――この作品は、作品集その12『博麗伝綺―――うぶめの事(3)』の続編となっております。
まだそちらをお読みでない方は、先にそちらを読んでからこの作品をお楽しみ下さい。
――よろしいですか?
それでは、博麗伝綺、うぶめの事最終幕を、お楽しみ下さい―――
4.
うぶめの後を追い、村を飛び出して三十分―――
「つまり―――香霖が逢った女ってのが、うぶめだったわけか」
「……そう、だろうね」
……何でこんな事になったのだろう。
魔理沙への応答もそこそこに、霖之助はそんな事を考える。
夕方、彼女に―――その時には既にうぶめだったのだろう―――出会った時に感じた、母親らしい、子供への愛情は確かに本物だった、と霖之助には感じられた。
「人間ってのは―――」
そんな霖之助の気持ちが伝わったのか、魔理沙は唐突に口を開く。
「人間ってのは―――母親ってのは、長い事卵を体の中に仕舞い込んでるから、子供を自分の物だって、思い込んじゃうのさ―――。産んでおいて、欲しかった子供と違う、だなんて」
「魔理沙……」
いつもの魔理沙らしくない、暗い、暗い表情と言葉に、霊夢と霖之助の呟きが重なる。
いや、或いは魔理沙だからこその言葉なのかもしれない。
魔理沙の実家―――即ち霧雨の家とは、幻想郷最高の魔法使いの一族である。
その高い魔力と、無数のマジックアイテムの保存の為に、霧雨の家は、“最大の禁忌”を必然として犯す。
即ち、近親間の婚姻。
本来は、霧雨の持つ、高い魔力を高い純度で保存する為のモノだったのだろう。血が薄まれば、それだけ霧雨直系の高い魔力は拡散し、いずれ消失してしまう。それを防ぐ為、だったのであろう。
だが、長い、永い年月の間に、その“意味”は消失し、形骸と化した“行為”だけが残る。
霧雨という名前を護る為に、無数の存在が“イラナイモノ”として消されていく。
例えば個人。
例えば自我。
例えば意味。
例えば―――命。
当然の事として、必然の事として当たり前に行われてきた“それ”を目の当たりにしてきた魔理沙は、それが嫌で家を飛び出したのだ。父も母も、祖父も祖母も、その前に存在した今まで連綿と続いてきた全ての“霧雨”が、人形にしか思えなかったのだ。何かあると家、家、家としか口にしない、人形。
……お前らは蓄音機か、っての。
内心で毒づく。
「なぁ、霊夢」
黄泉返りかけた家への感情を忘れようと、魔理沙は勤めて平静に口を開く。
「何? 今忙しいんだけど」
「いや、忙しいのは私も同じだから。
……じゃなくてだな。霊夢にとって、“家”って何なんだ?」
「家?」
鸚鵡返しに聞き返した霊夢に、魔理沙は無言で頷く。
考えてみれば、霊夢の家―――博麗も、この幻想郷では最も旧い家のひとつだ。更に、幻想郷の守護者という重責を自らに課した家でもある。そういう意味では、霧雨の家などよりも家のプレッシャーは大きいのかもしれない。
「そうね……」
少し考えるような仕草をして見せ、霊夢はあっけらかんと答える。
「ご飯食べて寝る場所……じゃない?」
「――――――」
あまりに簡単すぎる返答に、魔理沙は一瞬呆気に取られていたが、やがて大声で笑い出す。
「……笑う事は無いんじゃない……?」
半眼で睨む霊夢に、魔理沙は笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら「霊夢らしいや」と答える。
何を勘違いしていたのだろうと思う。
家に、血の繋がりなど必要ではないのだ。
あの朱い館の者達が、家族になっているように。
あの春の亡霊達が、家族になっているように。
あの月の罪人達が、家族になっているように。
家に必要なものは血の繋がりでも何でも無くて、ただ、本人が安心出来、そしてどれだけ離れようとも帰りたいと思い描ける“場所”。それこそが真に家と言うものに必要なモノなのだろう。帰りたいと思えず、安心出来ないような場所は、そこは家ではなく、ある種の牢獄だろう。
だとしたら、自分にとって家とは、あの静かだが賑やかな、古臭い神社なのかもしれない。
「とっとと終わらせて、とっとと帰ろうぜ」
そんな事を考えながらの魔理沙の言葉に、霊夢は「そうね」と頷き小さく笑みを浮かべると視線を再び前方に向ける。
「―――なら、とっとと倒して、とっとと帰りますか!」
最後の『か』の部分に力を込めて叫んだ霊夢の両手には、いつの間にか札が握られていた。
その様子に慌てて魔理沙が視線を前方に向けると、夜陰よりも黒い髪をなびかせ逃げるうぶめの姿を、おぼろげに確認できた。
……ん?
ふと、妙な事に気付く。
村での小競り合いの際のうぶめは、もっとはっきりとした像をしていたはずだが、今の彼女の姿は、まるで陽炎の向こうに立っているかのように揺らめいている。ちょっと気を抜けばすぐに見失ってしまう程、その存在は曖昧だ。
「逃がさない―――ってあら?」
今まさに霊夢が攻撃を開始しようとしたその瞬間、うぶめはまるで空間に溶けるようにその姿を消してしまう。
「消えた……」
呆気に取られた三人の声が重なる。
「あー! もう!! さっきから逃げてばっかりじゃない!! やる気あるの?!」
苛立ちも露に、霊夢が叫ぶ。
今までの相手は全て、霊夢達を敵と認めると応戦してきた所為もあり、逃げてばかりなうぶめの対応は、霊夢が苛々するのも当然なのかもしれない。立ち向かってくる相手を倒してこそ本当の意味で勝利したと言える。逃亡ばかりを繰り返す相手を倒した所でそれは勝利とは霊夢には思えなかったのだ。
「逃げた……んじゃない。……あそこ」
魔理沙の後ろから聞こえた霖之助の呟きに、霊夢は彼が指差す方向に視線を向ける。
「こんな所に屋敷なんてあったんだ」
同じように霖之助の指差した方向に視線を向けていた魔理沙が軽く驚いた様子で言う。
そこにあったのは、先ほどまで居た村の家々とは明らかに違う大きさをした屋敷。見るからに歴史のありそうなその屋敷の上で、うぶめはその姿を消したのだ。
「……あれが、『うぶめの家』ってわけかしら?」
霊夢がそう思うのも当然だろう。
「虎穴に入らずば虎児を得ず……ってか?」
魔理沙の言葉に、霖之助はすかさず「それは意味が微妙に違う」と突っ込みを入れる。
「まぁ、手がかりにゃなるだろうよ」
そう言うと、魔理沙はいつもの様に不敵な笑みを霖之助に返し、箒を操り高度を落とす。それを見た霊夢も慌てて魔理沙の後を追い屋敷に向け高度を落とした。
「結構デカいな……」
屋敷の門前に立った魔理沙が、見たままの感想を口にする。この幻想郷でこれほどの家を持つとなると、かなり旧い家系、それもなんらかの力を持った家なのかもしれない。今はそれほどでもないが、まだこの幻想郷が外の世界と隔絶される以前は、妖怪と人間の戦いがそれこそ日常茶飯事として起きていた。そんな幻想郷において、なんらかの能力をもった家系というのは、往々にして村人達から崇められ、このような大きな屋敷を持っている場合が多い。
それでも村の中に住まないのは、或いは一種の畏れの表れなのかもしれない。霊夢も魔理沙も、人の住む村から離れた場所に住むのも、そんな思いがあるのか。
そんな事を思いながら、霖之助は古い扉を叩く。
「……どちら様ですか?」
眠そうな顔で扉を開けたのは、初老に差し掛かろうかという男だった。
「夜分にすみません、僕はこの先で香霖堂という古道具屋を営んでいる者でして―――あぁ、こっちは友人の魔理沙と霊夢です」
夜遅くに訪れた青年と少女の三人組を、屋敷の使用人と思わしき男は、怪訝そうな顔で出迎えた。
「はぁ……何用で御座いましょうか……?」
「えー……っと……その、何と言いますか、こちらにお嫁さんはいらっしゃるでしょうか?」
霖之助の質問に、使用人の表情が硬くなる。まるで、聞いてはいけない事を聞かれたかのような表情だ。
……当たり、かな。
使用人のその表情を見た霊夢は、直観的にそう思う。
「ええぃ、まだるっこしいぜ! 此処がうぶめの家だってのは判ってるんだ、ごちゃごちゃ言わずに中に入れろ!」
煮え切らない態度の使用人(と霖之助)にキレたのか、魔理沙が半ば無理矢理家に上がろうとする。
「……魔理沙、それじゃまるでタダの悪党だよ」
「……魔理沙、それじゃまるでタダの強盗よ」
それを止めつつ、霖之助と霊夢が異口同音に呟く。その指摘に、魔理沙は「む」と小さく唸ると流石に足を止める。
「うぶめ……で御座いますか。我が家にはそのような妖怪はおりませぬが……何かお考え違いをなされているのではないでしょうか?」
魔理沙に迫られていた使用人は、胡散臭そうに呟くと更に眉をひそめた。
「何事ですか」
と、不意に凛とした女声が響く。
「大奥様……」
驚いた顔で使用人が呟く。
大奥様―――すなわち、この屋敷で一番力を持つ女性という事だろう。既に還暦を過ぎているというのに、その姿には力が溢れ、まるで呼ばれざる者達である霖之助達を威圧しているような空気がある。
「我が家は古来より近隣の村を守護してきた由緒ある家であります、うぶめのような妖怪などが我が家に逃げ込むなど、断じてありえませぬ」
「だけど、私達はここにうぶめが逃げ込むのを見たんだぜ?」
「知らぬと言っている!!」
魔理沙の発言を、老女は一言で切って捨てる。その言葉の迫力に押され、魔理沙は一瞬仰け反ってしまった。
「何が守護してきた由緒ある家―――だ、そんなのタダ旧いだけだろ。あんたと同じで、古ぼけて、呆けて、埃被って、それを誇りと勘違いしてる大馬鹿―――それを由緒とか言うんだろ?」
「な―――小娘が!!」
明らかに敵意を剥き出しにしている魔理沙に、老女の顔にさぁ、と朱に染まる。
「あんまり興奮すると頭の血管切れるぜ? おばあちゃん」
「馬鹿にしているのですか……! 四半世紀も生きていない小娘が、我が家の重責を、馬鹿にしているのですか……!」
「生きている長さなんて関係無いだろ。それに、重責なんて言うんなら、そんなの捨ててしまえば良かったんだ。村の守護だとか、魔導を極めるだとか、そんなの私には関係無い!!」
魔理沙の言葉に、霖之助は何となく魔理沙が敵意を剥き出しにする理由を悟った。
つまり、彼女はこの家に、自分の生家と同じ“匂い”を感じ取ったのだ。
守護という家に課せられた呪詛、それはやがて家そのものへの呪詛と転化する。
魔理沙はこの老女の雰囲気から、捨てた生家と同じ空気を感じたのだろう。だから無意識のうちに敵意を露にしてしまう。
霖之助は、霊夢と顔を見合わせて小さくため息をつくと、喧々囂々丁丁発止の口喧嘩を繰り広げている魔理沙の後ろに立ち、頭に手を乗せ半ば無理矢理頭を下げさせる。このままでは解決出来るものも出来なくなってしまう。
「いやー、申し訳ない、貴家の重責は重々承知しておりますが、何分子供の言う事で御座いますから、ご容赦下さるようお願い致します」
「こら、香霖、何で謝らなきゃいけないんだよ、こんな家私のマスタースパークで吹き飛ば」
「はいはいはい、こういう交渉事は大人に任せて、私達はうぶめを倒す事だけ考えてましょ」
横合いから手を伸ばした霊夢が、魔理沙の腕を引っ張って無理矢理霖之助の後ろに下がらせる。それに魔理沙は不承不承と言った様子で従った。
「それでですね―――」
魔理沙が落ち着いた事を確認して、霖之助は老女に自分が見たうぶめの外見を説明する。
「―――それで、これが彼女がつけていたリボンなんですが」
「――――――」
霖之助の手に乗った朱いリボンを見た老女の表情が硬くなる。
「……成る程、確かにそれは我が家の嫁でしょう」
老女はそう小さく呟くと、踵を返す。
「……ここだけの話として、我が家の恥をお聞き下さい」
「大奥様?!」
老女の言葉に、使用人の男は一瞬だけ抗議の声を上げるが、「良いのです」という老女の言葉に、不承不承といった様子で下がり、ようやく霖之助達は玄関から家の中に上がる事を許された。
長い廊下を歩き、やがて老女はひとつの部屋の前でその足を止めた。
「我が家の嫁は十日ほど前、長い事患っていた病を苦にして、子供と一緒に入水自殺いたしました」
そう言いながら部屋の襖を開ける。
そこに広がった光景に、霖之助は小さく息を呑む。
十畳程の部屋の四方は、白と黒の鯨幕で覆われ、その中心には白い壷が白木の台に置かれていた―――つまり、骨壷。霖之助が出会い、霊夢と魔理沙が追っていた女―――うぶめは、既に荼毘に伏されていたのだった。
呆然とする三人を前に、老女は淡々と語りだす。
「家の恥でありますので葬式は出しておりませぬ。病気持ちで御座いますが男子を残してくれたので、まぁ良しとしなければなりますまい」
「―――葬式を出してない……って、そしたら妖怪化するのは当たり前でしょうに!」
老女の言葉に、今度は霊夢が激昂する。
葬式とは、単に生きている者が死んだ者との別れを悲しむ為に行うだけではない。
死者に、自らが死んだのだと自覚させる為の“儀式”でもある。きちんと弔われなかった死者が妖怪化するのは、死者が自らが死んでいると言う事を自覚できず、“こちら側”にいつまでも残ってしまう為だ。
「そもそも死者が出たら葬式を出すのが幻想郷での決まりでしょう……?」
「ですが、それでは家の恥を外に出してしまう事になります」
「また家か! お前らそれしか言えないのかよ!! 嫁が死んだんだぞ?! 葬式くらい出してやるのが家族ってモンじゃないのかよ!!」
だん、と魔理沙が床を強く踏む音が響く。
「あぁ! こんな家じゃ妖怪も生まれるだろうよ! この家自体が既に呪われてるんだからよ!! 矜持、誇り、そんなくっだらない呪詛に凝り固まった家じゃ、嫁もうぶめにならぁ!」
まるで子供が地団太を踏むように、魔理沙は何度も何度も床を踏みつける。
「魔理沙、このヒトに言っても仕方ないよ」
そうは言いながらも、霖之助も魔理沙の言い分が解らないでもなかった。
家のプライドを重視し、あの女性の事を軽視した故に、彼女はうぶめとなってしまったのだろう。そう考えれば、うぶめを生み出したのは、この老女―――否、この家そのものなのだ。
……ここに、うぶめなんて居なかった。
ただ居たのは、“家”という呪詛に凝り固まった哀れな老女と、それによって人である事を止めてしまった哀れな母親だけだ。
「解りました、もう用はありません。全て済みました」
霖之助は小さくそう言うと、老女に頭を下げる。
用は無い。
全て済んだ。
一体どんな用があって、何が済んだと言うのだろう。
居ないのなら始まる事など無い。
居ないのなら終わる事など無い。
居ないのなら出来る事など無い。
だから―――
「帰ろう。霊夢、魔理沙」
……だけど。
……だけど、僕達はいったい何処に帰るというのだろう?
***
……何処に帰るのかと言った所で、今の所霖之助達三人が帰る所など、少なくともひとつずつしか無いわけで。
霖之助は古ぼけた古道具屋。
魔理沙は森の奥の小さな屋敷。
霊夢は神の居ない神社。
それ以外何処に帰ると言うのだろう。
「あーぁ、なんだかよく解らない事件だったわ……。一日中駆けずり回って結局何にも出来なかった」
うぶめの屋敷を後にして、帰途に付いていた霊夢が、大きく伸びをしながら言う。
霊夢は首を回し小さく溜息をつくと、ようやく白み始めた空を見上げた。
「つまり、子供と心中した母親が、妖怪化して同じような境遇の子供を集めてた……って事で良いのかしら」
「簡単に言ってしまえばそんな所だろうね……」
霊夢の言葉に、霖之助は小さく首肯する。
彼の胸には、ひとつの小さな白い壷が抱かれていた。
うぶめの彼女が眠る、骨壷。
あの屋敷から帰る直前、霖之助が無理を言ってあの屋敷から持ち帰ってきたのだ。
せめて、略式でも良い、葬式を挙げてやりたい。
そんな思いからさせた行動だった。都合良く霖之助の知り合いに神社の巫女が居る。……彼女を納得させるのは難しいかもしれないが、頼む価値はあるだろう。
ふと、鳥が一羽、小さく鳴きながら一度霊夢の上を旋回し、山の向こうへ飛び去ってゆくのが見えた。
……山には可愛いななつの子が居るからよ……か。
うぶめは、時として鳥に比される事がある。
もしかしたら、あの鳥が、彼女なのかもしれない。
「さらわれた子供は何処に居るんだろうな」
不意に魔理沙が呟く。
「この世とあの世の境目―――黄泉津比良坂にでも居るんじゃないかしらね」
「ずっと母親と一緒に、か?」
そりゃ大層幸せそうな夢だぜ、と小さく呟き、魔理沙は口を弧の形に持ち上げる。
ヒトに限らず、全ての生き物は、いずれ親から飛び立つモノだ。それをせず、永遠に親の庇護の元に居られるというのは、魔理沙には永遠に続く幸せな悪夢にしか思えない。
親を、家族を、家を捨てるから、ヒトは新たな家族を築く事が出来る。結婚したり、子供が生まれたり―――
かけがえの無い友人を手に入れたり。
魔理沙にしてみれば、霊夢も、霖之助も、あの朱い姉妹もその従者も、春の亡霊も半分幽霊の庭師も、いや、この幻想郷に住む全ての存在が、“家族”なのだ。
家族というものが、ある種の“呪”なのだとしたら、或いは魔理沙が一番その呪に囚われているのかもしれない。
……それで、良いのさ。
世界は呪で満ちている。
呪とは関連性、関係性だ。一見何の関係も無い事柄に意味を持たせ関係を繋げる、それが呪と言うもの。魔理沙達が追っていた女と、霖之助が出会っていたように、全ては関係が無いように見えて全てが繋がっているのだ。
そして、その呪そのものが、“生きている”という事なのだ、魔理沙はそう思う。
「もう、夏も終わりだな」
昇り始めた陽光に、目を細めながらふと、魔理沙がこぼす。
それに、霊夢も同じように陽光に目を細め、「そうね」と頷く。
「うぶめは夏に出るものと相場が決まってるもの」
***
此処ではない場所。
今ではない時間―――。
子供が一人、村をさ迷っている。
何が見えているのか、時折手を伸ばし、虚空を掴む。
親の姿は見えない。
ふと、視界が陰る。
足を止め、見上げると、そこには優しげな笑みを浮かべた女性が一人。
彼女はそっと手を伸ばし、子供を抱え上げる。
子供は満面の笑みを浮かべ、口を開く。
―――かあさま。
母と呼ばれた女性は、腕の中の子供と同じ笑みを浮かべると、踵を返す。
陽炎が浮かび、女性の姿が揺らぐ。
陽炎が晴れる、女性の姿は無い。子供の姿も無い。
―――夏が、終わる―――
まだそちらをお読みでない方は、先にそちらを読んでからこの作品をお楽しみ下さい。
――よろしいですか?
それでは、博麗伝綺、うぶめの事最終幕を、お楽しみ下さい―――
4.
うぶめの後を追い、村を飛び出して三十分―――
「つまり―――香霖が逢った女ってのが、うぶめだったわけか」
「……そう、だろうね」
……何でこんな事になったのだろう。
魔理沙への応答もそこそこに、霖之助はそんな事を考える。
夕方、彼女に―――その時には既にうぶめだったのだろう―――出会った時に感じた、母親らしい、子供への愛情は確かに本物だった、と霖之助には感じられた。
「人間ってのは―――」
そんな霖之助の気持ちが伝わったのか、魔理沙は唐突に口を開く。
「人間ってのは―――母親ってのは、長い事卵を体の中に仕舞い込んでるから、子供を自分の物だって、思い込んじゃうのさ―――。産んでおいて、欲しかった子供と違う、だなんて」
「魔理沙……」
いつもの魔理沙らしくない、暗い、暗い表情と言葉に、霊夢と霖之助の呟きが重なる。
いや、或いは魔理沙だからこその言葉なのかもしれない。
魔理沙の実家―――即ち霧雨の家とは、幻想郷最高の魔法使いの一族である。
その高い魔力と、無数のマジックアイテムの保存の為に、霧雨の家は、“最大の禁忌”を必然として犯す。
即ち、近親間の婚姻。
本来は、霧雨の持つ、高い魔力を高い純度で保存する為のモノだったのだろう。血が薄まれば、それだけ霧雨直系の高い魔力は拡散し、いずれ消失してしまう。それを防ぐ為、だったのであろう。
だが、長い、永い年月の間に、その“意味”は消失し、形骸と化した“行為”だけが残る。
霧雨という名前を護る為に、無数の存在が“イラナイモノ”として消されていく。
例えば個人。
例えば自我。
例えば意味。
例えば―――命。
当然の事として、必然の事として当たり前に行われてきた“それ”を目の当たりにしてきた魔理沙は、それが嫌で家を飛び出したのだ。父も母も、祖父も祖母も、その前に存在した今まで連綿と続いてきた全ての“霧雨”が、人形にしか思えなかったのだ。何かあると家、家、家としか口にしない、人形。
……お前らは蓄音機か、っての。
内心で毒づく。
「なぁ、霊夢」
黄泉返りかけた家への感情を忘れようと、魔理沙は勤めて平静に口を開く。
「何? 今忙しいんだけど」
「いや、忙しいのは私も同じだから。
……じゃなくてだな。霊夢にとって、“家”って何なんだ?」
「家?」
鸚鵡返しに聞き返した霊夢に、魔理沙は無言で頷く。
考えてみれば、霊夢の家―――博麗も、この幻想郷では最も旧い家のひとつだ。更に、幻想郷の守護者という重責を自らに課した家でもある。そういう意味では、霧雨の家などよりも家のプレッシャーは大きいのかもしれない。
「そうね……」
少し考えるような仕草をして見せ、霊夢はあっけらかんと答える。
「ご飯食べて寝る場所……じゃない?」
「――――――」
あまりに簡単すぎる返答に、魔理沙は一瞬呆気に取られていたが、やがて大声で笑い出す。
「……笑う事は無いんじゃない……?」
半眼で睨む霊夢に、魔理沙は笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら「霊夢らしいや」と答える。
何を勘違いしていたのだろうと思う。
家に、血の繋がりなど必要ではないのだ。
あの朱い館の者達が、家族になっているように。
あの春の亡霊達が、家族になっているように。
あの月の罪人達が、家族になっているように。
家に必要なものは血の繋がりでも何でも無くて、ただ、本人が安心出来、そしてどれだけ離れようとも帰りたいと思い描ける“場所”。それこそが真に家と言うものに必要なモノなのだろう。帰りたいと思えず、安心出来ないような場所は、そこは家ではなく、ある種の牢獄だろう。
だとしたら、自分にとって家とは、あの静かだが賑やかな、古臭い神社なのかもしれない。
「とっとと終わらせて、とっとと帰ろうぜ」
そんな事を考えながらの魔理沙の言葉に、霊夢は「そうね」と頷き小さく笑みを浮かべると視線を再び前方に向ける。
「―――なら、とっとと倒して、とっとと帰りますか!」
最後の『か』の部分に力を込めて叫んだ霊夢の両手には、いつの間にか札が握られていた。
その様子に慌てて魔理沙が視線を前方に向けると、夜陰よりも黒い髪をなびかせ逃げるうぶめの姿を、おぼろげに確認できた。
……ん?
ふと、妙な事に気付く。
村での小競り合いの際のうぶめは、もっとはっきりとした像をしていたはずだが、今の彼女の姿は、まるで陽炎の向こうに立っているかのように揺らめいている。ちょっと気を抜けばすぐに見失ってしまう程、その存在は曖昧だ。
「逃がさない―――ってあら?」
今まさに霊夢が攻撃を開始しようとしたその瞬間、うぶめはまるで空間に溶けるようにその姿を消してしまう。
「消えた……」
呆気に取られた三人の声が重なる。
「あー! もう!! さっきから逃げてばっかりじゃない!! やる気あるの?!」
苛立ちも露に、霊夢が叫ぶ。
今までの相手は全て、霊夢達を敵と認めると応戦してきた所為もあり、逃げてばかりなうぶめの対応は、霊夢が苛々するのも当然なのかもしれない。立ち向かってくる相手を倒してこそ本当の意味で勝利したと言える。逃亡ばかりを繰り返す相手を倒した所でそれは勝利とは霊夢には思えなかったのだ。
「逃げた……んじゃない。……あそこ」
魔理沙の後ろから聞こえた霖之助の呟きに、霊夢は彼が指差す方向に視線を向ける。
「こんな所に屋敷なんてあったんだ」
同じように霖之助の指差した方向に視線を向けていた魔理沙が軽く驚いた様子で言う。
そこにあったのは、先ほどまで居た村の家々とは明らかに違う大きさをした屋敷。見るからに歴史のありそうなその屋敷の上で、うぶめはその姿を消したのだ。
「……あれが、『うぶめの家』ってわけかしら?」
霊夢がそう思うのも当然だろう。
「虎穴に入らずば虎児を得ず……ってか?」
魔理沙の言葉に、霖之助はすかさず「それは意味が微妙に違う」と突っ込みを入れる。
「まぁ、手がかりにゃなるだろうよ」
そう言うと、魔理沙はいつもの様に不敵な笑みを霖之助に返し、箒を操り高度を落とす。それを見た霊夢も慌てて魔理沙の後を追い屋敷に向け高度を落とした。
「結構デカいな……」
屋敷の門前に立った魔理沙が、見たままの感想を口にする。この幻想郷でこれほどの家を持つとなると、かなり旧い家系、それもなんらかの力を持った家なのかもしれない。今はそれほどでもないが、まだこの幻想郷が外の世界と隔絶される以前は、妖怪と人間の戦いがそれこそ日常茶飯事として起きていた。そんな幻想郷において、なんらかの能力をもった家系というのは、往々にして村人達から崇められ、このような大きな屋敷を持っている場合が多い。
それでも村の中に住まないのは、或いは一種の畏れの表れなのかもしれない。霊夢も魔理沙も、人の住む村から離れた場所に住むのも、そんな思いがあるのか。
そんな事を思いながら、霖之助は古い扉を叩く。
「……どちら様ですか?」
眠そうな顔で扉を開けたのは、初老に差し掛かろうかという男だった。
「夜分にすみません、僕はこの先で香霖堂という古道具屋を営んでいる者でして―――あぁ、こっちは友人の魔理沙と霊夢です」
夜遅くに訪れた青年と少女の三人組を、屋敷の使用人と思わしき男は、怪訝そうな顔で出迎えた。
「はぁ……何用で御座いましょうか……?」
「えー……っと……その、何と言いますか、こちらにお嫁さんはいらっしゃるでしょうか?」
霖之助の質問に、使用人の表情が硬くなる。まるで、聞いてはいけない事を聞かれたかのような表情だ。
……当たり、かな。
使用人のその表情を見た霊夢は、直観的にそう思う。
「ええぃ、まだるっこしいぜ! 此処がうぶめの家だってのは判ってるんだ、ごちゃごちゃ言わずに中に入れろ!」
煮え切らない態度の使用人(と霖之助)にキレたのか、魔理沙が半ば無理矢理家に上がろうとする。
「……魔理沙、それじゃまるでタダの悪党だよ」
「……魔理沙、それじゃまるでタダの強盗よ」
それを止めつつ、霖之助と霊夢が異口同音に呟く。その指摘に、魔理沙は「む」と小さく唸ると流石に足を止める。
「うぶめ……で御座いますか。我が家にはそのような妖怪はおりませぬが……何かお考え違いをなされているのではないでしょうか?」
魔理沙に迫られていた使用人は、胡散臭そうに呟くと更に眉をひそめた。
「何事ですか」
と、不意に凛とした女声が響く。
「大奥様……」
驚いた顔で使用人が呟く。
大奥様―――すなわち、この屋敷で一番力を持つ女性という事だろう。既に還暦を過ぎているというのに、その姿には力が溢れ、まるで呼ばれざる者達である霖之助達を威圧しているような空気がある。
「我が家は古来より近隣の村を守護してきた由緒ある家であります、うぶめのような妖怪などが我が家に逃げ込むなど、断じてありえませぬ」
「だけど、私達はここにうぶめが逃げ込むのを見たんだぜ?」
「知らぬと言っている!!」
魔理沙の発言を、老女は一言で切って捨てる。その言葉の迫力に押され、魔理沙は一瞬仰け反ってしまった。
「何が守護してきた由緒ある家―――だ、そんなのタダ旧いだけだろ。あんたと同じで、古ぼけて、呆けて、埃被って、それを誇りと勘違いしてる大馬鹿―――それを由緒とか言うんだろ?」
「な―――小娘が!!」
明らかに敵意を剥き出しにしている魔理沙に、老女の顔にさぁ、と朱に染まる。
「あんまり興奮すると頭の血管切れるぜ? おばあちゃん」
「馬鹿にしているのですか……! 四半世紀も生きていない小娘が、我が家の重責を、馬鹿にしているのですか……!」
「生きている長さなんて関係無いだろ。それに、重責なんて言うんなら、そんなの捨ててしまえば良かったんだ。村の守護だとか、魔導を極めるだとか、そんなの私には関係無い!!」
魔理沙の言葉に、霖之助は何となく魔理沙が敵意を剥き出しにする理由を悟った。
つまり、彼女はこの家に、自分の生家と同じ“匂い”を感じ取ったのだ。
守護という家に課せられた呪詛、それはやがて家そのものへの呪詛と転化する。
魔理沙はこの老女の雰囲気から、捨てた生家と同じ空気を感じたのだろう。だから無意識のうちに敵意を露にしてしまう。
霖之助は、霊夢と顔を見合わせて小さくため息をつくと、喧々囂々丁丁発止の口喧嘩を繰り広げている魔理沙の後ろに立ち、頭に手を乗せ半ば無理矢理頭を下げさせる。このままでは解決出来るものも出来なくなってしまう。
「いやー、申し訳ない、貴家の重責は重々承知しておりますが、何分子供の言う事で御座いますから、ご容赦下さるようお願い致します」
「こら、香霖、何で謝らなきゃいけないんだよ、こんな家私のマスタースパークで吹き飛ば」
「はいはいはい、こういう交渉事は大人に任せて、私達はうぶめを倒す事だけ考えてましょ」
横合いから手を伸ばした霊夢が、魔理沙の腕を引っ張って無理矢理霖之助の後ろに下がらせる。それに魔理沙は不承不承と言った様子で従った。
「それでですね―――」
魔理沙が落ち着いた事を確認して、霖之助は老女に自分が見たうぶめの外見を説明する。
「―――それで、これが彼女がつけていたリボンなんですが」
「――――――」
霖之助の手に乗った朱いリボンを見た老女の表情が硬くなる。
「……成る程、確かにそれは我が家の嫁でしょう」
老女はそう小さく呟くと、踵を返す。
「……ここだけの話として、我が家の恥をお聞き下さい」
「大奥様?!」
老女の言葉に、使用人の男は一瞬だけ抗議の声を上げるが、「良いのです」という老女の言葉に、不承不承といった様子で下がり、ようやく霖之助達は玄関から家の中に上がる事を許された。
長い廊下を歩き、やがて老女はひとつの部屋の前でその足を止めた。
「我が家の嫁は十日ほど前、長い事患っていた病を苦にして、子供と一緒に入水自殺いたしました」
そう言いながら部屋の襖を開ける。
そこに広がった光景に、霖之助は小さく息を呑む。
十畳程の部屋の四方は、白と黒の鯨幕で覆われ、その中心には白い壷が白木の台に置かれていた―――つまり、骨壷。霖之助が出会い、霊夢と魔理沙が追っていた女―――うぶめは、既に荼毘に伏されていたのだった。
呆然とする三人を前に、老女は淡々と語りだす。
「家の恥でありますので葬式は出しておりませぬ。病気持ちで御座いますが男子を残してくれたので、まぁ良しとしなければなりますまい」
「―――葬式を出してない……って、そしたら妖怪化するのは当たり前でしょうに!」
老女の言葉に、今度は霊夢が激昂する。
葬式とは、単に生きている者が死んだ者との別れを悲しむ為に行うだけではない。
死者に、自らが死んだのだと自覚させる為の“儀式”でもある。きちんと弔われなかった死者が妖怪化するのは、死者が自らが死んでいると言う事を自覚できず、“こちら側”にいつまでも残ってしまう為だ。
「そもそも死者が出たら葬式を出すのが幻想郷での決まりでしょう……?」
「ですが、それでは家の恥を外に出してしまう事になります」
「また家か! お前らそれしか言えないのかよ!! 嫁が死んだんだぞ?! 葬式くらい出してやるのが家族ってモンじゃないのかよ!!」
だん、と魔理沙が床を強く踏む音が響く。
「あぁ! こんな家じゃ妖怪も生まれるだろうよ! この家自体が既に呪われてるんだからよ!! 矜持、誇り、そんなくっだらない呪詛に凝り固まった家じゃ、嫁もうぶめにならぁ!」
まるで子供が地団太を踏むように、魔理沙は何度も何度も床を踏みつける。
「魔理沙、このヒトに言っても仕方ないよ」
そうは言いながらも、霖之助も魔理沙の言い分が解らないでもなかった。
家のプライドを重視し、あの女性の事を軽視した故に、彼女はうぶめとなってしまったのだろう。そう考えれば、うぶめを生み出したのは、この老女―――否、この家そのものなのだ。
……ここに、うぶめなんて居なかった。
ただ居たのは、“家”という呪詛に凝り固まった哀れな老女と、それによって人である事を止めてしまった哀れな母親だけだ。
「解りました、もう用はありません。全て済みました」
霖之助は小さくそう言うと、老女に頭を下げる。
用は無い。
全て済んだ。
一体どんな用があって、何が済んだと言うのだろう。
居ないのなら始まる事など無い。
居ないのなら終わる事など無い。
居ないのなら出来る事など無い。
だから―――
「帰ろう。霊夢、魔理沙」
……だけど。
……だけど、僕達はいったい何処に帰るというのだろう?
***
……何処に帰るのかと言った所で、今の所霖之助達三人が帰る所など、少なくともひとつずつしか無いわけで。
霖之助は古ぼけた古道具屋。
魔理沙は森の奥の小さな屋敷。
霊夢は神の居ない神社。
それ以外何処に帰ると言うのだろう。
「あーぁ、なんだかよく解らない事件だったわ……。一日中駆けずり回って結局何にも出来なかった」
うぶめの屋敷を後にして、帰途に付いていた霊夢が、大きく伸びをしながら言う。
霊夢は首を回し小さく溜息をつくと、ようやく白み始めた空を見上げた。
「つまり、子供と心中した母親が、妖怪化して同じような境遇の子供を集めてた……って事で良いのかしら」
「簡単に言ってしまえばそんな所だろうね……」
霊夢の言葉に、霖之助は小さく首肯する。
彼の胸には、ひとつの小さな白い壷が抱かれていた。
うぶめの彼女が眠る、骨壷。
あの屋敷から帰る直前、霖之助が無理を言ってあの屋敷から持ち帰ってきたのだ。
せめて、略式でも良い、葬式を挙げてやりたい。
そんな思いからさせた行動だった。都合良く霖之助の知り合いに神社の巫女が居る。……彼女を納得させるのは難しいかもしれないが、頼む価値はあるだろう。
ふと、鳥が一羽、小さく鳴きながら一度霊夢の上を旋回し、山の向こうへ飛び去ってゆくのが見えた。
……山には可愛いななつの子が居るからよ……か。
うぶめは、時として鳥に比される事がある。
もしかしたら、あの鳥が、彼女なのかもしれない。
「さらわれた子供は何処に居るんだろうな」
不意に魔理沙が呟く。
「この世とあの世の境目―――黄泉津比良坂にでも居るんじゃないかしらね」
「ずっと母親と一緒に、か?」
そりゃ大層幸せそうな夢だぜ、と小さく呟き、魔理沙は口を弧の形に持ち上げる。
ヒトに限らず、全ての生き物は、いずれ親から飛び立つモノだ。それをせず、永遠に親の庇護の元に居られるというのは、魔理沙には永遠に続く幸せな悪夢にしか思えない。
親を、家族を、家を捨てるから、ヒトは新たな家族を築く事が出来る。結婚したり、子供が生まれたり―――
かけがえの無い友人を手に入れたり。
魔理沙にしてみれば、霊夢も、霖之助も、あの朱い姉妹もその従者も、春の亡霊も半分幽霊の庭師も、いや、この幻想郷に住む全ての存在が、“家族”なのだ。
家族というものが、ある種の“呪”なのだとしたら、或いは魔理沙が一番その呪に囚われているのかもしれない。
……それで、良いのさ。
世界は呪で満ちている。
呪とは関連性、関係性だ。一見何の関係も無い事柄に意味を持たせ関係を繋げる、それが呪と言うもの。魔理沙達が追っていた女と、霖之助が出会っていたように、全ては関係が無いように見えて全てが繋がっているのだ。
そして、その呪そのものが、“生きている”という事なのだ、魔理沙はそう思う。
「もう、夏も終わりだな」
昇り始めた陽光に、目を細めながらふと、魔理沙がこぼす。
それに、霊夢も同じように陽光に目を細め、「そうね」と頷く。
「うぶめは夏に出るものと相場が決まってるもの」
***
此処ではない場所。
今ではない時間―――。
子供が一人、村をさ迷っている。
何が見えているのか、時折手を伸ばし、虚空を掴む。
親の姿は見えない。
ふと、視界が陰る。
足を止め、見上げると、そこには優しげな笑みを浮かべた女性が一人。
彼女はそっと手を伸ばし、子供を抱え上げる。
子供は満面の笑みを浮かべ、口を開く。
―――かあさま。
母と呼ばれた女性は、腕の中の子供と同じ笑みを浮かべると、踵を返す。
陽炎が浮かび、女性の姿が揺らぐ。
陽炎が晴れる、女性の姿は無い。子供の姿も無い。
―――夏が、終わる―――
自分にとって 家 とはどういうものなのか・・・・
まだ答えは出ません。おそらく、この先一生かかろうとも。
魔理沙の家や血筋に対する一つの感情の起伏が良く出てて良かったと思います。
最初はよくある怪談仕立てだと思って読み進んでいたのですが。ラストで魔理沙の考えさせられる言葉にどきりとしました。幻想郷の主要キャラの中で、最も普通っぽいだけに、等身大の悩みを抱えているんですね。
そのことでますます彼女のことが、ある意味霊夢よりもヒーロー(?)にふさわしい感じがします。ご苦労様でした。