厳しかった寒さも落ち着きを見せ、穏やかな陽気となったその日。
博麗神社では、毎度の如くの宴会が行われていた。
「酒ー! もう酒は無いのかぁー!」
「仕方ないわねぇ、ならとっておきのヴィンテージワインを……って空ーー!?」
「むー、味がぼやけてる……酔いが回ったかしら」
「お嬢様、流石に十種類のチャンポンは無理があるかと思われますわ」
「あむ……この寒天食べ応えがあるわねぇ」
「幽々子様ぁー! それ私の半身! 食べちゃダメ! NOOOOOOO!」
収拾などつく筈も無く、また誰もつける気も無い。
それも毎度の事である。
「ふう……」
そんな喧騒を尻目に一人境内を歩くのは、我らが永遠の巫女、博麗霊夢その人。
酔い覚ましと称しての散歩である。
燦々と光を放っていた筈の太陽は、既にその日の役目を終えようとしていた。
「……要するに昼前から飲んでたって事か。まったく、ダメダメな連中だわ」
「あらあら、人の事が言えるのかしら」
霊夢はその声に別段驚くこともなく、けだるそうに背後を振り返る。
「私はここに住んでるんだから仕方ないでしょ。勝手に押しかけてくるあいつらが悪いのよ
……で、紫も一杯やりに来たの?」
そこにいたのは、神出鬼没のスキマ妖怪、八雲 紫。
文字通り、彼女には時間も場所も関係ない。
用を足している時に天井から逆さまに登場した事を思えば、この程度は普通の登場方法と言えた。
「んー、まあ、そんな所と言えない事も無いけど……今日は何人来てるのかしら?」
「? 六人だけど?」
「すると、私と霊夢で八人って事よね」
「少なくとも七人や九人では無いわね。あ、妖夢がいるから七人半が正解かも」
「よしよし、丁度良かったわ。さぁ会場へ戻るわよー」
紫は一人納得すると、霊夢の袖を掴んで歩き出した。
「こ、こら、引っ張らないでよ!」
元々、独立した形状の袖なので、引っ張った所で伸びも千切れもしないのだが。
「はい、ちゅーもーく」
入り口から聞こえた声に、酔っ払い達の視線が一斉に集まる。
「って何だ紫か。酒でも持ってきたなら歓迎するが、手ぶらはお断りだぜ」
「お酒もあるけど、今回はそれより面白い物を持ってきたわよ」
「おうおう、随分強気だな。理知的なチルノでも見つけたのか?」
「そこまで面白くは無いけどね」
紫はスキマを展開させると、正方形のテーブルのようなものを二台取り出した。
上には緑色のマットが敷かれており、その真ん中の部分が四角く窪んでいる。
「あ、これって……」
「……また随分珍しい物を持ってきたわね」
それが何であるのかを理解した数人が反応を見せる。
紫はコホンとわざとらしい咳払いをしつつ、こう宣言した。
「只今から第一回博麗神社杯争奪麻雀大会を行いま~す」
「って、何よ博麗神社杯って! 勝手に決めるんじゃないわよ!」
「やーねぇ、気分よ気分。何か頭に付いてた方がそれっぽいでしょう?」
「そういう問題じゃなくて……ああ、というかそれ以前に重大な疑問があったわ」
「あら、何かしら」
「麻雀って何よ?」
「「「「……」」」」
一瞬、宴会場が静寂に包まれる。
「……え、なに? 私変な事言った?」
「ん、いや、別に全然変じゃない。私も初耳だぜ」
「言葉そのものは聞き覚えがあるけど……具体的には私も知らないわね」
「右に同じです」
と、魔理沙、咲夜、妖夢が次々と声を上げた。
これは予想していなかったのか、紫が戸惑いの表情を見せる。
「え……もしかして麻雀ってマイナーなゲームになってたりする?」
「確かに最近は殆ど見なくなったわね、前に見かけたのは三十年程前かしら」
そう答えたのは幽々子。
「そうだったの……がっくり」
「いっつも寝てばかりいるから、時勢に疎くなるのよ」
「……ううう……」
「ああ、でも別に良いんじゃないの? 貴方達は打てるんでしょう?」
ヘコんだ紫の姿に、少し罪悪感を感じたのか、幽々子が問いかける。
「失礼ね、最近はご無沙汰だったけど、昔はよくパチュや門番の……えーと、名前何て言ったかしら。
みりん、もらん、メロン……とにかくそんな感じの奴を毎晩ハコにしてやったものよ」
「私も打てない事は無いけど…」
自信満々のレミリアに、やや消極的なアリスと、二人は対照的な反応を見せた。
「ほら、四人は揃ってるじゃないの」
紫は改めて面子を見渡し、一瞬だけ考え込む。
「んー、よし、じゃあこうしましょう
ラァアアアアアアアアアアン!! カムヒアーーーーーーー!!」
「……普通に呼んで下さいよ」
特に派手な演出も無く、ひょこんとスキマから姿を見せる藍。
「もう、遊び心が無いわねぇ」
「(遊ばれ心なら嫌というほど身に付けさせられましたが)」
「何か言ったかしら?」
「いえ、特に何も」
「……ま、いいわ。貴方はあっちの四人にルールとか教えてあげて頂戴」
「はいはい、分かりました」
「藍、返事は三回よ」
「はいはいはい、分かりました」
「キィー! 私を馬鹿にしてるの!?」
「…………」
(……どうして私はこんなにアレな人の式になってしまったんだろう……)
後悔してみるも、それに気付くにはあまりに時間が経ち過ぎていた。
「えーと、この三つを合わせて…十四枚だっけ?」
「ああ、特別な場合を除いてその形で進行する。多くても少なくてもダメだ」
「役ってのが随分曖昧だな、決まったルールは無いのかよ」
「地域差の激しいゲームだからな。とりあえず今回は基本的な物だけ押さえて置けば良い」
「同じ点数の場合でも随分と難易度に差があるのね、この四槓子なんて到底有り得ない確率じゃないの」
「その辺りは気にするな。確率論だけで語ると色々と厄介だからな」
「藍さん、この牌何も書いてないんですけど、不良品ですか?」
「……それは白と言って立派な牌の一種だ」
一部問題を抱えつつも、人間組への講義は順調に進んでいた。
(元々、習熟は早い連中だからな……実践に移れば直ぐにコツを掴むだろう)
そんな事を考えつつ、何気なくもう一方の台へと視線を移す。
妖怪卓の様子はというと、場決め、洗牌、親決め、配牌と流れるように進んでいた。
四人とも明らかに手馴れているのが見て取れる。
「半荘、25持ちの30返しでアリアリね」
東家 紫
「レートは?」
南家 レミリア
「ピンで良いでしょ」
西家 幽々子
「(……単位は何なのかしら)」
北家 アリス
東一局
「じゃこの辺から、と」
「ポン」
一打目の発をすぐさま幽々子がポンする。
「へぇ……」
「ポン」
続けてアリスの切った九筒を、またしても幽々子がポン。
「ふふふ……」
「…………」
「相変わらずねぇ」
「何となくそんな気はしたけど……」
「チー」
幽々子、上家レミリアの三筒をチー。
「……やっぱり麻雀でも喰ってばかりなのね」
「あら、これは偶然よ?」
「白々しい……」
「はい、ツモ」
「「「早っ!」」」
何故かハモった三人を尻目に、笑顔で倒牌する幽々子。
「混一色、発、ドラ3、跳満ね。はい、六千三千」
「勿体無い事、その配牌ならいくらでも伸びたでしょうに」
「今更よ紫。これが私の打ち方なのは知ってるでしょう?」
「はいはい」
それぞれ点棒を支払い、次局へ。
東二局
「あーあ、幸先悪いわねぇ」
ぶつぶつと呟きながら理牌する紫の手を、突如下家のレミリアが掴んだ。
「……何のマネかしら?」
「さぁね。とりあえずその袖に隠してるスキマを何とかしたら?」
「あらま、バレバレ」
掴んだ手を振ると、袖からバラバラと牌がこぼれ落ちた。
「紫のスキマ返しを一発で見抜くとは…やるわね」
「そこの亡霊。他人事のように言ってるけど、あんたの袖も妙に膨らんでるわよ」
「あらま、バレバレ」
そんな産業廃棄物クラスの胡散臭いやり取りを、一人蚊帳の外で眺めるアリス。
「……何なのこいつら……」
今更ながら、この面子に自分が混じっている事を後悔する……
……振りをしながら、密かに部屋の各部へ張り込ませて置いた人形からの映像受信を開始していた。
(イカサマは禁止……でも、逆を言えば、見付からなければOK。そういう事よね?)
「さあ、続けましょう。正々堂々とね」
「なあ、あいつら何語話してるんだ?」
「すぐにお前達にも分かるようになるさ」
分からないほうが良いんだろうな、と一瞬思うも、それは口にしない。
「さ、とりあえず始めてみよう。何か分からない事があればその場で言ってくれ」
「習うより慣れろ、ね」
そんなこんなで人間卓の方もぎこちなく牌を並べ始めた。
夜はまだ始まったばかりである。
個人的にレミリアが打てて咲夜が打てないの事にいろいろとひっかかるものを残しつつも妖怪大戦争に発展し無い事を祈って続きをお待ちいたします。w
濃い面子の中、何気に一番(イカサマに)順応しているアリスがいいなぁ・・w
GJ! それでこそ世紀末賭博を制するつわものだ。 ざわ… ざわ…
続きも楽しみにしております。