・
・
・
・
・
「待たせたね、次は…これだ」
そう言って、霖之助さんが持ってきたのはのは…メイド服。
「……もしかして、これ、紅魔館の?」
「うむ、そうだ」
「…これは、どうやって?」
「これはね…正直、いろいろ苦労したんだ」
霖之助さんは、フウとため息をつくとメガネのズレを直した。
「とりあえず、手始めに正攻法で攻めてみた」
「正攻法…ですか?」
この人の正攻法って…
ろくなもんじゃないことだけはわかるが…
「直接、紅魔館に赴き、『僕を雇ってくれ』って直談判をした」
「…メ、メイドですよ?」
「…ダメだよ、れーせんちゃん。この人に真面目な突っ込みしても意味無いよ」
てゐが何かを達観したような感じで私の肩を叩いてきた。
「う、うん」
確かにいちいち突っ込んで話を止めると、いつ終わるかわからなくなりそうだし…
「それでは、話を続けよう」
霖之助さんが話を仕切り直した。
「それがうまいこと主の興味を引いたらしく、何とか面接までこぎつけることができたんだ」
…何考えてるんだろう、あの吸血鬼。
「その面接というのが、館の主要人を集めてのものだったので、さすがの僕も緊張したよ」
主要人…主とあのメイド長と…確か主の妹もいたっけ。
あっ、後見たことないけど、パチュリーとかいう魔法使いもいるって話を聞いたな。
「どんな面接だったんですか?」
「主いわく『好きなように喋ってみろ』というものだった」
「好きなように…」
それNGワードです…きっと。
「だから僕は熱弁を振るったさ。
僕の秘蔵小話『冥土いんヘヴン』を」
「…成果のほどは?」
「…開始一分で主の友人が倒れ、開始二分で主の妹君が泣き出し、
開始三分で主がスペルカードを掲げ、開始四分でメイド長に叩き出された」
「うわぁ~」
何という威力…
「ところが、そこであきらめる僕では無かったんだよ」
「えっ?続くんですか?」
「当然だ。まだ、メイド服を手に入れて無いだろう?」
「はぁ…」
この熱意は一体どこから沸いてくるんだろう?
「僕は誠意を認めてもらうために、紅魔館の入り口で土下座をし始めた」
「土下座…ですか」
あぁ…やるだろうなこの人なら。
「雨が降ろうと、風が吹こうと、三日三晩僕はひたすら頭を下げ続けた…」
「…頑張ったんですね」
もう、何ていうか、出来るだけ感情がこもらないように相槌を打った。
「あぁ。
そして…ある日、僕の誠意は通じたんだ」
「えっ…本気ですか?」
私は敢えて「本当ですか?」とは聞かなかった。
本気かよ…紅魔館…
「紅魔館の門番が僕にある提案を持ちかけてきたんだ。
『メイド服を調達してくるかわりに、私の用途を調べてくれ』ってね」
「??どういうことです?」
「僕の能力さ、『未知の道具の名称と用途が分かる』程度の能力のね」
「…そんな、能力があったんですね。それで、調べてあげたんですか?」
「当然だ」
「どんな結果が出たんです?」
「………」
突然、霖之助さんが深刻そうな顔で黙り込む。
「……いい結果じゃなかったんですか?」
「うん、まぁ、その、ね…フォローのしようもないような…」
「…それ、伝えちゃいました?」
「…いや、とてもじゃないが、僕の口からは……」
「えっ、じゃあ交渉は?」
「うん、だから、彼女には悪かったが九割八分五厘脚色したものを伝えさせてもらった」
それ、とんでもない改竄です、霖之助さん。
「…それで、その(改竄された)結果を聞いた門番さんはどうしたんですか?」
「『ひゃっほー!』って転がりながらながら、紅魔館に特攻していった」
「…それで?」
「戦争のような激しい音が鳴り響いた後、全身にナイフが刺さって血まみれの彼女が出てきた」
血まみれ?ナイフ?
どこらへんから、そんな物騒な話に…
「そのとき、彼女が持ってきてくれたのが…このメイド服さ」
私は霖之助さんの手にあるメイド服を見つめた。
何か、怨々とした気が立ちのぼっている気がする……
「…その後、門番さんは?」
「『私、転職します!』と言い残して、何処の彼方に消えていった。
後のことは、僕にもわからない…」
「……」
不憫な……と、自分とちょっと似た属性を持ったその門番に同情してしまった。
「自分を不幸と思っていない奴が一番不幸なんだよね」
突然、後ろから声。
「えっ?」
今のは…てゐ?
私は慌てててゐの方を向いた。
「んん?れーせんちゃん、何かな?かな?」
「あなた、今…」
「何のこと~?てゐにはわかんな~い(ニヤソ)」
「……」
香霖堂を再び静寂が包み込む。
鈴仙が更衣室に向かったのを確認して、てゐは霖之助に話かけた。
「りんのすけさん、さっきみたいに『ハメ』を外しちゃダメだよ。れーせんちゃん、凄い怖がってるんだから」
そうは言うものの、てゐの声はおもしろそうだった。
「安心したまえ、てゐ君」
霖之助はフッとニヒルな笑みを浮かべた。
「僕は『視姦』をするときには、あることに気をつけているんだ」
「……うん、続けていいよ」
突っ込んじゃダメだ…
突っ込んじゃダメだ…
てゐは心の中で何度も反芻した。
「それは、自分の中にもう一人の自分を作り出すこと」
「どういうこと~?」
「つまり、もう一人の自分を作り出しその目線で見ることによって、
出来るだけ客観視しよう、という試みのことさ」
「へ~」
「だから、被写体に個人的な感情を抱くことなんてない、というわけだ」
てゐは心の底から「嘘だ!!!」と叫びたかったが、グッと飲むこんだ。
突っ込んじゃダメだ…
突っ込んじゃダメだ…
「…うわ」
「…ちょっと、何よてゐ、その『うわ』ってのは」
「いや、何か予想以上にすごいな~って……」
てゐはそう言うと霖之助さんをチラッと見た。
当の霖之助さんは…
「………」
無言のまま、小刻みに…震えていた。
「あ、あの、霖之助さん、どうですか、これ?
ちょっと…胸がきついんですけど、その、似合ってます?」
…サイズとかはだいたいあってたけど、何故か胸だけがきつかった。
これが紅魔館クオリティ?
まぁ、すずめの涙ほどの優越感を感じることが出来たので良しとしよう。
プツン
「えっ…?」
何の音?
何かが切れるような…
「あちゃ~」
てゐは霖之助さを見て頭を抱えていた。
どういうこと…だろう?
「…こ…」
「えっ、霖之助さん?何か言い…」
「媚びるなぁぁぁぁ!!」
「!!」
不意のタイミングでヴォルケイノ。
私は思わずのぞけってしまった。
「うさ耳にメイド服だと!?あざといにもほどがあるわぁ!!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
あぁ…この理不尽な物言いにも馴れたはずなのに…
何で私は相も変わらず受け身のまま謝っているんだろう?
「こんな、こんな、あんみつにケーキシロップをぶちまけるがごとき所業を僕は認めたりはしないぞ!」
「ごもっとも、ごもっともです!」
平謝り平謝り。
何だろう、永遠亭でもここでも同じことをしているような気がする…
「認めたりはしない!
認めたりはしない………はずなのに!!」
霖之助さんがクッと顔を伏せた。
「えっ?霖之助さん?」
見ると、霖之助さんは苦々しい表情を浮かべていた。
「……僕は、僕は!!」
突然、霖之助さんが私の肩を力強く掴んだ。
「きゃ、り、霖之助さん!?」
あっ…以外と強引……じゃなくて。
「ちょ、ちょっと離してください、霖之助さん。痛い…」
「…鈴仙君、頼みがあるんだ」
「えっ?」
これまで見たこともないような真剣な面持ち。
今にも「お嬢さんをください」と言わんばかりだ。
「聞いてくれないか…鈴仙君」
「は、はい」
迫力に押し切られ思わず私は頷いてしまった。
「僕を……『ご主人様』と呼んで欲しいんだ」
「え、えぇ…?」
「頼む…今の君にしか…できないんだ」
何というか…単に言うだけならいいが…
霖之助さんのことだ。
『お持ち帰り~!』とか言って拉致されかねないしなぁ…
「…ならば!」
「!!ちょ、ちょっと霖之助さん!」
霖之助さんは突然地面に伏せた。
「や、やめてください!」
「僕は…僕は…君が頷くまで(頭を)下げるのを止めない!!」
あぁ…もうこうなってしまったら、取るべき道は一つか。
「……………わかりました」
「…鈴仙君、ありがとう…」
そう言って霖之助さんは立ち上がると、背筋をピンと伸ばした。
「……」
「……」
場を沈黙が包み込み、誰一人として声をはっするものはいなかった。
そして………私はその単語を口にした。
「…ご、ご主人様?」
「…」
「…」
場を再び沈黙が包み込む。
リテイクですか?と思って口を開きかけた瞬間、霖之助さんはふいに…微笑んだ。
「霖之助…さん?」
「僕は…間違っていたみたいだ…」
「えっ?」
「今まで…明らかに戦略であろうと思われるようなメディアの所業を、
『あざとい』とか『媚びるな』とか揶揄してきたが…それは間違いだった…」
「…あの?霖之助…さん?」
なんか打ち切りのアニメみたいにまとめに入っているが、私には何がなんだかわからない。
「真実はただ一つだった…そう…」
霖之助さんがグッと拳を固く握って…
「そう!!『イイ物は(・∀・)イイ!!』んだ!!」
吼えた。
「…あの~」
私がどう対応していいかわからずオロオロしていると、霖之助さんは全てを見透かしたように私の肩をポンと叩いた。
「…ありがとう、鈴仙君。感謝して…いるよ」
「霖之助さん…」
あれ?ちょっといい雰囲気?
…と思ったのもつかの間、突然目の前を赤いシャワーが包んだ。
「きゃああ!!!な、何これ!?」
「れ、れーせんちゃん!!」
慌てててゐが駆け寄ってくる。
「うぅ…」
目を拭いながらシャワーの発生源を目で追ってくと、その先には…霖之助さん!?
見ると、霖之助さんは達観した笑みを浮かべながら、夥しい量の鼻血を吹きだしていた。
「……って、死んじゃう霖之助さん!死んじゃいますって!!」
「…ない、悔いはない、ないないないない……」
ブツブツと何かを呟きながら霖之助さんの顔がドンドン青ざめていく。
くっ…このままでは…
私は、え~いままよ!と祈りながら、座薬を発射した。
座薬は一直線に霖之助さんの方向に飛んでいき…
「…………フグッ!!」
ズボッという嫌な音とともに血の雨が…止んだ。
「…ふっ、鼻の『穴』に座薬とは…ナイス『プレイ』だ、鈴仙く……ん……」
グッ親指を立てながら霖之助さんは血の海に倒れこんだ。
「!!霖之助さん!!」
私達は慌てて霖之助さんに駆け寄った。
「本当に大丈夫ですか、霖之助さん?」
私はそう言いながら血染めのメイド服を霖之助さんに渡した。
「…うむ、正直ちょっとつらいが、今のところ問題は無い」
青ざめた顔で霖之助さんはそう言った。
「それより、また、悪いことをしたね」
「いえ、いいんですよ」
(鼻)血染めのメイド服は当然持って帰ることはできない。
というか、持ち歩きたくない。
「この服は僕が責任をもって洗濯をしておくよ。
乾いたらすぐに、永遠亭の方に送るから心配はいらない」
「いや、別にそんな…」
「君のお師匠様にもこの格好を見せてあげるといい。きっと大喜びに違いない」
「いや、それ、本気で洒落になってませんから」
そうして二人でひとしきり笑った後、私はその話を切り出した。
「それじゃあ、私達そろそろ帰りますね」
「んっ、どうしてだい?服はまだまだあるんだが…」
「でもね…てゐ?」
「…うん、あはは」
てゐも私と同じ気持ちだったらしく、苦笑いで答えてくれた。
「…そうか。
それでは最後の最後に、とっておきのヤツをもってこようと思うのだが…どうだろう?」
「とっておき…ですか、どうするてゐ?」
「う~ん、ちょっと見たい…かな?」
「…うん。それじゃあ、霖之助さん、最後にそれをお願いします」
「了解した」
そう言って霖之助さんは満身創痍の体で香霖堂の奥に消えていった。
****************************************
霖之助さんが持ってきた「とっておき」は一言では形容しがたいものだった。
「これは…もんぺと…サスペンダー…?」
「うむ」
どこかで見たことあるような…………あっ!
「藤原 妹紅!」
「ご名答」
その服は姫様の怨敵、藤原 妹紅のものであった。
でも、彼女は普段から幻想郷の住人と関わりをもたないはずなのに…
「どうやって手に入れたんですか?」
「……」
突然、霖之助さんの頬を一筋の涙が濡らす。
「えっ?り、霖之助さん?」
「あぁ、すまない。ちょっと思いだして…ね」
一体何が…
「…この服は持ち主…妹紅君の御友人から譲り受けたんだ」
「藤原 妹紅の友人…ですか?」
そんなの…いたっけ?
「ただ…その御友人が出した条件というのが…その…」
霖之助さんはお尻を撫でながら、頬を赤らめた。
正直…キモい。
「あの…もういいですから…つらいんだったら、無理に…」
「んっ…悪いね。
まぁ、つらいだけではなかったがね。
嬉し恥かしってヤツかな…」
「もういいです~」
私は両手を振って拒絶した。
何で、何でこの人は乙女のような顔して、こんなことを話すんだろう?
その時、てゐがポンと私の肩を叩いた。
「れーせんちゃん、皆そうやって大人の階段を上っていくんだよ。まだシンデレラだけど」
「いや…全然意味がわからないんですけど…」
そうして、なんか嫌な感じにしんみりとした空気が流れ始めた。
何この流れ…?
ドゴーン!!
突然の激しい轟音。
「えっ、えっ?何事!?」
香霖堂の天井には大きな穴が空いており、その穴の淵はブスブスと焦げていた。
まるで火の玉でもぶつけられたみたいな…
私があれこれ考えていると、突如その穴から真っ赤に燃える物体が入ってきた。
「…!!お前は…!」
身に纏った炎がしだいに消えていき、その中から現われたのは…
「藤原 妹紅!!」
噂をすれば何とやらかどうかは知らないが、まさに話の渦中の人物が現われた。
だが…
「私の服を返せ~!!」
そう言って顔まで真っ赤に染めながら叫ぶ彼女の姿は、ワイシャツ一枚という惨めなものだった。
「はぅ!」
突然、霖之助さんが痙攣し始める。
「霖之助さん?どうしたん…」
「……てない」
「えっ?」
「穿いてない!!!」
「!!」
その声に私やてゐはおろか、襲撃者の藤原 妹紅までもが驚いた。
「穿いてない、穿いてない!」
霖之助さんの視界に藤原 妹紅がロックオンされる。
うわ…視姦(スナイプ)モードだ…
「!」
迫り来る視線という弾丸から身を守るため、藤原 妹紅はとっさにワイシャツの裾を引っ張って、
その…大事な部分を隠そうするが…
「穿いてな…はぅ…うぐ…ひえぇぇぇ!!!」
火に油だった。
霖之助さんは奇声をあげ、さらに激しく痙攣しだした。
「お、おい、そこの兎達!そいつをどうにかしろ!!」
妹紅はそう言って私達に嘆願してきたが…
「「無理ッス」」
私とてゐは「不可能」のジェスチャーとともにそう返した。
「~~~~~!!」
藤原 妹紅の目に涙が浮かびだしてきた。
パシャ
突然のシャッター音。
それはもちろん…
「霖之助さん…」
霖之助さんはどこから取り出したのかわからないカメラで、藤原 妹紅を激写していた。
パシャシャシャシャ
鬼気迫る感じでシャッターを切る彼の様子はまるで戦場カメラマンそのものだった…
いや、比喩なんかではなく、実際香霖堂は戦場になりつつある…
羞恥と怒りによってからか、藤原 妹紅を中心にして温度が上がりつつあるのだ。
「霖之助さん…そのあたりで…」
私は霖之助さんの肩を揺すったが、その手は無下に払われてしまった。
「うるさい!今撮らなくて…いつ撮るんだ!!!」
パシャシャシャシャシャ
そう叫んでシャッターを切る霖之助さん。
どうしてこの人はカッコイイ台詞を、このダメな状況で言えるんだろうか?
「~~!お、おい、お前!!いいかけんに私の服を返せ!!」
業を煮やした藤原 妹紅が霖之助さんに向かって叫ぶ。
しかし、霖之助さんは…
「あれは僕の操の代価だ!!だから、持ち主だろうと誰だろうと…返す義理などないわぁ!!!」
あぁ…言い切ったよこの人。
「~~~~~!!!」
藤原 妹紅は目の前の理不尽にいっぱいいっぱいの様子で、いつ爆発してもおかしくなかった。
しかし…
「はぁう!!やめろ、やめてくれ!!
僕を…僕を…潤んだジト目で見るのは止めてくれ!!」
些細な仕草も見逃さず、霖之助さんの方が勝手に爆発した。
パシャシャシャ パシャシャシャ
えっ?
霖之助さんのシャッターを切る指に微かな変化。
「リズムが…」
言うならばbpm144のリズム…
「あっ…!」
突然霖之助さんのカメラから発せられるフラッシュに、何かミサイルのような残像が見えた。
「これは…一体…」
「あれは…『真栗鼠砲』…」
「知っているの、てゐ!?」
腕を組みながら一部始終を見守るてゐに私は問いかけた。
「うん…一定のリズムでボタンを押すことで、効果的な威力を得る裏技中の裏技…
まさか、りんのすけさんが使えるなんて…」
どこかの書房で拾ってきたようなインチキくさい知識を、てゐは臆面もなく披露した。
「~~~~~~っ!!!」
やばい…藤原 妹紅はメルトダウン寸前だ。
これは…一大事ですぞ、市長!!
「霖之助さん、霖之助さん!不味い、不味いですって!!」
「退かぬ!! 媚びぬ !!省みぬ!!森近 霖之助に逃走はないのだぁーー!! 」
「わかりました、わかりましたから霖之助さん!
愛は哀しみを生むだけじゃないから、ここは退いとき…」
~ 不死 火の鳥 -鳳翼天翔- ~
藤原 妹紅の静かな声とともに不死鳥が現われ…香霖堂を炎で包んだ。
「!!霖之助さん、霖之助さん!!店が、店が燃えてますって、霖之助さん!!」
「………」
私の必死の呼びかけにも応えず、霖之助さんはひたすらシャッターを切り続けていた。
「………てゐ君」
「…んっ、何、りんのすけさん?」
「……鈴仙君を…頼む」
「………うん」
てゐはそう言って頷くと、霖之助さんから私を引き剥がした。
「ちょっと、何するの、てゐ!まだ霖之助さんが……」
「いいから!!」
てゐはそのままずるずると炎が渦巻く香霖堂の出口に向かって私を引っ張っていった。
「!!霖之助さん、霖之助さん!!」
霖之助さんは相変わらず藤原 妹紅と対峙したままシャッターを切り続けていた。
このままじゃ……!!
「霖之助さん!!霖之助さん!!!」
私の声が届いたのどうかはわからない…
ただ、霖之助さんはこちらを向いて静かに微笑むと…小さく口を動かした。
「えっ…霖之助さ…」
その言葉を最後に…霖之助さんは炎の中に消えてった。
「霖之助さん!!!!」
頭の中では…最後に霖之助さんが残した言葉が…
何度も何度も響いていた………
『我が人生に一片の悔い無し』
****************************************
燃え上がる香霖堂の外。
私とてゐはそこに立っていた。
しばらく香霖堂の中から聞こえていたシャッター音も、今では…もう聞こえない。
「漢りんのすけ…暁に死す…か」
てゐが物憂げな表情でボソっととんでもないことを口にした。
「…ちょっと、勝手に殺さないでよ」
「あはは、冗談だよ、冗談」
「もう、てゐは……でも…」
さすがにあの炎じゃ…
「ダメだよ、れーせんちゃん」
「てゐ…」
「れーせんちゃんが信じなくてどうするの」
「うん…ごめん」
「きっと次に来たときには店も元に戻っていて、
いつものように中で霖之助さんが一人パリコレしてるよ」
「うん、うん…きっと、そうだね」
私は流れかけた涙を拭うと香霖堂に背を向けた。
「さぁ、帰ろうか、てゐ」
「うん!」
「それにしても、今日はいい写真(え)が撮れてよかったよ~」
帰路についている途中でてゐが意味不明なことをサラリと口にした。
「何よ、霖之助さんみたいなことを言って…」
「だってほら」
そう言っててゐが見せてくれた写真に写っていたのは…私!?
「こ、これは…」
博麗 霊夢の服を着た私に、霧雨 魔理沙の服を着た私…おまけにメイド服を着た私までいる。
「い、いつのまに…」
「ふっ、ふっ~
てゐを甘くみたら痛い目みるよ~」
「っ!!!」
私はすかさず目の前の写真を全て破いた。
…が、しかし。
「んふふ。甘い甘い」
てゐの表情は変わらず、余裕のままだった。
「ネガはこっちにあるんだからね」
「か、返しなさい!」
「や~だよ~!!」
そう言って駆け出すてゐ。
私はそれを追いかける。
いつものような逃走劇の始まりだ。
「返して~!!」
「ダ~メ~!
えーりん様や姫様に見せちゃうんだから!!」
「や~め~て~!!」
付かず離れずの追いかけっこ。
こうして、いつもとは違う形で始まった一日は、結局いつもと同じ形で終わったのでした。
はぁう……
・
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焼け跡の香霖堂。
そこには誰もいなかった。
ただ…その中心には一つのカメラがポツンと寂しそうに佇んでいた。
『沸き止まぬ 大志の果てに 焔咲く』【森近 霖之助 辞世の句】
end
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・
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・
「待たせたね、次は…これだ」
そう言って、霖之助さんが持ってきたのはのは…メイド服。
「……もしかして、これ、紅魔館の?」
「うむ、そうだ」
「…これは、どうやって?」
「これはね…正直、いろいろ苦労したんだ」
霖之助さんは、フウとため息をつくとメガネのズレを直した。
「とりあえず、手始めに正攻法で攻めてみた」
「正攻法…ですか?」
この人の正攻法って…
ろくなもんじゃないことだけはわかるが…
「直接、紅魔館に赴き、『僕を雇ってくれ』って直談判をした」
「…メ、メイドですよ?」
「…ダメだよ、れーせんちゃん。この人に真面目な突っ込みしても意味無いよ」
てゐが何かを達観したような感じで私の肩を叩いてきた。
「う、うん」
確かにいちいち突っ込んで話を止めると、いつ終わるかわからなくなりそうだし…
「それでは、話を続けよう」
霖之助さんが話を仕切り直した。
「それがうまいこと主の興味を引いたらしく、何とか面接までこぎつけることができたんだ」
…何考えてるんだろう、あの吸血鬼。
「その面接というのが、館の主要人を集めてのものだったので、さすがの僕も緊張したよ」
主要人…主とあのメイド長と…確か主の妹もいたっけ。
あっ、後見たことないけど、パチュリーとかいう魔法使いもいるって話を聞いたな。
「どんな面接だったんですか?」
「主いわく『好きなように喋ってみろ』というものだった」
「好きなように…」
それNGワードです…きっと。
「だから僕は熱弁を振るったさ。
僕の秘蔵小話『冥土いんヘヴン』を」
「…成果のほどは?」
「…開始一分で主の友人が倒れ、開始二分で主の妹君が泣き出し、
開始三分で主がスペルカードを掲げ、開始四分でメイド長に叩き出された」
「うわぁ~」
何という威力…
「ところが、そこであきらめる僕では無かったんだよ」
「えっ?続くんですか?」
「当然だ。まだ、メイド服を手に入れて無いだろう?」
「はぁ…」
この熱意は一体どこから沸いてくるんだろう?
「僕は誠意を認めてもらうために、紅魔館の入り口で土下座をし始めた」
「土下座…ですか」
あぁ…やるだろうなこの人なら。
「雨が降ろうと、風が吹こうと、三日三晩僕はひたすら頭を下げ続けた…」
「…頑張ったんですね」
もう、何ていうか、出来るだけ感情がこもらないように相槌を打った。
「あぁ。
そして…ある日、僕の誠意は通じたんだ」
「えっ…本気ですか?」
私は敢えて「本当ですか?」とは聞かなかった。
本気かよ…紅魔館…
「紅魔館の門番が僕にある提案を持ちかけてきたんだ。
『メイド服を調達してくるかわりに、私の用途を調べてくれ』ってね」
「??どういうことです?」
「僕の能力さ、『未知の道具の名称と用途が分かる』程度の能力のね」
「…そんな、能力があったんですね。それで、調べてあげたんですか?」
「当然だ」
「どんな結果が出たんです?」
「………」
突然、霖之助さんが深刻そうな顔で黙り込む。
「……いい結果じゃなかったんですか?」
「うん、まぁ、その、ね…フォローのしようもないような…」
「…それ、伝えちゃいました?」
「…いや、とてもじゃないが、僕の口からは……」
「えっ、じゃあ交渉は?」
「うん、だから、彼女には悪かったが九割八分五厘脚色したものを伝えさせてもらった」
それ、とんでもない改竄です、霖之助さん。
「…それで、その(改竄された)結果を聞いた門番さんはどうしたんですか?」
「『ひゃっほー!』って転がりながらながら、紅魔館に特攻していった」
「…それで?」
「戦争のような激しい音が鳴り響いた後、全身にナイフが刺さって血まみれの彼女が出てきた」
血まみれ?ナイフ?
どこらへんから、そんな物騒な話に…
「そのとき、彼女が持ってきてくれたのが…このメイド服さ」
私は霖之助さんの手にあるメイド服を見つめた。
何か、怨々とした気が立ちのぼっている気がする……
「…その後、門番さんは?」
「『私、転職します!』と言い残して、何処の彼方に消えていった。
後のことは、僕にもわからない…」
「……」
不憫な……と、自分とちょっと似た属性を持ったその門番に同情してしまった。
「自分を不幸と思っていない奴が一番不幸なんだよね」
突然、後ろから声。
「えっ?」
今のは…てゐ?
私は慌てててゐの方を向いた。
「んん?れーせんちゃん、何かな?かな?」
「あなた、今…」
「何のこと~?てゐにはわかんな~い(ニヤソ)」
「……」
香霖堂を再び静寂が包み込む。
鈴仙が更衣室に向かったのを確認して、てゐは霖之助に話かけた。
「りんのすけさん、さっきみたいに『ハメ』を外しちゃダメだよ。れーせんちゃん、凄い怖がってるんだから」
そうは言うものの、てゐの声はおもしろそうだった。
「安心したまえ、てゐ君」
霖之助はフッとニヒルな笑みを浮かべた。
「僕は『視姦』をするときには、あることに気をつけているんだ」
「……うん、続けていいよ」
突っ込んじゃダメだ…
突っ込んじゃダメだ…
てゐは心の中で何度も反芻した。
「それは、自分の中にもう一人の自分を作り出すこと」
「どういうこと~?」
「つまり、もう一人の自分を作り出しその目線で見ることによって、
出来るだけ客観視しよう、という試みのことさ」
「へ~」
「だから、被写体に個人的な感情を抱くことなんてない、というわけだ」
てゐは心の底から「嘘だ!!!」と叫びたかったが、グッと飲むこんだ。
突っ込んじゃダメだ…
突っ込んじゃダメだ…
「…うわ」
「…ちょっと、何よてゐ、その『うわ』ってのは」
「いや、何か予想以上にすごいな~って……」
てゐはそう言うと霖之助さんをチラッと見た。
当の霖之助さんは…
「………」
無言のまま、小刻みに…震えていた。
「あ、あの、霖之助さん、どうですか、これ?
ちょっと…胸がきついんですけど、その、似合ってます?」
…サイズとかはだいたいあってたけど、何故か胸だけがきつかった。
これが紅魔館クオリティ?
まぁ、すずめの涙ほどの優越感を感じることが出来たので良しとしよう。
プツン
「えっ…?」
何の音?
何かが切れるような…
「あちゃ~」
てゐは霖之助さを見て頭を抱えていた。
どういうこと…だろう?
「…こ…」
「えっ、霖之助さん?何か言い…」
「媚びるなぁぁぁぁ!!」
「!!」
不意のタイミングでヴォルケイノ。
私は思わずのぞけってしまった。
「うさ耳にメイド服だと!?あざといにもほどがあるわぁ!!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
あぁ…この理不尽な物言いにも馴れたはずなのに…
何で私は相も変わらず受け身のまま謝っているんだろう?
「こんな、こんな、あんみつにケーキシロップをぶちまけるがごとき所業を僕は認めたりはしないぞ!」
「ごもっとも、ごもっともです!」
平謝り平謝り。
何だろう、永遠亭でもここでも同じことをしているような気がする…
「認めたりはしない!
認めたりはしない………はずなのに!!」
霖之助さんがクッと顔を伏せた。
「えっ?霖之助さん?」
見ると、霖之助さんは苦々しい表情を浮かべていた。
「……僕は、僕は!!」
突然、霖之助さんが私の肩を力強く掴んだ。
「きゃ、り、霖之助さん!?」
あっ…以外と強引……じゃなくて。
「ちょ、ちょっと離してください、霖之助さん。痛い…」
「…鈴仙君、頼みがあるんだ」
「えっ?」
これまで見たこともないような真剣な面持ち。
今にも「お嬢さんをください」と言わんばかりだ。
「聞いてくれないか…鈴仙君」
「は、はい」
迫力に押し切られ思わず私は頷いてしまった。
「僕を……『ご主人様』と呼んで欲しいんだ」
「え、えぇ…?」
「頼む…今の君にしか…できないんだ」
何というか…単に言うだけならいいが…
霖之助さんのことだ。
『お持ち帰り~!』とか言って拉致されかねないしなぁ…
「…ならば!」
「!!ちょ、ちょっと霖之助さん!」
霖之助さんは突然地面に伏せた。
「や、やめてください!」
「僕は…僕は…君が頷くまで(頭を)下げるのを止めない!!」
あぁ…もうこうなってしまったら、取るべき道は一つか。
「……………わかりました」
「…鈴仙君、ありがとう…」
そう言って霖之助さんは立ち上がると、背筋をピンと伸ばした。
「……」
「……」
場を沈黙が包み込み、誰一人として声をはっするものはいなかった。
そして………私はその単語を口にした。
「…ご、ご主人様?」
「…」
「…」
場を再び沈黙が包み込む。
リテイクですか?と思って口を開きかけた瞬間、霖之助さんはふいに…微笑んだ。
「霖之助…さん?」
「僕は…間違っていたみたいだ…」
「えっ?」
「今まで…明らかに戦略であろうと思われるようなメディアの所業を、
『あざとい』とか『媚びるな』とか揶揄してきたが…それは間違いだった…」
「…あの?霖之助…さん?」
なんか打ち切りのアニメみたいにまとめに入っているが、私には何がなんだかわからない。
「真実はただ一つだった…そう…」
霖之助さんがグッと拳を固く握って…
「そう!!『イイ物は(・∀・)イイ!!』んだ!!」
吼えた。
「…あの~」
私がどう対応していいかわからずオロオロしていると、霖之助さんは全てを見透かしたように私の肩をポンと叩いた。
「…ありがとう、鈴仙君。感謝して…いるよ」
「霖之助さん…」
あれ?ちょっといい雰囲気?
…と思ったのもつかの間、突然目の前を赤いシャワーが包んだ。
「きゃああ!!!な、何これ!?」
「れ、れーせんちゃん!!」
慌てててゐが駆け寄ってくる。
「うぅ…」
目を拭いながらシャワーの発生源を目で追ってくと、その先には…霖之助さん!?
見ると、霖之助さんは達観した笑みを浮かべながら、夥しい量の鼻血を吹きだしていた。
「……って、死んじゃう霖之助さん!死んじゃいますって!!」
「…ない、悔いはない、ないないないない……」
ブツブツと何かを呟きながら霖之助さんの顔がドンドン青ざめていく。
くっ…このままでは…
私は、え~いままよ!と祈りながら、座薬を発射した。
座薬は一直線に霖之助さんの方向に飛んでいき…
「…………フグッ!!」
ズボッという嫌な音とともに血の雨が…止んだ。
「…ふっ、鼻の『穴』に座薬とは…ナイス『プレイ』だ、鈴仙く……ん……」
グッ親指を立てながら霖之助さんは血の海に倒れこんだ。
「!!霖之助さん!!」
私達は慌てて霖之助さんに駆け寄った。
「本当に大丈夫ですか、霖之助さん?」
私はそう言いながら血染めのメイド服を霖之助さんに渡した。
「…うむ、正直ちょっとつらいが、今のところ問題は無い」
青ざめた顔で霖之助さんはそう言った。
「それより、また、悪いことをしたね」
「いえ、いいんですよ」
(鼻)血染めのメイド服は当然持って帰ることはできない。
というか、持ち歩きたくない。
「この服は僕が責任をもって洗濯をしておくよ。
乾いたらすぐに、永遠亭の方に送るから心配はいらない」
「いや、別にそんな…」
「君のお師匠様にもこの格好を見せてあげるといい。きっと大喜びに違いない」
「いや、それ、本気で洒落になってませんから」
そうして二人でひとしきり笑った後、私はその話を切り出した。
「それじゃあ、私達そろそろ帰りますね」
「んっ、どうしてだい?服はまだまだあるんだが…」
「でもね…てゐ?」
「…うん、あはは」
てゐも私と同じ気持ちだったらしく、苦笑いで答えてくれた。
「…そうか。
それでは最後の最後に、とっておきのヤツをもってこようと思うのだが…どうだろう?」
「とっておき…ですか、どうするてゐ?」
「う~ん、ちょっと見たい…かな?」
「…うん。それじゃあ、霖之助さん、最後にそれをお願いします」
「了解した」
そう言って霖之助さんは満身創痍の体で香霖堂の奥に消えていった。
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霖之助さんが持ってきた「とっておき」は一言では形容しがたいものだった。
「これは…もんぺと…サスペンダー…?」
「うむ」
どこかで見たことあるような…………あっ!
「藤原 妹紅!」
「ご名答」
その服は姫様の怨敵、藤原 妹紅のものであった。
でも、彼女は普段から幻想郷の住人と関わりをもたないはずなのに…
「どうやって手に入れたんですか?」
「……」
突然、霖之助さんの頬を一筋の涙が濡らす。
「えっ?り、霖之助さん?」
「あぁ、すまない。ちょっと思いだして…ね」
一体何が…
「…この服は持ち主…妹紅君の御友人から譲り受けたんだ」
「藤原 妹紅の友人…ですか?」
そんなの…いたっけ?
「ただ…その御友人が出した条件というのが…その…」
霖之助さんはお尻を撫でながら、頬を赤らめた。
正直…キモい。
「あの…もういいですから…つらいんだったら、無理に…」
「んっ…悪いね。
まぁ、つらいだけではなかったがね。
嬉し恥かしってヤツかな…」
「もういいです~」
私は両手を振って拒絶した。
何で、何でこの人は乙女のような顔して、こんなことを話すんだろう?
その時、てゐがポンと私の肩を叩いた。
「れーせんちゃん、皆そうやって大人の階段を上っていくんだよ。まだシンデレラだけど」
「いや…全然意味がわからないんですけど…」
そうして、なんか嫌な感じにしんみりとした空気が流れ始めた。
何この流れ…?
ドゴーン!!
突然の激しい轟音。
「えっ、えっ?何事!?」
香霖堂の天井には大きな穴が空いており、その穴の淵はブスブスと焦げていた。
まるで火の玉でもぶつけられたみたいな…
私があれこれ考えていると、突如その穴から真っ赤に燃える物体が入ってきた。
「…!!お前は…!」
身に纏った炎がしだいに消えていき、その中から現われたのは…
「藤原 妹紅!!」
噂をすれば何とやらかどうかは知らないが、まさに話の渦中の人物が現われた。
だが…
「私の服を返せ~!!」
そう言って顔まで真っ赤に染めながら叫ぶ彼女の姿は、ワイシャツ一枚という惨めなものだった。
「はぅ!」
突然、霖之助さんが痙攣し始める。
「霖之助さん?どうしたん…」
「……てない」
「えっ?」
「穿いてない!!!」
「!!」
その声に私やてゐはおろか、襲撃者の藤原 妹紅までもが驚いた。
「穿いてない、穿いてない!」
霖之助さんの視界に藤原 妹紅がロックオンされる。
うわ…視姦(スナイプ)モードだ…
「!」
迫り来る視線という弾丸から身を守るため、藤原 妹紅はとっさにワイシャツの裾を引っ張って、
その…大事な部分を隠そうするが…
「穿いてな…はぅ…うぐ…ひえぇぇぇ!!!」
火に油だった。
霖之助さんは奇声をあげ、さらに激しく痙攣しだした。
「お、おい、そこの兎達!そいつをどうにかしろ!!」
妹紅はそう言って私達に嘆願してきたが…
「「無理ッス」」
私とてゐは「不可能」のジェスチャーとともにそう返した。
「~~~~~!!」
藤原 妹紅の目に涙が浮かびだしてきた。
パシャ
突然のシャッター音。
それはもちろん…
「霖之助さん…」
霖之助さんはどこから取り出したのかわからないカメラで、藤原 妹紅を激写していた。
パシャシャシャシャ
鬼気迫る感じでシャッターを切る彼の様子はまるで戦場カメラマンそのものだった…
いや、比喩なんかではなく、実際香霖堂は戦場になりつつある…
羞恥と怒りによってからか、藤原 妹紅を中心にして温度が上がりつつあるのだ。
「霖之助さん…そのあたりで…」
私は霖之助さんの肩を揺すったが、その手は無下に払われてしまった。
「うるさい!今撮らなくて…いつ撮るんだ!!!」
パシャシャシャシャシャ
そう叫んでシャッターを切る霖之助さん。
どうしてこの人はカッコイイ台詞を、このダメな状況で言えるんだろうか?
「~~!お、おい、お前!!いいかけんに私の服を返せ!!」
業を煮やした藤原 妹紅が霖之助さんに向かって叫ぶ。
しかし、霖之助さんは…
「あれは僕の操の代価だ!!だから、持ち主だろうと誰だろうと…返す義理などないわぁ!!!」
あぁ…言い切ったよこの人。
「~~~~~!!!」
藤原 妹紅は目の前の理不尽にいっぱいいっぱいの様子で、いつ爆発してもおかしくなかった。
しかし…
「はぁう!!やめろ、やめてくれ!!
僕を…僕を…潤んだジト目で見るのは止めてくれ!!」
些細な仕草も見逃さず、霖之助さんの方が勝手に爆発した。
パシャシャシャ パシャシャシャ
えっ?
霖之助さんのシャッターを切る指に微かな変化。
「リズムが…」
言うならばbpm144のリズム…
「あっ…!」
突然霖之助さんのカメラから発せられるフラッシュに、何かミサイルのような残像が見えた。
「これは…一体…」
「あれは…『真栗鼠砲』…」
「知っているの、てゐ!?」
腕を組みながら一部始終を見守るてゐに私は問いかけた。
「うん…一定のリズムでボタンを押すことで、効果的な威力を得る裏技中の裏技…
まさか、りんのすけさんが使えるなんて…」
どこかの書房で拾ってきたようなインチキくさい知識を、てゐは臆面もなく披露した。
「~~~~~~っ!!!」
やばい…藤原 妹紅はメルトダウン寸前だ。
これは…一大事ですぞ、市長!!
「霖之助さん、霖之助さん!不味い、不味いですって!!」
「退かぬ!! 媚びぬ !!省みぬ!!森近 霖之助に逃走はないのだぁーー!! 」
「わかりました、わかりましたから霖之助さん!
愛は哀しみを生むだけじゃないから、ここは退いとき…」
~ 不死 火の鳥 -鳳翼天翔- ~
藤原 妹紅の静かな声とともに不死鳥が現われ…香霖堂を炎で包んだ。
「!!霖之助さん、霖之助さん!!店が、店が燃えてますって、霖之助さん!!」
「………」
私の必死の呼びかけにも応えず、霖之助さんはひたすらシャッターを切り続けていた。
「………てゐ君」
「…んっ、何、りんのすけさん?」
「……鈴仙君を…頼む」
「………うん」
てゐはそう言って頷くと、霖之助さんから私を引き剥がした。
「ちょっと、何するの、てゐ!まだ霖之助さんが……」
「いいから!!」
てゐはそのままずるずると炎が渦巻く香霖堂の出口に向かって私を引っ張っていった。
「!!霖之助さん、霖之助さん!!」
霖之助さんは相変わらず藤原 妹紅と対峙したままシャッターを切り続けていた。
このままじゃ……!!
「霖之助さん!!霖之助さん!!!」
私の声が届いたのどうかはわからない…
ただ、霖之助さんはこちらを向いて静かに微笑むと…小さく口を動かした。
「えっ…霖之助さ…」
その言葉を最後に…霖之助さんは炎の中に消えてった。
「霖之助さん!!!!」
頭の中では…最後に霖之助さんが残した言葉が…
何度も何度も響いていた………
『我が人生に一片の悔い無し』
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燃え上がる香霖堂の外。
私とてゐはそこに立っていた。
しばらく香霖堂の中から聞こえていたシャッター音も、今では…もう聞こえない。
「漢りんのすけ…暁に死す…か」
てゐが物憂げな表情でボソっととんでもないことを口にした。
「…ちょっと、勝手に殺さないでよ」
「あはは、冗談だよ、冗談」
「もう、てゐは……でも…」
さすがにあの炎じゃ…
「ダメだよ、れーせんちゃん」
「てゐ…」
「れーせんちゃんが信じなくてどうするの」
「うん…ごめん」
「きっと次に来たときには店も元に戻っていて、
いつものように中で霖之助さんが一人パリコレしてるよ」
「うん、うん…きっと、そうだね」
私は流れかけた涙を拭うと香霖堂に背を向けた。
「さぁ、帰ろうか、てゐ」
「うん!」
「それにしても、今日はいい写真(え)が撮れてよかったよ~」
帰路についている途中でてゐが意味不明なことをサラリと口にした。
「何よ、霖之助さんみたいなことを言って…」
「だってほら」
そう言っててゐが見せてくれた写真に写っていたのは…私!?
「こ、これは…」
博麗 霊夢の服を着た私に、霧雨 魔理沙の服を着た私…おまけにメイド服を着た私までいる。
「い、いつのまに…」
「ふっ、ふっ~
てゐを甘くみたら痛い目みるよ~」
「っ!!!」
私はすかさず目の前の写真を全て破いた。
…が、しかし。
「んふふ。甘い甘い」
てゐの表情は変わらず、余裕のままだった。
「ネガはこっちにあるんだからね」
「か、返しなさい!」
「や~だよ~!!」
そう言って駆け出すてゐ。
私はそれを追いかける。
いつものような逃走劇の始まりだ。
「返して~!!」
「ダ~メ~!
えーりん様や姫様に見せちゃうんだから!!」
「や~め~て~!!」
付かず離れずの追いかけっこ。
こうして、いつもとは違う形で始まった一日は、結局いつもと同じ形で終わったのでした。
はぁう……
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焼け跡の香霖堂。
そこには誰もいなかった。
ただ…その中心には一つのカメラがポツンと寂しそうに佇んでいた。
『沸き止まぬ 大志の果てに 焔咲く』【森近 霖之助 辞世の句】
end
笑いすぎて腹いたくなった(笑)。
ここまで笑ったのは他にない。