からり からり
波の音に包まれながら、鍵山雛は川を下る。色とりどりの紙雛と大量の"厄"を積んだ、簡素な船を引き連れて。
後続の船が岩に引っかかると、雛はくるり、と回りながらその厄を少しだけ引き受ける。
軽くなった船が岩から外れて、列に戻る。
「あや、あれは……」
衣服にほつれや焦げ跡を作り、ふらふらになった烏天狗、射命丸文が、雛の率いる流し雛を発見する。
その膨大な厄に巻き込まれないように慎重に近づいてから手を合わせると、微笑を浮かべたまま雛がくるりと回る。何か、気分がすぅっと落ち着いていくようだった。
「追跡取材は、ツキが向いている時ですね」
――ゲンを担ぐのが幻想郷の流儀である。よって、本日の取材は、これまで。
ゆらり ゆらり
波に揺られ、鍵山雛を先頭にした厄の船団が行く。
――もうそんな時期か。
川べりでなにやら機械を弄くっていた、河童の河城にとりが手を振りながら声を投げる。
「お~い、鍵山の~」
雛はにとりに気づいているのかいないのか、表情を変えずにくるりと回ってみせる。
――ん、縁起物だねぇ。
にとりは手元に視線を戻し、作業を再開する。
――大丈夫、今度はきっと、うまくいく。
くるり くるり
鍵山雛は、巻き取り、溜め込んだ厄を定期的に川へ流す。
どこからか人々の厄を背負って流れてきた紙雛の船。そこから厄を一度全て引き受け、改めてそれぞれの船に、水に溶けて清められる程度の厄を振り分ける。
そして先頭に一つ、紙雛をこしらえて、流し雛たちの先導役とする。
川の流れは次第に緩やかになり、反して水面のうねりは次第に大きくなる。
うねりは時たま大きな渦となって、流し雛の一部を飲み込む。
くるり はらり くぷくぷり
ひとつの船が流れに溶け、その身に積んだ厄もろとも、渦の中へ飲み込まれる。
渦の回転は、流れる水の清らかさがその厄を許し、優しく包み込むための腕なのだ。
やがて船団は、ついにその全てを波の中に溶かし、水底に消える。
「お疲れ様、おやすみなさい」
安堵と、どこか切なさを帯びた微笑を浮かべて呟いた鍵山雛は、山の樹海の中。
くるり ひゅるり
鍵山雛は動かない。
その場でくるりと一回りするたびに、禍々しい空気の揺らぎが降着円盤を模って雛に集まる。
――これが私の使命、生きがい、信仰に報いるもの。
これこそが私の役。
率いる私が飛び切りの笑顔で役目に望まねば、後に続く流し雛たちも浮かばれまい!
「さあ、貴方の厄災も全て引き受けましょうか」