じりじりと照りつける陽射しが、人妖の分け隔てなく物事への意欲・やる気・ガッツを奪い去っていく季節。
――夏、真っ盛り。
この暑さにより、博麗神社で霊夢によく似たミイラが発見されたニュースが記憶に新しい。
親しい友人達は「確かに霊夢に似てたけど、きっとどこかで生きてるって。平気平気」と
巫女の身を案じていた。
山のあたりでは気の短い一部の方々が我慢の限界に達し、秋姉妹の家を訪ねて昼夜問わず
ドアを叩き続けるという暴挙に及んでいる。
ゴガギーン!
ドッカン! ドッカン!
「おらっ! 出て来い秋姉妹!!」
とうの昔に神への畏敬を忘れ去った暴徒たちが、奇声を発しながら“世界の中心で、秋をさけぶ”という
スローガン(?)が掲げられた扉を狂ったように蹴り付ける。
しかし、まだまだ夏。
容赦なく夏。
暦に忠実な秋姉妹は、先の出番に向けて英気を養っている最中であった。
より正確に描写すると、静葉さんと穣子さんは涼しい室内で思いっきり寝ており、全く騒ぎに気付いていなかった。
扉に貼られた“ゴメンネ! 立秋まで、あと少し待っててね(ハートマーク)”という
白々しいお知らせが、熱風に吹かれて物寂しくはためくばかり。
「おいっ……頼むよ……!! もうじゅうぶん夏しただろ……!! 出てきてくれよ……」
「頼むよォ……はやく秋してぇよお!!」
「出て来いオラァ! 出てきて……でテきてクダさい……オネガゐだから……ふfひひ」
「もう嘘の記事書きませんから! お二人の特集組みますから……はやく秋に……」
どんなに暴れたところで、どんなに「暑い」と口にしたところで、いきなり涼しくなるはずはない。
少しでも冷静に考えれば分かりそうなものなのだが、すでに正気を失いつつある彼らはそれに気付かない。
焦点の定まらぬ瞳で扉に向かって叫び続ける老若男女の中に――――大妖精、と呼ばれている少女の姿があった。
チルノとよく一緒にいるので誤解されがちなのだが、彼女は氷や冷気を操る妖精ではない。
大きな妖精なのだ。
何が大きいのかは、まだ分からないのだが……。
とにかく、彼女にはこの猛暑を快適に乗り切るための特殊能力(自衛手段とも表現できる)がなかった、ということだけお分かり頂ければ結構である。
余りの暑さに大妖精が発狂してから、この時点でもう三日が過ぎていた。
まずは皆さんに、如何にして大妖精の心がメーターを振り切ってしまったのかをお話したいと思う。
――――――――――
ある暑い日のこと。
彼女はチルノと湖畔で遊んでいた時に、唐突にこう呟いた。
「……これがREAL な"Fairy Life"……Oh……」
「? 大ちゃん、どうしたの?」
横文字交じりに妙なことを口走った大妖精。
嫌な感じに眼が据わっている。
ただならぬ気配を感じたチルノが声をかけたが、すでにこの時、彼女の覚醒は終わっていた。
「♪弾幕じゃなくマイクで勝負……ヒェア……」
「??? ちょっと、大ちゃん? どしたの?」
「♪ドゥーン! ドゥーン! キュワキャキャッキャキュワキャ チェケラッ!!」
「大ちゃんってば!」
傍らに落ちていた木箱の上に掌を置き、何かを擦るような動きを繰り返す彼女。
明らかに尋常ではない。
ただならぬオーラを感じ、無意識のうちに後ずさりを始めるチルノ。
「えーっと、そんなに箱をごしごしして、何してるの?」
「It'sスクラッチ……Yo……」
「宝くじのこと?」
会話がかみ合っていない。
もしや、異変の始まりなのだろうか? 早く何とかしないと……!
あたふたと視線を走らせるチルノに、大妖精はニコリと笑って呼びかけるのだった。
「Yo! コール&レスポンスしようぜ!」
じゃんけんのチョキだか何だか判然としないサインを片手で送りながら、なおも一心不乱に木箱を擦り続けている。
――――この瞬間に、チルノは悟った。
自分の知っている大妖精は、いつもの優しい彼女は、遠いところへ逝ってしまったのだと……。
「うわーん! 大ちゃんが狂ったー!」
泣きながら飛び去るチルノの背後では、大妖精が「キュワキャキャッキャ」と呟きながら
しつこく木箱を擦り続け、ついには余りの高速摩擦により箱が発火してしまった。
もくもくぼわぼわ。
「Oh…… ワタシのRhymeでハコが燃えてるじゃねーか……」
――――――――――
湖畔を離れたチルノは懸命に飛び続け、博麗神社へと向かった。
まずは霊夢に相談しよう。
多くの知人友人が、「幻想郷でなんかあったら霊夢に丸投げしとけばいいよ」と語っている。
今はその言葉を信じよう……。
「れいむー! 大変なのよ……ってうわああああああー!!」
神社の縁側では日向ぼっこをしていた玄爺が甲羅を残して蒸発しており、
その傍らでは霊夢が古代エジプトへの大いなる旅路へ一歩を踏み出したところであった。
つまり。わかりやすく表現すると死にかけていた。
だらしないポーズで転がる霊夢のもとに着地すると、チルノはその細い体をグラグラと揺さぶる。
「霊夢、しっかりして! 大変なの、大ちゃんが……」
「ああ……ウウ……」
「ちょっと、聞いてる?」
「こオりの……にオいがスル……」
「えっ? 氷?」
「オレサマ オマエ マルカジリ」
がばり、と起き上がると霊夢は凄まじい勢いでチルノの体に覆いかぶさり、
どこからともなく取り出したスプーンを突き立て始めた。
これまた、明らかに尋常ではない。
「いたっ! いたた……ちょっと霊夢、なにするのよー!」
「オカシイ…… かキゴオり……しゃべル……」
「おかしいのはあんたよーっ!」
咄嗟の判断で、チルノは大きな氷塊を作り出して霊夢の頭を殴りつけた。
まるで火サスの冒頭20分ごろのような鈍い音が境内に響き、霊夢は涼やかな眠りについた。
――――――――――
その後、チルノはあちこちを彷徨いながら大妖精を正気に戻す方法を考えたが……
そこは悲しいかな、チルノのオツムではどうにもならなかった。
やはり誰かの力を借りなくては、どうにもならない問題のようだ。
そこでドクターえーりんに治してもらおうと永遠亭の診療所を訪ねたのだが、
“この夏の休診日:毎週 月・火・水・木・金・土・日曜日”という張り紙が堂々と出されており、
チルノは泣きべそをかきながら竹林を後にした。
第二候補として、物知りパチュリーさんに話をしようと向かった紅魔館。
ここもまた尋常ではなかった。
いつも門前に立っている美鈴の姿が無い。
「こんなに暑い日だし、中にいるのかな」と考えつつ、そのまま通り抜けようとしたところ……
なにやら立て札があることに気が付いた。
「ん? まさかココもずっとお休みなんじゃないでしょーね」
★紅魔館からのお知らせ★
長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。
この度、あまりの暑さから館主・その妹・メイド長・門番隊長・図書館コンビがやる気を失ったため
紳士淑女の社交場・紅魔館は閉館とさせて頂く運びになりました。
私たちは皆様との思い出を胸に、涼しい土地を求めて旅に出ようと思います。
これは別れではありません。
新しい始まりなのです。
See You Next Dream!
それでは最後に、館のメンバーから皆様へ感謝のメッセージをお送りします。
あつい かゆ うま ―― レミリア・スカーレット
うぇっえwwwなにこの暑さwwwwwちょwww蒸発するってwwwwwwwww ―― フランドール・スカーレット
お嬢様、そんなに暑いなら全裸になれば良いではありませんか。さあ! ―― 十六夜 咲夜
健康第一 ―― パチュリー・ノーレッジ
新党滅却すれば紐股鈴死 ―― 小悪魔(仮名)
正午越えたら意識が弱まる。シエスタしろ! ―― 紅 美鈴
チルノは泣きべそをかきながら紅魔館を後にした。
――――――――――
こうして、チルノの奮闘も空しく大妖精の病状(?)は順調に悪化し……
ここで舞台は秋姉妹ハウスの前へと戻る。
――――――――――
「静葉ああああああっ! 穣子おおおおおおおーっ!!」
「愛してるんだァー!! 顔を見せておくれー!!」
相も変わらず、涼しさを求めているわりに異様なまでに暑苦しい有象無象が秋姉妹ハウスを取り囲んでいる。
しかし、どんなに呼びかけても返事は無い。
もはやこれまで、ここで秋を迎えることなく干からびていくほか無いのだろうか?
誰ともなしに力なく俯き、地に膝をつこうとしたその時。
……歴史が、動いた。
「♪Yo…… 諦めるのはまだ早い…… Never Give Up、それがワタシのStyle」
「誰だっ!?」
人波を割るようにして、小柄な影がずんずんと扉の前までやって来る。
燃え盛る太陽の光を背にして、サングラスをギラつかせた女はこう名乗った。
「―― 一体誰かと問われれば 名乗るしかないぜ DJ DAI-Chan!」
「え?」
「どなた?」
一部の冷静なコメントを軽やかにスルーし、どこからともなく指し込むスポットライトの光。
詰め掛けたオーディエンスのボルテージは、もはや発火寸前である(※一部表現が誇張されております)。
まずはライブの始まりに先駆けて、会場のみなさんのコメントをお伝えしたい。
「あれがDJ DAI-Chanか……やべえ、俺初めて生で見るわ(157歳・天狗 男性)」
「なんてカッコイイの……妬ましいわ!(年齢なんてどうでもいいでしょ・橋姫 女性)」
「なに、あの尖ったグラサン。まじパネェだろ(4歳・毛玉 男性)」
「あなたの歌を流したら、急に店が繁盛し始めました(年齢不明・古道具屋店主 男性)」
「DJ DAI-Chan! アルバム全部持ってます! サインください!!(年齢不詳・厄神 女性)」
「あなたの歌で、なくした宝塔が見つかりました!!(年齢ひみつ・毘沙門天代理 女性)」
「あの立ち姿……誠に美麗で、威風堂々であるッ!(年齢など瑣末なことです・僧侶 女性)」
いよいよ幻想のリリックが聞ける。
湖生まれヒップホップ育ち。
(頭)悪そうな奴はだいたい友達。
本物のラップが聴けるのだ……!!
ZUN帽を斜めに被り、オーバーサイズのTシャツを着た大妖精(あ、正体書いちゃった)が
ターンテーブルをいじりながら目で毛玉に合図する。
臓腑に染み渡る重低音がスピーカーから響く。いよいよショウの始まりだ。
「♪Yo-Say! そうよワタシが妖精! たなびく光はまるで彗星!
♪魅力は天性! 響く歓声! 若くしてその世界は完成!
(♪ドゥ~ン ドゥンドゥンドゥ~ン キュワキャキャキャッキャキュワキャ!)
Get a Chance! そうさDJ DAI-Chan!
Change the Season! 祭りはこれから始まるじゃん!
弾幕遊戯がココでの流儀!
(♪ドゥ~ン キュワキャギュワオン スコポコペコポコ!)
♪ここは幻想! 死んだら埋葬! なおも燃えてるアブナいMy Soul!
神を倒すならおすすめチェーンソー!
SAY HO!(HO!) SAY HO HO HO HO!」
割れんばかりの歓声と拍手が、まるで地鳴りのごとく山を震わせている。
毛玉のスクラッチも好調だ。
オーディエンスの熱狂は、見ていて怖ろしいほどである。
まだ妖怪の時代は始まったばかり――
そんなメッセージが、マシンガンのようにDJ DAI-Chanの口から飛び出していく。
本物のHipHop、それが今ここにあるのだ。
「マジ最高でしょ、DJ DAI-Chan!(年齢不詳・ひまわり妖精 女性)」
「なんて言えばいいかな……そう、商業主義に踊らされずに自分のスタイルを貫いているところが
最高にカッコイイですよね。常識に囚われない作品が素晴らしいです(まだまだ若い・風祝 女性)」
「鬱を忘れますね(年齢なんて無関係・騒霊<長女>)」
DJ DAI-ChanのRhymeは変幻自在、その勢いは留まるところを知らない。
「All right c'mon!! Let's go every say oh……」
ノリノリなままに次の曲へとビートを刻んでいた、その時である。
ステージの背後から、多分に戸惑いを含んだ声が響いた。
「ふぁあ……あの、いったい何やってるの? 随分と騒がしいから目が覚めちゃったじゃない」
「あ」
「う」
ステージの後ろから、寝ぼけ眼を擦りながらヒョイと顔を出したのは……
秋姉妹ではなく、レティであった。
どうやら山でのんびり寝ていたところ、あまりにうるさいので秋を飛び越えて起きてしまったようだ。
<会場にいた皆さんの脳内>
レティさん→黒幕→妖々夢の真の黒幕(※違います)
→冬の妖怪→抱きついたら涼しそう→ Q.E.D
解答:レティさん大勝利
「やったー! 秋を飛び越えて冬がやってきたぞ!」
「俺たちの祈りが通じたんだ……!! これで生き延びられる……!!」
「レティさん、まさしく女神のようだ」
正常な思考回路がすでにぶっ壊れていたオーディエンスの脳は、ここへ来て急に活性化した。
秋? もういいよ、そんなの。時代は冬だろ!
「レーティーイっ! レーティーイっ! レーティーイっ!(手拍子)」
DJ DAI-Chanは、まだ半分脳味噌が寝ているレティの手をとってステージへと引っ張り上げた。
レティはと言えば、何が起きているのかさっぱり理解できていないようである。
「ここでオーディエンスのみんなに嬉しいニュースがあるんだよね……
マイフッド、レティ・ホワイトロックが会場に来てくれましたー! 拍手!」
「えーっと、あなたチルノと仲良い娘よね? へんなカッコして何やってるの?」
「What's Up? そんな女は知らない。ワタシはDJ DAI-Chan」
「??? えっと……ほら、よくわかんないけど、ここ人の家のまん前だから。
あまりご近所迷惑にならないようにしてね……」
「ハーン? HipHopディスってんのか? このおっぱいお化け!!」
「おっぱ……!?」
がらがらっ、ぴしゃっ!!
「「うるせー馬鹿ども! まだ立秋じゃねーだろ!! とっとと山を降りろ!!」」
うんでも、ドラゴンアッシュも好きだったよ
Greatfull daysも実はいまだに良く聞く
同日天岩戸作品、堪能させて頂きました
騒ぐだけではなくてですね、そう所謂一つの裸踊りってやつがですね
……これ以上は言えぬか……
この後のDJ DAI-CHANの安否も気になるが、それよりも霊夢が華麗にスルーされている件について。
とりあえず妙に韻のふみかたが上手いことにつっこみたいw
レティに傍にいて欲しい今日この頃(年齢なんて忘れたさ・男性)
まだ八月にもなってないのに!
DAI-Chan恐るべし…!
誰だよ、もはやDAI-CHAN誰だよw
ここまでやってくれると、清清しすぎて涙が出ます。
思い切って書けるのがうらやましいほどです。
大妖精もといDAI-Chanすげー
てか年齢ごまかしてる人妖多すぎw