Coolier - 新生・東方創想話

無碍に拡がり行くは墨染めの空

2005/03/19 23:18:26
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満開の桜の巨木を繰り返し振り仰ぐように、
少女は、黙々と地に剣を突き立てる。

ざぐり、ざぐ、がつ、がつ。
がつ、ざぐり、ざぐ、ざぐん。

諸手には二振りの刀。
もとより地を穿つ為の道具でなければ、地を打つ度に刀身はいがみ、ひび割れ、
また地を打つ衝撃は少女の掌を無尽に引き裂く。

少女の所作は過当な労苦に千々に乱れ、血塗られた掌は刀の保持を困難に。
罅割れた刀はもはや鋼の硬度を持たず、地を穿つ力はいよいよ弱い。

それでも剣は折れず、また少女が手を休める事も無く。


うすら翳る墨染めの空の下、
繰り返し地を穿つ音だけが、いつまでもいつまでも響いていた。


            §


「気に入らん」
薄霞む白銀の月明かりと、其と相反するような匂い立つ香気が空を取り巻く。
暗い、彩りの無い簡素な一室。
場にありありと残る房事の痕跡を隠そうともしないまま、男は傍らに眠る少女の腰をぐいと掻き寄せた。
「何が・・・でございますか」
俄に清浄な鈴の音が、爛れた空気を刹那打ち払う。
見れば、ついぞ忘我の淵に在ると思っていた少女が、その声音にそぐわない覇気の欠いた目を細め、
気だるげに男を見上げていた。
男は少女を刹那だけ見やり、まるで詰まらない物でも見たように小さく舌打ちすると、粗暴とも取れる
強い仕草で、しな垂れかかる色白の躯を無下に打ち払った。
音も立てず、ゆらりと寝床に舞い広がる銀の色。
男は少女を見向きもせず、短く吐き捨てる。
「白楼は直す。それは良い。
 あれはお前のための刀。お前が使えぬと申すなら、何度でも打ち直そう。」
爛れた房事の場でいかなる無情があるものか、男の双眸は赤々と燃え、
銀の少女は・・・その剣呑な空気に身を裂かれてなお、男を意の中に置かない。
その凛とした声音にそぐわぬ生気の抜けた体のまま、男の嫌忌を包み込むように、あるいは
覆い隠すように、男の膝に頭を寄せる。
「―ならば問題無いではありませんか。
 私は刀を直して頂くべくここに参った。そして貴方様は確かに刀を治すと仰る。
 ・・・水が高きから低きに流れ落ちるように、自然な事でございましょう」
「何が自然なものか」
男は少女を振り払うように立ち上がった。
「白楼は妖が一刀よ。
 あれは貴様の手にあって、鋼は貴様の腕となり、その剣気は心意、白楼の字もて貴様と一体を
 為す事こそがその本質であれば、打たずとも貴様に合わぬ道理がどこにある?」
少女は答えない。
男は侍る少女に手を伸ばし―その顎を掴んで眼前に引きずり上げた。
「貴様にそれをくれてやった時、俺は何と言った?
 ただ主の手足と為せ。貴様がその意を貫く限り、其はその言霊を以って、貴様の白銀の楼になろうと、
 ・・・そう言ったな?
 -だのに貴様は今白楼を持てぬと言う」
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ぎしり、と骨の軋む音が響く。
「その上今貴様は何をしている?
 確かに白楼の調整には貴様のその血は役に立とう、だが何故貴様に其れが差し出せる?
 貴様は主の物言わぬ手足ぞ。貴様の処遇を貴様が決めてよい道理など微塵も無い。」
ぎりり、と男の奥歯が軋みを上げる。
「・・・ならば、今の貴様は何だ。
 主の意思無く主を貶める犬畜生か?」
その眼光は今にも少女を切って捨てるかとばかりに煌き、その憤激の程を十全に語る。
少女を吊り上げる腕は際限なく膨れ上がり、その膨大な膂力は白矮の体躯をついに地から離し、
-男の人間離れした膂力と、自身の体の重みを一身に受けながら、それでも少女は何の反応も示さない。
それはまるで、意思の無い人形の様であり、


「貴様、己の主(心)を何処へやった」
拠る辺を失った亡骸のようにも見えた。


「もう・・・良いのでございますよ」
吊られた腕を振り払う事もしないまま、少女がくぐもった声を発し力なく傍らを指し示した。
そこには、今一振りの長刀が、
従前の一輪でなく、花の落ちぬ鮮やかな桜の一枝を括った長刀の鞘があり。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どさり。
少女の体が再び床に堕ちる。
男は、少女を放したその態のまま、確信を込め静かに問いを向けた。
「・・・主を、討ったか」
-くっ、と。
少女は初めてその顔を僅かに歪め、声の無い笑みを浮かべ、哂った。
”幽玄の時が永すぎたのです、   様は、永く在るにはあまりにお優しすぎたのです”
裂け広がる顔の隙間から漏れ出る鈴の音は、最早意味を成さない雑音と成り果て、
「・・・哀れな」
男は少女の残骸を無表情に見つめた。
「-俺は、お前の寄る辺にはなれん」
幾許かの時が過ぎ。
男は少女の刀を引掴むと、服を羽織り背を向けた。
少女は男の声が聞こえているのかいないのか、顔も体も変わらぬまま、ただ男の前に侍る。
「俺は唯の刀鍛冶よ。為すは唯お前の刀を冶すのみ。だが・・・」
音も無く襖が開く。
男は少女を見向きもしないまま、刀を掴み工場へと歩を進め、
「だが、俺が鍛冶ならば貴様は武。鋼を持てば・・・自ずと道も定められよう。
 ・・・なに、俺の打つ刀だ。
 第三を切るが身上とはいえ、人一人納まる穴を穿つ程度には、第五の央(黄)にも通じるであろうよ」
              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少女の残された部屋に、男の声がかすかに届き。

「・・・あ」

少女は顔を上げると、初めてその双眸に生気を灯した。
・・・まるで、暗闇に灯された篝火に、自ら飛び込むひとひらの蝶の様に。


            §


天を覆うほどの満開の桜の下、一人の少女が佇んでいる。

少女はその顔に微笑をすら浮かべ、眼前の桜の巨木に静かに語りかける。
「幽々子様、長らくお一人にいたしました事、一重に臣の無能の致す所。
 如何に詫びのしようもございませんが、せめてこれより後は」
 

「-この魂魄妖夢が、御許に」


少女は黙々と地に剣を突き立てる。
手には打ち直された双振りの刀を掴み、一度振り下ろす度主の名を呼び、二度振り下ろす度
現界に溢れる己の邪心をその一刀で切って捨てる。
其れは祈りにも似て。
鋼が地を打つ度、その響きが悲鳴のように、少女の心を遠近に散らした。

やがて少女は限りなく無心に近づき、
その最奥の、秘めた願いが、散らぬ桜の花びらの代わりとばかりに、現界に散っていく。

「-幽々子様」
少女は無念だった。
「-幽々子様」
元より救ってくれ、などと虫の良い事を言うつもりは無かったが。
「-幽々子様」
ただ、せめて。
「-幽々子様」
たった一つ、一つだけ願えるならば、
「-幽々子様」
明日を迎えられるだけの、
「-幽々子様」


-明日はきっと今日より明るいと信じられるだけの、希望が欲しかった。



少女の眼に、切り捨てたはずの一片の雫が、静かに光り、零れ落ちた。

眼前には満開の桜。

うすら翳る墨染めの空の下、
繰り返し地を穿つ音だけが、いつまでもいつまでも響いていた。


【了】
どうもお初にお目にかかります。
・・・えーと、初っ端からカミングアウトしますと、これは本来某板のお題に出そうとしたものの
成れの果てです。
テーマ(光だった筈)合わしてさくっと書いたら、全然字数合わなくなりましてんorz
せっかく書いたものをディラックの海に沈めるのもなんなので、こちらで晒してみようかと言う。

内容的に鬱かつ駄文の為、もしお読みいただいた方でご不快に感じられた方、おられましたら
大変失礼いたしました。
ご一報戴ければ、削除いたしますので・・・
萩原ゆう
[email protected]
http://www.netlaputa.ne.jp/~kyou/
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