一面に敷き詰められ、咲き乱れる花。
その中で彼女はこちらを見て優しく微笑む。
「ようこそ。私の花畑へ」
夏
「ららららー らららー らららー」
向日葵が太陽を見つめる中、幽香は鼻歌混じりにさした傘をくるくる回していた。
「楽しそうねぇ」
突然の声に幽香は黙り、顔を赤くして振り返る。
「何よ……いたなら言いなさいよ……」
「幽香が楽しそうだったから、私なりの気遣いよ」
人形を抱き抱えたアリスは嫌な笑顔を浮かべていた。
「ずいぶん楽しそうでしたこと」
「別にあんたには関係無いでしょ」
幽香はそっぽを向く。
「せっかく遊びに来てあげたのにそんな態度で良いのかしら?」
アリスが抱き抱えた人形が持っている箱を指差す。
「まさかそれって……」
「人間の里で買ってきたお菓子よ。幽香が好きだったな~と思ったんだけど、帰ろうかしら」
大袈裟にしょんぼりしたアリスは幽香に背を向ける。
「……私が悪かったから!帰らないで!」
「泣かなくてもいいじゃない……」
幽香はアリスを連れ、自分の家へと向かった。
「ま、まあ……おいしいわね」
「それは良かったわ」
アリスが持って来た菓子を食べながら二人は外を見ていた。
「ねえ」
「何?」
「どうして向日葵が全部こっちを向いてるのかしら?」
窓の外の向日葵は、太陽に背を向けてこちらを向いていた。
「あの子達は私に懐いてくれてるから。それに貴方にも興味があるみたい」
「ちょっと気味悪いわね……」
「失礼ね。あんなに可愛いじゃない……貴方の人形と同じようなものよ」
アリスの膝の上で人形が「バカジャネーノ」と喋る。
「それよりさ……幽香って昔は大きい屋敷の主人だったんでしょ?」
幽香は菓子に伸ばした手を止める。
「魔理沙に聞いたの?」
「うん」
アリスの視線を受け止め、幽香は頭を掻く。
「……まあ、そんな事もあったわよ。遊んでたら、あの二人にボコボコにされたわ」
「それで、今は何でこんな所にいるの?」
幽香は少し考えた後、こう答えた。
「…………楽しそうだったからかしら」
「楽しそう?」
「あの二人は楽しそうにしてたから、こっちに来てみようかなって」
「それだけの理由で?」
幽香はそう言ったアリスの方を見る。
「貴方だって同じような理由じゃないのかしら?」
「……まあ、そうとも言える……かな?私の時は四人だったけど……」
「そうね、私もいたし…………彼女は、元気にしてるのかしら?」
「……魔理沙にぐらい会いに来ればいいのに」
しばらくの沈黙の後、
「そろそろ帰るわね。お茶ありがとう」
抱き抱えられている人形が「ウマカッター」と喋った。
「あ、そう。……また来てもいいわよ?」
「素直じゃないんだから」
「なっ!何よ!」
「まあ、また来るわね」
アリスは手を振ると帰っていった。
「さて、私はあの子達に水をあげようかしら」
幽香も立ち上がり、こちらを見つめてくる向日葵達に笑いかけた。
秋
紅葉の中、向日葵の種を拾う。
「来年も立派に咲いてね」
もう枯れてしまった向日葵を寂しそうに見つめる。
「……いつまでも悲しんでちゃ駄目ね。折角の秋だもの、紅葉を楽しみましょう」
幽香は傘を差すと歩いて畑から出る。畑を出ればすぐに綺麗な紅葉を見ることが出来る。
「綺麗ね……今年は一段と」
「あら、お目が高い」
幽香の見ていた紅葉の上から少女が降りてきた。
「どちら様かしら?」
「私は秋静葉。秋の神様よ」
「そのわりにはなんというか……威厳が無いわね」
「それは言われ馴れたわよ……。それより貴方、今年の紅葉が例年とどこが違うと思うの?」
静葉の問いに幽香は少し悩んだ後、口を開く。
「いつもより鮮やかなのはあるけど……紅葉がそれ以上に楽しそうにしてるわね」
「分かるの!?」
静葉は幽香の腕を掴む。
「うちの妹ですら分からなかったのに……。貴方、お名前聞かせて」
「ゆ、幽香よ……風見幽香……」
急に目を輝かせる静葉にびっくりしながら幽香は答えた。
「幽香さんね。嬉しいわ~、分かってくれる人がいて」
静葉は笑って幽香を見つめる。
「ちょっ、そんなに見ないでよ……」
幽香は照れて俯いた。それを気にもせず、静葉は嬉しそうにしている。
「幽香さんは何してたの?紅葉狩り?」
「いえ、この子達をね……」
幽香は握っていた手を広げる。そこには向日葵の種があった。
「あ、そこの花畑は幽香さんの?」
「そうよ。夏はもう少し綺麗なんだけど……」
今の花畑は枯れた向日葵しかなく、なんとも寂しい。
「向日葵しか育てないの?」
「そうではないんだけど……基本的に花を育てるというより、花が咲く場所に行く感じだから……」
「花が好きなのね……」
静葉は残念そうにする。
「あら、植物は何でも好きよ。特にこんなに綺麗な紅葉なんかはね」
幽香の言葉に静葉は曇っていた顔を明るくする。
「もう、幽香さんったらお上手なんだから~」
静葉はまたご機嫌になる。
「神ってのは何でこう軽い感じなのかしら……」
その時、幽香は魔界の神の事を思い浮かべていた。
「どうかした?」
「何も……」
幽香が思うに人間と妖怪にあまり違いは無い。そして神もそうなのかもしれない。
新しい発見に幽香は小さく微笑み、目の前の神を楽しそうに見つめた。
静葉の方はその視線をくすぐったそうに受ける。
その後、少し会話した後に幽香は静葉と別れた。
「貴方とはまたお話したいわ」
最後にそう言って、静葉は幽香の手に何かを握らせた。
「これは?」
「紅葉の髪飾り。私がつけてるのよりも寂しいやつだけど……」
見てみると髪飾りは鮮やかな色の紅葉が付いた、綺麗なものだった。
「貰えただけで嬉しいわ。ありがとう」
幽香は礼を言うと、去っていく静葉を見送った。
静葉が見えなくなると、幽香は髪飾りを眺めて嬉しそうに微笑んだ。
冬
雪の降り積もる花畑。
「るるるーるー るるるるるるる」
鼻歌を歌いながら幽香は雪を踏み締めて、足跡をつけていく。
次第にご機嫌になっていき、小走りで花畑の中を駆けている。
ふと、目の前に人影が立ち塞がる。
「久しぶりね」
幽香が顔を上げると、レティが微笑んでいた。
「あっ……もう、声かけなさいよ」
赤面する幽香を見てレティは笑う。
「綺麗な鼻歌だったから」
「なっ……ううっ……」
さらに顔が赤くなる幽香。
「それに、結構大きい声で口ずさんでたわよ。今頃恥ずかしがらなくても」
「えっ!?そ、そうだった?」
「……相変わらずね。それにしても一年ぶりね」
レティは懐かしそうに幽香を見る。
「そうね。毎年、くろまく~って言いながら出て来たけど、今年から廃止かしら?」
「くろまく~」
「……忘れてただけね」
「私は麦茶お願い。氷入れてね」
「こんな寒いのに氷あるわけ無いじゃない。雪でも食べてなさいよ」
「流石幽香は格が違った!」
「……殴るわよ?」
そうは言いつつも楽しそうにする幽香はレティの前に紅茶を出した。
「……ぬるい」
「文句ばっかり言うんじゃないわよ」
幽香はレティの頭を軽く叩く。レティは大して痛くなさそうに「いたーい」と言う。
「貴方が現れたってことは、もう本格的に冬に入るのね」
「そうね。やっと冬よ。待ちくたびれたわ」
ぬるい紅茶を飲みながらレティは楽しそうに言う。
「冬は花が全然咲かないから私はあんまり好きじゃないんだけどね……」
「私と会えるのも嬉しくない?」
レティは悲しそうな目で幽香を見つめる。
「なっ、えっ……う、嬉しくない訳じゃ……」
「嬉しい?」
「あっ……えぇっと、そのぉ……う、う、う、嬉しい……わよ」
「本当?私も嬉しいわ」
さっきまでの悲しそうな表情はどこにいったのか、レティは笑顔を幽香に向ける。
「……全く……」
赤面の幽香は窓の外に目をむける。
「あっ……雪……」
「冬ね。やっぱり心地好いわ」
レティは窓を開けて降ってくる雪に触れる。
「寒いから閉めなさいよ」
「幽香、ちょっと外に出てみない?」
「え?」
そう言うのと同時に幽香の口から白い息が出た。
「わー、綺麗」
「さ、寒い……」
幽香は手を擦り合わせて白い息を吐く。
「さっきまで鼻歌歌いながらご機嫌で駆け回ってたじゃない」
「あれはその……」
言葉に詰まる幽香にレティは突然抱き着いた。
「ひゃっ!」
「これならあったかい?」
「れ、レティ!貴方むしろ冷たいから!」
顔を真っ赤にした幽香はばたばたと暴れ回り、つまずいて、レティと共に雪の中に倒れ込んだ。
「あ、ごめん……」
「いいわよ~、冷たくて気持ちいいから」
それから二人は無言で空から降ってくる雪を見つめていた。
「ねぇ幽香……」
沈黙を破ったのはレティだった。
「何?」
「来年も、こんな風に遊んでくれる?」
「……チルノと遊べばいいんじゃない?」
「それは欠かさないわよ。でも、私は幽香ともこんな風にしていたいの。冬しかいられないから、冬の間は少しわがまま言いたいの」
レティは降ってくる雪に手を伸ばす。雪は溶けずにレティの手の平に積もる。
「……別に断る理由も無いし、いいわよ。そのわがままに付き合ってあげる」
「ありがとう。やっぱり幽香は優しいわね」
「……う、うるさいわよ!」
照れた幽香は雪の中でレティを睨むがレティはにこにこ微笑むだけだった。
春
桜が咲いて、華やかな景色が広がる。
「らんらんらん らんらんらん ららららら~」
「春ですよー!」
「ひゃっ!」
いつものようにご機嫌に鼻歌を歌う幽香の上から春の風物詩とも言える声が聞こえてきた。
「幽香さん、春ですよー!」
「リリー、久しぶり」
幽香は微笑んでみせた。
「春ですよー!」
「何で二回言うのよ……」
「大切な事ですよー」
リリーは満面の笑みで幽香の前に降りてきた。
「幽香さん、春は出会いと別れの季節ですよー」
「そうね。……確かあの屋敷を出たのも春……」
幽香は少し寂しそうな顔をする。
「あと、再会の季節でもありますよー」
「それは初耳ね」
「私が今考えましたー」
「……そう」
リリーは苦笑いする幽香に相変わらず毒気の無い笑顔を向ける。
「ただ私は皆さんの心の春も応援しますよー」
「意味が分からないわよ」
小さな笑みを浮かべた幽香はリリーを見つめた。
「ねぇ、貴方は春以外はどこで過ごしてるのかしら?」
「禁則事項ですー」
「……貴方って意外といい性格してるわよね」
「そーですかー?」
無邪気なリリーの笑顔に幽香は目を細める。
「ちょっと貴方が羨ましいわ」
「?」
リリーは分かりやすく首を傾げる。
「貴方みたいにいつも楽しそうにしてられたら……」
「幽香さんはいつも楽しそうですよー」
「私が?」
「他の人に聞いてもそう言うと思いますよー。自分で気付いてないだけですよー」
リリーは幽香に顔を近付ける。
「私が……楽しそう……?」
「それじゃあ私はお仕事に戻りますー」
「うん、頑張ってね」
「はいー、頑張りますー」
大きく手を振りながら飛び去るリリーに幽香は小さく手を振る。
「さて、あの子に会った後だと妙に静かになった気がするわ……」
幽香はリリーが去っていった方をもう一度見た。
「春ですよー……か。ちょっと可愛いかもしれないわね……」
幽香は回りを見渡し、誰もいないのを確認する。
「春ですよー……」
「もっと元気よく言わないと駄目ですよー」
「ひうっ!」
どこからともなく聞こえてきたリリーの声に幽香はびくっと肩を震わせる。
「はい、元気よくー!」
「は、春ですよー!」
「その調子ですよー!」
最後にそう言ってリリーの声は聞こえなくなった。
幽香は小さく息を吐いて、傘を開いた。
「不思議な子ね……」
独りで呟くと少し遠くから声が聞こえてきた。
「ねぇ、こっちに何かあるの?」
「分かんないけど……なんだか、懐かしい感じが……」
幽香は手に持った傘を落として、口元を抑える。
「この声……」
幽香は声の元へと走り出した。
聞き間違えるはずがない。
この声の主は……。
「くるみ!エリー!」
突然現れた幽香に二人はぽかんとしていたが、やがて驚いたように声をあげる。
「「ゆ、幽香様!?」」
「ええ……。二人とも久しぶり……」
幽香は緩んできた涙腺から流れる涙を止められずにくるみとエリーの二人を抱きしめた。
「幽香様……」
「探しましたよ……」
二人は幽香の頭を優しく撫でる。
「ごめんね……貴方達を置いて出ていって……」
「いいんですよ。幽香様が無事だったら……」
「探し回ったのに、どこにもいないから、心配だったんですよ」
くるみは安心したように息を吐いた。
「心配かけてごめんね……」
「そんなに謝らないで下さいよ」
エリーは幽香の顔を覗き込むと笑った。
「でもどうしてここに?」
「妖精が騒がしかったので来てみたんですよ」
「……リリーありがとう」
遠くから「春ですよー!」と聞こえてきた。
季節は巡り、再び夏
「らっららー らっららー らっららー らー らっららー らっららー ららっららー」
幽香はうっすら微笑んで花を眺めていた。
やはりこのフラワーマスターは夏が好きなようだ。
「随分とご機嫌だねぇ」
「貴方……」
いつの間にか幽香の後ろにいた彼女はゆっくりと歩いて幽香の横に立つ。
「久しぶりだね」
「魔理沙には会いに行ってあげたの?」
彼女は首を横に振った。
「いや、あいつも今難しい時期だろうからねぇ」
「そうかしら?何も変わってない気がするけど……それよりねぇ、あんた今までどこに行ってたのよ?」
「私にだって色々あるんだよ」
「その色々を聞きたいわね……ならどうかしら?お茶でも」
彼女は頭を掻いて少し考えた。
「……お呼ばれしようかねぇ」
「こっちよ、ついて来て」
笑みを浮かべた幽香と後ろを歩く彼女を、向日葵は見つめていた。
その中で彼女はこちらを見て優しく微笑む。
「ようこそ。私の花畑へ」
夏
「ららららー らららー らららー」
向日葵が太陽を見つめる中、幽香は鼻歌混じりにさした傘をくるくる回していた。
「楽しそうねぇ」
突然の声に幽香は黙り、顔を赤くして振り返る。
「何よ……いたなら言いなさいよ……」
「幽香が楽しそうだったから、私なりの気遣いよ」
人形を抱き抱えたアリスは嫌な笑顔を浮かべていた。
「ずいぶん楽しそうでしたこと」
「別にあんたには関係無いでしょ」
幽香はそっぽを向く。
「せっかく遊びに来てあげたのにそんな態度で良いのかしら?」
アリスが抱き抱えた人形が持っている箱を指差す。
「まさかそれって……」
「人間の里で買ってきたお菓子よ。幽香が好きだったな~と思ったんだけど、帰ろうかしら」
大袈裟にしょんぼりしたアリスは幽香に背を向ける。
「……私が悪かったから!帰らないで!」
「泣かなくてもいいじゃない……」
幽香はアリスを連れ、自分の家へと向かった。
「ま、まあ……おいしいわね」
「それは良かったわ」
アリスが持って来た菓子を食べながら二人は外を見ていた。
「ねえ」
「何?」
「どうして向日葵が全部こっちを向いてるのかしら?」
窓の外の向日葵は、太陽に背を向けてこちらを向いていた。
「あの子達は私に懐いてくれてるから。それに貴方にも興味があるみたい」
「ちょっと気味悪いわね……」
「失礼ね。あんなに可愛いじゃない……貴方の人形と同じようなものよ」
アリスの膝の上で人形が「バカジャネーノ」と喋る。
「それよりさ……幽香って昔は大きい屋敷の主人だったんでしょ?」
幽香は菓子に伸ばした手を止める。
「魔理沙に聞いたの?」
「うん」
アリスの視線を受け止め、幽香は頭を掻く。
「……まあ、そんな事もあったわよ。遊んでたら、あの二人にボコボコにされたわ」
「それで、今は何でこんな所にいるの?」
幽香は少し考えた後、こう答えた。
「…………楽しそうだったからかしら」
「楽しそう?」
「あの二人は楽しそうにしてたから、こっちに来てみようかなって」
「それだけの理由で?」
幽香はそう言ったアリスの方を見る。
「貴方だって同じような理由じゃないのかしら?」
「……まあ、そうとも言える……かな?私の時は四人だったけど……」
「そうね、私もいたし…………彼女は、元気にしてるのかしら?」
「……魔理沙にぐらい会いに来ればいいのに」
しばらくの沈黙の後、
「そろそろ帰るわね。お茶ありがとう」
抱き抱えられている人形が「ウマカッター」と喋った。
「あ、そう。……また来てもいいわよ?」
「素直じゃないんだから」
「なっ!何よ!」
「まあ、また来るわね」
アリスは手を振ると帰っていった。
「さて、私はあの子達に水をあげようかしら」
幽香も立ち上がり、こちらを見つめてくる向日葵達に笑いかけた。
秋
紅葉の中、向日葵の種を拾う。
「来年も立派に咲いてね」
もう枯れてしまった向日葵を寂しそうに見つめる。
「……いつまでも悲しんでちゃ駄目ね。折角の秋だもの、紅葉を楽しみましょう」
幽香は傘を差すと歩いて畑から出る。畑を出ればすぐに綺麗な紅葉を見ることが出来る。
「綺麗ね……今年は一段と」
「あら、お目が高い」
幽香の見ていた紅葉の上から少女が降りてきた。
「どちら様かしら?」
「私は秋静葉。秋の神様よ」
「そのわりにはなんというか……威厳が無いわね」
「それは言われ馴れたわよ……。それより貴方、今年の紅葉が例年とどこが違うと思うの?」
静葉の問いに幽香は少し悩んだ後、口を開く。
「いつもより鮮やかなのはあるけど……紅葉がそれ以上に楽しそうにしてるわね」
「分かるの!?」
静葉は幽香の腕を掴む。
「うちの妹ですら分からなかったのに……。貴方、お名前聞かせて」
「ゆ、幽香よ……風見幽香……」
急に目を輝かせる静葉にびっくりしながら幽香は答えた。
「幽香さんね。嬉しいわ~、分かってくれる人がいて」
静葉は笑って幽香を見つめる。
「ちょっ、そんなに見ないでよ……」
幽香は照れて俯いた。それを気にもせず、静葉は嬉しそうにしている。
「幽香さんは何してたの?紅葉狩り?」
「いえ、この子達をね……」
幽香は握っていた手を広げる。そこには向日葵の種があった。
「あ、そこの花畑は幽香さんの?」
「そうよ。夏はもう少し綺麗なんだけど……」
今の花畑は枯れた向日葵しかなく、なんとも寂しい。
「向日葵しか育てないの?」
「そうではないんだけど……基本的に花を育てるというより、花が咲く場所に行く感じだから……」
「花が好きなのね……」
静葉は残念そうにする。
「あら、植物は何でも好きよ。特にこんなに綺麗な紅葉なんかはね」
幽香の言葉に静葉は曇っていた顔を明るくする。
「もう、幽香さんったらお上手なんだから~」
静葉はまたご機嫌になる。
「神ってのは何でこう軽い感じなのかしら……」
その時、幽香は魔界の神の事を思い浮かべていた。
「どうかした?」
「何も……」
幽香が思うに人間と妖怪にあまり違いは無い。そして神もそうなのかもしれない。
新しい発見に幽香は小さく微笑み、目の前の神を楽しそうに見つめた。
静葉の方はその視線をくすぐったそうに受ける。
その後、少し会話した後に幽香は静葉と別れた。
「貴方とはまたお話したいわ」
最後にそう言って、静葉は幽香の手に何かを握らせた。
「これは?」
「紅葉の髪飾り。私がつけてるのよりも寂しいやつだけど……」
見てみると髪飾りは鮮やかな色の紅葉が付いた、綺麗なものだった。
「貰えただけで嬉しいわ。ありがとう」
幽香は礼を言うと、去っていく静葉を見送った。
静葉が見えなくなると、幽香は髪飾りを眺めて嬉しそうに微笑んだ。
冬
雪の降り積もる花畑。
「るるるーるー るるるるるるる」
鼻歌を歌いながら幽香は雪を踏み締めて、足跡をつけていく。
次第にご機嫌になっていき、小走りで花畑の中を駆けている。
ふと、目の前に人影が立ち塞がる。
「久しぶりね」
幽香が顔を上げると、レティが微笑んでいた。
「あっ……もう、声かけなさいよ」
赤面する幽香を見てレティは笑う。
「綺麗な鼻歌だったから」
「なっ……ううっ……」
さらに顔が赤くなる幽香。
「それに、結構大きい声で口ずさんでたわよ。今頃恥ずかしがらなくても」
「えっ!?そ、そうだった?」
「……相変わらずね。それにしても一年ぶりね」
レティは懐かしそうに幽香を見る。
「そうね。毎年、くろまく~って言いながら出て来たけど、今年から廃止かしら?」
「くろまく~」
「……忘れてただけね」
「私は麦茶お願い。氷入れてね」
「こんな寒いのに氷あるわけ無いじゃない。雪でも食べてなさいよ」
「流石幽香は格が違った!」
「……殴るわよ?」
そうは言いつつも楽しそうにする幽香はレティの前に紅茶を出した。
「……ぬるい」
「文句ばっかり言うんじゃないわよ」
幽香はレティの頭を軽く叩く。レティは大して痛くなさそうに「いたーい」と言う。
「貴方が現れたってことは、もう本格的に冬に入るのね」
「そうね。やっと冬よ。待ちくたびれたわ」
ぬるい紅茶を飲みながらレティは楽しそうに言う。
「冬は花が全然咲かないから私はあんまり好きじゃないんだけどね……」
「私と会えるのも嬉しくない?」
レティは悲しそうな目で幽香を見つめる。
「なっ、えっ……う、嬉しくない訳じゃ……」
「嬉しい?」
「あっ……えぇっと、そのぉ……う、う、う、嬉しい……わよ」
「本当?私も嬉しいわ」
さっきまでの悲しそうな表情はどこにいったのか、レティは笑顔を幽香に向ける。
「……全く……」
赤面の幽香は窓の外に目をむける。
「あっ……雪……」
「冬ね。やっぱり心地好いわ」
レティは窓を開けて降ってくる雪に触れる。
「寒いから閉めなさいよ」
「幽香、ちょっと外に出てみない?」
「え?」
そう言うのと同時に幽香の口から白い息が出た。
「わー、綺麗」
「さ、寒い……」
幽香は手を擦り合わせて白い息を吐く。
「さっきまで鼻歌歌いながらご機嫌で駆け回ってたじゃない」
「あれはその……」
言葉に詰まる幽香にレティは突然抱き着いた。
「ひゃっ!」
「これならあったかい?」
「れ、レティ!貴方むしろ冷たいから!」
顔を真っ赤にした幽香はばたばたと暴れ回り、つまずいて、レティと共に雪の中に倒れ込んだ。
「あ、ごめん……」
「いいわよ~、冷たくて気持ちいいから」
それから二人は無言で空から降ってくる雪を見つめていた。
「ねぇ幽香……」
沈黙を破ったのはレティだった。
「何?」
「来年も、こんな風に遊んでくれる?」
「……チルノと遊べばいいんじゃない?」
「それは欠かさないわよ。でも、私は幽香ともこんな風にしていたいの。冬しかいられないから、冬の間は少しわがまま言いたいの」
レティは降ってくる雪に手を伸ばす。雪は溶けずにレティの手の平に積もる。
「……別に断る理由も無いし、いいわよ。そのわがままに付き合ってあげる」
「ありがとう。やっぱり幽香は優しいわね」
「……う、うるさいわよ!」
照れた幽香は雪の中でレティを睨むがレティはにこにこ微笑むだけだった。
春
桜が咲いて、華やかな景色が広がる。
「らんらんらん らんらんらん ららららら~」
「春ですよー!」
「ひゃっ!」
いつものようにご機嫌に鼻歌を歌う幽香の上から春の風物詩とも言える声が聞こえてきた。
「幽香さん、春ですよー!」
「リリー、久しぶり」
幽香は微笑んでみせた。
「春ですよー!」
「何で二回言うのよ……」
「大切な事ですよー」
リリーは満面の笑みで幽香の前に降りてきた。
「幽香さん、春は出会いと別れの季節ですよー」
「そうね。……確かあの屋敷を出たのも春……」
幽香は少し寂しそうな顔をする。
「あと、再会の季節でもありますよー」
「それは初耳ね」
「私が今考えましたー」
「……そう」
リリーは苦笑いする幽香に相変わらず毒気の無い笑顔を向ける。
「ただ私は皆さんの心の春も応援しますよー」
「意味が分からないわよ」
小さな笑みを浮かべた幽香はリリーを見つめた。
「ねぇ、貴方は春以外はどこで過ごしてるのかしら?」
「禁則事項ですー」
「……貴方って意外といい性格してるわよね」
「そーですかー?」
無邪気なリリーの笑顔に幽香は目を細める。
「ちょっと貴方が羨ましいわ」
「?」
リリーは分かりやすく首を傾げる。
「貴方みたいにいつも楽しそうにしてられたら……」
「幽香さんはいつも楽しそうですよー」
「私が?」
「他の人に聞いてもそう言うと思いますよー。自分で気付いてないだけですよー」
リリーは幽香に顔を近付ける。
「私が……楽しそう……?」
「それじゃあ私はお仕事に戻りますー」
「うん、頑張ってね」
「はいー、頑張りますー」
大きく手を振りながら飛び去るリリーに幽香は小さく手を振る。
「さて、あの子に会った後だと妙に静かになった気がするわ……」
幽香はリリーが去っていった方をもう一度見た。
「春ですよー……か。ちょっと可愛いかもしれないわね……」
幽香は回りを見渡し、誰もいないのを確認する。
「春ですよー……」
「もっと元気よく言わないと駄目ですよー」
「ひうっ!」
どこからともなく聞こえてきたリリーの声に幽香はびくっと肩を震わせる。
「はい、元気よくー!」
「は、春ですよー!」
「その調子ですよー!」
最後にそう言ってリリーの声は聞こえなくなった。
幽香は小さく息を吐いて、傘を開いた。
「不思議な子ね……」
独りで呟くと少し遠くから声が聞こえてきた。
「ねぇ、こっちに何かあるの?」
「分かんないけど……なんだか、懐かしい感じが……」
幽香は手に持った傘を落として、口元を抑える。
「この声……」
幽香は声の元へと走り出した。
聞き間違えるはずがない。
この声の主は……。
「くるみ!エリー!」
突然現れた幽香に二人はぽかんとしていたが、やがて驚いたように声をあげる。
「「ゆ、幽香様!?」」
「ええ……。二人とも久しぶり……」
幽香は緩んできた涙腺から流れる涙を止められずにくるみとエリーの二人を抱きしめた。
「幽香様……」
「探しましたよ……」
二人は幽香の頭を優しく撫でる。
「ごめんね……貴方達を置いて出ていって……」
「いいんですよ。幽香様が無事だったら……」
「探し回ったのに、どこにもいないから、心配だったんですよ」
くるみは安心したように息を吐いた。
「心配かけてごめんね……」
「そんなに謝らないで下さいよ」
エリーは幽香の顔を覗き込むと笑った。
「でもどうしてここに?」
「妖精が騒がしかったので来てみたんですよ」
「……リリーありがとう」
遠くから「春ですよー!」と聞こえてきた。
季節は巡り、再び夏
「らっららー らっららー らっららー らー らっららー らっららー ららっららー」
幽香はうっすら微笑んで花を眺めていた。
やはりこのフラワーマスターは夏が好きなようだ。
「随分とご機嫌だねぇ」
「貴方……」
いつの間にか幽香の後ろにいた彼女はゆっくりと歩いて幽香の横に立つ。
「久しぶりだね」
「魔理沙には会いに行ってあげたの?」
彼女は首を横に振った。
「いや、あいつも今難しい時期だろうからねぇ」
「そうかしら?何も変わってない気がするけど……それよりねぇ、あんた今までどこに行ってたのよ?」
「私にだって色々あるんだよ」
「その色々を聞きたいわね……ならどうかしら?お茶でも」
彼女は頭を掻いて少し考えた。
「……お呼ばれしようかねぇ」
「こっちよ、ついて来て」
笑みを浮かべた幽香と後ろを歩く彼女を、向日葵は見つめていた。
個人的には静葉との絡みが良かったですね。
どちらも植物に関わる能力持ちなのに、なぜ今までこの組み合わせに気づかなかったのか。
これぐらい穏やかなほうが個人的にはイメージに合ってます。