまで、私は諦めるつもりは無い。
だから、その時まで待って欲しいと、ちゃんと伝えたいと思った。
石畳の階段をゆっくり降りて、長い通りの歩いていく。
やがて見えてきた重い扉の前に立ち、三回ノックする。
トン、トン、トン
「は~い」
中からフランの返事が返ってきたのを確認すると、ゆっくりと扉を開く。
すると、昨日と同じように鏡の前に立っているのだ。
ベッドの上にはたくさんのドレスが散らかっており、いろんなものを着ていたんだと思う。
フランが私の方に振りかえって、にっこりと笑って言った。
「ねぇ、めーりん。これ似合ってるでしょう?」
「えぇ、凄く似合ってるわ、フラン」
そう言うと、えへへ~と照れるように笑う。
「ねぇ、フラン。ちょっとお話があるの?」
「なぁに?」
「お外に行こうって話しなんだけどね、昨日お嬢様にそのことを話したの。そしたら、駄目だって言われちゃったわ」
「え?」
その瞬間だった。
バァン!
テーブルの上にあった花瓶が突然割れた。
フランを見ると、その花瓶のほうに手を伸ばし、ぎゅっと手を握っている。
「また、あいつは邪魔をするのね?」
何の事だかわからなかった。
ただ、フランが怒っている事は見て明らかだった。
フランは、力いっぱい手を握り締め、怒鳴った。
「いつもいつも、私を嘲笑う! いつも邪魔ばっかりして、私は何も……知らないだけなのにっ!」
「フラン、落ち着いて! 私がきっとお外に行けるようにしてみせるから!」
こんなはずじゃなかった。
まさか、こんな反応をされるなんて思ってもみなかった。
フランを見る。
肩を震わせたまま、じっとその場に固まっていた。
私はフランに近寄ると、ぎゅっと抱きしめた。
「……ほんと?」
「うん、約束だから。だから、泣かないで?」
フランは、泣いていた。
彼女の中の辛い思い出が蘇ったのだろうか。
嗚咽交じりで泣いているフランの背中を優しくさすってあげた。
びくびく揺れる肩を、そっと抱きしめる。
私が思う以上に、長いときを生きて、その長いときを地下で暮らしてきたのだろう。
ずっと一人で、寂しかっただろう。
自分の願いを、姉は聞いてくれなかったのかもしれない。
きっと、今のように何度も泣いてきたことだろう。
だけど、肩を抱いてくれる人さえいなかったはずだ。
そう思うと、フランが愛しくてたまらなかった。
今だけでもいいから、私の胸の中で泣けばいい。
ずっと一人で生きてきたフランの肩は、とても小さかった。
「すー……すー……」
やがて眠ってしまったフラン。
ベッドの上に散らばったドレスをきちんと片付けて、私はベッドの上に寝かせた。
まだうっすらと涙の後が残っている。
優しく指でこすり、涙の後を消すと、部屋を後にした。
私は部屋に戻るまでの間、考えた。
あの、突然テーブルの花瓶が割れた事についてのことを。
フランは、なんらかの能力を持っているはずだ。
きっと、破壊に関わる何かの能力を。
だからお嬢様は、疲れるなどと言ったのかもしれない。
純粋で、嫌なものははっきり嫌という。
だからこそ、その嫌な感情を別のもの、花瓶にぶつけたのだろう。
「いつか、きっと……」
私はそう呟いて、自分の部屋へと戻った。
その日からというもの、私は明くる日も明くる日もお嬢様に外出できるようにとお願いをした。
その度に断られ、時には怒られた。
それでも諦めずに、何度も何度もお願いをした。
だけどやっぱり、許してはくれなかった。
また、フランとお話をしているときも、時々外出の話しがでてくる。
まだお外にいけないの? いつになったらいけるかな?
その話題が出てくるたびに、私は何度もお願いしてる事を伝えた。
その度にフランは不機嫌になったり、泣いたりした。
辛いのは、フランだけじゃない。
私もその話題が出るたびに胸が痛くなり、早く出してあげたいと思っているのだ。
そう思い続けて、何年もの時間が経った頃のことだった。
いつものようにフランの部屋に入ると、フランは私に話しかけてきた。
「ねぇ、めーりん。いつになったらお外にいけるの? もう私長いこと待ったよ?」
「ごめんね、フラン。まだお嬢様が許して――」
「お嬢様がなんなの? ねぇ、めーりんにとってのお嬢様は私じゃなくてあいつなの?」
「そ、それは……」
突然私に不満をぶつけるフラン。
顔を見てみるに、とても不機嫌そうなのが分かる。
なんとか機嫌を取り戻してもらう為に、説得をしようとする。
「でも、お嬢様は別にいいかもしれないとか言うようになってきたし、後少しよ」
「私がいくらおしゃれをしても、見てくれるのはめーりんと鏡に映る私だけ。あとどれだけ待てばいいの? あとどれだけ待てば外に出られるの?」
「だから、後すこ――」
「もうこりごりなのよ!! 早くここから出してよ!!」
パリィン!
フランが伸ばした腕の先、大きな鏡に亀裂が走った。
息を荒げて怒鳴るフランを止める術を私は知らなかった。
「なんで私のお願いは聞けなくて、あいつの命令は聞けるのよ! 結局あなたは私よりもあいつの方が大事なんでしょう!」
「違うのフラン! お願いだから落ち着いて!」
私の思いが上手く伝わらない。
今までフランに口にしてこなかった思いは、彼女には届かなかったのか。
「私はフランのことが大事よ。だからお嬢様に分かってもらえるように――」
「ぁああああああああああああああああああああ!! 黙れぇええええええ!!」
突如、フランは翼を広げたかと思うと、私を強い力で押し倒した。
背中から思いきり叩きつけられた私に乗り、襟元を掴んだ。
そのまま腕を振り上げ、私めがけてその拳が飛んでくる。
やられると思い、私はぎゅっと目を閉じる。
なにも、起きない。
私はそっと目を開けると、眼前で拳が止まっていた。
やがてフランが私から離れると、背を向けた。
「出てって」
「え?」
「いいから出てってよ! もう、約束はいいから」
「ま、待って! あと少しでフランと一緒に――」
「早く出てってよ!! もう、もういいから……」
フランを見ると、肩を震わせて泣いていた。
私を見つめる瞳はとても冷たかった。
フランのお願いを私は素直に聞き入れると、そっと部屋を出ていく。
最後、私に向かって、
「嘘吐き」
そう、言い残して。
扉をゆっくりと閉め、一度ため息をつく。
扉に背を向けて、お嬢様の元へ向かおうとした、その時だった。
「うわぁぁぁあああああああああああん!!」
大きな鉄の扉の向こうで、大きな泣き声が響いた。
その大きな泣き声は、厚い壁をも通り越して、広い通りに響き渡った。
フランはずっと、私が外に連れて言ってくれるのを待っていた。
だけど、それが出来ずに今日まできてしまったのだ。
私は、鉄の扉に背中を預け、座った。
「うわぁぁぁあああああああああああん!!」
フランの泣き声がよく聞こえた。
その泣き声を聞き、私の中に悔しさがこみ上げてくる。
あんな純粋な子を悲しませたのは誰だ。
叶えられるかどうかも分からない約束をしたのは誰だ。
それは、紛れも無く私だった。
「ごめん、ごめんね、フラン……」
私は、無力だ。
約束一つ守れない、だめな大人だ。
小さな子供が、ずっと前から願っていた事。
簡単な事なのに、私は上司の目が怖くて何も出来なかった。
結局、フランの事を気にしていたように見えても、自分を優先していただけだった。
「ただの……臆病者じゃないか!!」
石畳の床を思いきり叩く。
手に伝わる痛みも忘れ、何度も何度も叩いた。
涙で前が見えなくても、力強く、何度も、何度も。
こんな私を頼りにしてくれていた。
いままで頼った事の無いフランが、私を初めて頼りにしてくれた。
なのに、私はフランの期待を裏切ってしまった。
だから、彼女は泣いているんだろう。
結局自分は一人なんだと、泣いているんだろう。
「ごめんね、ごめんね……」
もう謝っても伝わらないと分かってる。
だけど、大きな鉄の扉越しに、何度も謝った。
「うわぁぁぁあああああああああああん!!」
大きな泣き声は、ずっと通りに響いていた。
お嬢様に起こった事を話すと、フランのお世話役から、門番へと役職が変わった。
これで、フランと出会う事はなくなってしまうだろう。
まるで逃げるようだけど、今の私にはフランと顔を合わせる勇気すらなかった。
なぜなら、私は彼女にとっての裏切りものでしかないのだから。
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外に出られるようになったフランは、とても明るかった。
昔、私と出会って純粋に笑い合って話していたころのように。
だけど、フランにとっては私は裏切りもの。
私から話しかける勇気なんてなかった。
先ほどまで降っていた雨は止み、私は傘を閉じる。
私がいつものように門の前で立っていると、門がゆっくりと開くのがわかった。
咲夜さんが来たのかと思い、横目でちらりと見る。
すると、見覚えのある、宝石のようなものが見えた。
真っ白の日傘を持っており、その日傘は私を見つけると、ぴょこんと跳ねた。
「あ、めーりんいた!」
「フランドール様? どうかしましたか?」
突然フランが来た事に驚くも、表情には出さず、返事をする。
すると、フランはその返事に対して頬を膨らませた。
「前みたいにフランって呼んでよ」
「ごめんね、フラン」
すると、照れくさそうに笑った。
昔と全く変わらない、純粋な笑顔だった。
とても懐かしく感じるが、私から喋りかけることができなかった。
それ故に沈黙が流れ、フランは首をかしげてこちらをみる。
「ごめん、フラン。私ね、ずっとフランから逃げてた。約束は破らないって言ったのに、約束を破ってしまった。こんな私を信じてくれたのに、それを裏切ってしまって……。今更なんて言えばいいかわからないの」
「もう、いいよ」
「え?」
私はフランを見る。
フランは、にっこりと笑っていた。
「もう、気にしてないよ。私こそ、わがまま言ってごめんなさい」
「フラン……」
「お外に出られたからもういいの。だから、また仲良くしてくれる?」
恥ずかしそうに手を差し出すフラン。
私は、嬉しくてたまらなかった。
フランの差し出す手を握らず、ぎゅっとフランを抱きしめた。
「わわっ、めーりん?」
「ありがとう、フラン。ありがとね……」
涙が止まらなかった。
今まで私は許してくれていないと思っていたのに、フランは私のことを許してくれていた。
ずっと私が避けていただけだった。
また仲良く話そうって、気軽に話しかけてくれる。
嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
「いっぱいお話しよう。フランが知らないような事、いっぱい、いっぱいお話しようね」
「うん!」
ぎゅっと抱いていたフランを放すと、空を見上げた。
雨が上がり、雲の合間から見える太陽は、とても眩しかった。
そして、空にかかる七色の橋。
「ほらみて、フラン。あれが虹よ」
「うわぁ~、すっごい綺麗!」
日傘から覗きこむようにして虹を見つめるフラン。
七色に輝くそれは、フランの羽のようだった。
「ねぇ、めーりん」
「なぁに、フラン」
フランが私の名を呼ぶ。
それに対して、私はフランの名前を呼ぶ。
懐かしいやりとりだった。
「うぅん、なんでもない」
フランはにっこりと笑った。
悪戯っぽいその笑顔は、昔と同じ、子供っぽい笑顔だった。
それは、今も昔も変わらないと、改めて実感できる笑顔だった。
これからもずっと、フランの傍で、頼りにされる者でありたい。
小さな日傘の隣で、虹を見つめながら私は思った。
感動しました。
ああ他に言葉が出てこないorz
いや、良い話なんだけどね!?
フランが閉じ込められている理由や、レミリアの本心、葛藤など
殆ど語られないまま、美鈴がそれを知る事もなく、
肝心の外に出られる切欠等にも美鈴が絡んでいないのは、何とも勿体無いと感じました。
お話は良かっただけに間がすっぽ抜けているようで、私も↑の方と同じく唐突に思えました。
最後に怖い落ちがある流れかなとか思ったくらい。
今までに何度も書かれてきたメーフラというジャンルを
筆者様が噛み砕いて、自分の書きたい部分だけを抜き出した感じ。
丁寧で読みやすいし面白かっただけ最後の部分だけが残念でした。
評価ありがとうございます。
そう言ってもらえると幸いです!
>15 様
評価ありがとうございます。
おおぅ……嬉しい限りですわ。
>21 様
評価ありがとうございます。
凄くですか! 嬉しいです!
>23 様
評価ありがとうございます。
ぐふぅ……。
>26 様
評価ありがとうございます。
確かに描写不足でしたね。
疑問が浮かばないような作品にするのはまだまだ難しいです。
>27 様
評価ありがとうございます。
ほんとに唐突すぎますよね、読み返してそう思います。
いい話にしようと思っていたのですが、描写が足りなすぎました。
>30 様
評価ありがとうございます。
適切な指摘、ありがとうございます、嬉しい限りです。
自分は長い話を書こうとするとどうしても抜けてしまうんですよね。
そうならないように今後頑張っていきたいと思います。
>31 様
評価ありがとうございます。
皆さまが言うとおり、唐突でしたね、すみません。
今後気を付けていきたいです。