もういいかい?
まぁだだよ。
爆弾さがしのかくれんぼ
「お姉ちゃんと私は、きっと全然違うタイプの生き物なんだろうね」
疑問を呈すというよりは確認するような口調で、妹はそんな風に嘯きます。論文の最後に書かれる結論みたいに、彼女の話はいつも彼女の雑感で終えられるのでした。私は話が終盤に差し掛かっていることに気付くと同時に、ふたりの会話がそろそろ終わりを迎えることを感じました。会話の終わりはすなわちコミュニケーションの終わりを意味しているのです。何せ私たちは、これ以外に会話することなんて殆どなかったのですから。小さな挨拶と最低限の応答ばかりが残され、会話らしい会話などこの時を逃せば零に近い。そんな風でしか、私たちはお互いを認識しあえなかったのでしょう。
「だからきっと、本質で、私がお姉ちゃんのことを判ってあげることだとか理解してあげることだとか、はたまた逆も、一生成し得ないのだろうね」
「そうかしら」
「あぁ、気を悪くしないで欲しいな。悪口を言いたい訳じゃないし、私はこれっぽっちもお姉ちゃんに悪意なんてないの。判るでしょ?」
えぇ、と短く返事。私たちの会話では、私はいつもそうなのです。曖昧な返事ばかりで、適当な相槌ばかり。私には妹の言いたいことが理解出来なかった。なんの思惑を以ってそんなことを私に言うのか判らなかったのです。私たちは理解し合えないんだと、そんな判り切った事ををわざわざ申告して何を得ようとしているのだろう? 私に何を求めているのだろう? それでも、ただ妹の話を聞いているだけで私は幸せでした。内容なんかどうでも良かったのです。だから判ったふりをして、曖昧な返事で適当な相槌を打つのが私の常でした。
「ただ思った通りの事を思った通りに伝えたいだけなの。お姉ちゃんだけが私を受け入れてくれると信じているから。世界ってとっても大きくて広い器なのだけど、それでも私を受け止めることが出来る受け皿はお姉ちゃんしか存在しないのよ。だから私はお姉ちゃんになんだって伝えるわ。たくさん伝えたい事があるのよ、私。あぁ、おくちが三つくらいあったら素敵なのに!」
それが冗談なのだと気付くのにしばし時間がかかりました。
「一つだけの方が可愛いと思いますよ」
「ほんと? じゃあ一つで良かったわ」
「三つでも、こいしなら可愛いかもしれないけど」
「やっぱり三つ欲しかったわ!」
ころころとよく変わる彼女の表情が好きで好きでしょうがないのです、本当は。どの表情にも全部にキスして回りたいくらい好きなのです。本当です。それくらい彼女は魅力的で、美しい存在でした。彼女の前に立つと、私という存在なんてその辺を転がっている小石程の価値も無いようにさえ思いました。そう思わせるくらいに、あの頃の彼女は破滅的な輝きを放っていたのです。その輝きは年を追う毎にまばゆく煌びやかになり、私を一層に照らし出します。照らし出される程に私の背後には幾重にも濃い影が鬱蒼と茂るばかりで、私は何度も何度も後ずさりしなくてはなりませんでした。その内顔を覆い隠さねばならなくなって、しゃがみこんでは影を小さくしようと試みる。それでも彼女の破滅的な輝きは私の影を遠くへ引き伸ばし、尚も私の両眼を射抜くのでした。
「お姉ちゃんは私を誰より判ってくれるの」
あの頃の彼女は呪文のようにそんな言葉を放ちました。まるで私に言い聞かせるみたいに、眩しい笑顔でそんなことを平気で言いました。それがどんなに私の心に波紋を作ったか判りません。私は今でもあの頃を思い出すと背筋が寒くなって、堪らなく寂しくなる。
だって私は妹を誰よりも判ってあげられず、妹は私を誰よりも判ってくれなかったのですもの。
◆
「地霊殿って広いのね。本当に広いお屋敷だわ。ぐぅるり見て回るのに、こんなに時間がかかっちゃった」
妹は鼻歌でも歌い出しそうな調子でリビングへと戻ってきます。調度品はどれも新品のように輝いているけれど、それは私が一生懸命ひとつひとつ磨いていったからであって、元は埃を被るもらい物。
妹は新居を気にいったようで、高価そうなふかふかのソファに勢いよく座り込みました。そのソファだって私が掃除して、新しいカバーを買ってきたのです。
「嘘みたい。こんな広いおうちに住めるようになるなんて思わなかったわ。今にも崩れそうで小さいおんぼろ住宅だと予想していたんだもの」
「確かに立派な建造物です。築何十年くらいなのかしら」
「何百年かもしれないわ、お姉ちゃん。だとしたら大変! もしかしたら見かけ倒しのとんでもない欠陥住宅を押しつけられたのかも!」
「まぁ、有り得ない線ではありませんね」
「ああんもう、そんな仏頂面しないで。冗談よ。私、お姉ちゃんにとっても感謝しているんだから」
「すみません、生まれつきこんな顔で」
「お姉ちゃんが笑うとすごく素敵よ。私、お姉ちゃんの笑顔大好きだもの」
私はその言葉に何か返事を言おうとしました。けれど言葉が見当たらない。だから黙って少し笑ってみせるのが精一杯でした。
私はリビングとキッチンを見回します。とりあえずこれだけ片付ければしばらくの生活に支障はないでしょう。何せ地霊殿は広い。すべての部屋の掃除や整理を一度に終わらせるのは不可能でした。持ちよった荷物はごく少なかったのに、引っ越しがこんなに重労働になるとは思いませんでした。
「ねぇ、地霊殿でかくれんぼしたらきっと楽しいと思うわ」
「ふたりきりでかくれんぼする?」
「嫌よ。どちらが鬼になるの? 片方は鬼から逃げ回らなければならないのよ。私が鬼になってお姉ちゃんを追い回すのは嫌だし、お姉ちゃんが鬼になって追い回されるのもごめんだわ。私たちの長いかくれんぼは終わったんだから」
妹の暗い瞳が私を見つめていたのを今でも思い出します。長く眼を合わせていたらこっちまで取り込まれてしまいそうに深い視線。私はすぐに視線をそらしたでしょう。
「すみません」
「どうして謝るの? お姉ちゃんがどんな悪いことをしたっていうの?」
「判らない。謝らなければいけないような気がして」
「何も悪いことしてないんだから、簡単に謝っては駄目よ。そんなことしてたらすぐ相手に馬鹿にされちゃう。堂々としていればいいの。お姉ちゃんはこの地底ですんごく偉いひとになったんだから。是非曲直庁地獄支部第六層灼熱地獄跡管理責任者、古明地さとり。すごく好きよ。長ったらしくていかにもって感じが本当に好き」
「私はただ、こいしとゆっくり過ごせる場所が欲しかったんです。少し仰々しくなってしまったけれど」
「素敵。満点の回答よ、お姉ちゃん」
妹は冗談めかして笑ったけれど、それはまごうことなく私の本心だったのです。本当です。でもやはり、もう少し別の言い方はなかったかなと自分でも思ったのだと記憶しています。
「地霊殿は、本当に広い」
リビングからドアを隔ててすっと伸びる遠い廊下を眺め、私は独り言を呟きました。私と妹ふたりで住むには些か広すぎる。ここではなんでも吸い込まれてしまうのです。声も、言葉も、姿も。今となってはもう妹の心は視えもしなければ聴こえもしないから、私はこの広い地霊殿でいつも、彼女の姿を見えるように聞こえるように、必死で探し回らねばならないのです。
この時はまだ、そんな事になるなどと、考えもしなかったのに。
嗚呼、当時の私は本気でそう思っていたのです。
「かくれんぼなんて、しないで下さいね」
妹が隠れてしまったら、視えないし見えないし、聴こえないし聞こえない妹の姿をどうやって信じたらいいのか判らなくなる。
「しないよ。いつだってお姉ちゃんのこと見てるから」
私の奥の方をむずがゆくくすぐられる心持ちがしました。けれどそれをどう口にしたらいいのか迷って、結局、「ならいいの」と呟いたのでしょう。
私は無口でした。そうして、卑怯でした。
◆
新居に移住してから幾分経ってすべての部屋の掃除と整理が終わった頃、私は少しばかり買い物に出かけました。ついでにこの際だから、あまり知らない地底を見て回るのも良いと思ったのです。
地底に来て良かったことと言えば、たとい私が覚りであっても、誰も彼も私に干渉しなくなったという事でした。どうせここにいるような連中は皆、世間から爪弾きにされて除け者にされてしょうがなく浮浪して定住していった者ばかり。その根幹は私たちと何も変わりはありません。だからこそ彼らは私に干渉しないのでした。付け加えれば、私がこの地底である程度の権力らしきものを有していた所為もあったでしょう。何にせよ、彼らは心の中で小さく私の悪口を言うばかりで、私の姿を見つけてはこそこそと逃げ回っておりました。地上ではこうはいきませんでした。出歩けば罵声を浴びせられ石を投げつけられたのが私たちの日常。口と心のステレオでやかましく罵るものだから、私たち覚りはすっかり外出するということに嫌気が差してしまうのです。昔を思い出そうとすると、決まっていつも頭の後ろの方がきゅうと締めつけられるように痛みます。遠い昔に、妹を守ろうとして石を強かに打ちつけられた場所だろうと思いました。
妹は最後まで覚りの宿命とも呼ぶべき忌々しい道筋に抗おうとしていました。厭世的になって自分の深い世界に閉じこもりがちになるのが大概の覚りの行く末であったけれど、彼女はそれでも外界との接触を諦めませんでした。私にはそれがよく判らなかった。外部との繋がりを、どうして持ちたがるのか。そんな物は、ひどく切り捨てた言い方をするなら、無駄でしょう。どうせ裏切られます。どうせ忌み嫌われます。私たちはそういうものなのです。そんな風にしか、生きていけないのです。記憶を弄びながら、おもむろに後頭部を撫でました。疼くような痛みが静かに遠のいていく気がしました。
私は手頃な店で色々と生活に必要な雑貨を買い求めました。店内は殆ど誰もおらず、私のような嫌われ者が多少買い物をしても問題なさそうです(客が私を見て帰ってしまったりして商売の邪魔をしてしまうと、こちらとしても非常に居心地が悪いので)。落ち着いた雰囲気の内装で、陰鬱とした地底のそこいらの空気とは一線を画していました。古い本のようなにおいが店内をうっすら漂っていたけれど、それはそれで店の雰囲気と合致していると感じました。ゆっくり買い物ができるのは久しぶりの事で、そんなひと時に安堵している自分を笑ったかもしれません。
その雑貨店でひとつ、私の眼を引く物がありました。なんてことはない、小さくて安い髪飾りでした。ガーベラをモチーフにした薄桃色の髪飾り。髪飾りは他にも幾つかあって、値段はまちまちで、どれもこれもそのガーベラの髪飾りよりも可愛らしく美しかったけれど、とりわけそのガーベラの髪飾りだけが私の両眼を捉えたのでした。しばらくそれを見つめて、あぁこれは妹の髪に飾ったら良く映えるだろうな、などととりとめもなく考えます。もうしばらく私はじっとそれだけを見つめていました。「それがそんなに不思議かね」、こんな小洒落た店の主とは思えないしわがれた声が小さく響きました。
「不思議ではありません。ただ注目してしまうのです。理由はちょっと判らないけど」
「安くしとくよ。嬢ちゃん、見ない顔だね」
店主は無精髭を生やした顎を撫でながら、ゆっくりとした動作でレジスターから顔を覗かせました。声もそうだけど、見た目もこの店にひどく不釣り合いに見えました。けれど私を見る彼の眼に侮蔑や恐れといった感情はなかったし、心を覗いてもそれらは見当たらなかったから、私は素直に彼へ好感を抱いたのです。
「新しく灼熱地獄跡管理を任されました、古明地さとりと申します。以後お見知りおきを」
「あぁ、そうかい。もっとごつくていかめしい顔したお役人が来ると思っていたがね」
「その方が良かったですか?」
「まさか。可愛い女の子が嫌いな男なんざいないさ」
「心を読む妖怪ですよ」
「俺の心は綺麗だろう?」
彼は顔の皺を寄せて笑いました。「どうかしら」、と私も笑いました。その時私は、この店にはこれからもちょくちょく来ようと決めておりました。
「それ、買うのかい」
「心を読む可愛い女の子は、値引きに弱いのです」
私は珍しく冗談を言いました。それも初対面の相手に。本当に珍しい事です。自分のことながら、私は私を褒めてもいいと思います。
「こりゃ困ったお客だ」
古い本のにおいがする店を出ると、現実に帰ったように陰鬱とした地底の空気が肺に充満していました。他愛もない話を地霊殿の外でしたのはひどく久しぶりで、私はしばらくの間気分が高揚していたのでしょう。この陰鬱とした空気と治安の悪ささえなければ地底も全然悪くないのに、と思ったのでしょう。
妹はいつ帰ってくるだろう。今日の夜にでも帰ってきたらいいのに。特別にそれだけ包装してもらった髪飾りを握り締めながら、私はそんなことばかり考えて地霊殿に戻りました。道中でどんなに醜い心を見つけても、まぁそんな日もあるだろうねと笑ってやり過ごせるくらいに私は上機嫌だったのです。
妹はその日から丁度一週間後の昼過ぎに帰宅しました。私は何度も握って台無しにしてしまった包装ごと、妹に髪飾りを渡しました。妹は一瞬きょとんとして、それからすぐに満面の笑みを浮かべてありがとうと言ってくれました。
「安物で悪いのだけど」
「全然構わないよ。お姉ちゃんがくれたってことに意味があるんだもの」
そう言ってくれるだけで、意気消沈して妹を待ち侘びた一週間も報われようというものでした。私は妹の髪にそれを留めました。思った通り、とても良く映えた。それから私たちは色々な話をしたのです。珍しく私から話題を出して、店のことや店主のことを話したのです。妹は笑顔で聞いてくれて、「私もその店主さんとお話ししたいな」と言ってくれました。私は嬉しくなって、尚もたくさんのことを喋り続けました。晩御飯の時間になるまで私は喋り続けたのです。この私が!
言葉が幾らでも湧いて出ました。たくさんのことを言わねばならないとさえ思ったのです。その内容は問題でなく、私と妹が会話しているという事実だけが延々と言葉を生みました。内容はもはや今となっては判然としません。自分が何を口走ったか忘れてしまうなんて、平生の私には有り得ない事です。そもそも私たちが他愛もない話を長く長くしていられたのは、私の口がそんなにも言葉を持ったのは、後にも先にもこの日だけだったのですけれど。
◆
妹は我儘でした。そして狡賢い子でした。状況に応じて、受け入れてもらえそうな我儘を的確に選んで、いっとう可愛らしくお願いするのが恐ろしく上手だったのです。彼女のお願いはいつでも抜群の破壊力を持っていました。少なくとも私に限って言えばそう。少し低い目線から私を見上げて、ちょっと首を傾げて、「ねぇ、お姉ちゃん」。言われてしまえば全部終わりで、私に抗う術などありません。かといって妹を甘やかし続けてきた訳でもありません。妹は存外、私の言いつけをよく守ったのです。私が一言発せば、その一言はそれなりの効力を有したようでした。不当かとも思われるような多少理不尽な要求でも、彼女は笑顔で頷きましたから。
今思えば、私たちはお互いの言葉に縛られていたのでしょう。お互いに隷属して、お互いに支配していた。それできっと満足していたし、家族とはそういうものなのだと思っていたのでしょう。
そんな風にしか交われなくて。そんな風にしか、愛せなかった。
「ねぇ」
それはいつの会話だか。きっと私がこの両眼を――妹と同じように――潰して棄て去った時、あの子はそんな風に声を震わせて言ったに違いありません。
「なんでそんな事したの」
問いかけている口調ではありません。それは明確な怒りと非難の色を持って、私の胸をぐさぐさと不用意に刺し殺す声でした。
「私には判りません」
私はそれを言うべきだったのでしょうか。今思えば、それは言う必要が無いばかりか、むしろ逆効果だったのではないでしょうか。それでも当時の私は言い放ちました。言うしかありませんでした。伝えるしかありませんでした。私はたくさんのたくさんの言葉を覆い隠して生きてきたのです。奇しくもこの時、それが飽和して、溢れ出してしまったのでしょう。
本当にどうしようもなく。本当に切羽詰まって。本当に苦しくなって。
言葉を、吐き出してしまったのでしょう。
「私には他人が判りません。私には心が判りません。私には言葉が判りません。私には、……私には貴方が判りません」
それは呪いの言葉でした。私たちをこれ以上なく縛る、陳腐で馬鹿げた呪いのでした。しかしそれは鬱屈とした私の、そして妹の、すべての過去を真黒に塗り潰したのです。
だって。だって。子供のように、心の底で反復します。
あの子の顔には、第三の瞳を閉じたその日から、感情というものが宿っていないのです。どうしたって色が失せてしまっているのです。その造形しか知らないかのように、同じような笑みを平気で私に向けるのです。あの子は一枚の絵なのでしょう。どこぞの絵画から抜け出してきたのでしょう。私はその絵を気に入っているわけでもないのに、――むしろ何も理解出来ずに、扱いにほとほと困り切っているのに――外すことも裂くことも出来ないのです。
だから私は残虐な道を歩む事になりました。あの子が悪いのです。あの子が悪いのです。
あの子は覚りとして致命的な欠陥品となりました。第三の眼を閉ざすなど、一体どんな心算なのでしょう? 私には何も判りません。覚りだからと言って、心が読めるからと言って、心が判る訳ではないと言うのに。何故私に判れと強要するのでしょう。判りませんよ。判る筈がないじゃない!
あの子がどれほど心をすり減らし、そして砕いてきたのかなんて、言ってくれなきゃ判らないでしょう!
けれどあの子を放っておく事など出来なかった。あの子が私の所為で心を閉じたと言うなら、私はそれに対して責任を取りたかった。当然でしょう。たった一人の妹なのです。
ですから私は、あの子がせめて一人ぼっちにならないようにと自分の両の眼を潰す事にしたのです。
徹底的に、不可逆的に。私は視力を失いました。それが私のけじめであり、責任であり、姉としての愛でした。それがきっと、重かったのでしょう、ね。
「なんだよそれ、なんだよ、それ!」
私の姿を見て、あの子は爆発しました。感情が、声が、表情が、心が、理性が、世界が、夢が、現実が、意識が、爆発しました。無意識だけが、ぽつんと残されました。
どんろり、溜めこんだ感情が嗚咽と共に込み上げたかのようでした。怖ろしい爆発でした。情念の炎が心を焦がし、爆発音が弾丸のように胸の奥深くを打ち抜き、震わせました。
「あぁそうかい、あぁそうかい! お姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃなくて覚りなんだね!」
そこで私は、また言葉を間違えたのでしょう。私は無口で、そうして、やっぱり卑怯だったのです。
「貴方も、そうでしょう?」
それがどんなに残酷な意味を孕んだでしょう。どんなに残虐な過去を砕いたでしょう。
私はあの子が判らないばかりか、きっと自分自身さえ判っていないのです。
私がすべて悪いのでしょう。しかしどこが悪いのか判りません。私は救いようの無い阿呆です。あの子が私の妹になど生まれなかったら、あるいは私が生まれなかったら、あの子はこんな事にならずに済んだ筈です。
嗚呼、どうしてこの身体は分離しているのでしょう。私には妹が必要で、妹には私が必要な筈なのに。お互いが必要としているのに、どうしてひとつじゃないのでしょう。どうしてふたつに生まれたのでしょう。ひとつだったら、あの子の暗い感情はすべて私が請け負うでしょう。あの子は明るい所だけ持っていれば良い。ですがそんな空想は、この時の、そしてその後の私たちにとってはまるで役立たずな幻想です。
激情に駆られたあの子を見る事はついに叶いませんでした。けれどそれよりも、私がどんなにか勇気を持って踏み込んだたったの一歩が、だのにあの子を地獄に追いやったのだというどうしようもない事実こそが、私を容赦なく切り刻みました。
――お姉ちゃんは私を誰より判ってくれるの。
貴方はきっと初めから判っていたんでしょう。
私が貴方を永遠に理解出来ない事も、そしてその逆も。
◆
ばつりばつりと感情は弾けます。弾けねじれて飛んで溶け込み、どろりと心を巣食うのです。
何も映らない暗い世界で、私は静かに妹の心を思い出します。まだ視えたあの頃の、まだ聴こえたあの頃の、私と妹が一番上手くやっていけたあの頃の記憶を引き摺っています。
私たちのかくれんぼ。貴方はもうとっくに隠れて、私は鬼になって貴方を探そう。
――もういいかい。
返事は聞こえない。もう、聴こえない。
おわり
ヘドロめいた感情の渦がまろび出んとするのですが、言葉にできない。
潰れた目の奥で、さとりは何を見るのでしょう。
あるいは記憶だけを引き摺って、「まあだだよ」を待ち続けるのでしょうか。
互いを永遠に理解できないまま。
ですが、これもまた幻想的です。
でもそれがこの作品の良さなんですよね
きっと、異変もなく霊夢や魔理沙に会うことがなければこんな悲しい出来事がおこったのかも。
異変を通してヘンテコな連中と関わりをもった姉妹が楽しく過ごせること願っています。
雑貨屋の主人が非常にいいキャラでした。
あと、これはあくまで表現の差なので無視してもらってかまわないんですが、こいしの「一生成し得ないのだろうね」という台詞は「成し得ないんだろうね」のほうがいいと個人的に思いました。そこだけお堅く聞こえたので。
お互いに愛しているのに
今回の地の文がすごく好みでした
こんな地雷原の中でやるかくれんぼ、身動きできなくて勝者無し。牢獄と同じです。
なのに、だんだんと終末へ確実に向かっていると思わせる雰囲気が、たまらなく切ないです。
最近スレで目にしたあのフレーズが、ちゃんと組み込まれていたことに笑いそうになったのは内緒だ。
この爆発が貴方のこいしなのですね……