良い朝だった。空は見えないが。
良い目覚めだった。まだぼーっとはしているが。
良い匂いだった。今日はお燐が朝食の当番だったはずだ。
「さとり様ー?ご飯出来ましたよー。」
コンコンという申し訳ない程度のノックと共に、エプロンを着たお燐が入ってくる。
昔は違和感のありまくりだったエプロンも今ではすっかり着こなしている。可愛いなぁ、お燐は。
「あれ?起きたばっかりでしたか。おはようございます、さとり様。」
そういって律儀に挨拶をしてくるお燐をもっと可愛く思いながら私も返事を返す。
「。ねすでさあいい。んりお、うよはお」
「えっ?さとり様、今なんておっしゃりました?」
「?がたしまいいとうよはおにうつふ?いは」
「え?え??」
お燐は心がえらく混乱しているようだ。どうしたのだろうか。
「さ、さとり様…?」
「。んりお、かすでんな?いは」
そういえば、先程から何かおかしい。
お燐の心は相変わらず混乱している。
『さとり様の言ってることが、今の私には理解できない…!』
失礼な。いたって標準語だ。
『何で、何で朝一番の言葉が「ねすでさあいいんりおうよはお」なの?暗号?何かの暗号?お願い、教えてさとり様!』
ねすでさあいいんりおうよはお?そんなトチ狂った言葉を言った記憶はないが…
ここで私の脳がピカン閃いた。
お燐ったら何時の間に聴覚障害になったのかしら?
「さ、さとり様がトチ狂ったぁぁぁーーーー!!!!!」
「?!んりお、お」
突然、猛ダッシュで私からお燐は逃げて行った。今、地上に行ったらお燐は危ない!
聴覚障害なら地上で聞こえるもの全てがカオスになるはずだ。
あれ?聴覚障害ってそんなだったかしら?
まぁ、いいや。朝食に行こう。
そんなこんなで結局お燐は放置することにした。
どうせ、そのうちお腹を空かせて帰ってくるだろう。それから永遠亭に行かなくてはならない。
聴覚障害に陥ってしまったお燐のためにも!!(キリッ
「しいこ、うよはお。ねわいしらずめ?らあ」
「はぁっ?」
やっぱり珍しく早起きなんてするもんじゃなかった。
朝一番に「しいこうよはおねわいしらずめらあ」なんて言ってくる姉は幻想郷だけでこいつだけだろう。
はぁ、とため息をつく。朝っぱらからどうしたのだろうか。
「どうしたの?気が狂った?嫌な心でも見たの?」
「?しいこ?かすでんるてっいにな?いは」
駄目だ、この姉何とかしないと…
どうやら相当やられたのかもしれない。言語障害?精神障害?とりあえず今日にでも永遠亭に行こう。
お姉ちゃんのために。
でもその前に、
「さ、お姉ちゃん。ご飯でも食べよう?まだ間に合うから。」
「?かすでがにな」
「いいから、いいから。いただきまーす。」
「。すまきだたい?…ぁは」
そういえば、今日の朝食を作ったお燐はどこに行ったのだろうか?
ま、いいや。どうせどっかに出掛けたのだろう。
そんなことを考えながら黙々と朝食を食べた。
終始、お姉ちゃんは疑問の表情を浮かべていたが、言語が正体不明なため話すわけにもいかなかった。
「あ~あ、また寝坊しちゃったなぁ。」
これでもう何回目かわからない。
さとり様に目覚まし時計の使い方を習って、やっと覚えたというのにこれでは意味が無い。
どうして、起きたい1時間後に目覚ましをセットしてしまうのだろうか?
「今日は間違えないようにしないと…」
そんなことを呟きながらも食卓に着いた。
テーブルに座っているのはさとり様だけだ。
こいし様とお燐はどこかに行ったのだろうか?
私が来たのがわかったのかさとり様はこちらを振り向いた。
「。ねわたっかそお。うくお、うよはお」
「すいません、目覚ましが上手くいかなくて…」
私がそう返事すると、さとり様はびっくりしているようだ、何でだろう?
「?かすでんるかわ、がばとこのしたわ」
「何言ってるんですか?当たり前じゃないですか。」
どうしたのだろうか、頭でも打ってしまったのだろうか。
そう思ったら、少し怒られてしまった。
何でも聞く話によれば、皆に言葉が通じないらしい。
お燐は何でも聴覚障害とか何とかってやつで、こいし様は聞く耳を持ってくれなかったらしい。
おかしいですねぇ…と私が言えば、そうよねぇ…とさとり様は返してくる。
これのどこがおかしいのだろうか?
ま、いいか。と考え仕事に行くことにした。今日も元気に核融合しなくてはならない。
いってらっしゃい、とさとり様に見送られ私は灼熱地獄の方へと向かったのだった。
あたいは走った。
旧都の鬼の足をスライディングでくぐり抜け
橋の真ん中に立っていてぶつぶつ言っている女の子を吹き飛ばし
ぶつかりそうになった地底のアイドルの足を持ちドラゴンスクリューを決め
桶の妖怪につまずき転ぶもスタイリッシュに回転して起き上がり走り出す。
そんなことをしていたら地上に飛び出していた。
博麗神社の庭のほうに出てきたようだ。
そこまで来て、やっと落ち着いてきた、と同時に深い悲しみが私を襲った。
「さとり様が狂っちゃった。」
もうさとり様とお喋り出来ない。
心を読んでもらっても会話のキャッチボールが成り立たない。
会話のドッジポール状態である。
「どうしよう、どうしよう…」
何とかしなくては…私は地獄の火焔猫だ。出来ないことなんてないはずだ。
今までを振り返れ、何かあるはずだ。
そんな時あたいの言葉にはさとり様の遺した唯一の言葉が思い浮かんだ。
『いいですか?お燐。どうしても困ることがあっても1人で考えるのはよくありません。
周りを見渡して協力出来る者も探したりすることも大事なのです。
貴女は責任強い子ですから、特に気をつけるんですよ?』
その言葉が浮かんだ瞬間にあたいは周りを見渡した、きっと協力してくれるなにかが、
「あやややや?」
「いたーーーーっ!!」
「うわっ!?何ですか、急に。」
「お願いします、あたいに知恵を、知恵を貸してください!」
そこにいたのは昔巫女が乗り込んできた時のパートナーだったらしい射命丸文がいた。
何度か宴会でも喋ったし、きっと彼女なら、力を貸してくれるに違いない!
「お、落ち着いてください。どうやら理由有りのようですね。詳しくお聞かせください。」
「じ、実は…」
あたいは今までに起きた全てのことを話した。朝のことしかないけど。
「なるほど、なるほど。言語障害ですか…」
「そうなんです、あたいさとり様が何言ってるかわかんなくて…」
「そうですねぇ…」
彼女はそう言うと、腕を組み考え出した。
彼女が駄目なら、また探しに行かなくてはならない。
ここの巫女は駄目だ。ここぞとばかりにさとり様が退治されてしまう。
「わかりました!」
「え!?」
「ショック療法です!」
「ショック、療法…」
「そうです、外の世界の本に一度だけ書いてあったのを見ました。
何でも、もうどうしようもない人に対して行う、療法らしいです。」
「それは、どういうものなんですか?」
「そのままです、壊れたテレビを直すように、思いっきり物理的衝撃を与え目を覚まさせる方法らしいです。」
「へぇ…」
「あなたのご主人様が本当にどうしようもないなら私がとっておきの物理的衝撃を教えてあげますが。」
「うーん……」
あたいは悩んだ。さとり様にあまりそういう物理的なものはしたくなかった。
でも、これでさとり様が治るのであれば、賭けるしかない!
「わかりました、あたいに是非その技を…」
「了解しました。では教えて差し上げます。」
そうしてあたいはさとり様を治す方法を教わり始めた。
「いいですか?まずはこの言葉です。『Remember what we used to say?』」
「り、りめんばー?ゆ、ゆーずど?」
「雰囲気でいいですから、リメンバーワットウィーユーズドゥセイ?こんなものでもいいんです。不思議と力が入りますよ。」
「は、はぁ…」
「それで、大きく右腕を振りかぶって殴る瞬間に…『JACK POT!!!!』わかりましたか?」
「じゃっく、ぽっと…?」
その言葉を聞いた瞬間あたいの右腕に何か力が篭った気がした。思い切り殴るのは気が引けるがさとり様のためだ。
これならいける、これならいけるかもしれない…?
「わかりましたか?」
「はい!これできっとさとり様も元に戻る気がしてきました。ありがとうございます!」
「お役に立てて何よりです。どうして敬語なのかっていうのには突っ込みませんが。」
「お姉さんっぽい人には敬語になってしまうんですよ。よし、待ってて下さい、さとり様!!」
再び地底に戻り、地霊殿を目指した。
「これで貴女もスタイリッシュですよー。」
後ろから何か聞こえたが聞いてる暇など無かった。
さ、永遠亭に向かおう。身支度を整え地霊殿を出発した。
途中で、勇儀に会った。
「おや、こいしちゃんじゃないか。珍しいね。お出掛けかい?」
「おはよう、お姉ちゃんのためにちょっとね。」
「ほぉ、親孝行ならぬ姉孝行かい、優しいねぇ…」
「まぁ、ちょっと危ないからね…」
「…?あ、そうだ。さっきあんたのところの猫が私の股の下を物凄い勢いでスライディングして行ったが、何かあったのかい?」
「お燐が?」
もしかしたら、お燐もお姉ちゃんを治すために永遠亭に言ったのだろうか。でも場所は知らないはずだ。
「わかった、ありがとう勇儀。」
「どういたしましてさ、またいつでも遊びにおいで。」
「うん、また来るよ。」
じゃあねー、と手を振って別れた。
橋のところに来ると真ん中でパルスィが倒れていた。
「どうしたの?パルスィ。」
「よくわからない何かに轢かれたわ…」
「へー…」
お燐だろう、そんなに急いでいたのだろうか。
お大事にー、と声をかけて別れた。
地底の入り口付近にやってきた。すると倒れているヤマメを必死にキスメが看病している。
「どうしたの?キスメ?」
「あ、こいし。いやわからないけど、ヤマメが歩いていたらいきなり足持たれてドラゴンスクリューされたみたい…」
「はぁ?」
気絶でもしているのか、一言も喋らないヤマメを見ながら、
またも、お大事に。としか言えずにその場を去ろうとした時だった。
目の前から物凄い勢いで走ってくるものがあった。
赤い髪のおさげにあの猫の耳、どうみてもお燐だ。
「ストップ。」
「わぁ!?」
横を走り去ろうとしたお燐に足を引っ掛けた。
そうとう勢いにのっていたのか何回転かしながらもようやく止まった。
「なにしてるの、お燐?」
「いたたたた…ってこいし様?どうしてこんなところに?」
「それはこっちの台詞。貴女、どこに行ってたの?」
よくみるとお燐の右腕が少し光を帯びている、何かを習得してきたのだろうか?
「いえ、さとり様を治す方法を探してきたんですよ。」
「へぇ、見つかったの?」
「もちろんですよ!」
「なになに?」
「ショック療法です!!」
「うわぁ…」
お姉ちゃん、南無三。
地霊殿には現在私しかいないようだ。
お燐はどこかに行き、こいしも近くにはいないようだ。
自室で静かに本を読んでいると足音が聞こえてきた。
走っている音で、どうやら2人いるようだ。
こいしとお燐かしら?と思っていたら案の定そうだった。
私の部屋の扉が豪快に吹き飛んだ。けっこう高いのに。
呼吸が荒い2人を少し、ジト目で見つめた。
「。もとりたふ?かすでのたしうど」
「お姉ちゃん、良かったね。病気治る…かも…」
「さとり様、今助けますからね!!」
そう言ってお燐は私を指差した。ちなみに心ではジト目のさとり様可愛い、と思っているらしい。やかましいわ。
「Remember what we used to say…?」
「?え」
「おお、それっぽい。」
突然、お燐が謎の呪文を唱えだした。と右腕を振りかぶっている。
いや、これ完全に殴られるよね?
こいしも関心してないで姉を助けない?普通?
「はああああああ!!」
いや、まずいでしょ?これ。何か腕光ってるし。どうなってんの!?
とりあえず、やばいのはわかったから回避しないと私が死んでしまう。
お燐の腕が一際輝いた。その瞬間真っ直ぐ右ストレートが私に繰り出された。
「JACK POT!!!!」
「きゃああああああああ!?」
地震と間違えそうな衝撃が起きた。
拳が繰り出された瞬間に強制的に右に転がって正解だったようだ。おかげで右肘をもろに地面にぶつけズキズキした。
気づけば、私の立っていた後ろの壁は崩壊していた。
「こ、殺す気ですか!?お燐!!」
「あ。」
「おぉ。」
その瞬間、お燐が私に抱き付いてきた。
何がどうなっているのやら…
「良かった、さとり様…本当に、良かった…」
そんなに胸元で泣かれても私には意味不明だ。
もしかして、今のでお燐の聴覚障害が治ったのだろうか?
意味が全くわからないし、そもそもどういうことなのか理解も出来ていないが、面倒なのでそうすることにした。
「そうですね、良かったですね。お燐。」
「そうそう、良かった良かった。」
そう言って、こいしも祝ってくれた。
まだ胸元で泣いているお燐を抱き締めながら、今日の昼は何を作ろうかなぁ、とズキズキする腕を心配しながら私は考えていた。
どうやらお燐の治療法で治ったらしい。
ショック療法とはあまりに馬鹿に出来ない、少しだけ認識を改めておかなくては。
「……あら?」
その時、崩れた壁に何かが埋もれていた。
私はそれが気になったため近づいて回収した。
「……種、かな?」
私の手には真っ二つに割れた不思議な種があった。
「あ、取れちゃった。」
「…?どうかしましたか?ぬえ。」
「いや、言葉を滅茶苦茶にしてみたんだけどね…」
「はい?」
「いや、気にしなくていいよー。聖にはそんなに関係ないから。」
「そうですか?」
ショック療法・・・精神科の治療法の一種で、薬物や電流の刺激によってからだに衝撃を与える方法。
「何言ってるんですか?パチュリー様?」
「間違った知識がつくといけないからね…」
「誰がですか。」
「気にしちゃ駄目よ。」
「はぁ……」
そしてパチュリーさんメタいw
全体的に少々駆け足気味でしたが、面白かったです。
ジャックポットが癖になります。
テンポのいい笑いが良かったです。
お燐「Remember what we used to say?」
お空「……うにゅ?なんだっけ」
お燐「……やっぱりなぁ」
↑
こんなんが思い浮かんだ。
Reme"m"ber what we used to say?では?
訂正しました。ありがとうございます。