Coolier - 新生・東方創想話

生命の二刀流、されど孤剣に花は咲く

2010/07/26 06:01:51
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 朝靄の中で、花は開き、淡く可憐に匂う。
 死してより無為に漂うが常の亡霊達も、この季節は文字通り、浮かれて我が世の春を謳歌する。
 ここは冥界、白玉楼――。
 かつての異変の折より、幽明の境を分かつ境界は破られたままに捨て置かれ、冥界は顕界と地続きである。
 そこへ妖怪や人間の群れが時折現れるようになったのは、誰の仕業か、白玉楼の庭園、殊に桜並木の美しさが顕界にも知れ渡るようになったからだ。
 もっとも、冥界を自由に巡るのは、現世の業を背負った生者には大抵、荷が重い。来訪者は日を追う毎に減り、今では相変わらず物言わぬ亡霊達と冥界を管理する主従二人だけの、穏やかに長閑けき時間が戻っていた。
 冥界の令嬢・西行寺幽々子と、その従者・魂魄妖夢。
 春の陽気に誘われて、二人は当て所なく、広大な庭園を散策する。
 風は微風、花は満開。春空に浮かび上がる桜の海は揺々と揺蕩う。絶好の観桜日和。
 時折漂う、取り留めもない会話――天気の話。食事の話。花の話。
 春告げ鳥の囀りが割って入る。
 二人は空を見上げ、沈黙の後、また桜へ視線を戻す。
 朝に花鳥を愛で、夕に風月を嗜む。静穏に流れる時には、ただ何もなく、二人、夢のように満たされていた。
 こんな時間が、ずっと、永遠に続けば――。
 妖夢がそれを望むのも自然だった。
 だが、その華胥の夢は、無粋な乱入者によって断ち切られることになる。
「幽々子様、お待ちを――」
 主君をその場に留め、前へ進み出た妖夢は、眼前の桜木の陰に不審な者の気配を捉えていた。
「そこにいるのは誰ですか?」
 誰何するが、返答はない。
 黙るのは不自然だが、花見は不躾な酔客も付き物。あるいは、ただの迷い人の類かも知れない。
 妖夢は愛刀・楼観剣の柄に手を掛け、鯉口を切った。そのまま静かに対手の出方を探る。
「ここが冥界・白玉楼と知ってのこと?」
 やはり、答えはない。
 妖夢は自らの半霊を斥候とし、対手の挙動を読み取る。
 どうやら肉体のある生者ではない。亡霊の類だろうが、それならそれで、冥界の管理人である幽々子と妖夢に従わぬことはなお不自然である。
「答えないなら、手荒になりますが――」
 妖夢は抜刀し、八相に構える。
 彼女が剣を持つときは、いつも「真剣」だ。「真剣」を抜く気構えが、「真剣」なのは、言葉遊びではない。武器を扱う者、誰かの生殺与奪を握る者の心掛けである。
 その剣客の気迫と青白い刀身の輝きに、花に上気せる亡霊達も、すっかり凍てついて動けない。
 じわり、距離を詰めながら、妖夢は対手の気配に集中する。じわり、じわり――木を挟んで一足一刀の間合いまで寄った。
 すると突如、堰を切ったように、隠れていた気配が木陰から躍り出た。
 一体、二体、三体……。否、それ以上。不定形の霊体は数えにくい。纏めて一群と言うべき規模である。
 妖夢の見たところ大した妖力も持たない浮遊霊のようだが、刀を持つ妖夢へ飛び掛かるとは狂気の沙汰か、あるいは、覚悟の上と断ぜざるを得ない。
「御免!」
 数があっても浮遊霊如きは、妖夢の剣の前では全く問題にはならない。咄嗟に脇構えに構え直し、前足を踏み込み、そのまま横薙ぎに一閃すれば終わり。
 そのはずだった。





「妖夢?」
 数秒の沈黙の後、構えたまま立ち竦んでしまった妖夢の意識を、幽々子の声が引き戻した。
「はっ……幽々子様! 曲者は?」
 いつの間にか、対手の気配は忽然と消えている。
「見ての通りよ。平気?」
「幽々子様こそ――」
「私は何ともないわ」
「申し訳ございません! 逃がしてしまいました!」
 妖夢は刀を収め、自責の念に呆然と頭を垂れる。
 意識が少し、朦朧としていた。
 深く呼吸をし、心を澄ませ、思い起こす。
 そう、あれは、一群の霊体と交錯する刹那――。
 彼らの思いを妖夢は垣間見た。
「妖夢、顔を上げなさい。致し方ないことよ」
 幽々子は普段と変わらぬ微笑を浮かべたまま、虚空に扇を揺らした。
「あれはおそらく、死後の裁きを受けずに来てしまった霊」
「そんな者が、なぜ冥界に?」
「何かの理由で行き場を失い、この冥界に紛れ込んでしまったのかもしれないわ。化けて冥界に出るとは、気が早いこと」
 彼らが妖夢に目もくれず、一目散に向かったのは、冥界から顕界に至る階である。
 冥界とは、閻魔の裁きを受けて生前の業を清算した霊魂が、次の転生・成仏を待機する、安らぎの場所である。
 そこへ、業を清算し終えぬままの亡霊が乗り込んで来るなど、他の亡霊から見れば甚だ許されざる所業。
 彼らは追い出され、顕界を目指した。妖夢と幽々子に恐れを成し、木陰に引っ込んだが、他の亡霊からの圧力に堪え切れず、破れかぶれで飛び出して行った。そんなところかと幽々子は睨んだ。
「あのような激しい思念を感じたことは、今まで、ありません。幽々子様、死とは斯様に恐ろしいものなのですか?」
 冥界では肉体を持たぬ霊体同士の接触によって意識の同調が稀に起きる。それ自体への耐性は妖夢も備えていた。
 しかし、本来、冥界へ来る亡霊達が持たないはずの感情の奔流に、妖夢は飲まれてしまった。
 ――現世に対する執着、未練。
 ――突然迎えた死への絶望、嘆き、憤り。
 ――死の事実を認識できない、逃避、混乱。
 ――居場所がないことの、遣る瀬なさ。
 鬼哭啾啾。
「恐ろしいのは、生を喪うこと――」
 幽々子は答えて言う。
「生ある者は必ず死あり。然るに、生ある者すべてが、その生を全うし終えはしない。何かを思い残して死ぬわ」
 妖夢は口を噤んだ。
 彼女にとっての今生を全うするとは、取りも直さず、侍従としての任を全うすることである。
 しかし、主人の西行寺幽々子は“永遠の”亡霊。その任に終わりはない。終わりがなくば、完遂もない。ならば、自分も思い残して死ぬが必定なのだろうか。
「幽々子様、顕界の様子を見てきて構わないでしょうか……」
 妖夢は亡霊達の末路に思いを馳せた。
「気になるなら、見に行っておいでなさい。見たことのないものが、もっと見られるかもしれない」





 幽々子の言葉通り、妖夢は顕界で非常に興味深い光景を目の当たりにする。
「そうなんです! この季節に見掛けない花々がそこら中に……」
 花が、文字通り、狂い咲いていた。
 桜、向日葵、彼岸花、鈴蘭、蓮――。
 色とりどりの季節外れの四季の花が、一斉に、まるで箍が外れたように、開花しているのだ。
「ああ、そう……」
 さほど気にもならない様子で、幽々子は呟いた。
「亜阿相界」
「えっ?」
「“ああそうかい”という名前の、植物がありまして――」
「……」
 幽々子は絶句した。何だろうか、この違和感。
 聞きかじった薀蓄を他人に傾けるような、そんな小賢しい妖夢ではなかったはずだが。誰かの影響だろうか?
「いや、まあ、その……この分だと、その花も咲いているのかもしれません」
「……安心したわ。軽口を言う余裕が出たみたいで」
「ああ、すみません。ご心配をお掛けして……」
 照れ臭そうに、妖夢は苦笑気味に頭を掻いた。
「先程の亡霊の意識を垣間見たときは、初めてのことで動揺してしまいました。しかし、沢山の花を観て、気が紛れたと言いますか」
「ふふ、いいのよ。情に感じ、花を見て浮かれ、一刻、胡蝶の夢の戯れに酔い痴れる。人とはそういうもの」
 扇で口を隠して、幽々子は幽雅に笑う。
「妖夢、これで判ったでしょう? 花が咲く程度ならば、そんなに害はない。多少、顕界に亡霊が増えたとて大したことはない。異変のことはもう気にしないでいいわ」
「――と思ったのですが」
 妖夢は、途端に真顔に戻って話を遮る。
「え?」
「異変は異変。もう少し、私に調査させてくださいませんか」
「当てはあるの?」
「ありません! 勘です」
「あら」
 直観と幸運で正解に行き着くのは、異変解決の専門家、巫女の得意分野だ。
 巫女に対抗意識を燃やしているのだろうか?
「しかし、必ずこの異変の正体を、突き止めてみせます!」
「巫女の真似は止しなさい。全く困ったことを言う子。私も行こうかしら」
「私一人で十分です。わざわざ幽々子様のお手を煩わせることもありません」
「妖夢、私の言うことが聞けないの?」
「従順に主人の言いなりになるのが従者ではありません。主人のことを考え、率先して主人のために働くのが従者です」
 きっぱりと、妖夢は言った。
 その従者の美学も、誰かの影響なのだろうか?
「言うようになったのね。変わったわ、妖夢」
「そうでしょうか?」
「異変解決なら顕界の人間達に任せておけば?」
「は、しかし、これまでも――」
 妖夢と幽々子は、これまで永夜異変にも、萃香の百鬼夜行にも関わってきた経緯がある。
「あれはね、私も乗り気だったし――」
「では今回も」
「別に気にしなくていいと言ったわ」
「はい」
「なぜ、あなたが何かする必要があると思うの?」
 妖夢は言い淀む。
「ただの好奇心もありますが――」
 先程の亡霊の末路が気になる、というのが第一の理由だった。
「私も何か……しないといけない気がして」
 妖夢は困惑していた。
 その気持ちが、彼女自身、整理できていないからだ。
 冥界の住人・妖夢にとって、顕界とは所詮、冥界に来る前の仮初の存在。
 そんなものにさほど思い入れを抱くことはあり得ない――否、なかったのだ。幽々子が異変を起こし、それ以降、顕界の者と繋がりができるまでは。
「言ったでしょう? 花が咲き乱れる異変ならそんなに危険はない。それより、妖夢の心構えの方が大事よ。来なさい」
 幽々子はふわりと舞い上がり、一本の桜木の上に静止する。
「思うように答えて頂戴。これは何?」
 あまりに唐突な質問である。
 先刻から眺めていた桜の木を指して、「これは何?」もあったものではない。何をどう答えたものか。
 惑った挙句、思うまま一言、「桜です」と答えた。
 否定も肯定もなく、幽々子は話を継ぐ。
「そう。しかし、私は桜並木の一本を指して訊いた。『これは何』と。他の木ではなくこの木を指して。その意味は――」
「あの、すみませんが」
「何?」
「時間がかかりそうなので、遠回しなのはやめて頂けますか」
 幽々子の迂遠な仄めかしを遮って、結論へ急ごうという妖夢。
「あら、つれない。ふふふ、死人に鞭打つ?」
 拗ねたような口ぶりと裏腹に、幽々子は扇の下で笑顔を隠し切れない。まるで飼い猫につれなくされる飼い主のような表情。
「いいえ。ただ、教養もないもので、みょんなことを仰られましても、よく判らず」
「無粋なこと。まあ、いいわ。桜と一口に言っても、色々ある。そういうこと。こちらとあちら、よくよく花の色を見比べてご覧なさい」
 妖夢は木々の一枝一枝をつぶさに観察する。
 すると、次第にその違いが浮かび上がってきた。
「判るかしら? 桜の色にも、違いがあるの」
 同じ種類の花でも、咲き始めと、散り際では色が違う。
 それよりも明らかなのは、品種による花色の濃淡、明暗の差異だ。
 染井吉野の薄紅色、寒緋桜の緋色。鬱金や御衣黄といった、一般的に言う桜色に留まらない色彩も混じっている。
 色ばかりでなく、枝垂れ桜の撓る様子、八重桜のたわわに揺れる姿。その形状や花弁の付き方によっても個性を放っている。
「本当、どれも違うのですね」
「桜並木を、ただ一つの風景として眺めて見ても、一枝一枝を知ることはない。知る必要もないことだから」
「ええ」
「それと同じこと。冥界から顕界を眺めても、顔も見えない生者一人一人に対して、関心が生まれない」
「でも、今は」
 幽々子と冥界に二人きり、他者との関係を築くことがなかった妖夢にとって、自分が他者に抱く情を意識する場面もこれまでにはなかった。
 幽々子への、主への忠誠心というべき以上の思い。師であり祖父である魂魄妖忌への慕情。それらは生まれつき、そういうものだとしか思っていなかった。
「それが、人の情というものよ。妖夢、あなたは今、顕界の誰かのために、あるいは、誰かに負けたくない、そういう気持ちに突き動かされているのでしょう?」
 初めて、強烈に互いの存在を意識した顕界の生者達。
 屈託のない強さを持つあの巫女。
 ひたむきなあの魔法使い。
 冷淡だが、芯は熱く強情なあのメイド。
 その後、顕界でたくさんの人間達、妖怪達と出会った。
 妖夢は、自分が何を思い、何をしたかったのか、ようやく知れたような気がしていた。
「妖夢、おいで」
 黙考していた妖夢は、不意を突かれ、自分を抱き寄せる腕に、抵抗する術を与えられなかった。
「幽々子様、何を――」
 言い淀むだけで、言葉が続かない。気が付くと、彼女は幽々子にきつく抱き留められていた。
「あなたにとって、もう顕界は風景ではない」
 亡霊のはずの主の柔らかさ、温もりを、妖夢はなぜか肌で感じていた。
「私に従うことだけがあなたの全てではない。あなたの言う通り。あなたの心の命ずるまま生きなさい。死しても悔いなきよう、生きなさい」
「どうすればいいのでしょう?」
「それには答えられないわ。そもそも正解などない」
「はい」
「ただ、今、誰かを思うのなら、その気持ちを忘れないこと。妖夢の思う最善を尽くしなさい」
 桜の花びらが晴嵐に攫われて舞い上がる。花吹雪が、冥界の主従を覆い包む。
「行ってきなさい。生ある者同士の絆を紡いできなさい。私には――」
 輪廻の円環から外れし永遠の亡霊は、そこまで言って、言葉を切った。
 愛しい主の口元に見慣れた微笑が、幽かに悲しい色を帯びたのを、妖夢の瞳は見逃さなかった。


<了>
 原作において花映塚が唯一「幽々子と一緒でない」妖夢単独の初参戦なのでそのときのエピソードを想像してみました。
けーはち
[email protected]
http://twitter.com/kx8
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コメント



0.680点簡易評価
1.90点名前が無い程度の能力 削除
雰囲気が好きです
5.90点名前が無い程度の能力 削除
良かったです。
6.60点喚く 削除
もう少し尺があれば……
7.80点名前が無い程度の能力 削除
言葉にしづらいけど、良かったです。
9.80点おるふぇ 削除
引き締まった文体と作品の内容が素敵だと思いました。
11.100点名前が無い程度の能力 削除
良かった
12.100点名前が無い程度の能力 削除
創々話で冥界組の主従のお話は意外と少なくてさみしかったのですが、
今回とても良いものを読むことができました。ありがとうございます。
14.90点名前が無い程度の能力 削除
ゆゆさまと妖夢は甘々だと嬉しい。
からかってばかりじゃなく、いたわりのあるやり取りが素敵でした。
16.100点オジーン 削除
よかったです