カァン、とグラスが打ち鳴らす音が聞こえる。
宴もたけなわ。
今日も今日とて宴会の名を借りた酒宴が行われていたりした。
ちなみにその宴会はただの宴会ではない。
それはどういうことかというと、宴会の幹事は大義名分のない、ただ騒ぎたいだけの『宴会』が嫌いらしい。
春なら花見、夏ならお祭りのように、秋なら月見、冬なら雪見。
そういう大義名分がないと許せないらしい。
どうせ最終的には酒を呑み芸を見せ挙句には酔った勢いで絶対不可避の弾幕を展開するのなら最初から宴会でいいじゃない、
そう突っ込むのが人情だろうが、此処幻想郷には例え正真正銘の人間であっても人情というものを履き違えている奴ばかりなのでしょうがない。
ついでに余談ではあるが、そんな大義名分がないと宴会が開けない幹事をどう思うか彼女を良く知るとある店の主人に問うたところ、
「ははは、それは僕が褌でポージングするくらい日常的だね」と返された。やはりここは変人の巣窟だ。
そんなわけで今日も宴会が行われているわけだが、今日のお題目はというと、
『春なのに大雪が降り積もった記念』らしい。いつぞやのように春がこないのではなく春なのに降ったからこれは宴会しなければいけないぜ! らしい。
確かに見渡す限り雪雪雪の白銀の春。珍しいといえばまあ珍しいが。
ちなみにその端っこでは、常時酔いどれ鬼娘が「全長1500mの雪兎、光臨! ミッシング・パープル・パワー!」と一人大宴会状態だが誰も相手をしていない。
「――というわけでぇ、既に恒例となった、第-59回、弄られキャラ幻想郷トップ・ザ・トップは誰だ!? を行いまーす!」
神社の境内に設置された簡易ステージにて、既に酔いが回ったらしい八雲紫が叫ぶ。
ちなみにマイクではなく式である藍の首をもち頭に向かって発言している。この情景からして彼女がエントリーするのは間違いなさそうだ。
発言を聞いて拍手をしているのは八意永琳、西行寺幽々子といった専用の弄り人員がいるものだけだというのも特定の人物的に泣かせる話だ。
この二人は体質的には酔う事もなく、素面だと思われるが突っ込みどころ満載の紫の発言に突っ込まないというのはやはり特定のシンパシーの為せる技だろうか。
それからこれだけは言っておかないといけないが、変に盛り上がっているのはこの三人だけで、他のものは酔い潰れていたり片付けに忙殺されていたりした。
悩みのないどこぞの某七色魔法莫迦などは、「この恋心…どうやったら魔理沙に伝えられるのかしら。やっぱり首吊りなのかしらね」と呟きながら某アルプスの少女よろしく、どこに繋がっているのか、どこから垂れ下がっているのか判らないわっか付きロープに首を差し込んでいた。
「どーするのよ紫。採点とか一位決定とかー」
幽々子が彼女にしては鋭く常識的極まりない疑問を呈する。
ただその顔は酔うはずのないはずなのに薄桃色にほんのりとそまりふわふわした笑顔でいるからには油断は出来まい。
「ノリでっ!!」
「おっけ了解!! で、紫はその狐よね、それじゃ私はー」
顔を左右に動かして幽々子は目当ての姿を見つけ出した。
それは幽々子に必要以上に付き合って酔い潰れたと言う言葉が生易しいほど潰れた妖夢であった。
どこぞの大熊猫のようにたれたその姿、そしてうわごとのように「みょんみょんみょん…」と繰り返すその姿は異様でありながらどことなく癒される。
そうしている間にも永琳は胸元から一つの小さな笛を取り出し、吹いた。
しかし音は全くでない。これは永琳特性、兎にしか聞こえない超音波を発する犬笛ならぬ兎笛である。
常人には聞こえないとおぼしき音が鳴らされたと同時、うつぶせに倒れ「もーいや、嫌なの、褌は、褌はやめてぇぇぇぇ……」と悪夢にうなされていると思われた鈴仙の耳が、まるでそれ自体が意思を持っているかのようにぴく、ぴくと蠢きだす。その様子は一言でズバッと言ってしまえばキモかった。
「はーい、それじゃ弄り対象が決定したところでー、捕獲しまーす」
紫がそう言うと同時、紫の手は切り開かれた空間に吸い込まれ、いつのまにやら所持していた緊縛プレイ用ロープ(痕が付きにくいのでライトなプレイにお奨め)で対象の手足を拘束しずりずりと簡易ステージに引きずってきた。
ちなみにマイクと勘違いされて危うく絞め殺されるところであった藍もいつの間にか拘束されていた。
その縛り方が亀の甲羅を表す縛り方だったというのは何の意味があったのかそれは紫にしかわからない。
そこまで来てようやく弄り対象に任命された3人、まあ2獣1半人半霊だが、が正気に戻った。
「…みょんっ!? ななななななんですかなんで私縛られているんですかちょっと教えてください何笑っているんですか幽々子様ぁぁぁぁぁ!!」
「うー、うさー……。いやな夢だったなぁ、って何で!? 何で私身動き取れないように拘束されてるんですかー!? 師匠! 助けて師匠! ってあああ腕も触れないー!!」
「ごほっ、死ぬかと思った…。橙に大好き、って5000回以上言われる前に死ぬのは御免だしな…って、いや紫様、何で私こんな格好なんですか、橙の教育に悪いでしょうが!!」
3者3様のリアクションをとる。その様子が既に弄るのが大好きな紫永琳幽々子のツボに入ってしょうがないのだが。
思わずきゅん、とまるで恋する乙女のようなときめきを覚えてしまうが似合わない。
「ねえ紫」
「なに幽々子」
「私これでも大分満足だわ。けど……」
「……さらに、弄りたくなった?」
「ええ正解よ永琳。ふふ」
「ふふふ」
「「「ふふふふふふ……」」」
三人の含み笑いが兵どもが夢の後、な境内に木霊する。
拘束された三者がその笑いを聞いて頭から尻尾まで震え上がったのは語るまでもない。
「それじゃ私からいくわねー!」
右手をンッ、と上げ永琳が叫ぶ。
その様子に既に酔っているのは酒なのかそれとも悪ノリなのかさっぱりわからない紫と幽々子がやんややんやと囃し立てる。
「ウドンゲはー、地上の薬は座薬しかないと思っていた時期がありましたー。
し・か・も。自分で出来ないから『師匠……その、あの、えっと、すいません、あ、え、お、おお、お願いが……』って
真っ赤に染めた顔と潤んだ瞳で上目遣いに頼んできたのよー♪」
「うさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! しししししししょー!!
それは秘密だって言ったじゃないすかー! それに地上の薬は座薬がスタンダードかつ、
自分で自分に服用出来ないのは未熟者よってホラ吹いたのは師匠でしょー!!
おかげで私恥かいたんですから! てゐに…てゐに…私の…うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
自分の弟子のアレ気な過去を赤裸々告白する永琳。
そして泣き伏せる鈴仙。そしてその発言内に仲間である詐欺師の白兎てゐと何かあったのを示唆する内容があったが、それは追求されなかった。
それは師匠としての、永琳の優しさなのかもしれない。もっと根源的に表すべきだが。
ちなみにその白兎てゐだが、見た目幼い奴ら……主に1、2面のボスたちを集めて何か講義をしていた。
自分の容姿やキャラを使ってどれだけいい目を見れるか?というテーマであるがその講義自体が既に嘘であるということに悲しいかな聞いているメンバーは誰も気付かない。
「それじゃ次は私の出番ね」
そして紫が前に一歩出る。
その仕草で、手を出せないながらも必死に泣き喚く鈴仙をなだめていた藍がビクッ、と身をすくめた。
しかし、何を思ったのか不敵に笑い返してきた。
「あら藍。余裕綽々ね」
「……紫様は、眠りまくってますからね。そうそうネタもないでしょうし…さっさと離してください。橙を寝かしつける時間も迫ってますし」
式でありながらも式を持つと言うその力の強大さからなのか、上下関係というものを切り崩しにかかる。
それでありながら自分の式である橙のことをいちいち気にかけるという溺愛ぶりを余すところなく発揮して、魔の手から逃れようともがく藍。
しかし普段ならただの縄を抜けることなど造作もないはずなのだが、抜けようとしつつも抜けないところが藍の慌てぶりを表していた。
「その増長もそこまでよ…。藍。貴女、私の式になった直後のこと、覚えているかしら?」
「――――――!!!」
蒼白と言う言葉が恐ろしいまでに生ぬるいと言わんばかりに白くなる藍の顔。
サーッという血の引く音が大音量でかき鳴らされる。
「ああああああああああああああれはややややばばばばばばばいっっすよ紫様」
「ドモリ過ぎよ藍。まあ気持ちは判らなくもないけどね」
「あらあら。そんな顔すると……ねえ? 永琳」
「そうねぇ。聞きたくなるわね……。幽々子」
「あらそう? あのね、実はねぇ……」
「いいいいいいやああああああああああああああああ!!」
叫び声は雪に吸い込まれて消えていく。
紫は永琳と幽々子の耳に口を近づけないしょ話というふうに伝え、叫び声も全く用を成さなかった。
もはや涙と鼻水の区別もつかないほどぐしょぐしょになりつつ、藍はそれでも泣き叫んだ。
「あら……それはそれは。ふふふ」
「全く全く……ふふふ」
「そうでしょう……ふふふ」
3人が含み笑いでもって藍を妙に生暖かい視線で見つめる。
その瞳に宿るそれは『同情』だ。断じて藍の隣で泣き叫ぶ兎のように、狂気を宿したものではない。
しかしその視線で見つめられた藍は、狂気に魅入られてしまったかのように泣き叫んだ。
「うああああああああああああああ!! 死ぬ! 恥ずかしくて!!
ああ、橙!! 先立つ私を許してって言うか橙を残して死ねるか!!
つまりこれは生殺し!! あああ、うあああああああああああああああああああっ!!」
ゴロゴロ、と転がっていく藍。そして全長1500どころではなくもはや富士山サイズなのではと思ってしまうほど大きい雪兎に突っ込む。
そして崩れ落ちる雪の中に埋もれ、それだけでも彼女の境遇に涙してしまうところだが折角の力作を潰されたうらみなのか
「なにをするきさまー」と言いながら酔いどれ鬼娘は投擲の天岩戸を発動、藍は夜空の星となって一筋の煌きとなってしまった。
ついでの話で恐縮だが、この一筋の流れ星になった藍を見て彼女の式である橙は「流れ星きれー」と喜び、自分の主人であるとはついぞ気付かなかった。当たり前だ。
その話を後日藍に聞かせると、「橙が喜んだなら…いいかな」とサムズアップしたらしい。素晴らしいポジティブシンキングっぷりである。
「さて、宴もたけなわねー。それじゃぁ…」
「そそそそうですね幽々子様! では片付けて帰りましょうええ早急に!!」
身動きのとれないまま妥協案をとる妖夢。
正直、前の二人には気の毒だが、自分の身の安全を保障したい妖夢は必死だ。
身の安全というと大げさだが、それが大げさに聞こえないのが今のこの状態の異常さを物語っている。
その必死さを見て、何を思ったのか幽々子はまるで花が咲くように笑った。その微笑には優しさが込められていて、妖夢は安心すると同時に胸が高鳴るようで――。
「妖夢の過去の恥ずかしい話を暴露しちゃいましょうか♪」
「幽々子さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
妖夢は誰にともなくひとりごちる。ああ、そういえば主人はこういう人でした。
馬鹿馬鹿、と余計に運動した胸の筋肉と心臓に罵詈雑言を一通り浴びせて、結局は自分の修行不足を呪った。
まあ呪ったから改善される類のものではないのだが。
「ふふふ。これはとっておきよー」
「え、本当?」
「楽しみね。実に。全く」
幽々子は自慢げにその豊満な胸を張る。
そして紫と永琳は自分の披露した面白話よりも面白いのかと期待のまなざしだ。
もはや弄るとか弄られとかではなく面白話披露会になっているが突っ込むものは誰もいない。
被害は主に弄られている兎や狐であるし。
「妖夢はねぇ。小さい頃男の子として育てられてたのよー」
「あああ、いやぁぁぁぁ!!」
「ほうほう」
「ふむふむ」
男の子として育てられる。それは確かにそういうこともあるだろう。
剣士として生きるのだ。ある程度まで育つには、女とてより男としてのほうが色々と都合がよいのも想像がつく。
しかしまあそれがどのように面白話に展開するのか、むしろ恥ずかしい過去になってしまうのか。
興味津々な二人とそして阻止したいが身動きのとれない妖夢。
その構図を見て、先ほどの笑みとは対照的に妖しく微笑む幽々子。
「でね。まあそのころには私もこの姿でそこにいたわけよ。
妖忌と妖夢の稽古を茶でも飲みながら見てねぇ。そしたらね……」
「ああああああああああ、お願いです幽々子様、何でもしますからいやほんとそれだけは堪忍してぇぇぇ!!」
「ある日ね、妖夢がね、言うのよ。
『ぼく、おおきくなったらゆゆこさまをおよめさんにする!』って。
あああもう、正直食べちゃいたいくらい可愛かったわぁ……」
「いいいいいいいいいいやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ついに地面に突っ伏して泣きじゃくる妖夢。
しかしその泣き声すらも肴になってしまうのか、三人はきゃいきゃいとまるで年若い娘のようにはしゃいでいた。鬼か、あんたらは。
ちなみに本物の鬼は半泣きで再び雪兎を作っていた。そのどことなく哀れな様子に、橙をはじめとする年少組みがこぞって手伝いを申し出る。
そんな心温まる様子とは裏腹に、こちらはまるで地獄のような泣き声の響く惨たらしい有様であった。
「いいわねぇ…それ。何をおいてもぼくという一人称ね。
本当は娘なのに、信じきっているその姿が純朴さを表現していて萌えね」
「何をいうのよ。仕えるべき主人だと承知しながらもその想いを隠せないおよめさんにする発言の方が萌えよ」
紫と永琳は幼妖夢の萌えどころについて語っている。
バックグラウンドミュージックは妖夢の啜り泣き声で。怖すぎる。
「でしょう? けれども二人とも。論点がずれてるわ。
妖夢はねぇ、いるだけで萌えるのよ」
「愛ね幽々子」
「全く。熱いわね」
そんなことないわいいえあなたのは愛よ全くかなわないわねホホホ、と和む三人。
残されたのはすすり泣く兎と半人半霊。
宴のあと、一升瓶やらご馳走の残骸やらが今も所狭しと散らばるなか、簡易ステージは地獄の有様であった。
・・・・・・・・・
そして宴も終わり、皆がそれぞれの住居に帰ったあと。
日が昇る時間も差し迫るそんな時間。
啜り泣きが響くなか、ゴミ拾いにいそしむ兎と刀を持った人影が博麗神社に出たとか、出なかったとか。
でも、このタイトルでこの話に美鈴が出て来ないのは嘘だ!! と言う事で勝手に続編をご容赦下さい。
咲「そこで胸をなで降ろしている貴女。 助かったと思ってる?」
中「いやまあ私は咲夜さんに知られてどーこー言われる過去はありませんし」
咲「ほーほー、それじゃあ一週間前、いかにも居眠りこいたら気持ちよさそうな昼下がり、14:00~15:00勤務時間中」
中「!!?!!? なっ何のことですか!?」
咲「これがその時の証拠写真。 続いて三日前の16:30。 夕食準備中の調理場・・・」
中「!? いやあのそれは、ついどうしてもその我慢できなくなちゃって・・・」
咲「やはり貴様か」
中「ずるい~~っ! って嘘です嘘! 今の無し今の無し!」
咲「おたく渋いねえ・・・。
で、続いてこれは昨日の夜。 この館は賭事禁止なんだけど・・・」
ざわ ざわ ざわ
咲「聞けば大分儲かった見たいじゃないじゃない?」
中「・・・あ、あの咲夜さん? 違いますよね?
明らかに作品で書かれてる3人と、違いますよね? 私の立場・・・」
咲「大丈夫よ、それだけあれば三途の河もさぞや豪華に渡れるわ(にっこり)」
中「違う! 咲夜さん違う! ABYSS様の話のテーマは愛の有る弄り!
そう三人にあって今この私に無いのは愛! Love&Peace! 愛が有るゆえの弄り、だから萌えなのです! この萌えは素晴らしいものです! こんな殺伐としちゃだめです! だから私にも愛を下さい!WOWWOW愛を下さい!」
咲「弄られキャラには変わらぬ愛を、サボり魔には粛清を。 地獄でカラオケ歌ってやがれ!」
中「ひええ~!」
いやあ弄られキャラって本当に素晴らしいですね! やっぱり愛ですよ愛。
その萌え心、いつまでも大切にしてくださいませ。 それでは長々と失礼致しました。
うどんげが!テンコーが!みょんが!
ただただ合掌せずにいられない。
それと七死様、大変GJであります!
やはり泣きながら掃除してるんでしょうね。
後、七死さんの続きも面白かったです。
蛇足をば・・・
矢意永琳 → 八意永琳