その日も、寅丸星は目を閉じて暑さに耐えていた。
「偉い人は言いました……心頭滅却すれば火もまた涼し……」
呟きながら、ちろっと目を開けてあたりを伺う。
「幽霊ですよ~、ひんやりですよ~」
そんな気はしていたが、ばっちり目が合ってしまった。
じーっと星の様子を覗き込んでいるのは、舟幽霊、村紗水蜜。
「やせ我慢は体に良くないですよ~。さぁ、何もかも捨てて私の胸の中へ!」
「うー……悪魔のささやきが……」
晴れ晴れとした笑顔で腕を広げて待ち受ける水蜜の存在が、妙に魅力的に感じてしまう。
しかし星は言葉に甘えるわけにはいかない。
毘沙門天の代理として、誘惑に屈するわけにはいかないのだ。
いやそれ以前に、あんなのの胸に飛び込んでいったら……。
「あぁ……でもじっとりとした汗が星の白い肌を伝っていく様を眺めるのもまた一興と申しますか」
「その上気した顔に冷水をぶっかけてやりたい!」
「やだ……顔にぶっかけるだなんて……もう、星ったらケダモノなんですから」
どごすと威勢のいい打撃音が今日も命蓮寺に響き渡った。
『みなみつ!』
~水遊び編~
~水遊び編~
「ほら、こんな暑い日に我慢しているから」
「ううー……」
思わず水蜜に殴りかかってしまったことで緊張の糸が途切れ、星はダウンして水蜜のひざまくらを甘んじて受けていた。
おでこに置かれた手がひんやりといい気持ちである。
「体が火照ってるんだったら、我慢なんてしないでくださいね? 私がいるんですから……」
「だから変な言い回ししないでくださいよっ!」
この水蜜という舟幽霊は、これだから困るのである。
他の者にはさほどでもないが、星の前ではこんな調子。最近ひどくなってきた。
「そもそも、苦痛に耐えてこその修行。楽なほうに流されてはいけないのです」
「世の中にはラクチンに耐える修行というものがありまして」
「ダメなにおいがぷんぷんしますよ! 水蜜ももうちょっと自制のためにも修行をですね」
星の説教を遮るように、水蜜はきっぱりと言う。
「苦痛に耐える修行なら既にやっていますよ、星」
「そうなのですか?」
「はい。その証拠に、既にこの服の下は鎖が素肌に這っt」
「そぉぉぉぉい!」
「星自ら苦行に手を貸してくれるなんて、感激です!」
「いやツッコミだよ!」
*
「それにしても、やっぱり今日は暑いですね」
「水蜜でもそう思うんですか?」
幽霊はひんやりしているのに、と思う。
「体温が低いと温度は高く感じるんですよ」
「え、それじゃあこんなにひっついてたら暑いんじゃないですか」
「大丈夫ですよ」
にこりと水蜜は微笑んだ。
「星が火照ったこの体を慰めてくれさえすれば」
「どうしろと」
「え、そんな……乙女の口から言わせようだなんて、星ったら見かけによらずドSなんですね」
どごすと無言の鉄拳制裁が水蜜に直撃した。
「あうう……やっぱりドSです……」
「そんなこと言うからでしょうに!」
苛烈に言い負かそうとする星に、水蜜は頭を抑えて涙目で反論した。
「星はいったい私にどうしろというのですか?」
「慎みなさいと言っているのです。でなきゃもう殴ってあげませんよ」
「そ、それは困ります!」
「何この食いつき」
「あれ、どーしたの村紗。なんだかしょぼくれて」
廊下を歩く水蜜と出くわしたのは、一輪。水蜜の様子に、一輪は首をかしげ声をかける。
「一輪……私、やっぱりドMだったみたいです」
「えっ」
「星にぶってもらえないと思うと、こんなに寂しい気持ちになるだなんて……」
「えっ」
*
ある日、白蓮の部屋で星が話をしていると、唐突に水蜜がやってきた。
「聖! 泳ぎに行きましょう!」
「あらあら」
「いきなり来て何を言っているのですか水蜜!?」
突然の事態に星は焦るものの、白蓮は落ち着いて答えた。
「フフ、そろそろ来るかなと思っていました。ずっと星が暑さに参らないか心配していましたものね」
「そうだったのですか、水蜜?」
白蓮の言葉に驚いて、星は水蜜を見上げる。
「はい。私はいつも星のことを考えています」
「水蜜……ちょ、ちょっと気恥ずかしいですね」
一点の曇りなく笑顔を浮かべて言う水蜜に、星は赤面してしまう。
白蓮の前で何を……とは思うけれども、やはりそうやって強く思われるということは、うれしいことであった。
「あとついでといってはなんですが、星の水着姿がたまらなく見たくなりまして」
「こんなときにぶっちゃけないでくださいよ!」
「あら、臆せず物事をしっかり言えるという事は素晴らしいことですよ」
「まず空気は読んでからー!」
*
「失望しました」
「のっけからなんですか水蜜」
やってきたのは霧の湖。
海のない幻想郷の中にあって、手ごろな広さを持つ泳ぎスポットであり、しかも昼になると霧が濃くなるため、ユーザーの羞恥心にも配慮。
この夏一押しの物件である。
「私を裏切ったのですね。星」
「だから何がですか」
のどかな湖畔に、水蜜が仏頂面で立っていた。
「信じてましたのに……虎縞ビキニだと信じてましたのに……!」
「鬼にでも頼んでくださいよそんなもんは!」
「……まぁいいです。これはこれで」
ちなみに星は旧型のスクール水着である。
水蜜も旧型のスクール水着である。
ついでに言えば、その他のメンバーも全員旧型スクール水着であった。
オール旧スクの理由はあるにはある。
泳ぎに行くにしても水着がなかった命蓮寺一行は、ナズーリンがトレハン仲間である魔理沙を仲介に、香霖堂で水着を仕入れてもらったのだ。
「水着? なら最近よく入ってくるようになったものがあってね。『旧型スクール水着』というもので、名前から察するにどうも教育機関で使われる水着らしいんだけど、旧型と名前についているくらいだから、恐らく世代交代が起きたんだろう」
「よくわかりませんが、教育機関で使われているというのだったら安心ですね!」
そんな虎の一声で決まったのだが。
しかし、教育機関で使われているという言葉が落とし穴だったのだ。
「きつきつです……」
教育機関で使われるということはつまり子供向けということであり、大きいサイズを選んではみたものの、星や白蓮といったスタイルのいい方々が着るには大変けしからんことになっていたのであった。
「すごい食い込みですね……でも安心してください星」
「はい?」
「食い込みすぎてむらむらしてきても、ちゃんと私が発散させてあげますから」
どごすと湖に打撃音が響き渡った。
*
「しかし水着になると皆さん結構印象変わりますよね」
水蜜が辺りを見回して言うのを、星が肯定する。
「そうですね。リボンや頭巾などの装飾品も外れますし、服装もごてごてした方が多いですから」
「一輪なんて誰てめえ状態ですよね」
「ほっといてよ」
水蜜の言葉に、傍で聞いていた一輪が苦笑する。
普段のあまり肌を出さない服装から打って変わったスク水、泳ぐのに頭巾をかぶっているわけにもいかないので髪の毛も全部見え、そして邪魔にならないように結わえている。
本当に、知らなければ同一人物と認識することは難しいのではないだろうか。
「はぁ……しかし、せっかく一輪もいるというのに、返す返すも星がビキニでなかったことが残念です」
「関連性が見えないんですが……」
「写真の水着の部分を小銭で隠したらちょっと想像が沸き立つという現象がありまして」
「はぁ」
「雲山に星のビキニをチョチョイと隠していただいたらいい感じに湯けむり気分を味わえるのではないかと」
「雲山を変なことに使わないでよ!」
一輪の抗議に、水蜜は首をきょとんとかしげる。
「だって、せっかくピンク色なんですよ? 雲山」
「だから何だよ!?」
*
「ほらナズー! 早く泳ごうぜー!」
「ふふ、元気いっぱいだね魔理沙」
魔理沙も水着を調達したよしみで一緒に来ている。
まぁ、よしみがなくてもナズーリンが誘っていたかもしれない。
「ラブラブですねえ」
「そうですねえ」
二人が浅いところで水を掛け合いはじめる様を、水蜜と星は見ていた。
「それにしても……」
「はい」
「二人とも妙にこの水着似合ってますよね」
「スレンダーですからねえ」
しみじみといった感じに言う星に、水蜜は尋ねる。
「星はああいう体型の方が好みですか?」
「体型で誰かを判断するなどということはしませんよ。どれも尊ばれてしかるべきです」
「それはつまり、みんな違ってみんないい、と?」
「はい」
星が答えると、水蜜はふぅ、と溜め息をついた。
「星がそんなに気の多い方だとは思いませんでした」
「そういうことではなくてですね」
「私、なるべく多くのニーズを満たせるよう頑張りますから、どうか飽きないでくださいね」
「ある意味飽きれる気がしない! じゃなくて!」
懇願するような瞳で言うから始末が悪い。
「でも、よかったです」
「えっ」
「みんないいってことは、私もその中に入っていて、いいんだなって……」
「あの……その……えええい!」
どごす、と。
どこからツッコんでいいかわからなくなった星は、思わず水蜜の頭に鉄拳制裁を食らわせてしまうのであった。
「……なぜ殴られたのですか?」
「いえ……そのですね……」
「ああ、ご褒美ですね!」
「変な納得すんなああああ!」
*
「星、星っ、私達もいつまでも駄弁っていないで、一緒にぐしょ濡れになりにいきましょう」
「素直に泳ぎに行こうと言いなさい!」
「普通なんて、つまらないじゃないですか」
「まったくもう……」
埒があかないので、星はざぶざぶと水蜜について湖に入る。
「うーん、しかし返す返すもビキニでなかったことが残念といいますか」
「ずいぶんこだわりますね」
「だってこの水着だと、かの有名な水難事故、おっぱいポロリがやりにくいんですよ」
「この水着で本当に良かった」
星はここぞとばかりに教育機関に感謝した。
ただしぱっつんぱっつんである。
「あ、星と村紗だ」
「一緒にこのびーちぼーるというので遊びませんか?」
そうして浅いところに入ってきた彼女らに目をつけたのは、ぬえと白蓮のコンビだった。
「びーちぼーるですか?」
「はい。水着と一緒に香霖堂さんからもらってきたものだそうで、水に浮く鞠なんですよ」
「二人でぽんぽんしているのも限界が見えてたからね。チーム戦やろうよ。落とした回数が十回に達したら負けとかそういうので」
ぬえの誘いに、水蜜が笑顔で頷く。
「いいですよ。いいですよね? 星」
「はい、まぁかまいませんが」
特に断る理由も無かったので、星は頷いた。
「では罰ゲームを設定しましょう」
「罰ゲームですか?」
水蜜の提案に、白蓮が首をかしげる。
「はい。負けたチームのグラマラスな方がスイカ割りのスイカ役になるというのはどうでしょう」
「どういうこと!?」
「いえ、立派なスイカが四つもあるものですからつい」
どごす。
「……それではシンプルに、負けたほうが勝ったほうのいうことを聞くということでいかかでしょうか」
「いいよ、負けないからね!」
~ダイジェスト~
「水のことならお手の物ですよ!」
「ならビーチボールに正体不明の種をつけてやるわ!」
「!? ビーチボールが武田信玄になった!」
「なんで!?」
「ミラクルマジカル……超人……聖白蓮スマーッシュ!」
「取れませんよ聖! そもそも鞠が破れますよ!」
「なんか魚が浮いてきたんだけど」
「マジ震えてきやがった……怖いです」
「見てください、ぬえ」
「ん?」
「あれが第二の水難事故、スク水がTバック状態です」
「絶景だね」
「うわ!? み、見ないでください!」
「あらあらまぁまぁ」
~ダイジェスト終了~
「というわけで、私たちの大勝利です」
「どういうわけなのか知りませんけどやりましたね!」
勝ったのは、水蜜・星コンビ。
「勝利のぶいですよ。ぶいぶぶい」
「一本の指を合わせるのですか?」
これで水蜜と星は、ぬえと白蓮に何か一つ言う事をきかせる権利を有する。
「では早速」
「仕方ないわね。何でも来なさい」
なぜかふんぞり返るぬえに、水蜜は自分の願いを告げた。
「是非星の水着に正体不明の種を」
「よしきた」
「ちょおおおおっ!? 取り消し! 私の願いでそれを取り消し!」
「うふふ、元気ですねえ」
*
「では、ちょっと深いところまで行ってみましょうか」
「まともに泳ぐのなんて何百年ぶりでしょう……。ちゃんと泳げるかちょっと怖いですね」
「海の女がついているのです。聖輦船に乗ったつもりでいてください」
どん、と胸をたたく水蜜が妙にかわいらしかった。
「ふふ、心強いですね」
「とはいえ、こう霧が濃いと、あまり離れるわけには……うわ!?」
「水蜜? どうしました? 水蜜!?」
「し、沈んでいきます!」
水蜜が、だんだんと水に引きずり込まれていく。
そんな馬鹿な、と思う。水蜜は水難事故を起こす側の幽霊だというのに。
だが、目の前で起こっているのはまぎれもなくそういうことなのだ。
「水蜜っ!!」
「しょ、星!」
星は急いで手を伸ばす。
だが……水蜜は、既に彼女の視界から消えうせていた。
「水蜜……?」
不安感が汗のように吹き出、思わず星は叫んでいた。
「みなあああみつううううう!!!」
「ねえ」
「!?」
ふと、水の中から声が返る。
そうして水の中からせり上がってきたのは、青い服にサイドポニーにまとめた緑色の髪、そして薄い翅を持つ……妖精、だった。
「私は、湖の大妖精」
「大妖精!?」
「あなたが落としたのは普通の村紗ですか? それとも変態の村紗ですか?」
「返答に困る! なんだ普通の村紗って!」
「あなたは大変正直なようですね」
「それでいいの!? 確かに正直な感想言ったけれども!」
「正直なあなたには、このきれいな村紗をあげましょう」
「きれいな村紗!?」
そうやって、戸惑う星の目の前にすう、と現れたのは。
少女マンガもかくやとばかりに目がキラキラした村紗だった……!
「村紗水蜜といいます! よろしくお願いします星さん!」
「え? え?」
その雰囲気に、寅丸星は困惑する。
「星さん。こんなところで遊んでいる場合ではありませんよ。一緒に聖のために布教にいきましょう!」
「真面目だー!」
待ち望んでいた言葉であったはずなのに、感じるのは奇妙な違和感だけ。
「ち、違います! 水蜜っていうのはもっとこう、ちょっと沈んで帰ってきたら『びっくりしました。もう全身濡れ濡れです。……欲情しましたか?』とか言い出す子です!」
思わず普段の水蜜をシミュレートしてしまう星に、きれいな村紗は目をつり上げた。
「ふ、不潔ですよ星さん! 聖に言いつけますよ! もっと毘沙門天代理としての自覚をもってですね!」
「うわぁぁん! おらこんなむらさいやだ!」
考えてみれば当たり前のこと。目の前にいるのは水蜜ではない。
少なくとも、星が知っている、村紗水蜜ではないのだ。
千年前に『初めまして。私の名前は水蜜。水のようにとめどなく溢れ出る蜜と書いて、水蜜です』とか言いながら自己紹介してきた奴じゃない。
馬鹿なことをいいながら今日まで一緒に過ごしてきた舟幽霊じゃない。
失って初めてわかるといえば、安っぽい言葉かもしれないけれど。
「でも、でもやっぱり私は、あの水蜜が好きなんですっ……! 変態でもいいから、いつもの水蜜がいいんですよぉ……!」
「星……」
「大妖精! 元の水蜜に戻してください。これは、私の水蜜ではありませんから」
「……惑わせたり迷わせたり、妖精というのはすべからく悪戯好きでありまして」
「はい?」
にわかに語り始めた大妖精に、星は目を点にする。
そんな星に、大妖精はにこりと笑いかけた。
「かくいう私も幻覚を得意としておりまして。……まぁ、では、お幸せに」
瞬間、大妖精の姿が掻き消える。
薄くなった霧の中にたたずむ水蜜の目は、よく知る水底のような青き緑をしていて。
「あの水蜜が好きなんだ……私の水蜜」
「!?」
「その言葉……プロポーズと受け取りました」
「きっ、聞いてたんですか!?」
「大丈夫です。きっと幸せにしますから(もちろん性的な意味で)」
「うわーい! 全然信用ならないや! これでこそ水蜜ですようわぁい!」
もはやヤケクソである。
「ふふ、ちょっとびっくりしましたけど、ああいう悪戯なら大歓迎ですね」
「ホントにびっくりしたんですからねこっちは!」
「でも、ホントによかったのですか? こんな私で」
「……二度も言わせないでくださいよ恥ずかしい」
ぷいと顔を背けて言った星の言葉、水蜜は湧き上がる幸福感を感じる。
「では早速家に帰って布団をですね」
「でもやっぱりちょっとは慎んでくださいー!」
すぺーん、と小気味良い音を立てて、水蜜の頭がはたかれる。
一拍の静寂。
その間がなんだかおかしくて、二人は少し吹き出してしまった。
「まぁ、なんといいますか、その……」
ぽりと鼻の頭をかいて、水蜜は言った。
「……ただいま、です」
星は少し目を見開きながらも、微笑んで返した。
「はい……おかえりなさい」
「もうどこかに行っちゃ、いやですからね」
『みなみつ!~水遊び編~』――fin
>かの有名な水難事故
事故…?誰も不幸にならないのに?
最高でした
流石のクオリティでした。
ネチョいヤツはみなみちゅだ
ネチョくないヤツはよく訓練されたみなみちゅだ
ホント 星蓮船は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
ありふれた(?)日常の描写があり、最後にはしんみりと締めてくれるあなたが好きですw
星水わっほい!
「星水」「膝枕」「鉄拳制裁」「スク水」「一輪の「えっ」」etc..
だが、そのなかにある「ちらっと魔理ナズ」これ最強。異論は認める。
心地よいですw
次も期待していいですよね?www
ねぇ
心までエロく染められたなら
あぁん……
この二人にムラムラできない・・・。
多分、同属嫌悪なんだろう。
おいしいです!!
ところで頭巾の足りない一輪さんにはスイムキャップがいいね!
星水…しょうすい…小s(ピチューン