蝶警告
↓この先 地獄。
精神の繊細な方は、止めておいたほうが無難です。
魔理沙の追撃を振りきり、この日――裸王香霖は幻想郷で最速の男となった。
「誰にも僕は――停められない」
そう、男の子は有言実行。風を巻きながら疾走する彼は、まさに韋駄天。
走り抜けるは――複雑怪奇な樹木の迷路。
迷い込んだ者を狂った魔法力で絶望の内に自滅させ、緑青の大地に禍々しく張り巡らせた、
うわばみの如き根に突き刺し養分として吸収する魔の森。
その魔樹に寄生して死骸の禄を食む、マジックマッシュルームがにょきにょきと悪魔的な胞傘を咲かす。
この森では、キノコこそが食物連鎖の頂点に位置している。
キノコ目当てに入り込んだ盗っ人は、森の魔力に惑わされ新たなるキノコの苗床と成り果てるのだ。
そんな邪悪に歪んだ生態系を持つ――迷路状に入り組んだ魔法の森を、何の迷いもなく香霖は駆け抜ける。
持って生まれた優れた帰巣本能と生体コンパスによって、彼はまるで自分の庭のように魔の迷路を踏破していく。
――ガサガサガサ
ザザザザザザ――
まるで、
猿(ましら)のように、軽やかに跳躍。
夜豹(ナイトパンサー)のように残像を曳く加速。
森の人(うーたん)のように障害物を易々と乗り越えていく。
「フッ、邪魔だよ」
褌の裡より自身を刺激せぬよう慎重に取り出した磁石入りの符を、自らの両肩、腰、太ももに貼付。
前方に鬱蒼と生い茂り、彼の進路を妨害する魔樹で構成されたパイク(長槍)の軍列を不敵な表情で見据え、
パチンと魅惑的なウインクをしながら、褌から引きずり出した香霖堂謹製偽造スペカを発動――
ムキョッッ!
ムキョキョキョキョッツ!!
彼の肉体に直貼りされた符から健康的な磁力が迸り、ムワッと汗のような水蒸気雲が噴出し五体の装甲値を強化。
しなやかで瑞々しい女豹の如き肉体を、赤熱する荒々しい鋼の兇器へと変貌させた。
これぞ――
男符「居眠り雲纏激突フェンサー」
「フォォオオォォオオォォーーーーーーー」物凄い気概が籠もった白い呼気を、剛力を生み出す特殊な方法で吐く。
ピー! 頭頂より白煙のわっかがシュポンと排気。
ブッブー!! ニヒルな口元がスネ夫型に尖り、警笛を口ずさむ。
ギャギャギャギャギャーーーーーー……… ブレーキを掛けるふりをして、アクセル全開。
今、彼は最高にマッチョでアニキな感じに輝いていた。
「――僕の肉体に、敵うもの無し」――肉体言語発動。
赤銅色の戦鬼が魔樹の悪意に満ちた鋭い枝々を――バキバキと破砕しながら突破する。
魂の籠もらぬ槍の穂先の群れは、彼の男魂を満遍なく宿した肉体に毛ほどの傷を与えること無く、乾いた音を立てて無残に砕け散るのみ。
――どうしたどうした! こんなにぬるい悪意では、僕に届くまで100万光年はかかるよ?
スペカの高揚に心躍らす修羅の、偽らざる本音が幻想郷に響く。だが……
わざわざこんな無意味な示威行動を取らずとも、少しまわりみちすればいいことじゃん? という無粋な突っ込みは無しの方向で。
あえて彼の行動に理由を付けてみる。
そう、彼は目の前の困難から逃げる事無く、己が実力で打破することに――ささやかな幸福と快感を感じていたのだ。
彼は案外サディスト…否、ロマンチストなのだろう。
「脆い。脆すぎるな、君たちは。所詮は植物に過ぎない、ということかい……残念だよ。
こんなものでは、全然満たされない。満たされるものかよ。僕の滾る血潮は餓えたオオカミさんみたいに欲求不満だ。
嗚呼、天よ…すべての幻想を尋常でない輝きで打ち砕く、終末のいかずちを東方全土へ降らせし偉大なる全裸神よ
――僕に、貴方の教えを護る忠実なるしもべたる…この”ヨウジョキラー”森近 霖之介に、地獄のような七難八苦を与えたまえ!」
大仰に天を振り仰ぎ、胸に手をあて、身をくねらせながら真摯な祈りを捧げる香霖。
「そう、こんなものでは……彼との――僕が唯一認めた男――宿命のライヴァルとこれから行なう決闘の、プレリュードにもなりはしない。
まぁ元よりこの僕を燃え上がらせることが可能な漢は、ヤツしか居ないのだが。
うふ、うふふ。楽しみだ愉しみだ。ああ……本当に、狂おしいほど、楽しみだなぁ……今日こそ、僕は」
うっとりと何処か遠い所に視線を彷徨わせ、香霖はこれより訪れる場所で自分を待っているであろう宿敵のことを想う。
***
幻想郷には、ふたりの鬼がいる。
ひとりは白髪鬼。ゴージャスかつスタイリッシュな、眼鏡の似合う好青年だ。
胸に秘めたるは――己の萌え属性少女全般に対する、真摯で妥協の無い熱き想い。
求めるは最萌え。未成熟な果実を愛でることにかける執念は、まさに他の追随を許さない。
「幻想郷に居ていい男は――僕だけさ。他の有象無象どもは……死、あるのみ」
第三階位。
――流れる閃光は死の香り
”ローリング・コーリン”
森近 霖之介
XXX
ひとりは老剣鬼。渋いダンディズム溢るるストイックな、果て無き求道に身を委ねる剣客だった。
胸に秘めたるは――己の孫と主君に対する燃え萌えだが、決して殉じてはならない禁断の想い。
求めるは最果て。彼女たちの傍に居ると、ガラスのように繊細なハートが辛くなるだけだから、
傷心を癒す為に独り幻想郷中の秘湯巡りを続けている。
「ワシは剣を振るうしか能の無い男よ。もはや色恋沙汰には……終生無縁なり。だが……」
第二階位。
――己以外の男は斬り潰すのみ
”フォビドゥン・マスター”
魂魄 妖忌
取り返しのつかなさを表す位階こそ違えど、その性質の危なさではまったく変わりが無い。
似ていないようで、本質的には同一。澄みきった魂の輝きは目糞鼻糞、五十歩百歩。
少女萌えという、とびっきりの幻想を共有する――世代を超えたライヴァル同士。
そこには同じ嗜好を持つ者同士にしか通わない、余人には到底理解不能な絆が確固として存在していた。
だが、両者の性別は……男。もし違う性別で出会えていたなら、あるいは別の付き合い方が在ったのかも知れない。
しかし、現実はかくも無常で無情なり。
心の底ではお互いの萌え魂を讃えあい認め合いながら、現世に浮かび上がる言葉は……「君にだけは……」「ヌシにだけは……」
「「負けられない」」
そう、雌ライオンの群れに於いて雄の王者、即ちモテモテ君は――――独りだけしか存在しえない。
涸れたり老いたり、と言ってみた所でその法則が覆されることは無い。
ましてや、それが自らの本意ではなく只のおためごかしだとすれば、なにをいわんや、である。
どう取り繕ったところで、己の本質は隠しきれるものでもなく、隠すべきではない。
ふたりの間で隠していいのは――褌の中身だけなのだ。
***
魔理沙より借り受けた(略奪した)封神具がキュッと太ももにジャストフィットして、
彼に未知なるパワーを――あまりの超加速に、たなびく褌姿が増えて見える程度の残像を具現化する――素敵パワーを与えてくれる。
あはっ、と知らず知らず笑みが零れた。
今の彼は普段の冴えない古道具屋店主ではなく、世界の中心、幻想郷のど真ん中で萌えを叫ぶ一匹の獣。
躍動する肉体――幻想世界を犯す(穢す)その勇姿は、直視すれば目が潰れんばかりに神々しい。
人気の無い魔の森、目にも留まらぬスピードが幸いして、今のところ少女の犠牲者はゼロなのが救いだ。
「我が強敵(とも)――魂魄 妖忌よ。待っているがいい、
今度こそは……君の老いてなお壮健な鋼の肉体、瑞々しい僕のしなやかな肉体で打破してみせよう。
……完膚なきまでに。
ふふっ。
老人は大人しく毛むくじゃらのゴリラさんたちと、仲良く乾布摩擦でもしてればいいのさ。
幻想郷に多数生息する可愛い仔猫ちゃんたちのことは、すべてこの僕に任せて、ね。
くくく……ふはは、あーっはははははは! ――さあ、さあさあさあ! いよいよ始まる、始まるよ?
君と僕との幻想郷最萌えを決める、最終決戦が…………ラスト・ファンタズムがッ」
ターーーン
体に満ち溢れる野生の衝動に歓喜しながら、魔樹の柵を突破。
急に開けた視界――断崖絶壁を前方に見据え、躊躇う事無く両腕を大きく頭上に交差させる。
そして――カモシカのように最後の一歩を力強く踏み締め――大ジャンプ!
パラパラ…と50mはある高さの崖下へ、砂利と小石が落下した。
真っ赤な夕日を背景に、褌ガーターの天使が宙を舞う。
吹き荒ぶ風が、褌を大きくはためかせた。
見目麗しいガーターが、西日を浴びてほんのり紅い強靭な肉体を引き立て輝かせる。
その勇姿は、ありとあらゆる幻想が最期に撃ち捨てられるゴミ溜めのように――
酷く――――美しかった。
ありとあらゆる妖怪・人類がこの光景を目にしたら、皆一様に言葉を失うであろう。
かの大妖怪……八雲 紫でさえ目を点にして、一言も言葉を発し得まい。
たとえそれが、永遠に紅き幼き月でも同じこと。
捉えどころのない華胥の亡霊も同様だ。
彼女たちは強大なちからを持っていても、所詮は少女。
あまりに世界にそぐわぬ属性を持ってしまった幻想郷の反逆児、森近 霖之介のほぼ全裸姿を見せられて平静でいられるなど
――無重力の不思議な巫女、博麗 霊夢ぐらいか。
もしくは、はらぺこ限界に達して対象を食料としてしか見ない時の宵闇ぐらいだろう。
ごうごうと風を切り、香霖は断崖から遥か下方の岩場へと落下していく。
空気抵抗や落下の恐怖感も、彼の高潔な精神を挫くには役不足。
どこまでも清らかな笑顔のまま、彼は堕ちていく。
まるで、無邪気な少年。
まるで、末期の中毒者。
まるで、慈愛に満ちた悪魔。
まるで、逝かれ過ぎた天使。
「――――あははははははははははははは!!!!」
長い長い滞空時間を経て、彼の目の前には強固な岩盤が――
「無駄。無駄無駄無駄ぁぁーーーーーッ! その程度の硬さで、僕の”ピー”を押し止めることが、出来るものかよッ」
ああ、このままでは彼の肉体は――氷精に凍らされたカエルが、萃香のぶん回す大岩に叩きつけられるが如く、
粉々のメメタァメメタァのけちょんけちょんに壊れてしまうだろう!
精神は既に壊れているというのは言いっこなしだぜ!!
―――3秒前
彼はおもむろに褌の中に両手を突っ込んだ! ごそごそごそ……
――2秒
独特の効果音(ジャキーン)。香霖はドリルコテカを装着した!!
―1…
「砕け散れッ オンナァァー! 野符ぅー、バッド☆ボーイズ、スクランブルゥゥーーー!!!!」
……………
……………………………
零
フゥイーーン……ズゥギャギャギャギャギャギャギャリーーーーーーーー………ン!!!!
ずががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが――
これもまた、色々と問題があるので、詳しい状況描写は出来ない。
なので、起こった事のみを簡潔に伝える。
岩盤はぶち抜かれた。
以上。
----------------------------------------------------------------------
パラパラパラ……
「ムゥ……なにやら上が騒々しいのう」
此処は岩窟の奥深く、天然の温泉が湧き出る秘密の穴場。
さほど広くは無い湯船に浸かる者は、独りの年老いた男と、数匹の野猿のみ。
人と獣の区別無く、のんびり湯を満喫していた彼らの頭上で、今しがた物凄い轟音が鳴り響いた。
間を置かず岩窟全体を揺るがした衝撃で、天上付近から古びた土塊やら岩片が削げ落ち湯船にぽちゃんぽちゃんと小さな波紋を現出させた。
野猿の家族…であろうか。まあ、そんなことはどうでもいいが。
猿どもが天地を揺るがす不吉な震動にキィキィかしましく騒ぎ立てる。
獣たちの動揺を余所に、独り老人は落ち着き払った物腰で、湯船に浮かべた盆より酒杯を手に取りキュウッと飲み干す。
「フム、この気配……そうか、来たか。ようやっと来おったか……」
老人は独り言を呟きながら、クックックッ……と肩を震わせた。
『キィー キィィー キッキッキー』
老人から立ち昇る底知れぬ鬼気に、猿どもが臆病に騒ぎ立てる。
「ヌシら……騒がしいの。あまり今のワシを刺激させてくれるな。思わず……斬り潰したくなるではないか。
……フ……フハハハハ、滾る。滾るぞ…。――フムゥ…あの未熟な若造めが、今度はどのような愚昧な策を弄すのか。
クフフ、愉しみだ、楽しみだのう! 今日こそは、あの逝かれた男に引導を渡してやれそうじゃ。
――風の噂に聞けば、きゃつめ…最近ワシの孫に
『人魂灯を返してやるからさぁ、代わりになんでも僕の言うことを聞いておくれよ、うへへへへ』
――などと破廉恥極まりない言動を取ったとか。
許せんな……ワシを差し置いて妖夢にそのような行為に及ぶなど…許せるものか…。
その鬼畜の如き所業、腐れきった性根、堕落した教義。
少女を陰ながら愛でることを至上の愛とする、ワシらの掟を裏切った卑劣漢め……到底……許せるものでも無し」
『ウキィ………………』
修羅の笑みを浮かべる剣鬼に、怯え竦む猿の家族。
「どおれ……ここは、ひとつ、ワシ自らが出るとするか……」
ザパァァアアァァ
湯面が大きくさざめいた。
筋骨隆々の偉丈夫が全身から大量の湯を滴らせて立ち上がった。
”汝、怪力乱神を語るべからず”
どうかしている。
――魂魄 妖忌。
西行妖封印の折より現界し続ける半人半霊の老剣士。
老いてなお、その肉体に衰えの翳り無し。
天を衝き殺すように屹立する、ピンとそそり立った背筋。
全身に刻み込まれた歴戦の証たる皺と傷が――凄みある風格を醸し出して、潜り抜けた修羅場を彷彿させる。
特筆すべきは、彼の背中。
先程全身に傷、と表記したのはとんでもない誤り。
常に敵を前にして一歩も退かぬ、元祖冥界一硬い盾。
生前の幼い幽々子。まだ霊体化したばかりのあどけない幽々子。
おじいちゃんおじいちゃんと懐いていてくれた妖夢を背後に背負い、
ありとあらゆる敵対者から愛する幼女たちを護り抜いた背中には――傷一つ無い。
あるのは
”ゆゆようむ”
と読める丸っこい文字の座右の銘、デフォルメされた幽々子と妖夢の抱き合ってる可愛らしい刺青だけだ。
この刺青こそが、彼の生き様を何よりも物語っているのは一目瞭然。
いわゆる、香霖と同属性の徒なのである。
なのに彼より位が高いのは、ソレに加え”禁断”という甘美な二つ名のせいであることは、彼らだけの秘密だ。
まあ、基本的に彼は純情可憐な老人なので――主と孫には手を出さない。
グビッ
徳利から直呑み。ごっつい喉仏が艶めかしく上下した。
………
………………
「――――ブハァ。カカカ……いい塩梅に身体が火照っておるわい。だが……
湯冷めせぬよう気をつけねばな。お外に出て――ぽんぽが冷えては、一大事じゃからのう」
噴破ッ!!
ジュウウオオォォオオォォーーーーー……
妖忌が気合を込めると、全身から途轍もない男魂が迸り、肉体に纏わりついた湯滴を瞬時に蒸発させた。
遠巻きにその異様な光景を見守る猿ども。
びくびくと――温泉の一番奥の壁にへばりついて、決して目を合わせないように俯いてガチガチ歯を鳴らしている。
「ふん、臆病者が。所詮は畜生よ。ワシの男魂の高潔さがわからんと見える。
――まあいい。この昂ぶり荒れ狂う憤りを、あの腰抜けにとくと叩き付けてやるわ……。
くっくっく……ふぁっふぁっふぁ……ふぉーっふぉっふぉおおぉぉーーーー!!!!」
ずしん
ずしん
白い色のずんぐりとした半霊が、ごぅんごぅんと飛翔し、妖忌の元に赤いフンドシを咥えて持ってきた。
妖夢の可愛い半霊とは比べるべくも無いずんぐりむっくりとした巨大な半霊。
巨人のような偉丈夫の半身は、やはり巨大でなくてはいけないのだ。
見た感じ真っ先に浮かぶ言葉のイメージは――まさに、ゴリアテ。
ズン…
ズン…
泰然と洞窟の出口に歩を進める妖忌。
一糸纏わぬ裸体に半霊がずりずりとフンドシを締めていく。
ぶぉん――
カシャーン!
片手の徳利を、腕の一振りで狭い洞穴の横壁に叩き付けた。
炯々と妖しい光を発する両眼は前を見据えたまま動かない。
びくびくと脈打つ無敵の肉体は、まるで泰山の如く揺るがない。
「…………」 無言で歩む妖忌。
洞窟の出口付近、赤い逆光に浮かぶ――いかがわしくも、逞しい影。
腕組みをしながら、洞風にフンドシをたなびかせる漢
――森近 霖之介。
ジャストフィットしたガーターベルトが、禍々しい輝きを放ち、世界を魅了した。
上唇をぬめった舌でチロリと舐める香霖。……誘っているとしか思えない所作である。
彼は黙々と歩み寄ってくる、強大な好敵手に穏やかな笑みを向け、親しげに言葉を贈った。
対する妖忌は、にやりと獰猛な笑みを浮かべ、それに答える。
「――やあ、僕の敵」
「――ふん、小童が」
――――彼らは、とうとう……出会ってしまった。
↓この先 地獄。
精神の繊細な方は、止めておいたほうが無難です。
魔理沙の追撃を振りきり、この日――裸王香霖は幻想郷で最速の男となった。
「誰にも僕は――停められない」
そう、男の子は有言実行。風を巻きながら疾走する彼は、まさに韋駄天。
走り抜けるは――複雑怪奇な樹木の迷路。
迷い込んだ者を狂った魔法力で絶望の内に自滅させ、緑青の大地に禍々しく張り巡らせた、
うわばみの如き根に突き刺し養分として吸収する魔の森。
その魔樹に寄生して死骸の禄を食む、マジックマッシュルームがにょきにょきと悪魔的な胞傘を咲かす。
この森では、キノコこそが食物連鎖の頂点に位置している。
キノコ目当てに入り込んだ盗っ人は、森の魔力に惑わされ新たなるキノコの苗床と成り果てるのだ。
そんな邪悪に歪んだ生態系を持つ――迷路状に入り組んだ魔法の森を、何の迷いもなく香霖は駆け抜ける。
持って生まれた優れた帰巣本能と生体コンパスによって、彼はまるで自分の庭のように魔の迷路を踏破していく。
――ガサガサガサ
ザザザザザザ――
まるで、
猿(ましら)のように、軽やかに跳躍。
夜豹(ナイトパンサー)のように残像を曳く加速。
森の人(うーたん)のように障害物を易々と乗り越えていく。
「フッ、邪魔だよ」
褌の裡より自身を刺激せぬよう慎重に取り出した磁石入りの符を、自らの両肩、腰、太ももに貼付。
前方に鬱蒼と生い茂り、彼の進路を妨害する魔樹で構成されたパイク(長槍)の軍列を不敵な表情で見据え、
パチンと魅惑的なウインクをしながら、褌から引きずり出した香霖堂謹製偽造スペカを発動――
ムキョッッ!
ムキョキョキョキョッツ!!
彼の肉体に直貼りされた符から健康的な磁力が迸り、ムワッと汗のような水蒸気雲が噴出し五体の装甲値を強化。
しなやかで瑞々しい女豹の如き肉体を、赤熱する荒々しい鋼の兇器へと変貌させた。
これぞ――
男符「居眠り雲纏激突フェンサー」
「フォォオオォォオオォォーーーーーーー」物凄い気概が籠もった白い呼気を、剛力を生み出す特殊な方法で吐く。
ピー! 頭頂より白煙のわっかがシュポンと排気。
ブッブー!! ニヒルな口元がスネ夫型に尖り、警笛を口ずさむ。
ギャギャギャギャギャーーーーーー……… ブレーキを掛けるふりをして、アクセル全開。
今、彼は最高にマッチョでアニキな感じに輝いていた。
「――僕の肉体に、敵うもの無し」――肉体言語発動。
赤銅色の戦鬼が魔樹の悪意に満ちた鋭い枝々を――バキバキと破砕しながら突破する。
魂の籠もらぬ槍の穂先の群れは、彼の男魂を満遍なく宿した肉体に毛ほどの傷を与えること無く、乾いた音を立てて無残に砕け散るのみ。
――どうしたどうした! こんなにぬるい悪意では、僕に届くまで100万光年はかかるよ?
スペカの高揚に心躍らす修羅の、偽らざる本音が幻想郷に響く。だが……
わざわざこんな無意味な示威行動を取らずとも、少しまわりみちすればいいことじゃん? という無粋な突っ込みは無しの方向で。
あえて彼の行動に理由を付けてみる。
そう、彼は目の前の困難から逃げる事無く、己が実力で打破することに――ささやかな幸福と快感を感じていたのだ。
彼は案外サディスト…否、ロマンチストなのだろう。
「脆い。脆すぎるな、君たちは。所詮は植物に過ぎない、ということかい……残念だよ。
こんなものでは、全然満たされない。満たされるものかよ。僕の滾る血潮は餓えたオオカミさんみたいに欲求不満だ。
嗚呼、天よ…すべての幻想を尋常でない輝きで打ち砕く、終末のいかずちを東方全土へ降らせし偉大なる全裸神よ
――僕に、貴方の教えを護る忠実なるしもべたる…この”ヨウジョキラー”森近 霖之介に、地獄のような七難八苦を与えたまえ!」
大仰に天を振り仰ぎ、胸に手をあて、身をくねらせながら真摯な祈りを捧げる香霖。
「そう、こんなものでは……彼との――僕が唯一認めた男――宿命のライヴァルとこれから行なう決闘の、プレリュードにもなりはしない。
まぁ元よりこの僕を燃え上がらせることが可能な漢は、ヤツしか居ないのだが。
うふ、うふふ。楽しみだ愉しみだ。ああ……本当に、狂おしいほど、楽しみだなぁ……今日こそ、僕は」
うっとりと何処か遠い所に視線を彷徨わせ、香霖はこれより訪れる場所で自分を待っているであろう宿敵のことを想う。
***
幻想郷には、ふたりの鬼がいる。
ひとりは白髪鬼。ゴージャスかつスタイリッシュな、眼鏡の似合う好青年だ。
胸に秘めたるは――己の萌え属性少女全般に対する、真摯で妥協の無い熱き想い。
求めるは最萌え。未成熟な果実を愛でることにかける執念は、まさに他の追随を許さない。
「幻想郷に居ていい男は――僕だけさ。他の有象無象どもは……死、あるのみ」
第三階位。
――流れる閃光は死の香り
”ローリング・コーリン”
森近 霖之介
XXX
ひとりは老剣鬼。渋いダンディズム溢るるストイックな、果て無き求道に身を委ねる剣客だった。
胸に秘めたるは――己の孫と主君に対する燃え萌えだが、決して殉じてはならない禁断の想い。
求めるは最果て。彼女たちの傍に居ると、ガラスのように繊細なハートが辛くなるだけだから、
傷心を癒す為に独り幻想郷中の秘湯巡りを続けている。
「ワシは剣を振るうしか能の無い男よ。もはや色恋沙汰には……終生無縁なり。だが……」
第二階位。
――己以外の男は斬り潰すのみ
”フォビドゥン・マスター”
魂魄 妖忌
取り返しのつかなさを表す位階こそ違えど、その性質の危なさではまったく変わりが無い。
似ていないようで、本質的には同一。澄みきった魂の輝きは目糞鼻糞、五十歩百歩。
少女萌えという、とびっきりの幻想を共有する――世代を超えたライヴァル同士。
そこには同じ嗜好を持つ者同士にしか通わない、余人には到底理解不能な絆が確固として存在していた。
だが、両者の性別は……男。もし違う性別で出会えていたなら、あるいは別の付き合い方が在ったのかも知れない。
しかし、現実はかくも無常で無情なり。
心の底ではお互いの萌え魂を讃えあい認め合いながら、現世に浮かび上がる言葉は……「君にだけは……」「ヌシにだけは……」
「「負けられない」」
そう、雌ライオンの群れに於いて雄の王者、即ちモテモテ君は――――独りだけしか存在しえない。
涸れたり老いたり、と言ってみた所でその法則が覆されることは無い。
ましてや、それが自らの本意ではなく只のおためごかしだとすれば、なにをいわんや、である。
どう取り繕ったところで、己の本質は隠しきれるものでもなく、隠すべきではない。
ふたりの間で隠していいのは――褌の中身だけなのだ。
***
魔理沙より借り受けた(略奪した)封神具がキュッと太ももにジャストフィットして、
彼に未知なるパワーを――あまりの超加速に、たなびく褌姿が増えて見える程度の残像を具現化する――素敵パワーを与えてくれる。
あはっ、と知らず知らず笑みが零れた。
今の彼は普段の冴えない古道具屋店主ではなく、世界の中心、幻想郷のど真ん中で萌えを叫ぶ一匹の獣。
躍動する肉体――幻想世界を犯す(穢す)その勇姿は、直視すれば目が潰れんばかりに神々しい。
人気の無い魔の森、目にも留まらぬスピードが幸いして、今のところ少女の犠牲者はゼロなのが救いだ。
「我が強敵(とも)――魂魄 妖忌よ。待っているがいい、
今度こそは……君の老いてなお壮健な鋼の肉体、瑞々しい僕のしなやかな肉体で打破してみせよう。
……完膚なきまでに。
ふふっ。
老人は大人しく毛むくじゃらのゴリラさんたちと、仲良く乾布摩擦でもしてればいいのさ。
幻想郷に多数生息する可愛い仔猫ちゃんたちのことは、すべてこの僕に任せて、ね。
くくく……ふはは、あーっはははははは! ――さあ、さあさあさあ! いよいよ始まる、始まるよ?
君と僕との幻想郷最萌えを決める、最終決戦が…………ラスト・ファンタズムがッ」
ターーーン
体に満ち溢れる野生の衝動に歓喜しながら、魔樹の柵を突破。
急に開けた視界――断崖絶壁を前方に見据え、躊躇う事無く両腕を大きく頭上に交差させる。
そして――カモシカのように最後の一歩を力強く踏み締め――大ジャンプ!
パラパラ…と50mはある高さの崖下へ、砂利と小石が落下した。
真っ赤な夕日を背景に、褌ガーターの天使が宙を舞う。
吹き荒ぶ風が、褌を大きくはためかせた。
見目麗しいガーターが、西日を浴びてほんのり紅い強靭な肉体を引き立て輝かせる。
その勇姿は、ありとあらゆる幻想が最期に撃ち捨てられるゴミ溜めのように――
酷く――――美しかった。
ありとあらゆる妖怪・人類がこの光景を目にしたら、皆一様に言葉を失うであろう。
かの大妖怪……八雲 紫でさえ目を点にして、一言も言葉を発し得まい。
たとえそれが、永遠に紅き幼き月でも同じこと。
捉えどころのない華胥の亡霊も同様だ。
彼女たちは強大なちからを持っていても、所詮は少女。
あまりに世界にそぐわぬ属性を持ってしまった幻想郷の反逆児、森近 霖之介のほぼ全裸姿を見せられて平静でいられるなど
――無重力の不思議な巫女、博麗 霊夢ぐらいか。
もしくは、はらぺこ限界に達して対象を食料としてしか見ない時の宵闇ぐらいだろう。
ごうごうと風を切り、香霖は断崖から遥か下方の岩場へと落下していく。
空気抵抗や落下の恐怖感も、彼の高潔な精神を挫くには役不足。
どこまでも清らかな笑顔のまま、彼は堕ちていく。
まるで、無邪気な少年。
まるで、末期の中毒者。
まるで、慈愛に満ちた悪魔。
まるで、逝かれ過ぎた天使。
「――――あははははははははははははは!!!!」
長い長い滞空時間を経て、彼の目の前には強固な岩盤が――
「無駄。無駄無駄無駄ぁぁーーーーーッ! その程度の硬さで、僕の”ピー”を押し止めることが、出来るものかよッ」
ああ、このままでは彼の肉体は――氷精に凍らされたカエルが、萃香のぶん回す大岩に叩きつけられるが如く、
粉々のメメタァメメタァのけちょんけちょんに壊れてしまうだろう!
精神は既に壊れているというのは言いっこなしだぜ!!
―――3秒前
彼はおもむろに褌の中に両手を突っ込んだ! ごそごそごそ……
――2秒
独特の効果音(ジャキーン)。香霖はドリルコテカを装着した!!
―1…
「砕け散れッ オンナァァー! 野符ぅー、バッド☆ボーイズ、スクランブルゥゥーーー!!!!」
……………
……………………………
零
フゥイーーン……ズゥギャギャギャギャギャギャギャリーーーーーーーー………ン!!!!
ずががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが――
これもまた、色々と問題があるので、詳しい状況描写は出来ない。
なので、起こった事のみを簡潔に伝える。
岩盤はぶち抜かれた。
以上。
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パラパラパラ……
「ムゥ……なにやら上が騒々しいのう」
此処は岩窟の奥深く、天然の温泉が湧き出る秘密の穴場。
さほど広くは無い湯船に浸かる者は、独りの年老いた男と、数匹の野猿のみ。
人と獣の区別無く、のんびり湯を満喫していた彼らの頭上で、今しがた物凄い轟音が鳴り響いた。
間を置かず岩窟全体を揺るがした衝撃で、天上付近から古びた土塊やら岩片が削げ落ち湯船にぽちゃんぽちゃんと小さな波紋を現出させた。
野猿の家族…であろうか。まあ、そんなことはどうでもいいが。
猿どもが天地を揺るがす不吉な震動にキィキィかしましく騒ぎ立てる。
獣たちの動揺を余所に、独り老人は落ち着き払った物腰で、湯船に浮かべた盆より酒杯を手に取りキュウッと飲み干す。
「フム、この気配……そうか、来たか。ようやっと来おったか……」
老人は独り言を呟きながら、クックックッ……と肩を震わせた。
『キィー キィィー キッキッキー』
老人から立ち昇る底知れぬ鬼気に、猿どもが臆病に騒ぎ立てる。
「ヌシら……騒がしいの。あまり今のワシを刺激させてくれるな。思わず……斬り潰したくなるではないか。
……フ……フハハハハ、滾る。滾るぞ…。――フムゥ…あの未熟な若造めが、今度はどのような愚昧な策を弄すのか。
クフフ、愉しみだ、楽しみだのう! 今日こそは、あの逝かれた男に引導を渡してやれそうじゃ。
――風の噂に聞けば、きゃつめ…最近ワシの孫に
『人魂灯を返してやるからさぁ、代わりになんでも僕の言うことを聞いておくれよ、うへへへへ』
――などと破廉恥極まりない言動を取ったとか。
許せんな……ワシを差し置いて妖夢にそのような行為に及ぶなど…許せるものか…。
その鬼畜の如き所業、腐れきった性根、堕落した教義。
少女を陰ながら愛でることを至上の愛とする、ワシらの掟を裏切った卑劣漢め……到底……許せるものでも無し」
『ウキィ………………』
修羅の笑みを浮かべる剣鬼に、怯え竦む猿の家族。
「どおれ……ここは、ひとつ、ワシ自らが出るとするか……」
ザパァァアアァァ
湯面が大きくさざめいた。
筋骨隆々の偉丈夫が全身から大量の湯を滴らせて立ち上がった。
”汝、怪力乱神を語るべからず”
どうかしている。
――魂魄 妖忌。
西行妖封印の折より現界し続ける半人半霊の老剣士。
老いてなお、その肉体に衰えの翳り無し。
天を衝き殺すように屹立する、ピンとそそり立った背筋。
全身に刻み込まれた歴戦の証たる皺と傷が――凄みある風格を醸し出して、潜り抜けた修羅場を彷彿させる。
特筆すべきは、彼の背中。
先程全身に傷、と表記したのはとんでもない誤り。
常に敵を前にして一歩も退かぬ、元祖冥界一硬い盾。
生前の幼い幽々子。まだ霊体化したばかりのあどけない幽々子。
おじいちゃんおじいちゃんと懐いていてくれた妖夢を背後に背負い、
ありとあらゆる敵対者から愛する幼女たちを護り抜いた背中には――傷一つ無い。
あるのは
”ゆゆようむ”
と読める丸っこい文字の座右の銘、デフォルメされた幽々子と妖夢の抱き合ってる可愛らしい刺青だけだ。
この刺青こそが、彼の生き様を何よりも物語っているのは一目瞭然。
いわゆる、香霖と同属性の徒なのである。
なのに彼より位が高いのは、ソレに加え”禁断”という甘美な二つ名のせいであることは、彼らだけの秘密だ。
まあ、基本的に彼は純情可憐な老人なので――主と孫には手を出さない。
グビッ
徳利から直呑み。ごっつい喉仏が艶めかしく上下した。
………
………………
「――――ブハァ。カカカ……いい塩梅に身体が火照っておるわい。だが……
湯冷めせぬよう気をつけねばな。お外に出て――ぽんぽが冷えては、一大事じゃからのう」
噴破ッ!!
ジュウウオオォォオオォォーーーーー……
妖忌が気合を込めると、全身から途轍もない男魂が迸り、肉体に纏わりついた湯滴を瞬時に蒸発させた。
遠巻きにその異様な光景を見守る猿ども。
びくびくと――温泉の一番奥の壁にへばりついて、決して目を合わせないように俯いてガチガチ歯を鳴らしている。
「ふん、臆病者が。所詮は畜生よ。ワシの男魂の高潔さがわからんと見える。
――まあいい。この昂ぶり荒れ狂う憤りを、あの腰抜けにとくと叩き付けてやるわ……。
くっくっく……ふぁっふぁっふぁ……ふぉーっふぉっふぉおおぉぉーーーー!!!!」
ずしん
ずしん
白い色のずんぐりとした半霊が、ごぅんごぅんと飛翔し、妖忌の元に赤いフンドシを咥えて持ってきた。
妖夢の可愛い半霊とは比べるべくも無いずんぐりむっくりとした巨大な半霊。
巨人のような偉丈夫の半身は、やはり巨大でなくてはいけないのだ。
見た感じ真っ先に浮かぶ言葉のイメージは――まさに、ゴリアテ。
ズン…
ズン…
泰然と洞窟の出口に歩を進める妖忌。
一糸纏わぬ裸体に半霊がずりずりとフンドシを締めていく。
ぶぉん――
カシャーン!
片手の徳利を、腕の一振りで狭い洞穴の横壁に叩き付けた。
炯々と妖しい光を発する両眼は前を見据えたまま動かない。
びくびくと脈打つ無敵の肉体は、まるで泰山の如く揺るがない。
「…………」 無言で歩む妖忌。
洞窟の出口付近、赤い逆光に浮かぶ――いかがわしくも、逞しい影。
腕組みをしながら、洞風にフンドシをたなびかせる漢
――森近 霖之介。
ジャストフィットしたガーターベルトが、禍々しい輝きを放ち、世界を魅了した。
上唇をぬめった舌でチロリと舐める香霖。……誘っているとしか思えない所作である。
彼は黙々と歩み寄ってくる、強大な好敵手に穏やかな笑みを向け、親しげに言葉を贈った。
対する妖忌は、にやりと獰猛な笑みを浮かべ、それに答える。
「――やあ、僕の敵」
「――ふん、小童が」
――――彼らは、とうとう……出会ってしまった。
・・・・
・・・・・
ハッ
どうやらわるいゆめをみていたようだ。
イイよ、それでいい…欲望のままに生きるのもまた美学さ…
いやぁ、次が楽しみです
あれ?ゆゆ様がおいでおいでしてる
あり・・・だな!
こいつらの死闘楽しみにしてます!
一言で言うなら『すげぇ』。
サイコーです。
次回も、放送コードギリギリだ!!(ォ
とりあえず、今回最大の被害者である
岩盤に合掌(ォ