「ぐす・・・ぐす・・・ふぇーん」
ガサッ、ガサッ・・・。
「まきちゃーん、みつるくーん・・・返事してよぉ・・・」
ジャリ、ガサッ・・・。
「ひっく・・・暗いよぉ・・・こわいよぉ・・・ここ、どこ・・・」
がさがさ!
「ひっ・・・!」
ぎゃあ!ぎゃあ!ぎゃあ!
「・・・か、からす・・・だよね?」
がさっ!
「ひっ!・・・だ、だれ?」
がさっ・・・がさっ・・・。
「・・・だれか、い、いますか・・・?」
じゃり・・・じゃり・・・。
「ひ、あ・・・」
じゃり!
~
コンコンコン。
「ん、誰だよ・・・こんな朝早くに」
霧雨魔理沙は朝の優雅なひと時を、読書の時間にあてていた。
しかしながら朝っぱらからの訪問客に、没頭していた思考を現実へと引き戻した。
仕方なしに、玄関へと向かった。
コンコンコン!
「はいはいはい!ちょっと待つんだぜ・・・っと」
「おはよう、魔理沙」
ガチャリとドアを開けると、そこには知人のアリス・マーガトロイドがいた。
「あれ?なんだアリスか。どうしたんだこんな早くに?」
「えぇ、実は研究の成果を見てほしかったの」
「研究?なんのだよ?」
「完全な自立人形の」
彼女、アリス・マーガトロイドは人形使いである。
人形を使役し、日常や戦闘でのサポートに使うのが彼女のスタイルである。
その中でも、彼女が生涯を費やす研究が「自立型人形」の作成である。
「へぇ・・・あれから進歩でもあったのか?」
「えぇ、ちょっとどころか・・・ね」
「なんだよ、もったいぶって」
「そうね、じゃあ見せてあげましょうか・・・さ、出てらっしゃい?」
アリスが後ろにいる誰かに話しかけると・・・そこには、子供がいた。
「・・・これは?」
この子供が、研究の・・・成果?
なんだかただの子供に見える・・・身長はアリスの腰くらいの小さな女の子。
大きなバスケットと相まって、よけい小さく見える。
これがどうしたのいうのだろう?
その時、アリスは爆弾を投下した。
「これが自立型人形よ」
「へー・・・え゛っ゛?」
いまなんとイッタ?
「え・・・っと、じゃあ完成したのか?」
「そうよ、出来たの!」
アリスが興奮して話しだす。
「まずいつも通りじゃダメだと思って、人形の大きさを大体7~8歳の子供の形をとってみたわ!
いつもは人形独自の思考回路のパターンを作っていたのだけれど、人間と同じ思考回路のパターンを入れてみたのよ!
そのあと魔力回路を大きくして、さらに回路自体を人形だけのパスを通すだけにして、私とのパスを極力制限してみたの!
それで次に人形の素体もいつもの陶器じゃなくて特製の陶器にして、さらにさらに・・・」
「ちょっちょっちょ!ストップ!取りあえず家に入れよ!」
あまりの事に、いつも冷静なアリスが捲くし立てるように話す。
取りあえず落ち着かせるためにいったん話を止めさせて、家に招き入れる。
「そんで、それがお前さんの最高傑作かな?」
アリスの横でチョコンと座る人形を指差す。
「えぇ、まだ試作段階だけれども、満足いく出来だわ!」
「そうか・・・どうみても普通の人形にしか見えないけどなぁ・・・」
「ふふ、それだからあんたは普通なのよ」
「・・・ま、それはそうとして」
ちらりともう一度人形を見る。
「ついに、叶ったんだな」
「えぇ、本当に出来るとは思っていなかったけど・・・ついに出来た」
アリスがうっとりとした表情で、人形を愛でる。
正直不気味でしょうがないが、何せ念願の完全自立人形が出来たのだ。あの興奮も頷ける。
彼女、アリス・マーガトロイドは魔法使い。
魔法使いは須く研究を行う・・・アリスの研究が先の「完全自立型人形」である。
本来彼女の扱う人形は、アリスの魔力を一定量、常に人形に送っていないと動かない代物である。
さらに命令はアリス自身が行わない限り、動かない。
故に魔力を常に与えず、自身で思考する人形を、アリスは研究していた。
それには生半可な覚悟では出来ない程の時間を費やしてきたのだ。
同じ魔法の同胞として、その気持ちは解る・・・どれほど嬉しいのかも、だ。
「そうか、取り敢えずおめでとう」
「ありがとう・・・ほんと、自分でも信じれないわ。ね、シオン」
「コクリ」
「へー、シオンていうのか」
「えぇ、生憎喋れないけれど素直ないい子よ」
アリスがシオンの頭を撫でる。
表情は変わらないけれど、足をパタパタさせて喜んでいるようだ。
「やっぱり喋る機能も考慮すればよかったなぁ・・・」
「まぁまぁ、自力で動くだけでも万々歳じゃないか」
「・・・それもそうね、でも次に作るこの子の兄弟は話せるようにしたいわ」
「ま、そいつは置いといて・・・昼食でも食うか?」
「あら?貴女からそう言ってくれるとは思わなかったわ」
「親友の祝い事をしない程、私は空気読めないわけじゃないぜ!リクエストは?」
「じゃあ・・・折角だし、貴方に任せるわ」
「了解!・・・シオンって、モノ食べれないよな?」
「さすがにそこまで出来ないわよ」
アリスにさも当然だと笑われる。
・・・その笑顔も、本当に楽しそうだ。
「じゃちょっと待ってろよ!」
「はいはい」
「・・・」
シオンがコクリと頷いた。
その行動に少し笑ってしまう・・・そのまま私は厨房へと足を進めた。
「御馳走様」
「おう」
私が用意した豪勢な料理を、2人でアッという間に平らげる。
その間、シオンは私の家を物珍しげに見つめていた。
「あー腹いっぱいだ」
「女の子がそんなこと云うんじゃありません」
「お前は私の母親かよ」
「こんな手のかかる子供はいりません」
「ひでぇ・・・」
食器を片づけながらそんなやりとりをしていると、シオンが食器を洗ってくれていた。
「おいおい、私がやるからいいぜ!」
「・・・ブンブン」
「いいからやらせてあげて、彼女もいろいろやりたいのよ」
「そ、そうか・・・」
見れば、少し楽しそうに食器を洗うシオンがいる。
カチャカチャと音を立てる音に合わせて、片足をトントンとリズムよく鳴らしている姿は、本当にただの子供にしか見えない。
「そっか・・・じゃあ折角だからお茶でも飲んで待ってるか」
「そうしましょうか」
「たまには緑茶でもいいか?」
「お願いするわ」
「そういえばさ、アリスって何で人形を作るんだ?」
ひとつ、疑問をぶつけてみる。
「なによ、唐突に」
「いやな、魔法やそういう関係の研究ならまだしも、人形ってどうなのかなと」
「・・・うーん、そうねぇ」
緑茶を片手に悩むアリス・・・案外、様になっている。
「ただ単に、子供の頃から人形が好きだから・・・かしら?」
「そんだけか?」
「それだけでもないかもしれないけれど・・・何でしょうね」
アリスがずずっとお茶を飲む。
「そうね、後は人間に近い形を取っているからって言うのもあるかしら」
「ほうほう」
「人間って不思議な生き物だし、それもあるかもね」
「ふーん」
そうこうしている間に、暫くしてシオンが戻ってきた。
「お帰りシオン、どう?うまく出来た?」
「コクリ」
「おうシオン、ありがとな!」
「コクリ」
「さて・・・そろそろ行かないと」
「ん?まだどっかにいくのか?」
「えぇ、今日は人里に人形劇をしにいくのよ、シオンも一緒にね」
なるほど、道理でおおきなバスケットなんて持っているわけだ。
アリスは副業として人形劇を月に数回、人里で行う。
バスケットは、その人形劇の道具入れみたいなものだ。
・・・そういえば久方人形劇なんてみてないなぁ。
「おっし、私も見に行っていいか?」
「いいわよ、お代はさっきの昼食代で構わないわ」
「そりゃ儲けたぜ」
「さ、行きましょうシオン?」
「コクリ」
私は箒を取り出すと、3人で家を後にした。
~
「さぁさぁいらっしゃい、今日の人形劇は一味違うわよー!」
ここは人里の広場・・・今この場所は、アリスの人形劇を見にたくさんの人が集まってきていた。
特に子供と保護者が多く、すでに広場に多くの観客で溢れかえるほどだ。
「相変わらず人気があるなぁ・・・」
そんなアリスと人形たちを遠くから眺めて思う。
アリスの人形劇は子供向けの話が多いし、作り込みも並々ならぬ気合いの入りようだ。
またサービスとして劇の終りにクッキーらやなんやらを渡すのも相まって、子供への人気は絶大である。
「今日はどんなのかなぁ・・・むぐむぐ」
アリスから貰ったクッキーを頬張りながら周りを眺めてみる。
アリスの作った人形が客引きを行いながら、クッキーを配っていく。
その中にはシオンの姿もあり、子供たちに囲まれてあたふたしているようにも見えた。
その光景に、思わず苦笑してしまう。
「さぁ、それではようこそ!アリスの人形劇へ!」
いつもよりも張り切った声で、アリスが人形劇の開始を高らかに宣言した。
「そして王子様は悪い竜と剣を交えて、戦いを挑みました」
劇は終盤へと差し掛かっている。
アリスは見えない魔法の糸で、王子役の人形を一回り大きな竜の人形と闘わせる。
子供たちはその戦いを固唾を飲んで見守る。
「そこで竜の炎の息が王子さまに襲い掛かります!このままでは王子様は炎に包まれてしまいます!」
竜の人形の前で、実際に炎の玉を作りだす。
子供たちの中には、手で顔を覆うものも出てきた。
「しかし王子様はその魔法の剣で、見事竜を炎ごと切り払いました!」
そうして炎がかき消え、竜も地面にくずおれるようにパタリと倒れた。
「かくして王子様はお姫様とともに国に帰り、盛大な結婚式を上げて幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
後ろの背景の紙芝居の場面を、横にいたシオンが引っこ抜くと、王国の結婚式場が姿を現す。
そして礼服に着替えた王子様とお姫様を出して、人形劇が終わった。
「以上で本日の人形劇を終えたいと思います。今日は見に来ていただいてありがとうございます!」
「わー!」
歓声と拍手が巻き起こる。
「最後に、今日出演してくれた人形と、助手のシオンに温かい拍手を」
横にいたシオンがペコリとお辞儀をした。
人形たちもアリスの前で綺麗にそろってお辞儀をした。
再度、ひときわ大きな拍手が巻き起こる。
「すごかったー!」
「王子様かっこよかったねー!」
「幸せになってよかったね」
「あのシオンって人形おっきかったね!」
劇を見終えた子供たちが、母親や父親に手を引かれて連れていかれた。
各々の感想をきゃいきゃいと話しながら消えていく。
私はもう一度アリスの方を見る。
残って人形を見に来ている子供の相手をしている。
シオンも子供の注目を集めているようで、子供たちの引っ張りだこになっているようだ。
「アリスお姉ちゃん!この子も人形なの?」
「そうよ。ね、シオン」
「コクリ」
「わーかわいいー!」
・・・アリスの片付けはもう少しかかるようだ。
私は周りを見渡してみる。
ふとみると、少し離れたところに顔見知りである上白沢慧音がいた。
「お、慧音じゃないか」
「やぁ魔理沙、お前も人形劇を見に来たのか?」
「あぁ、アリスに誘われてな」
「ふむ、そうか」
慧音が少し曇った表情をする。
「?どうしたんだ」
「いやな、昨日から子供が一人行方不明なんだ。寺子屋の子供なんだが・・・」
「そうなのか?」
「あぁ・・・昨日寺子屋の授業を終えてから帰ってないそうだ」
慧音が溜息をつく。
「大人しい子だが、好奇心旺盛なところがあるのでな。何か面白いものを見つけたらすぐ走っていく子なんだ」
「誰かそばにいなかったのか?」
「一緒に遊んだ子供がいたのだが、途中でその子はどこかに行ってしまったそうだ」
「そうか・・・」
「もしかしたらこの人形劇を見に来ているのかと思ってな・・・どうやら見当違いだったようだ」
慧音はひとりごちて、目をつむる。
「仕方ない、もう少し探してみるよ」
「あぁ・・・おい慧音!」
「なんだ?」
「その子、最後にどこにいたか分るか?」
「人里の少し離れたところ、としか・・・」
「そうか・・・何かあったら私も探しておくよ!その子の名前は?」
「『けいすけ』というんだ、すまないな魔理沙」
「いいってことよ!何かあったらお互い様だかなら」
びっと親指を立てて場を和ませる。
「ふふ、ありがとう。それでは私はこれで」
「あぁ、じゃあな!」
そのまま慧音は寺子屋の方向へと向かっていった。
「魔理沙」
「お、アリス!片付けは終わったか?」
「えぇ・・・慧音さんがいた様ね」
「まぁな・・・さ、いこっか!」
「えぇ。シオン、行きましょう」
「こくり」
私たちはそのまま人里を後にした・・・。
~
「いやー楽しかったぜ」
夕焼けに滲む魔法の森を、アリスとシオンと共に歩きながらそう2人に話しかける。
「人形劇も出来が良かったし、シオンも大活躍だったな。なぁシオン!」
「コクリ」
「見てくれてありがとう、魔理沙。それと御苦労さまシオン」
「コクリ」
「いいってことよ!」
「そうそう、私の家にこない?お茶くらい出すわよ?」
「お、それならよってくぜ!」
そのままアリス亭へと道を進んでいく。
「にしても・・・相変わらず、シオンって人形っぽく見えないぜ」
まじまじと見据える。
手首の部分の人形の関節を見なければ、本当にただの子供にしか見えない。
「そうね、特別に作ったんですもの。当たり前よ」
「・・・どんなふうに特別に作ったんだ?」
「あら、同業者に教えるとでも?」
「だよなー・・・」
ちょっと期待していたので、少し残念に思う。
「・・・もうしょうがないわね」
「え!?教えてくれるのか!?」
「良いわよ、貴方だけにね・・・内緒よ?」
先導しているアリスが話しながら歩を進める。
「人形じゃなくて人みたい、って言っているように実際に人間に見せるように工夫したの」
「へー」
「といっても肌の素材をキルトから陶器に変えてみただけなのよ」
「ほう、どれどれ」
つんつんとシオンの頬をつく。
・・・成程、確かに布ではなく陶器そのものだ。
「壊れないのか?」
「極端な負担さえなければ大丈夫よ」
「ほんっと器用だな、お前」
遠くにアリス亭が見えた。
「他にも魔力回路の問題もあるのだけど・・・これは内緒」
「えーそこまでいってそれはないぜー」
「ふふ、ごめんなさい」
「・・・まいっか。そういえば、その陶器も魔力で精製したのか?」
特別な素材と言っていたから、それ相応のものなのだろう。
「これは動物の骨を使った、いわゆるボーンチャイナみたいなものよ」
「へー・・・」
「それに血と陶器の元、後はいろいろな動物の肉で繋ぎにしたのよ」
「うへぇ」
思わずそう呟いてしまう。
「なによ、貴方だって動物の肉を食べるでしょう?」
「そ、そりゃそうだが・・・」
「ま、これでも結構苦労したのよ・・・何せ特別な素材を使ったんだから」
・・・あれ?
何か、おかしい。
「それで中身もなんだけれども、その動物の素材を余すことなく使ってみたわ」
「へ、へぇ・・・」
アリス亭までもう少し。
「で、内蔵から何やら・・・ちょっと黒い話だけれどそういったものを使って・・・」
「そうか・・・」
聞こうか、聞かないか。
「そういえばさ、慧音に聞いたんだけど・・・寺子屋の子供が一人昨日から行方をくらましてるんだ」
「あらそうなの?」
「あぁ・・・」
話が、どもる。
「なぁ、もうひとつ質問していいか?」
「なぁに?」
ごくりと、つばを飲み込む。
「その動物の骨、どこで見つけたんだ?」
魔法の森には、動物はいない。
ここの独特の魔力の瘴気に耐えれうる動物がいないのだ。
人間(私はなれたが)でもきついこの森には、妖怪くらいしか立ち入れない。
・・・ならばどこで?
いや、別の森に言ってとらえてきたなら話は早い。
・・・でもなんだろう、この寒気は?
「あら、そんなこと?」
アリスがさも当然のように、
「人間を使ったに、決まってるじゃない」
静寂。
足が止まる。
すでにアリス亭の玄関前だ。
「言ったでしょう、『特別』だって」
シオンの無表情の顔が、今は不気味に見える。
アリスがクルリと振り返る。
その顔は、夕日に反射して何も見えない。
「そうそう、実はその素材はまだあるのだけど・・・見ていく」
のどがカラカラに乾く。
確かにこいつは妖怪だ。
でも、それでも認めたくない。
「さ、どうぞ」
がちゃりとドアを開ける。
その扉の向こうは、得体のしれない恐怖が浮かんでいた。
「どうしたの?上がらないの?」
アリスとシオンはさっさと家に入っていく。
私は、どうすればいい?
思考は止まったまま、足は動く。
見てはいけない、それでも足は進む。
居間に明かりがついている。
「ただいまー今帰ったわよー」
アリスが誰かに向けてそう声をかける。
いるのか?
あの『けいすけ』が・・・?
居間を、覗き込む・・・そこには。
「あ、アリスお姉ちゃん!お帰りなさい!」
椅子に、けいすけであろう子供がちょこんと座っていた。
「ただいま、良い子にしていた?」
「はい!シオンちゃんもお帰りー!」
「コクリ」
シオンが道具を片づけに行く。
「あれ?そこにいるのはだぁれ?」
「は!?え!?」
「この子は魔理沙、私の友人よ」
「へー、はじめまして魔理沙さん!」
「お、おう・・・」
・・・話が見えない。
そこにいるのは五体満足で楽しそうに笑う子供。
「・・・ぷっ」
アリスがワナワナと体を震わせる。
「くっ・・・くく、あははははは!」
途端、アリスが大声を出して笑いだす。
もう頭が追い付いていかない。
「あはははは・・・ま、魔理沙ったら、おかしー・・・」
「ア、アリス・・・これって?」
「私が子供を実験道具にするとおもう?あーあの時の魔理沙の表情ときたら・・・」
腹を抱えて笑うアリスに、ようやく嵌められたのだと気付く。
「・・・まさか、だましたな!?」
「だって、貴方が真剣な表情であんなこと言いだすから、ちょっと悪乗りしたのよ」
「冗談に聞こえないんだよ!まったくもう!」
「ごめんごめん」
「?」
話が見えていないのか、けいすけはキョトンとした表情で私たちを見ている。
「で、何でここにこの子がいるんだ?」
「昨日の夜、この子が魔法の森に迷子になってたの。だから一晩保護していたんだけど。
でも昼前になっても起きないから、取り敢えず書き置きだけして置いて行ったのよ」
「そ、そうだったのか・・・寿命が縮むぜ、まったく」
がっくりと項垂れる・・・アリスってこんないたずらしたっけか?
やはり自立型人形の完成でテンションがおかしいのだろうか。
「けいすけ君だったかしら?けがは大丈夫?」
「うん平気!もう大丈夫です!ご迷惑おかけしてすみませんでした」
よく見ると、頬にはばんそうこう、両手には覆うように包帯が巻かれていた。
「昨日すりむいたり棘に引っかかったりして、血まみれだったのよ・・・あの時は本当にびっくりしたわ」
「こっちは別の意味でびっくりしたぜ・・・」
「ごめんなさい、お茶飲む?」
「いや、慧音のところにこの子を運ぶぜ・・・ったく」
よいしょと、立ち上がる。
「けいすけだったよな?慧音と両親が心配してたぜ?」
「ご、ごめんなさい・・・」
「別に謝らなくていいぜ?という訳で、アリス。この子を連れていくぜ」
「お願いするわ・・・私は研究明けもあって疲れてるから。けいすけ君、気をつけて帰るのよ?」
「はい!」
元気よく返事をするけいすけ。
・・・私の方がどっと疲れたぜ。
玄関先まで、アリスたちは見送ってくれた。
「じゃあ私たちは行くからな。今日はお疲れさん」
「えぇ、またいつかね」
「ありがとうアリスお姉ちゃん!」
「シオンもまたな」
「コクリ」
「っし、けいすけ。箒の後ろに乗れ」
「は、はい」
けいすけがぎゅっと私の腰にしがみつく。
「そんじゃゆっくりいくぜ、っと!」
フワリと箒ごと浮かんで、そのまま空高く昇っていく。
「じゃーなー!」
「じゃねーアリスお姉ちゃんにシオンちゃーん!」
「気をつけるのよー!」
人里へと進路を向け、ゆっくりと飛んでいった。
「あの子、勢いつけすぎないかしら?」
「・・・」
「さ、シオン。行きましょう・・・いろいろと準備しないとね」
アリスはシオンの手を引いて、家の中へと入っていった。
~
「どうだ?空を飛ぶのなんて初めてだろう?」
後ろにいるけいすけに向かって声をかけるも。
「・・・」
私の服を掴んだまま、無言の姿勢をとっている。
そりゃそうだ、空を飛ぶのなんて最初は怖いものだ。
「ははっ、そら!もう少しでつくからなー」
ぎゅっと服を握る手を、さすってやる。
おそらく傷だらけであろう手は少し冷たかった。
・・・ん?
何か違和感を感じた。
「・・・気のせいか」
ひとりごちて、慧音のいる寺子屋まで向かっていった。
1時間半くらいかけて、ようやく目的の場所へと辿り着く。
いつもならもっと早くつくんだが、いかんせん子供がのってるとそうもいかない。
ふわりと寺子屋の前へと降り立つ・・・どうやら慧音は戻っているようだ。
コンコンと寺子屋の扉をたたく。
「誰だ?こんな時間に」
「おう私だ、開けてくれー」
「魔理沙か?ちょっと待っててくれ」
暫くして、慧音が寺子屋から顔を出す。
「どうしたんだ急に?」
「いやな、けいすけが見つかったから報告しにきたんだぜ」
「な・・・本当か!?」
「あぁ、なあけいすけ」
後ろにいるけいすけに声をかける。
が、俯いていて声も上げない。
・・・慧音に怒られるから黙ってるのかな?
「けいすけ!?よかった・・・無事だったんだな」
慧音がけいすけをそっと抱きしめる。
うんうん、一件落着だな。
「ありがとう魔理沙。なんとお礼をいったらいいのか・・・」
「気にするな、アリスが見つけてくれたんだぜ」
「マーガトロイド嬢がか、それは・・・いつかお礼をしなくてはな」
「そうしといてくれ」
「あぁ・・・さぁけいすけ、両親のもとへ帰ろう。心配していたぞ」
そっと手をつないで、帰りを促す。
・・・だけれど、けいすけは一向に動こうとしない。
「?どうしたけいすけ?」
「おいおい、慧音もご両親も怒ってないと思うぜ?だからいいかげん・・・」
ぞっとした。
何に?
彼の表情にだ。
さっきまでアリスの家ではあんなにコロコロと変えていた表情がなりをひそめ、無表情な顔が現れる。
どこかで見たような顔。
・・・そうだ、まるで、まるで・・・。
「どうした魔理沙?」
「あ・・・あ・・・」
ありえない。
しかし、さっきまで話していた『けいすけ』ではない
「いくぞ、けいすけ」
ぐいっと慧音が彼の腕を引っ張り上げる。
ずるっと、包帯がほどける。
「・・・え?」
慧音がそんな声を上げる。
私なんかは悲鳴を上げそうだ。
その手は、いや、性格には手首は、まぎれもない。
シオンと同じ、人形独特の関節が露になった。
先ほどの違和感、陶器のそれ。
「け、けいすけ・・・?」
慧音がまさかといった表情で見つめる。
けいすけの表情も、シオンのそれと同じだ。
静寂が流れる。
私も慧音も、けいすけも立ち尽くしたままだ。
~
箒にのって、全速力でアリスの家へと向かう。
そうだ、おかしかった。
アリスなら、人里の子供が大抵慧音の寺子屋にいることを知っている。
その慧音を見たなら普通は子供の情報を言うはずなのだ。
その子がアリスの家にいることを、それを言わなかったのは・・・。
夜のアリス亭には、明かりがついていなかった。
「アリス!」
バン!と、彼女の家のドアを開ける。
・・・一切の音が聞こえない。
聞こえるのは私の息遣いだけ、人の気配がしない。
「・・・っ、あがるぜ!」
そのままズカズカと上がり込んでいく。
居間を見てもアリスはいない、というより何かがおかしい・・・。
「人形が、ない?」
いつも飾っているはずの人形がない。
それだけじゃない、アリスのお気に入りのものが一切合切なくなっている。
「アリスー!いないのかー!」
ズンズンと、アリスの部屋へと進んでいく。
扉の前に立つ・・・緊張が走る。
「・・・入るぞ」
ガチャリとノブをまわして、部屋へと入りこむ。
そこには誰も、何もなかった。
家具はあるが、やはりここにも人形等々がない。
部屋を見渡しても、アリスは見当たらない。
どこへ行ったのであろう?
まさか逃げ出した?
あり得る、あの子が人形だというのに家族はすぐ気付くはずだ。
ならば逃げるのは道理、おそらくもうこの近くにはいないであろう。
ふと机を見ると、書き置きらしき手紙が置かれていた。
それを手に取り、文書を読んでみた。
「拝啓、魔理沙へ」
「おそらくこの手紙を読んでいる頃には、私は幻想郷にいません」
「人形の研究は成功したものの、まだまだ未完成」
「そのためには数を、人形のサンプルを作らなければいけないわ」
「だからシオンと一緒に外へ行きます」
「外の方が人間が多いし、ちょっと減ったくらいでは誰も気にしないしね」
「あぁ、それとけいすけは良く出来てたかしら?」
「さすがに表情や声までは魔法で補っていたけど」
「・・・貴方ならきっと外道、とでもいうのでしょうね」
「でも魔法使いならこの探究心は止められないのも、また分かっているでしょう」
「悔いはないし、後ろめたさもないわ」
「それじゃ最後になるけど、元気でね」
「貴方の友人、アリス・マーガトロイドより」
「うそ・・・だろ・・・?」
『ただ単に、子供の頃から人形が好きだから・・・かしら?』
あのアリスが、虫も殺さないような顔で・・・。
『そうね、後は人間に近い形を取っているからって言うのもあるかしら』
途端、吐き気が漏れてくる。
『人間って不思議な生き物だし、それもあるかもね』
その場に崩れるように、膝を崩す。
「う、ぐ・・・」
妖怪・・・そうだ、アリスは妖怪だ。
失念していた私がバカだった。
ハラリと、手紙落ちる。
良く見ると、もう一枚手紙があった。
「そうそう、あのけいすけ君にはある命令を仕込んでおいたわ」
「だって証拠隠滅しなきゃいけないでしょう?」
「あの子の意思と、私の命令でするようにしてあるの」
「今頃、慧音さんはどうなってるかしら?」
「っ!」
まずい!
今のアリスならやりかねない!
急いで慧音の元へと行かねば!
その思考のせいで、魔理沙は最後の部分を読み忘れていた。
「そういった意味では、貴方もその一人に入るのよね」
カタリと、背後で音がした。
~
「お帰りシオン、それとケイスケ」
「・・・」
「どう?ちゃんと出来たかしら?」
「コクリ」
「そう、えらいわね」
「コクリ」
「じゃあ・・・そろそろ行きましょうね、幻想郷の外へ」
そんなことはさておき、なんだかんだでアリスも妖怪側だということを実感させる作品ですね。
が、すごいとだけはいえる
私も慧音も、けいすけも経ちつくしたままだ。→立ち尽くしたまま
途中欝ですって書いてあったから最後オチが付くと思ったら最後まで欝だった
ただ、けいすけの正体について包帯のくだりですぐにわかってしまったので、魔理沙や慧音先生ほど突然やってきた恐怖(う~ん、言葉が見つかりませんがそういった類の感情です)を感じることができなかったのが残念でした。