――お昼やっすみはうきうきうぉっちん!
「やあ、これは珍しいお客さんだ。今日はお弟子さんじゃないんだね」
魔法の森の入り口にある道具屋『香霖堂』。
主に魔法のかかった道具や外の世界から入ってきた物を扱う幻想郷では唯一の店である。
その日最初の客は永遠亭の薬師、八意永琳だった。
普段、何か用事があるときには彼女の弟子である鈴仙がやってくる事が多く、
本人みずからこの店に足を運んできたのはかなり久しぶりの事である。
「今日は仕事の用事ではなくて、息抜きにブラブラしているだけですので」
「なるほど、まあせっかくだからお茶でも入れようか」
そういって店主の森近霖之助が店の奥に消える。
永琳は改めて店の中を見渡した。
といってもそれほど広い店ではない。
その場でぐるりと一周を見渡せば用は足りてしまうほどの広さしかないのだ。
ごちゃごちゃと乱雑に詰まれた商品はどれも幻想郷では珍しいものばかりだったが、
その中でひときわ存在感を放つ一角に永琳は目を止めた。
「これは……」
彼女の視線の先には、大小さまざまな箱のような物が高く積み上げられていた。
黒を基調としたその箱状の物は、外観の一番広くなっている面にだけガラス板のようなものがはめ込まれている。
そしてその裏に当たる面には、黒い紐状のものが何本か伸びている。
「ああ、それかい。最近大量に入荷してね、テレビジョンという外の世界の道具なんだが」
「ふうん……これはどういった道具なのかしら?」
と、店主に質問をした永琳だったが、彼女はこれがどういう用途に使われる物なのかをすでに見抜いていた。
というか月の都にも実は似たような物があったので知っていたのだった。
「どうやらこれは箱の中に映像を映し出す道具のようだね。まあ、外の道具はいつものことながらさっぱり使い方がわからないんだが」
「……面白そうだから一つ買おうかしら」
「それならこれなんてどうだい。一番大きくて立派な奴だ」
そう言って霖之助は積んであるテレビの一番下に置いてある物を永琳に薦めた。
「でもお高いんでしょ?」
「いや、どういうわけか最近これが大量に手に入ってね。外の世界でテレビジョンに何か大きな改革でもあったのかな。
まあそれはどうでもいいか……正直これ以上品物を置く場所がなくてね、だから早く売れるようにかなり安くしてるんだ」
結局、永琳はその一番大きなテレビを購入することとなった。
予想以上に安かったのだ。
実は永遠亭にはすでに電気が通っていた。
守矢神社の神達と地底の妖怪達、そして河童の協力で作られた地下の核研究施設が完成した際、
永遠亭からさほど離れていない場所の地下にも送電ケーブルが通されることを知った八意永琳は、河童に頼んで永遠亭まで電線を引いてもらった。
永遠亭の他の住人には内緒である。
なぜそんな事をしたのか。
それは『こんなこともあろうかと!』というセリフを永琳が一度言ってみたかったからである。
やがて来るべき『こんなこともあろうかと!』な事態を想定し、そのためには影で努力を怠らない。
それが八意永琳が天才といわれる所以である。
そしてそれが今、早くも役に立つ時が来たのだった。
永琳が購入したテレビはあまりにも大きかったので、兎達による人海戦術で永遠亭の居間まで運ばれてきた。
「えーりん、これどうすんの?」
珍しい物がやってきたと興味津々で屋敷の住人達が集まってくる。
ちなみに、てゐは力仕事が嫌でいつの間にか姿を消していた。
いつもの事である。
「これはテレビジョンという外の世界の道具よ。離れたところから送信された電波を受信して映像を観る事の出来る装置なのです」
永琳の説明に、周りを取り囲んだウサギ達は意味がわからない様子で首をひねっていたが、屋敷の主である蓬莱山輝夜と鈴仙・優曇華院・イナバの二人はなるほどとうなずいた。
輝夜がポチポチとテレビの画面脇にあるスイッチ類を押してみたが、当然画面には何も映っていない。
「師匠。これ電気がないと動かないんじゃないですか?」
鈴仙には、これがどういうものなのかすでにわかっているようだった。
月の都は地上に比べて技術がかなり発展している。
永遠亭の住人の中では一番最近までそこに住んでいた鈴仙にとっては、テレビもそれほど驚くものではないのだろう。
「ふふん……実はこんなこともあろかと……」
永琳が壁際に置かれた棚を横にずらすと、そこにコンセントが現れた。
テレビから伸びた電源コードを永琳はそこに差し込む。
「スイッチ、オン!!」
高らかに、そして誇らしげに八意永琳は主電源のスイッチを入れた。
――ザーーッ。
「……?」
「……?」
「……?」
――ピッ。
――ザーーッ。
――ピッ。
――ザーーッ。
「……永琳……壊れてるんじゃないの、これ?」
「そ、そんなはずは……」
テレビは無事動いたものの、画面に映っているのは俗に言う砂嵐の状態だった。
「……私、お茶入れてきますね」
なんとなく空気の悪くなってきたのを察知した鈴仙は、さりげなくその場から離脱する。
永琳はさらにいくつものボタンを操作してみたが、しかしどのチャンネルを選曲しても相変わらず画面は何も変わらない。
「ねえ、永琳」
「はい?」
「私ちょっと思ったんだけど」
「どうしたの?」
「幻想郷って誰か電波の送信してる人いるの?」
輝夜の鋭い指摘に永琳は愕然とした。
「…………なんてこと……」
意外と初歩的なところを見落としていたのも天才ゆえであるのかもしれない。
「ごめんくださーい」
永琳が腹いせにテレビを縁側から投げ捨てようとしていたところ、陽気な声が玄関の方から響いた。
「あら、誰かしら」
この永遠亭にやってくる客など、薬を入手しに来た患者を除けば数人しかいない。
今聞こえた声は、その数人の内のどれとも違った。
「はいはい、今行きますよ」
持ち上げたテレビを元の位置に降ろし、永琳は玄関へと向かった。
「こんにちわ」
玄関を開けるとそこには緑色の巫女装束を身に付けた少女がいた。
「あら、あなたはたしか山の神様の所の……」
来客は守矢神社の風祝、東風谷早苗であった。
「今日は何の御用かしら?」
「あ、はい。ちょっと風邪ひいたみたいなのでお薬をいただけないかと」
と、言いながらもこれ以上無いというくらいの満面の笑顔を浮かべる早苗。
はっきり言ってあまり病人には見えない。
(そういえばこの娘はたしか外の世界から……)
「わりと元気そうに見えるけど……」
「それは日々の信仰のおかげです。どうです? あなたもうちの神様を信仰してみませんか?」
「宗教の勧誘なら帰ってちょうだい」
「あ、すいません。つい癖で……」
「嫌な癖ね……」
「何故か良く言われます。なんででしょう?」
「まあいいわ。立ち話もなんだから上がってちょうだい」
本当に病気ならば追い返すわけにもいかないので、永琳は早苗を屋敷に上げることにした。
「どうもお邪魔しまーす。うわぁ、ずいぶんと大きなテレビがあるんですねぇ」
「ええ、まあ……」
診察用の部屋に早苗を案内するため、永遠亭の廊下を歩いていた二人だったが、先ほどの居間の前で早苗が立ち止まり歓声を上げた。
ふすまが全開だったため、部屋の中が丸見えだったのである。
「あ、早苗さん。この間はどーもー」
部屋の中で輝夜の茶碗にお茶を注いでいた鈴仙がこちらに気がつき、早苗に挨拶をする。
どうやらお茶を持ってきた鈴仙が閉め忘れたようだった。
(あとでお仕置きね……)
映りもしないテレビを部屋に置いてある所を、よりにもよって外の道具に詳しい人間に見られてしまうなど永遠亭の恥だと永琳は思った。
「ま、まあ、テレビは置いといて……診察室はこっち……」
「それにしても、幻想郷でテレビなんて観ているのウチくらいだと思ってたのでなんか嬉しいですねえ」
「え? い、今なんて……」
さらりととんでもない事を言った早苗。
永琳は一瞬我が耳を疑った。
「いやだからテレビですよ。いやぁウチは神奈子様が笑点と黄門様が大好きで」
「映るの!? しかも外の世界のテレビが?」
「そりゃ映りますよ? 博麗大結界って実は電波なんかは素通りなんですよ。知らなかったんですか?」
今語られる衝撃の事実であった。
「あーこれはアンテナが繋がって無いだけですよ」
意外にも早苗はわりと家電に強かった。
流石は現代っ子である。
「ほらここに」
テレビ背面のVHFと書かれた場所を早苗が指さす。
「ここにアンテナのケーブルを刺せばたぶん映ると思います」
「そうだったの……でもそんなケーブルなんてこのテレビには付いていなかったけど」
香霖堂という店はどうでもいいものはやたら品揃えが豊富な癖に、肝心な物だけはいつだって無いのだ。
いまからでも探しに行くべきだろうか……。
あれだけテレビが山積みになっていたのだから、ケーブルも一本くらいは探せばあるのかもしれない。
と、永琳が思案していると。
「あ、そうだちょっとこの箱貸してください」
と、早苗が部屋の隅に置いてあった空の紙箱を手に取った。
蜜柑箱程度の大きさの箱である。
そして箱を立てるように置くと、自分の髪に付けていた蛇のアクセサリーを外して箱の上に置き、二拝二拍手一拝をした。
「何してるの?」
今まで二人のやり取りをただ眺めていた輝夜も、何事かと好奇心を浮かべた瞳で覗き込む。
――トントン。
早苗が箱を軽く叩く。
「神奈子さまー。いらっしゃいますか?」
「ん、いるよ~?」
中から声がしたかと思うと、箱のふたが勝手に開きそこから八坂神奈子が顔を出した。
「うわっ。え? どこから……」
その様子を見ていた一同が驚きの声をあげた。
「ふふふ、これぞ分社の原理を応用した守矢の奇跡。どこでもカナ様です」
「奇跡っていえば何でも許されると思ったら大間違いよ」
呆れたように永琳がつぶやく。
だが、そのつぶやきは早苗の耳には届かなかったようだった。
「神奈子様。うちにテレビの同軸ケーブル余ってませんでしたっけ?」
「あー。押し入れに入ってたかもしれないねぇ。ちょっと待ってて」
そういうと、箱から出ていた神奈子の顔が中へと引っ込む。
思わず箱の中を覗き込んだ永琳と輝夜だったが、そこに見えたのはただの箱の底面であった。
「どういう原理なのかしら……」
「だから奇跡ですよ。神霊しか呼び出せない従来型の分社と違ってなんと本体を呼べるんです。信仰をものすごい消費しますけど」
得意気に語る早苗だったが、その場にいた一同は『そんなことに信仰消費するなよ』という表情を全員でしていた。
やってる事はすごいが、内容はほとんど神様を使いっぱしりさせているだけである。
「あったよ早苗。丁度コネクターが付いてるからこれを使うといいよ」
今度は箱から神奈子の腕だけが出てきた。
その手には黒いケーブルが一本握られている。
「ありがとうございます神奈子様」
「晩御飯までには帰ってくるんだよー」
神奈子の手がヒラヒラと小さく振られ、そしてまた箱の中へと消えた。
「さあ今度こそテレビ観れますよー。ワクワクしますね!」
ケーブルの一方をテレビに繋ぎ、早苗はもう一方を永琳の目の前に突き出した。
「それで、アンテナはどこですか!」
「……」
「…………」
「………………」
「……無いんですね? アンテナ」
外の世界の家ならば大抵は一つは屋根の上に乗っているお馴染のアンテナは、当然ながら永遠亭には付いていなかった。
「にとりさんにうちのアンテナを参考に作ってもらいますので、完成までしばらくテレビは我慢してくださいね」
「何から何まで世話になっちゃったわね。はいこれ風邪薬」
早苗の本来の目的である風邪薬を永琳が手渡す。
「うーん、でも……あれ? おかしいですね……」
帰りかけた早苗だったが、突然足を止め首を捻る。
「どうかした?」
「鈴仙さんが……確か……あれ?」
――ビクッ。
「ウドンゲがどうかしたのかしら?」
永琳の横に控えていたはずの鈴仙が、なぜか忍び足で後ずさっていた。
慣れた手つきでその首根っこをがっちりと捕まえる永琳。
「里に行くと、薬を売りに来た鈴仙さんによく出会うんですけど」
「……そういえばさっき『この間はどうも』とか言ってたわね。それで?」
「この前、鈴仙さんを見かけたとき鼻歌を歌ってたんですけど……よく考えてみると不思議ですね」
「何が?」
「有名なお昼のテレビ番組の歌だったんですよね……外の世界の」
「ふうん……たしかに不思議ねえ……」
永琳が鈴仙の首根っこを掴む腕に力が入った。
「そういえばあなたの能力は波長を操れるんだったわよねえ」
早苗が帰った後の永遠亭。
「電波も波長だものねえ……あなたならテレビなんて無くても、もしかしたら観れるのかもねえ……」
正座して小さく縮こまる鈴仙。
その正面には輝夜と永琳が座っている。
「ごっ、ごめんなさい~」
「あらあら、なんで謝るの? いいのよ。あなたの能力だもの、あなたが好きに使えば」
優雅に輝夜が微笑む。
「でも、私達のために少しだけあなたの能力を使ってもらえたらとっても嬉しいんだけど」
テレビから伸びたアンテナのケーブルで、輝夜はぺしぺしと鈴仙の頭を軽く叩いた。
「まあまあ、輝夜。その変にしておきなさい」
「あら? 永琳は機嫌がいいのね」
「それはもう。だって…………アンテナが見つかったんですもの……」
そう言って永琳は鈴仙の耳を優しく撫でた。
(ぅひぃぃぃぃぃぃ!)
手つきは優しいのに、鈴仙は全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
「早苗さんのお話では、そのケーブルをアンテナに刺せばテレビが観られるらしいんだけど……」
輝夜が持っていたケーブルを受け取り、永琳は壮絶な笑みを浮かべた。
「ウドンゲの『どの穴』に刺せば観られるのかしらねぇ……うふふ……」
「い~~やぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ただいまー」
夕食の時間になって戻ってきた因幡てゐが目撃したのは、チャンネル争いを繰り広げる永遠亭の住人と、鼻の穴にケーブルを刺した鈴仙の姿だった。
「…………鈴仙、その遊び楽しいの?」
「ううっ、もうお嫁にいけない……」
早苗のキャラも良かったです
しかし大量に幻想入りしたテレビもアナログ停波で役立たずになるのであった・・・
東方SSを変革するかもしれない大発明でしょうがぁ
でもうっかり屋さんな永琳も可愛いよ。
>28様
今回は、うどんげっしょー版をイメージしてるのでウドンゲはちょっといじめたくなります。
でもそこが可愛い。
鈴仙と電波をつなぐネタはオチも含めてとても上手かったです。鈴仙合掌…(チーン)
紫と大相撲中継がなぜかピッタリはまって笑いました。
凄く相撲が好きなイメージが…!
なんか新鮮でした。
テレビ見るときはいつも鼻に突っ込まなくちゃいけないんですね。
よくあるタイトルで避けてたけど面白かったよ。