Coolier - 新生・東方創想話

白いドレスが似合う貴女へ

2005/03/08 01:37:02
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「やっぱり平和が一番ね~……ぁふぅ……」
 抹茶色の服と帽子をかぶった少女がポツリとこぼした。長い赤毛が風に広がって鮮やかに映える。
 ぽかぽか陽気、太陽はさんさんとあたりを照らしていた。
 梢はそよぎ、鳥のさえずりがどこか懐かしげに感じられる。
 そんなのんびりした場所に、一軒のお屋敷が建っている。
 外壁は真っ赤で、窓はあるが中は見えない。敷地を囲むように延々塀が伸びていた。
 そんなお屋敷と塀の正面に門がある。
 少女はその門の傍らで芝生に寝転んでいた。日差しが眠気を誘い、あくび交じりに宙を見上げる。
 晴天の向こうから白雲がぷかぷかと漂って、お屋敷の向こう側に飛んでいく。
 やっぱり平和が一番、と少女は思った。
 今日は弾幕をばら撒いてお屋敷に殴りこんでくる客人もない。
 こうして横になっていると日の光を独り占めしたような気分になってひどく贅沢だ。
 ささやかな幸せに心安らぐものを感じる。
「……寝ちゃおうかな……」
 寝てもいいかな。たまにはサボってもいいよね。こんなに天気いいもんね、寝なきゃ損だよねー……。ねむねむ。
 うつらうつらとそんなことを考えていると、お屋敷から誰かやってくる気配を感じた。
 たとえ寝ていても、気を使う程度の能力を持つ少女は周囲の状況が手に取るように分かる。
 やってくる気配は特に強い気だった。というか独特な気だった。前後左右上下過去未来ないまぜにした移ろいを感じさせる不思議な気。
 お屋敷にそんな気はひとつだけだ。遠いが間違いない。
「めいどちょぉ……お仕事大変ですね……ぐぅぐぅ」
「そういうあなたは全然大変そうじゃないわね」
「ひえぇ!?」
 耳元でぼそりとささやかれて跳ね起きる。ひどくドスの効いた声の主は一瞬前まではまだポーチにいたはずで、見つかるはずなかったのだが。
 反射的に間合いを取って顔を向けると、そこには腕を組み冷めた目で少女を見やるメイド長の姿があった。
 銀髪ですらりとした長身にメイド服を綺麗に着こなしている。なんとなくメイド長が着ると高貴に見えるので不思議だ。
 このままではマズい。メイド長に睨まれながら、少女は狼狽しわたわたと手を振りつつ弁解した。
「いやあの、私寝てません。寝てませんでした! お仕事サボったりするはずないじゃないですか!
 そりゃあもう全身全霊で門番やってましたですよ! ですから寝てません。寝てませんって……」
 言葉尻がしぼんで消える。
 時を意のままに操るメイド長の目を盗むことは不可能。
 逃げたほうがいいかなぁなどと隙をうかがっていると、意外なことにメイド長はぷっ吹き出してと表情を緩めた。
「ふふ、別にいいわよ。あなたなら寝こみを襲われてもその前に気づくでしょうし。
 今日は私の機嫌も天気もいいから、たまのお休みだとでも思ってゆっくりしたら?」
「弾にお休みはありませんよ?」
「あのね……まぁいいわ」
 改めてメイド長のいでたちを見ると、手提げ袋を持っていた。どうやら買い物に行くようだ。
 とすると人の里か、香霖堂か……少し前、永遠亭から薬を買ってきたこともあるが。
 なんとなくメイド長の態度が気になったので聞いた。
「なんかいつにもまして優しいですね」
「そうかしら、じゃあクビにする?」
「――すいませんでした」
 不気味なオーラを感じたのでおとなしく引き下がる。今のは半分くらい本気入っていたんじゃなかろうか……
 ふと、お屋敷のほうから妙な気を感じた。
 荒々しい巨大な力。使い手は力を制御する気がないのか、奔放に暴走させている感がある。
 なんとなく少女の美学に反する気だった。
 お屋敷を仰ぎつつメイド長に告げる。
「メイド長。妹様が」
「どうやらそのようね。あーもう、出かけるって時に。フランドール様の癇癪にも困ったものだわ」
 メイド長はやれやれと肩をすくめると、一歩お屋敷に戻りかけて、途中でやめて少女に振り向いた。
 目が合った瞬間まずいと直感したが、逃げるよりメイド長のほうが早かった。
「ねぇ中国、あなた暇よね?」
「中国ではありませんがそれなりに暇です」
「それはよかったわ中国。メモ、この中に入っているからお願いね」
 目に見えぬ圧力とともに買い物袋を手渡された。中を見ると紙片と小銭入れが入っている。買ってくるもののリストだろう。
 なんか釈然としないので一応反抗を試みることにした。
「中国ではないですし、どこにいけばいいかも分からないんですが」
「大丈夫よ中国、香霖堂は分かるでしょ? 店主に見せれば用意してくれるはずだから」
「香霖堂は分かりますけど、中国は否定します。
 でも私が行っても勝手が分かりませんし、日を改めてメイド長が向かわれたほうが」
「頼りにしてるわ、美鈴。おつりで好きなもの買ってきていいわよ」
「……じゃあ行ってきます」
 だめな自分だなぁと自覚しつつ、たまに本名を呼んでもらえると無条件に嬉しい少女だった。弱い。
 飛んでいく少女の背後で、ざーざーとにわか雨が降り始めた。

   ■ ● ■

 魔法の森の外縁、中途半端な場所に香霖堂はある。いろんなものを扱うお店で、幻想郷の外の品物もぞこぞこあるらしい。
 以前来たときはお世話になったなぁ、と思いつつ店の扉をくぐる。
 店主は奥で小さな箱を片手に、巨大な箱とにらめっこしている最中だった。少女が来たことには気づいていないようだ。
「お邪魔します」
「ん……? あ、メイリン。ひさしぶりだね」
 この店の店主は少し前いろいろあって窮地を救ってくれた恩人だ。感謝は言葉で言い尽くせない。
 店主は二つの箱を部屋の隅に無理やり押し込め、少女のほうにやってきた。ただ箱が大きすぎてスキマに納まっていない。
「今日はどうしたのかな、またひどい目にあったとか……?」
「ちがいますよー。今日はお使いに来ました」
 手にした袋からメモを取り出し、店主に預ける。
 店主はうなずいて受け取ると、ふむふむとつぶやきながら店のあちこちで品物を集めて回った。
 最中、世間話などする。
「紅魔館はどうだい。魔理沙が無茶なことしてないかと心配だが……」
「最近は平和でいいですよ。お仕事ももう辛くないですし。
 ……たまに、私のこと忘れられてるんじゃないかって思うときもありますけど、おおむね楽しいです」
「それは実はひどいんじゃないか?」
「いや、まぁ。鬼が出たときもまるで無視されましたし月旅行のときも誘ってくれませんでしたけど……うーん……」
「鬼のときは陰ながらアイコンが登場していたじゃないか。大丈夫、みんなメイリンを忘れてないさ」
「そういってもらえると、なんか救われます……ありがとうございます」
 当たり前なことを話しているはずなのに、なぜかじーんと来る少女だった。
 ……アイコンってなに? と気になったが、聞くのもなんとなくためらわれたのでやめる。
 店主はだいたいメモの中身を集め終えると、「これが最後だね」といって例の巨大な箱の隣をごそごそあさり始めた。
 見たところ箱の奥に目的のものが押し込まれているようだ。
「……その箱、何なんですか?」
「これかい? プラスチックというものさ。木や鉄の代わりに使われる」
「いや、そうじゃなくて……中身です」
「ふっふっふ、それは見てのお楽しみだよ……あった。これで書いてあるものは全部だ」
 真意の測りかねるようなことを言いながら、店主は何かが詰まっているビンを拾い上げ、少女に手渡した。
 代金を支払いながら、店主は箱を示しつつ少女に訊く。
「どうかな、中身見ていくかい? これはちょうど店に入れたばかりでね。
 実は君が来ればいいな、と考えていたところだったんだ」
「え……ど、どういうことです?」
「手に入ったのは偶然だけどね。きっと君なら……」
 店主は途中で言葉を選びなおしたらしく、その次は続けなかった。
 そして少女を見て少し微笑むと、さっさと箱を解体する。
 少女はその中身を見たとき、思わず「わー……」と声を漏らした。
 絵本の中からそのまま出てきたような、純白無垢の美しいドレスだ。
 箱が大きかったのは、ドレスが顔のない人形に着せられていて、それごと包んであったからだ。
 肩の辺りに若干のボリュームがあって、腕の部分は長い手袋のようになっている。
 その手袋と胸には細かいレースの刺繍が流麗に施されていた。
 腰の辺りでちょっと膨らんだスカートは、足元まで筆で引いたように緩やかな曲線を描いている。スカートの裾にもやはりレースが施されていた。
 頭には同じく縁をレースで刺繍した薄布が長く垂れさがり、頭の両側を流れている。
 他にもいたるところがフリルとリボンで飾られていた。
 華美に過ぎず、だが質素でもなく、優雅で華麗で荘厳な美を体現したような、そんな服だった。
「わぁー……」
「これはウェディングドレスというもので、女性が結婚式のときに着用するものだ。
 宗教色が濃いものみたいで僕にはそれ以外分からないけど。
 ……あれ?……そういえば以前似たような物を誰かに売った気が……」
 急に考え込む店主をよそに、少女は目を輝かせながらドレスを見ていた。
 とても綺麗だな。と素直にそう思った。
「メイリン、気に入ったみたいだね」
「え?」
「なんだったら試着してみるかい?」
 思わず店主を見ると、なにやらあいまいな苦笑いなど浮かべつつ少女のほうを眺めていた。
 ドレスに見とれている様をすっかり見られてしまったらしい。
 なんだか顔が赤くなっていくのが自分で感じられた。
「あの、いえ……そんなもったいないこと……いいんですか?」
「やっぱり相当、気に入ってるみたいだね。もちろんいいよ」
「……ありがとうございます!」
 少女はぱっと嬉しそうに微笑むと、ドレスを人形ごと抱えて隣の部屋に消えていった。


 しかし。
「く……と、届かない……」
 着替え始めてから、この服がえらく複雑な構造であることを知った。
 おまけに窮屈で体の動きが極端に制限される。
「う……ふ……く……くくっ……」
 幸か不幸か、少女は体がとても柔らかかったのでがんばれば一人で着ることも可能だった。
 しかしそれには手間と時間がかかる。
「ん……あぅ……つっ……」
 破かないように注意しつつ全ての衣装を身に着けるために、結局一時間近くかかってしまった。


「ど……どうですか?」
「…………」
 着替えを終えて戻ってみると、店主は妙に顔を赤らめつつ椅子に腰掛け、明後日のほうを向いていた。
 そこに声をかけてはみたが……少女の姿を見ただけで、固まったように反応がない。
 部屋を出る前に姿見で確認したとき、とても綺麗でまるで自分じゃないみたいだ、と少女は感じていた。
 いつも知っている自分とはまるで違う女の子が、鏡の向こうではにかんだ表情を浮かべていたのだ。
 店主にもきっと気に入ってもらえるだろうなと、淡い期待もしていた。
 だが物も言わない店主を見ていると、それが砂になって崩れ消えるような気分を味わう。
 もの悲しい。
 いや、当たり前か……着飾ったくらいで人の心が変わるなら、世の中はこんなに苦しみに満ちていなくてもいいと思う。
 うっすらと目に涙を感じながら、少女はうつむいて呟いた。
「やっぱり……やっぱり変ですよね、似合いませんよね。私、地味ですから……綺麗な服を着ても――」
「いや、いやいや。違う違う!」
 がたっと腰を浮かせる店主。傍目にも狼狽しながら少女に向かってくる。
 思わずぶつかりそうなくらいまで近づいて、店主は咳払いとともに告げてきた。
「え、と。その、メイリン……似合っているよ、とても。さっきは驚いて言葉もなくて」
「本当ですか……?」
 似合っている。
 たった一言がどれほど心にしみるのか、少女は初めて知った気がした。
 安らぎにも似た温かみが胸の内側に生まれることが、とても新鮮なことに感じられた。
 心細さに期待が混じったような目で店主を見上げる。店主はそれでも少女に微笑みかけてくれた。
「ああ、きれい――」
「お邪魔するぜー」
 唐突に店の扉が開いて、白と黒の魔女がやってきた。
 少女はとっさに間合いを広げるが、急に顔が赤くなって視点が定まらない。
 心臓がいきなりばくばくと踊っている。なぜか店主のほうをまともに見ることができない。
 一方魔女は入るなり訝しげな顔になり、眉根を寄せつつ店主と少女を交互に見ていた。
 しばらくして、魔女が少女を指しつつ店主に話しかける。
「この美人は?」
「ああ、分からないのも無理はないが……紅魔館の門番、メイ リンだ」
「!!!」
「……どうした?」
「いや、画期的に地味な中国が、こんなに可愛い女の子になるとは。驚きをもてあますぜ」
「うぅ……ひ、ひどい」
 打ちひしがれてよよと崩れ落ちる少女。店主が手を貸してそれを支える。
 とたんにぼっと赤くなって顔を背ける少女。
「だ、だだ大丈夫です」
 わたわたと立ち上がって店主から離れた。店主は非難の眼差しを魔女に向けているので、少女の挙動は気にしていない。
「魔理沙……ひどいことを言うものじゃないよ」
「私はひどいことは言ってないぜ。正直なことを言っただけだ」
「メイリンがかわいそうだろう。どうせわざとやってるんだろうが」
「ばれてたぜ」
 にやりと笑いながら、魔女はまた二人を交互に眺めた。
 そしてさらにニヤニヤして少女にすすっと近づく。
「なあ、中国」
「なんですか」
 無意識に言葉にトゲが出る。が、魔女は首をかしげて少女の頭から足まで再び見渡した。
「中国」
「だからなんですか」
「中国、中、国……だめだぜ、どうにもしっくりこない。もっと地味じゃなきゃ呼びにくいぜ」
「魔理沙……」
「おぉっとジョークだぜ、香霖。あんまり怒るな」
「いいかげん、名前で呼んでほしいんですけど……」
「私の名前は魔理沙だぜ、中国」
「……私のことは紅美鈴って呼んでくださいぃ……」
「こーりんにめーりんか。これは笑える、ははは。月にも行けそうなコンビだ」
 永遠亭の月の民、えーりんを揶揄して魔女は言ったのだろう。
 見かねた店主が魔女と少女の間に割って入った。少女がその背中を見上げる。
 店主はさりげなく少女を魔女から遠ざけつつ、訊ねた。
「それで今日は何の用で来たんだ、魔理沙? 何もないなら閉店にするぞ」
「いや、私は咲……あー、なんでもないぜ。近くを通りかかったから冷やかしにきただけだ」
「…………。まぁいいか、ならさっさと帰ってくれ」
「いつになく邪険じゃないか? まぁいいぜ、さっさと帰るさ。じゃあなご両人」
 魔女は言うだけ言って、言葉通りさっさと帰ろうとした。
「あー、ま、待ってください」
 が、それを少女が止める。店主も魔女も意外そうな表情で少女のほうを振り向いた。
 少女はちょっとためらってから、恥ずかしそうに切り出した。
「こ、この服、一人じゃ脱げなくて……手伝ってください」
「…………」
 魔女、沈黙。
 しばし気まずい静寂が店内を支配したが、やがて魔女が言った。
「……じゃあそもそもどうやって着たんだ?」
 少女は顔を赤らめて答えなかった。


「見直したぜ中国。あの服を一人で着れるやつは幻想郷にもそういない」
「ほめてるんだか、けなしてるんだか……」
「当然、けなし」
「魔理沙、いいから。ほらほら出口はあっちだ」
「いつになく邪険だぜ。じゃあなご両人」
 去り際店内に向けて軽く帽子を上げ、魔女は来たときと同じような不条理さでさっさと帰っていった。
 後には少女と店主が残される。
 二人の距離は一歩とちょっと。手を伸ばしてもわずかに届かないような、そんな微妙な距離。
 少女は気恥ずかしさでわずかにうつむきながら、店主の足元あたりに視線をさまよわせつつ呟くように言った。
「今日は、その……ありがとうございました」
 他にもお礼の言葉がいろいろ胸の中に浮かんだが、照れくさくて口を出ることはなかった。
 店主はぽりぽりと後ろ頭をかきつつ(気配で分かった)、同じように微妙に視線をはずし(これも気配で分かる)ている。
「ドレス、気に入ってくれて何よりだよ。しばらく店先に飾っておこうと思う」
「あの、コウリンさん……」
 ためらいがちに店主を見上げる。店主はやはり眼鏡の奥の視線を定めかねているようだった。
「さっきの買い物のおつりで、あのドレス……買えませんか?」
「それは……ごめん、足りない」
「ですよね……はは、すいません」
 無理と分かっていたので落胆はない。それでもどこかぽっかりしたものが胸の中に穴を開けたように感じられた。
 店主はそんな少女を見つめてから、おもむろに店の奥へ向かった。
 そして少女が来たとき手に持っていた、小さな箱を取って戻ってくる。
「満足してもらえるか分からないけど、代わりにこれを買ってくれないかな」
 少女はちょっと驚いて店主の差し出した小さな箱を見やる。
「これは?」
「ドレスよりちょっと前に店に入れた品さ。中身は保障する。
 僕からの、ささやかな――ささやかな、お得意先への感謝の気持ち、だよ。きっと君に似合うはずだ」
「似合う?」
「さあ、そろそろ日も暮れる。女性が夜道を歩くのは危険だ。十六夜さんにもよろしく伝えておいてくれ」
「え、あ、はい……?」
 ちょっと強引なものを感じたが、少女はおとなしく店主に従って香霖堂を出た。
 背中を店主に見送られ、紅魔館へと帰り路を急ぐ。見えなくなるまで、店主は少女に手を振り続けた。

   ■ ● ■

 紅魔館の周りに降っていた雨はもうやんでいる。
 帰ってきた少女に気づいたのは、メイド長が一番だった。
 前庭で少女を出迎えるメイド長。
「お帰りなさい、中国。長かったわね、迎えに行こうかと思ってたわ」
「あはは……いろいろありまして。お店で魔理沙さんに出くわしちゃったりもしたんですよ」
「そうでしょうね」
「?」
「それより、頼んだものは全部買ってきてくれた?」
「はい、この通り!」
 少女は手にした袋をメイド長に手渡した。たいして確認するでもなく、メイド長はそれを受け取る。
「ご苦労様。それで、何か買ってきたの? 別に買って来なくてもおつり返せとはいわないけど」
「あ、それは……」
 少女はもらった小箱を取り出す。厚紙で丁重に作られた小箱だ。なかなか上品な感じがする。
「それ?」
「中はまだ見てないんですけど」
「は?」
 ぱか。
 少女は小箱の中身を見たとき、思わず「わー……」と声を漏らした。
 小さな指輪が入っていた。銀色のシンプルな指輪だ。
 背のところに台座がアクセントのようにつけられている。その台座には、小粒のキラキラしたな石がくっついていた。
 とても綺麗で、とても気に入った。
 思わず嬉しくなって空にかざす。夕日を反射して、それは美しい赤色に染まっていた。
 どの指にはめようか……と考える。右手だと邪魔になりそうなので左手。親指と中指は太すぎるし、小指では細すぎて入らない。
 人差し指にはめるのもやはり邪魔そうなので、薬指にはめることにした。
 まるであつらえたように、すんなりと指に落ち着く。それもまた嬉しかった。
「ふふ、見てください。綺麗ですよー」
「これは……予想以上だわ……」
「え?」
 メイド長は衝撃を受けたような顔で指輪を見ていた。
「……中国、あなた指輪ってどういうものか知ってる?」
「? 指にはめるんじゃないんですか?」
 メイド長はいきなり肩を落とした。
「…………。ええそうね、あってるわ。その通り」
 メイド長はさっきとは一転、げんなりした様子で「じゃあ門番よろしくね」と残し、買い物袋を抱えてお屋敷に戻っていった。
 メイド長の態度が理解できなかった少女だが、すぐどうでもよくなって左手を夕日にかざす。
 紅い光の中で指輪はきらめきも紅に変え、少女の心をくすぐるように輝き続けた。
「ふふ……」
 それに合わせるように、少女は日が沈むまで指輪を掲げて微笑み続けた。

   ■ ● ■

 後日談。
「お茶が入ったわよ」
「お、さすがメイド長。何も言ってないのに気が利くぜ」
「紅魔館を取り仕切るメイド長なら、このくらい当然」
「ふむ……」
「あなた最近、弾幕のパワーにものをいわせて乱入してくることがなくなったわね。おかげで被害が減って大助かりだわ」
「…………。ああそうかい」
「それで、どうだったの?」
「何の話だ?」
「あなたが今どうやって切り出そうか考えていた話よ」
「……驚いたぜ。いつの間に人の心を読む能力まで身につけたんだ?」
「わりと考えればわりと分かるわ。それで?」
「ああ、あんたは『面白いものが見れる』とか言ってたが、それは嘘だったぜ」
「嘘? あなたが? おかしいわね、あなたの趣味なら間違いなく楽しめると思ったけれど……」
「あれは『とんでもなく面白いもの』だったからな」
「ああ、やっぱり。詳しく教えてくれるわよね?」
「何も言ってないのにお茶を出してくれちゃ、言うしかないぜ」

   ■ ● ■

 紅魔館はそんな毎日が平和だった。
「やっぱり平和が一番ね~……ぁふぅ……」
 最萌支援というものがあります。実際のところあまりに数が多すぎて、目を通すのはそのほんの一部になってしまいがちなものです。
 最萌一回戦。こーりんが初戦敗退の憂き目にあったとき、支援として上げられたSSがありました。いやなんかもうその素晴らしい小説に一発K.O.されてしまいまして。この作品はその小説の続編というスタンスで書かせていただいたものです。原作者様に許可などとっていないのですが、思わずヤッちゃいました。すいません、つい!
 もととなったSSに直リンするのは畏れ多くてここではいたしません。興味をもたれた方は、こーりんVSウドンゲ戦の支援まとめをお探しになればきっと見つかると思います。他の優れた支援群もこの機会に是非。

 で、この作品なんですが、すでに一度最萌用アップローダーに投稿したものをリメイクしたものです。リメイクっていってもほとんど変わってないですが。
 かつて別の場所で掲載したものを転用するのは邪道だとは思うのですが、筆者は美鈴支援のためなら悪魔に魂を売り渡す用意がありますので、可能な限り多くの支援があったほうがいいかなーと、軽く人の道を踏み外しております。

 誇大妄想になりすぎているのかもしれませんが、なにやらさらにこのストーリーに絡む支援SSをお書きくださった方がおられるようで、感激であります。こちらも気になった方は、めーりんVS白百合の支援まとめから。

   ■ ● ■

 筆者はここ最近になってこの板に飛んできた新参者で、まだほとんど皆様の小説にも目を通していないのですが、若干気になることがあります。
 体裁の規則についてです。体裁とは原稿を作る際守らなくてはならない書き方の決まりのことです。
 といいますか、学校で文章を書く際の体裁についてなどほとんど教えてはくれませんので、知らないほうが当たり前なのですが。
 ですがやはり小説家として筆を執る、あるいはキーボードを叩く人間である限り、これは知っておくべき知識だと思います。知っていてわざと破っている人もいますが。
 ということで、ここでは筆硯に親しむ人のための簡単な体裁のすすめをつらつらと書いていこうかと思います。たぶんシリーズ化します。結構多いので。

 補足までに。以下に記載する内容は、第一学習社発行の「カラー版新国語便覧」から引用させていただきます。新といってももはや六年前の書籍ですが……。
 また、筆者が経験的に感じた内容を織り込むこともあります。正しいと判断した事例以外載せないつもりですが、間違った解説が加えられることもあると思います。その場合、気づかれた方はできるだけレスで指摘していただきたく思います。当該の事例はお詫びとともに訂正させていただきます。

   ■ ● ■

~後ろ指を指されない小説家になる為のススメ~

 すいません次回から題名変えます……

 今回は「原稿用紙の使い方」についてです。もっとも、原稿用紙で書いている人はいないと思いますので、ワープロの原稿にも通じることに焦点を絞って解説していきます。

1.「各段落の書き出しでは、初めの一マス分を空けておく」
 おそらく最も基本的な体裁の一つです。上の本文と、このあとがきを見ていただければどういうことかは分かると思いますので詳細略です。

2.「会話文はかぎかっこ(「 」)で囲む。会話の終わりの句点とかぎかっこは一マスに入れる」
 これもまた基本の体裁です。かぎかっこで始まる分の場合、段落の最初であろうと一マス下げる必要はありません。
 かぎかっことじ(」)の前には句点を入れても入れなくてもいいようですが、最近のトレンドでは入れないほうが主流です。
 かぎかっこの中で改行して段落に分けるタイプと、最後まで一段落に入れるタイプの二種類がありますが。筆者が感じる限りではどっちが主流とかはなく、使われ方は半々なようです。

3.「句読点や)」』などの符号は、原則として、次の行の最初には書かない」
 いわゆる「禁則」というものです。今挙げたものは、一太郎では「行頭禁則」と呼ばれています。同様の規則に「行末禁則」があります。この辺りはワープロが自動でやってくれるのでほとんど気にする必要はありません。

4.「文末の語尾を最後まで統一する」
 少なくとも、同じ視点で物語が進行している途中で語尾の変化を行うと、読む側が混乱します。視点変更があれば語尾変化は普通に起こるものですが、それ以外の場合は一貫したものであるよう気をつけましょう。

5.「縦書きの場合の数字は、原則として漢数字を用いる。横書きの場合は、原則として算用数字を用いる。また算用数字の場合、二ケタ以上の数字は一マスに二字入れてよい。ただし、慣用句等においては漢数字を用いる」
 一応、参考までに書きましたが……ネット上の、ブラウザで見るような小説はほぼ全部横書きですし。筆者的には横書きの、こういった小説でも常用的に漢数字を使用しています。おそらくどちらを使っても問題ないです。

6.「感嘆符(!)、疑問符(?)を用いた場合、原則としてその直後の一マスを空白にする。ただし行末であるか、直後に符号が用いられた場合は空白は入れない」
 思いっきりマイナーな体裁です。知らない人のほうが多いと思います。
 ちょっと近くにある本を手に取っていただいて、数ページぱらぱらめくるときっとこの体裁が出てくると思います。筆者も当初全然気づきませんでした。
 この項目は別の回に「符号編」とでも銘打って解説しようかとも思ったのですが、使い方ではなく書き方についてなのでここに入れることにしました。

 今回は以上です。もし好評でしたら自作のあとがきで別の項目で解説します。不評だったら即打ち切りです。

   ■ ● ■

 書きたいことは一通り書かせていただきましたので、この辺でお別れいたします。
 長々と書かせていただきましたが、全部読んでいただいた方は大変感謝です。まだの方、読んでいただけると大変うれしいです。
 あとがきが本文を上回る事を密かに目論む男、腐りジャムでした。
 それでは、よろしければまた次回で。
腐りジャム
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コメント



0.2960簡易評価
14.無評価ラント削除
今晩は。多分、はじめまして。
この量の文章をここまですらすらと読ませるとは、流石としか言いようがありません。雰囲気と間が良く整っているからでしょうね。この二つをしっかり押さえている作品は非常に読みやすいです。
24.70FUSI削除
しっかりと勉強されている方のようで、さすがに読みやすかったです。
ボリュームのあるあとがきで、大変結構かと。
次回のあとがきに期待、勿論本文にも。
27.70るふぇ削除
こういう形のあとがきも良いものですね。
なんだか規模は小さいんだけど、とても身の詰まってる塾みたいで。
小学校の頃句読点をまるで付けずに、夏休み課題の読書感想文をラスト一日で書いたのを思い出します(笑)

本文のほうもとても素敵で、めーりんがふっつーに女の子してトキメキしてドキがむねむねですよ!
次回の作品、もとい後書きにも期待しておりますー
31.無評価名前が無い程度の能力削除
最初に書いた者です。見た時腰が抜けました。
とりあえずお礼になるかならないか、トーナメントにて続きを書かせて頂きました。

私信のみで、心より申し訳ありません。
33.70名前が無い程度の能力削除
 とても良かったです。こういう可愛いメイリンも良いですね。後書きを読んで早速トーナメントスレをチェックしてまいりました(笑)。
 あとがきに関しては、まあ私はここの小説の書き方を習いに来てるわけではないので、親切の押し売り感が無きにしも非ずですが、そうでない方がいる事も理解できますので、SS投稿所の範疇を越えない範囲なら良いのではないでしょうか。
 次回作品にも期待しています。
34.無評価名前が無い程度の能力削除
 失礼しました、誤字です。
「ここの」→「ここに」