Coolier - 新生・東方創想話

ほいほい

2005/04/01 08:39:47
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ふわ、と降り立つ影。
光の差す窓は無いが、薄暗い照明に照らされて、積もった埃が舞い上がるのが見て取れた。

「しかしあれだな、喉に悪そうだ。そりゃ喘息も患う」

黒と白の衣を身にまとう、魔法使い。
今更言うまでも無く、霧雨魔理沙その人である。
紅魔館にある、魔法図書館。
おそらくは幻想郷の中で一番の蔵書量を誇るこの場所において、彼女のいる日は珍しくない。
跨っていた箒から降り立ち、まるで迷路のように乱立した本棚の間をスイスイと歩くその姿は、まるで彼女が図書館の主であるかのようだ。
そういう風に堂々とあるのも、また当たり前であるのだが、今日は少し違った。
大体は彼女は手ぶらで図書館に来る。そして抱えきれない…とまではいかないが大量の本を「借りて」いく(返却はされないが)。
今日の彼女は手ぶらではなかった。その手には小さな包みがある。

「あー、めんどくさいぜ。ここでひょっこり調べ物をしてくれる奴が顔を出すといいんだがな」
「……こら。忍び込むようなネズミのくせに他人任せ? ろくでもないわね」
「酷いな。他人任せは割と高等技術なんだ。習得するのに時間がかかる。他人任せを馬鹿にするな」
「絶対、怒るとこ間違えてますよねぇ」

魔理沙が愚痴をこぼしたりすると、どこからともなく本当の主が出てくるのも、これまた日常。
パチュリー・ノーレッジとその助手兼雑用兼司書の小悪魔(名称不明)である。
本の整理をしていたのだろうか、小悪魔は自分の背丈の何倍かの高さに積み上げた本を持っていた。

「まぁどうでもいいや。調べたいものがあるんだ。知らないか?」
「知らないわよ」
「言ってないしな。じゃあ言うから調べてくれ」
「イヤよ。自分でやれ」
「ケチだな。世知辛い世の中だぜ。人でなしだ」
「人じゃないもの」
「まぁそうだな。じゃあこの場合どう言えばいいんだ? 妖怪でなし? いや精霊でなしか?」
「そうねぇ……」
「あのお二人とも……話がずれてません?」

常に浮かべている薄笑いを引きつらせながら、おずおずと突っ込む小悪魔。
二人の会話がどこかずれていくのはいつものことだが、それが気になってしまう性格なのである。
パチュリーは、全く悪魔らしくない子だ、といつも述べるのも無理もないであろう。
なにせ、人間のほうが悪魔らしい世の中だ。
悪魔が真面目な方がバランスがとれるのかもしれない。

「おお。そうだったそうだった。コレを調べたいんだ」

そうして魔理沙は手に持った包みから、何かを取り出す。
それは、紙で出来ていて……何かのカタチを表しているものだった。
見た目家に見えるが……側面が壁になっていない。
そして中には……やたらに粘りのあるものが板状になって張り付いていた。

「なんですか……コレ?」
「馬鹿だな。判らないから調べるんだろ」
「家を模したモノかしら……それにしては造りが甘いわね」
「うん、私もそう思ったんだが……一応香霖からは名前と用途は聞いてきた」
「ああ……あの人間ね。じゃあコレも盗品か」
「失礼な。譲り受けただけだぜ」
「で? 何て名前なんです、コレ?」

小悪魔のその言葉に、魔理沙は「私も意味はわからんのだが」と前置きをして、答えた。










「ごきぶりほいほい……っていうらしい」










三人(という単位が正解ではないが)は揃って首を傾げた。
全く聞き覚えのない言葉だったからだ。

「って、パチュリーも知らんのか? お前なら知っていると思ったんだが」
「私だって知らないことの一つ二つある。生物かしら……そっち系はあまり好きじゃないの」
「パチュリー様は図鑑を眺めるのは苦手ですものねぇ」
「アレは眠くなるのよ。ただ特徴だけ書き綴るなんて、脳無しでも出来るわ」
「そーですか? 私は図鑑は好きですよ。見たことないのを見るのが面白いんです」
「まぁそれは置いておいて。そうか……なら本格的に調べるしかないのか」

今日魔理沙が来たのはそれが目的だと悟る小悪魔。
そうでなければ、今頃魔理沙の懐は本の膨らみでありえない場所が膨らんでいるはずだからだ。
判らないものを調べるために、わざわざ訪れるなんて。
しかもそれが、この図書館。
小悪魔は、やっとここが無料の書店ではなく、図書館と認識された気がして、そっと涙をこぼした。

「まずはそうね……用途は?」

その『知らない』という事実が気に障ったのか、ただの知的好奇心なのか、パチュリーはそれを調べるのに乗り気だった。

「『設置トラップ』らしいぜ」
「じゃあ名前の『ほいほい』はそのトラップを表す言葉みたいね……じゃあ対象は『ごきぶり』でしょうね」
「まぁ、そのくらいは私だって判るぜ。その『ごきぶり』ってのは何だ? って話だ」
「そうよね……しょうがない。生物系の図鑑を判るだけ持ってきなさい。早く」
「……すん。あ、は、はいっ」

のろのろと動き出す小悪魔を蹴り飛ばして急かすパチュリー。
反応が遅れたのは言うまでも無く、感動に浸っていた為である。

「酷い奴だな。アイツ泣いてたぜ」
「見間違いでしょ」

そして残った二人は、閲覧室に移動した。
小悪魔を泣かせた張本人は、全く自覚もなく暢気にパチュリーに続いて歩く。
その懐は、ちょうど一冊分の本くらいの膨らみがあった、という。
その事実に後で気がつき、また違う意味の涙を小悪魔が流すのは、また別の話である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…………あー! めんどくさいっ!」
「そう言わないでくださいよー魔理沙さんが持ってきた問題でしょ?」
「んなこと言ってもな」
「調べ物は得意じゃないんですか?」
「魔法関係しかしたことないな」
「……なんだかなぁ……ほら、パチュリー様はあんなに静かにやってるんですから」
「あ……」
「ん? 魔理沙さん?」
「寝てやがるな、コイツ」
「ええっ、パチュリー様!?」
「…………すぅ。ダメよ…………持っていっちゃ…………」

小悪魔が図鑑を持ってきてから十数分。
あっという間にこの調べモノは頓挫状態に差し掛かり始めていた。
それというのも、名前が判っていて、索引で引けばいいだけだと思われるかもしれないが、それが適用されない状態なのだ。
小悪魔の持ってきた図鑑は厚さが数十センチはあるようなものばかりで、しかも作成者が最後に力尽きたのか索引が書かれていないようなものだったため、地道に調べるしかなかった。
しかもそういう本に限って字が小さかったりして、見づらいことこの上ない状態だったのだ。
とりあえず魔理沙はパチュリーを起こして、溜息をついた。

「しかし……はかどらないな」
「そうねぇ。こういうときは休憩が必要だわ」

そう言って、パチュリーはいつの間にやら持っていたベルをちりん、と鳴らした。
その瞬間。

「お呼びですか?」

テーブルの傍に、メイドが――十六夜咲夜が立っていた。

「相変わらず早いな、メイド長」
「って、あんたもいたの。それにしても凄い本の量ね。調べ物?」
「まぁな」
「ふぅん……で、パチュリー様。何用ですか?」
「お茶……いえ、こういう場合は珈琲がいいわ。珈琲を頂戴」
「畏まりました」
「今日は二人分だぜ? 忘れるなよ」
「それくらい判ってるわよ」

その言葉を発した後、また音もなく咲夜は消えていた。
まあいつものことである。

「しかし……こんだけ調べても判らないなんてなぁ」
「もしかしたら外の生き物なのかもしれないわね」
「外? 幻想郷のか」
「ええ。まあ外の生き物だからここの本に載っていないなんてことは無いけど」
「そうか……外か。そういえばコレは外のものだとかなんとか言ってたような」
「……それを先に言いなさい。無駄な苦労じゃないの」
「無駄じゃないぜ。これをしなかったら私はそれを思い出していなかっただろうからな」

ふぅ、と溜息をついて深く椅子にもたれかかるパチュリー。
ちなみに、小悪魔は今までに成果の無かった本を元通りに戻しておく作業に忙殺されていた。
まあ、彼女の分のお茶が用意されないのはいつものことだから、誰も気にしてはいない。
閲覧室全体に弛緩した空気が漂い、そのせいで魔理沙は訪れた眠気に負けそうになった。

「お待たせいたしました」

そのとき、二人分のカップを持った咲夜がやってきた。香ばしい匂いがあたりに漂う。
そのお陰で、魔理沙は眠気を跳ねつけることが出来たのだが。これも珈琲の効果のうちかもしれない。

「砂糖とミルクは……一応置いておきますね」
「そうだな。あるとありがたいぜ」
「魔理沙は無いと困るんだったわね」
「ブラックで飲める奴はおかしいんだ」

そう。パチュリーはブラック派だが、魔理沙は砂糖とミルクを入れないと飲めないのだ。
普段の言葉遣いと、その立ち振る舞いから二人を見ると、逆の方が似合うと咲夜はいつも思っている。

「それでは私はコレで」
「ああちょっと待って咲夜」

下がろうとしたところを呼び止められる。
そういうことは稀だったので、咲夜は珍しいと内心では思っていたが、顔に出さない。
さすが瀟洒。ポーカーフェイスは必須事項なのだ。

「はい? 他に御用が?」
「貴女……昔は外にいたそうね」
「ええ。ソレが何か?」
「まあぶっちゃけて言うとだ。メイド長。『ごきぶり』って知ってるか?」













ピシッ。












ちょうどそのタイミングで閲覧室に帰ってきた小悪魔は、空気の凍るような音を聞いたと言う。

「…………何故、それを聞くの…………?」
「察しが悪いわね。今回の調べモノがそれだからよ」
「どうだ? 知ってるか?」
「…………」

様子がおかしい。
そう気付いたのはパチュリーが先だった。
いつもは何を言っても、涼しい顔でいる咲夜が青ざめていた。
いつもどおりの表情で、顔の色だけが青くなっているその姿は、色々とアレだった。またレアでもあった。
語るまでもなく、咲夜の強さは半端ではない。
その彼女にここまでの顔をさせるということは、ソレはよほどの強さを誇るものなのだろうか。

「……知っているなんてものではないわ」
「おお。そうなのか。教えてくれ」
「アレは……そうね。形式で語るのならば虫ね」
「虫……そう。どおりで探しても見つからないわけだわ」
「そして……私の最大の……敵だった……ッ!!」

突如ぐっとこぶしを突き上げて叫ぶ咲夜。
どうも何かトラウマに触れてしまったらしい。
また唐突に俯き、ぶつぶつと言葉を吐いている。
聞き取れたところによると「私の食料横取り」だの「いっせいに飛び掛りやがって」だの「水分……水分をよこせぇ……ッ」だの物騒な言葉しか聞こえてこない。
二人は、深く追求するのは止めにした。
だが、虫というだけが判ってもどうしようもない。
さらなる情報が欲しいところだが、今の咲夜は話にならない、いや話が出来ない。

「お前。咲夜を元に戻しなさい」
「ええっ!? 私がですかっ!?」
「行け。骨は拾ってやるぜ」
「そそそそそんなぁ! 魔理沙さんがやってくださいよぉっ!」
「ダメよ。こういう雑事の為のお前なのよ」
「せせせせ殺生なぁ! パチュリー様やめてぇ! ああ身体が勝手にぃ!!」

小悪魔はパチュリーの僕である。
つまり霊的に繋がっている。契約と言う名のその鎖は、力の流れを制御できるものが握れば、霊的な存在を自在に操ることが可能だ。
簡単に言えば、今の小悪魔はパチュリーの操り人形ということだ。
操り人形と化した小悪魔は、よたよたと違う世界に向かって呪詛を吐き続ける咲夜に近づいていく。
いつもの瀟洒な彼女ならば気付けただろうその接近も、違う場所を見る今の咲夜は気付かない。
つつつ、と背後に回り……。

「えいゃっ」

パチュリーが掛け声を上げた瞬間、小悪魔の手刀が咲夜の首筋にヒットする。
その瞬間――。

「はぅっ」

と声を上げ、咲夜の瞳はいつものそれにもどった。

「あ、あれ……ええと……?」
「少し今のは見苦しかったわね咲夜」
「確かに。お前さんの二つ名が泣いてるぜ?」

その言葉の意味を理解した途端、咲夜は気付いた。
さきほどまでの醜態を思い出し、顔が赤くなっていく。

「す……すみません。本当にお見苦しいところを」
「全くね。でもまあ、先の質問に答えられたら見なかったことにしてもいいわ」
「は……。ありがとうございます」
「んでだ。えーと、『ごきぶり』って虫は何なんだ? そんなイヤなもんなのか?」

本題をサラッと切り出す魔理沙。
ここでまだ操り状態が解けていなく、咲夜の背後で固まっている小悪魔としては、もっとオブラートに包んで欲しかった。
だが、咲夜は既に自分を取り戻していたので、またあの状態に戻ることはなかった。

「一般的に言えば、確かに嫌われ者だったわね。
 汚れた場所に棲みつくことも多いし、見た目もどちらかというと悪いしね。細菌なんかももってたらしいし」
「へぇ……」
「でも……なんでいきなり? ゴキブリのことなんて聞いても得しないでしょ?」
「ああ、それはコレだ」

本の山に隠れて、咲夜からは見えなかった件の『ごきぶりほいほい』を取り出す。
それを見せながら、魔理沙は今までの経緯を話した。

「また何と言うかくだらない経緯ねぇ……。まぁ、懐かしいといえば懐かしいけど」
「しかしそうか……これはその『ごきぶり』を捕まえる為の装置なわけか」
「この中の粘着シートは捕獲のためのものなのね」

正体が判ればどうということもない、と二人は思っていた。
興味は全く失せ、それから珈琲を飲み、いつもの日常へと移り変わる。
だから、魔理沙は、小悪魔が「それを下さい」と言ったときも特に疑問を持たなかった。
一応代価に本を貰ってはいたが、合法的に持ち帰れるほうが気持ちいいな、くらいの気持ちだったのだ。
そう。それによって、何かが起こるなんて、魔理沙は思わなかった――。













・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



















べちょ。
































「で? 説明は終わりなわけ?」
「いやぁ……あはははは。改良の余地はありますねぇ……はははは」
「くくくくくっ。そうだな、もっと適切に対象を狙えるように……あはははははははは!!」
「笑うんじゃないわよぉ!!」

あれから数日。
魔法図書館にて、一つの捕り物劇があったのだった。
そう。いつもいつも本を持ち逃げしていく魔理沙を懲らしめようと、小悪魔が一つのワナを開発したのだ。
その名も、『魔理沙ほいほい』。
……いやもうそのままズバリな名前が逆に恥ずかしい。
ちなみに、餌は一冊の魔法書だ。中身は空っぽだが。
しかし、いま魔理沙ほいほいにかかっているのは魔理沙ではない。
魔理沙は、ピンピンして大笑いしている。
では、誰がかかったかというと……。

「あら。騒がしいと思ったら……人形遣いじゃない。何の遊び?」
「あーーーーーそーーーーーびーーーーーーじゃ、なぁぁぁぁい!!」

そう、七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドである。
彼女の何が不幸だったかというと、今日という日に、魔理沙と図書館に来てしまったことであろう。
無造作に置いてあった魔道書を拾わせるために、いきなり背中を押されたのだった。

「私が……なにしたっていうのよぉぉぉぉ……」



笑い声が響く図書館の中、小悪魔はさらに改良を加えようと思った。
そう、今度こそは、狙った獲物を捕らえられるように。
決して逃れることが出来ないような、そんなものを。
顔を上げたその瞳は、炎を投影したかのように燃え盛っていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





それから、魔法図書館には。
踏み込むもの全て、空間ですら捕らえる罠が設置されていたと風の噂で伝えられるが、記録は残っていない。
残された記録は、全て彼の図書館に収められているからだ――。

きっと魔理沙は天然女たらし>挨拶

どうもこんにちは。
今回はとてもジャンル分けに困る話です。
自分でも「どんな話なんだよ、コレは……」と突っ込みいれましたねぇ、ええ。

あと内容に関してですが、
「パチュリーがごきぶり知らないのはありえないんじゃん?」
なんて突っ込みは却下でございます。
知らないこともあるんですよきっと。本の好き嫌いだってあって然りだと想いませんか?

そして魔理沙はきっと自分の興味のないもの、あるけれども今までの自分と馴染んでいないものには
滅法弱いんだと思います。それを陰の努力で補うんですよ!そして当たり前な顔をしてみせるんですよ!
うわぁ……かわいいなぁ。


あー、最後に。咲夜さんの過去についてですが。
あれは実はですねぇ……え、ちょ、待って咲夜さん!
ナイフナイフ! いい言わないから!
しまってくださいよええ待っていy(殺人ドール
ABYSS
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コメント



0.2220簡易評価
13.50名前が無い程度の能力削除
幻想郷にはいないもんなのか?
16.80名前が無い程度の能力削除
香霖堂曰く「幻想郷は文字通り幻想の生き物が棲む。」らしいので黒くてすばしっこいのが居なくてもおかしくは無いのでしょう。多分
博麗神社には居そうですが
21.80名前が無い程度の能力削除
餌を変えるだけで、いろんな人が釣れそうですな。
頑張れ小悪魔。常識人なのに思い切った事をする君が好きだ。

博麗神社には、アレが生存していけるほどの食料が無さそうです。
外から偶然入ってくる可能性はあるか……。