Coolier - 新生・東方創想話

其来(それから) ~ ダウザーの小さな大将の場合 前

2010/07/17 12:04:38
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※ご注意※
・本作では筆者独自の宗教解釈が含まれます。苦手な方は御免なさい。
・本作では筆者独自の歴史・伝承解釈が含まれます。苦手な方は御免なさい。




◇◇◇◇◇◇




~風神~

 聖輦船は既に停泊していた。魔界の「いなか」に船を付け、瘴気の海に身をたゆたわせている。
 晴れ渡る闇空。天蓋があるわけでもないが、何処までも深く昏い空に星は無い。ただ、赤黒い空。遥か彼方には日の光がある。日の出だか日の入りだか、魔界の住人でない私には見当も付かない。ただ、赤黒い日。辺りを煌々と照してなお、空は闇色を変えない。してみるとそれは太陽ではなく、太陰といったところか。

 船体のかしぐ度、き……い、き……いと船が悲鳴を上げる。それは生臭い魔界の風に、気の狂れそうな程よく馴染む。船長あたりが鳴らすのだ。彼女は真面目な質だから、うねる瘴気にいちいち舵を取り、結界を真正面に睨み付けるよう頑なに聖輦船の舳先を向け続けるのだ。少しばかり船が余所見をしたからといって、どうなると言うのか。
 船首では一輪が仁王立ちで、眼下に広がる魔界の「いなか」を凝と見ている。より高みの空では雲山が、一輪の向く先を俯瞰している。彼女達もまた真面目である。真面目な顔をして、目の前の円蓋をその視線で焼き切らんばかりに見つめている。当たり前だが結界はびくともしやしない。睨み損だ。一体何を思っているのやら。

 彼女達には落ち着きが足りないと思う。これから先、私達には待つ事しか出来ない。子鼠にすら理解出来る事だ。それでも何か為すべき事を探して、ああしている。付き合うだけ損である。
 私は甲板に足を投げ出し、腕を頭に組んで休んでいた。聖輦船の航跡を辿って後から魔界入りし、そのままご主人様の許へ向かい、今し方宝塔を渡して帰船したところなのだ。おまけに道中、緑色をした人間に絡まれた。流石に疲れた。もう飛ぶのも御免だ。

「鼠。法界はまだ戒めが解かれない様子だが、星は何をしておるのだろう」
「知らないよ。知りたければ見てくると良い。それよりいささか酷くはないか、人に飛倉を集めさせておきながら、船にも乗せず先行するというのは」
「お前が遅いからいけない。全く、ダウザアが聞いて呆れるよ。何処の馬の骨とも判らない人間に出し抜かれる何ぞ」
「……ああもう、解ったよ、私が悪かった。ご主人様ももう結界を解除する頃だ、黙って見ているが良い。そのうち結界も開放されるだろうよ」
「うん……ならば良いのだけれど」


 魔界の「いなか」──法界は、数百年もの間結界で閉ざされている。そこには衆生の救済に尽力した尼僧、聖白蓮が居る。彼女は外道を多く識る学僧であり、鬼畜生に類する妖怪にも慈悲を与える聖であった。しかしそれは人の世において、いささか斬新に過ぎる功徳である。それがため衆愚の抱く瞋恚(しんに)の業火に焼かれる事となり、ついにこの地へ封じられてしまった。
 当時の事は、今も鮮明に記憶している。全ては無明に呑まれた。衆生も妖怪も、私達や聖さえも。後に残ったのは、ただ悔恨の念。その場に居た全ての者の、大小様々に滴り落つ黒点の染み。誰も救われはしなかった。
 だからこそ、もう後悔はしたくない、逃げはしないという覚悟を決めたご主人様の許に、久遠にも等しい苦難の時を越えて、私達は再会した。そうして私達は聖を解放するために、結界破りの法具を携えてここまで来たのである。


 ただ、言わせて貰えるならば。ここまでの道程は、私にとって容易ならざるものであった。
 聖の封印された当時からの苦ではない。一輪達と合流してからここに至るまでの、ごく短い遠足のような道程が、である。


 私は最初、飛倉の破片を集めるよう命じられた。それは元々ここに居る一輪達と聖輦船と共に、地底深くへ封じられていたものである。彼女達が解放された際、間欠泉に飛ばされて幻想郷中へばら撒かれたのだった。どう甘く見ても彼女達の過失に他ならない。大切な法具なら飛散せぬよう仕舞っておくが良いのだ。それを棚に上げて人任せにした挙句、ダウザアが聞いて呆れるなど全くもって酷い。
 だいたい飛倉の破片というものは、法力の媒体にさえなれば誰が持っていても構わないのである。私が集めようが、あの緑色の人間に任せようが、要はここまで誘導すれば良いだけだ。私は褒められこそすれ、悪態を吐かれる謂れは無い。

 まだそれだけなら良かったのだ。いざ魔界へ出帆という段になり、一輪達がてきぱきと準備をするなか、まるで雪隠(せっちん)でも我慢する小僧のごとくもじもじした態で、ご主人様がぽそぽそと私に耳打ちをした。

 ──あの。ナズーリン。あのですね。是非とも落ち着いて聞いて下さいね。宝塔、何処かへ遣ってしまいました。

 その時の取り繕うような、汗ばんでにやにやした表情。私は思わず大声で、君は莫迦かと一喝した。
 その瞬間、ご主人様は電光石火のごとく反応した。私の「き」まで発声したところを、力任せに口を塞いで抱きかかえ、一輪達に愛想笑いをしながら山の裏側まで一目散に遁走したのである。御陰でしばらくの間、私の口元は紅葉に色付いた手形の腫れが引かず、実にひりひりとする情け無い思いをした。
 まあ、賢明な判断ではあったろう。下手に一輪達を煽って統率を欠くよりは、秘密裡に探索を命じたご主人様の行動は正しい。失くさなければなお賢明であるが。

 そうして私は飛倉の破片と、宝塔を探して幻想郷中をさ迷わされたのである。後者は説明するのも憚られるから仕方無いが、それでも労いの言葉一つくらい掛けても罪にはならないと思う。


「──来た。船長、法界の戒めが解かれる。衝撃に備えて。雲山、貴方は薙ぎ倒されないよう舷を押さえて。鼠、お前も確り──こら、起きなさい鼠っ」
「ん……むぅ」

 肉体疲労が著しかったものか、私は少しばかり微睡んでいた。胡乱な頭で聞く一輪の声は、何とも滑稽で愉快に響く。莫迦だな、何をそんなに真剣な顔をして。
 そうして私は、私が浅はかだった事を知る。

 全ては一瞬の出来事であった。法界を包む円蓋の頂に、一条の光が灯される。と、円蓋に無数のひび割れが生じ、畏(おそ)るべき光が零れ出て、内側から割れ砕けた。

 まず光があり、そして影があり、空を割くような音が続いて。聖輦船は、時化の荒海に揉まれる木っ端のごとく煽られた。放心状態にあった私の体は、その刹那の衝撃に耐える準備など無かった。尻の下がぐっと落ち込んだかと思うと、甲板は突如壁となって私を強く弾き飛ばした。重い衝撃が頭に響き、私はなす術もなく奈落へと落ちたのである。




◇◇◇◇◇◇




 赤黒く晴れ渡る魔界の空に、私は考え事をしながら漂っていた。瘴気の海も、結界解除の反動も、正体不明の私には特に気にならない。
 正体不明というのは大変便利だ。正体不明だから、人を蝕む瘴気さえ心地良く。正体不明だから、魔を祓う法力さえ暖かく。正体不明ということは、つまり観測対象がどんな状態なのか不明ってことなのだ。だから観測者が唯一私だけの場合に限り、それを問題ないとさえ思えば、どんな状況下でも泰然として居られるのだ。

(ううん、結界は解かれてしまったみたい)

 恒星の破裂したような、法の世界の解放。伝説に語り継がれる高僧の力を得た結界は、半端なものじゃなかった。だからこそ、その解除も生半な法力じゃあ適わない。結果、法界を爆心地として周りの瘴気は砂煙の舞うごとく吹き散らされた。
 海に浮かぶ孤島のような、ぽかりと開けたその場所には最早命ある者の動きも感じられない。大地は剥げ、木々は焼け落ち、荒い岩肌がごろごろと──

(いや、それは元からだなあ)

 訂正。魔界はどこもかしこもこんなもんだった。流石にそんな惨劇、いくら何でも村紗達だって実行しやしない。地底に居た頃でさえ、人間妖怪悉皆平等、みたいな念仏じみた態度を極め込んでたし。


 そんな事はさて置いて、私はさる謀略を実行に移すべく目下行動中なのだ。何如なる手段を以てでもこれを遂行せんとして、はるばる魔界の片隅にまでやって来たのだ。
 今はまさに正念場。惜しくも法界の結界とやらは破られっちまったけど、まだ私の獲物──聖輦船の乗組員、それを導いた毘沙門天の弟子、そして彼女達が慕う尼僧──は一堂に会してない。かくなる上は私の持ち得る叡智と万能を総動員し、一蓮托生たる彼女達を陥れ、何としても再会の邪魔をしてやるのだ。えいえいおう。
 私は時期を見計らっている。私の飢えた心を満たすべく、彼女達を脅威のどん底に突き落とすその時を。私の渇いた気を潤すべく、彼女達を驚愕に震いおののかすその時を。


 有り体に言えば、私は瘴気の雲間に隠れて、船の奴等にいたずらする隙を伺っているのだ。だって面白そうだし。


 まあそんな感じで、私は少し離れたこの場所で彼女達を監視しつつ考え事をしているのだ。さてどうしようかしらん。
 次の行動は既に起こしている。私は私の分身を正体不明の種で造り、偵察のため法界に封印されていたという尼僧の身辺へ放っておいた。分身はどうやら偵察に飽きたようで、関係の無い緑色をした人間にちょっかいを出している。

(そんな事頼んでいないのに。偵察しろよ莫迦だなあもう)

 全く自由奔放で仕様が無い分身だ。一体誰の分身だ。操る本体の顔が見たい。
 埒が明かないので、私はもう直接出向こうか、まだ少し様子を見ようか躊躇した。私の五感は、前方の聖輦船に居るだろう村紗達と、法界に至った毘沙門天の弟子、そして封印されていた尼僧の動向を探るべく鋭敏に働いている。私の頭脳には、いたずらの四文字以外を考慮する余地も無い。

 当然、頭上の事なんか気にも留めていない。


(どうしようかなあ、行っちゃおうかなあ、ああでも正体ばれたら困るしなあ、もう少し様子を見「ぬえええぇぇぇぇっ」

 吃驚した。いきなり変なものが伸し掛かってきて吃驚した。吃驚して口から魂が挨拶をした。どうも魂というのは吃驚すると珍妙な挨拶をするらしい。
 私は思い切り体を仰け反らせて、上空からの飛来物から逃れようと躍起になった。それでも飛来物は私の背中に伸し掛かったまま、ちっとも離れやしない。

 そうする間にも高度は下がる。眼下では実に痛々しい荒れ肌の地面が、私を熱く抱擁せんとばかりに大きく胸を広げている。あれよあれよという間に速度を上げて地表に近付くにつれ、瘴気の海で霞掛かった視界の晴れるにつれ、その凄惨で残酷な地肌が判然とする。からからに灼け渇いた色の砂利。風化して硬質な箇所ばかり残ったような突岩。どれもこれもぷつぷつと穴が開き、硝子質の鋭利な岩肌で私の肢体を切り刻むのを今か今かと待って見える。これ落ちたら痛いよねきっと。

「ぬえっぬえええ、ぬえーっ」

 言語としてまるで成り立たない雄叫びを上げ、私はただもう必死に手足で空を掻く。どうかして浮力は得られないものか、ああこの両腕が鳥の翼だったなら、私は自由に空を飛び──飛べるじゃん私。
 体をくるりと反転して背中を自由にし、取り敢えず飛来物を右手に抱えて態勢を整える。そうして地表に抱かれる僅か手前で、滑空するように上空へと逃れる。

「はあ、は……久方振りに命の危険を感じた……」

 思わぬ衝撃で私の息は乱れに乱れ、胸もすっかり正体を無くし暴れ狂った。どくどくと脈打つ音が耳に痛い。けれどそうして鼓動を頭で数えるうちに、私は段々と落ち着きを取り戻した。
 先程までは正体不明の光球の姿で居た筈が、吃驚したもんだから気が動顛して人の形を取っていた。何如なる事態に陥ろうとも冷静に対処するのが訓練された策士なのに、全く今回は痴態を晒したと苦い思いをする。

 そしてこれは私の沽券に関わる事だからハッキリ断っておくけれど、先刻の叫び声が鳴き声だなんて思われちゃ困る。口癖だと思われちゃなお困る。正体不明の私がそんな、己の正体に関わる……いやいやそうじゃあない。
 誰しも驚愕すれば素頓狂な奇声を上げるもんだ。それは偶然の産物であり自然の成行で、罷り間違っても意味なんか無い。良いかいそもそも私はまだ誰にも明かされた事の無い正体不明の妖怪だよ。だからして叫声もまた私に類する正体不明の……いやいやそうじゃあない。
 叫んでなんかいないよ私は。何莫迦な事を言っているんだい。何も叫んでいやしないじゃないか。君は実に耳が悪いな確り耳の掃除をし給え。

 自分で自分に言い訳をした後、少しばかり頭を冷やす必要があると感じた私は、もう聖輦船の事そっちのけで一旦幻想郷へ戻ることにした。暑いのだ、魔界は。顔から手足から、全身くまなく真っ赤に火照って湯気が立つくらい暑いのだ。こんな所で頭など冷やせるもんか。


 ゆるゆると飛んで、聖輦船の航跡から魔界と幻想郷の境まで来た時、私はやけに右腕を重く感じた。そういえば先程妙な飛来物を受け止めて、右手に抱え持ったまま飛んでいたんだった。
 今更ながらそれに気付くとか、どれだけ慌ててたんだと思ったけれど、それより私はよくこの短期間で冷静になれたなあ偉い、と良い方向に考えを改めることにした。私は幻想郷に戻る手前で、改めてその飛来物を確認した。

「……ああ、何だ。聖輦船を追い掛けていたねず公じゃあない。起きてるかい、ねえ」

 どうやら鼠はよく寝てるようだった。息はしてるけれど、ぐたりと項垂れたまま微動だにしない。取り敢えず私は、まだ自分の正体が知られて居ない事に安堵した。
 けれど厄介な拾い物をしたもんだ。拾った手前、何処かに届けて一割謝礼を貰おうと思ったけれど、正体の露見する危険を伴うのは宜しくない。魔界の者じゃないみたいだから、取り敢えず幻想郷に戻ったら何処かに捨てっちまおう。
 そう考え、私は鼠を抱えたまま幻想郷へ至る境目を潜った。




◇◇◇◇◇◇




 腰の浮くような感覚がある。私などにしてみれば、空を飛ぶ事など息を吸うがごとく常の事であるから、別段珍しいとは思わない。ただこの浮遊感は頂けない。腰骨の密度が薄くなって、すかすかな心地がするのだ。その落ち着かない事といったら形容し難く、うずうずとした感じが悩ましい。
 うっすらと目を開けた。例のごとく空を飛んでいるのだと思ったが、どうも前後不覚のような心地である。与えられた仕事のため、多分これから行く先があって飛んでいるのだと思うのだが、さて何の仕事であったか解らない。
 その前にここが何処なのか判然としない。薄目に見える景色は穏やかな春の空に白い雲。肌寒くあるものの爽やかな風、そして陽光を感じる。早春のうららかなる蒼穹に、ちんちんと雀のさえずる声が気持ち良く、優雅に滑空する鳶──のような烏天狗が、今日も元気に新聞をばら撒いている。

 そういえば私は疲れてうたた寝をしていたような気もする。目覚めすっきり。腰元は少しばかり落ち着かないが、今日の目覚めは実に柔らかで心地良い。まずは一日の活力を与えてくれる、優しく輝く明星に挨拶──

 明星が、有り得ない蛇行運転をして視界から外れた。何あの酔っ払い運転。


「うひいっ……あばばばぼごぼぼ」

 何かに腰を強く撲ったと思うや否や、ずばんという音を立てて周囲に水柱が上がり、逆に私の体は水中深くへめり込んだ。はっとする間も無く四方八方を水で塞がれ、何も見えず何も聞こえなくなる。

「ばばばぶぶぶぶ」

 まるで他人事のようであるが、面白い程鼻から水が入る。喉元から骨を通じて、どくんどくんと水を呑む妙な音がする。痛いやら苦しいやら、片時も耐え難い責め苦に喘ぎ、私は水面を目指し無茶苦茶に藻掻いた。
 実に惜しい事には、字面の通り前後不覚となった私の、目指した先は水面ではなく。

「がばぼぼばば……ぶぼっ」

 水中に雄々しくそびえる御柱の真正面であった。
 ごすん、という音が聞こえたかどうかはよく解らない。ただ水伝いと骨伝いに柱の震動を感じたのが、私に意識出来た最後の感覚であった。




「お目覚めかい。山ではまだ雪融けさえ覚束無いというのに、衣服を着たまま寒中水泳なんて奇特な御仁だねえ」

 人の声がする。それはともかく全身が酷く痛む。頭などは割れているのじゃないかという気さえする。強烈な吐き気と鈍重な怠さも堪らない。息をするのもひと苦労で、声を出そうものなら一緒に肺腑も零れ出しそうである。
 それでもどうにか声のする方を見ようとするが、視力までやられている。絶えず眼前で弾幕が張られているような眩暈がして、如何ともし難い。

「しばらく安静にしていることだ。何、取って食いやしない。……耳は通じているのかしらん。私はこの山に宿る八坂の神、名を神奈子と云う。風神で、軍神で、一応水神でもあるかな。貴方は風神の湖で、独り寂しくぷうかぷうかと浮いていたのだ。どうもこんな春先の気持ち良い日に、土左衛門を放って置くのも忍びないと掬い上げたが、いや生きていたとは全くもって僥倖だったね。まあゆっくりするが良い」

 ぺたりと、額に冷たいものが宛てがわれた。体は痛むし、何より寒くてならなかったが、こと頭に関しては冷やして貰うのが実に気持ち良い。
 神奈子と名乗る女性は私の額を手拭い越しに優しく押さえ、それにしても大変見事なたん瘤をこさえたものだね、と呟いた。道理で頭痛の酷いわけである。

 ややもすると具合の悪いのは幾分か落ち着き、頭の熱も引いたように思えた。そういえば彼女、神奈子は神だと名乗ったか。成程、私は神に看病されているのだな。神というものは実に便利で有り難い。

 いやいやいやいや。私は今物凄く罰当たりな状況に有りはしないか。神様って。相手、神様って。こんな一介の鼠風情が、神様に看病させるって。
 毘沙門天様に帰依する身といえ、いずれ神仏は敬うべき対象である。このままでは不味い。とにもかくにも、まず一言礼を述べるべきである。痛いの苦しいのと言っていられやしない。そうしてさっさと快復し、早々に退散すべきである。
 そう思い、私は謝礼を述べるべく、ようよう口を動かした。

「あう……あ、か、かにゃこどにょ、もうひわけにゃひあぐっ」

 開口一番まさかの醜態である。神に対し何たる非礼。いっそ蛤のように黙して居る方が賢明であったか。おまけに犬歯で舌を噛むとか、どこの阿呆の子か。つい涙ぐんでしまう。

「はうあう、ほへもいひゃい……」
「全く、碌に動けぬだろうに無茶をするものだから。しかし礼節は弁えているようだ。良い子だ良い子だ」

 そうして神奈子は、私の頭を慈しむように撫でた。それだけで頭痛が嘘のように柔らぐのだから、神というものは全く凄いものである。




 鴉の耳障りな鳴き声がして、私は再び目を覚ました。揺らぐ焦点が段々と集中して、ようやく視界が戻った。もう刺々しい眩暈も無い。
 仰向けの視界に、ほの暗い板張りの天井があった。はてな。ここは聖輦船の座敷かしらん。それにしては、天井が少しばかり低いような気がする。それにまだ新しい、白木の明るさがこの天井にはある。模様も異なる。ここのはすっきりと並んだ木端目(こばめ)をしている。これも中々どうして爽やかさが映えるが、私としては船の天井のような、少しばかり芯から外れて削られた鱗板(こけらいた)の木目の方が雅を感じて好い。

 それで。ここは何処だろう。

 疲労の残滓が脳の片隅にでも積もっているのか、まだ私の頭は判然とせず重い。眠気はとうに失せているが、頭はなお働くことを拒否している。目は開いているのに、起きているのか寝ているのか解らない感じだ。
 取り敢えず上半身を起こすと、一瞬後に掛布団がばさり、と前方に捲れる音、次いでごとごと、と脇あたりに据えられた湯たんぽの転がる音がした。私は寝かされていたようである。そうして見れば、服も普段の衣服ではなく、藤紫に亀甲の重ね模様が映える、涼やかな小紋である。鉄色の兵児帯は少々暗いが、小紋の色合いを生かしていて中々に素敵だ。ただ大きな蝶結びが腰元にふわふわとして、どうも落ち着かない。

 のらくらと周囲を見回すと、やはり勝手が違うようである。そこは、い草の香りの新鮮な畳敷の、砂摺りと襖と障子に仕切られた日本間であった。
 化粧欄間の透かし彫りは藤蔓に雲井の月輪、蛇と蛙という一風変わった意匠で、戯画のような面白味がある。襖などは至って簡素ではあるが、押入と思しき襖にだけは薄墨で山が描かれている。床の間には龍神の掛け軸と変わった形の石が飾られており、小さな立て札に「蛙石」としてある。
 その他には何も無い。私の居る寝床以外は、ただ草原のような青畳が広がる。だからこそ所々の意匠も映えるのだが、いずれも主張し過ぎる事無く、全てが幽玄とした佇まいをしている。聖輦船の板張りの伽藍とはまた違う、神気に満ちた場所である。

 うん。だから何だ。

 いずれ私の状況や、私がここに至る経緯を物語るものではない。どうもやはり考えが纏まらないようである。耳の後ろをぽりぽり掻いて、少しだけ過去を振り返ることにした。
 確か私は、ご主人様達と法界へ向かい、聖を救い出す仕事に手を貸していたと思う。それから突然聖輦船で殴られて──ううん、あんな物で殴られるというのは何とも珍妙な話である。そしてそれから気を失い、水中に放り込まれたような。気が付けば誰かに看病されて寝かし付けられていた、のだったかしらん。どうもそのあたりが靄の掛かったように判然としない。
 とにかくそうして私はここに居るのであったか。ご主人様は心配しているだろう。聖は救い出せたろうか。聖輦船は無事かしらん。あの揺れでは船長も船酔いしたかな。一輪はつんつんしているからまあ良いや。雲山は見て呉れからしてよく解らない。

「やあ、お早う御仁」

 襖をすらりと開け、何者かが声をかけた。それがつい先程聞いた声色であったためか、頭の一部にかかっていた靄が、すうと晴れるのを覚えた。そういえば神奈子という風神に看病をさせてしまったのだったか。御陰で体調もすこぶる良好となったが、何とも畏れ多い事である。改めて謝礼を述べねばなるまいと、私は居住まいを正して風神に顔を向けた。

「いや、どうも迷惑を掛けてしまったようでかたじけない。風神殿でしたね、此度は助けて頂き……」


 眩暈と頭痛にやられていた時、何故無理をしてでもそれを見定めなかったのか。一応水神でもあるという言動で、何故その姿を心に思い描かなかったのか。私は先ずそれに気付き、ここから逃走すべきだったのだと、頭ではなく心臓で後悔した。
 そこに異教の蛇神が居る。野鼠を頭から丸呑みする、蛇の総大将が居る。


「オヤッ、随分元気になったのだね。けれど摺り足は止しておくれ、畳が痛む」

 身の危険を感じた私は、即座に神奈子と対角に位置する部屋の壁まで逃れていた。自慢の逃げ足を発揮した摺り足歩法、かの蛇神を真向かいに見据えたまま、十間足らずの距離を後ろ歩きに踏破する。歩数にして僅か二、三歩。逃げの一手であれば得意中の得意である。ああしかし、今は何の用意もなく無防備なのだ。おまけに変に隅の方へ逃れたものだから、両脇を壁と柱に阻まれて袋小路。何たる不覚。何たる不運。
 蛇神は一歩、また一歩と私との距離を縮める。線上に阻む物は一切無い。流石の私も畳返しなる高等技術は持ち合わせない。また一歩。迫り来る捕食の恐怖に怯え、私は蛇神の足踏みを死の秒読みのごとく数える。どどどどうしよう。何か無いか、どうかして逃げ道を見出せないか。そうこう考えて余所見をする私の視界の片隅に、蛇神の体が掠めたのを見て──ついに何も出来ぬまま、蛇神が私の眼前まで到達した事を覚る。

 ああもう駄目だなこれは。頭から呑まれるのかしらん、それともお尻からかしらん。確か蛇というやつは、獲物の体に牙を突き立て弱らせて、ごくりと丸呑みにしてから、腹の中できゅうと潰して消化するのだ。狭い所は好きな方だが、狭過ぎるのは剣呑だ。

 自然と腰が落ちる。そうして頭を抱える。もう駄目なのを承知して、耳を畳んで目を瞑った。しかし。しかしそれでも、食われるというのは我慢ならない。精一杯縮こまった姿のまま、私は彼の蛇神に哀願した。

「……か、勘弁してくれえ。私など美味くはないよ、ほら目も赤いだろう。人の世にはアルビノだかいう実験種が居るそうじゃあないか。色素欠乏だ、きっと蛋白で味も薄いよ。私なぞよりチイズを食べた方がきっと美味い」
「何を言っているのだい御仁。そりゃあチイズは美味かろうさ、酒のつまみにすこぶる良い。けれど貴方は病み上がりなのだから、粥にしておきなさい」
「粥にしたってきっと鼠の臭みが……いや鼠粥というのは頂けないだろう。少し想像付かない」
「そんな物は入っていないよ。ほら玄米粥」
「おや美味そうな粥の香」

 香ばしい玄米と、餅のような瑞々しく艶のある香りが鼻をくすぐる。途端私の腹が、是空也といった調子で悟りに至ったような音を鳴らす。つまり、くう、と。

「お腹が鳴いたね。元気な証拠だ」
「いやその。……もしかして食事を用意して頂いたのかな」
「だからそう言っているではないか。玄米粥と岩塩と、自家製の梅干」

 蛇神──神奈子はそれを盆ごと私に差し出すと、襖を開けて次の間から卓袱台を出してきた。


 空腹の体に暖かで消化の良い食事というのは、実に有難い。思えば私は昨日朝に宝塔を探し迷ってから、一度も飯を食っていなかったのだ。もう日も傾きかけているから、およそ二日間である。
 仏道に断食という行があるが、私のような小動物は敢えて断食せずとも始終腹を空かしている。そのうえ動き続けた胃袋は、もう聖輦船出帆前の御結びさえ、遥か古代の風化した秘宝のごとく忘却の彼方である。既に消化して久しいとか、栄養に足りないなどの話ではない。左様な歴史的事変は寡聞にして存じ得ぬ、史実と照合し調査考証の下、考古学的見地から立証されねば信ずるに能わず、といった感じである。
 そんなくらいだから、疲れと空腹で固形物などは少々腹にもたれてしまう。そこへきて粥に梅干という取り合せは、まさに天佑神助と称して足りない程の天恵だろう。流石は神の為せる業である。

 先刻までの恐縮はどこへやら、私は食卓に座して神奈子に粥をよそって貰い、終始耳と尻尾をぱたぱたさせて粥を食った。彼女はそんな私に笑顔を向けて、ほら飯粒が頬に付く、などと色々世話をしてくれた。
 実際その粥は非常に美味かった。玄米は糠の香りが強いので、幾度も口に運ぶうちにはきっと飽きが来てしまう。けれど彼女の玄米粥は、糠よりも藁のような素朴で甘い香りがした。少々喉が飯粒でもたつけば、岩塩をひと欠け舌に忍ばせて爽やかにする。風味の良い岩塩の、小指に乗るたったひと欠けの御陰で、二杯程さらさらと食ってしまった。

 また憎いのが梅干である。寺では一輪あたりが好物なのか、昔から干乾しのかりかりしたやつしか食わせない。あれはあれで美味いが、歯に付くのが頂けない。それに何だか消化に良い気がしない。ここのは違う、豊潤な果肉の詰まった涎の出るようなやつである。きっと梅干壺の真中やや下あたりで確り漬かったのに違い無い、梅酢の滴るようなやつである。実に泣かせるではないか。
 一口に頬張った時の、あの目の覚めるような刺激的な酸味。くちりと噛み潰した時の、あの梅の花でも咲いたような爽涼とした塩っぱさ。柔らか過ぎる程柔らかい梅肉の、舌根から喉を潜るあの胸の高鳴るような気持ち良さ。残った種を口から出した時の、しんみりとした寂寥感。最後ちょっとの哀しささえ、梅干の醍醐味である。

 その想像だけでまた二杯程さらさらと食ってしまった。梅干は最後の楽しみに取っておくものである。神奈子も同意を示したものか、凛々しい顔でうん、うんと頷いている。


「御馳走様」
「御粗末様。けれどもう良いのかい、お腹が空いているのであれば沢山食べると良い。まだ粥はたんとある」
「いや結構。食べ過ぎてしまったくらいだよ。実に美味かった、有難う」
「それは良かった。あまり美味そうに食うものだから、足りないのじゃあないかと心配した。では茶を淹れて来よう」

 そうして神奈子はいそいそと食器を片して部屋を辞した。
 実を言えば最後に残った梅干の種に未練があった。あれだけ上品に出来た梅干である、天神様もさぞかし美味いに違い無い。種を丹念に嘗め尽くしてから、奥歯できりきりと噛み、二つに割れたところを舌先で掬い上げ、最後の最後まで堪能したかった。
 しかし流石に他人様の宅、下品な事は憚られる。風神の手前というのもあるだろう。天神様といえば雷神であるから、そいつを目の前でばりばり齧るのは具合が悪い。
 食いたかったのだが、私は鉄の意思でぐっと堪えたのである。ああしかし食いたかった。




◇◇◇◇◇◇




 縁側と思しき障子の向こうから、鮮やかな斜陽が差している。座敷はいよいよほの暗く、山吹色に染まった障子だけが極めて明るい。畳を照らす日の色は、橙色から僅かずつ、赤の気色を深めていく。
 もう、そんな刻限なのである。朝方に湖へ落ちてから、随分と眠りこけたものだ。更に馳走までして頂き、私も少々長居をし過ぎた。ご主人様に連絡も取付けていないものだから、殊更申し訳無く思う。

 神奈子は中々戻って来なかった。呆として待つのも芸が無いので、床を畳んでおくことにした。よく眠り、よく食った御陰で体力は万全である。もう動き回るのも苦ではない。
 床の間の前、枕の上あたりに、私の服が綺麗になって畳まれているのに気付いた。彼女が洗っておいてくれたのだろうか。彼女が戻る前に着替えてしまおうと思い、帯を解いて小紋を脱ぎ、服に袖を通す。ふわりと私を包み込むような、彼女の優しげな香りがした。


「待たせてしまったね。今は早苗が出掛けているものだから、茶葉を見付けるのに苦労したよ」
「やあ済まないね。早苗というのはご家族の方かい」
「まあそんな所さ。以前は巫女をしていたのだけれど、人の身でありながら奇跡を起こす程度の能力があってね。現人神と崇められてもいた」

 もう私は着替え終わり、先刻と同じ場所に腰を据えて頬杖を突いていた。神奈子もまた先刻と同じく私の向かいに腰を下ろし、急須から二人分の茶を淹れた。一つを私に差し出し、更に茶請けの羊羹を乗せた小皿を置く。

「奇跡の力かい。何とも凄い響きがするね」
「もう以前の話さ。中々どうして、幻想郷に来てからは向こうの常識の通じない事ばかりだ。あの子も自慢の鼻をへし折られて少しばかり気落ちしていたから、諏訪子が修行に出しているのだ」

 そう言い、神奈子は私に少し得意気に微笑んで見せた。その優しい眼差しに、私は彼女の愛情を見た。早苗なる人物は、随分と彼女に愛されているらしい。それに修行へ出してなお笑顔で待って居られるというのは、早苗の能力を高く評価しているからこそだろう。家族の絆というものは、実に強く、優しいものである。

「諏訪子というのもご家族の方かい」
「諏訪子はここの守宮(やもり)……ではなかった、家主だよ。いやでも間違ってはいないかしらん。蛙みたいな奴だから、いずれ両生類か爬虫類だ」
「家主を掴まえて両爬の類とは、また酷いね神奈子も」

 そうして互いに笑い、私は茶を一口啜ろうと手を伸ばし──湯呑みの熱さを指で感じたところで、はっと我に返った。
 全身が総毛立つような、物凄く今更な畏れが走る。

 いやいやいやいや。待て。何しているんだ私は。神様相手に何しているんだこの莫迦。神様だって。相手、神様だって。何すっきりさっぱり失念して茶を頂こうとしている。どの口が神奈子とか呼び捨てにしたこの莫迦。
 いいか取り敢えず落ち着け。落ち着いて深呼吸を三つほどやれ。そしてから謝れ。もう全力で、畳に頭擦り付けて削れて無くなるまで謝れこの莫迦。

 そうして私は一つ、二つ、三つと深呼吸をする……つもりが、口で三つ数を数えた後よいしょとばかりに深呼吸を一つした。間違えた。待った、今の無しで。
 突然奇行に及んだ私を見て、神奈子は怪訝そうに眉根を寄せる。

「あ、あー……その、何だ。風神殿は」
「何だい改まって。神奈子で構わないよ」
「ははは、いやいや。ええとそれじゃあその、神奈子、殿」
「神奈子で良いというのに。呼び捨てで構わないさ、ええ……そういえばまだ貴方の名を伺って」
「ししし失礼したっ」

 勢い、私は後ろに飛び退りつつ土下座を極める。ざざざ、と額の擦れる音がする。おお痛い。思わず頭を上げると、神奈子のぽかんと口を開けて私を見る表情があった。畏れ多い。そう思ってまた吃驚したように額を落とす。勢い下げたものだから、地鳴りのような音がして脳が揺れた。

「名をナズーリンと云う、しがない鼠の妖怪だ……ですっ。重ね重ねの御無礼、慎んで謝罪す、いたしますっ」
「おい大丈夫かい。慎んでって、随分と賑やかだ。まだ疲れているのじゃあないか、構わず床に就くと良い」
「いやもう結構。これ以上失礼を重ねる訳にはいかない、ですっ。ここが風神殿の御座す社とはつゆ知らず、散々迷惑をかけて済まな、みませんでしたっ。数々の御無礼、どうか平に御容赦の程」

 私は私自身何を言っているのか一向解せないまま、気焔を吐くごとく謝辞を叩き付けていた。片や冷静を保った私の頭の客観的な部分は、これはもう駄目かも解らんね、と溜息混じりに呟いている。

「そうかい。……なあナズーリン、私はそれ程までに畏怖すべき存在かい」

 向こうを向いてぽつりと呟くような声で、神奈子が私に問い掛けをした。畏怖すべき存在。それはそうだ、風神にして山神、水神の相もあれば子供でも勘定出来る程高尚な神である。対して私は毘沙門天様の眷属といえ、未だ徳の得難き鼠なのだ。緋盆に月、といってもまだ隔たりがあろう。むしろ諺に失礼である。
 けれどそう呟く風神の声は、全く威厳ある神意といった態ではなく。むしろ寂しく、残念な思いで息を詰まらせるように聞こえた。

「確かに私は、神として威厳ある態度も取る。時には力で相手を捻じ伏せもする。神とは概してそうしたもの、畏怖すべきものと思われるのも承知している。しかしだ、勘違いしてはいけない。それはいずれ信仰有るが故なのだ。何も恐怖政治をしたい訳ではない。私に畏怖の念を抱くのは結構な事だが、そればかり表に出すのは畏怖嫌厭というものだ。それでは互いに不幸だと思わないか」
「──あ、いやその」

 恐る恐る、私は顔を上げる。

「ナズーリン、貴方は素直な子だ。顔を上げてくれて私は嬉しい。さ、こちらへ来て、冷めぬうちにお茶をお上がり」

 ……眩しい程の笑顔でそう言われては、仕方が無いように思われる。少しばかり躊躇したが、結局私はまた座布団まで戻ることにした。
 風神は卓袱台越しにぬうと身を乗り出し、私の頭をわさわさと撫でた。

「ははは。良い子だ良い子だ」
「わ、お止し下さい、お茶が零れますから。っ、その、困りますから風神殿」
「むう。呼び捨てで構わないというに。敬語だって怪しいではないか。粥を食っていた時のように、在るがままの口調で構わないのだ。好くないな、今の物言いは全く好くない」

 むっつりと不貞腐り、そっぽを向く風神の図。神威もへったくれも無い。小僧の癇癪のような神の姿を見るにつけ、私は本当にこいつは風神なのかと勘ぐってしまう。

「いや、しかしですね、いくら何でも風神殿を前にして無礼な物言いはいささか」
「あーあーあー。聞こえなーいー」

 ような、ではなかった。小僧の癇癪そのものである。

「……ああもう、解ったよ、私が悪かった。神奈子と呼べば納得するのだろう、普段通り話せば気が済むのだろう。頼むからこれ以上私を困らせないでくれないか」
「そうそう、それで良い。素直で居る事が何より、互いを一番知る事が出来る。素直で居る事、常に心安く在る事こそ、神と民との本来在るべき姿さ。上辺を装うなど莫迦のする事だ」
「はあ、そうなのかい。しかし言わせて貰うなら神奈子、君はもう少し莫迦であるべきだと思うがね。敬い敬われるべき関係にあって、こうも気安くされては民が困る」
「言うね。まあ先刻の通りだけれども、必要ならば私はその莫迦にもなるさ、安心しなさい。けれど民が神に対し、そうなってはいけない。良き友、良き理解者として接しなければ、私がここに在る意味は無いのだ」

 神奈子は言う。神は何処にでも在ると。特に本邦では、八百万と称される程多くの神が在る。天地を創造した神も在れば、人もまた神と為(な)り、命無き器物さえ神と生(な)る。それは皆、信仰という形を経て生じるものである。そうして有形無形の何かしらは、信仰する者にとって強い意味を持つようになる。それが即ち、神の原型なのだという。
 神とは、信仰する者の心が意味付けをしたものである。なればこそ、神は信仰されなければ在る意味を失い、時には在ってはならない、と否定もされる。逆に信仰されればそれだけ、神の存在する意味は強く色濃くなるのである。

 神は何処にでも在る。ただ漠然と、けれど歴然として在るのだという。それは常に、信仰する者と共に在る。良き友であり、良き理解者。信ずるべき、最も身近なもの。少し胸に手を当てれば、その者にだけ威厳と畏怖を以て、神は応えるのだという。

「ふむ。そういうものなのかい、神様というのは。仏様とは随分と異なる感じがするね」
「ううん、そうかな。さて私は仏の教えに明るくは無いが、教義の差異は有れ、いずれ同じ道なのだと思うがねえ」
「神奈子ー、そろそろ夕餉……オヤ珍しい、河童以外の客人が居る」

 すらりと障子を開けて、夕日を背にした影法師が現れた。少し低めの背丈に、目玉の付いた市女笠のようなものが際立つ。

「ああ初めまして、お邪魔しているよ。神奈子、彼女が早苗という人かな」

 容姿の幼さに私はそう思い込んで、神奈子に問うた。しかし彼女は首を横に振る。そういえば早苗とやらは、今修行の旅に出ているのだったか。

「いやこいつは両生類のほう」
「へえこんな童のような可愛らしい子が家主なのかい」
「二人して何の話をしているの、私も混ぜて」

 今のやりとりを特に気にする風もなく、諏訪子は障子に背を向けて共に卓袱台を囲んだ。締め切られていない障子の隙間から、すっかり緋色に色付いた斜陽が一条、私と二人を隔てるように線を引く。

「何大した話なぞしやしない。神と民との在り方を説いてやっていたのだ」
「ああ、大変良い勉強をさせて貰ったよ。神様というのは実に有難いものだね」
「へえ神奈子が。どんな言い分さ、採点してやろうじゃあない」

 身を乗り出して興味を示す諏訪子。端から見れば、母親の話に喜ぶ子供のようで微笑ましくもある。

「ウム中々言い得て妙な符丁だったな。つまり諏訪子、お前もそうだがね。民は神に対し心安かれ、神は民に対し莫迦足れ(莫迦であれ)ということだ」
「……ば、ばかたれだとっ。この私にばかたれって何だ、ええ神奈子。お前ね最近調子に乗っているよ。そこへ来て面と向かってばかたれだとっ。やいこら表出ろ」

 母子の語らいから一転、仁王のような形相で神奈子の襟首をきりきり締め上げる諏訪子。まさかの弁護の余地無しな家庭崩壊劇に私はただ、言葉のすれ違いの悲劇を残念に思うばかりである。また少し神奈子の神威にも残念を感じる。

「うええ苦しい。こら諏訪子何怒っているんだい、放さないか、放さないと酷いぞ。……ナズーリン、私何か間違った事を言ったかしらん」
「……残念ながら、間違った事しか言わなかったね君は」

 神奈子は一向解せないといった面持ちで、体格のわりに力持ちな諏訪子にずるずると引き摺られていく。
 日ももう粗方沈んでしまった。私もここいらが潮時と考え、庭先に出た二人を追い、宥めてからそのまま聖輦船に戻ろうと思った。




◇◇◇◇◇◇




 鴉が鳴くから帰ることにした。そんな感じで退散しようと思っていたのだが。

「やあナズーリン、とんだ所を見せてしまったね。どうも諏訪子は手が早くていけない。そのくせいつも敗けてしまうものだから始末に終えない」
「フン、勝たせてやっているだけよ。本気で堂々と戦えば、土着神が外来の神なんぞに遅れを取るものか」
「……ま、まあまあ、喧嘩は宜しくないよ。頼むから私の前で争い事はしないで頂きたいな、とばしりを食うのは本望でない」


 先程、庭先で勃然と死合いが始まり、忽然と終わった。

 私が腰を上げて縁側へ出た時には、もう二人は右と左に対峙していた。「なあ」と私が声を掛けたのが契機である。片や両手に月輪の鉄輪、片や左巻きの藤蔓を手にして掲げ、後はよく知る弾幕ごっこである。ただその弾幕の濃密さというのが酷い。互いに互いが弾幕を張るものだから、隙間という隙間を埋め尽くして光の洪水と化し、その場の全てを呑み込んだ。

 私はそこまでしか目にしていない。鼠の本能が覚る死の恐怖に、後はひたすら逃げの一手である。光の渦に目を眩ませてキャッと叫び、尻もちを突く勢いででんぐり返しを七つ程して卓袱台の下に潜り込んだ。あれ程親密に話をしていたのが嘘のようで、やはり神は畏怖すべき、力ある存在なのに違い無かった。私のごとき一介の鼠では、どかんどかんと音のする庭先に尻を向け、頭も尻尾も丸めて縮こまったまま、ぷるぷる震えるより他に仕様も無い。
 手で頭を抑える前後に、鴨居の上の化粧欄間がちらり、ちらりと私の視界を掠めた。藤蔓に雲井の月輪、蛇と蛙。成程これは彼女達の事を彫り抜いたに違い無いと、そう理解した。

 数えて一分(いちぶ)と満たなかっただろうか。どたん、とひとつ大きな音がして私が驚き卓袱台に頭を撲つけたものか、それとも私が頭を撲つけてそんな音を立てたものかは判らない。とにかくそれから風の凪いだように静かになってしまった。
 泣いてしまいそうな心地で恐る恐る覗いてみれば、もう神奈子は縁側に腰を下ろし、諏訪子は埃塗れで庭先に寝そべっていた。


「いや悪かったね客人。けれど神奈子がいけないのさ、客人の前で私をばかたれ呼ばわりするのだもの」
「何言っているんだい諏訪子、私はそんな失敬な事は言わないというのに。お前長く生きているものだから、耳がどうかしやしないか」
「やいこら神奈子、どの口がそういう事言う。お前なんかどう安く見積ったって、見て呉れが熟……」
「ま──まあまあ待て、いいかい二人共落ち着くんだ。詰まらない事で争ってはいけない、頼むから落ち着いてくれ」

 埃塗れで地に腰を着けた諏訪子の顔面を、今まさに神奈子の草鞋が捕らえようとする瞬間。私は勇気を出して二人の間に割り込み、大きく両腕を広げて進行を遮った。
 とにもかくにも、これ以上下らない争いを続けられては困る。私も帰るに帰れない。あと何となく諏訪子にそれ以上言葉を紡がせてはならない気がする。

「うむ、ナズーリンがそう言うなら私は折れよう」
「是非にもそうしてくれ。しかし君らはいつもこんなおっかない喧嘩をしているのかい」
「まあ神奈子とは長い付き合いだからねえ。けれど客人、これもまた神遊びのうちなのだから、まあひとつ大目に見てよ」

 ひらひらと小袖を振っておどける諏訪子。彼女らにとって、これは単なる遊びのうちの一つらしい。これを遊びと言うのなら、童のする鬼ごっこなぞは終いに食い殺さねば鬼役も務まるまい。

「いやそうはいかない。いいかい君ら、これは仏様の教えだがね。全てのものには仏性があるという。私の知る徳高き尼僧などは、和を以て貴しと為さば、全は一、それ即ち仏なり、と教えている。妖怪さえ仏性を顕すと言うんだ」
「ふうんナズーリンは物知りだ、良い事を言う。けれど何だね、仏というのはよく判らない事を言うね。無精になると何か嬉しいのかい」
「無精じゃあない、仏性だ。そうだな、恐らくは違うのだろうと思うが、君が先程私に教えてくれた現人神というものと、感じは近いのかも知れない。つまり衆生は皆仏に成り得るという考えだ」

 尤もこのような話、悟りはおろか徳さえままならない私がするのは愚の骨頂である。知恵はあれど、智慧は無い。般若波羅蜜に至れない私が説く事に何の意義があろう。だがそれでも、今まさに起きている事態を収拾するにはこうするより仕方が無い。敢えて恥を被り、愚劣な行為に及ぶことで事が丸く収まるならば、それもまた行と考えることだ。過去そうして、私は幾度も仕事をこなして来たのだから、抵抗感も特に無い。
 けれど仏性については、実際のところ私も曖昧としている。それはそうだろう、物事というものは経験し初めて我が物として呑み込むことの出来るのが大半である。仏性というものは、私や一輪達が目指す道の先にある。未だ見えぬそれを、私達はただ夢に馳せる事しか出来ない。だからそれは、私の知恵にある仏性のことである。

 
 仏性とは、仏の性質や本性である。教義や宗派により見解は違うが、私の知るところ仏性は衆生に生来備わっているものである。仏の教えを成就するというのは、取りも直さずこの性を顕現させることにある。
 但しそれは並大抵の事で成就されるべきものではない。一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)という考えは、しかし決して成仏を必定としない。何故なら心ある者として生まれ出でたその時から、衆生は煩悩に苛まれる宿命にあるのだ。それは甘露にして抗い難く、多くの者は忘我し享楽に溺れ尽くすものである。煩悩は我執より生じる。我執には三毒ある。貪瞋癡(とんじんち)、先ずはそれを御すことで、煩悩からの解脱に一歩近付く。
 例えば三毒が一、瞋恚(しんに)とは自身に背く事への怒りである。瞋恚はそれこそ、日常茶飯事に在る。例えば勘違いといえ、神奈子の言動に腹を立てた諏訪子のごときである。また例えば諏訪子の言動に顔を踏み付けようとした神奈子のごときである。そうした毒を屈服し、煩悩から解脱することで、仏性を顕現する道にまた一つ近付くことが出来るのである。

 先程述べた尼僧に至っては、既にそれを克服しているに違い無かった。そうして聖は、更なる仏性顕現への道を歩んでいる。和を以て貴しと為す、それがつまり聖の仏性へ至る道であった。しかし恐らくは、聖もまた成仏に至ってはいない。それ程に仏性とは貴いものであり、長く遠い道なのである。

「……という訳で、いかに神様といえど喧嘩するのは感心出来ない事だ。たちまち仏性の顕現から遠退いてしまうよ。和を以て貴しと為す、これは是非君らにも考えて貰いたい」
「ははあ。恐れ入ったね、今度は私がナズーリンに良い勉強をさせて貰ったよ。けれど釈尊公も面白い考えを世に遺したものだ、またそれが時代を経て随分と研鑽されたようだね。今度ちっとばかり私のところでも取り入れてみようかしらん。より信仰が得られることだろう」

 それは恐らく三毒が一、貪欲(とんよく)であろうと思う。やはり私が説法紛いの事をしても駄目だ。まして相手はいくら心安いとはいえ、神様である。神様に対し、一介の鼠妖怪が教えを説いているのである。しかも宗旨の違う教えである。覚悟の上とはいえ、何とも恥知らずで愚劣な事をしたものだ。それはつまり三毒が一、愚癡(ぐち)なのだろう。


 さておき神奈子は、どうやら得心したように頷いてばかりいる。もう争うつもりも無いらしい。ただ、諏訪子は私が語る間中、一言も口を利かなかった。といって確りと耳を傾けているのかと思うと、どうもそうではない。彼女は沈思していた。そうして凝と、私をその鋭い視線で貫き続けていた。
 今なお彼女は私を──私の心を、その双眸で磔にしている。

「客人、ナズーリンと言ったか。お前は仏に帰依しているようだが、何れの門徒か」

 剣のような鋭い声に、私ははっとして諏訪子を見る。彼女の目は、黒く深い。見つめれば見つめる程、彼女の黒い瞳は深淵を増す。私の視線が、全てその深みに吸い込まれる。圧倒的な闇の淵にゆら、ゆらと、何かが揺らぎ蠢く姿が見える。我知らず、それが諏訪子と呼ばれる彼女なのだ、と諒解した。

「諏訪子、少しばかりナズーリンに失敬な物言いだ。見なさい、彼女が怯えている。お前の皺の寄った険しい顔が怖いのだ。そんな風にしていると今に小皺が増える」
「うるさいよ神奈子。私はその鼠と話をしている。和を以て貴しと為す、私はこの言葉に聞き覚えが有る。私にはとても癪に障る不快な響きだ。どうだ、言わないか。言わなければ私が言い当ててやろうか」
「……いや、どうも。私には君が何を気に入らないのかはよく判らないが、まあ確かに話した通り、私は仏に帰依した身だ。今は聖白蓮という尼僧の許で沙弥(しゃみ)のような立場にあるが、そもそもは毘沙門天様の眷属でね」

 毘沙門天、という言葉に諏訪子は鋭く反応した。今までまるで根の張ったように動かずに居た体が、げに恐ろしき鬼火の燃え立つごとく起立する──月輪の鉄輪を、私に向けて。

「毘沙門──多聞天。ははは、あの小癪な異教の倉守か。これはまた妙な因縁もあったものだ」

 諏訪子は嗤い続ける。感情の抜けた──いや、全ての心の理を、ただ一点の感情に塗り替えたように、彼女は嗤い続ける。
 嗤うためだけにある感情。それは彼女の黒い瞳にも似た。

 憎悪である。




 目の前に、左巻きの藤蔓が掲げられる。その幹の八割方を刻んで、鉄輪が食い込んでいる。
 藤蔓が衝撃に耐え切れず曲がり折れる寸前、鉄輪はぼろぼろと錆びて朽ちる。

「諏訪子、少し悪戯が過ぎるぞ」

 日も暮れ、赤黒く染まった社の庭先。ゆらゆらと、陽炎の揺れる黄昏の山。

「うるさいと言ったろう神奈子。何度も言わせるな、私はその鼠と話をしている。蘇我の小倅に加担して、信仰篤き物部の一族を鏖殺せしめた、異教の武神の眷属にねえ」

 ゆらゆら、ゆらゆら。

「ここは幻想郷だ。昔の事はもう忘れるが良かろう」
「黙れよ。お前の意見は聞いていない。なあ鼠。伝承を紐解けば、もうその頃お前は眷属だっただろう。渋川郡に供をしたかは知らんが、お前はあいつの眷属だったのだろうなあ。なら話くらい聞いた事もあるだろう。私を──ミシャグジ様を束ねるこの洩矢神を頼ってくれた、誇り高き一族の零落を」

 赤黒く染まった、陽炎の揺れる──洩矢神。

「彼等は軍事を司っていた。倭国は小国だ、海向こうの大国から本邦を護らんと、常に憂えていた尊き民であった。なればこそ、彼等は彼等の信ずる神を、ひたすらに信仰し政に携わった。彼等こそ代々倭国を、真に愛し慈んだ最後の豪族であったろう」

 すうと手を掲げる洩矢神。一瞬後に襲い来る三爪の鉄鈎(てっこう)。それを幾重もの藤輪が遮り、交叉する輪に砕かれて土へと還る。

「私が山で逢うた彼等は、いずれ敗残した憂国の民であったよ。忠国の誠空しく打ち倒され、逆賊の札を貼られた倭奴(わな)であったよ。
……彼等には一人の長が居た。字面は違うが彼もまた、名を守屋と言ったなあ。中々に激しい気性の持ち主であったそうだが、彼は国神を篤く敬い、人の身でありながら神の国を護らんとする守護者であった」

 横薙ぎに振るわれる腕。眼前にす、と掲げられた藤枝の、緑濃い葉が幾葉も弾けて落ちる。逆に弾かれた鉄鑰(てつやく)が、風切音を鳴らせて社の支柱に当たる。ばんと音を立て、土塊と化して風に巻かれる。

「和を以て貴しと為す。厩戸王(うまやどのおう)と言ったかな、あの小倅は。白膠(ぬるで)に蕃神(ばんしん)を彫り付けて、よく祈ったそうじゃあないか。そうしてあのでしゃばりの倉守め、小倅を使って物部の一族を捻じ伏せ、まんまと本国に根を下ろしたな」

 黄昏から宵へ。星明かりも無い社の庭先。幼子の容姿に目玉を乗せた市女笠の影が、僅かの光をも吸い込んで伸びる。

「──彼等がどれ程恨みを抱いたか。どれ程憎しみを抱いたか。鼠、お前に解るか」

 目の前に、憎悪の瞳がある。




「……あ……あ、うわわあああああっ」

 心臓を掴まれたような恐怖に、私はもう何も判断出来なくなった。ただその瞳を見続ければ、私はきっと私を保てなくなると感じ、本能の命じるまま逃れる事だけを考えた。
 後ずさる足を縁側に取られ、見苦しく倒れ込んだ。けれど視線は外れない。私が見ずとも「それ」は私を見ている。──ここに居てはいけない。私は必死に手足をばたつかせて縁側に這い上がり、裏手へ回って境外に至る先へと四つん這いのまま走り出した。

 恐ろしい。ただもう恐ろしい。

「何処へ行く鼠。言葉も失くして、情け無い格好をして。それでも武神の眷属か」

 聞きたくない。それ以上聞き続けては、私が壊れてしまう。今なお掴まれたままの心臓からひび割れて、私は土塊のように崩れてしまう。

 縁側の突き当たりに至った事にも気付かず、そのまま足を踏み外して地面に倒れ込む。がしゃり、と砂利の崩れる音がして、体のそこかしこに擦傷のような痛みが走った。けれどそんな事に構っていられない。あの深淵から、一歩でも遠くに逃れなければ──その一心で私は境内を走り抜け、風神の湖の畔に至った。

 宵の暗がりの湖。幾本も、幾本も、柱がそこに突き立っている。宵に影が落ち、影は私に向かって、ずうと伸びている。
 見れば見る程に、影は伸びて来る。柱は伸び上がる。荒い呼気のひと吐き毎に、影は私を囲う。柱は人の形を取る。呼気はますます荒くなる。動悸が体をいたぶる。影が、私を。柱が──


「祟りの語源を知っているかい、鼠」

 背中に、闇色をした何かの気配を感じた。私の記憶は、一旦そこで途切れている。



~風神~ 了
今回は前・後・補の三部に分けてお送り致します。三部併せて100KB越えるかも知れません。。。毎回無駄が多くて申し訳御座いません。
祟りって怖いですね。あと梅干し美味しいですね。

毎度の事ながら、拙い文章で読者の皆様には毎度お目汚し失礼致します。
もし何事か思うところあれば、ご意見ご感想を頂けると、筆者が喜んでのたのたします。

其来(それから) ~ ダウザーの小さな大将の場合 後
其来(それから) ~ ダウザーの小さな大将の場合 補

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コメント



0.490簡易評価
8.90名前が無い程度の能力削除
文章がうまくてパルパルしてしまいます。
漢字の選び方が絶妙で情景が浮びやすい。
化粧欄間~からの下りがすごく芸術的で印象に残りました。
ダウザアとかチイズ秘密裡と表記するあたりのこだわりとか作者の気持ちが伝わってきます。

ただ一人称で難しめの字を多用してるが故の
話の展開がわかりづらかったのが難点かなと思います。
とにかく雰囲気がよくて圧倒されました。
続き期待してまする。
10.100山の賢者削除
どことなく古めかしい文と世話焼きな神奈子がツボでした。
「是空也」がなんと読めばよいのやら。
11.100名前が無い程度の能力削除
難解なせいで所々理解ができないところもありましたが、
話の内容は惹きこまれるものがありました。

これからナズーリンはどうなるのだろう。
後編もお待ちしています。
12.無評価削除
皆様ご感想有難う御座います。

>8様
今回のねた(宗教的な何か)に合うようそれっぽく書く事を意識したので、難解ですよね。雰囲気を楽しんで頂けて嬉しいです。
>10様
筆者感じまするに、神奈子は天然なお母さんだと思ったり思わなかったり。「是空也」は単なる駄洒落ですので本文中にはルビを振りませんでした。「これくうなり」とお読み下さい。
>11様
結構仏教用語出ておりますので、かなり理解に苦しまれるかも。申し訳御座いません。同作品集内に後編を掲載して御座います。けれどまだ少し続きます。少し長過ぎたかと反省中。
13.100名前が無い程度の能力削除
ナズーリンの中身が乙女だと私が喜びます。二柱に久々に威厳を感じました。
固い文体が語る内容に似合っていて実に良い雰囲気です。
所々に隠れる御巫山戯もいい味をだしている。文が上手なので梅干の箇所では
思わず涎が出てきてしまいました。
しかしこの場で切るとは貴方も酷い。さっそく後編を読まなければなりますまい。
14.無評価削除
> 13様
梅干コメ有難う御座います。雰囲気を味わえて頂けて良かったです。
16.無評価名前が無い程度の能力削除
>ご主人様ももう結界を解除する頃だ、黙って見ているが良い。そのうち結界も解放されるだろうよ
「結界を解除する」と「結界も解放される」との違いはなんでしょう。文脈的には別々の事象について言っているように読めるのですが。
17.無評価削除
> 16様
前者は星が主格で「結界を解除する」、後者は結界が主格で「解放される」と書き表したく、こうしております。
18.無評価削除
。。。一晩寝て気付きました。それだと誤字ですね。「開放される」が正しいです。修正しますー。