「全く、魔理沙ったらどこいったのかしら……」
ふらふら、と無駄に広いこの紅い館を歩く。
なぜ、私、アリス・マーガトロイドがこんなところにいるのかというと、まあ、複雑な事情なんてない。
いつものとおりあの野良魔法使いに引っ張ってこられた。
ちょっとした用があって、魔理沙の家に出向いたものの、魔理沙はちょうどここに行く途中だったらしい。
「なぁにが、『一緒に来るか? 面白いものがあるぜ』よ……」
魔理沙の目的はここの図書館から、本を持ち出すことだったらしい。
途中まで一緒だった私も共犯にされた。というか魔理沙の狙いはそれだったらしい。
そして図書館の主の……ええと、パチュリー、だっけ。
そいつと一戦交えたあと、事情を話すと無言でため息をついていた。
どうやら彼女も魔理沙に振り回されているらしく、お詫びといいつつ紅茶を(まあ、冷めていたけれど)振まってくれた。
それから、いつの間にか逃亡していた魔理沙を探すように言われたのだ。
……まあ、なんだかんだ言って彼女も魔理沙用の本をテーブルに置いておくのだから、魔理沙を歓迎しているのだろう。
「でも、出来れば、私を巻き込まないで欲しい」
そうそう。こんなのは二人の痴話喧嘩みたいなものなのだから、関係ない私を巻き込むとは何事だ。
パチュリーが身体が弱くて探せない、なんてどうでもいいのに、探してしまう私もなんていうかお人好しだ。人じゃないけど。
これだけの広い屋敷だ。私だけではなく人形たちにも探させているが……多分、魔理沙を発見出来ないだろう。
アイツは捻くれモノだから、こういう隠れるとかそういうことは上手いのだ。
はあ、とため息をつく。無駄に広い屋敷で途方に暮れる私。絵面的に全くもって面白くない。
と――。
「わーいわーい、ほら、待て待てー」
「……!」
角から、私の人形と、それを追いかける子供。
よく見れば……いや、よく見なくても判った。強大な魔の力、吸血鬼だ。
その子供は……七色の煌く羽を背負っていた。その色が、あまりにも眩しく見える。
夜の悪魔が、こんなに光を想起させる羽を背負っているのだ。その異質さは、計り知れなかった。
そういえば、聞いたことがある。この紅魔の館の主には、妹がいる、と。
この子供がその妹なのだろう。
「っと。考えている場合じゃなかったかな」
そうそう。今私の人形が追いかけられているのだ。
あの子供の嬉しそうな顔から、壊されるなんてことは無いだろうけど、一応念のためだ、止めておかないと。
「ちょっと。私の人形に何か用?」
「ふぇ? これ、貴女の人形なの?」
「……!」
子供は振り返り、人形はその隙に私の胸に飛び込む。
一通り人形の状態をチェックする。破損なし。あと収穫もなし。
「そうよ。何で追いかけていたの?」
「遊び相手がいなくて退屈してたの。咲夜も姉様も忙しいって。だから、パチェのところに行こうと思ったら居たから」
「遊び相手が、欲しかったの?」
「うん!!」
その顔は、全くもって子供そのものだ。
彼女は、それなりに長く生きていると聞いたけれど……それでもこんな顔をするのだろうか。
「……ところで、貴女誰?」
「私? 私は……アリス。アリス・マーガトロイド。魔法使いよ」
「へぇ、アリスっていうんだ」
「貴女は?」
「フランドール。フランドール・スカーレットよ」
「スカーレット……やっぱり妹さんね、彼女の」
「お姉様を知っているの?」
「ええ、まあ。あまり話しはしたことないけど」
くるくるまわる表情と、一言ごとの大げさな仕草が、彼女を見た目どおり、いやそれより幼く見えさせる。
それは、知らないモノと話すのが嬉しくてたまらない、そんな風に見えた。
「ふーん。ところでアリスは何しに来たの?」
「私は……魔理沙に強引に連れてこられ……」
「魔理沙が来てるのっ!?」
魔理沙の名前を出した途端、目をきらめかせるフランドール。
……そういえば以前、魔理沙が紅魔館には手のかかるやんちゃなやつがいる、とか言ってたような。
ああ、なるほど。
魔理沙はこんなところでも迷惑の押し売りをしているわけね。
「どこにいるの? 遊んでもらわないと! 魔理沙と遊びたい!」
「ちょ、ちょっとフランドール。落ち着いて。私も魔理沙を探している途中なのよ」
「えー!? じゃあ私も探す!!」
……今日は私、厄日なのかしら。
・・・・・・・・
取りあえず、さっきの人形をもう一度捜索に出しておいて、私はフランドールと館を歩いていた。
飛んだほうが楽な上、時間もかからないと思うのだが、飛ぶにあたって少々の魔力を使う為、魔理沙に気付かれる恐れがあるのだ。
そしたらあの捻くれモノはまた逃げるに違いない。
本当、厄介なかくれんぼだわ。
「ねえ、アリス」
「……え? 何、フランドール」
「あの人形、アリスが作ったの?」
「え、ああ。そうよ、私が作ったの」
「凄いわね、咲夜も器用だと思うけど、人形は作れないって言っていたわ」
「まぁ、私の魔法は人形中心だからね。趣味とかも兼ねているけど」
「……何でも作れる?」
覗き込むように、こちらを見るフランドール。
それは、おねだりをする子供の仕草だ。
そんな仕草をするモノに久しぶりに出会った気がした。私の知り合いには頼む、ということをしない輩が多いからだ。
例えば魔理沙とか魔理沙とか魔理沙とか魔理沙とか……。
とにかく、そういう仕草に慣れていないから、気をよくして私は言った。
「まあ、物によるけどね。 ……作って欲しいものがあるの?」
「え? う、うん」
「へえ。どんな人形が欲しいの?」
「魔理沙の人形!!」
ガツン。
「どうしたの、いきなり壁に頭ぶつけて」
「いや、なんでもないわ」
……いきなり、凄いことを言い出すものだから驚いた。
こぶが出来たらしい頭をさすりながら、どうしたものかと思案を巡らす。
魔理沙の人形。それ自体は難しくない。むしろあの黒い服を考えると、簡単なくらいだ。
でも、ちょっと承諾出来かねる理由があるのだ。
そうでなければ、既に作って……って、なに考えているの私!
「アリス?」
「……ハッ!? あ、ああ、ごめんなさいね、少し考え事を」
「……無理なの?」
「作ること自体は無理じゃないんだけど……ちょっとね。実在の人物をモデルに人形を作るのは、難しくてね」
「???」
「んー、なんていうのかな、呪いみたいなものでね。実在の人物の人形には、そういうのを込め易いのよ」
「呪い……?」
「人の形をしているということは、人形は人間のコピーみたいなもの、ということなの。
そしてコピーであるということは、オリジナルと繋がる要素を備えているということ。
まあ、オリジナルの構成物質……髪とかがなければそう滅多なことはないけれど、それでも影響が出やすいから」
「ふーん」
「だから、あまりお奨めは出来ないけれど……。ところで、どういう風に使うつもりなの?」
「魔理沙の人形を?」
「ええ。用途によっては作れないわよ? 多分本物にも影響でるから」
「んー……べつに。部屋の中にいるときの相手になってもらおうかな、って」
「相手?」
「うん。部屋に魔理沙がいると思えば、多分楽しいんじゃないかなって。それに、」
「……それに?」
「呪いがかかるというのなら、別にそれでも構わない。呪いはまじないとも読むし、それで魔理沙が私と遊んでくれやすくなるなら」
……。それは、とても純粋な願いだと思う。
だから、曇りの無い、一級の呪い(まじない)にきっと昇華する――。
「わかった。それくらいなら、作ってあげる」
「え、本当!?」
「うん、本当」
「それじゃ、代わりにコレをあげる」
そう言って、フランドールから手渡されたものは、一枚のコイン。
銅で作られてはいるものの、施されたメッキと、細微な細工で、安っぽさの感じられない一品だった。
「コレ……」
「魔理沙のコイン。人形の御代ってことで」
「魔理沙の? そういえば、微かに魔力が……」
ほんのわずか、ほんのわずかだけど。
そのコインから感じられた魔力は魔理沙のソレで。
そして、コインに彫られている文字には……。
「友達……?」
「うん。魔理沙が前遊んでくれたときくれたの。友情のあかしだぜ、って」
「……、いいの、大事なものなんでしょう?」
「うん。いいよ、だって」
に、っと。夜の種族には似つかわしくない、明るすぎる笑みをたたえて。
フランドールは、
「アリスも、魔理沙が大好きなんでしょう?」
私の中心部を、ぐっさりと抉った。
「え――」
「隠しても無駄。だってバレバレだもん。アリスは隠すのが下手だね。魔法使いとしては失格じゃない?」
「そ、そんな、けど私」
「いいからいいから。別に責めようなんて思わないもの。私たちは魔理沙が好きな仲間。それでいいよ」
「いや、その、あのねフランドール? 私は……」
「あ、そうだ」
全く聞く耳を持たない彼女は、もう話を変えてしまう。
こちらの主張も聞かずに。
こちらがまだ、不意に確信をつかれた動揺から抜け出せないのに。
「あとねアリス。私を呼ぶときはフランでいいよ。親しい間柄ではそう呼ばれるの」
「え……っと。それは、どういう?」
「判らない? それはね……」
狼狽する私を置いて、さっさと先に進んでいくフランドール。
振り返って、にっこり笑って、私にこう言った――。
「私たち、友達になったからだよ!」
そして、走っていく。
その先には、今まで影も形も無かった、黒い装束の魔法使い。
……全く。
アイツに触れたものは、どこまでも人を驚かすのが上手くなるんだ。
でも。
「こら、魔理沙っ! 勝手に逃げるなぁ!」
「ゲ、アリス!? って、フランもいるのか!?」
「わーい魔理沙ー! 遊ぼー!!」
あの黒くて自分勝手な魔法使いがもたらした、この出会いを。
ちょっとだけ、感謝してあげてもいいかな、と思う。
<end>
ケヒッ クハッ キャハッ などと言いながらすごい勢いでパスタをずびずば食う人なのですがたまにはこういうのもいいですね。
彼女達はなんだかんだ言っても仲良しなんですよね。
平和だけどちょっとバイオレンスな日常、幻想郷にはそんな日々が続いていて欲しいものです。
何がともあれ、フランのあどけなさがいいなぁ・・w