ヘンなのがある。
まず、そう思った。
珍しく降った雪を肴に一杯やろうって考えたのに、出鼻を挫かれた格好だわ。
思わず徳利を手にしたまま立ちつくす。
注ぎ口からしゅわしゅわと、景気よく湯気が香ってた。
布巾ごしに挟む掌が、ちょっとツライくらいの熱燗ぶりだ。
その味を想って、床冷えする廊下をここまで来たっていうのに、なんだか裏切られた気分だわ。
なにせ太陽も昇ってない時間、ぬくぬくとした布団の中から雪が降ってるのを見てしまい、そっから『雪見酒』って単語を連想、すぐさま熱燗の用意をしたから、いまだに寝癖のまんま、寝巻きのまんま、裸足のまんまだった。お陰で寒いのなんの。
着込んでいるのは腹巻に襦袢、携帯懐炉と半纏だけ。
重武装ではあるけれど、水が結晶化したまんま降ってくる気温相手では、勝負にならなかった。
隙間から吹き込む寒風が、許せないほど癪に障る。
もう少し着込んでくれば良かったと、何度後悔したことか。
……いや、まあ、かといって、魔理沙みたいになるのも御免なんだけど。
結構な頻度で泊まりに来るあの魔砲使いは、冬の間はもの凄い厚着になる。シルエットなんて雪だるまだ。
魔術が無ければ、きっと動くこともできない。
今日だって一泊の筈なのに、私の一週間分の服を持ってきた。
寝る時なんか、うずたかく布団や毛布を積み上げに積み上げて、その下で忘れ去られた文明みたいに眠ってる。
ごくたまに、寝ぼけて閃光攻撃をする所なんかも古代文明。
下手をすると忘れ去られてしまうのも、よく似てる。
ぜんぶ隙間風が原因らしいんだけど…………はあ、完全に自業自得だわ。圧壊してしまえ。
――神社の軒先、廊下から見える庭、雪がちらちらと降り積もる先に、その『ヘンなの』は座っていた。
いえ、座ってる、って言っていいのかしら?
それは、ゆっくりと周囲の雪を巻き込み膨らんで、またゆっくりと縮んでた。
まるで透明な、形を持たない風船みたいな動き。
どうやら、それは寝ているらしかった。
ぐーぎゅー、って、のんきな寝息が響いてた。
「…………」
どうにも、気に食わなかった。
雪見酒っては、雪を見ながら酒を飲むもんだ。
よく分からない、謎の物体を見ながら「うん、風流だわ」ってのは、なんか違う。
「えい」
だから、私こと博麗霊夢は、躊躇なく酒を振りかけた。
繰り返すけど、しゅわしゅわと湯気が上がってる、温度は限りなく100℃に近い。
瞬間、小刻みに震え――
「う、わっちゃあああぉおおおおお!!?」
一挙に具現化した『それ』は、軒上を飛び越え、視界より高く飛び上がる。
お尻を抱え、目からは水滴を振り撒いていた。
頭から生えてる、螺旋状の角がポイントかな。
「あー、やっぱり萃香か」
納得。
私は深く頷き、軒先に座って雪見酒を開始した。
朝日に反射し、キラキラ綺麗だ。
心の洗われる光景である。うん。
+++
「じー」
「声に出して言わないでよ」
くい、っとお猪口を傾ける。
するりと喉を通る感覚。おなかをホッカリと煖めた。
ほぅ、とため息をひとつ吐く。
半眼で見つめてくる視線は、けれど中々冷たかった。
ついさっき、瓦を叩いて泣き喚いていたのと、同一鬼物とは到底思えない。
「お酒……」
「ん?」
ぼそりと呟いた。
「美味しそうね」
「もちろん」
とっておきの年代物なんだ。
これが不味かったら詐欺だ。
喉を通る芳香を楽しみつつ、上機嫌で杯を干した。
満足のあまり出してしまう吐息にも、香気がもれなく付いてくる。
外が寒くて静かだから、なおさら深く味わえる。
これぞまさに雪見酒。
「?」
頬がちくちくしたので振り向くと、萃香が恨めしそうな視線をぶつけてた。
「あー、なによ?」
「お酒……」
「うん」
「――――」
口を小さく動かしてた。
なんだろうと思って耳を傾けると、「飲みたいなー飲みたいなー飲みたいなー……」と、微妙に節をつけ、エンドレスに呟いてた。
恨めしい視線もプラスされ、なんだか呪いでも掛けられてる気分だわ。
「嫌」
だから、私はバッサリと断った。
この手の事物は、中途半端な同情が命取りだ。
「えー、けちー」
「なに言ってんの、あんただって少しは飲んだでしょ」
「アレは飲んだんじゃなくて振り掛けられたの! ヤケドしたことしか分からないわよ!」
「どんくさいわね」
「そういう問題?!」
「だって、あんたって、いわゆる『群体』なんでしょ? 肌に振りかけたら、そこから『うぞぞ~』って吸い込むんじゃないの?」
「気持ち悪い表現やめてよ!」
「え、違うの?」
「違っがうわよ! だいたい、その例えで言えば、『わたし』が煮立った酒風呂に放り込まれたようなもんでしょ! 一部とはいえ殺菌消毒じゃない!」
「あー、鬼の酒蒸しかー、ちょっとした珍味かしらね」
「喰う気かい!」
「ん、少しだけ」
指の間隔で示す。
萃香は更にムッツリとした視線を投げかけてきた。
うーん、少しばかり邪魔くさい。
私は、お銚子に布巾を被せた。
「なら、さ、勝負する?」
「ん?」
不思議そうに小首を傾げてた。
「昔っから人間と鬼は何かと勝負してきたんでしょ? お酒が欲しいなら、勝負でもぎ取るのが筋ってもんじゃない」
鬼と人との間で話し合いなんて似合わない。欲しかったら勝負で決める! ってのが当然のことだし、太古からのお約束。
無料で欲しがるなんて鬼失格だわ。
――萃香は呆気に取られてたみたいだけど、口の端が段々と、凶々しくつり上がった。
「ふっふっふっふ」
歯が剥き出しだ。
八重歯がレミリアと少し似てた。
「鬼のわたしが、人のレイムに、わざわざ勝負を挑むって? ふふふふ、面白いじゃない!」
がおー、と吠えんばかりだった。
負けるだなんて、絶対に考えてないな、こりゃ。
「……沙羅双樹の花の色、って知ってる?」
「盛者必衰も驕って滅ぶのも人間だけよ! 鬼が負けるなんてあり得ない!」
「……桃太郎、酒天童子、一寸法師……」
とりあえず、指折り数える。
「うっ、か、数えられるぐらいしか勝ってないの! 他は全勝!」
「……まあいいわ。それで何しよっか?」
「なによ、考えてないの?」
「って言ってもねー。例えば鬼ごっこなんかしたら、絶対こっちが負けるし……」
「んン……そういえばそっか。わたしって、幻想郷いっぱいにまで『広がれる』んだった」
ゲーム開始と同時に勝敗が決するわけだ。
「かと言って、頭脳勝負も勝ち目なし」
「ふふん、知恵で負けたことなんて無い!」
チェスでも将棋でもトランプでも、萃香は何故かやたらに強い。
イカサマでもしてるんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。
「無い胸張るな。だから……」
「ん?」
「運で勝負、ってのは?」
「運……?」
「そ、どうなるのか分からない『未来』で賭けるの。これなら平等でしょ」
「なるほど」
萃香は黙って考え込んだ。
自分の有利不利を判断してるのかもしれない。
その目は、もの凄く真剣だった。
「…………いいわ、それで行こうじゃないの!」
「おっけ」
「それで、結局、何にするの?」
私は左右の廊下を、指を伸ばしたまま示した。
木で出来た、年代モノの廊下はツルツルだ。
正面には、漆喰で隅無く固められた壁がデンと構え、その壁が終わった地点から向こうへと、左右の廊下は90°に折れ曲がってた。
「もうそろそろ魔理沙が起きるわ、その時、どこから来るのかを賭けない?」
「……それ、面白そうだけど、あの寝ボスケが、この場に来るって保証はある?」
「魔理沙は、私やアンタと同じくらい酒好きよ。寝起きで匂いを嗅ぎつけたら、しかも、それが熱燗の気配なら、脇目も振らずに来ること請け合いだわ」
寝ぼけてるなら尚更、何も考えずにまっすぐ来る。
「ふーん、でも、一応、『気づかずに来ない』ってのも選択肢の一つよね?」
「もちろん」
頷いた。
確かに、その可能性だってあることはある。
「寝室からここまでの廊下は左か右。賭けとしてはどっから来るのか当てる、もしくは気づかずに来ないのを選択、ってことになるわ」
勝負としては、とてもシンプル。
魔理沙の来る方角を当てるだけなんだから、知能も体力も関係無く、単純に運だけの勝負だわ…………表向きは。
萃香は真剣だった。
左右の廊下を、親の仇みたいに睨んでる。
「……他に、何かルールとか規則は無いの?」
「無いわ」
私は断言した。
「そう……」
萃香は左右の廊下を観察してた。
背後で音も無く、しんしんと雪が振る中で、その姿は妙に『嵌って』た。
鬼と雪ってのは、意外と相性が良いのかもしれない。
腕を組み、背筋をすっきりと伸ばしてる。
……雪鬼見酒ってのも、ひょっとして良かったのかな?
私がちょっとばかり感心している最中――ふと首筋がしくしく痛んだ。
妖気と反応した時のものだった。
見ると萃香が微かに光ってる。
きっと、自分の『カケラ』を飛ばして偵察でもしてるんだろう。
別にそれを禁止した覚えもないので、ぜんぜん止めない。ルールに決まってないことなら、何だってアリなのだ。
……ただ、心臓の動きが少しばかり速くなる。
(萃香、気づくかしら?)
――種明かしをひとつすると、この廊下、向かって左がとっても狭い。
でっかい箪笥(タンス)が、左の廊下途中で座ってるのだ。
先に言った通り、魔理沙は現在、ひどく着膨れてる。
あのスノーマンでは、縦にしようが斜めにしようが通れない。
かと言って、あの寒がりが『服を脱いで通る』なんてことをするとも思えない。
つまり――
「――――」
眉をしかめた、疑問いっぱいの顔で萃香は見てた。
おいおい? って顔つきだ。
私は、その疑心暗鬼を更に煽る。
「あ、ちなみにそっちが先に選んでね。つき合いが長いぶん、私の方が有利だろうし」
「くっ」
鬼気迫る、こわい顔。
萃香は、もの凄く悔しそうだった。
不自由な二択どころじゃない。常識的に考えて、これは右しか正解になれないんだ。
どんな引っ掛け問題でも、これほど簡単なわけがない。
下唇を噛み締め、私を凝と睨んでる。
こう考えてるのかな?
私が『廊下の状態』と『魔理沙の格好』を知らないわけがない。萃香の偵察にも気づいたはずだ。それなのに先に選べってことは、『何かの罠』がゼッタイにある、と。
うん、確かにその通り。
これで素直に右を選ぶようなら張り合いが無いってもんだ。
……ちなみに間取りは、私が背もたれ代わりにしてる壁、その向こうが寝室だ。
ついさっきまで私も寝てた。
すごく近くにあることはあるけれど、出入りする障子は正反対の場所にあるから、普通にこの場に来るのなら、大きく迂廻する必要があるわ。
――ごく簡単に地図化すれば、『回』って文字が近いかな。
内の『口』部分が寝室で、外の『口』が外壁、その間の部分が廊下になる。
そして、内側『口』の上部分が寝室の出入り口で、下の廊下部分に私たちがいるわけだ。
……なんでこんな風な作りにしたのか、初代の博麗に是非問い詰めたい――
萃香は口を少し開き、そして、閉じる。
『何を企んでる!』って問い詰めようとでもしたんだろうな……まあ、プライドが邪魔して出来なかったみたいだけど。
悔しそうな表情のまま、頭から湯気を出し、萃香は臨界寸前まで考え込んでた。
やがて、うろうろと歩き回り、髪の毛を掻き毟る。
しばらくの後、立ち止まって――
「…………魔理沙は、魔法が使えた」
挑戦するような、鋭い言葉が来た。
「そうね」
「だったら、あの程度の箪笥、吹き飛ばせるはずよね?」
「そうね、普通の箪笥ならね」
もしそうなら、これは元の状態に戻ったってことになる。
どれだけの名工が作った箪笥でも、空間を歪ませる魔理沙の魔砲には耐えられないだろうし。
いいえ、むしろ『有利だった側』が、つまり、右が罠とも考えられるかな?
何も考えないなら、誰でもそっちを選ぶ。
魔理沙が最初は左折する癖があって、それを私が知っていた、って考えるなら完璧だわ。
「……ふふん」
萃香は、肉食獣じみた笑みを浮かべてた。
『引っかかった』と言わんばかりの表情だ。
「『普通の』箪笥なら、か。ずいぶん気になる言い方ね?」
「――――」
凶悪な笑顔で、まっすぐ私を見たまま、小さな拳を思いっきり床板に叩きつけた。
鉄板でもぶち抜く攻撃は、けれど表面だけで止まってた。ひび割れ一つもできていない。
気づいたか……
確かに、さっきだって『萃香が泣き喚いて瓦を叩いた』のに、屋根は破壊されてないんだ。
叩いた手を、見せつけるように振っていた。
「そ、オカシイわよね。あの魔女は何度も神社に泊まりに来てる。この冬、はじめて泊まったなんて事はない。なのに、なんで『通行の邪魔になる箪笥』がまだあるの? なんで、いままで魔砲で吹き飛ばさなかったの? あの着膨れした格好なら邪魔で仕方なかったでしょうに、なんで、まだあるのかしら?」
「――――」
「ついさっきレイムが置いた、なんてのはナシよね。この勝負を事前に予測できたはずが無いし、それに、箪笥の床のへこみ具合を見ても、随分以前からそこにあったのは分かる」
「――――」
「なら答えは一つね。この床や瓦と同じ。つまり、『壊してたくても壊せなかった』」
「と言うと?」
「奇しくもここは神社、霊的な装置には事欠かないわ。だから……」
一拍置いて、私と萃香の声が重なった。
「『あの箪笥は壊せない』」
一言一句、見事にハモる。
私は素直に事実を認めた。
「それで正解。あの箪笥には強力な防護結界が張られてるわ。着膨れした魔理沙じゃ壊せない。ついでに言うと、建物自体にも同じ処置がしてある」
「左が通れないのはもちろん、壁をぶち壊して通るのも無しってわけね」
「そうよ」
「ふーん、ちょっとした密室ね――」
「…………」
「んで、これでやっと二択、か」
「…………」
「『右から』か『そもそも来ない』かのどっちかよね」
「…………」
私は目を閉じ、黙ってた。
見ざる、言わざる、聞かざる……って最後のは違うか。
萃香の、不審気な気配だけが伝わった。
罠を見抜いたのに、そっちが不利になったのに、この巫女は何で慌てない? ってとこだろうか。
これでもポーカーフェイスには自信がある。
「……なにか、まだ隠してない?」
「さあ? それより決めた?」
疑心は更に強まった。
ほとんど怒気に近い。
「……まだ二択よ、これからもっと絞り込むわよ」
フン、とそっぽを向くと、ぶつぶつと萃香は推理を始めた。
時折聞こえる、「あの魔女は真面目だから」とか「努力家だし」なんて単語は、きっと幻聴なんだろう。
でも、『早起き』って言葉には賛成。
魔理沙は確かにいつも起きるのが早い。
大抵、私より先だわ。
それに嗅覚だって鋭い。
特に私が、お気に入りのお茶、お酒、和菓子、手の込んだ料理を作った時なんか、「あんたは鮫か!?」と思うほど、遥か彼方からやって来る。美味そうなものの気配は、絶対に逃さない。
つまり、『気づかずに来ない』なんてのは、あり得ないんだ。
最初から、この選択肢は無いのも同じだ。
そして、幻想郷全体に『拡散』してた萃香なら、こうした事を当然知っているはずだった。
ここ最近の宴会で『魔理沙のいる所、美味いもの有り』って格言が出来つつあるくらいだし。
「あの魔女が、このチャンスを逃すはずが無いし、前に見た時も……」
おー、悩みつつも、どうやら萃香は結論を出したらしい。
まあ、『普通に萃香が考えるなら』、出てくる答えは一つしかないんだけど。
キッ、と私を睨み。
「魔理沙は、右の廊下から、やって来る」
一言一言、空気に焼きつけるように言った。
「それで納得?」
「もちろんよ!」
勢い良く返事をする先には、お銚子があった。
半ば以上、自分のものだと思ってるらしい。
「それで、レイムの答えは?」
「ん、私?」
「ええ」
私は、静かに布巾を取った。
お銚子から、軽やかな芳香が一面に広がる。
壁に染み込むように、湯気は消えた。
やがて寝室から、布団が崩れる音がした。
壁を叩いてるのか、ぎったんばったんと廊下の壁が躍ってる。
魔獣の封印が、解放されかかってるみたいだわ。
もちろん、中身はそんな可愛いもんじゃ無いんだけど。
不景気な寝ぼけ声と、畳の軋む音がする。
気負い無く、私は『正解』を口にした。
「正面の壁から、まっすぐ来る」
まったく同時に、『目の前にある壁全体がスライド』し、着膨れした魔理沙が顔を覗かせた。
呆然とする萃香を気にせず、呑気に魔女は宣った。
「お、なんかいい匂いがすると思ったら熱燗か! ちょっともらうぜ?」
魔理沙は、つまり、『何も考えずにまっすぐ来た』のだ。
+++
ソフトボールの玉を丸呑みできるくらいの大口を開けて、ただひたすらに萃香は唖然としてた。
全体移動した壁と、出てきた魔理沙の間を忙しげに視線が往復する。
ま、無理も無い。
将棋で言えば、『詰み』になったと思ったのに、王将が実は替え玉だったくらいのインパクトがあったんだろう。
廊下分だけ開いた壁から、魔理沙が雪だるま体型をエッチラオッチラ動かして、ゆっくりコッチ側に来た時になってようやく、萃香は私を凶々しい目で睨んだ。
なにか、文句でもあるんだろうか?
「ゆっとくけど、ヒントは色々あったのよ?」
解説を始める。
「例えば説明する時だって、ちゃんと『どっちから来るか』じゃなくて、『どっから来るか』って言ったわ。二択のどっち、じゃなく、方向を問うどっから、ってね。
あと、運の勝負ってわざわざ事前に断ったのに、なんで『普通に考えれば正解が一つしかない問題』を私が出さなきゃいけないのよ。『頭脳勝負じゃ勝ち目が無い』って、ちゃんと認めてたでしょ」
本質的なところでは、これは運の勝負だったんだ。
「それに、萃香だって惜しい所まで行ってたじゃない」
「…………」
「『通行の邪魔になる箪笥を、魔理沙が破壊しないわけがない』って。
うん、まったくもってその通りなのよ。実際、一度は魔砲をぶっ放してくれたわ」
もちろん、無駄に終わったけど。
博麗神社が誇る防護結界が、その程度で壊れるはずが無い。
ただ、歯を剥き出しにして、箪笥に威嚇してる魔理沙を発見した時には、友達を止めようか真剣に考えたわ。
「でもね。だからって、魔理沙が、こ~の捻くれ者が、たかが壊せない程度のことで引き下がるわけないじゃない」
「あー、なんか酷いぜ?」
「黙りなさい、というか酒飲むな」
「冷えるんだよ、このままじゃ凍死するぜ」
「ミニ八卦炉でも抱いてなさい」
ねじれてるようで真っ直ぐなこの黒魔砲使いが、諦めるなんて愁傷な単語を知ってるはずがない。不便をそのまま受け入れるはずもない。
大工道具一式抱えて、次の日にはやってくれた、博麗神社の改造を。家主に無許可で。大々的に。
「壊せないなら動かしてやるぜ!」とか叫んでたっけ。
「お陰で、この神社は色々なギミックが仕掛けられてるわ。ちょっと見には分からないだろうけど、ほとんど忍者屋敷よ」
実は『壁がスライドする』なんて、まだ簡単な部類だ。着膨れた分、魔理沙の通れない廊下が増え、その度に『改造』が繰り返された。
結果、寝室に隙間風が吹くようになって、布団の積み上げとかに繋がるんだけど、これは本当に自業自得でしかない。
「面白いだろ?」
「面白すぎよ。あんた、神社をなんだと思ってるのよ」
「あー、テーマパークの一種?」
「……そのうち、天罰下すわ。確実に」
「それって単なる犯行予告だぜ」
「確実でしょ?」
――まあ、けど、雪見酒がこの時間に出来たから、あながちこの改造も役立たずってわけじゃないのかも。
寝室の廊下側の壁は、見ての通り『漆喰で隅無く固められた壁』で、窓の一つもないから、『ぬくぬくとした布団の中から雪が降ってるのを見る』なんてこと出来なかっただろうし……
枕の上で眺めた、開いた壁のスキマの向こう側で、しんしんと雪が降る様子はけっこう奇麗だった。
その点だけは、感謝してもいいのかも知れない。
「でも……なんか納得いかない……」
「そんなこと言ってもね、あんたがもっとちゃんと『調査』すれば、これぐらい簡単に分かったことよ? チャンスは平等!」
うん、つまり、これは『萃香がキチンと調査するか』、それだけを試した勝負だったのだ。
カケラを飛ばして調べた萃香が、家の仕掛けに気づくかどうか、私にとっては、ただそれだけの『運試し』。
萃香の不注意に乾杯、ってわけ。
私は、笑ってお銚子を手にする。
お猪口の中に、とろりとした液体を注ぐ。
隣では、魔理沙がおつまみを『召喚』してた。
昨夜の残り――鳥と大根の煮付け、鯵の香草焼き、ほうれん草のおひたし――が廊下に並ぶ。
静かに雪の降るただ中で、「でも、納得いかないー!」って萃香の声だけが響いてた。
+++
その後、「人間ってやっぱり卑怯……」と不貞腐れる萃香を横目に雪見酒をした。萃香だって自前のお酒があるんだから不自由はないと思うんだけど、「他人のただ酒がいちばん美味しい」とのこと。
その気持ちは分からないではない。
だから、悔しそうな萃香を横に飲む酒が美味しいことも、きっと納得してくれる筈だわ。うん。
魔理沙は着膨れながら、器用にお猪口を運んでた。
私はあぐらをかいて雪を見る。
萃香が作った巨大雪だるまを、私と魔理沙が同時に吹き飛ばす。
そっから吸血鬼やらメイドやら幽霊やら庭師が来て、宴会に突入するのもいつものこと。
まったく、今日も変わり映えのしない一日だったわ……
しかもその後考え付くのが、
「実は私はテレポートの魔法が使えたんだぜ」とか、
「下手な結界も数撃ちゃ壊れるぜ」だの・・・。
楽しませていただきました~。
魔理沙のストレートさには負けましたw
というかなにやったるんだ家主の許可なくw
全て取り払ったと思いますが、いかがでしょう?
舞台装置を台無しにする魔理沙の無茶苦茶さも素敵です。
いや、舞台装置を作ったのか。
その実力を持って自分に絶対の自信を持ってるところが萃香らしくて良いなぁ。
いやぁ、ほんとに可愛い萃香に出会えました
萃香って確かに見かけによらず(失礼)頭よさそうだね。
祝3000点