厚い雲が空を支配した梅雨の時期も終わり、今年も幻想郷に眩く白い夏が訪れた。
この時期は外の世界では海が開く日と重なっているらしい。
きっとその日は海が自然と割れて、海の底までざっくりと歩けるようになり、横目で魚が泳ぐ姿を楽しめるに違いない。実に涼しそうなイベントだ。
涼しい、といえば最近の幻想郷ではもっぱら幽霊を使っての納涼が流行っている。
幽霊の体温は非常に低いので、傍にいるだけで体がひんやりとする。また、食べ物などをじかに触れさせておけば、体のしんから凍えさせる冷や物に変えてくれる。肝まで冷えると評判だ。
また、外で肝試しをすればみんなで涼めるし、神棚に寝かせておけば家の中でも快適な涼感が得られるだろう。
こうした幽霊の存在は、最近暑くなってきた幻想郷には欠かせない存在となりつつあった。そして、ある意味僕にとっても欠かせないものになりつつある。
「で、なんでまたこんなにテレビが置いてあるんだ」
暑苦しいぜ、とぼやく魔理沙の横には、この前からせっせと集めていた様々なテレビが山積みになっている。
「勿論、商売の為さ」
僕は試作品の幽霊で冷やしたアイスを魔理沙に渡した。うまくいけばこれも商売にできるだろう。
「以前、店に幽霊が大量の住みついてしまったがあってね。その時僕は、対策を考えながら、幽霊の行動をしっかりと観察していたんだ。それでわかった事は、幽霊は普段は自由気ままに動いているが、お気に入りの場所を見つけると、そのままジっと動かない。その習性を利用して幽霊を何か物に固定できないかと思ってね。
色々試してみたところ墓石や卒塔婆などが一番だったんだが、こういったものは嵩張るから、あまり家に持ち込みたくないという人も多いだろう。そこで他に気に入りそうなものを探してたんだが、その中ではこれが一番適当だったのさ」
テレビジョンは元々遠くの景色の霊を映し出すことができる道具である。持ち運びしやすく、見た目もすっきりしていて、正に幽霊入れとしてうってつけだ。
他にもモニターというテレビと似たような道具も幽霊好みだったが、こちらは平べったいのが多いので容れ物としてあまり最適ではない。
「人形でもいいかもしれないけどね。あれも幽霊が入りやすいよ」
「ああ、それはやめておいた方がいいぜ。幽霊が憑くと髪が伸びて困るって知り合いが言っていたから」
アイスを食べて頭が痛くなったらしい魔理沙が頭を抱えている。やや霊気……もとい冷気が効き過ぎたようだ。
僕は幽霊が五匹ほどつまっている冷蔵庫を見ながら、少し数を減らそうかと考えた。
「でも珍しいな香霖が商売っ気を出しているなんて。雪でも降るかな」
「失敬な。僕は常に商売第一で考えているよ」
「休売第一だろうに」
まあ本当は、僕はこの事に気づいた時点でテレビは非売品とし、売る気はなかった。
しかしこのところ、テレビがこちらによく流れてくるようになったので、余った分は改めて商品化することにしたのだ。夜中に勝手に光ったり、妙な声が聞こえたり、同時にザーザーと騒音が発生するという欠点もあるのにはあるが、売る時に黙っていれば問題ないだろう。
だが、テレビがよく流れてくるという事は、つまり外では必要なくなった、もしくは忘れられたという事である。
ある妖怪が、テレビは外ではほとんどの家にある道具だと言っていた話と、これは矛盾しているようだが……。
──カラン、カラン。
「あら、ずいぶんと涼しいわね」
日傘を差したまま入ってきたのは八雲紫という妖怪の少女だった。噂をすれば影というが……思い浮かべただけでぬっと出現して欲しくはない。思わず顔をしかめてしまいそうなところを、なんとか堪えた。
「おっと、急な用事を思い出したぜ」
魔理沙がすきま風のようにさっと姿を消した。
入れ違うかのように、テレビの存在につられたらしい幽霊が三匹ほど、扉を抜けて入ってくる。
「新しいご商売?」
幽霊がテレビに納まるのを、紫が面白がるように見ている。
正直あまり突っ込まれたくないな。大切な商売が台無しになる可能性がある。
「いや、まあ。最近どうもテレビが流れてくる事が多くなって……不思議に思ってたんですよ」
「あら、そんな簡単な事で悩んでいたの?」
にっこりと笑みを浮かべてこちらを見てきた。不吉だ。
「簡単よ。もうすぐ今までのテレビは使えなくなるから、捨てられたの」
「使えなくなる? 故障でもしたんですか」
「いえいえ。そうじゃなくて、今まで使っていたテレビは否応なしにほぼ全部、使えなくなっちゃうのよ」
妙な話だ。
多くの人に使われているという道具が、壊れもせずに一斉に使用不能になるとはにわかには信じがたい。
確かに流れてくるテレビは妙にまだ新しげな物が多いのは気になっていたが……。これらは全部九十九神になる直前なんだろうか。
「不思議そうな顔ね。まあ、大方はあちらの事情なのだけどね。今まで、外の世界ではアナログって式が通ってたんだけど、そろそろデジタルに切り替えようって話になってるのよ。そしてその切り替えの期限がもうすぐなのよね」
だからそろそろ買い換えないといけないの、と紫が説明する。
いまいち訳が分からない。テレビは遠くの幽霊を映し出す道具だった……はず。それが切り替わるって事は、外の世界の幽霊の種類が変わるってことだろうか? デジタルという幽霊とは一体どんな幽霊だろうか。まさか怨霊だろうか?
そういえば、何かの本ではデジタルとは0と1によって表されるものだ、と書いてあった気がする。ふむ……0が霊の体を現し、1はその尾の形を示しているのだとしたら、やはり幽霊のなにかで間違いなさそうだ。
「一応便利になるのよ? 画面は綺麗になるし、テレビを見ながら買い物できたり、クイズ番組に参加できたり」
「ほう、それはすごいですね」
どうやらデジタルという幽霊は、自分で自分のテレビを掃除し、買い物を頼まれてくれたり、暇つぶしの相手になってくれるらしい。外の世界ではいち早く幽霊の有用性を見出し、生者の労働力として使われるようになっていた事にも驚いた。
幻想郷に流れてきたテレビは本来の用途では使用できないので、僕が幽霊を入れて冷房として使っているのみだが……やはり幻想郷は技術や考え方で外の世界に大きく遅れをとっているのだと実感させられた。一刻も早く、このテレビを普及させて、里の人々の意識を変えねばなるまい。
「もう少しすればきっと、もっと沢山のテレビが流れてくるわね」
「……一家に一台も夢じゃないということか」
紫の話が本当なら、そのうち幻想郷では一家に一匹、幽霊が住みついているのが当たり前となるだろう。涼しげな世の中になりそうだ。
「まあ、チューナーを使えば今までのテレビでもデジタル化できるんだけどね。──あらやだ。そういえば肝心の工事をしてなかったわ。アンテナも新しくしなきゃ駄目だし、そもそも圏外じゃしょうがないから……」
なにやらブツブツと紫が独り言を始めた。
それにしても幽霊を変えることもできるのか……。となれば冬は熱を発する怨霊にして、テレビで暖をとる事も可能だろう。便利だ。
「まあ、全部藍に任せておけばいいでしょうね。──それじゃあ」
ざっと店内を見渡したかと思うと、相変わらず不吉な含み笑いをしながら、八雲紫は消えていった。
……一体何の用事でここに来たのだろう。ただの冷やかしだろうか。
周りでは、気楽な幽霊達がテレビの中から顔をだしたりしてゴロゴロとくつろいでいる。
そういえば新しく拾った本では3Dテレビというものが載っていた。今までの機能に加えて、幽霊がテレビから飛び出してくるらしい。幽霊に驚かしてもらって涼みを得るつもりだろうか。
まあ、ともかく静かになったことだし、今日は大分暑いから、冷たいアイスでも食べて残りの時間はゆっくり過ごそう。
ほどよく幽霊も集まっているようだし、この涼しい状態でテレビの宣伝をすれば、きっと飛ぶように売れるに違いない。
僕は夏の暑さにも負けない、懐の厚みを想像しておもわず笑みをもらした。
──カラカラン
早速お客さんがきた。僕はそのままとっておきの営業用スマイルを浮かべ──
「あー! やっぱりあなただったんですね。こんなに不当に幽霊を集めていたのは!」
困りますよ。と、刀を構えた少女──冥界の小間使いの魂魄妖夢が店に入ると同時に文句を言った。
「最近、妙に幽霊が下界に行きたがると思ったら……、こんなみょんなガラクタ箱を集めてまったく」
えい、という掛け声と同時に、テレビの山がばっさりと真っ二つになり、崩れた。雪のように、テレビの破片が辺りに舞う。
「いいですか。幽霊は遊び道具じゃないんです。その辺を下の人達はわかってない」
驚いて飛び出した幽霊たちを、人魂灯(幽霊を誘導するための道具)でかき集め、半霊の少女はさっさと店から出て行く。
凍りついた笑顔を浮かべたまま、僕はテレビの墓場と化した店内を見渡した。
「…………」
急に店内の気温が上昇し、茹だるような暑さに本格的な夏の到来を強く感じる。
冷蔵庫を開けると、幽霊の涼みを失ったアイスクリームが溶けきっていた。
面白かったです。
そしてこのあと白玉楼に斬られたテレビ代の請求書を書くんですね、分かります。
幻想郷の文化レベルってやはり意図的に抑えられている気がしますね。
だからこそ幻想の存在が住める理想郷足りえるのでしょう。
相変わらず面白かったです。
あなたの描く香霖堂と、あと紫が大好きです。
スッキリとした気分になる作品でした。面白かったです。
誤字>店に幽霊が大量の住みついてしまったがあってね
そしてみょん鬼畜w
まさに霖之助さんらしい発想ですね。
3分くらい腹抱えて笑ってしまった。