成層圏、魔理沙と永琳。
今まで繰り広げられていた、完全にどこか別次元の大戦争に、時空の彼方――恒河沙程度の距離を離されて置き去りにされていた二人。
やれやれだぜ、と呟きながら魔理沙はあの天体を止める為の切り札の準備を終えた。
「……さて、と。後はこの馬鹿をどうにかしないとな」
「……(むきゅ~)」
「あー……気は進まんが、仕方ないぜ。またパチェに『いやーっ私のカスタム魔法具がー! なんであなたは毎回装備を粗末にするのよ!』とか言われそうだな。まー、後で存分に可愛がってフォローすれば……問題ないか。んー、じゃ、まあ行くぜ」
再びやれやれだぜ、と呟きながら魔理沙はふと以前パチュリーから聞いた秘奥義の存在を思い出した。
たしか、あの技は………ふむ、試してみる価値もあるか。とブツブツ独り言を言いながら、おもむろにぐるぐる巻きにされた体を揺すり出す。そしてほんの僅か戒めが弛んだ隙を狙って、音声入力のキーワードを囁いた。
「―――オーキス分離、だぜ」
ばこん
間抜けな音を立てて魔理沙のエプロンと服が分解した。
下着のみのあられもない格好で(下はいつものぶかぶかのズロースではなく、対パチュリー局地戦仕様のくま柄ぱんてぃ)するりと外殻ごと戒めを抜け出し「恥ずかしいぜ」と頬を染めながら片手に箒を握りしめ、ふわふわと永琳の傍へと近づく魔理沙。脳裏を愛する恋人の言葉がよぎる。
“いい? 魔理沙。ぶっ壊れておかしな動作をするようになった道具を、正常に戻すにはね”
「よっと」
永琳の前で、無造作に箒を大きく振りかぶる魔理沙。弾みで上体を隠す薄手の白いキャミソールが捲りあがり、なにかいいものが見えた気がした。
“右斜め45度の角度で、思いっきり…”
「ふむふむ」
“ぶん殴るのよ”
「うりゃ」
すぱーーーーーーーん
…………
…………………………
「―――………はっ! ここは? 私はいままでなにを」
「……よう(……やってみるもんだぜ)」
「……なに? 貴女そんな格好で…まさか痴女? はしたないわね。も、もしや私の意識が無い間にあんなことやこんなことを……?
姫、わたし…わたし……穢されちゃいまし」
「黙れ」
ばこん
「貴様…! 邪魔するなああぁぁーー!!」
「それはもういい」
すぱーーーーーーーん
「……なによ。ちょっと巫座戯ただけじゃない。……言われなくても解ってるわよ。
――――――自分がしてしまったことぐらい……」
「………お前って、本当たちが悪いのな。まあいいぜ。ならば話は早い。あの天体を止める方法は?」
「無い」
ぱかん
「ふっ、こしゃくな真似を…」
ぱかんぱかん
「――痛いわね。この天才的頭脳が衝撃でどうにかなったら、どうしてくれるのよ。戯言のひとつも通じないなんて、そんなんだとモテないわよ……
ああ、分かったからもうぶたないでくれるかしら。――ええ、確かにアレを止める方法はあるわ」
「生憎恋人はもう沢山いるんでな。これ以上増えてもフォローに困るぜ。――と、余計なことを言っちまいましたわ。
なんの話だったか……そうそう、止める方法だ。で、その方法とは?」
「こんなこともあろうかと(ごそごそ)自爆スイッチを(あら? 無いわね)用意…してたんだけどねえ」
「……」
「あは、なくしちゃったみたいね。なんか帽子に入れといたんだけど、誰かさんに丸ごと吹っ飛ばされちゃったみたい」
「んー、そうか。そりゃ仕方ないな」
「ええ、まったくね」
「わはははは」
「あはははは」
「………」
「………」
どこん、とクロスカウンターが両者の頬に決まった。
「―――馬鹿か! お前は」
「五月蝿いわね、あんたがやったんでしょうが!」
「ちっ、なんとかと天才は紙一重というが、まさに永琳。お前のためにある格言だな」
「言ってくれるわね。いくら私でも2/14の異常電波は防げないわ」
「ああそうかい」
「植物の名前ね」
「……」
「……」
「うむ、本気でそろそろヤバそうなんで、戯言はこの辺にしとくか」
「……そうね」
「さて、どうするよ」
「あら、既に手は打ってるんではなくて?」
「ううむ、やはりアレを使わなくては駄目か…」
「そういうことね。大体私の切り札だけ自滅させるのもなんか嫌だし」
「……本当、性格悪いなお前」
「姫よりは優しいわよ? 私」
「……要塞には要塞、か」
「ご愁傷様」
またもや「やれやれだぜ」と言いながら、魔理沙は召喚しといた…とある軌道兵器が偽りの月の進行ルートに到達したのを確認する。
「おー、来たか。ほいじゃあ……どうするかねえ。果たして私の遠隔操作で、どこまで精密に射撃できるか。
だが、永琳よ。なんでお前がこの『龍の首飾り』の存在とスペックを知っている? 誰にも教えたことは無い筈だが」
「――ふん。私を誰だと思ってるの? “月の頭脳”――八意永琳よ。この星系にある事象で、本気を出した私に分からぬことなど……無い」
「……とても先程まで狂いまくってた人物の言うこととは思えんな」
「――言うな」
―――龍の首飾り。
魔理沙と永琳の会話で出てきたこの言葉。ノーレッジ魔導研究所の最重要機密たる“ネックレス”とのコードネームで呼ばれる、衛星軌道上に存在する要撃システム。
計七個からなる高出力レーザー狙撃衛星は、周回軌道上からの高精度…とは言い難い適当で根こそぎな威力を、魔理沙が選んだポイントに、かなりいい加減にばら撒く程度の能力を有する。
永琳から要塞を効果的に崩壊させる弱点箇所を聞きながら、あまりに複雑な手順にうんざりしたように呟く魔理沙。
「でもなあ……自分で言うのもなんだが、こいつの精密射撃は滅茶苦茶いい加減だぜ?
とても今お前が言った様な操作が可能とは思えないが」
「―――どうやら、その心配は無用になったみたいよ? ほら」
「あー? ……うおっ」
気だるげに永琳が指し示した方角を見ると、既に地球の重力圏ぎりぎりまで接近したエーリンブルグが、
いま、まさに崩壊しようとしている衝撃的な光景が繰り広げられていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ビキビキと要塞を構成する各ブロックに白い光が走る。
メインジェネレーターで発生した純粋な滅びの光輝は、そのまま全身に張り巡らされた動脈を伝い、本来ありえざる存在である巨大要塞エーリンブルグをあるべき場所へと誘う。
魔理沙たちはその崩壊が――上海の、自らを犠牲に発動したサクリファイスの結果であることなど知りようも無かったが、どことなく哀しい色をした純白のひび割れが要塞を覆うにつれ、絶対の虚無が満ちているのみである筈の宇宙空間に、暖かい精神の残滓が広がっていくような気がした。柄にも無く、しんみりとした空気がふたりの間にわだかまった。
「………」
「………」
「……あー、まあなんだ」
「………なによ」
「これで、全部終わったみたいだな」
「…………」
所在なさげに箒にまたがり足をぶらつかせる魔理沙。
一方、永琳は崩壊していくエーリンブルグを厳しい目で見据える。
「…………拙いわね」
「ん? なんだぁ」
顎に人差し指を当て、永琳は独り――声に出さず、どうやら最悪の方向に転がり出した現在の状況を分析した。
……近すぎたか。
確かに要塞は動力を失い、自律機動を実行不可能になったわ。
だけど……
停止したタイミングが、遅かったのね。
もうあの要塞は地球の重力圏内に囚われすぎている。
あの質量が自壊し、幾つかのブロックに分かれて大気圏に突入したとして――
燃え尽きてくれるのは、せいぜい全体の30%か。
私の計算では、大気圏を突破した巨大な岩塊のいくつかは確実に地表を抉り、海を沸騰させ、あの星に……
長い長い核の冬をもたらしてしまう、と出ている。
「――姫」
確かに…このままでは地上で暮らす生命体の大部分は、大メテオのインパクトと、
その後の二次災厄で壊滅的なダメージを受けるだろう。
恐らく、その場を生き延び長い冬の時代に耐え切れる人間たちは――
せいぜい、全体の2割程度であろう。それを糧とする妖怪どもも、等しく破滅は免れぬ。
無論、これだけの厄災が降り注いだら、いくら外界を遮断した一種の隔離郷である『幻想郷』も……ただでは済むまい。
だが、他の有限なる生命どもはいざ知らず、永琳と同じく蓬莱の薬を服用している輝夜は死に到ることは絶対に無いのだ。
――姫さえ無事であるなら――見捨てるか? 他の全てを。
「…………けど」
永琳の脳裏に遥かな過去に犯した、消えること無き罪の記憶が甦る。
姫のこころを護る。
そんなささやかな願いの為に、あの時は共に月で過ごした、掛け替えの無い仲間たちを……全員、殺戮した。
許されるとは、思っていない。
許されるべきでは無いとも思う。
だが、彼女は――――知ってしまっていた。
血塗れで立ちすくむ永琳を、
「――大丈夫。永琳はちっとも悪くないから。……ありがとうね、私の為に……貴女につらい思いをさせて」
そう、声を掛けてぎゅっと抱きしめてくれた輝夜が、
夜毎……永遠に訪れ続ける永い夜の静寂で、
声を押し殺して、罪の記憶に苛まれるのを。
「私は…………馬鹿だ」
他に、幾らでもやりようがあったのに――
月の頭脳と称された自分には、出来ないことなど無かった筈なのに――
姫の”からだの安全”のみにしか目が行かず、
後腐れが無いと思えた、安易な方法に逃げてしまった。
また、自分ひとりの思い込みで、大切な、大切な――家族のような親しき者達を……。
――うどんげ、てゐ……。
その手にかけるところだった。
……………
………………………
「ねえ――魔理沙」
永琳はその心に秘めた覚悟を、
目の前の――犠牲になるべきではない――少女に悟られぬように、巫座戯た口調で語りかけた。
「あー? なんだよ……」
「結局、貴女の好きなひとって――紅魔館の、知識と日陰の魔女なのかしらねえ?」
「――ブッ! な、いきなりなんなんだぁ? 唐突すぎるぜ。またどこか回線がおかしくなったのかあ!?」
「……本当、貴女は分かり易いわね」
「それは、私に喧嘩を売ってるのか」
「まあ、そういうことになるかしら」
「ほほう……では、またお前のぶっ飛んだ回線を、繋ぎなおしてや」
ドゴッ
「………うなー」
箒を振りかざして突撃してきた魔理沙に、カウンターでのチョッピングライトをぶちかました永琳。
箒の柄の上を滑るように交差してきた彼女の拳は、蛇のように執念深く、今までの恨みを晴らすかのように魔理沙の頬に突き刺さった。殺す気で放った兇器の拳。此処が宇宙空間でなければ固いマットの上にズダン、と頭部ごと叩きつけられて、やばげなダウンをしていたことだろう。いや、そうでなくても……なんか、今の一撃で魔理沙が白目剥いて完全に気絶してるのだが……。
古今東西、あらゆる知識を網羅する彼女にとって、このような高等技術を再現することは造作も無い。
ちなみに、永琳の得意ブローは、輝夜のテーマでリズムを合わせたフリッカージャブだ。
「貴女の箒、硬くて痛いのよね。もし、これで姫を殴っていたら……こんなもんでは済まなかったわよ」
死神の鎌でバッサリと魔理沙の意識を刈り取ったあとに言うセリフではない。
「ふふ、どうせあの攻撃衛星の手動パスワードは『くまぱんつ』といったところでしょう。可愛いにも程があるわよ」
なにやら沢山の名前をむにゃむにゃ寝言で零しつづける魔理沙を、呆れたように見て――浮気も程々にね、と心の中で忠告し、にやりと口元を歪める永琳。
「――まあ、貴女は此処でおとなしく眠ってなさい。目覚める頃には、私が……すべてを終わらせてるから」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
軍団大本営~ アリス.
「……あ、ああ…うあ、しゃ、しゃんはいが……」
―――………。
わなわなと震えながら己の体を掻き抱くアリス。
悲痛な面持ちで――マスターにかける言葉も無く、友を失った悲しみに耐え、グッ…と唇を噛み締める蓬莱。
同型機のシンパシーで、上海が昇天した際に感じた――最後の想い。
”――また…あなたとアリスとで、三人で…紅茶でも、飲みたかった…な”
―――……。(グッ……)
……………
………………………
……………
………………………
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
―――……!
崩壊を続けるエーリンブルグ。だが…
ゴウゥン ゴウゥン ゴウゥン……
ガゴッ! ガゴゴゴゴッーー!!
バカァアーーーー
その場で爆発する筈の要塞は、縦横無尽に走った亀裂をなぞるように、17個の大きなブロックに分かたれ、更に大小様々な破片のすべてが地表に破滅をもたらす兇器となって、どんどん大気圏に突入していく。
はっと息を呑む蓬莱。茫然自失しているアリス。配下の軍勢はどうしていいのかわからず、ただ待機状態を保つのみ。
―――………。
”このままでは……上海が命を賭して護り抜いた、すべてが、水泡に……”
チラリ、と隣で身を丸めて嗚咽するマスターを見る。
”アリス……”
……………
………………………
”―――ん。仕方ない……か”
蓬莱人形は、そっとアリスの傍に寄り添い、封印が解かれたまま宙を漂う禁断の魔道書「The Grimoire of Alice」をよいしょっと小さな体に抱え持つ。ショックのあまり自閉引きこもりモードに入ってしまった彼女のマスターは、そんな蓬莱の不審な行動にはまったく気がついていない。蓬莱はそんなアリスを優しく振り返り ” いってきます ” と心の中で呟き、微笑みながら一路エーリンブルグの残骸へと跳びたった。生き残りの人形たちを、引き連れて……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
終焉 旧エーリンブルグ危険宙域
瓦解していく。
堕ちていく。
崩壊していく。
燃えていく。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ――
あれ程の威容を誇った超弩級機動要塞エーリンブルグ。
難攻不落に見えた鋼鉄の牙城は、
たった一体の、
小さな人形が叫んだ愛で、
いともあっけなく滅した。
そして――
―――……、……。
”生き残りの全マーガトロイド師団。あなた達は、これから言うことをよく聞いて欲しい”
自分に統率されてここまでやってきた人形軍団に、蓬莱は真摯に言葉を投げかけた。
”先刻要塞破壊任務を遂行した上海人形。彼女のお陰でアリスの危機は排除された。だけど…”
皆まで言うな、と蓬莱を見詰める人形たちは”命令のままに”と傷ついたからだをしゃんとして、晴れ晴れと笑った。
”――――ごめんね。仮初とはいえ、せっかく得たいのちを……わたしは、捨てろ……と言わなければならない”
人形たちの決意は変わらない。
”……………………”
蓬莱と共に、無言で覚悟を示す――アリスの人形たち。
”これより、最終絶対防禦陣――メビウスリンクを発動します。恐らくこの禁呪を発動すれば、わたしたちは……”
・・・・・・・・・・・・
”退きかえしても、責めはしません。アリスについていてくれる子がいれば、あの方も……寂しくないから”
・・・・・・・・・・・・
”…………”
誰一人、去ろうとはしない。
”……わかりました。では――――――死んでください。……わたしと、共に!”
蓬莱が、抱え持った魔導書に渾身の魔力を注ぎ込む。
彼女の光――アリスの陽を顕す魂が赤々と輝き、魔導書を通して――目を閉じた人形たちとリンクされていく。
”――天の車輪、地の車軸。終わりなき果て無き輪舞を踊り、七色の魔法の第一階位――魂を繋ぐ紅き連環となりてかの地を覆わん”
禁呪の効果を受け入れ、数千にも及ぶ人形たちのからだが、赤い粒子となって解け崩れていく。
巨大な赤い帯状に混じりゆく人形たちの魂。そのなかには先の戦いで散った、虚空を彷徨う無念の魂が続々と萃っていく。
アリスとアリスの帰るべき場所を護りたい、という想いに――引き寄せられるかのように。
”上海の想いは……わたしたちが、受け継ぐ!! メビウスリンク、発動――”
――紅が走る。
スペル完成と共に、光速で青い星の上空へと雪崩落ちる赤い瀑布。
元の質量を大きく上回る、巨大な光の帯。
その…いのちで出来たスクリーンは、大気圏に火山弾のように降り注ぐ赤々と燃える要塞の破片を一つ残らず受け止め、燃焼し尽くさんとする。ただ独り元の形を保つ蓬莱人形を核とした――絶対防禦膜。彼女は岩塊が燃え尽きる際に放たれる膨大なフィードバックを懸命に耐え切ろうとした。だが――
”クッ……”
細かい破片、中規模の岩盤は問題なく防げる。しかし、17にもなる大鉄塊は……。
17のうち、最初のひとつがスクリーンに接触した。
霊子と魔力で編まれた防壁は、物理衝撃を燐光に変換する際、激しい光熱を放って蓬莱に激痛を伴う過負荷を与える。
――駄目、なのか…な
背中に負う妖精の羽がピキピキとひび割れて、先っちょから崩れていく。
ひとのかたちを無くした人形たちの励ます声が聞こえるが、絶対的な質量の差は……如何ともし難い。
”ごめんなさい、アリス……上海………わたし、もう――”
キュゥゥゥオオオォォォォーーーーーーーー
ドウッ
--------------バシュウウウウウ…………
大鉄塊が粉々に砕けた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
??? えーりんえーりんたすけてえーりん
「あはははは! さすがに天才の腕前は違うわね。ふふふ、こんな照準の甘いポンコツを操ってこの戦果。
さすがね、私。やはり遠隔自動型よりも近接精密パワー型の方が、断然優れているのよ」
女神キュベレイ降臨。
「さあ、逝きなさいファンネルたち(衛星のようにでかくても、この呼び名は譲れない)
この調子であの八意 永琳の名を穢す過去の亡霊を、ガンガン堕としていくのよッ
エネルギー充填が間に合わないなら体当たりしてでも相殺なさい!
ま、どうせ私のもんでもないし、せいぜい派手にぶっ壊し合いなさいな」
攻撃衛星の大出力レーザー、ドラゴンメテオを天才の頭脳と勘で操りながら、永琳は自ら指揮衛星に乗り込み、ファンネルの要領で次々と要塞のブロックを撃破していく。
充填が間に合わずメビウスリンクに突っ込みそうなものには、惜しげもなく衛星自体を反応弾として使用し、確実に仕留めて行った。
「ふん、地上の賢者が製作したにしては、なかなかやるじゃない。今後の為にもここで後腐れなく共倒れさせておくに越したことないわ」
軽口を叩きながらも、またひとつ撃破。
「ま、いくら自在に宙を駆け巡れようとも…アームストロングがないから月には行けないだろうけど、ね!」
有言実行。本気でファンネルに体当たりをさせて破片を撃破。
「………意外と爽快なシューテイングゲームね。自機が7機もいるんだから、どんどん捨てプレイしてもいい感じだわ。
ふふふ、姫のブリリアントドラゴンバレッタに減速無しで突っ込んでいくような快感……(無論被弾するけど)
通しで永夜返しを中避けするかのようなスリル……(成功率低いけど)
妹紅のパゼスト バイ フェニックスを時間切れ前に強引に撃破するような、ざま見ろ感……(避ける気無いのか)
そう――私ってば、弾幕シューテイングは大得意なのよッ」
本当かよ。
……………
………………………
そうこうしている内に、17あった大鉄塊はのこり1つに。
もっとも、壮絶な自爆プレイを強いられた攻撃衛星の生き残りも、永琳が搭乗する機体のみ。
「あら、レーザー砲が」
本来ありえない機動を強いた為であろうか、永琳がいくらトリガーを引いても砲塔からは絞り粕すら出る気配も無い。
いくら永琳が天才であろうとも、一度ジャムってしまった砲を整備し直す時間は……。
月の頭脳、八意 永琳。
その高い矜持に賭けて、
ここまできて……みすみす最後の不始末を、歯噛みしながら見逃すことなど――出来る筈も無い。
残された手段は――
「――――こんなことになるのは、最初から予測していたわ」
永琳は軽く目を閉じて薄く微笑んだ。
もはや一刻の猶予も無いこの状況で、彼女は慌てる事無く、懐から葉巻を取り出し口に咥えた。
これは、別に煙草やマリファ…やばいクスリではなく、火をつけたら中身の茶色く甘い菓子が溶けてしまうような物体であった。
本当は、コレは彼女の敬愛する姫に贈る予定であったのだが、謎の毒電波のせいで今の今まで忘れていたのだ。
どちらにせよ、これから行なう捨てプレイを実行したら、まず確実に失われてしまうのだから…
せめて、最後にハードボイルドな気分を出す小道具に使用しても、問題あるまい。
「――――フゥーーー…………落ち着くわね」
……………
………………………
「さて、と。では――――――逝きますか」
シガレットを上向きに咥えたまま、にやり。
「ここから先は、一歩も通さないわよ―――――」
孤独な宇宙空間での、八意 永琳――最期のシューティングゲームが始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
終章 マリス
「ぉぃ……」
誰かが私の肩を掴んでゆさゆさとしている。
……五月蝿い。
無視だ、無視。
折角気持ちよく寝てるんだから、邪魔しないで欲しい。
それに、この声はどことなく、あのいつも意地悪なことを言う魔法使いの声によく似ている。
「ぉぃぉぃ、ぉーぃ……」
うっさい。
いい加減黙れ。
上海、そいつの五体をバラバラに斬り捨てていいわよ。
蓬莱、後片付けはよろしくね。
さて……あの子たちに任せておいたら後は安心ね。
ん。
取り合えず、寝なおすか…
”アリス……”
………? 上海……蓬莱? どうしたの…って!!
「おいこら! いい加減におき…ぐはっ」
ゆっさゆっさとアリスを揺さぶる魔理沙の顎に、強烈なパチキがヒットした。
心配そうにしていた顔をぐえっ、と痛みに歪める魔理沙。
「~~~~~ッ。よ、よう。アリス。やっとお目覚めか」
無理やりに笑顔を作る魔理沙。
「魔理沙……そんなことはいい! 上海は…蓬莱はッ」
「あー。ええと、な。これ…なんだが」
魔理沙が、後ろ手に持っていた見覚えのある本を、アリスに差し出した。
「……どういうこと。どうしてあんたがこれを、持って、いるの、よ」
「ん」
なんともいえない顔で、魔理沙はアリスに後方を見るよう促す。
赤い。
赤い赤い、真っ赤な帯が――
それは、まるで鋭いやいばで自刃した際に首から噴き出たような真紅。
ヴァンアレン帯の代わりに大地を守護する、降り続ける流星雨を燃やし尽くす、輝く帯。
ぐるりと青い星を取り囲む、途切れることの無い哀しい環。
そう
メビウスの輪みたいな……
「………」
「………」
言葉無く佇み続ける二人。
アリスの頬をつぅーと涙が伝う。
「アハ、アハハ……まさかね。まさか、あの大人しい蓬莱が、勝手にそんなこと。
これはなにかの間違いだわねえそうでしょう?魔理沙またわたしをからかっていじわるなことするのね
もういいかげんにうんざりだわはやくげんかくまほうをかいじょしてほうらいとあわせてよ
ふんそれにしてもよくできたげんかくねこのわたしのげんしのうりょくでもみやぶれないなんて
まったくあんたはどうでもいいことにばかりじょうねつをそそいでばかじゃないの
ねえそうでしょうまりさそうだといってよねえねえねえーーーーーーーーーー!!」
「アリス……あきらめろ」
「うそだッ!! そんなはずは、そんな……は、ず…は!? ………ん」
錯乱し、今にも壊れそうな精神状態に陥ったアリスの唇に――息も出来ない程の強さで自分の唇を重ねる魔理沙。
あられもない格好で、ぎゅうっとアリスを抱きしめ、すべてを忘れろと言わんばかりに、深く深く唇を吸い続けた。
むせぶような熱い接吻と抱擁を受け、恐る恐る魔理沙の腰に手を回すアリス。
「ぷはっ。……落ち着いたか? アリス」
「…………。魔理沙………」
「お前の人形たちは、残念だが……また、新しいのをつくれば…」
「――――いいのよ、もう……」
諦めたように俯くアリス。
「あー…わたしで出来ることなら、手伝ってや」
「無理よ。あの子たち――上海と蓬莱には”魔血魂”という魂の器が内臓されてるの」
「だったら、それをもう一度…」
「――魔理沙。たましいって、そんな簡単にほいほいコピー出来るものなのかしら。
あの子たちは人形の身体、作られた偽りの存在とはいえ、その身に宿る魂は紛れも無く本物。
神綺さまから貰った、わたしの……姉妹みたいな存在。それをゼロから再現するなんて、誰にも……」
「……すまんな、私が行ったときにはもうこの本と……おおそうだ」
思い出したように手の平に握っていた物体をアリスに見せる。
「なんか綺麗だったんで持ってきた……うおっ」
「!!」
言い終わる前にその物体――真紅の宝玉をひったくるアリス。
じっとその宝玉を見詰め……
「……これが、その魔血魂、よ……」
アリスの潤んだ瞳から涙が溢れ、ポロポロと宝玉の上に零れ落ちた。
ぎゅっと真紅の魂を大切に大切に握り締めアリスは泣き続ける。
「これがあれば、蓬莱……あなただけでも、復活できる……でも」
「……アリス」
アリスにひとつの希望が見えてきた。
しかし、もうひとつの魔血魂はエーリンブルグの崩壊と共に行方知れず。
上海の魂があの大爆発を耐え切り、宇宙の果てに放逐されず地表に落下した可能性は極めて低い。
因果律を司る神が居て、最大級の奇跡が働かない限り、アリスが上海と幻想郷で再会できることは……無いだろう。
「それでも………てみせる」
いまだ地球に降り続ける大要塞と永琳が搭乗していた迎撃衛星たちのかけら
それを受け止める赤いヴェール――人形たちがアリスに捧げた最期の生命を見届けながら、アリス・マーガトロイドは誓いの言葉を呟き続ける。魔理沙はそんなアリスを背後からしっかりと抱きしめた。私も手伝うから、きっと……また会えるさ、と無言で想いを伝えながら――
――きっと、また会おうね…
”上海”
完
最後の場面で思わず涙してしまいました。永琳の壊れ具合もイイ!
・・・しかし何か忘れて・・・、ああー!!魔理沙xパチェは!?
魔理沙がパチェに渡そうとしてたものはどうなっちゃったんですか!?