夏真っ盛りの幻想郷に、今年も夏祭りがやってきた。
普段チャイナ服を着ている私も、この日ばかりは浴衣に着替える。
また、彼女も同じように、メイド服から浴衣へと着替える。
私と彼女にとって、特別な日でもあった。
まだ彼女が小さい頃、私はお嬢様に夏祭りに連れていってあげなさいと言われた。
夏祭りを経験した事が無い彼女は、瞳を輝かせていた。
夏祭りの前日、二人で体に合うような浴衣を買いに行った事を思い出した。
あれがいい、これもいいと、様々なものに手を出す。
メイドとしての役目をその日はすっかり忘れ、一人の少女として買い物を楽しんでいるようだった。
そんな私も、彼女の姿を見て、頬を緩めていた。
そして、当日。
遠くから聞こえる、スピーカー越しの男性の声。
夜が降りてくる時間帯。
しかし、人里のあたりだけは暗くならず、ほんのりと明るい光を発していた。
それを窓越しに見つめ、早く早くと急かす彼女に、浴衣を着せる。
きゅっと帯を結ぶ。
「これでよしっと」
「ねぇ、早く行こう?」
「はいはい、分かりました」
この日ばかりは、彼女がお嬢様のように見えて仕方が無かった。
小さな手が、私の手をぎゅっと握り締め、引っ張るようにして走る。
走る足に迷いは無く、一直線に人里へと向かっていく。
そこに、彼女の知らない世界があるから。
そこに、彼女の求める世界があるから。
並木道を急ぐようにしていく彼女と、引っ張られる私。
ひぐらしの静かな鳴き声が、辺りいっぱいに広がっていた。
静かな鳴き声は、どこと無く哀愁が漂っている。
長く土の中にいたそれらが、たった数日しか生きられない。
その悲しさが、鳴き声ににじみ出ているようだった。
ふと前を見ると、遠くのほうに人里が見える。
それを確認した彼女の足は、先程より力強く、地を蹴り上げた。
私もそれに合わせて、走っていく。
息を切らした彼女が、膝に手をやり、顔をちらりと上へ向ける。
「……わぁ」
ひとつ感嘆の声をあげる。
彼女の視界に映った世界、それは、見たこともない世界だった。
たくさんの人ごみ。
色とりどりの屋台が遠くまで並び、様々な名前がそこにはあった。
水面を気持ちよさそうに泳ぐ金魚、白く雲のようなものが人の手によって作られている。
辺りには様々な香りが充満しており、どれも食欲をそそる。
奥では大きな和太鼓がドドンと鳴り響き、それに合わせて円を描くようにして踊っている。
いろんな色の提灯がぶら下がり、優しい灯りを発している。
ここだけ、別世界のようだった。
「ねぇ、めーりん。あっち行っていい?」
「えぇ、どこへ行ってもいいですよ」
彼女は私の手を握り、気になるものを全てやった。
見た事も無いものを食べ、面白そうなゲームをやる。
頭にはおめんがついており、腕には金魚をつるした袋がついている。
女の子は欲張りだ。
だけど、普段欲張り出来ない彼女が、今日くらいは欲張りをしてもいいじゃないか。
こんなに素敵な笑顔は、仕事をしているときには見られない。
私も、そんな彼女を見て笑った。
「ただいまより、花火大会を始めますので……」
場内アナウンスが人里に響く。
買ったものをちまちまと食べる彼女は、口にものを入れながら喋る。
「花火ってなに?」
「まぁ、火で作った花とでもいいましょうか。とりあえず、空を見てればわかりますよ」
「空?」
「えぇ、空です。しばらくしたら花火が咲く事でしょう」
「ふ~ん」
まだ花火を見た事がない彼女は、あまり興味が無いといった様子だった。
だけど、それが一変したときは、思わずくすっと笑ってしまった。
ヒュー……。
星が輝く空に、花火が打ち上がる音が響く。
彼女は何事だと言わんばかりに上空を見上げる。
そこには、一本の細い線が空めがけて走っていくのが見えた。
そして、高く高く走っていったその先で。
バァン! パチパチパチッ……。
彼女の瞳に、色とりどりの花が咲いた。
一瞬にして花を咲かせ、一瞬のうちに散っていった。
そしてまた、ヒュー……と音を立てて空を走り、バァン!と音を立てて花を咲かせる。
「これが、花火?」
「えぇ、そうです。これが花火ですよ」
私に尋ね、そしてまた空を見上げた。
大きな限りの無い空を、埋めるようにして咲く花火。
それに思わず、
「綺麗……」
「えぇ、綺麗でしょう?」
うっとりとした表情を浮かべる彼女に、くすっと笑った。
その後、彼女が空から目を離す事はなかった。
ふと、花火の大きな音に消えないように
「また、来年も一緒に行こうね」
と、彼女が言った。
「えぇ、また来年も一緒に行きましょう」
私は笑顔で返した。
彼女は空を見上げながら、にっこりと笑った。
この花火を忘れないように、ずっと空を見上げていた。
それからというもの、毎年二人で夏祭りへ出かけた。
人間はすぐに大きくなるので、何度も浴衣を買いに行った。
その度に、大きくなったねぇと店主に言われては、頭を撫でられていた彼女。
そしてその度に、恥ずかしそうにはにかんでいた。
だけどそれは、子供の時までのこと。
人はすぐに大人になる。
見かけは例え子供だろうと、心の中は大人になってたりする。
笑顔も段々、可愛いから美しいへと変わっていった。
浴衣を着て、大人の美しさを醸し出す彼女。
二人でゆっくり喋りながら、夏祭りへと出かける。
団扇を扇ぎ、暑さを紛らわせる。
屋台では、彼女のお気に入りのカステラを買って……。
ヒュー……。 バァン! パチパチパチッ……。
また、今年も花火が空に咲いた。
彼女は花火を見上げながら、私の手に優しく触れる。
もうすっかり大人になった彼女は、それでも私に、
「また、来年も一緒に行こうね」
そう言うのだ。
大人だから、もう一人でも行けるはずなのに、それでも私を誘ってくれる。
私はそれがとても嬉しかった。
だから私も、毎年同じように、
「えぇ、また来年も一緒に行きましょう」
と返すのだった。
だって、それしか私には返す言葉がなかったから。
彼女と一緒にいられる時間は、限られている。
だから、少しでも一緒にいる時間がほしいから。
私は、そう返すのだ。
私は、小さくてしわしわの手を握り、ゆっくりと夏祭りへと向かう。
小さな歩幅に合わせるように、私も隣を歩く。
にっこりと笑って私に優しく話しかける。
思い出のようにして、昔の夏祭りの事を話した。
「そういえば迷子になったこともあったわね。あの時はたくさん泣いたわ」
「そうですね。探すのも一苦労でしたよ」
「あのときから一人で行動するのはやめたわ」
なんだか、複雑な心境だった。
昔の事を話すのは楽しいのに、なぜか寂しく感じる。
私の外見は変わっていないのに対し、彼女はもうおばあさんだ。
それでも、それでもだ。
花火が打ち上がり、空に大きく咲き誇るその時になると、彼女は決まってこういうのだ。
「また、来年も一緒に行こうね」
だから私も、
「えぇ、また来年も一緒に行きましょう」
決まってこう返すのだ。
それを聞くと、にっこりと彼女は笑う。
それを見ると、私もどこか安心する。
また、こうして約束を交わせるのだから。
小さい頃から交わしてきた、一度も破られた事の無い約束を。
そうして、私は浴衣を着て夏祭りへ出かける。
彼女のお気に入りのカステラを買って、場内を歩き回る。
あの頃と変わらない、騒がしい雰囲気。
私は、この祭りの雰囲気がたまらなく好きだった。
やがて、場内アナウンスが、花火が始まる事を告げた。
私は草原に座ると、空をゆっくりと見上げた。
ヒュー……。
どこと無く頼りない音が空に響き渡る。
金色の火の玉は空を走り、高く高く上っていく。
そして、ある程度上ったところで、
バァン! パチパチパチッ……。
炸裂した花火は、一瞬のうちに散っていく。
とても、綺麗な花火だった。
いつもと変わらない、綺麗な花火。
だけど、いつもと違う場所が、ひとつだけ。
隣には、だれもいなかった。
いつもいたはずの彼女が、いなかった。
「もう、また来年も一緒に行こうねって、言わないんですね」
誰もいない隣の空間へ、私は話しかける。
虚しいだけだなんて分かりきっている。
だけど、止まらなかった。
「ねぇ、咲夜さん。もう一緒に行く事ができないんですね」
貴女がいた夏は、もう思い出の中でしかなくなってしまった。
私の思いを知る由もなく、空には花火が咲き誇っていた。
涙は流さない。
ただ、私の隣にあった、優しくて温かい手を探した。
だけど、それが見当たることはなかった。
「見てますか、咲夜さん。また、来年も一緒に行きましょうね」
今度は、私が彼女を夏祭りに誘う番だ。
いつだって、私の隣には彼女がいる。
だって、夏祭りは、私と彼女の本当の笑顔が見れる、特別な日なのだから。
ヒュー……。 バァン! パチパチパチッ……。
有終の美というものなのでしょうか。
刹那に散り行くからこそ美しいと言われる物。人も妖もまた、そうなんでしょう。
移り行く世界の中で
面白かったです。これからも色んなお話を期待してます。
花火ってなんか切ないですよねぇ。
歌詞とリンクしてる感じが良いですね。
美鈴が何時も優しく引いていた手はどんどん大きくなり、やがて小さくなっていってしまう。毎年違う気持ちで手を繋いでいたのだと思います。
おばあちゃんの手を引く姿を思い涙が滲んできましたが、美鈴の独り言に堪えきれなくなりました。
評価ありがとうございます。
儚いものって、やっぱり美しいものなんですよね。
>8 様
評価ありがとうございます。
切ないお話、大好きですわ。
>13 様
評価ありがとうございます。
面白い作品に出来あがっていたようで、幸いです。
>21 様
評価ありがとうございます。
なんか、素晴らしい感想だなぁと思います。
嬉しい限りですわ。
>23 様
評価ありがとうございます。
そっちの話……ですか?
期待に応えられるように頑張っていきたいものです。
>29 様
評価ありがとうございます。
それもありますね。
妖怪からしたら人間の命なんてすぐに散ってしまいます。
それが、美しくも儚いものなんですよね。
>40 様
評価ありがとうございます。
歌詞をイメージした部分もあるので、それが伝わってよかったです。
>ぺ・四潤 様
評価ありがとうございます。
美鈴はどんな思いで咲夜さんと一緒に手をつないでいたのでしょうか。
それを想像すると、涙がこみ上げてきます。
>43 様
評価ありがとうございます。
私のようなへたれ作家でも、人を泣かせるような作品が書けたという事が嬉しいです。
美鈴の夏祭りはまだまだこれからだ!
咲夜さんと美鈴のあいだに確かにあった暖かい時間を、読みながら感じることができました。