~紅魔館・地下大図書館~
紅いレンガに覆われた悪魔の城は、まるでこの世の終わりを迎えたかのような阿鼻叫喚の地獄となった
激しい震動と、強烈な破壊音が木魂する。天井からは、瓦礫とレンガが凶器となって降り注ぐ
フランの動きは輝夜が止めてはいるが、その巨体から発せられる破壊的な魔力は、紅魔館の崩壊を進めていた
「ど、どうなってるの…!?」
地下にある大図書館にも、その衝撃は伝わっていた
レミリアの妖気も、侵入してきた人間の気も感じることができない
激しい震動に脚を取られながら、パチュリーは魔法の鏡に駆け寄った
魔法の鏡が、紅魔館の広間の様子を映し出す
そこに映ったのは、怒りの余りに暴走し、巨大化したフランの姿だった
「ま、まさか…、妹様が…!」
パチュリーは、驚きのあまり魔法の鏡を取り落としてしまった
パチュリーが、もっとも恐れていたことだった
フランドールは、生まれながらに『ありとあらゆるものを破壊する能力』という強力な力を持っていた
その強大すぎる力は、まだ幼いフランドールには制御できないものだった
それゆえに、彼女は生まれてからずっと地下に幽閉されていた
彼女の力が暴走してしまえば、もはや誰にも止めることができない
理性を失ったフランは、このまま眼に映る全ての物を破壊し尽くすまで止まることはない
彼女が理性を取り戻した時、この世は終末を迎えているだろう
よりにもよって、こんなタイミングで暴走してしまうとは…!
「ど、どうして…、こんな…うっ!!、ごほっごほっ!」
現実を否定したい気持ちが生まれた瞬間、パチュリーは激しく咳き込んだ
同時に、胸が締め付けられるような苦しみと、喉が焼け付くような痛みが襲う!
脚から力が抜け、その場に立っていることすらできない
まるで、全身から力が抜けていく
「あ、ああ…!」
自分の両手を見て、パチュリーは愕然とする
大量の吐血が、パチュリーの両手をべっとりと紅く染めていた
「う…!」
次の瞬間、パチュリーの口から大量の吐血があふれ出した
夥しい量の血が、図書館の石床に流出する
「こ、こんな時に…」
パチュリーの呼吸が苦しくなる。どれだけ空気を吸おうとしても、ほとんどを吐き出してしまう
まるで、穴の空いた風船を膨らませているかのような苦しさだった
最悪のタイミングで、パチュリーの発作が始まってしまった
「も、もうダメだ…。妹様を止めなければ、時空間転移の魔法は使えない
私がこんなんじゃ、呪文も唱えることができない…」
パチュリーの心を、どうしようもない絶対的な絶望感が支配する
「レミィ…、ごめんなさい…、私は…」
パチュリーの目に涙が浮かぶ
走馬灯のように、この紅魔館での思いでが浮かんでくる
レミリアと最初に出会ったときは、吸血鬼特有の高慢さと生意気さと相俟ってそれほど好きになれなかった
でも、いつしか彼女の持つ優しさや温かさを感じるようになった
人と会うことや、人と話すことが苦手だったパチュリーが、レミリアと一緒にいるときだけは自然に振舞えた
いつの間にか、二人で一緒にいることが楽しくなっていた
そして、パチュリーはレミリアに命を助けらた
両親と共に、人間の魔女狩りに捕まった時、レミリアはたった一人で異端審問官達に挑んでいった
パチュリーの両親は救えなかったが、パチュリーだけは生き残ることができた
それ以来、パチュリーは、レミリアがどんな我儘を言っても、それを聞いてやることを決心した
パチュリーもまた、レミリアによって運命を変えられたのだ
「もう…、ダメよ…。私は…ここまで…」
パチュリーの世界が歪む
書架も、本も、ベッドも、ありとあらゆるものの形が崩れていく
ミキサーに掛けられたように、世界が回転し、形を失っていく
そして、自分自身の身体さえも、もはや形を保ってはいられない
指先から、つま先から、全身から、この世との接点が失われていく
身体を支えることもできず、床に倒れるが、床の冷たいひんやりとした感触さえ感じられない
音も、色も、痛みも、悲しみすらも消えていく
まるで身体が溶けて行くように、世界が消えていく
そして、何も感じなくなる…
自分がいなくなるということは、こういうことなのか…
妙に感心したような気持ちになったような気がする
レミリアの顔が薄れていく
フランも、美鈴も、鈴仙も、小悪魔も、みんなの顔が消えていく
さようなら…という声すらも掛けられぬほど、パチュリーの存在は希薄になっていた
このまま、消えてなくなっていくのか…
まるで淡雪か、陽炎のように存在が薄くなっていく
もはや、消えてゆくだけの存在なのだ…
「パチュリー!!」
―――!?
突如、大きな声がしたかと思うと、大図書館の魔法の扉が打ち破られた
まるで太陽のように熱い炎の塊が、あの頑強な扉を打ち破ったのだ
その炎は、激しい光を放ちながら人の形になっていく
白く長い髪に紅白のリボン、まだ若い少女のようでいて、何故か何千年も生きているような雰囲気を持っている
炎の翼を広げ、見たこともない東洋風のズボンと、近年稀に見る貧乳の少女
「ここにいたか、パチュリー!」
その少女に名前を呼ばれた途端、希薄化していたパチュリーの意識が蘇ってくる
「もう分かってるんだろう、フランドールが暴走した!、このままじゃあまずい!」
少女は叫ぶようにして、パチュリーに近づいてくる
自分だけでなく、フランの事まで知っているらしい
そんなことよりなによりも…
「あ、あなた誰なの…?」
「ンなこたぁ、どうだっていい!」
パチュリーが当然に思った疑問を、少女は一喝で一蹴した
パチュリーに近づいた少女が、パチュリーの胸倉を掴んだ
「状況は分かってるんだろ!、何やってんだ!、ヤツの暴走を止めないと時空間移動の魔法も使えないんだろう!」
「ど、どうしてそれを…」
パチュリーは酷く混乱し、怯えていた
美しい顔をしていながら、少女は恐ろしい形相でパチュリーを睨みつける
ましてや、今夜、パチュリーが行おうとしていた時空間移動の魔法の事さえ知っているとは…
「うるせえ!、そんなことを気にしてる場合か!。さあ、言え、どうすればフランドールを止められるんだ!
知ってるんだろう!、さっさと白状しろ!」
まるで脅迫するかのように、少女はパチュリーに凄んだ
「む、無理よ…。暴走した妹様を止めるなんて…
もう終わりよ…。みんな…、みんな死んじゃうのよ…!」
「馬鹿野郎!」
涙を流すパチュリーに、少女は遠慮も手加減もなく平手打ちを叩き込んだ
パチュリーの頬に、赤い大きな痣ができる
「痛てえか、私の手だって痛い。痛いってことはな、生きてるってことだ。死んじまったら、痛いなんて言えないもんな
諦めるなんてのはな、死んでからでも間に合うんだよ!、生きてる内に諦めてどうすんだ!」
まるで痺れるような痛みが、パチュリーの頬を襲う
少女はお構いなく、パチュリーに怒鳴りつける
何故自分が殴られたのか、パチュリーには分からない
ただ、その痛みだけがリアルで、確かである
「レミリアも咲夜も、誰もまだ諦めたなんて口にしちゃいねえんだよ!
てめえ一人だけが勝手に諦めるんじゃねえ、この紫もやし!
てめえは生きてえんだろ!、レミリアやフランや、みんなと新しい世界で生きたいと思ったから、こんな魔法を使おうと思ったんだろう!
お前達が生きていく新しい世界は、もうすぐそこまで来てるんだよ!
自分達の未来は、自分達の力で手に入れるんだよ、馬鹿野郎!」
そう言って、少女はパチュリーを突き飛ばした
怯えた目で、パチュリーは少女を見上げる
乱暴な少女の態度に酷く困惑しているが、少女から受けた痛みが、パチュリーの希薄化していた感覚を蘇らせる
「さあ、言うんだ。どうすれば、フランドールを止められる」
少女の目が、パチュリーを厳しく睨みつけた
パチュリーの瞳は怯えている
何故か…?。少女が怖いからなのか?
正体も分からぬ、いきなり暴力を振るう少女に怯えているのか?
たが、それは違う…
怯えるのは、助かりたいからだ
目の前に迫る、圧倒的な死から助かりたいからだ
「月よ…」
パチュリーが小さな声で呟いた。それは、救いを求めるような声だった
「ああ?、聞こえねえよ!、はっきり喋れ!」
少女が脅すような声で聞き返す
この少女には、慈愛の精神というものがないのだろうか?
「月よ、夜の種族は月の光を力の源にする。満月は、夜の種族の力を最大限に高める
月を隠すことができれば、妹様の力も半減する…」
パチュリーが怯えた声で返した
夜の種族のは月の光をエネルギー源とする
月の光を隠してしまえば、暴走したフランの力も半減する
そうすれば、フランドールの暴走を抑えることもできるかもしれない
「月を隠す…」
少女は、パチュリーの言葉を聴いて、しばらく考えたが、すぐにティンと閃いた
「そうか!、これならフランドールを止められるかもしれない!」
何を思いついたのか、少女は勝手に納得している
「パチュリー、殴っちまって悪かったな。だがな、レミリア達を救えるのはあんたしかいないんだ
フランドールは私達が止めてみせる。だから、フランドールの動きが止まったら、あんたは時空間移動の魔法を発動させるんだ」
少女は、それだけいうとパチュリーに背を向けた
「ま、待って…、あなたは…」
パチュリーが少女を止めようとするが、少女は炎の翼を羽ばたかせる
「待ってはやれねえよ、だがな、私達もレミリアも、あんたに賭けるしかないんだよ
新しい世界で生きたいと、あんたもそう思ってるんだろう
今は弱音を吐いてる時じゃねえよ。私達を信じろ。そして、あんた自身の力をな」
少女はそういうと、自分が破った大図書館の扉から飛び出した
パチュリーはただ、それを見守ることしかできなかった
~同時刻・紅魔館大広間~
「く…、まだなの…、妹紅」
輝夜が上空でフランの時間を止め、必死で動きを封じている
フランの全身から放たれる魔力の妨害効果は凄まじく、輝夜の霊力はたちまち限界に達しようとしていた
少しずつだが、フランの身体が動き出している
これ以上、長い時間フランの動きを止めることができない
輝夜の霊力が尽きるか、フランの力が輝夜の力を打ち破るのが早いか、二つに一つだった
「ウ、ウォォォォ!!」
「―――!?」
フランの力が、ついに輝夜の力を打ち破った
その巨大な拳が、輝夜に襲い掛かる
術を破られた反動で、輝夜は動きが取れない
あれほどの力で殴られたら、如何に不老不死の輝夜といえど、大ダメージは免れない
「輝夜―――!!」
フランの拳が、輝夜を吹き飛ばそうとした瞬間、炎の塊が輝夜をさらに上空へ引き上げた
炎はやがて人の形をなし、灼熱の炎を放出しながら輝夜を抱きかかえた
「妹紅…」
「待たせたな…」
長く白い髪に紅白のリボン、ペタンコの胸にもんぺ姿
炎の翼で空に浮かぶのは、藤原妹紅その人であった
「輝夜、分かったぜ。フランドールを止める方法がな」
妹紅は、抱きかかえていた輝夜を放す
紅魔館では、フランが見境なく破壊を繰り返している
突如、姿の見えなくなった輝夜を探すためか、壁と云う壁、天井と云う天井を破壊し尽くしていく
「月だ、月を隠すんだ。そうすれば、ヤツの力も半減する。ヤツが暴れるのも止められるはずだ」
妹紅が言った
妹紅は簡単に言うが、そもそも月なんて物をどうやって隠すというのか?
風呂敷をかぶせて隠せるようなものでもない
「つ、月なんて、どうやって隠すって言うのよ!」
「鈍いヤツだな、お前が何年か前に異変を起こした時にやっただろう。本物の満月を偽者の満月と入れ替える魔法を!」
輝夜の反論に、妹紅があっさりと答えた
あれはそう、三年以上前になるが、輝夜が起こした永夜異変でのことだった
あの時、月の使者に見つからないように、永琳の魔法で本物の月と偽者の月を入れ替えたのだ
確かに、あの魔法を使えば、満月を隠してしまえる
そうなれば、フランドールの暴走を止めることもできる
「ま、待ってよ。あれは、月の都の魔法の中でも最高ランクの魔法よ
私が月の都の魔法が苦手なの、知ってるでしょう!」
輝夜が激しく反論する
真実の満月を隠す魔法は、月の使者のリーダーであった永琳しか使えない究極の魔法の一つである
本来は、地上の民から月の都の存在を隠すための魔法であったが、永琳は輝夜を匿うために使っていた
おいそれと簡単に使える魔法ではない上、輝夜はこの魔法を使ったことがない
「うるせえよ、今はやるしかないんだ。それ以外に月を隠す方法なんてないだろう」
妹紅は一方的に決め付ける
確かに、他に月を隠す方法など思いつきはしない
「あんたも、大概ムチャクチャね…
言っとくけど、失敗しても責任なんか取らないわよ」
輝夜が言った。それはヤケクソのやけっぱちに近いものだが、不思議と妹紅が言うとそれが成功するような気がした
お互い、顔を見合わせた訳ではなかったが、何故か、二人とも笑ったような気がした
「けっ、上等だよ。そん時ゃあ、私がお前を殺す理由が増えるってこった
私がフランドールを惹き付ける!」
妹紅が言った。その瞬間、フランが二人の存在を発見した
「うおぉぉぉぉ!!!」
妹紅の全身を、再び激しい炎が包む
その炎が、一気に右手に集まり、鳳凰の形を成した
「こっちだ!、フランドール!
『フジヤマヴォルケイノ』
―――!!」
妹紅の右手から、炎で創られた鳳凰がフラン目掛けて飛び出した
「―――!?、ウギャァァァ!!」
鳳凰がフランに当たった瞬間!、激しい炎がフランを包んだ
あまりの熱さに、フランは両手を振って暴れる
派手に壁を破壊しながら、フランは妹紅の姿を見つける
「ウォォォォ―――!!」
フランは拳を振り上げ、妹紅目掛けて殴りかかった
妹紅は炎の翼を広げ、素早く回避する
(コイツ、あんな図体でなんて素早さだ!)
あまりの反撃の早さに、妹紅が狼狽する
「こっちまで来やがれ!」
妹紅は、挑発しながら飛び跳ねる
フランの怒りが絶頂を超え、妹紅目掛けて殴りかかる
流石に、夜の種族の王である吸血鬼だけあって、あれほど巨大化しながらその動きは速い
おまけに、『フジヤマヴォルケイノ』の直撃を食らっていながら、ほとんどダメージを受けていない
これだけの化け物を相手に、妹紅は逃げ切れるのか?
「妹紅、少しだけ待ってて、上手く逃げおおせて」
フランのマークが外れた輝夜は、紅魔館のさらに上空へと静かに飛び上がった
満月が、ほんの近くに感じられるような位置に
今までの輝夜なら、月の使者に見つかるのを恐れて、こんな高くまで飛び上がれなかった
だが、今は違う。家族の為、そして、レミリア達の為、輝夜は満月に向かって手を広げた
「掛巻も畏き月弓尊は上絃の大虚を主給ふ(かけまくもかしこきつくゆみのみことは じょうげんのおおぞらをつかさどりたまふ)
月夜見尊は圓滿の中天を照給ふ (つくよみのみことは えんまんのちゅうてんをてらしたまう)
月読尊は下絃の虚空を知食す (つくよみのみことはげげんのそらをしろしめす)
三神三天を知食と申す事の由を聞食て (さんじんさんてんをしろしめせともうすことのよしをきこしめして)
祈願圓滿感応成就無上靈法神道加持 (きがんえんまんかんおうじょうじゅ むじょうれいほうしんごうかじ)」
月待之祓の祝詞を宣り、輝夜は残っている霊力の全てを掌に向けた
次の瞬間、満月の明りが輝きを増した
だが、それは本来の満月の輝きではない
完全な数字であるはずの二十八を微かに欠いた、偽物の月の輝きである
(く…、まだダメか!)
しかし、輝夜の呪文は完璧ではなかった
満月の半分までが隠れた所で、真実の満月への侵食が止まってしまった
(やはり、この魔法は高度すぎる。永琳ならともかく、私には無理だったか…
それに、フランの妨害魔力の影響も強い)
これほど高度を上げているにも関わらず、フランの全身から放出される魔力は、輝夜の魔法を阻害していた
未完成な輝夜の魔法では、これだけの妨害を受けながら、魔法を完成させるのは難しい
このままでは、月を隠すことができない
みんなを救うことができない。だが、どれほどの霊力を込めようと、真実の満月への侵食は進まない
(くぅ…、私の力はこんなものなの…?。後もう少し、もう少しなのに…、みんなを救えないの…?)
輝夜が必死に自分を震えたたせる
ここには、いつも頼りにしている永琳もいない…
月の都を追放され、永琳と共に逃亡生活を始めてから、輝夜は永琳に頼りっぱなしだった
自分の力では、何をやるにも億劫だった。何から何まで、永琳に助けて貰っていた
しかし、ここには永琳はいない…
ここにいるのは…
「ちくしょう…!」
瓦礫の雨が降る中を、妹紅は逃げ回った
フランドールの追撃は凄まじく、その拳が振るわれただけで館全体が震え、壁も天井も破壊されていく
フランドールの巨大な拳が、妹紅に襲い掛かる
「ちぃ!、そんなのに当たるかよ!」
妹紅が炎の翼を羽ばたかせ、空に飛び上がる
が、その動きを読んでいたかのように、フランドールの七色の翼が飛び上がる妹紅を打ち落とした
「がぁ―――!?」
猛烈な勢いで地面に叩きつけられた妹紅、フランドールは、地面に落ちた妹紅を掴み上げようと腕を伸ばす
「くそぅ!!」
妹紅の右手から、一筋の炎がフランドール目掛けて放出される
「ぐわぁぁぁぁ!!」
妹紅の放った炎が、フランドールの左目を直撃する
その隙に、妹紅が逃げ出す。しかし…
「うおぉぉぉぉ!!」
妹紅が逃げ出そうとした瞬間、フランドールの口から凄まじい妖力波が放たれた
巨大な妖気の塊が、飛び上がろうとした妹紅を直撃する
「く…、くく…。はっ―――!?」
妹紅の全身を、鋭い痛みが襲う。立ち上がれないでいた妹紅は、とうとうフランドールに捕まってしまった
「く、くそ…、離せ!」
妹紅が必死で振りほどこうとするが、フランドールの力は凄まじい
どれほど妹紅が力を込めようと、そこから逃げ出すことができない
「ぐふぅ…、ぐおぉぉぉ」
怪しい唸り声を挙げながら、フランドールが妹紅の左腕を掴んだ
「や、やめろ…、うわぁぁぁぁぁ!!!」
フランドールは、まるで人形を弄ぶかのように、妹紅の左腕を力ずくで引っ張った
妹紅の左腕は、ビチビチ…と異様な音を上げながら妹紅の身体から離れていく
次の瞬間、妹紅の左腕は無残にも引き千切られてしまった
「うぎゃああああああ!!」
夥しい量の血が、妹紅の左肩から流れる
いくら不老不死の身といえ、痛みは感じる
左腕を引き千切られる痛みは、また強烈である
「く、くそ…」
フランドールは、引き千切った妹紅の腕を捨てると、今度は妹紅の頭に手を伸ばした
このまま、妹紅を引き千切ってバラバラにしてしまうつもりだ
「よくもやりやがったな!!」
妹紅は、全身の霊力を燃やす。激しい炎が妹紅を包む
まるで妹紅の全身が太陽のように熱く燃える
妹紅を掴んでいたフランドールの左腕も、激しい炎に包まれた
「うごぉぉぉ!!」
フランドールが、その熱さに耐えかねて妹紅を離した
しかし、妹紅を離しても炎は簡単には消えない
「ぬぅ、ぬぅぅぅぅぅ!」
フランドールが、必死に左腕の炎を消そうとしている間に、妹紅は左の肩に力を込める
「うぅぅ、はぁ!」
その瞬間、妹紅に新しい左腕が生えた
蓬莱人特有の自己再生能力である
「くそ…、まだか輝夜、まだ満月を隠せねえのか!」
妹紅の息遣いが荒くなっている
フランドールはまともにダメージも受けていないというのに、妹紅は霊力の大半を消費してしまった
吸血鬼の力を甘く見ていた訳ではないが、どちらにせよいつまでも逃げられる相手ではない
「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ!」
炎を消したフランドールが、再び妹紅を見据える
さらに怒りが増したのか、その禍々しい妖気がさらに強くなっていた
「ちくしょう!、さっさとしやがれ、輝夜!」
「く、くそ…。な、なんて力なの…。ここまで来て、さらに魔力が上がるなんて…」
輝夜が、必死で満月に向かって魔法を放つが、怒りによって増したフランの妨害魔力にいとも簡単に押し返されている
真実の満月の半分まで浸食していた輝夜の魔法が、少しずつ押し返されていく
このままでは、満月を隠すどころか、元の木阿弥になってしまう
「も、もう…、ここまでなの…?。助けて…、助けて、永琳…」
輝夜が、心の中で永琳を呼ぶ
だが、当然のようにこの場には永琳はいない
(やっぱり、私の力ではダメなの…?。私では、みんなを助けることができないの…?)
輝夜の心に、激しい葛藤が生まれる
あの永夜異変で霊夢と戦ってから、輝夜は外の世界に踏み出す勇気をもらった
だが、やはりそれでも、自分ではなにもできないのだ
永琳の助けがなければ、自分はなにもできない…
(みんな、ゴメン。私じゃあ、みんなを助けられない…。もう、私は…限…界…)
輝夜の心が、折れた
どうしようもない圧倒的なフランドールの力の前に、輝夜の心は最後の砦さえも崩れ去った
自分の掌から、魔法の感触が消えていく
このまま力を抜こう。そうすれば楽になる…
輝夜は、全てを放棄し、投げ出そうとした…
その時―――!?
「こぉらー!、何勝手に諦めてんのよ!。永琳がいないからなんだってのよ!
あんたは、自分で自分の家族を守るって決めたんでしょう!
こんな所で諦めるくらいなら、初めからこんな時代に来るんじゃないわよ!」
「わぁ、馬鹿やめろ!」
不意に、突然、何の突拍子も無く、何者かの声が聞こえた
咄嗟に、諦めて術を解こうとした魔法を掛け直す
辺りを見渡すが、誰もいない
どこかで聞いたことのある声だったが、誰の声だか思い出せない
だが、なぜだか分からないが、その声を聞いた途端、言い知れようも無い怒りが輝夜に沸き起こった
「なによ、私が何の為に必死になってると思ってるのよ!
どこの誰かも分からない輩に、私の気持ちが分かってたまるもんですか!」
その怒りを感じた瞬間、輝夜の身体に力が蘇った
フランドールの妨害魔力を押し戻し、再び真実の満月への侵食が進んでいく
「私は蓬莱山輝夜!、禁忌を犯しし月の姫!
私が、こんなことで家族を見捨てるもんですか!」
その瞬間、輝夜の全身から凄まじい霊力が放出された
(誰かが戦っている音がする…、一体誰…?)
激しい轟音、間断なく続く強烈な震動
自分の意識が蘇っていくのと同時に、自分の背中に強烈な痛みが走る
痛む場所に手を当てると、そこには夥しい血痕がついていた
少女は少しずつ記憶を取り戻していく
あの吸血鬼との激しい戦闘。そして、吸血鬼が見せた涙…
あの吸血鬼が差し伸べた手を握ろうとした瞬間―――!?
「う…」
その瞬間を思い出し、開いた傷口の痛みに少女が声を漏らす
(そうだった…、私は村の人間に裏切られて…撃たれた…)
記憶が鮮明になっていくのと共に、力も戻ってくる
なんとか残り少ない力を振り絞り、身体を起こす
少女の周りは、自分の最後の記憶とは全く違う様子になっていた
血の様に紅かった壁も、趣味の悪い彫刻も、ありとあらゆるものが破壊されている
まるで、この世の終わりのような状況になっている
「うぐぉぉぉ!、うおおぉぉぉ!」
激しい唸り声が、少女の耳を劈く
炎に包まれた少女が、七色の翼を生やした怪物に襲われている
あの紅い姿、あれは吸血鬼なのか…?
どちらにしても、意識が朦朧としてはっきりと判別できない
それにしても、あの七色の翼の怪物はなんなのだろう…?
一体、どこからあんな怪物が現れたのか…?
「ちくしょう、いい加減にしやがれ、フランドール!」
紅い少女が言った
フランドール?
あれはフランドールだというのか…?
あの小さな、幼い少女が、あんな姿になったというのか…?
少女の記憶が混乱していく
あの森で会った、小さな少女。私が話す一つ一つに驚き、喜んでいた
誰からも人間としてさえ扱って貰えなかったあの村での生活の中で、あの娘との出会いは久しぶりに優しい温かいものであった
あの少女が、あんな怪物になってしまうなんて…
一体、何があったというのか…
(私の…、私のせいだ…。私が、この館に村の人間を入れてしまったからだ
吸血鬼との戦いに夢中になって、村の人間達に後をつけられているのに気付かなかったからだ…)
少女は固く拳を握り締め、唇を噛んだ
自分が生まれ持った能力のせいで、人から忌み嫌われ、棄てられハンターとなった
何もかもの恨みを、吸血鬼相手に発散してきた
結局は、少女は愉しんでいたのだ。吸血鬼を狩る事を…
その中に、自分の存在意義を見つけ、必死で自己を保っていたのだ
それが今日、初めて吸血鬼の心を知った
吸血鬼達も、自分と同様に心に瑕を持っていたのだ
自分と同様に、泣いて悲しみ笑い苦しみ支えあって生きていく
そんな家族を欲していた
それは、彼女自身が求めているものでもあった
(止めなきゃいけない…、私が…止めなければ…。私たちは、家族なんですもの…)
よろめく身体を奮い立たせ、少女は立ち上がった
「ぎゃあ!」
フランドールの強烈な平手打ちが、妹紅を紅魔館の壁に磔にした
「く、くそ…!」
妹紅は再び、炎をフランドールに向かって放つ
「何―――!?」
しかし、妹紅の放った炎は、フランドールが放出する魔力の壁に遮られた
流石に吸血鬼だけある。この短時間に何度も同じ攻撃を食らえば、対処方法くらいは理性を失っても思いつく
妹紅は、すでに限界に近い
先ほどから、傷口の治りも遅くなってきている
ダメージの蓄積が限界を超え、肉体の再生が追いつかなくなってきている
このままダメージを受け続け、肉体をコナゴナにされたとしたら、妹紅といえど容易に復活はできない
「く、このままでは…」
妹紅が必死で動こうとするが、もはや身体がいうことを聞かなかった
ダメージを回復させるだけで精一杯で、とてもフランドールの攻撃を回避できない
フランドールが、トドメとばかりに拳を振り上げた
妹紅が眼を閉じる。もはや、どうすることもできない
「ちくしょう、バカグヤめ、何をしてるんだ…」
最後の瞬間まで、妹紅は輝夜の悪口を言った
妹紅が覚悟を決めた…
その時だった―――!!
「お待ちください…、フランドールお嬢様…」
まるで、消えていくような、小さな声が紅魔館に響いた
妹紅とフランドールの目が、その声がした方向に向く
そこには、瀟洒な銀髪を振り乱し、ボロボロになったメイド服の少女が立っていた
「咲…夜…?」
妹紅が、咲夜を見据える
咲夜はよろめきながら、二人に近づいていく
「どうか…、気をお静めください…。フランドールお嬢様…。私は…、咲夜はこの通り、無事でございます…」
瓦礫に躓き、おぼつかない足取りで、咲夜はフランドールに近づいた
その声は弱々しく、消え入りそうなほど小さいが、それでも優しく二人にははっきりと聞こえた
「う、うううう…」
咲夜の声を聞いた瞬間、フランドールが頭を抱えて苦しみだした
必死で頭を振り、何かを振り払うかのように苦しんでいる
「な、なんだ…、どうしたんだ…?」
突然苦しみだしたフランドールに、妹紅が狼狽する
理由はわからないが、咲夜の声を聞くと、フランドールは苦しみを増すようだった
まるで、心の中に芽生えてくる何かを振り払うかのように…
「そうか…、フランドールの破壊本能と、咲夜との記憶が鬩ぎ合って、苦しんでいるのか…
咲夜との間に何があったのかは知らないが…、咲夜との記憶が蘇れば暴走を止められるかも…」
妹紅は。限界を超えた身体を必死に動かそうとする
しかし、フランドールから受けたダメージは予想よりも大きく、手も足も満足に動かない
まさに、手も足も出ない状況である
「くそぉ…、こんな所で終れるかよ!、動いてくれ…!、指の一本でもいい!、動けぇ!」
そう妹紅が叫んだ瞬間!、妹紅の全身を炎が包んだ
まるで、蝋燭が消える時の最後の輝きが増すように、妹紅の身体が光を放つ
「思い出せ!、フランドール!、咲夜との思い出を!
『鳳凰幻魔拳』
―――!?」
妹紅の指先から、霊気が一筋の光がフランドール目掛けて放たれる
その瞬間、フランドールの世界は暗転した―――
そこは、暗い部屋だった
破壊しつくされた家具や、バラバラになったぬいぐるみ
おおよそ、人が暮らせる限界を超えていると思われる部屋
その中で、少女は一人だった
日も差さず、時計も無い部屋では、どれだけ時間が経ったか分からない
それでも、少女には不満は無かった
自分には姉がいる。誰よりも強く誇り高く、優しく甘い姉がいる
いつか自分の部屋にやってくる姉を待つことだけが、少女の喜びだった
あの時、何故扉は開いていたのだろう
あの兎が鍵を閉め忘れたから?、直接的な原因はそうかもしれない
だが、結局の所、少女も姉によって運命を変えられたのだ
あの時の出会い…
「そう…、フランちゃん…、あなたはとってもいい子ね」
あの時出会った温もり…
(この人…、いい匂い…。お姉様みたい…)
初めてで、とても優しく甘い匂いがした
初めて姉以外の存在に触れ、その温かさを知った
だから人を殺すのをやめようと思った…
命は…、大切なものだから…
フランの身体を、眼に見えない温かさが包んだ
それは姉の姿であり、咲夜の姿でもあった
自分は寂しくなんかないと思っていた
実際にそうだった。しかし、姉以外の存在の温かさを知った…
今では、もうあの部屋には戻りたくなかった
「…うぅ、うぅぅぅ」
妹紅の『鳳凰幻魔拳』を受けて、フランドールの動きが止まっている
フランドールの中で失われた理性が、咲夜の記憶と共に蘇っていく…
「お嬢様…、もうこれ以上苦しまないでください…。私は、ずっと一緒でございます…」
咲夜が、フランドールのすぐ近くにまで歩み寄った
フランドールが、その拳を振り上げる
「やめろ!、フランドール!」」
妹紅が叫ぶ…
しかし、その拳は無情にも咲夜に向かって振り下ろされた
「咲夜!」
妹紅の声も虚しく、その拳が地面を砕いた…
「お嬢様…」
しかし、その拳は咲夜を外れた
フランドールの目に、涙が溢れていた
「うう…、うぉぉぉ…」
フランドールは慟哭し、その拳を解いた
咲夜は倒れこむように、フランドールの手に寄りかかった
「―――!?。フランドールの力が弱まった!。今ならいける!」
力を取り戻し、フランドールの妨害魔力と戦っていた輝夜
再び拮抗したやり取りを続けていたが、急にフランドールの力が弱まったのを感じた
チャンスはここしかない―――!!
輝夜は、持てる全ての霊力をその掌に集めた
「射干玉の闇を照らしし月よ!、今しばらくその姿を隠し!、我等を新しき世界に導き給え!」
輝夜が叫んだ瞬間、月の輝きはまるで太陽が燃えているかのような激しい光に変わる
まるで昼と夜が逆転してしまったかのような輝きが地上を照らし、星々の光を飲み込んでいく
その光が治まると、再び夜の帳が周囲を包んだ
空には輝く星々、射干玉の宵闇が全天を覆い、人間にはいつもと変わらぬ夜になった
しかし、夜空に輝く満月は違った
普通の人間には分からないが、そらに浮かぶ月は、二十八という完全なる数字を微かに欠いた偽者の月だった
「あ、ああ…あああああ…」
フランドールの全身から、白い煙が立ち上る
真実の満月が隠され、偽者の月と変わったせいで、フランドールの魔力が落ちていく
その身体が縮み始め、やがて元の大きさに戻った
フランドールも咲夜も、何も知らないまま気絶してしまった
「輝夜!」
妹紅は、空から降ってきた輝夜を受け止めた
真実の月を隠す魔法で、力を使い切ってしまったらしい
「妹紅…、見たでしょう…。私、自分の力で…、永琳がいなくても…私…」
妹紅の顔を見た途端、輝夜の顔が緩んでしまった
「ああ、分かってるよ。馬鹿野郎、良くやった」
そういって、妹紅は輝夜を強く抱きしめた
~紅魔館・地下大図書館~
先ほどまで、館全体が揺れていたというのに、今は不気味なほどに静まり返ってしまった
あれほど強大だったフランドールの魔力も感じなくなった
これはどういうことなのか?。考えなくても分かった
あの白髪の少女が、フランドールを止めてしまったのだ
「あの人、本当に妹様を止めてしまうなんて…」
パチュリーは自分の掌についた血を眺める
このまま、この世界にいても、自分は死んでしまうのだろう
あの兎の言っていた幻想郷とはどんな所であろうか?
どれだけの資料を読んでも、それは分かりはしなかった
あの少女は、パチュリーを殴り飛ばし、怒鳴りつけて行った
どこの誰かも分からないが、あの強大な魔力を持ったフランドールを止めてしまった
一体、彼女は何者なのだろう?
パチュリーの心に、不思議な感情が芽生える
あの少女に、もう一度会って礼が言いたい
あの少女は、私にレミリアや、フランドールや、美鈴や、鈴仙、そして咲夜ともう一度同じ世界で生きるチャンスを与えてくれたのだ
ああ…、ようやく分かった…
私はこんなにも、レミィ達と生きていたかったんだ…
ずっとそう思っていながら、今初めてそれが分かったような気がする
パチュリーは口の周りについた血を拭った
両手を自分の方へ向ける。その瞬間、紅魔館が激しい光を放ち始めた
「レミィ、妹様、美鈴、咲夜…。私は、まだみんなと同じ世界で生きていたい
だから、力を貸して…」
そう言った瞬間、パチュリーは全ての魔力を開放した!
激しい風が巻き起こり、図書館の本が無造作に吹き飛びまくる
「闇の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ
契約のもと、パチュリーが命じる…
封印解除(レリーズ)
―――!!」
パチュリーが呪文を囁いた瞬間、紅魔館を包むように展開された一〇八を超える魔法の公式が光を放ち、紅魔館を包んだ
同時に、魔力を開放した反動で、パチュリーの身体には強烈な負担がのしかかる
数多ある魔法の中でも、最高難易度の魔法である時空間転移の魔法
流石にその消耗する魔力もとんでもない。喘息もちのパチュリーに、最後まで呪文を唱えることができるのか?
しかし、パチュリーは自分の身体への負担もお構いなく、術式を続けた
やけっぱちになったのではない。みんなと、一緒に生きていたいから
だから、魔法を唱えるのだ
「エロイムエッサイム エロイムエッサイム 我は求め訴えたり!
此の穢れし世界を棄て 新しき不浄の土地を求め 我等は旅せんとす
我と我が血潮の朋友に 幻想の果ての世界への祝福を与え給え」
パチュリーは、新しい世界を呼び出す呪文を唱える
黒雲が紅魔館を包み、天から地鳴りのような音が近づいてくる
まるで隕石でも落ちてきたかのような強大な衝撃が、紅魔館を襲う
パチュリーが呼び寄せた新たなる世界の扉が、紅魔館の上空に現れた
空間と空間がぶつかりあう衝撃が摩擦を生み、強大な雷が所構わず落ちてくる
パチュリーは必死で新しい世界を呼び寄せる
強大な魔力が、吸い取られ、危うく意識を失いそうになる
空間を歪ませる魔法が、これほどの魔力を使うとは…
しかし、挫けそうになる心をパチュリーは振り払った
ここで諦めてしまったら、何にもならない
今、みんなを助けることができるのは、自分だけなのだ
そして、ついにパチュリーは新しい世界を、この紅魔館の直上に呼び出すことに成功した
「我が呼びかけに応えし新しき世界よ 次元の扉を開き 新たなる世界へ導け!
タッカラプト ポッポルンガ プピリット パロ!」
パチュリーが最後の仕上げに入った
呼び出した新しい世界への扉を開く呪文を唱える
今までと違う世界への扉
空間に微かに亀裂が入ると、紅魔館を覆っていた黒雲が吸い込まれるように新しい世界に消えていった
あと微か、あと微かで、幻想郷への扉が開く…
輝夜も妹紅も、それを固唾を呑んで見守った
二人は信じていた。パチュリーがこの魔法を成功させることを
なぜなら、彼女も欲していたから
一緒の家に住んで、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て…、一緒に笑って…、一緒に泣ける…
そんな家族を欲しがっていたのだから
彼女が、この魔法を成功させられない訳が無い
やがて、空間に入っていた亀裂が広がり、そこから溢れんばかりのまばゆい光が漏れ出す
まるで空の闇が剥がれ落ちるように、塊となって闇が落ちていく
そして、そこに新しい世界への扉が開いた
パチュリーの作り出した魔方陣が、新しい世界との光と融合し、お互いを引っ張り合う
巨大な光の柱が降り立つように、紅魔館は光の中に包まれた
「ピッコロ(違う世界)…」
パチュリーが最後の呪文を呟いた。その瞬間、紅魔館は周囲を包んだ光に溶け込んでいく
強烈な時間震動が、紅魔館を揺らす。激しい震動に、パチュリーは倒れこみ、意識を失った
それは、光の速ささえも超えた一瞬の出来事であった
紅魔館は光の中に消え、そして、湖ごと消失してしまった
~??????????~
「う…、ここは…、どこ…?」
眼を覚ました輝夜が、周囲を見渡す
四季折々の花が咲き乱れる庭園、蝶が美しい翅を広げ蜜を吸っている
綺麗に整えられた芝生と、造型の整った彫刻、大きな噴水の水は湖から吸い出されているらしく深く澄んでいる
美しく整えられた木々が立ち並び、その木陰では妖精達が羽根を休めて寝そべっている
「ここは…、まさか天国?」
輝夜が言った。まさにこの光景は、天国と呼ぶに相応しい
自分にとっては、まったく縁の無いはずの場所である
「まさか、蓬莱人にもジョークが言えるなんてね」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえた
瀟洒な銀髪、純白のエプロンにメイド服、頭のヘッドドレス
そこに立っていたのは、十六夜咲夜その人だった
「こ、ここは…?」
咲夜の存在に気付くや、慌てふためいて周囲を確認する
赤いレンガ造り、天辺に大きな時計台、窓は少ないがまるで磨かれたように美しい
ここはそう…、見紛う事なき紅魔館である
「紅魔館に決まってるでしょう、そんなことより、どうして貴方達は人の家の庭で倒れてるのかしら?」
「貴方達…?」
そう言われて、輝夜は自分がお尻に敷いている存在に気付いた
それは、紛れもなく藤原妹紅と因幡てゐであった
「う…、ううん…、ここは…どこだ…?」
目を覚ました妹紅が、回りを見渡した
まるで、何千年もの眠りから醒めたような不思議な感覚である
「不老不死になって、頭まで惚けちゃったのかしら?。ここは紅魔館よ」
咲夜が呆れたように答える
二人とも、寝ぼけたまま周囲を見渡す
自分たちも、確かに紅魔館にいたのだ
ただ、自分達がいた紅魔館は、外壁は蔦と黴に覆われ、腐臭と死臭が立ち込め、噴水は壊れ、花の一本も生えていない館だった
まるで、今目の前にある紅魔館とは、似ても似つかない代物である
だとすれば…、ここは…
「なあ、咲夜、一つ聞いていいか?」
妹紅が聞いた
「今日は、何月何日だ?」
妹紅の質問に、咲夜は大きな溜息をついた
「どうやら、本当に惚けちゃったみたいねえ、今日は○月×日に決まってるでしょう」
哀れむような声で、咲夜が答えた
今日は、○月×日。つまり、あの月例祭の日である
三人は、元の時間に戻ってこれたのだ
「ふふ…、ふふふ…」
「あーっはっはっは!」
輝夜と妹紅は顔を見合わせ、大いに笑った
咲夜は、いよいよ二人ともおかしくなったのだと思い、呆れるしかなかった
「そんなことより、貴方達はなんなのよ。人の家の庭で、しかも、その汚れた格好…」
眉を顰めながら、咲夜が三人を順に見る
三人とも、血塗れの泥まみれ、その上、匂いも酷い…
咲夜は深い溜息をついた
「とにかく、そんな格好でうろつかれたら迷惑だわ。お風呂を貸してあげるから、身体を洗いなさいな」
そういうと、咲夜は三人を風呂場へと案内した
紅魔館の浴場は広い。相変わらず、オブジェは悪趣味だが、ちょっとしたプールくらいの大きさはある
悪魔の口から、熱いお湯が出ているが、咲夜の時間を操る能力であっと言う間にいっぱいになった
三人は脱衣し、風呂に浸かる
「ねえ、もこたん。少しは洗濯板は直ったかしら~?」
身体を洗う妹紅は、輝夜に背中を向けている
しかし、輝夜はここぞとばかりに妹紅に背後から抱きついた
「てめえ!、自分がちょっとばかり大きいと思いやがって!」
妹紅はタライに溜めた水を輝夜に引っ掛けた
「何よ!、いいじゃない減るもんじゃなし!」
「うるせえ!、お前に言われるとムカつくんだよ!」
そういって、二人は浴場で毎度の如く追いかけっこをはじめた
「はぁ、狗も喰わぬなんとやらウサ」
一人、湯船に浸かりながら、てゐが呟いた
「まったく、煩瑣い連中ね」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは浴場から聞こえてくる二人の喧噪にブツブツと文句を垂れる
「まったくですわね」
咲夜はそう答えながら、三人の衣服を洗濯機に放り込む
幻想入りした二層式洗濯機を香霖堂で買った物だった
ちなみに電力は、妖怪の山の河童発電所から引っ張っている
「でも不思議ですわ。あの連中とは、永夜異変の時に初めて会ったと言うのに、何故かもっと以前から知っていたような気がするのです」
咲夜が言った。レミリアと一緒に異変解決に向かった永夜異変
あの時はどうとも思わなかったが、どういうことか、もっと以前から連中のことを知っていた気がするのだ
「そうね、何故かあいつ等を見てると気が昂ぶるわ。今日は久しぶりに美鈴と手合わせしてみようかしら」
レミリアも答える。あの兎も、もっと以前に、それもよく知っていたような気がする
そう思うと、レミリアは何故か気が昂ぶる。幻想郷に来てから忘れていた吸血鬼の本能が蘇ってくるような感覚に陥る
「そうそう、不思議といえば、今日は不思議な夢を見たわ。私たちが幻想郷へ来たときの夢」
レミリアが言った
「あら、奇遇ですわね。私も同じ夢を見ましたわ」
咲夜が答える。二人して、全く同じ夢をみるとは…
「まあ、幻想郷に来たのは正解だったわね。パチュリーも少しずつ健康になって来ているし
フランも以前よりは、感情を抑えられるようになったしね」
「そうですわね…」
咲夜が笑いながら答える
あれは、今から何年前になるだろう
レミリア達が、紅魔館ごと幻想郷に移転してきたのは
「そうね、でもあの時…」
レミリアは、そこで間を作った
そして、二人は同時に語った
「咲夜がフランを止めてなかったら、どうなっていたかしら?」
「お嬢様が妹様を止めてなければ、どうなっていたことか…」
「…!?」
「え!?」
…そう二人で言って、そして、顔を見合わせた
レミリアは咲夜がフランを止めたと思い、咲夜はレミリアがフランを止めたと思っていた
「じゃあ、一体誰が、あの時フランを止めたのかしら…?」
レミリアも咲夜も、狐に抓まれたような気分になった
その頃、浴場ではまだ、輝夜と妹紅の追いかけっこが続いていた…
妹紅がパチュリーに喝!結構格好良かったです。
僕は応援してます。
所々挟まれるパロネタにせっかく浸っていたシリアス感をちょいと阻害された部分もありましたが、総合的に見れば大変面白かったです。
熱い展開と一部の者だけが知る真実にニヤリとする場面も多く、読んでて興奮しちゃいましたね。
いやはや、それにしてもフランドールのチートっぷりマジぱねぇッス;ww
おもしろかったですw
うどんげにも期待大ですね~^^
楽しみにしてますーw