この話は「リグルの狂気 蓬莱人と彷徨う魂」の続きです。駄文ですが、そちらの方を先に
読んだほうが多少はわかりやすいかと。
それでは冥界に彷徨いこんだ蛍とその末路、どうぞご堪能あれ。
冥界で…編
幻想郷の、はるか上空にある冥界…白玉楼。そこの広大な庭を、半分幻の庭師、魂魄妖夢は
掃除していた。昨日の、冥界の住人たちを呼び集めた宴会の後片付けだ。
「…ったく、たまにはプリズムリバーたちも片付け手伝ってほしい…」
あえて自分の主人の名は口に出さない。だいたい主人に掃除を手伝わせる従者など、いるも
のか。
「妖夢~~~、差し入れよ~~~。」
少々呆けたような声が響く。…白玉楼の亡霊少女、西行寺幽々子である。妖夢はその声に即
座に反応、跳躍。幽々子の目の前に、ふわり、と着地する。決して言葉の内容にそそられた
訳ではない。従者は主人に呼ばれれば、即座に駆けつけるものだ。…たぶん。
「はい、妖夢。今日は柏餅よ。」
幽々子が手に持っていたお盆を床に置く。妖夢は縁側に腰掛ける。
「今日は、じゃなくて今日も、です。流石の私もここまで連続すると…」
妖夢が不服気に愚痴を呟く。それを目ざとく(耳ざとく?)聞き取った幽々子は相変わらず
その呆けたようなおっとりしたような声で反論する。
「いいじゃない、別に。私なんて朝、昼、晩と毎回柏餅よ。」
妖夢は怪訝そうに眉根を寄せ、
「嘘…ですよね?」
疑問系で問う。
「…やっぱりばれる?」
幽々子が頭を軽く掻きながらまったく悪びれずに答えた。妖夢はため息をつく。悪い意味の
ため息ではない。幽々子とこうして雑談しあえることが、いや、幽々子にこうして仕えてい
ることが、自分の幸せであると、思いながらの安堵のため息である。
「…??」
妖夢が何かを感知した。白玉楼の入り口…桜花結界…を…突き抜けた?2本の剣を握り、立ち
上がる。
「妖夢?」
幽々子が不信そうに妖夢を見上げる。妖夢は今までと打って変わった声で
「侵入者です。排除してきます。」
物騒なことを言う。こんどは幽々子がため息をつき、冷静にいう。
「霊夢か魔理沙、そのあたりじゃないの?」
「いえ、違います。この空気の感じは…あんな生易しいもんじゃ…」
そう妖夢が感じていた空気、それは、霊夢たちのようにどこか楽しんでやっている、という風
ではない。自分の敵とみなしたものは確実にしとめる。手加減などしない、といった感じだっ
た。
「でも貴方が出る幕じゃないみたいよ。妖夢。」
「?」
険しい顔で思案していた妖夢は、その幽々子の言葉の意味がいまいち理解できなかった。
「あそこ。」
幽々子が指を指した先には…
「ちょっ、お姉ちゃん、速いって!」
「何言ってんのよ、上昇気流発生よ。」
「こんどは何肉~~~?」
プリズムリバー三姉妹。さすが騒霊なだけあって、騒動を拾うのも速い。妖夢は考えた末、こ
こで待つことにした。幽々子は呑気に茶をすすっている。
―いいのかなあ、こんなんで。―
数刻前…リグルは冥界の入り口、桜花結界の真正面にたどり着いた。流石は邪蜂。すぐにこん
な上空までたどり着いた。邪蜂を解除。代わりにスペルを発動。
「蟲符[異次元断層]」
一気にこの結界の向こう側に入り込む。生憎、リグルは上を飛び越える、という侵入方法を知
らなかった。階段を上る。と。
「あ~~~!いたよ~~、お姉ちゃん!」
「あら?珍しい上昇気流ね。」
「これ何肉~~~?」
「「虫肉。」」
「じゃあいらない~~。」
騒がしい奴らが出てきた。こんな奴らに手間かけている暇はない。自分の目的…報復。それを
早く遂行したかった。
「ねえ、私急いでるんだけど?」
リグルが言う。
「でも一応侵入者なわけだし。」
と次女、メルラン・プリズムリバー。
「侵入者は排除しないとね。」
と長女、ルナサ・プリズムリバー。
「お姉ちゃんたち、やっちゃいなさい!」
と三女、リリカ・プリズムリバー。
「「あんたもやるの!」」
「ふぇ~」
三人はリグルのほうを向き、いう。
「「「私たちの演奏、とくと聴きなさい!!!」」」
うるさい。正直にそう思った。何でこんなうるさいのが、ここにいるんだろう。こんなんじゃ
すぐばれる。魂魄妖夢と西行寺幽々子に。…まあ仕方ないか。スペル発動。
「騒蟲[狂想旋律]」
小さな…カブトムシ程度の虫が、1匹召喚される。同時にリグルは自身の妖気を濃縮、同じ形状
の虫を生産し始める。
「「「大合葬[霊車~コンチェルトグロッソ怪~]!!!」」」」
三人でまわる。弾幕発生。しかし、リグルにとってこの弾幕はさほど厄介ではない。
「具蟲[盾]」
そう。自分の前方だけの弾を弾けば、ばら撒きタイプの弾幕は当たらない。さて、仕込みは終わ
ったかな?
「………」
周りを無言で見渡す。三姉妹が回っているそれを一回りでかい蟲の円が、囲んでいた。
無論、彼女たちは気づかない。仕込みは、終わった。
「狂想旋律!演奏開始だ!!」
同時に円の内側に向かって超音波発生。狂想旋律は、自分および同じ形状を持った媒介から超音
波を発生させられる。超音波、というよりは震動波、といったほうが正しい。
「…?」
おかしい。ルナサは弾幕を発生させながら、そう感じた。弾幕に、わずかな歪みが発生した?
時間がたつにつれ、歪みはでかくなり、ルナサは確信する。でもいったい、どんな方法で?
「お姉ちゃん!弾幕ゆがんでるよぉ~~~!」
メルランの悲痛な叫び。リリカもそれに応答するように叫ぶ。
「やばいって、コレ!早く解いて戦線離脱、しよ~~!」
ルナサも応答しようとする。しかし、それは頭に走った激痛にかき消された。
「うあああっぁぁああああっぁああぁあああ!!!」
頭をかきむしる。それでも一向に痛みは引かない。それどころか、さらに耐えがたい痛みが走る。
頭…脳をゆすぶられるような感覚。三姉妹は気絶する数秒前、そんな感覚を覚えた。
「……あ…」
「どしたの、妖夢?」
白玉楼の縁側で、妖夢と幽々子は茶をすすっていた。幽々子は生来鈍い性格なので、気づかなか
ったようだが、妖夢は…
「三姉妹が…やられました…」
うまく伝聞できなかったようだ。
「え?」
もう一度言う。
「三姉妹がやられました。私が討伐に行ってきます。幽々子様、ご許可を。」
幽々子はしばらく虚空を見やり、そして、許可した。
「いいわよ。」
「そうですか。では…」
「た・だ・し」
「ただし?」
「絶対生きてかえってくること。わかった?」
「もう半分死んでますが…」
「もう半分を死なせるなって事よ。」
「…わかりました。それでは後ほど。」
妖夢は一陣の風を残してまだ見ぬ敵を討ちにいった。
―いいのかな…こんなんで……―
幽々子は思う。自分は、従者に仕事を押し付けた。今頃になって、後ろめたさがこみ上げてくる。
幽々子はため息をつき、立ち上がった。
非常に、運がよかった。やっぱり勘は大切だ。
リグルとリグルが乗っている蜂がスピードを上げた。
―こんなところで、逃がしてたまるか。―
フランドールもスピードを上げる。
妖夢は駆ける。白玉楼階段へと。ことの元凶を、倒しに行くために。
「そんなに急いでどこ行くの?」
唐突に響いたその声に、妖夢は迷わず抜刀。声の主を探す。
「ここよ、ここ。」
上から声がした。見上げる。まず始めに目に入ってきたのは剣の刃の煌き。次いで目に入ったのが
ことの元凶。そいつの斬撃を先ほどから構えていた楼観剣と白楼剣で受け止める。
「…リグル…?…か?」
自分の目の前の光景が信じられない。霊夢とかならわかるが、まさかこんな奴にあの三姉妹がやら
れたとは、甚だ信じられなかった。剣を交差させ、睨み合いながらリグルはしゃべる。
「ああ、やっと見つかった。これで、やっと…」
剣をはじく。うしろっ跳びに飛び、妖夢は体勢を立て直す。おかしい、何があった?けたが違う。
リグルはというと、持っていた剣とまったく同じものを召喚。つまり、双方剣が2本になったわけだ。
「ああ、そうだ。あなたには、できるだけ苦しんでもらわないと。そこで質問なんだけど、幽霊って
死ぬの?毒とかで。」
リグルが問う。妖夢は冷たい視線をリグルにぶつけながら、答えた。
「大丈夫。当たんなけりゃいいんだから。」
的を射てない。そう思ったがリグルは別にどうでもよかった。酷薄な笑みを顔に浮かべ、スペル強化。
「具蟲[剣~秋雨~]!」
「具蟲[剣~梅雨~]!」
妖夢が飛び掛る。楼観剣と秋雨が火花を散らす。リグルは梅雨の斬撃を妖夢の右下から繰り出すが、そ
れは白楼剣によって防がれる。また睨み合い。しばしの間、そしてどちらからともなく剣をはじく。
「ッハァ!!」
妖夢の気合一閃、楼観剣から衝撃波が発生。
「うりゃあ!!」
リグルも秋雨で対応。二つの衝撃波が衝突、相殺。同時にリグルは後ろへ、妖夢は前へ飛んでいた。
「人符[現世斬]!」
幾本もの斬撃がリグルに向かって放たれる。リグルは宙を滑走しながら体を回転、剣の横腹で地面を
叩く。起動が真上に変化。半秒前までリグルがいた場所を斬撃が通過する。上空で器用に体勢を立て直
し、妖夢を探す。が…
「いないっ?!」
「ここだっ!」
真下。リグルの真下、妖夢が迫ってくるのが見えた。妖夢は剣を振るう。
「っく!」
渾身の力でリグルは対応。普通なら重力の力も加わるリグルな勝ちだが、現実にはそうならなかった。
バキィン!!
小気味いい音とともに秋雨、梅雨の双方が折れる。と、目の前に、妖夢の踵落とし。斬撃の反動を利用して
いるため、威力も十分だ。
「チッ!」
折れた秋雨と梅雨でそれを防ぐ。しかし、直接的ダメージは防げても、間接的ダメージというものがある。
踵落としをもろに防いだリグルは、衝撃までは殺せずそのまま地面に墜落。妖夢も後を追う。
どごおおぉぉおん!
物凄い轟音、砂煙。
―しまった!―
妖夢は直感した。しかし、遅い。
「射出!」
秋雨、梅雨の折れた基のほうが妖夢の腹を直撃。前に行こうとする力と押し出そうとする力。相反する力が
ぶつかり合い、妖夢は数秒空中で停止した後、体をひねり、攻撃を受け流す。しかし、ダメージはくらって
しまった。
「…こふっ……」
軽い音とともに、血を吐き出す。この程度なら大丈夫そうだ。リグルも叩きつけられた場所からのっそり、
起き上がる。剣はいつの間にか再生していた。リグルが感動の声を上げる。
「うわ~~、すごい、半幽霊ってこんな強かったんだ。ていうか斬れなくてよかったね、毒とか回るとこだ
ったよ。」
妖夢は地面に降り立った。応答。
「…あんたこそ、何でそんなに強くなった訳?」
血を拭う。
「それとも、やっぱり半分肉体があるからかなあ?」
焦点があっていない。これ以上の話は無駄と判断、2対の剣を構える。リグルもそれを見ると、うれしそう
に顔をほころばせる。妖夢にはそれが、無邪気に見え、同時に一つのことを確信した。
―コイツ、戦闘狂だ。―
リグルが斬りかかる。妖夢はそれを楼観剣で防御、その勢いを利用し、仰向けに倒れ、リグルの顎めがけて
蹴りをいれる。リグルは頭を上に向けそれを回避、秋雨を妖夢に突き刺そうとする。無論その攻撃を妖夢は
横に回転し、よける。と、目の前に迫っていた梅雨の刃、それを跳ね起きて回避。飛び退り距離をとる。睨
み合い、そして、リグルが声を出す。
「ああもう、埒明かないなあ、やっぱり剣の達人っぽい人に…幽霊?まあどっちでもいいや、に、剣術だけ
で挑もうとしたのがいけなかったのかなあ?」
妖夢は考えた末、応答。
「じゃあ別のスペル使えばいいじゃない。」
正直、弾除けには自信があった。根拠はないが。
「うん、そうしよっかな。」
―弾幕は、近距離格闘には向いていない、もし奴が弾幕使って接近戦に持ち込めば私に勝ち目が…―
その思考はリグルの言葉によってあっけなくやぶられる。
「ただし、コレの強化スペルでね。」
秋雨、梅雨を掲げる。
「神具蟲[剣最終形態~時雨~]!」
剣が一本になった。リグルの身長よりある、大きな刀。振れるかどうか怪しい。それでも妖夢は飛び掛った。
楼観剣、白楼剣を平行に持ち、リグルを切り裂こうとする。しかしリグルは剣をやすやす振り回し、そして、
火花が散った。かにみえた。
「…!?」
剣が霧散した。いや、蟲散した。何百匹もの小さな蟲の霧の中を、もろに妖夢は通ってしまった。その蟲達は
すべて身体が硬い甲殻で覆われており、鋭い。霧を抜けたとき、妖夢の体は切り傷だらけだった。
―厄介なものがでたな。―
上空へ飛び上がる。リグルを見れば、ちょうど蟲達を一つの剣に戻したところだ。瞬間、リグルの姿が掻き消
える。…異次元断層。しかし、それを知る由もない妖夢は驚愕する。
「!??どこにいった?!」
「くらえっ!」
真上。重力+リグルの腕力。勝てる道理はどこにもない。蟲散はさせない。させると威力が著しく低下するか
らだ。楼観剣で刃を防ぐも、勢いまでは殺せない。先ほどのリグルと同じ状況。
地面に叩きつけられる。
砂煙が上がった。リグルは躊躇なくその砂煙の中へ突入、その中で動く影を補足。残念ながら妖夢の剣に射出
機能はない。剣を振り上げる。妖夢もリグルの第二撃に気づき、二本の剣で防御しようとする。
リグルは一気に時雨を妖夢めがけて振り下ろす。
蟲散。
霧となった時雨は、妖夢の2本の剣の防御をすり抜け、妖夢本体を直撃。
「っく…!」
とっさに上空に飛び上がる。ダメージが少ないとはいえ、未知の霧の中へ突っ込むのは好ましくない。
「くらえっ!!」
目の前に、柄だけの時雨を持ったリグルの足が見えた。
「しまっ…!」
その言葉は頭を襲った大きな衝撃にかき消される。
リグルの、渾身の力を込めた踵落とし。
妖夢は、頭から逆さまに落ちていった。そして、妖夢が落ちていく先には…
いつの間にか刃に戻っている、時雨の刀身。
半分の死を、覚悟した。
「死符[ギャストドリーム]!!」
その声を聞くまでは。
刀身のみの時雨が吹っ飛び、消滅。無論リグルの持っている柄も。落ちて来る妖夢を、幽々子はキャッチ。
「ゆゆ…こさま?」
「大丈夫?妖夢。」
「大丈夫でっ…」
頭を抑え、地面にひざをつく。
「大丈夫じゃなさそうね。…そこで待ってなさい。」
「しかし幽々子さまっ…」
再びの激痛。幽々子は妖夢を抱きかかえ、桜の幹に持たれかけさせる。手に持った楼観剣と白楼剣が力な
く地に落ちた。そんな妖夢を心配そうに見やっていた幽々子は、リグルのほうへと顔を向ける。
「妖夢をこんなことにした罪、重いわよ?」
いつの間にか巨大な扇が出現。本気の臨戦態勢だ。リグルが訊く。
「…なんでそこまで怒るの?」
即座に幽々子がこたえる。
「大切な人、だからよ。」
簡潔かつ的確な答え。
「いいな…」
「え?」
スペル発動。
「四天王[魔蝶~現惑~]!」
巨大な蝶。妖しい美しさを持つ羽が、絶えず羽ばたいている。
「羨ましいのよ。」
再び呟いた。
「私には、守るべき存在、守ってくれる存在が、いないのよ!私の目的…報復は、都合のいい隠れ蓑だっ
たのかもしれない。本当は、貴方たちの平和な日常を、壊したかっただけかもしれない。」
羨望と、嫉妬。この2つの感情ほど、もち手を凶暴化させるものはない。
「だから…幽々子。貴方は、妖夢にとって、一番大切な人だから―」
剣を再生。
「ここで、朽ちて。」
その声をかわきりに、現惑が羽を大きく動かし始める。あたりを、奇妙な粉が包み込む。
現惑。うつつにまどう。
「桜符[完全なる墨染の桜~開花~]!」
不規則に飛ぶ弾幕。それらを操る幽々子はしっかりと、リグルの姿を視認していた。完全に当たる。唐
突に、その人影が出て来るまでは。
「妖夢っ!?」
そう、魂魄妖夢その人だ。とっさの出来事と人物の意外性。数秒、弾幕が途切れる。リグルがその妖夢
を突き抜け、突撃してくる。瞬時に弾幕を修復。しかし、遅かった。
蟲散。
霧になった時雨の群れは、幽々子をその中へ導きいれる。
「ッ……!しまっ…」
それから先は言えなかった。霧が幽々子を取り巻くように凝縮。
「幽々子さまぁぁ!!」
妖夢が叫ぶ。
「でも、やっぱりいらない。」
リグルが地に降り立つ。
「そういう存在があるから、隙が生まれる。付け入る方法なんて、幾らでもあるんだから…!」
酷薄な笑みを浮かべ、妖夢の方へ歩み寄る。
「待ちな…さいよ…!」
同時にリグルの背に掌が炸裂。前のめりにつんのめる。いつの間にか霧を脱してきた幽々子が立ってい
た。
しかし、こんなもので倒せるはずがない。
幽々子はもう勝つことをあきらめた。それならば、せめて妖夢だけは…
傷ついた体で妖夢を包み込むように抱く。
「そんなに、妖夢が大事?」
幽々子は何も答えない。妖夢も沈黙したままだ。
リグルはため息を一つつき、
「じゃあ、二人一緒に消したげる。」
距離をとる。
「砲蟲[甲殻砲]!」
黒い光の束が、二人に向かって収束。そういえば、幽霊って死ねるのか?―………
「禁弾[カタディオブトリック]!」
再び、そして突如響いた声に、そしてスペルに、甲殻砲を相殺された。
「見つけたわよ、リグル!」
フランドール・スカーレットがそこにいた。
「魔理沙とお姉さまの魂、返しなさい!」
もうすぐ夜が明けるというのに。自分がどうなってもいいのか?それとも…
「大切な人のため…か…」
質問…というよりは脅迫を繰り返す。
「渡さないのなら…」
スペル発動。
「禁忌[レーヴァテイン]!」
炎の剣。伝説の、神具として名が高い、灼熱の剣。相手にとって、不足はない。
剣に戻した時雨を構える。
静寂。
フランドールが飛び掛った。リグルも呼応するように、飛び掛る。
「幽々子様…」
妖夢が頭をおさえながら主人の名を呼ぶ。
「妖夢…」
相反するように、主人も従者の名を呼んだ。
と、目に入ってきたのは、地面に落ちた楼観剣と、白楼剣。恐らく二人は、同じことを考えたろう。
剣を一本ずつ手に取り、渾身の力を振り絞って立ち上がる。そして、狙いをすませ…
やはり、剣の相性が悪すぎる。炎と蟲。あからさまに炎の勝ちだ。どんどん数を削られていく。
「っく!仕方ないか!」
時雨を解除。
「砲蟲[甲殻砲]!!」
召喚。速攻で発射。
「ッハアァア!!」
しかしそれもフランドールが気合とともに放った灼熱と相殺。後ろに飛ぶ。
―相性が悪すぎ、どうしよう?―
リグルの誤算は、二人の存在を忘れてしまったこと。すなわち、2本の剣をリグルに向かって、投げ
ようとしている二人…
突如、右太腿と右肩に走った激痛に気を失いそうになった。
「「よしっ!当たった!」」
こんな絶好の機会は、またとない。フランドールはレーヴァテインを振り上げ、そして…
灼熱。業火。獄炎。ドレでも表せる炎が、リグルを包み込む。
「くそおおぉおおぉおおお!!!」
断末魔とも取れる叫び声。
リグルの目の前が、真っ白になった。
生きているのか…?
死んでいるのか…?
わからない。
ここは、どこだ?
目の前の輪郭がはっきりしてくる。
紅の館。
…!!
まずい、こんなところにいたら…
サクッ、サクッ…
地面を踏む音がする。立ち上がろうとした。が、体中重度のやけど。そして肩、太腿への深い刺し傷。
どうやらレーヴァテインの炎のせいで、止血はできているらしい。皮肉なものだ。
サクッ、サクッ…
どんどん近づいてくる。まだ、報復は終わっていない…!
「あれ?リグルちゃん?ってどうしたの、その怪我!!」
チルノだった。リグルは物凄い脱力感に襲われ、再び気絶した。
目が覚めると、目の前にチルノの顔があった。立ち上がろうとする。が、激痛のため断念。チルノが
安心と心配を浮かべてリグルの額に触れる。
「…よし。熱はない…と。」
この怪我を熱だと思ってるのか、と思ったが口には出さなかった。今度はチルノがリグルを抱きかか
えようとする。
「なっ、ちょっ、ほっといていいから!」
チルノの動きが止まる。
「なにいってんのよ!そんなことできるわけないでしょ!そんなことしたら、貴方死んじゃうじゃな
い!!」
え?
「だいたい、どこに死にそうな人を目の前にそれをほっぽっとくひとがいるのよ!」
涙がうっすら浮かんでいる。
「わかった?!」
物凄い剣幕に押し切られた。
「…はい」
チルノはよろしい、というように頷くと、リグルを背負い、宙に浮いた。その背でリグルは思う。
傷は、損傷修復ですぐ治る。が、それではチルノの行為を無駄にするのではないか、と。
チルノは氷精であるはずなのに、さっき感じた暖かさ…
冥界で…了
読んだほうが多少はわかりやすいかと。
それでは冥界に彷徨いこんだ蛍とその末路、どうぞご堪能あれ。
冥界で…編
幻想郷の、はるか上空にある冥界…白玉楼。そこの広大な庭を、半分幻の庭師、魂魄妖夢は
掃除していた。昨日の、冥界の住人たちを呼び集めた宴会の後片付けだ。
「…ったく、たまにはプリズムリバーたちも片付け手伝ってほしい…」
あえて自分の主人の名は口に出さない。だいたい主人に掃除を手伝わせる従者など、いるも
のか。
「妖夢~~~、差し入れよ~~~。」
少々呆けたような声が響く。…白玉楼の亡霊少女、西行寺幽々子である。妖夢はその声に即
座に反応、跳躍。幽々子の目の前に、ふわり、と着地する。決して言葉の内容にそそられた
訳ではない。従者は主人に呼ばれれば、即座に駆けつけるものだ。…たぶん。
「はい、妖夢。今日は柏餅よ。」
幽々子が手に持っていたお盆を床に置く。妖夢は縁側に腰掛ける。
「今日は、じゃなくて今日も、です。流石の私もここまで連続すると…」
妖夢が不服気に愚痴を呟く。それを目ざとく(耳ざとく?)聞き取った幽々子は相変わらず
その呆けたようなおっとりしたような声で反論する。
「いいじゃない、別に。私なんて朝、昼、晩と毎回柏餅よ。」
妖夢は怪訝そうに眉根を寄せ、
「嘘…ですよね?」
疑問系で問う。
「…やっぱりばれる?」
幽々子が頭を軽く掻きながらまったく悪びれずに答えた。妖夢はため息をつく。悪い意味の
ため息ではない。幽々子とこうして雑談しあえることが、いや、幽々子にこうして仕えてい
ることが、自分の幸せであると、思いながらの安堵のため息である。
「…??」
妖夢が何かを感知した。白玉楼の入り口…桜花結界…を…突き抜けた?2本の剣を握り、立ち
上がる。
「妖夢?」
幽々子が不信そうに妖夢を見上げる。妖夢は今までと打って変わった声で
「侵入者です。排除してきます。」
物騒なことを言う。こんどは幽々子がため息をつき、冷静にいう。
「霊夢か魔理沙、そのあたりじゃないの?」
「いえ、違います。この空気の感じは…あんな生易しいもんじゃ…」
そう妖夢が感じていた空気、それは、霊夢たちのようにどこか楽しんでやっている、という風
ではない。自分の敵とみなしたものは確実にしとめる。手加減などしない、といった感じだっ
た。
「でも貴方が出る幕じゃないみたいよ。妖夢。」
「?」
険しい顔で思案していた妖夢は、その幽々子の言葉の意味がいまいち理解できなかった。
「あそこ。」
幽々子が指を指した先には…
「ちょっ、お姉ちゃん、速いって!」
「何言ってんのよ、上昇気流発生よ。」
「こんどは何肉~~~?」
プリズムリバー三姉妹。さすが騒霊なだけあって、騒動を拾うのも速い。妖夢は考えた末、こ
こで待つことにした。幽々子は呑気に茶をすすっている。
―いいのかなあ、こんなんで。―
数刻前…リグルは冥界の入り口、桜花結界の真正面にたどり着いた。流石は邪蜂。すぐにこん
な上空までたどり着いた。邪蜂を解除。代わりにスペルを発動。
「蟲符[異次元断層]」
一気にこの結界の向こう側に入り込む。生憎、リグルは上を飛び越える、という侵入方法を知
らなかった。階段を上る。と。
「あ~~~!いたよ~~、お姉ちゃん!」
「あら?珍しい上昇気流ね。」
「これ何肉~~~?」
「「虫肉。」」
「じゃあいらない~~。」
騒がしい奴らが出てきた。こんな奴らに手間かけている暇はない。自分の目的…報復。それを
早く遂行したかった。
「ねえ、私急いでるんだけど?」
リグルが言う。
「でも一応侵入者なわけだし。」
と次女、メルラン・プリズムリバー。
「侵入者は排除しないとね。」
と長女、ルナサ・プリズムリバー。
「お姉ちゃんたち、やっちゃいなさい!」
と三女、リリカ・プリズムリバー。
「「あんたもやるの!」」
「ふぇ~」
三人はリグルのほうを向き、いう。
「「「私たちの演奏、とくと聴きなさい!!!」」」
うるさい。正直にそう思った。何でこんなうるさいのが、ここにいるんだろう。こんなんじゃ
すぐばれる。魂魄妖夢と西行寺幽々子に。…まあ仕方ないか。スペル発動。
「騒蟲[狂想旋律]」
小さな…カブトムシ程度の虫が、1匹召喚される。同時にリグルは自身の妖気を濃縮、同じ形状
の虫を生産し始める。
「「「大合葬[霊車~コンチェルトグロッソ怪~]!!!」」」」
三人でまわる。弾幕発生。しかし、リグルにとってこの弾幕はさほど厄介ではない。
「具蟲[盾]」
そう。自分の前方だけの弾を弾けば、ばら撒きタイプの弾幕は当たらない。さて、仕込みは終わ
ったかな?
「………」
周りを無言で見渡す。三姉妹が回っているそれを一回りでかい蟲の円が、囲んでいた。
無論、彼女たちは気づかない。仕込みは、終わった。
「狂想旋律!演奏開始だ!!」
同時に円の内側に向かって超音波発生。狂想旋律は、自分および同じ形状を持った媒介から超音
波を発生させられる。超音波、というよりは震動波、といったほうが正しい。
「…?」
おかしい。ルナサは弾幕を発生させながら、そう感じた。弾幕に、わずかな歪みが発生した?
時間がたつにつれ、歪みはでかくなり、ルナサは確信する。でもいったい、どんな方法で?
「お姉ちゃん!弾幕ゆがんでるよぉ~~~!」
メルランの悲痛な叫び。リリカもそれに応答するように叫ぶ。
「やばいって、コレ!早く解いて戦線離脱、しよ~~!」
ルナサも応答しようとする。しかし、それは頭に走った激痛にかき消された。
「うあああっぁぁああああっぁああぁあああ!!!」
頭をかきむしる。それでも一向に痛みは引かない。それどころか、さらに耐えがたい痛みが走る。
頭…脳をゆすぶられるような感覚。三姉妹は気絶する数秒前、そんな感覚を覚えた。
「……あ…」
「どしたの、妖夢?」
白玉楼の縁側で、妖夢と幽々子は茶をすすっていた。幽々子は生来鈍い性格なので、気づかなか
ったようだが、妖夢は…
「三姉妹が…やられました…」
うまく伝聞できなかったようだ。
「え?」
もう一度言う。
「三姉妹がやられました。私が討伐に行ってきます。幽々子様、ご許可を。」
幽々子はしばらく虚空を見やり、そして、許可した。
「いいわよ。」
「そうですか。では…」
「た・だ・し」
「ただし?」
「絶対生きてかえってくること。わかった?」
「もう半分死んでますが…」
「もう半分を死なせるなって事よ。」
「…わかりました。それでは後ほど。」
妖夢は一陣の風を残してまだ見ぬ敵を討ちにいった。
―いいのかな…こんなんで……―
幽々子は思う。自分は、従者に仕事を押し付けた。今頃になって、後ろめたさがこみ上げてくる。
幽々子はため息をつき、立ち上がった。
非常に、運がよかった。やっぱり勘は大切だ。
リグルとリグルが乗っている蜂がスピードを上げた。
―こんなところで、逃がしてたまるか。―
フランドールもスピードを上げる。
妖夢は駆ける。白玉楼階段へと。ことの元凶を、倒しに行くために。
「そんなに急いでどこ行くの?」
唐突に響いたその声に、妖夢は迷わず抜刀。声の主を探す。
「ここよ、ここ。」
上から声がした。見上げる。まず始めに目に入ってきたのは剣の刃の煌き。次いで目に入ったのが
ことの元凶。そいつの斬撃を先ほどから構えていた楼観剣と白楼剣で受け止める。
「…リグル…?…か?」
自分の目の前の光景が信じられない。霊夢とかならわかるが、まさかこんな奴にあの三姉妹がやら
れたとは、甚だ信じられなかった。剣を交差させ、睨み合いながらリグルはしゃべる。
「ああ、やっと見つかった。これで、やっと…」
剣をはじく。うしろっ跳びに飛び、妖夢は体勢を立て直す。おかしい、何があった?けたが違う。
リグルはというと、持っていた剣とまったく同じものを召喚。つまり、双方剣が2本になったわけだ。
「ああ、そうだ。あなたには、できるだけ苦しんでもらわないと。そこで質問なんだけど、幽霊って
死ぬの?毒とかで。」
リグルが問う。妖夢は冷たい視線をリグルにぶつけながら、答えた。
「大丈夫。当たんなけりゃいいんだから。」
的を射てない。そう思ったがリグルは別にどうでもよかった。酷薄な笑みを顔に浮かべ、スペル強化。
「具蟲[剣~秋雨~]!」
「具蟲[剣~梅雨~]!」
妖夢が飛び掛る。楼観剣と秋雨が火花を散らす。リグルは梅雨の斬撃を妖夢の右下から繰り出すが、そ
れは白楼剣によって防がれる。また睨み合い。しばしの間、そしてどちらからともなく剣をはじく。
「ッハァ!!」
妖夢の気合一閃、楼観剣から衝撃波が発生。
「うりゃあ!!」
リグルも秋雨で対応。二つの衝撃波が衝突、相殺。同時にリグルは後ろへ、妖夢は前へ飛んでいた。
「人符[現世斬]!」
幾本もの斬撃がリグルに向かって放たれる。リグルは宙を滑走しながら体を回転、剣の横腹で地面を
叩く。起動が真上に変化。半秒前までリグルがいた場所を斬撃が通過する。上空で器用に体勢を立て直
し、妖夢を探す。が…
「いないっ?!」
「ここだっ!」
真下。リグルの真下、妖夢が迫ってくるのが見えた。妖夢は剣を振るう。
「っく!」
渾身の力でリグルは対応。普通なら重力の力も加わるリグルな勝ちだが、現実にはそうならなかった。
バキィン!!
小気味いい音とともに秋雨、梅雨の双方が折れる。と、目の前に、妖夢の踵落とし。斬撃の反動を利用して
いるため、威力も十分だ。
「チッ!」
折れた秋雨と梅雨でそれを防ぐ。しかし、直接的ダメージは防げても、間接的ダメージというものがある。
踵落としをもろに防いだリグルは、衝撃までは殺せずそのまま地面に墜落。妖夢も後を追う。
どごおおぉぉおん!
物凄い轟音、砂煙。
―しまった!―
妖夢は直感した。しかし、遅い。
「射出!」
秋雨、梅雨の折れた基のほうが妖夢の腹を直撃。前に行こうとする力と押し出そうとする力。相反する力が
ぶつかり合い、妖夢は数秒空中で停止した後、体をひねり、攻撃を受け流す。しかし、ダメージはくらって
しまった。
「…こふっ……」
軽い音とともに、血を吐き出す。この程度なら大丈夫そうだ。リグルも叩きつけられた場所からのっそり、
起き上がる。剣はいつの間にか再生していた。リグルが感動の声を上げる。
「うわ~~、すごい、半幽霊ってこんな強かったんだ。ていうか斬れなくてよかったね、毒とか回るとこだ
ったよ。」
妖夢は地面に降り立った。応答。
「…あんたこそ、何でそんなに強くなった訳?」
血を拭う。
「それとも、やっぱり半分肉体があるからかなあ?」
焦点があっていない。これ以上の話は無駄と判断、2対の剣を構える。リグルもそれを見ると、うれしそう
に顔をほころばせる。妖夢にはそれが、無邪気に見え、同時に一つのことを確信した。
―コイツ、戦闘狂だ。―
リグルが斬りかかる。妖夢はそれを楼観剣で防御、その勢いを利用し、仰向けに倒れ、リグルの顎めがけて
蹴りをいれる。リグルは頭を上に向けそれを回避、秋雨を妖夢に突き刺そうとする。無論その攻撃を妖夢は
横に回転し、よける。と、目の前に迫っていた梅雨の刃、それを跳ね起きて回避。飛び退り距離をとる。睨
み合い、そして、リグルが声を出す。
「ああもう、埒明かないなあ、やっぱり剣の達人っぽい人に…幽霊?まあどっちでもいいや、に、剣術だけ
で挑もうとしたのがいけなかったのかなあ?」
妖夢は考えた末、応答。
「じゃあ別のスペル使えばいいじゃない。」
正直、弾除けには自信があった。根拠はないが。
「うん、そうしよっかな。」
―弾幕は、近距離格闘には向いていない、もし奴が弾幕使って接近戦に持ち込めば私に勝ち目が…―
その思考はリグルの言葉によってあっけなくやぶられる。
「ただし、コレの強化スペルでね。」
秋雨、梅雨を掲げる。
「神具蟲[剣最終形態~時雨~]!」
剣が一本になった。リグルの身長よりある、大きな刀。振れるかどうか怪しい。それでも妖夢は飛び掛った。
楼観剣、白楼剣を平行に持ち、リグルを切り裂こうとする。しかしリグルは剣をやすやす振り回し、そして、
火花が散った。かにみえた。
「…!?」
剣が霧散した。いや、蟲散した。何百匹もの小さな蟲の霧の中を、もろに妖夢は通ってしまった。その蟲達は
すべて身体が硬い甲殻で覆われており、鋭い。霧を抜けたとき、妖夢の体は切り傷だらけだった。
―厄介なものがでたな。―
上空へ飛び上がる。リグルを見れば、ちょうど蟲達を一つの剣に戻したところだ。瞬間、リグルの姿が掻き消
える。…異次元断層。しかし、それを知る由もない妖夢は驚愕する。
「!??どこにいった?!」
「くらえっ!」
真上。重力+リグルの腕力。勝てる道理はどこにもない。蟲散はさせない。させると威力が著しく低下するか
らだ。楼観剣で刃を防ぐも、勢いまでは殺せない。先ほどのリグルと同じ状況。
地面に叩きつけられる。
砂煙が上がった。リグルは躊躇なくその砂煙の中へ突入、その中で動く影を補足。残念ながら妖夢の剣に射出
機能はない。剣を振り上げる。妖夢もリグルの第二撃に気づき、二本の剣で防御しようとする。
リグルは一気に時雨を妖夢めがけて振り下ろす。
蟲散。
霧となった時雨は、妖夢の2本の剣の防御をすり抜け、妖夢本体を直撃。
「っく…!」
とっさに上空に飛び上がる。ダメージが少ないとはいえ、未知の霧の中へ突っ込むのは好ましくない。
「くらえっ!!」
目の前に、柄だけの時雨を持ったリグルの足が見えた。
「しまっ…!」
その言葉は頭を襲った大きな衝撃にかき消される。
リグルの、渾身の力を込めた踵落とし。
妖夢は、頭から逆さまに落ちていった。そして、妖夢が落ちていく先には…
いつの間にか刃に戻っている、時雨の刀身。
半分の死を、覚悟した。
「死符[ギャストドリーム]!!」
その声を聞くまでは。
刀身のみの時雨が吹っ飛び、消滅。無論リグルの持っている柄も。落ちて来る妖夢を、幽々子はキャッチ。
「ゆゆ…こさま?」
「大丈夫?妖夢。」
「大丈夫でっ…」
頭を抑え、地面にひざをつく。
「大丈夫じゃなさそうね。…そこで待ってなさい。」
「しかし幽々子さまっ…」
再びの激痛。幽々子は妖夢を抱きかかえ、桜の幹に持たれかけさせる。手に持った楼観剣と白楼剣が力な
く地に落ちた。そんな妖夢を心配そうに見やっていた幽々子は、リグルのほうへと顔を向ける。
「妖夢をこんなことにした罪、重いわよ?」
いつの間にか巨大な扇が出現。本気の臨戦態勢だ。リグルが訊く。
「…なんでそこまで怒るの?」
即座に幽々子がこたえる。
「大切な人、だからよ。」
簡潔かつ的確な答え。
「いいな…」
「え?」
スペル発動。
「四天王[魔蝶~現惑~]!」
巨大な蝶。妖しい美しさを持つ羽が、絶えず羽ばたいている。
「羨ましいのよ。」
再び呟いた。
「私には、守るべき存在、守ってくれる存在が、いないのよ!私の目的…報復は、都合のいい隠れ蓑だっ
たのかもしれない。本当は、貴方たちの平和な日常を、壊したかっただけかもしれない。」
羨望と、嫉妬。この2つの感情ほど、もち手を凶暴化させるものはない。
「だから…幽々子。貴方は、妖夢にとって、一番大切な人だから―」
剣を再生。
「ここで、朽ちて。」
その声をかわきりに、現惑が羽を大きく動かし始める。あたりを、奇妙な粉が包み込む。
現惑。うつつにまどう。
「桜符[完全なる墨染の桜~開花~]!」
不規則に飛ぶ弾幕。それらを操る幽々子はしっかりと、リグルの姿を視認していた。完全に当たる。唐
突に、その人影が出て来るまでは。
「妖夢っ!?」
そう、魂魄妖夢その人だ。とっさの出来事と人物の意外性。数秒、弾幕が途切れる。リグルがその妖夢
を突き抜け、突撃してくる。瞬時に弾幕を修復。しかし、遅かった。
蟲散。
霧になった時雨の群れは、幽々子をその中へ導きいれる。
「ッ……!しまっ…」
それから先は言えなかった。霧が幽々子を取り巻くように凝縮。
「幽々子さまぁぁ!!」
妖夢が叫ぶ。
「でも、やっぱりいらない。」
リグルが地に降り立つ。
「そういう存在があるから、隙が生まれる。付け入る方法なんて、幾らでもあるんだから…!」
酷薄な笑みを浮かべ、妖夢の方へ歩み寄る。
「待ちな…さいよ…!」
同時にリグルの背に掌が炸裂。前のめりにつんのめる。いつの間にか霧を脱してきた幽々子が立ってい
た。
しかし、こんなもので倒せるはずがない。
幽々子はもう勝つことをあきらめた。それならば、せめて妖夢だけは…
傷ついた体で妖夢を包み込むように抱く。
「そんなに、妖夢が大事?」
幽々子は何も答えない。妖夢も沈黙したままだ。
リグルはため息を一つつき、
「じゃあ、二人一緒に消したげる。」
距離をとる。
「砲蟲[甲殻砲]!」
黒い光の束が、二人に向かって収束。そういえば、幽霊って死ねるのか?―………
「禁弾[カタディオブトリック]!」
再び、そして突如響いた声に、そしてスペルに、甲殻砲を相殺された。
「見つけたわよ、リグル!」
フランドール・スカーレットがそこにいた。
「魔理沙とお姉さまの魂、返しなさい!」
もうすぐ夜が明けるというのに。自分がどうなってもいいのか?それとも…
「大切な人のため…か…」
質問…というよりは脅迫を繰り返す。
「渡さないのなら…」
スペル発動。
「禁忌[レーヴァテイン]!」
炎の剣。伝説の、神具として名が高い、灼熱の剣。相手にとって、不足はない。
剣に戻した時雨を構える。
静寂。
フランドールが飛び掛った。リグルも呼応するように、飛び掛る。
「幽々子様…」
妖夢が頭をおさえながら主人の名を呼ぶ。
「妖夢…」
相反するように、主人も従者の名を呼んだ。
と、目に入ってきたのは、地面に落ちた楼観剣と、白楼剣。恐らく二人は、同じことを考えたろう。
剣を一本ずつ手に取り、渾身の力を振り絞って立ち上がる。そして、狙いをすませ…
やはり、剣の相性が悪すぎる。炎と蟲。あからさまに炎の勝ちだ。どんどん数を削られていく。
「っく!仕方ないか!」
時雨を解除。
「砲蟲[甲殻砲]!!」
召喚。速攻で発射。
「ッハアァア!!」
しかしそれもフランドールが気合とともに放った灼熱と相殺。後ろに飛ぶ。
―相性が悪すぎ、どうしよう?―
リグルの誤算は、二人の存在を忘れてしまったこと。すなわち、2本の剣をリグルに向かって、投げ
ようとしている二人…
突如、右太腿と右肩に走った激痛に気を失いそうになった。
「「よしっ!当たった!」」
こんな絶好の機会は、またとない。フランドールはレーヴァテインを振り上げ、そして…
灼熱。業火。獄炎。ドレでも表せる炎が、リグルを包み込む。
「くそおおぉおおぉおおお!!!」
断末魔とも取れる叫び声。
リグルの目の前が、真っ白になった。
生きているのか…?
死んでいるのか…?
わからない。
ここは、どこだ?
目の前の輪郭がはっきりしてくる。
紅の館。
…!!
まずい、こんなところにいたら…
サクッ、サクッ…
地面を踏む音がする。立ち上がろうとした。が、体中重度のやけど。そして肩、太腿への深い刺し傷。
どうやらレーヴァテインの炎のせいで、止血はできているらしい。皮肉なものだ。
サクッ、サクッ…
どんどん近づいてくる。まだ、報復は終わっていない…!
「あれ?リグルちゃん?ってどうしたの、その怪我!!」
チルノだった。リグルは物凄い脱力感に襲われ、再び気絶した。
目が覚めると、目の前にチルノの顔があった。立ち上がろうとする。が、激痛のため断念。チルノが
安心と心配を浮かべてリグルの額に触れる。
「…よし。熱はない…と。」
この怪我を熱だと思ってるのか、と思ったが口には出さなかった。今度はチルノがリグルを抱きかか
えようとする。
「なっ、ちょっ、ほっといていいから!」
チルノの動きが止まる。
「なにいってんのよ!そんなことできるわけないでしょ!そんなことしたら、貴方死んじゃうじゃな
い!!」
え?
「だいたい、どこに死にそうな人を目の前にそれをほっぽっとくひとがいるのよ!」
涙がうっすら浮かんでいる。
「わかった?!」
物凄い剣幕に押し切られた。
「…はい」
チルノはよろしい、というように頷くと、リグルを背負い、宙に浮いた。その背でリグルは思う。
傷は、損傷修復ですぐ治る。が、それではチルノの行為を無駄にするのではないか、と。
チルノは氷精であるはずなのに、さっき感じた暖かさ…
冥界で…了