眩しい太陽が照りつける天界の草原。真っ青な空には鳥達が、緑の萌える草原には様々な色の植物達が、息を飲むほど美しい世界の中で精一杯にその命を輝かせている。
だというのに、草原にへたりこんだ天子の顔色は今にも死んでしまいそうな程、不気味に白く濁っていた。
「え……? 衣玖って……死んじゃうの?」
その声には魂を吐き出したように力がなく、唇はワナワナと痙攣してほとんど蒼白になっている。
「え、ええ。それはいつかは……」
その肩を抱いている衣玖には、なぜ天子がそのように絶望しているのか分からなかった。今日明日に死ぬという話をしているのではなく、ずっと遠い未来の、普遍的に訪れる死の話をしているのだ。
天子の目は大きく見開かれその呼吸は荒く、全身は冬の湖に飛び込んだみたいに震えている。つい先程まで元気そうに一緒に草原を散歩していたのに。
「そんなの嘘よ……」
「嘘と言われましても」
「だ、だって、天界の住人は不老不死なのに」
ああそうか、と衣玖は天子の思い違いに気付いた。
「そりゃあそうですけど、天界の住人と言っても龍宮の使いは天人と違い不老不死ではありませんよ。私も、あと何百年かしたら寿命で……」
衣玖は当たり前の事実を言っただけのつもりなのに、天子はまるで死刑宣告をつきつけられた囚人のような顔をして仰向になって倒れてしまった。
「そ、総領娘様!?」
慌てる衣玖の目の前で、天子の目の端から涙が一筋こぼれ落ちた。その涙は、あとからあとから溢れでて、けして止まることがなかった。
「と、言うわけでして」
「馬鹿ねぇ……」
博麗神社の午後。
縁側に並んで座りながら衣玖の話を聞いた霊夢は、ズズゥとお茶を飲み、ふぅと呆れた顔をした。しかしどこか、呆れた中に優しい感じもある。
「ま、こいつにも可愛い所があるのね」
「でしょう?」
衣玖と霊夢は二人そろって天子の顔を覗き込んだ。
「すん……すん……」
天子は衣玖の片腕に全身でしがみつきながら、しくしくと涙を流している。まるで、そうしていないと衣玖が空の彼方へ飛んでいってしまう、とでも言うように。そしてよくよく耳を済ましていると、ときおり天子が子犬の泣くような声で「衣玖ぅ。衣玖ぅ」と悲しそうに呟くのが聞こえた。
いつもの高飛車な様子とはうって変わったその姿に、霊夢はなんと言っていいか分からないようで、複雑な顔をしながら乾いた笑い声を上げた。
「どれくらいの間こうなの」
「かれこれ三日目ですかね」
「み、三日……家に帰る時はどうしているのよ」
「それがもう絶対に離してくれないものですから、私が総領娘様の家にお泊りさせてもらっています。比那名居家の皆様も困りですよ。お風呂だって必ず一緒に入りますし、離れるのはトイレの時ぐらい……。それだって最初は一緒にしようと……」
「うわぁ重症」
今度ばかりは、まじりっけなしに呆れた顔をした。
「ねぇ無理やり引き剥がしてみない?」
「いやそれは……」
衣玖が止めるのも聞かずに、霊夢はよっしゃと立ち上がって、むんずと天子の腕を掴んだ。
「ちょっと。無茶はしないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
そう言って霊夢は、綱引きをするみたいにぐぃぐぃと天子をひっぱった。
「やぁー!いやぁー!衣玖と一緒にいるー!」
とたんに天子が駄々っ子のような声を上げる。
「いたたたた」
衣玖もまた悲鳴を上げた。天子は絶対に衣玖の腕を離すまいとして、ものすごい力でしがみついているのだ。
「霊夢!やめてください!」
衣玖が本気でそう叫ぶもんだから、さすがの霊夢も天子から手を離した。
とたんに天子は、蛇のようにシュルシュルと衣玖の腕に巻きついて、そしてまた、「衣玖ぅ衣玖ぅ」と泣き始める。
「すっぽんかこいつは……」
霊夢はぜぇぜぇと肩で息をしながら、縁側に腰を下ろした。
息が切れるほど本気で引っぱたのか、と衣玖は恨めしそうにそれを睨んだ。
「けれど気の早い事ね。まだ数百年は寿命があるんでしょう?それで泣くなんて。私はあと50年もしたら逝くんでしょうけど。まだまだ遠い先の話でしかないわ」
「総領娘様ったら、私も不老不死だと勘違いしていたようですから。有限の命だと知って、驚いてしまったのでしょう」
「驚くような事かねぇ」
衣玖は天子の頭を撫でながら、ふふ、と優しく笑った。
「でもね。悪い気はしないんですよ」
「あんたも馬鹿ね」
霊夢はまた呆れた顔をして、茶をすすった。
「と言うわけで、わたくし永江衣玖。天人になりました」
衣玖のその言葉を聞いた霊夢は、阿呆のようにあんぐりと口を開けた。
博麗神社のいつもの縁側。
茶を片手に腰をおろしている霊夢の姿は相変わらずだが、その顔には衣玖が初めて見るくらいの仰天があった。
「な、なんですって?」
「天人になったと言いました。そんなに驚きましたか」
座る霊夢に向かって立っている衣玖の後ろでは、天子がわーいわーいと笑顔ではしゃいでいる。霊夢は唖然とした顔でその天子と衣玖の顔を交互に何度もみた。
「……天人ってそんなに簡単になれるものだったの」
「いやいやそんな事はないですよ。比那名居家の口添えがあったおかげです。それでも向こう何百年かは様々な奉仕活動をしなくてはならないくらいで」
「はぁぁぁそれはそれは……」
感心半分呆れ半分、というふうに霊夢は溜息をついた。
「いやぁ。驚いた」
気を落ち着かせるように、一口茶をすする。
「あんたらがそこまでするとはねぇ」
衣玖は恥ずかしそうに笑った。
「最初にこれを言い出したのは総領娘様なのですよ。私が天人になってくれないのなら、私の寿命と一緒に自殺するとおっしゃいまして」
「おおこわい。そりゃあワガママの極みだねぇ」
「ふふ。ええまったく。けれど反対する理由は特にありませんでしたからね」
霊夢は呆れたように、そして衣玖は純粋におかしそうに、それぞれ笑った。
その二人の間に、天子が顔を出した。
「ねぇねぇ霊夢」
「うん?」
天子が少し悲しそうに言う。
「霊夢も……天人にならない?」
「ぶっ」
と、霊夢は飲みかけていた茶を吹いた。
「げほっげほっ。何を言い出すの」
「霊夢にはずぅっとこの幻想郷を守ってきた徳があるんだし……そう無茶な話じゃないんだけどなぁ」
霊夢は勘弁してくれと笑いながら、手を振って断った。
「いらんいらん。私は人間のままで満足だよ」
「そっか……」
シュンとする天子の頭を、霊夢はポンポンと叩いた。
「気持ちだけ受け取るよ。ありがとう」
「うん……」
それから三人で少し話をした後、霊夢に見送られながら、二人は境内から天界に向かって飛び立った。
今日の幻想郷は一面の曇り空で、二人が上昇する先には薄黒い雲が壁のように立ちふさがっている。その雲を抜けてしまえば天界に降り注ぐ明るい日差しを見る事ができるのだが。
「断られちゃったわね……」
しょんぼりとしながら、天子が呟く。その気持ちは衣玖にもよくわかった。
「そうですね」
「霊夢は怖くないのかな?」
「どうでしょうかね……」
地上を見下ろすと、霊夢はまだ境内にいて、こちらを見上げていた。その姿は、小さい。
「いつだったか八雲紫から聞いたのですが……外の世界にいたとある人間の賢者が、こう言っていたそうですよ」
「え?」
「人間はほんの少しの間しか生きられないからこそ、閃光のように、一生懸命にまぶしく輝いて生き抜くんだ……と」
「ふぅん……」
『閃光のように』、という言葉で二人は同じ人物の事を頭に思い浮かべていた。
閃光を撒き散らしながら雷のように幻想郷を駆け抜けた一人の魔法使い。
「魔理沙……みたいですねぇ」
「あはは。衣玖もそう思う?」
だがその魔理沙も、天寿をまっとうし去年逝った。
二人はもう一度地上を振り返った。薄暗い幻想郷の底に、豆粒ほどの大きさになった霊夢がまだ立っている。天子が大きく手を振った。人外の優れた視力によって、霊夢が手を振り返しながら笑っているのが見える。
昔よりは少し穏やかになって、顔のシワはたくさん増えたけれど、50年前の、出会った頃と同じまぶしい笑顔が、たしかにそこに輝いている。
「ねぇ衣玖」
「はい?」
「私は……ぼんやりとでもいいから長い間光っていてほしいなぁ」
衣玖はしばらく天子の顔を見つめたあと、静かに頷いて、そっと、天子の手を握った。
そらから二人はぶあつい雲の中に突入して、もう、振り返っても霊夢は見えなくなった。
てんこあいしてる!
天人になるまでの50年間衣玖さんにくっついて暮らしていたのだろうか
題名見て「神にも対抗し得る某MH」を連想したのは自分だけでいい。
人は幽玄の時を生き、妖は夢幻の時を生きる
竹で出来たフィラメントもとても明るく輝くんですよね
それはともかくてんこかわいい
いくてん良いな。
値段の性で、まだ普及率がなぁ…
どうせ短い命なら俺も閃光のように生きたいと思った
うーむ。人間の命は短い。だからこそ美しい。
そういう認識が寿命ネタではよく見かけますが、逆は逆でまたいいものですね。
てんこちゃんかわいい。
あの漫画にはなにか大切なことを教わった気がする
ただ魔理沙は100年経とうが200年経とうが捨喰・捨虫の魔法で生きて駆け回ってる気がするし、霊夢は霊夢で幻想郷のヒト達に看取られて死ぬとは思うんだが…死後に神霊化して縁側でしれっと茶でも飲んでるイメージがががg
ところで襲い掛かってくる死神はこまっちゃん系なのか量産型キルさんなのか…
言えるわけないじゃないですかーーーーーーーーーーーーー!!!