私は『彼女』の名前を厳密な意味で知らない。
誰も『彼女』のことを名前で呼ばなかったからだ。
だから私が勝手に『彼女』のことをふわふわちゃんと呼んでも、それはたいして問題のないことだと思う。
ふわふわちゃんはクセのある短い髪と痩せすぎの体で、どこかに消えてしまいそうな、そんな女の子だった。
かわいさなんて欠片もない。醜いわけじゃないけれど、いかんせん痩せすぎていて、体力がないから終始けだるげで、からだをひきずるように歩いていたから。着飾ってもいない。何かの布をからだにまきつけているだけという代物。ときどき布のあまった部分がだらりと垂れ下がって地面を擦っていた。
要するにふわふわちゃんは死に魅入られているような少女だった。
人間は死を忌避する。
因果の始まりはどちら側にあったのかはわからないけれど、ふわふわちゃんは死に近いところにいたから皆から遠ざけられていた。死はきたないものであるというのが、この国の昔ながらの考え方だったから。それとも逆なのだろうか。ふわふわちゃんになにかしらの原因があって、例えばいやな性格だったとか、かわいげのなさだとか、わからないうちに人に不快感を与えるようなそんな人柄で、それゆえに人から遠ざけられて、結果として死に近い場所に居座るようになったのだろうか。
因果。
どちらが原因なのか今となってはわからない。
ただ一つだけ確かなことは、ふわふわちゃんは誰にも愛されなかったということだ。
ふわふわちゃんの母親であるはずの人は、ふわふわちゃんを自分の子どもだとは思っていないようだった。もちろん自分が生んだことはわかっている。けれど、生むという行為と育てるという行為の間には隔絶した概念的な距離がある。
母親はふわふわちゃんを育てることを放棄していた。それでもなんとか十を数える年頃までふわふわちゃんが生きていたのは奇跡に近い。もっと幼い頃は母親ももう少しまともで、父親も生きていて、貧乏ではあったけれどそれなりに家族仲良く暮らしていたのだ。
だが父親が流行病で亡くなった。ふわふわちゃんが五歳の頃だ。ふわふわちゃんはそのときのことをほとんど覚えていない。父親が亡くなったということも完全には理解していなかった。ただ狂乱する母親を見て、その凄まじい形相に幼いながらも恐怖を覚えた。
その恐怖だけを記憶している。
父親が死んだあとの母親は育児というものを放棄した。いや、それは正確な言い方ではないのかもしれない。ふわふわちゃんが生きていた時代は余剰の生産というものがほとんど無くて、しかもふわふわちゃんが生きていた集落はとても貧しかったから、そもそも育児という概念自体が未発達なのだ。子どもという概念すらないのである。今の時代のように子どもの権利など理解している人間はひとりもいないそんな時代だったのである。
だから、ふわふわちゃんのことを母親が今でいうネグレクト――育児放棄したとしても、そのことを咎める者は誰ひとりとしていなかった。
子どもは親のモノである。
そんな道理すらありうる時代だった。
ふわふわちゃんの記憶している限りにおいて、自分という立ち位置は『邪魔者』という一言だった。
それはよく母親であるはずの人が「おまえのことが邪魔でしかたがない」というようなことをよく口にするからだった。母親がふわふわちゃんのことを呼ぶときはだいたいにおいて「おい」や「おまえ」などの言葉で、おそらくはふわふわちゃんの本来の名前もあるはずなのだが、ふわふわちゃんの記憶がそれなりに定着しだすころにはもうまったく名前が呼ばれることはなくなっていたのである。
ふわふわちゃんの家族は母親とふわふわちゃんだけで、周りは閑散とした荒れ果てた田んぼと畑があるだけである。周りにはぽつりぽつりとあばら家が立ってはいたが、周りはほとんど年老いて、力なく歩いて、終始溜息をつき、決められたことを毎日のルーチンワークとしてこなすだけの人だったから、そんな人たちのことをふわふわちゃんは異世界人のように感じて、単純に恐怖していた。
周りの大人もふわふわちゃんのような子どもにいちいち構っている暇なんてない。貧しさを絵に描いたような集落である。毎年決められた量の米を納めなければ代わりに苦役を強いられる。そうして連れていかれた若い者たちはほとんどの場合帰ってこないか、ぼろぼろになって帰ってくるか、さもなくば小さな死亡連絡通知のようなものが届くだけである。
そんなだから、ふわふわちゃんはただ独り、自分のスペースを耕していた。
ふわふわちゃんの非力なからだでは広大な畑を耕すのはほとんど不可能に近かった。しかも鉄製のくわなんてあろうはずもない。木製の出来の悪いくわで朝から晩までずっと畑を耕してその日を生きぬくだけで精一杯だった。
どうして母親が手伝わないのか。いやそもそも母親のほうが仕事をするべきで、手伝うのはふわふわちゃんの方ではないか。
そう思うのが今の時代の常識かもしれない。ただ母親はしたくてもできなかったというべきである。足が悪かったのだ。彼女は足をひきずるようにしてしか歩けなかったのである。もっとも、非力な子どもであるふわふわちゃんよりは、足をひきずりながらでも大人である母親のほうがまだ仕事量という意味ではマシだったかもしれない。
ただ、ふわふわちゃんは母親を怨んではいなかった。
子どもは母親を怨まないという心理があったわけではない。母親に対する愛情があったわけでもない。最初から前提がないのだ。母親はふわふわちゃんのことを単なるモノ以上の扱いはしなかったし、だからふわふわちゃんには母親からいつ有形無形の暴力がくるのかを脅えるしかなかったのである。
――怨めしや。
もしも、ふわふわちゃんがそれなりの愛情を注がれていたのなら、愛情を与えられないことを不満であると訴えることができる。
だが、ずっと長い間、ありとあらゆるものを奪われ続けていて、それが当たり前になっていたのなら、そもそも怨むことすらできないのだ。慢性的な諦めの境地とも言える。例えば喉が渇きすぎて、逆に自分が水を欲していることすらわからなくなる。他人に伝達できるかどうかわからないが、言葉にするのならそんな感じだろう。
怨みはなく、ただ透徹した白い諦めのような感情がぽつりぽつりと陽光に照らされていた。手のひらにはマメができてはつぶれて、水を運ぶときに桶を通す首のあたりには瘤のようなものができていたけれど、そんな自分の体の異常もどこか遠い世界の出来事のようで、ふわふわちゃんは無感動に手のひらを太陽に透かしてみては、誰とも会話せず、くわをふるった。
おそらく、ふわふわちゃんにとって畑を耕す行為は逃避行為だったのだ。
母親の間断ない罵倒を受けるよりは、まだひとりきりで自分が母親の役に立っているという幻想を夢見ていたほうが気が楽だった。母親はふわふわちゃんが畑を必死になって耕しても、一度も感謝の言葉を口にしたことはない。
ただ、人間は何かのスイッチが入ったみたいに、ときどき神さまみたいになる瞬間がある。
あるとき、母親がふわふわちゃんの布団の中に入ってきて、穏やかな顔で「おまえの髪の毛はふわふわしてて気持ちいいね」と言ったのだ。
それは、ふわふわちゃんの成したすべての努力がなんとか実を結んで、収穫という形になった日の出来事だった。
ふわふわちゃんは無学だったが、無学であるがゆえに余計な情報が頭の中に入らず、収穫と母親の優しさが一瞬で結びついた。それは意識にすらのぼらなかったかもしれない。ただ、ふわふわちゃんのなかではまぎれもない真実としてインプットされた。
自分の仕事を母親からのいいつけ以上に信仰した。
ふわふわちゃんは邪魔者でありたくなかったから。
なぜ邪魔者だったのか。母親にとってはふわふわちゃんは命綱のようなものではないのだろうか。現に母親の代わりに畑に出ているのは、ふわふわちゃんなのだから。
そんな疑問に答えるため、ここでもう少し説明しなければならないだろう。
あまり人に伝達すべき話ではない。
ふわふわちゃんの家は、足の悪い母親と非力な子どもしかいなかったから、ふわふわちゃんの稼ぎでは到底食べていけるものではなかった。それは、いくらふわふわちゃんが神にも等しい信仰をもって仕事に励もうとも、出来の悪い現実の前には敗北せざるをえないことだった。
だから現実的な帰結として、母親は家の中に男を呼びこんでいた。
「出ておいき」
母親は冷たくあしらうように言った。行為の前だったのは、母親に残された羞恥心だったのかもしれないし、男のほうをいくらか気遣ったせいかもしれない。
ともかく、ふわふわちゃんは言われたとおりにした。
そんなことが何回かあって、たまたまふわふわちゃんが早く帰ってきたときに、偶然、ふわふわちゃんは見てしまった。
それは母親と同一人物とは思えない肉のかたまりが蠢く姿だった。
ふわふわちゃんの幼い心には、その意味するところはわからなかった。だが水をかけられたような悪寒が全身を貫いた。
――恐怖。
ただひたすら、ふわふわちゃんは恐怖した。
肺のなかに空気が届いていかない。
小さな家の中はむせ返るような臭いで包まれていて、ふわふわちゃんは踵をかえして逃げ出したのだ。
それからもうしばらく立って、星が見えるような時間になって帰ってみると、母親はいつものように冷たく、彫像のような顔をして、ふわふわちゃんを視線で射抜いた。
そして、怒りと叱責の言葉が浴びせかけられた。
「お ま え な ん か が い な け れ ば」
いまこの場で冷静に考えてみると、母親の言葉にもほんの少しは共感ができるかもしれない。
もちろん人間としては劣等な考えであろう。
ただその論理のつながりは見える。そういう意味では、共感も可能であるはずだ。
母親は綺麗な人だったのだ。それで彼女は若い頃から自分の美貌が男をとりこにして簡単に篭絡することを知っていた。
年老いてわずかに曇ってはいるけれど――
まだ綺麗。
まだ幸せになれる。
そんな思考。けれど、子どもがいればそんなこともかなわない。いくら綺麗であろうとも瘤つきであったら――。
ふわふわちゃんは瘤だった。
だから邪魔者だった。
ふわふわちゃんが『邪魔者』から『用無し』になったのは、神さまのせいではないのだろう。
統計確率的な問題として飢饉は必ず一定の確率で起こりうる。
起こるべきことを起こらないようにするには奇跡しか存在しない。
村中が神さまに祈っていた。
日照りがもう何日も続いて、水が干上がってしまいそうだった。もう稲もそのほかの作物もほとんどが力を失い、枯れはてていて、いまさら雨が降っても無意味だったろうが、それでも人々は雨を渇望した。
雨乞いもおこなった。
雨乞いは火をたき、これによる上昇気流は雲を呼ぶ。したがって、反幻想的理由において雨乞いは純然たる雨乞いである。だがその時代の人々はそんな科学的な道理を知るはずもなく、ただ経験則でそうしただけだったのかもしれない。
これもまた統計学的な帰結として――
雨は降らなかった。
残酷なほどに雲ひとつない天気。
からっとした青空に、ふわふわちゃんは微笑みが自然と漏れた。そんな表情をたまたま見ていた母親はまたふわふわちゃんを罵倒した。みんなが困っているのだ。おまえはなんて愚かな娘だ。
でも、今の『この状況』が不幸であるなんて知らなかった。
この状況を不幸と呼ぶのであれば、いつもと変わらない。だから何も問題はない。
ふわふわちゃんはそう言いたげに母親に視線を向けたのだが、視線の交差は二秒も続かず、強制的に顔は横を向かされていた。
ふわふわちゃんは地面に倒れて、ちょっとだけ血を流した。
しかし物理的な暴力よりも、その直後に放たれた言葉のほうこそが、真にふわふわちゃんを打ちのめした。
「この村をでていけ」
「二度と顔を見せるな」
「おまえは用無しなんだ」
ふわふわちゃんには、母親の言葉に抵抗する力はない。
最初から、その前提が無い。
消えたかった。
心の底から消え去ってしまいたかった。自暴ではなく、自棄でもない。母親であるはずの人に用が無いことを望まれているから、だから消えたかった。
ふわふわちゃんの頬から一滴の涙がこぼれた。それ以上は涙も出ない。
ふわふわちゃんの涙を見て、母親の良心がうずいたのか、彼女は少しだけ口調を改める。
「山には神さまがいらっしゃる」
母親はそう話を切り出した。
曰く、山の中には尊い神さまが住んでいらして、時々人間の悪い行いに天罰を下す。おまえは山の神さまにその身を捧げて、お怒りを解いてもらうのだ。
「身を捧げる?」
ふわふわちゃんは聞き返した。一瞬だけ、あの儀式のような肉のうねりが脳裏をかすめたが、不思議と恐怖は感じなかった。これ以上の不幸の底はもうないように感じたからだ。落ちきってしまえば、地面の底はこんなにも安定している。
だから安心。
――微笑すら浮かべて。
母親はふわふわちゃんの様子に顔をしかめた。おそらくは白痴の徴候であるとでも思っていたのだろう。ふわふわちゃんはその言葉をほとんど母親に向けたことがなかったから、なにを考えているのか、彼女にはわからなかったのだ。
心を向ければ、言葉を尽くせばわかりあえたかもしれない。
けれど何度も言うように、ふわふわちゃんにはその前提はなかった。
奇跡はおこらない。
ただひとこと母親は言った。
「山の神さまの子どもになるんだよ」
山の神さまの子どもになるのだから、自分が子どもを殺すわけではない。口べらし、姥捨て山が常識の時代でもある。
母親はその言葉だけで、もはや自分の責任はなくなったのだと、すっかり思いこんでしまっているようだった。
ただ、さすがに手ぶらで山に放り出すのも気が引けたのか、母親は家の中にわずかに残っていた食料と、日照り続きですっかり『用無し』になった傘をふわふわちゃんに与えた。
その傘は見るも無残なほど品のない色をしていて、まるで腐りかけたぶよぶよの茄子のよう。
百人中百人がこんな傘を差すぐらいなら、雨にでも降られたほうがマシだといいそうなそんな傘である。
だがそんな傘でも、そんなモノでも、母親からのもらいもの。
ふわふわちゃんは初めて母親からモノをもらって、わずかに胸が熱くなった。
それから、波のように押しつぶされそうなほどの不安が襲ってきた。
母親は無情にも家の戸を閉める。
あとはどこにでも行ってしまえということらしかった。
言われるがまま、ふわふわちゃんは山の中へと入っていった。
日が落ちて、すっかりあたりが暗闇に包まれた。
星のわずかな光を頼って、ふわふわちゃんはひたすら前に進む。勾配の激しい坂を休まずに進み続ける。
もしかすると妖怪に食べられてしまうかもしれない。
あるいは動物に食べられてしまうかもしれない。
それでもいいかもしれない。
食べられてしまえば用無しじゃない。
倒錯した希望がふわふわちゃんのからだを一歩一歩確実に前進させる。
茄子色の傘は本来の用途とは違って、今はつかれきった矮躯を支える杖がわり。
まるで老人のように背をくの字にまげて、小さく小さく足を踏み出す。喉はからから。水はない。母親から与えられた食べ物はとうの昔に食べてしまった。
けれど倒れるまで歩き続けようと、ふわふわちゃんは決意していた。
神さまにもしかすると会えるかもしれない。
そうしたら、神さまにお怒りを解いてもらって、それから――
かえろう。
ふわふわちゃんはもうすっかりこの世界に絶望していたが、死にたいとは思っていなかった。
それよりも、かえりたいという気持ちのほうが強かった。
少しずつ足が鉛のように重くなっていく。
幼いからだに残された体力はもう限界をとっくにこえている。わずかながら運がよかったのは今が夜で、身を焦がすような陽光が闇夜に隠されていることだけだった。
やがて勾配が下りに変わるのを感じた。
それから急に塩っぽい風が鼻腔を刺激するのを感じ、朦朧とした意識を覚醒させた。
これは小さな世界を生きてきたふわふわちゃんには知りようもないことだったが、実はふわふわちゃんの生きてきた集落は海に近い場所に位置していたのだ。
山を一つ越えた先には、見たこともないような巨大な水たまり。
そのときひとつの小さな奇跡が起こった。
海の向こう側から顔を出したお天道さまが、黒い絨毯のようだった海原を空に似たスカイブルーに染めていったのである。
それはふわふわちゃんの住んでいた集落を干上がらせ、ふわふわちゃんの命をも奪わんとする光のはずだった。
だが、いまこのときにおいては、神聖な光に見えた。燃えるような朝焼けの光が海の表面を切り裂くように貫いている。
もしかすると神さまはそこにいるのかもしれない。
切り立った崖の上から、ふわふわちゃんは海の底を覗きこむ。
ザザンザザンと眠たくなるような音が聞こえる。波の表面に母親の顔が映ったように見えた。
たぶん幻覚だろう。
このときのふわふわちゃんは死と生の境界を綱渡りしていたが、それくらいの分別はまだしっかりとついていた。
けれど、ふわふわちゃんにとっての神さまはやっぱり母親以外にはおらず、
かえりたいなと思った。
空を飛んで、家にかえる。
その思考を理解できる人がいったいどれだけいるのだろう。
飛翔!
飛翔だ!
それは落下ではない。いわんや自殺などではない!
人生のスタートを生、ゴールを死とすれば、ふわふわちゃんが目指したのは生の方向。はじまりの方。
かえりたかった。ただ母親のもとにかえりかったのだ。
そこで初めて、家の隅っこに転がっていたあの使われなくなった傘、誰にも見向きもされなかった用無しの傘、茄子色の傘がフワリと開かれた。
ふわふわちゃんは、思いっきり崖を足で蹴り上げて飛んだ!
空を。
ふわふわ、と。
飛んだ!
それがふわふわちゃんのすべて。今はもうどこにもいない女の子の話。
でも、あの茄子色の傘には少しだけ続きがあってもいいのではないだろうか。
なぜなら、あの小さな傘は一度も傘らしい使われ方をしなかったのだから。
そして最後の所有者であるふわふわちゃんにとっても、母親から譲り受けた傘を用無しとは扱いたくないだろうから。
「いまどき蒟蒻なんて」
山の神さまのひとり、東風谷早苗はあきれてきた。最近、唐傘お化けの多々良小傘につきまとわれているのだ。
その理由はどうやらちょっと前に弾幕ごっこの前口上で完全に小傘を馬鹿にしていたのが原因らしい。
あのときはハイテンションになっていたせいか、茄子色の傘なんてイラネ的発言をしていた。
わりと鬼畜状態だった。
「おどろいてよー」
小傘は完全に涙目だった。
「さすがに、いまどきの三流お化け屋敷でもやらないようなネタをやるなんて時代終わってます」
「うらめしや」
「はいはい」
「うう。ひもじいよう」
「知りません。そもそも私はこう見えても巫女の一種ですよ。妖怪なんて赤ん坊のころから見慣れていますし耐性もついています。ひもじいなら里の人間を驚かせばいいでしょう」
「里の人間を襲ったら規約違反だし」
「じゃあ山に芝刈りに来てる人でも狙えばいいでしょう」
「わちきにも矜持ってもんが、あるんでやんす」
もはやキャラを作っているというレベルですらない。
「いいですか。大サービスで教えてあげますけど、人間っていうのは人それぞれ固有の性格っていうのがあるんです。それでたぶんですけど私はあまり物事に動じない性格なんですよ。だからいくら驚かせようとしてもたぶん無駄です」
にっこりと笑いながら、できるだけ冷たく言ったつもりだ。
ひもじい思いを続けるぐらいなら他のターゲットを見つけろというのが意図。
小傘は首を振って否定の意。
「妖怪としてのプライドがあるの!」
「プライドだけじゃご飯は食べていけませんよ」
「その程度のこと知ってるわよ」
「ならけっこうです。どこか他の方のところでがんばってくださいね。でないと……パァーン! しちゃいますよ」
両の手を拍手のようにうちならして、身をもって体験した、超強力ボムの擬音を発する早苗。
「カエル爆弾ヤダー」
追い討ちをかけるように早苗の顔が歪む。
ねっとりとした蛇のような言い回し。
「あなた覚悟してきてる人ですよね。人間を襲おうってことは逆に人間に退治されることになるかもしれないって常に覚悟してきてるってことですよね」
「覚悟……なんて、できてるもん!」
思いがけない反応に、早苗は驚いた。
小傘の見たままはどう考えても風に飛ばされるような優柔不断の性格だったから。
「適当なキャラつくってますか?」
「違う」
「そうですか」
早苗にはよくわからないことかもしれない。
付喪神は人間に省みられなくなったモノが化けることによって生じる。
人間を怨み、そして化けて、驚かして――
「私を棄てた人間に、用無しじゃないって見せつけてあげる!」
小傘の魂をかけた必死の訴えに、早苗は心の底から驚いていた。
ふわふわちゃんが生きていた時代から、千年の時がくだり、神さまは目の前にいた。
人間であり神さまでもある早苗は、奇跡の力をこっそりと行使した。
たいしたことじゃなく。
ただポツリポツリと通り雨。
「雨ですね」
早苗は手の平を掬うようなかたちにして、雨粒を受け入れる。
「このままじゃ濡れてしまいますね」
「え?」
「雨ですよ。小傘」
「雨ぐらい珍しくもないでしょ。山の天気は変わりやすいんだって聞いたことあるよ」
早苗はじれったそうに首を振った。
「ああもういいです。あなたの傘にいれてくださいって言ってるんです!」
小傘の傘は小傘そのものだ。
「ええ!」
なんだか恥ずかしいらしく、小傘は腰をくねくねしている。
ここまでお膳立てしているのに、まだ煮え切らない態度をとる小傘に、とうとう早苗はしびれをきらした。
「誰かの役に立ちたかったんでしょう?」
「違う! 違うよ! 人間を見返してやるの!」
小傘は否定する。人間は小傘を棄てたから。だから、人間の役に立ちたいなんて思うはずがない。
そういうふうに小傘は思いこんでいた。
わけもわからないままさしのべられた手に、どういう反応を返していいのかわからない。
けれど早苗は神さまだ。
ほんのわずかばかり、さでずむ溢れるそんな神さまだ。驚く小傘の傘のなかに弾幕のときと同じように飛びこんで、
「なんのために生きているのかわからない方たちばかり――」
それから早苗は子どもに言い聞かせる母親のような声で言った。
「私にはあなたが必要なんです」
卑 怯 す ぎ る !!
とても抗えねぇ……、完全にやられちゃったよ。
小傘ちゃんはここに居ていいんだ。むしろ居て下さい、居ろ!!
訳ですね。少女の魂が傘に宿って云々なんて妄想しそうです。
九十九神だからその線は薄いのでしょうけど。
心に迫った、良いお話でした。
小傘ちゃんから、このセリフが出てきた事に、何故か驚いた
面白かったー