理由も無く人肌が恋しくなる時、というものはあるだろうか?
私一個人の考えだが普通の人間にはまず無いと思う。普通の人間は当たり前のように人と接している。
それは肌と肌の触れ合いで無くとも、親しい者からの言動には温もりが宿っていて、
人は当たり前の物だと受け取って無意識に自分の言動にも温もりを込めて親しい者へ送り返す。
家族。友達。親友。恋人。友情。愛情。絆。人と人との繋がりというものは、
例え本人が望んでいなくとも、其の人を、そして親しい人の心を温めて、満たしている。
だから普通の人間は人肌が恋しくなる時なんてものは無い。むしろ気持ち悪いと思う馬鹿な人間もいるだろう。
「――――――、――――――、――――――、――――――」
先に言っておくが私、アリス・マーガトロイドには友達が居ないわけではない。
確かに多いとは言えないが零ではない。偶にだが友人を家に招いて雑談をする事だってある。
だから人との繋がりが無いとか、人からの温もりを感じた事が無いとか、そういう事ではない。
だが、しかし、何故だろうか。私は、時々、無性に人肌が恋しくなる時がある。
誰かに会いたい。誰かと話したい。誰かに触られたい。誰かに抱きしめられたい。
そういった願望が頭の中をぐるぐる回って、身体が、風邪でも引いた時のように冷たくなる。
「――――――、――――――、――――――、――――――」
寒い。寂しい。悲しい。温かい珈琲を飲んでも毛布を被ってもその感情は満たされる事は無い。
ならあの活発で明快な鼠や嫌みで引き籠りがちな紫もやしに会いに行けばいいじゃないか、と考えたが、
何と言うか、今のこの状態で会うと言うのは、自分の弱さを相手に曝け出しているような気がして、
私の中の自尊心やら何やらが総動員で「それは駄目だ」と反論し、出来なかった。
ではどうしたか。初めは図書館で精神に関わる本を読み漁ったりした。
だが何も分からなかった。自我を持つ人形の制作に一歩近づけたが、それでも酷くがっかりした。
次に私自身について考えてみた。魔法使いは人間とは異なり精神に依る生き物だからだ。
何でも無い日に気楽な格好で瞑想をする。今までの自分を振り返る。すると成果が一つだけあった。
「――――――、――――――、――――――、アリスちゃん」
成果、と呼ぶには馬鹿馬鹿しく、遠回しな表現で、かなり誇張している気がするが、
それは、私が人肌が恋しくなる時に決まって『声』が聞こえる、と言う事実に気付かされた事だ。
幻聴、と言うべきか。しかし確かな言葉として私の名を呼ぶ声が聞こえるのだ。
何故今までそんな至極単純で怪奇極まりない事実に気付かなかったのか私自身でも分からない。
何らかの魔法で故意に意識を逸らされていたのでは、と考えたが、理由も、原因も分からない。
判らない、分からない、解らない。あぁ、そして今日もまたあの声が聞こえる。
「アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん」
ただただ繰り返されるお経のような言葉は、私から理性を奪い、弱さを剥き出しにする。
耳を塞いでも無駄。結界を張っても無駄。別の事に集中しようとも『声』は遠慮無しに頭の中で響き渡る。
永遠亭の薬師の所にでも相談に行けばよかった。そう思ったのはもうこれで何度目の事だろう。
助かる事に、いや、助かってないか。この『声』は決まって私が暇な時に聞こえる。
だから今日も普段通り、病人が食後に薬を飲むように、私は作業を中断して一眠りする事にした。
『声』が聞こえるようになってから数日後。一眠りすると『声』が消えてくれる事に気付いたからだ。
「アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん」
目を閉じても響く『声』を我慢する。自分の身体を強く抱き締めて冷えた身体を温める。
アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん。
しばらくそうしていると意識も声も曖昧になる。毎回不思議に思う事だが寝苦しさは無い。
この『声』は一体何だろうか。何故この時だけ私はこんなにも寒く、寂しく、悲しくなるのだろうか。
アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん。
謎は、謎のまま。段々と、私の意識は、声と共に、深い、夢の中へと――――――
「アリスちゃん」
なに、おかあさん。
「アリスちゃん」
なに、おじさん。
「アリスちゃん」
なに、おねえちゃん。
「アリスちゃん」
なに、ねこさん。
「アリス!」
「何よ」
大声で名前を呼ばれたような気がして私は渋々瞼を開ける。
見れば前には活発で明快な鼠が顔を真っ赤しながらも湯呑みを片手に持ってそこに立っている。
眠る前の記憶が段々と戻って来る。しまった。宴会の途中に寝ちゃったんだっけ。
よかった。まだ宴会は続いているようである。口には出さないが目の前の鼠に感謝しておく。
しかし目の前の鼠の、いや、場の空気が酒臭くちょっと酷い臭いがするのが気に入らない。
「ほら、寝てないで飲もうぜ!まだ宴会は続いているんだからさ!」
珍しい事に目の前の鼠は酒に呑まれているようだ。普段はそんな事は無いのだが。
まぁ私が居眠りする事に比べたら珍しくも何とも無いか。私はゆっくりと立ち上がる。
絡んでくる酔っ払いを適当にあしらいつつまだ話の通じる奴を探す事にした。
宴会だから、やはりと言うべきか騒がしい。それに大勢の人間や妖怪や神様がいる。
「ま、当たり前か」
これが幻想郷。それだから幻想郷。何も変わらない。酒と弾幕と歌の世界。この世界は、何も変わらない。
「アリスちゃん」
あなたはだあれ?
ただ、短い上に前後が書かれていないのでいまいち移入しづらかったです。
声はデュラララの罪歌っぽいですね。
あと、小説である以上、地の文の始めは一文字分空けたほうがいいかと。
なんだか、アリスを中心とした物語の序章のような印象を受けました。
願わくば、このお話の“続き”を読んでみたく思います。