Coolier - 新生・東方創想話

萃香の夢

2005/03/16 12:20:53
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※注意事項

 このSSには萃夢想のネタバレが含まれています。
 このSSには筆者独自の想像が盛り込まれています。
 このSSは時期的にはth0748といった所です。 萃夢想直前のお話です。































私の名前は伊吹萃香。
鬼である。



鬼とは絶対的な力の象徴であり恐怖の権化である。
鬼は人を攫い、人は鬼を退治する。
そう、昔から刻まれ続けた盟約。
いつしか途切れてしまった盟約。
鬼とは忘れられた存在である。

人間からも、幻想の生き物からも。
忘れ去られた生き物、それが鬼。

しかしその力は強大にして無比。
その心は誠実ながらにて傲慢。
その存在は希薄にて濃密。
それが鬼。



私は鬼である。

そんな私は物事の疎と密を操る事が出来る。
それは類稀なる能力であり、鬼の中でも使い手は私だけ。

人の中に稀に能力を持つ者がいる様に、私は特別に能力を持ち得た。
つまり他の鬼には無い、私だけの取り柄だ。



だが、それは何の為にあるのか。

そも、鬼にそんな能力はいらない。
何故なら必要ないから。

自然を操る時に必要かもしれない。
人を攫う時に必要かもしれない。
逃げる時に必要かもしれない。

いや、必要なんか無いのだ。

何故なら鬼はその類稀なる精神と身体能力においてそれらを克服するからだ。

空間を爆砕させて攻撃する。
地面を隆起させて攻撃する。

私の得意とする攻撃。

そんな物は彼等には必要ない。

無比なる力で相手を打ち砕けばソレだけで事足りる話。

人を攫うのにだって必要ない。
ただただひたすらに速く走れば良いだけの事。

逃げる時にも必要は無い。
鬼は、己の尊厳をかけて試合に臨む限り、後退はあり得ない。
敗北はあり得ない。
そんな弱い精神を持つ者は鬼ではない。
だからいらない。


鬼というものは子供も大人も同様に扱われる。
鬼にとって大事なのは力だけ。
力さえ強ければ子供は子供ではない。

ただ、妖怪として当然ではあるが歳を重ねるごとに強くなる。

そして、強き鬼は畏怖の対象であり、憧れの対象である。
当然、誰もが強くなろうと望み、誰もが強くなっていく。







私も強くなりたかった。
だから鍛えた。
己の肉体を鍛えぬいた。
しかし、それでも、私は非力だった。
更に私はまだ子供だ。
そんな私には、親父達、家族の期待に応えられるだけの力は持ってない。
しかし。

しかし私には類稀なる能力がある。
だからその能力で力を代用した。





強き鬼の親族はそれだけで鼻が高い。
鬼という生き物は家族間の繋がりは深いのだ。
そもそも、私が強くなろうと努力していたのは親父が喜ぶと思ったからだ。

「おぉ、俺の娘はこんなに強いのか!」

と喜んで欲しかったからだ。
しかし。

しかし実際は怒られた。

「誇り高き我ら鬼が、小手先の技に頼るな。」

と。

親父は私の事を認めてくれなかった。

では、私が私なりに苦労して磨いた技はなんだったのか。

確かに私は普通の鬼とは違う。
非力だし、思考も違うし、性格も違うし、変な能力だって持っている。

だが、それがなんだというのだ。
そんな事は関係無い。
私は一匹の鬼である以前に一人の子供なのだ。
私はただ親父に軽蔑されたくなかっただけ。
褒められたかっただけ。
それ以外に何を考えていた訳でもない。

だから私は私なりに頑張ったのだ。
頑張れば頑張るほど褒められると思ったから頑張ったのだ。
非力であっても私は立派な親父の娘なんだって言いたかった。

兄貴達に混ざって訓練もした。
己の能力を磨く為に死ぬ思いもした。

結果、私は大人の鬼と同じくらい強くなった。
大人の鬼と同じ程度の強さである筈の私。
でも私は強い存在であっても強い鬼ではない。

だから親父は認めてくれない。

多分、親父が怒ったのはそれだけは許せない事だったからだろう。
愛すべき(?)娘が非行に走るのを止めるのは親の情だ。
鬼らしく、己の拳だけで己を磨いて欲しかったのだろう。

だが、それは無理な話だ。
私は非力だ。
私はこの能力無しでは同年代の鬼にも劣る。
それでは胸を張って親父の娘を名乗れないではないか。

だけど、親父はこの能力を使うなという。
なれば私は如何様にしてこの生を過ごせば良いのだろうか。

親父のがっかりした顔は見たくない。

私は親父の馬鹿笑いが大好きだった。
豪快にガッハッハと笑って、潰すのが目的なのでは無いかと疑うぐらいに頭を撫で付ける。
痛いと抗議すると、すまんすまんと言ってバンバン背中を叩いてくる。
そんな親父が大好きだった。

あぁ、どうして私は親父の最も望む事を成し遂げられないのだろう。
どうして鬼として、強き鬼として生きられないのだろう。

私は欠陥品だ。

思考の弱さも、
依存を望む心も、
この腕の非力さも、
この類稀なる能力も、

全てが全て欠陥品だと思った。

そんな欠陥だらけの鬼など鬼では無い。

能力を使うなという親父の言いつけは
『お前は俺の娘ではない。』
と、暗にそう言われたかの様だ。
いや、そう口にはしなくとも、心の奥底では思ってしまっているだろう。

全てに裏切られた気がした。
私の全てが否定された気がした。
足元が崩れていく。
自分が薄れていく。
何とか己を取り戻さねば。
このままでは私は消えてしまう。















なので。

















家出する事にしました。





















――――――――――――――――――――

もういいもん。
拗ねてやる。
非行少女ここに見参。

大体親父がいけないんだ。
娘がコレだけ頑張ってるんだから形はどうあれ褒めろっての。
ちょっと自分の意図から外れてるからって怒るなんて・・・怒る・・・なんっ・・・て・・・

・・・

くそ、涙が出てきた。
馬鹿親父アホ親父間抜け親父。
私がいなくなって泣き叫べ馬鹿。

兎に角、家出だ。
ちょっと遠い所まで一人呑気にぶらり旅だ。
・・・まぁ、道中少しは腕力を鍛える修行もしてやらんでもないが。
兎に角、家出だ家出。



・・・・家出に先立ち、旅支度から始めようかと思う。
鬼の居ぬ間の洗濯、というか親父の居ぬ間の旅支度。

まず、服。
元々獣の皮しか着ない鬼。
でも今回はおめかしをして行こうかと思う。
私の中のとっておき。
人間界の服だ。
残念ながら一着しかないが問題無い。
汚れたら川で洗えばいい。

次に食料。
正直普通の食料はどうでもいい。
そんなもの何処にだって転がってる。
問題はお菓子だ。
これだけはすぐには調達できないので少し多めに持っていく事にする。
するめとか落花生とか。

旅支度はそれだけで十分だろう。


お気に入りのリュック(大きさ約5尺四方の立方体)
に色々詰め込む。
お菓子にお菓子にあとお菓子。
それからお菓子とお菓子。
7割ぐらいリュックが埋まった所でふと気付く。

ん、そうだ。
私は非行少女だ。
未成年ではやってはいけない事をやろうかと思う。

・・・酒か煙草だな。

親父曰く、酒も煙草もやる女は終わってると言う。
なので片方を選ぶ事にした。

煙草吸ってる親父はカッコいいけど、酒を飲んでる親父は凄く楽しそうだ。

今の自分はカッコいい必要なんて無い。
ただ楽しくなりたい。
今は何もかも忘れて楽しみたい。
だから酒を選んだ。

とは言っても私はあんまりお金は持っていない。

と言う事で。

鬼のマジックアイテムを一つもって行く事にした。
生来酒好きの鬼達の、一家に一つは必ずある魔法の瓢箪だ。
いくらでも酒が出てくると言う魔法の瓢箪。
コレがあれば酒には困らない。
と言う訳で瓢箪を取りに行く。





台所の戸棚からいそいそと瓢箪を取り出す。
親父の瓢箪で結構高級なヤツだ。
コレが無くなったら親父は悲しむだろう。

・・・・・

ふと、私がいなくなった事より瓢箪がなくなった事に親父がショックを受けたらどうしよう。
とか考えてしまった。

・・・・・

ふん、もしもそうだったら二度とここには帰ってこない。





・・・と、瓢箪を抱えて歩いている所を兄貴に見つかった。

怒られるかな? と思った。
そう、未熟であり、親に一人前と認められていない私には酒を飲む権利は無い。

が、別に兄貴は気にしていない様子だった。
「あぁ、俺も昔よくやった。 いいんじゃないか?」
とか何とか。
ただ、未熟な鬼が酒を飲むと酷く酔うから気をつけろとだけ忠告をしてくれた。

「それよりも、あの大袈裟な荷物は何だ?」
と兄貴は訪ねてきた。
どうやら私の部屋の大荷物を見たようだ。

誤魔化しは不可能。
そして今更あとにひく気は無い。
そう気を引き締め、私が家出する意思を告げると。

「そうか、旅に出て己を知るのだな。 結構結構、大いに励め。」
と兄貴愛用の鎖を貸してくれた。

・・・・こういう所、鬼って馬鹿だなぁ、と思う反面大変好ましく思う。

この鎖は兄貴が成人(正しくは成鬼? どうでもいいや)した時に、兄貴が親父から貰った物だ。
曰く
「鎖の本質は縛る事にあり繋ぐ事にある。
 敵を束縛するという考えは鎖の用途の一つでしかなく、本質とは違う。
 本質は己の魂を縛る事。 精神を束縛する事。」
だそうだ。
つまりは加減を知れ、自制をせよ、己を強く持て、強くあれ、、と言う事らしい。
大人と認められた鬼に贈られる大人の証。
それがこの鎖だ。

何はともあれ瓢箪と鎖ゲット。
兄貴がどういうつもりでこの鎖を渡してくれたのか、真意は掴めないがありがたく借りておく。
うん、兄貴の為だけにも戻ってきてやってもいいかも知れない。




と言う訳で。
荷物はまとまった。
お菓子と鎖と瓢箪。

よいしょとリュックを背負う。

とことこ歩いていって、玄関で立ち止まる。

・・・・・

目を瞑って、大きく息を吸い込む。
家の、兄貴の、母さんの、・・・親父の。
慣れ親しんだ我が家の匂いがした。

・・・・・

目を開ける。
旅立ちの扉が目の前にある。
この扉を開ければ私の旅は始まる。

今なら引き返せる。

だからどうした。



私は玄関の扉を開けた。













外はいつもと違う感じがした。
なんか私を応援してくれるみたいな優しい風だ。

なんか嬉しくなってきた。
ドキドキしてきた。

良く考えてみれば一人で遠出なんて初めてだ。

家出としての第一歩を踏み出す。

・・・・・

さくり、と軽い音を立てて砂を踏む。



・・・・良し。
家出開始!

意気揚々と歩き始める。

目的は南西にある樹海だ。
ここの奥深くに紫色の境界があると言う。
そこで呪文を唱えると、人間界やその他の世界に案内してくれる妖怪が現れるのだそうだ。
但し、その妖怪に自分が気に入られなきゃ駄目らしい。

私は鬼として未熟だ。
それにまだ子供だ。
気に入られる事は多分無い。
だから秘策を用意した。

贈り物だ。
昔に母さんから貰った髪留め。
可愛らしいハートの飾りがついている私の自慢の品だ。
コレをあげればその妖怪も喜ぶだろう。

鬼の想いの篭った道具は、そんじょそこらのマジックアイテムなんか比較にならない。
魔力の存分に篭った貴重なアイテムなのだ。

・・・この髪留めを失うのは痛い。
でも、何にも犠牲は付きものだ。





鬼という生き物は独占欲が強い。
アレもコレも何もかも。
気に入った物は他人に譲らない。
それは物でも人でも立場でもそうだ。
だから犠牲と言う言葉を嫌う。
犠牲などいらない、己の力で何とかする。 それが鬼だ。

でも、それは賢くない事だと思う。

その姿勢は立派だ。
だけど物事は力ずくなだけじゃ駄目な事もある。
他人との信頼関係なんてその最たる物だ。
相手がその傲慢を許容しない限り、信頼関係など築く事が出来る筈が無い。

意図を同じくする相手となら問題は無いだろう。
だから鬼同士は仲が良い事が多い。
逆に、鬼は昔から他の妖怪と馴れ合わない。
他の妖怪を配下に置く事はあっても、他にはあり得ない。

その昔、鬼は人間を見限って、鬼の国に篭ったと言う。
なぜ篭ったのか。
それは、鬼としての存在を許容したのは人間だけであり、
他の妖怪は鬼の存在を許容しなかったからだと私は思う。
だから鬼は篭ったのだ。
唯一の親友を失くしたから。
他には友がいなかったから。

つまり、鬼は可哀想な生き物だと思う。
己の傲慢ゆえに小さく縮こまって生きている姿は滑稽でさえある。

どれだけ頑強な肉体を持っていても。
どれだけ強固な精神を持っていても。
結局鬼を破ったのは孤独と言う事。
鬼達は広き世界での孤独に耐え切れず、狭い自分だけの国を作って移り住んだ。
・・・自ら孤独になる事で誤魔化したかったのだろう。

それはとても愚かな子供の様な行動。
うまく行かないと言うだけで部屋に篭る子供の様。
あぁ、だから鬼は大人と子供を区別しないのかもしれない。
つまり鬼にとって鬼は鬼であり、そのほかの何者でも無いと言う事。

ならば私はなんなのか。
私は子供でありながら先人を馬鹿にしている。
鬼で在りながら鬼で無い。
ならば私はなんなのか。
酷く曖昧な生き物だと思う。

でも。

だからこその私だ。

私は外の世界に出る。
そこで友人を作るつもりだ。
かつての人間のような友人を。
そしてこの鬼の国の皆を引っ張り出してやろう。
きっと。
鬼達は皆、ふれあいを取り戻したいと願ってる筈だ。

曖昧な私だからこそ出来る事。
曖昧な私にしか出来ない事。

疎であり、まとまりを持たぬ私が、みんなの密となる。
ほら、きっと私の能力はそういう事。

だから。





――――私は伊吹萃香。 外の世界に出たい。

そう、紫色の境界に声をかけるのだ。



・・・・・

考え事をしていたら随分歩いてきてしまったようだ。
残念。
もっと味わって歩いてくれば良かった。

この旅立ちは伊吹萃香の旅立ちであると同時に鬼の旅立ちなのだ。
もっと・・・なんていうか、こう・・・・なんか欲しかった。
少なくとも考え事をしてぼーっと歩くってのは無しだと思った。

・・・でもまぁ、どうでもいいか。
これから長い永い距離を歩く事になるんだ。

これからいろんな幸せがあるんだろう。
これからいろんな苦労があるんだろう。
これからいろんなヤツと会うんだろう。
これからいろんな別れがあるんだろう。

あぁ、この先どうなるのか非常に楽しみだ。
















だから。





















凄く気分が萎えた。

親父に見つかった。






















「む? なんだ萃香。 そんな大荷物を担いで。 何処に行く?」
「別に。 ちょっと家出する。」
「そうか。 気をつけてな。」

それだけの会話を残して二人はすれ違う。
ただそれだけの話。
別に何かを期待してた訳では無い。
こういう可能性も考えていた。

つまりそれはすれ違うと言う事。
私がいくら頑張って友人を作っても意味が無く。
結局は鬼は鬼でしか無く、
ずっと孤独だと言う事。

そう、だから親父には会いたくなかった。
こうなる可能性は多分にあったから。
まるで未来が見えたかの様な気持ちになる。

で。






















「なにィィィいいいいいいいいいい!! 家出だとォォォォォおおおおおおおおおお!!!!」

と、ようやく言葉の意味を理解した親父が超高速で駆け寄ってくる。
韋駄天真っ青。
元は彼も鬼なんだがまぁそんな事はどうでもいい。

「どういう事だ何があったどうした何がお前をそんなにした何が不満だったんだ何がお前をそこまで
 追い詰めたわかったぞ隣のガキだな自分がようやく千貫の岩を持ち上げられた事をさんざん萃香に
 自慢してたものなあのくそガキ捻ってくれる・・・・・!!」

私の肩の骨を粉砕するのが目的では無いかと疑いたくなる程凄い力で肩を掴み、
がっくんがっくん揺らしまくる。

そう、だから親父には会いたくなかったー。
多分こうなるだろうと思ったー。

実は凄く嬉しい。
だけど凄く悲しい。

親父はあくまで鬼なのだ。
自分の物がなくなるのが嫌なだけ。
多分親父には何を言っても無駄。
自分の娘が何かを成し遂げる為に危険を冒すのは嫌なだけ。
そんな犠牲は嫌なだけ。

でも、それは凄く嬉しい。
でも私は行かなくちゃいけない。

確かに元々の動機は拗ねた事だが、いつかはやらなくてはいけないと思っていた事。
鬼としての規則に縛られずに、私は生きなくてはいけない。

「ごめん、親父。 でももう決めた事なんだ。 私、行くね。」

そっと親父の手を取る。
・・・そしてこの後の親父の行動だってわかってる。

「行かせん!! 絶対に行かせんぞ!! 
 酔符! 鬼縛りの術!!」



親父は自分の鎖を振り回し、私に絡めようと試みる。
コレを喰らったらその名の通り、私は鬼に縛られてしまう。
・・・・・
そう、元々こんな鎖が成人の証である事自体が既に間違っているのだ。
だから私はその鎖を断ち切らねばならない。

私は能力を発動させ、鎖を避ける。

「くっ!! 待ってくれ萃香!! どうして行くんだ!! 理由を言え!!」

親父は霧になった私に向かって大声で怒鳴る。
おぉ、怖い。
今迄見た事が無い位に怒っている。
・・・いや、アレは泣きそうなのを我慢しているのかも知れない。

「親父が好きだから。」
「・・・え?」

そう、親父が好きだから。
皆が好きだから。
鬼が好きだから。

「私は鬼とは違うけど、でも鬼が大好きだから。」

そう言って、私は元の姿を取り戻す。

ちゅ

呆けてる親父にかるく口付けをして、身を翻す。

「いってきます。」





親父には私が何を言ってるのかわからないだろう。
当然だ。 鬼に私が思ってる事がわかる筈が無い。
コレは異端児の私にしかわからない事。

でも私は鬼だから。
鬼じゃないけど鬼だから。
誇り高き鬼の娘だから。

頭の固い親父を納得させるのは大変だと思う。
でもやらなきゃ。
皆にもう一度元の世界に戻って欲しいから。
だってそっちの方が皆が楽しい筈だから。

鬼は楽しい事が大好き。
だから楽しくなったら嬉しい筈。
だから私は頑張ろうと思う。














そして、樹海の奥に着く。

目の前には紫色の空間が、空中に口を開けて浮かんでいる。
空間の向こうには何も見えない。

ごくりと唾を飲み込む。
・・・・良く考えたら。

こんなにも長い間、鬼の国に居ても、文句が言われなかった大妖怪。
ソイツがこの奥に居る。
文句が言われなかった。 つまり文句が言えなかった。
そんな化け物相手に果たして話が通じるだろうか?

そもそも。
違う世界に行ったっきり帰ってこれない可能性を考慮していなかった。

ブルブルと足が震える。
カチカチと奥歯が鳴る。

・・・・・・・

何を戸惑う。

「ムラサキ殿! 私は伊吹萃香!! 外の世界に出たい!!」

私は親父の娘。 誇り高き鬼の娘だ。
だから、どんな大妖怪が出てきたってひるみはしない。



「ん~、呼んだかしら?」

空間の奥から一人の女性が出てきた。
女性はつまらなそうに、気だるげに、空間から身を乗り出した。

一目でわかる。
コイツがその大妖怪だ。
外見なんか関係無い。
体から立ち込める妖気が・・・

「あら。 これはまた随分とちっさい。」

むか

と、大妖怪は開口一番に失礼な事を言った。
確かに私は子供だけど。
だからと言って人の肉体的欠陥を指摘するのは失礼だろう。

「・・・ちっさいって言うな。」
「あら、ごめんなさい、ちなみに私はゆかり。 ムラサキって言うな。」
「う・・・・・・ごめんなさい。」

成る程、先に失礼をしたのはこちらの方だったか。
そもそも名前を間違えるなどという事は相手を認めない事に他ならない。

私が謝った事が意外だったのか、大妖怪は軽く眉を潜めた。

「ま、いいわ。 で? 外の世界に出たいの? 萃香。」
「うん。 紫。」

幸い相手は気にして無い様子だった。
念を押す意味でも名前を呼んで応えた。

とたんに今迄気だるげだった紫の顔が曇る。

「貴方、鬼よね?」
「うん、そうは見えない?」
「えぇ、全然見えないわ。」

・・・コレはどっちの意味だろう。
私がチビで弱そうだから鬼には見えないのか。
それとも私の本質を知っているのか。
・・・でも、後者はありえない。

「・・・・・・。」

ちょっとむかっとしたが、とりあえず運んで貰いたい。
だから、私の髪留めを差し出した。

「? どういう事かしら?」
「あげる。」

紫はますます怪訝な顔をした。

「・・・・・貴方知ってる? 私、気に入った人しか案内してあげませんの。」
「知ってる。 だからコレは贈り物。」
「・・・・・・・」

紫が押し黙る。
流石に少し・・・というかかなり横柄な態度だったからだからか。
紫の顔には怒気が見て取れた。

「外に出かけたい理由は? 嘘偽り無しで。」

扇子を口元にあて、紫は眼を閉じた。
さぁ、言ってみろ。
という事だ。

私は口を開いた。














「・・・・そう、つまりは貴方は鬼の皆の為に外に出たいと。 そういう事?」
「うん。」

理由を嘘偽り無く話した。
『私が架け橋となり、外の新たな友人と交流を持つ事。』
そのきっかけを作りに行きたいのだ。

「貴方、訳がわからないわ。」
「・・・・・」
「貴方は酷く愚かしい。 それは間違いないわ。」
「・・・・・」
「貴方がそれをしたとしましょう。
 それがなんになるというの?
 鬼が幸せになったからどうなるの?
 貴方は鬼じゃないわ。
 貴方は幸せになれない。
 貴方は鬼にも好かれず、友人にも鬼ゆえに見限られ・・・・
 そして貴方には何も残らない。
 なんて曖昧な物。 なんて曖昧な者。 哀れでならないわ。」
「・・・・・・・」

びっくりだ。
私の本質が鬼でない事を、既にこの大妖怪は悟っていたようだ。
そしてやっぱりだ。
そんなに賢い大妖怪でも、私の行く末を黒だと決め付ける。

「何故貴方はそんな愚かな事をしようというの?」
「愚かじゃない。 私は愚かだ。 でもコレは愚かじゃない。」

私は意を決して断言する。
そう、そんな事をしても後に何も残らないのは百も承知。
でも、私が欲しいのは己の欲望でなく、ただひたすらに鬼の為。
ただ、大好きな皆の為に、それを出来る私が動いただけの事。

・・・それはとても馬鹿らしい。
鬼と呼ぶには脆弱すぎるその精神。

・・・・・・

紫がしばしの間沈黙する。
そして




















「気に入ったわ萃香。 貴方最高よ。」

そう言って紫はニヤリと笑う。

「貴方みたいな異端児が私は大好きよ。
 逆に言うと種族や部族に縛られるコは嫌いなの。
 鬼はその最たる者。 まさか鬼の中からこんなコが出てくるとは思わなかったわ。
 よろしく。 小さく、大きな鬼。」

その言葉で全てを理解した。
そう、つまりは紫には最初から見抜かれていた。
最初の・・・いつからはわからないが、最初から彼女には私がわかっていた。
私が鬼では無い事。
でも私は鬼な事。
その根本は鬼では無く、その根源は鬼である事。

「じゃあ・・・・。」
「えぇ。 好きな所に連れて行ってあげるわ。
 望みはあるかしら?」

・・・・と言われても。

「・・・・わからないからお任せじゃ駄目? 私、外の世界は全然知らないの。」
「わかったわ。 丁度良い所がある。 そこで人間や妖怪を知るといいわ。」
「ありがとう、お願いするわ。 紫。」
「えぇ。」

そして紫は扇子をつい、と空間に向ける。
空間は歪み、くねりながらその口を大きく開く。

「さぁ、心の準備は良いかしら?」
「いつでも。」

紫はクスリと笑いを零して、そしてふと思い出したかの様にこちらを振り向く。

「そうそう。 萃香。 貴方友人が欲しいって言ってたわよね?」
「? うん。」

そう言って紫は頭の被り物を外した。
その長い髪を纏め上げ、頭の後ろでぱちんと止めた。

「似合うかしら?」

陽気に、両手を広げておどけてみせる紫。

「全然。 ミスマッチ。」

実際、妖艶で不思議な美しさを持つ紫に、ガキ臭い大きなハートは似合わなかった。

「そうね。 私もそう思うわ。」

そう言って、被り物を被り直す。

もしかして紫は知らないのだろうか?
鬼のアイテムは多大な魔力を秘めている事を。
鬼の髪留めは髪留めではなく、一つの武器なのだ。

「紫。」
「何かしら。」

挑戦的な瞳でこちらを見る紫。
・・・・そうか。

「・・・・ゴメン、なんでもない。」
「そう。」

にこりと微笑み、満足げに頷く紫。







髪留めは被り物の下に隠れる。
でも、髪留めは確かにしている。
紫にとって、私の髪留めは、武器である以前に髪留めであるらしい。
つまりはそういう事。

とても嬉しかった。
身を翻し、紫色の空間に足を踏み入れる紫が、やけに眩しく見えた。





「貴方を導く先は幻想郷。
 人間幽霊妖怪悪魔。 なんでもござれの異端児達の世界。
 そこで貴方は色々な事を学べると思うわ。」

紫色の空間を歩く。

歩いて一分もしないうちか。
目的地に着いたようだ。
紫が傘の先端をくるりとまわす。

すると傘の先の空間がぱっくりと口を開け、紫色でない空間が生まれた。

ひょいとその中に飛び込む紫。
あわててその後を追う。








景色がひらける。

その世界は鬼の国とは違う感じがした。
なんか私を試しているかのようなちくちくとする風だ。

「ここが幻想郷よ。
 ここで貴方が何をするのも自由。
 勝手におやりなさいな。」

あぁ、紫は何処まで凄いヤツなのか。
余程私は紫に気に入られたのか、それとも紫は誰に対してもこうなのか。
何はともあれ、紫は私を自由にしてくれた。
私は紫に縛られる事は無かった。

紫は頭が良い。
きっと私の苦悩なども全部お見通しなのだろう。
だから敢えてこの様に接してくれたのだ。

「ねぇ紫。」
「何?」
「この世界で一番強いヤツは誰?」

私は聞いてみた。
別に教えてくれなくとも構わないが、少し甘えの心があったのか。

「その位、自分で調べなさいな。」

ぴしゃりと言い切る紫。
あぁ、コイツはきっと私より全然愚かだ。
こんなに頭がいいくせに、なんて愚かなのか。
だから私を気に入ったのか。

「ありがとう紫、あんた最高だよ。」

そう言って、私は体を霧にする。

「あら素敵、それが貴方の能力・・・。 あぁ、だから貴方はこうなのね。
 という事は逆も出来るわね? 私に見せちゃっていいのかしら?」

クスリ、いや、ニヤリと挑発的に笑って微笑む紫。

「勿論、あんたの事だし、万が一に備えて五分五分にしなきゃ。」
「あら失礼ね、万が一どころか一が万よ。」

あぁ、やっぱりコイツは素敵なヤツだ。


私は元の姿に戻り、紫の前に降り立った。

「そう、いつでも会いに来て。 あんたなら大歓迎だよ。」
「あぁ、残念だけど、一番最初に貴方に会いに行くのは乱暴な紅白よ。」
「?」

紫が言っている意味は良く分からなかったが、何かしら意味がある言葉なのだろう。

「あぁ、それから萃香。 お願いがあるんだけど。」
「? 何?」
「最近暇なの。 折角幻想の幻想が此処に在るんだから、幻想の奴らに幻想を見せてやってくれない?」
「うん、わかった。」

二つ返事で返す。
当然だ。
元からそうするつもりだ。

友人を作るというのは何も馴れ合うばかりが友人ではない。
かつて鬼の友人であった人間。
その関係は人攫いと鬼退治という命懸けのモノだったのだから。

そもそも、だからこそ私は幻想郷で最強の存在を紫に尋ねたのだ。

頭のいい紫の事だ。
私がそのつもりだった事など百も承知だろう。
ホントに紫は愚かだと思う。
もし、紫からそんな事を言い出さなければ紫には関係ないのに。
敢えて口を出した。
これでは紫が黒幕の様ではないか。

こんな風体や仕草では、常人にはわかりようも無いが、それでも紫はとても愚かないいヤツだった。




「さて、それじゃあ頑張りなさいな萃香。
 幻想郷での悪巧みは成功率低いわよ。」
「そんなものねじ伏せてやるわ。 鬼の力でね。」





そんな、曖昧と曖昧の、
愚か者と愚か者のやり取り。













幻想の幻想の夢。

萃香の夢。

鬼退治をされたいが為の、鬼の少女の物語。

さぁ、鬼よ。
想いを萃(あつ)めて夢を成せ。




こんにちは転石です。
最近東方萃夢想をやっていて萃香が恐ろしく可愛い事に気付きました。
なので、ストーリーを全てクリアして、文を残さず書き写して、萃香の意図を思考しました。
・・・いえ、東方の世界は恐ろしく深いし、上辺しか読んでない臭いですが。

この文は萃香の傲慢故の意地張りのせいで少し本題が読み取りにくくなっています。
が、それは仕様です。 だから何回も同じ事を繰り返し言っているのです。
で、基本的に鬼は馬鹿、という設定になってます。 愚かじゃなくて馬鹿。 馬鹿正直の馬鹿。

自分勝手であり、愚かであるからこその伊吹萃香。
同時に、傲慢で、誠実であるからこその伊吹萃香。
だからあの騒ぎは起こったのだと推測して、この作品を書き上げました。
読んで下さった皆様、有難う御座います。

・・・ちなみに、愚かという言葉はこの話の中では『ほぼ』一つの意味に統一して使われています。
例外は一回だけ。 気付いてなかった時だけ。

それでは、失礼します。
東方最萌の祭りが終わっても、俺達の心の炎は消えないぜ。 ふぁいあー。

転石。

※補足という名の蛇足
 何故、「紫殿! 私は~~!! 外の世界に出たい!!」が呪文なのか。
 それは鬼にとって、呪文として認識しなければ言えない言葉だったからだ。
 傲慢であるのが鬼の性。 なのでこれは紫を呼び出す為の呪文と割り切ったのだ。
 こんな認識をしているから紫が彼等を気に喰わなくてスキマを使わせてくれないのだ。

 紫の表情に怒気が孕んでいたのは紫が笑ってしまいそうだったから。
 泣くのを堪えて怒った親父とかけている。
 つまり、この時には紫はもうとっくに全てを理解していたのだ。
 ゆかりんは頭が良い。

 紫が愚かなのはお気に入りに対してだけ。
 だから萃香を幻想郷に案内した。

 とか色々。 言われなくても承知ですか、ごめんなさい。
 この3つは特に突っ込みくらいそうだったので。
転石
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コメント



0.7190簡易評価
1.100ABYSS削除
いいです。
萃香の気持ちやら、紫さまの含蓄あったり無かったりのやり取りがもう。

個人的には家出の辺りが好きです。
軽いんだか重いんだかな辺りが特に。
24.90nonokosu削除
そうです、きっと、萃夢想の半分は、萃
25.無評価nonokosu削除
すいません↓のものです。
間違っての投稿。申し訳ない。平にご容赦を。
萃香、かわいいっす!(結局、これが言いたかった)
28.80七死削除
あの人は○○の鬼だ、と、滑稽な事に人が人を指して言う。
その指の先に大抵何事かに徹底し、それゆえ人から嗤われ、薄気味悪がられ、さらに畏れられても我の道を曲げる事の無い者た居る。 果たして何処からこのような例えがうまれて来たものやら。

さてここに出てくる鬼とは、はたしていかなるものか?
作者殿に尋ね、己に問い、そして次に広がる茶の香りを愉しむ。
愚か者である。 だがそれゆえに愚かではない。 今はその言葉がとても愉しい。

力作。 有り難う御座いました。
33.無評価ななし削除
これはいい親父だ。うまく表現出来ないが、すごく鬼らしい。
ただ、後書きで補足など入れずに、本文内で全て伝えきれれば最高。
38.100しん削除
すっきりとした語り口で、とても読みやすかったですー。
雰囲気や伝えたい事が一つ一つの文章、文字にぎゅうっと籠められていて、ひしひしと貴方の”想い”のようなものが伝わって来ました。
まさに「疎にして密」ですね、この作品は。
44.90全くの名無し削除
大変読み易くて面白い。
ゆかりんのところもかなり良かったが、一番気に入ったのはやはり親父さんのところか。

転石さんのSSはレベルが高くて読み応えの有る物が多い。
これからの掲載も楽しみにしています。
50.90瀬月削除
ふむ・・・一辺五尺の立方体なリュックサックですか。

・・・・・・・リュック?

読みやすく、引き込む力もあって面白い。
良作の条件を見事に満たしてますね。
こういう作品を生み出すことの出来る方は、すべからく尊敬しております。
52.100Tz削除
読後、唐突に思ったのですが。
このSSを目にする前に、突然誰かから作者名を隠したこの作品を見せられて
「これが萃香の過去の公式設定です」と言われていたら、
きっと自分は一も二もなくそれを信じ込んでしまっていたでしょう。

あなたの作品に出てくるキャラは感情の表現が非常に繊細で、憧れます。
まさにこの作品の中で、萃香という存在は確実に「生きている」と言えるほどに。
62.90名前が無い程度の能力削除
確かに公式設定でもおかしくない完成度だと思う…
凄く良い!
68.80冬扇削除
萃夢想での紫の髪型変更を上手く使ってますね。お見事です。
豪放磊落な親父様と兄貴も違和感無く物語に溶け込んでいてステキ。
92.70名前が無い程度の能力削除
上手い。そんな陳腐な表現しか出来ませんが、久し振りに簡易点数評価では足りないと思わせてくれる作品でした。お見事です。
125.100名前が無い程度の能力削除
おいおい。こいつは凄いよくできてるな。
>スルメやら落花生
×おやつ
○肴
だがw 酒をはじめて飲むから飲んべえだなw
134.70名前が無い程度の能力削除
古い友人とは言い難い気が
古くから知ってる種族って事?
144.100名前が無い程度の能力削除
萃香も人(鬼)の子なんだなぁと思わせてくれて凄い素敵。

原作を壊さない程度に妄想の幅を広げさせてくれるね。
148.90千流削除
萃香の純心さと子どもらしさが鋭くとらえられていて、素晴らしかったです。
家出とは予想外なところと能力の話がマッチしていて納得していまいました。
皆萃香の可愛さに気づくべきです(笑
160.90名前が無い程度の能力削除
すばらしい