「幽々子さまー、幽々子さまぁ~」
冥界。白玉楼は西行寺邸に良く透る幼なげな声が響く。縁側を歩く足裏はひやりと冷たい。魂魄妖夢は脚が早く進みそうになるのを鍛錬で培った忍耐と雪の欠片ほどのつつしみで抑えた。
自分にとって寒さが害になることはそうそう無いのに、震えるくらい寒さを感じてしまうのは便利なのか不便なのか。半人半霊の身の上についてちょっと考えてしまう瞬間である。
「支度が整いましたよー、幽々子さま~」
耳に付くのはこちらが呼ぶ声ばかり、応えてくれる声はいまだにない。仕方なく妖夢は庭に面した廊下で足を止めた。
とかく広い。無闇矢鱈と広い。二百由旬に達すると言われる庭は冥界の雪に覆われていた。その白は青み帯びて見え、夜などは月の光に御庭が身を震わせているのではないか。そんな錯覚を覚える。
いまは夜、立ち並ぶ桜の樹々もすっかり雪化粧。
「?」
ふと、何かを感じた気がして背に負った楼観剣に手をやる。しかし気をとぎすませても何も無い。ただ単にそんな気がしただけだろう。
白銀の御庭には時折小さな人魂がゆらゆらと行き交う。その様に感じるところがあるのか、自分の半身たる半霊体がゆらりと庭の方へ向いた。
「………」
妖夢は表情の失せた瞳で縁側に立った。庭の様相を読む。この頃になってようやくできるようなったことだ。一点から全容に触れていく。
──己が関わっているところだけを見ていては、庭師は務まらない。
先代、魂魄妖忌が寄越した言葉だ。極みに達すれば庭のどこにいても全容を思い描くことは容易いことだと言う。さながら碁盤を俯瞰することにも似て。
純和風の西行寺邸を囲う二百由旬余の御庭。いまは雪原のごとき地平を囲む桜の森。冬に眠る草花の呼気にゆらぎはない。
とすれば、どこへ?
「はぁ、このままでは食べ頃を逃してしまいますよ……」
ああ、幽々子さまのきまぐれで急遽作りかけに軌道修正を掛けた夕餉が美味しそうで……いや、従者風情が主より先に箸を取るとは何事か。でも幽々子さまは極めつけには食べなくても平気で、私は食べる必要があるのだから、いやいやそうでなくて……。
だから幽々子さまはどこへ行ったのだろう?
葛藤のどん詰まりへぶつかった妖夢が深く溜め息を吐いたとき、
「妖夢ー!」
待ち望んでいた声が聞こえた。どこから……上?
「そんなところにいらっしゃたんですか」
振り仰げば屋根の上。そこから下がっていたのは、凍てつく氷柱ではなくて、透きとおるように白い脚だった。
「じゃ、ここまで持ってきてね」
なんとも言えない顔で見上げている妖夢に、彼女の主である西行寺幽々子はにんまりとほほえんだ。亡霊と言うには色づきの良い、ほんのり酒の朱に染まった笑みだった。
◇ ◆ ◇
西行寺幽々子という主は、おおむね仕えやすい主ではない。もとの育ちのせいか非常にゆったりとしていて、火急のときを思うとはらはらさせられてしまうほど。かと思えば、ちょっとした思いつきであれやるこれやる、あれやれこれやれ……。その上、亡霊のくせして食うことへのこだわりがやたら強かったりもする。幾ら食ったところで腹の足しになるわけでないというに。
ずばり言ってしまえば面倒な主なのだが、その有り様は妙にひとをなごませてしまうから始末が悪い。憎めない、というか憎む前に脱力するのだ。
いまだってほら、肌着に桜色の長襦袢といった薄ら寒い格好でいる。見てるこっちが震えてしまう。ポイントなのは、それが炬燵にもぐって「しあわせ~」とかやってる亡霊と同一人物だということだろう。
そんな姿を見ていれば、支度が半分ほど終わったところで「湯豆腐も作って、あ、鱈入れてね鱈、氷室にあったでしょ。ね」という一言から始まった苦労。小言の二つ三つも言ってやろうという憤りが……あほらしくてどうでもよくなってきた。
「しかしですね。どうしてこの様な場所にいたのです? 雪は止んだとはいえ、まだまだ冷え込みますよ」
この場合、冷えるのは主の身体ではなく夕餉のことである。そもそも亡霊に顕界(あっち)の都合に左右されるような肉体は、ない。
「いやだ、なに言ってるのかしらね妖夢は」
「は、は? 道理を言ったつもりですが……」
「まだまだね」
さっと開いた扇子で口元を隠し幽々子。いつ箸とすり替わったのだろう。
「こんな月夜だもの、見ないのは損を通り越して罪よ」
「はぁ。しかし、これといってなにもない二十六夜ですが」
ぱちん。
「っ!?」
扇子が閉じた音に妖夢はびくっと肩を震わせた。
「月を見るのにいちいち呼び名なんて要るのかしらね?」
幽々子はまだわずかに湯気の立つ鍋から豆腐と鱈、ついでに昆布もすくい取りポン酢に浸す。
「こっちの方は大分上達したのだけど……」
言いつつ、彼女は妖夢にも三つ取ってやる。
「あ、はい、ありがとうございます」
「おいしい?」
「はい」
舌鼓を打つ幼い庭師に、主はそっと語り掛けた。
「だから、おいしい料理を戴くのにその料理の名は要らないでしょう? 形を愛でる目と味を知る舌と、それらを楽しむ心があれば」
熱燗を注いだ猪口をくい、とやり幽々子は空へ瞳を向ける。
「月もそれと同じ」
「あ、」
すとんと何かが落ちた気がした。きっと腑だろう。妖夢は不安定に並んだ皿や小鉢を見て深く、思う。
「はい、はい。それはまさにそうです」
「それとね、妖夢」
「なんでしょう幽々子さま」
もはや期待するような眼差しで見つめてくる庭師兼従者に、亡霊嬢はこう告げた。
「二十六夜の月は、逆さにすれば三日月なのよ」
「……あ」
たなびく雲があるわけでなし、細い月が空にぶら下がっているだけの夜。皓々と白くと言うには届かず、頼りなげな光が雪に反射していた。
しかし、心を澄ませば雪の上。幽かに浮かぶその影は、まぎれもなく美しい弧を描く三日月であった。
「それにしても……ね。それじゃ困るわ」
すっと幽々子が立ち上がった。いや、浮かび上がった。
屋根の上。この小宴のために雪がすっかり取り払われたその場所でそうすると、まるで彼女を雪が避けたように見えてくる。いつの間にか主が発する妖気は強まっており、辺りに雪の結晶のようなその片鱗がちらついていた。
妖夢は思わず身を固くする。
幽々子はさらに力を抜く。
ふわり。
と、亡霊嬢が宙を歩む。舞う光はほのかに桜色。灯る明かりは幽玄の蒼。さまよう影はやがて形を成し、忘我の淵に触れる姿となる。すなわち蒼鉛色の翅──反魂蝶。
「そんなことでは、心許ないの」
婉然と、艶ややかに微笑む幽々子に、妖夢ははっとして宴席を振り返る。煮物の深鉢。酢の物の小鉢。焼き魚の皿。ご飯茶碗におひつ。湯豆腐の鍋とポン酢の入った取り皿。熱燗の徳利と猪口。その他ひとつふたつ……。
その全てが綺麗さっぱり空だった。妖夢の手にある、まだ鱈が残っているはずの取り皿の中も。
まったく気付かなかった。
もうここに至って主が何を言わんとしていたのか、何をしようと言うのかわからぬほど惚けてはいない。一体どんな脈絡なのかとか、あまりにも唐突すぎるとかいう問いなど詮無いし、思いもしない。それこそが、白玉楼二代目庭師魂魄妖夢の主にして天衣無縫の亡霊嬢西行寺幽々子なのだから。
右手は背中の楼観剣に、左手は腰の白楼剣に。
「承知つかまつりました。では、己が剣技、お見せしましょう」
「あら、私はどちらかというと剣舞をご所望よ」
ゆとり溢れる笑みで応える主に、幼い庭師兼従者は銀髪の下で目を伏せた。ごく親しい相手への臣下の礼。
「では、そのように」
◇ ◆ ◇
もとより、勝てるなどとは思っていない。
されど彼女の師匠魂魄妖忌は言った。剣士が勝負に望むならいかな相手いかな状況であろうとも、必勝の念でもって臨まねば必敗の念からは免れない。
こと、真剣勝負となればなおさら。
寒に静まる広い広い御庭を光芒が駆け疾る。その間を突くように一面の白となり結晶が舞い上がる。
颯、颯、颯、颯、颯、颯、颯颯颯、颯ッ────────!
雪走る小さな影が降り落ちる光の雨をかわしていく。彼女が駆けたあとには「之」字の軌跡が残り、巻き上がる雪煙が夜に散っていく。
端から見れば、見事な動きと言えた。
けれど、無数の光弾をまき散らし彼女を追いつめている亡霊嬢が、浮“幽”するにまかせているだけだと言ったらどうだろう。
「そう、上手」
幽々子の瞳は妖夢を見ていない。唇から零れ落ちた言葉は駆ける妖夢の耳に確かに届き、ふたたび焦りを呼んでいく。
これぼどの弾幕をなんでもないことのようにこなすのか。こちらはその間を縫うのに精一杯だと言うに!
幽々子による妖夢の実力見極め。その攻防は既に五分に達していた。
「く、」
突如目の前に連なった短刀が割り込んできた。間合いが近い。楼観剣を盾にして小回りの利く白楼剣で打ち払う。この隙を使うか?
いいや、否!
三度身を任せてしまった誘惑を、幼い庭師にして剣士は初めて断ち切った。同じく三度試みは失敗し、こうして地上に縛り付けられ、体力と霊力、そしてスペルカードを消費している。
視界の端に捉えた主は微笑んでいた。
上空。天面を覆う幽玄の弾幕には、ところどころ綻びがあり一見すれば抜けられそうな物。だがしかし、容易に近付くことはできずそうされないようになっている。綻びは意図したものであり、しかし当の幽々子は意識してやったものではない。
緻密に編まれた自然。
天然の、なにも考えていないゆえに生じる深層の意識界。好き勝手に舞う蒼鉛色の反魂蝶は、時に交尾でもするように折り重なり連なる。
それを抜く術は、
「これは、どうかしら」
しゃららん………………。
鈴か鐘か。どことなく雅な音を連れて、反魂蝶が扇状に広がり向かってくる。奇数弾。先に展開された弾幕の余韻で、回避スペースはほとんどない。切り払うかこのまま逃げを打つかの二者択一。
「それでもッ」
急減速。前傾になっていた身体を引き起こす。足りない。楼観剣を突き立てた。華々しいばかりの雪煙が立ち、摩擦と剣がまとう妖気のあまりに御庭は沸騰する。
「あら、どうするのかしら」
声だけが聞こえる。扇子を口元に当てた仕草が脳裏に浮かぶ。気配で霊力の奔流がレーザーのように放たれたのが、
「ぜあぁぁっ!」
楼観剣を引き抜き意図的にバランスを崩す。勘だけを頼りに一気に左足を引いた。殺されていた慣性が息を吹き返す。
駿!
描かれる軌道は円。それに半身である半幽体が蛍火のように追随し、一瞬で剣士は空中の亡霊嬢へ向かい合う。
信地旋回。
逃げの姿勢から一転、剣士は攻めの位置にあった。五条の光は彼女の動きを読み違え脇をすり抜けた。反魂蝶が迫る。到達が前後したのは弾足の違い。
直感はいまこそ勝機だと告げた。
「人符──!」
妖夢はそれを信じた。
勝つか負けるかではない。勝てるか勝てないかではない。なぜなら勝敗というものは、結果でしかないからだ。
相手に利があるなら、それに互してなお勝つだけの利を求めれば良い。利を制するのが剣の術であり、また己を活かす道でもある。利がどちらにあろうとも勝ち目が生じるのは常にそこであるし、なにより必勝の念なくして勝機は見出せない。
本当に勝つべき相手は誰なのか。
その極みに剣の理はある。
反魂蝶に向かって大地を蹴った。死の誘いがかするのも構わず突っ切る。その先、背後に隠れていた人魂の群れ、幽々子の作り出した幽鬼弾。鋏のように交差させた二刀をそのままに、溜め込んだ力を一杯まで──。
道が、見えた。
それは、それこそは、奥義。ここに至って迷いなど無く、相手が誰であろうと関わりは無い。無意識が標的をトレース。殺界に至る最終軌道をはじき出し、剣に、剣士に、それらを突き動かす意志に伝える。妖夢は心の赴くまま宙を蹴り、これまで口にすること叶わなかった技の名を叫んだ。
「『未来──永・劫・斬ーーーー!』」
応えるように幽々子は両手に扇子を乗せた。二つを開き神楽でも舞うように、あくまでも優雅に空を踏み出した。こちらを目指す姿を綺麗だと思う。
一閃─────────────────────
幽明の狭間。生死の境界。翡翠のような輝きを曳いて、剣迅が巻き起こす雪風が夜空を翔け昇ってくる。
◇ ◆ ◇
由旬という単位はいにしえの昔、天竺の帝王軍が一日に進む距離とされていた。今の度量衡に合わせて言うなら、十キロメートルないし十五キロメートル。諸説諸々につき誤差五キロメートル。豪快とも言える幅があるのは、実際のそれが定かならないからで、時を遡るのに百単位で数えても莫迦らしくなるほどの昔の事だからその辺りはご愛敬と思って貰いたい。
二百由旬。
その二百倍に手が届くなんていう広さを誇る白玉楼の御庭。普通に考えれば絶対サバを読んでいると思うだろう。幾ら冥界だからと言ってそれは流石にないだろう、と。
ところで、その御庭を任されている半人間はそんなことを考えたこともなかったりする。それも二代にわたって、である。
なぜって庭師が知っておく必要があるのは庭の広さであって、それが一体幾つなのかなどという単位換算はそんなに重要じゃない。庭を任されているのはあくまで庭師である自分。その自分が広さを理解し、務めを果たせればなにも問題はない。
──そういうものだ。……そういうものさ、妖夢。
あまり構えなくていい。最善と信じるよう仕えなさい。
「お師匠……」
いつか聞いた言葉に、少女は声を漏らした。肌が感じた夜気は冷たく、月夜に浮かぶ白銀の御庭は静かに眠っているようだった。
──ぬくもりを感じた。
「幽々子さま」
「お目覚め? 妖夢」
「あ、これは!」
幽々子の肩に寄りかかっていたことに気付いて、飛び退くように姿勢を正す。同時にさきほどの“やり取り”が思い出され、身が縮こまるのを覚える。
冷静に、いや冷徹に見ても自分の立ち回りは悪い物ではなかったと思う。主に指摘されるまでもなく、日々己の未熟さを噛みしめているが、さっきのあれは悪くなかったと。けれど、
どう、でしたでしょうか?
その一言が言えない。
怒られることか、呆れられることか、なにを恐れているのか自分でもわからないが、この見極めにどういう感想を抱いたのかを聞くのが恐かった。
それが、魂魄妖夢の幼さだった。
「妖夢」
「はい」
「なにが、見えたのかしら?」
幽々子はやさしくそれだけ聞いてきた。それは主が従者の幼さを許したことなのだが、当の本人は気付けず思考を回し垣間見た光景を伝えた。
「桜が、」
そこで少し、迷う。奥義に至った瞬間に見たものを正直伝えるか否か。あれはただの幻ではなかったのかとためらう。
主は待ってくれた。
「桜を見ました。雪のように空へ広がって、踊っているような桜の花びらを……。たくさん、たくさん、見ました」
「そう」
言葉とともに吐息を聞いたような気がする。嬉しさ、悲しさ、楽しさ、寂しさ、どれなのかわからない。そんな、溜め息。
「幽々子さま?」
疑問を思って顔を上げると、幽々子は御庭の奥を見ていた。雪に埋もれた樹々。その中でも一際大きく、悠然とたたずむ妖怪桜。
──西行妖。
幽々子が問う。
「それは、どんな桜だった?」
「美しい桜でした」
「それは、どんな美しさだったかしら?」
「儚くて悲しい……でも、」
言い淀みながらも、答えた。
「強い意志を感じました」
幽々子はすぐ近くにいるのに、どこか遠い。決して目を離さないようにしなければ、妖夢はそう思わずにいられない。
「恐いと思った?」
「はい」
「逃げたいと思った?」
「いいえ」
「どうして?」
そこではじめて、幽々子は妖夢を見た。深い水底から心を覗かれているような錯覚に、しん、と瞳の奥が痛くなる。それでも、それでも妖夢は迷わなかった。
「わかりません」
幽々子の瞳を真っ直ぐ受け止めて、妖夢は言う。
「ただ私は、私が……」
「いいわ」
たどたどしく言葉を繰ろうとする彼女を制して、幽々子はほほえんだ。ゆらりと立ち上がる。亡霊故のおぼろげな足取りで、西行妖の方へ歩く。雪の上。足跡は、残らない。
「幽々子さま」
不意に駆られた恐れに、妖夢は呼びかけていた。彼女のきまぐれはいつものことだけど、そのまま消えてしまいそうな危うさがあったから。なぜと考える前に呼びかけていた。
「妖夢」
幽々子が振り返る。どこか楽しそうな笑みを浮かべて、よからぬことをしようとする笑みを。
「ここの雪が溶けたら、春を集めなさい」
「春を、ですか?」
「そう、幽顕問わず集められるだけここに」
「それはまた、どうしてでしょう?」
「あら、応えるよりも先に問いを返すなんてどういう了見かしら?」
「あ、う、も、申し訳……」
あわてて取り繕おうとしたところ、ちょん、とうろたえる頭を小突かれた。
「う、そ」
「ゆゆこさまぁ~」
いまにも泣き出しそうな顔をする妖夢に取り合わず、幽々子はお伽話でもするように語り始めた。
「この前、ちょっと変わった古文書を読んだのよ。なにかの縁起らしいけれど、西行妖についてだったわ。──あの桜、いつも満開にならないでしょう?」
「ええ」
言われて妖夢も西行妖に目を向ける。巨木は自分について語られていることなど気にもしない風に、寒い月の光を浴びていた。
「それは封印だからと言うのね。だから、その封印を解いてみたら面白いんじゃないかしら」
「はぁ」
いつもの調子に妖夢は呆れを含んだ相槌を打った。でも、それで安心する。さっきの恐れが消えていく。
「それに、妖夢もあの桜の満開を見てみたいと思わない?」
となれば、是非もなかった。
ゆとり溢れる笑みで向ける主に魂魄妖夢は銀髪の下で目を伏せた。ごく親しい相手への臣下の礼。
「承知しました。御庭の雪が溶けたら直ちに。──ところで、幽々子さま」
「なあに?」
辺りがほの蒼く、灯籠をともしたように明るいのはなんのせいか。どこか楽しげで少し危うげにほほえんでいる幽々子へ、妖夢は応えた。
「満開の桜の下で、今年もお花見をしましょう」
風が出てきていた。
それはきっと冬の終わりを告げる風だ。いまはかすかな凪でも、やがて天まで昇る春風になる。
この年、この春、白玉楼が桜で満たされるまであと少し。
西行妖はまだ夢の中。
──幻想郷の春は、そのまた少し先のことになる。
己がついに果てた事すら忘れ、永劫剣を振るい続けるその様、まさに鬼と呼ぶべし。
なあんちゃって。