・
・
・
・
・
「…というわけなんです」
「なるほど、なるほど。事情はわかった」
私がことの経緯を説明すると、霖之助さんはフムフムと頷いて、こう切り出してきた。
「古着で構わないのなら、ある程度は揃っているが」
「古着…ですか」
霖之助さんが「古着」というと、嫌な予感しかしない。
「…まぁ、てゐがそれでいいっていうのなら」
私はチラッとてゐの方に目線を向けた。
「てゐは可愛いお洋服なら何でもいいよ~」
「…だ、そうです」
「承知した」
そう言って霖之助さんは店の奥に消えていった。
戻ってきた霖之助さんの手には、紅白の…改造巫女装束。
「これは博麗 霊夢の?」
「うむ。『お古だから霖之助さんにあげるわ』と言われて譲り受けた」
「じゃあ、タダで手に入ったってわけですね?」
「いや」
霖之助さんが首を横に振った。
「あえて僕はその申し出を断った」
「…何でですか?」
「いたいけな少女の衣服を『買い取る』。
この背徳的行為にこそ醍醐味があるからさ」
霖之助さんは少年のようにキラキラと目を輝かせながら、黒いことをサラッと口にした。
「……はぁ」
やっぱりダメだわ、この人…
「それじゃあ、りんのすけさんは霊夢ちゃんに何かをあげたの?」
「んっ?」
「『買い取る』っていったよね?
それじゃあ、霊夢ちゃんの服を貰うかわりに何かをあげたんだよね?」
「あぁ、そういうことか。
うん、彼女にはせんべいとほうじ茶を渡しておいた」
「…以外に安いんですね」
「これも付き合いの内だからね」
付き合い…か。
嫌だなそんな付き合い…
「それじゃあ、れーせんちゃん、早く着て着て~!」
「…えっ、てゐの洋服でしょう?私が着ても意味無いよ」
「違うよ~れーせんちゃんは、モデルさん」
「モ、モデル?」
「そう。れーせんちゃんが着てみて、てゐがかわいいな~って思ったら、それを買うの」
「でも、結局着るのはてゐなんだし…」
「…可愛いれーせんちゃん見たいな」
「うっ…」
てゐが懇願するような瞳でこちらを見つめる。
「いつもと違う、れーせんちゃん見たいな…」
「う、うぅ…」
トドメと言わんばかりに瞳までをも潤ませてきた。
「見たい…な」
「…うっ、わかった、わかったわよ。
私が着ます、着させてください!」
「わ~!れーせんちゃん大好き!」
「もぅ、調子がいいんだから…
…それで、霖之助さん…」
「更衣室なら向こうだよ」
「ありがとうございます。
…わかっているとは思いますけど、覗かないでくださいよ?」
それを聞くと霖之助さんは鼻でフッと笑った。
「僕はそんな出歯亀みたいなマネはしないよ。
そもそも、覗くぐらいなら、僕は…」
霖之助さんの顔がキッと引き締まる。
「視姦をする」
脱力…
「はぁ、そうですか…」
私はトボトボと更衣室に向かった。
「それにしても…」
「ん~?」
「君は本当に策士だな、てゐ君」
「…りんのすけさんだって、最初かられーせんちゃんに着せるつもりで、洋服持ってきたんでしょう?
あれは、どう見てもてゐのサイズじゃなかったし」
「ふふ、偶然だよ、偶然」
「そうなんだ、怖いね~、偶然は」
「いや、まったく」
香霖堂に暗い笑いが響き渡る。
「わー、れーせんちゃん可愛い!」
「ふむ」
「そ、そうかな?」
私は慣れない衣装にたじろいでいた。
「サラシ…って言うのかな。
それを巻きすぎちゃって、ちょっときついな…」
「呼んでくれれば、僕が手伝ってあげられたのだが」
「狂おしいほど余計なお世話です」
私はピシャリと言い放った。
「…ついでに言うと、腋もスースーしてちょっと寒い…かな」
「え~でも、そこが可愛いんだよ」
「ん~でもな~
私は、いっそ縫い付けて腋を隠した方がいいと思うんだけ…」
ドン!!
突然香霖堂にものすごい音が響き渡る。
音の出所をみると…
「霖之助…さん?」
霖之助さんは拳を壁に押し付けたまま、怒気を体中から発していた。
「ど、どうしたのりんのすけさん?」
てゐが恐る恐る霖之助さんに問いかけた。
「…鈴仙君、君は、今何といった…?」
「えっ、私ですか?」
「…腋を…『隠す』といったな…」
「えっ、えぇ。そ、それが、何か?」
「ふざけるな!!」
「!!」
店をも揺るがすほどの怒声に、私達は身を竦みあがらせた。
「よりにもよって、腋を『隠す』だと!?
君は…君は自分が口にしていることの意味をわかっているのか!?」
「ご、ごめんなさい…」
えっ?何で私怒られてるの?と思いながらも、その迫力に押されて、私はつい謝ってしまった。
「いいかい!?
腋の見えない巫女服なんて……牛肉の無い牛丼に等しいんだ!!」
それは…と突っ込みたかったけど、とても反論できるような空気ではなかった。
だから、私は別の角度から沈静化を試みた。
「…じゃ、じゃあ腋を隠す代わりに、このスカートにスリットを入れたりなんかすれば、
色気がでるんじゃないかな~とか言ってみたり…」
「誰が色気の話をした!!」
「!!」
二度目の怒声が響き渡る。
「『色気』の話なんかじゃない!ないんだよ!!
僕は……『萌え』の話をしてるんだ!」
「も、萌え…ですか?」
「そう『萌え』だ。
説明すると2週間ぐらいかかるんで割愛しておくが…」
「ま、まだ何か…?」
「…君はさっき腋を隠す『代わり』と言ったね」
「はぁ…言ったと思いますが…」
「この、意気地無し!」
突然、頬をペチッと叩かれる。
痛くはないがとてもムカついた。
「『代わり』なんて、発想からして間違っているんだ!
そんな『牛が無いなら豚を使えばいいじゃない』的な発想を僕は認めたりはしない!!」
霖之助さんはシュバッと腕を水平に薙いで言い切った。
しばしの沈黙。
私もてゐも、ただただポカンと霖之助さんを見ていた。
「ただ…」
突然、霖之助さんが話を続けはじめた。
「『スリット』の着眼点は悪くは無いと思う。
素直にそのアイデアは頂いておこう」
「は、はぁ…」
「GJだ、鈴仙君!」
霖之助さんが白い歯をニカッと見せながら、親指を立てて微笑みかける。
先程の怒気は完全に消えていた。
「というわけで、この巫女装束にはまだ改良を加える必要があるみたいだ。
悪いが、今回は諦めてはもらえないだろうか?」
「わ、私は別に。ね、ねぇ、てゐ?」
「う、うん」
私もてゐも事を荒げないために二つ返事で承諾した。
私はすぐに着替えると巫女装束を霖之助さんに返した。
「悪いね、すぐに次の服を持ってくるよ」
「はぁ、お願いします」
そう言って霖之助さんが店の奥に消えていくのを確認すると、私とてゐはお互いに顔を合わせた。
「何で、私怒られちゃったの?」
「うん、まぁ、れーせんちゃんは深く考えないほうがいいと思うよ」
「…うん、そうしとく」
それっきりどちらも口を開かなかったが、
私の中で新たな霖之助像が出来上がりつつあるのは確かだった。
****************************************
「お次はこちらだ」
霖之助さんが次に持ってきたのは、黒ずくめの魔法衣ととんがり帽子のセットだった。
「これは…霧雨 魔理沙の服ですね」
「ご名答」
「これはどういう経緯で手に入ったんですか?」
「これは…うーん、手に入ったというか、押し付けられたというか…」
「?どういう意味です?」
「いや、先日、魔理沙の家に出張鑑定をしにいったんだが、
その帰り際に、『報酬だ、とっとけ』といわれて、一方的に貰ったんだ」
「霖之助さん貰えるのわかってて、彼女の家に行ったんでしょう~?」
私は嫌らしく聞いてみた。
「いや、予想外のことだったんで僕もびっくりしたよ。
いつもは料理とかで手打ちだったんだが」
「料理とか…って、霖之助さん彼女と仲いいんですか?」
「仲がいいというか、付き合いが長いというか…
うーん、微妙だな~」
「ふーん」
何か彼女だけ扱いが違うな、ってちょっとだけ思った。
ちょっとだけ…
「そう言えば、りんのすけさん」
鈴仙が着替えにいった後、てゐは霖之助に話かけた。
「何だい?」
「妖夢ちゃんの服はどうやって手に入れたの?」
「妖夢君の?
何だ、君もさっきのを見ていたのか」
「あはは、見たくはなかったけどね」
「あれはね、西行寺のお嬢様から貰ったんだ」
「幽々子ちゃんに?」
「あぁ、桜餅3個と交換にね」
「桜餅…相変わらず安いんだね」
「うん、僕もさすがにそれは安すぎると思ってもう一個追加したら、
今度はこのカツラもプレゼントしてくれた」
「それでそれで?」
「『もう一個くれたら中身も差し上げますけど?』と言われたが、それは断らして頂いた」
「え~何で?
妖夢ちゃんにいろいろ、『いや~ん』な事が出来るチャンスだったのに?」
「確かに、『いや~ん』な事ができるのは魅力的だったんだが…」
「どうして断ったの?」
「…てゐ君。宝物ってのは…手に入らないから眩しく見えるんだろう?」
「あぁ、うん、そうだね…」
てゐはそう答える以外になかった。
「ただいま~」
「……」
「……」
「…何かモコモコしていて暑苦しいかなって…のが素直な感想です」
「……」
「……」
「……あっ、後、帽子は耳が邪魔で入らなかったんで、更衣室に置いてきました…」
「……」
「……」
「………って、二人とも何か感想ぐらい言ってくださいよ」
「うん、かわいいと思うよ」
「うむ、似合っていると思う」
「じゃあ、どうしてそんなにテンション低いんですか?」
「うむ、何というか…『普通に』似合っていて、突っ込みづらいんだよ」
「いやいや、突っ込まなくていいからですから。
普通に感想を述べてくださいよ!」
「うーん、そうは言うものの……」
「!!そうだ、りんのすけさん」
てゐはピンと耳を立てると、霖之助さんの袖をクイクイと引っ張った。
「んっ?何だい、てゐ君?」
「あのね、あのね…」
と言って、てゐは霖之助さんに耳打ちをした。
「フムフム……………うんうん………おぉ…!!」
霖之助さんがニヤァと笑った。
…何か嫌な予感が…
そうして二人の密談が終わると、霖之助さんはてゐの頭をよしよしと撫でた。
「エクセレントだ、てゐ君」
「えへへ♪」
「そうと決まれば話は早いな。
ちょっと待っていてくれたまえ!!」
そう言って、霖之助さんは全速力で店の奥に消えていってしまった。
「…ちょっと、霖之助さんに何を吹き込んだのよ」
「えへへ、な~いしょ!」
「また、変な事を…」
私が問い詰めようとしたとき…
「おまたせ!!」
と、霖之助さんが帰ってきた。
キラキラと汗を輝かせながら、無邪気に微笑んでいる霖之助さんはさながらスポーツ少年のようだった。
「さて、鈴仙君」
霖之助さんが真剣な面持ちのまま、こちらに向き直った。
「は、はい」
「これを、持ってくれたまえ」
「えっ、あっ、はい」
そう言って霖之助さんから渡されたのは……大きな大きな魔導書だった。
「ストップ、そうじゃない」
「えっ?」
「両手で抱えるんだ、体の正面に持ってくるように、なるべく重そうな感じを醸し出しながら」
「こ、こうですか…?…うっ」
この本、本当に重い…
「…グゥゥゥーッド、グゥゥゥーッドだ、鈴仙君。
そして、最後に…」
「は、はい」
「…僕を、上目づかいで見てくれ」
「…えっ、こ、こう…ですか?」
魔導書の重さと、未知への恐怖が相まって、ほんの少し潤んでしまった瞳で、
私は霖之助さんを、上目遣いに…見つめた。
「………」
その瞬間、霖之助さんは見事なまでに固まった。
「あ、あの?霖之助…さん?」
「…そ……」
「……『そ』?」
「それだああああAAAAAAA!!!」
「!!」
霖之助さんは突然奇声を上げたかと思うと、私の肩をガクガクと揺さぶった。
「ちょ、ちょっと霖之助さん!?」
「ディモールト(とても)、ディモールト・ベネ(良し)!
鈴仙君、完璧だよ、鈴仙君!!」
「えっ、えぇ??」
私は意味がわからずひたすら狼狽する。
「盲点だった、盲点だった!
まさかこんな身近なアイテムで、こんなにも彩りを添えられるとは…!!」
「えっ、え~と……」
「魔女っ娘…いや、魔法っ娘か!?
とにかく、とにかく、これは新境地だ!!」
しだいに霖之助さんはヒートしていって、
『ハー』とか、『MY』とか、『お兄ぃ』とか、『だったらブレザーか!?』、
とか意味が繋がりそうも無い単語を叫び続けていた。
「えっ、え~?????」
「はいはい、そこまでそこまで」
突然、ガッという鈍い音とともに、霖之助さんが地面に崩れ落ちた。
「…て、てゐ?」
「もう、れーせんちゃん怯えてるじゃない、りんのすけさん」
そう言いながら、てゐはぶんぶんと杵を振り回していた。
まさか…あれで殴ったの?
「おいたはダメだよ、りんのすけさん♪」
めっ!と叱るてゐの傍らで、霖之助さんはピクピクと痙攣しながら微笑んでいた。
「見苦しい姿を見せてしまったね」
「い、いえ…」
私は苦笑いを浮かべながらそう返した。
服はすでに元のものに着替えており、霧雨 魔理沙の魔法衣は…霖之助さんに返した。
「今回も…悪いね」
「…いえ」
「…新境地が開けてしまった以上、この服を手放すわけにはいかなくなったんだ。
あぁ、これを見るたび………思いだす…な」
そう言って霖之助さんがニヤッと笑いだすと、てゐがすかさず杵を装備した。
「りんのすけさん、ダメだよ♪」
「…はっ、すまない、つい…」
霖之助さんはよだれを拭き取ると、新たな提案を持ち出してきた。
「代わりの代わりになってしまうが、次の衣装を持ってこようと思うんだが?」
「……どうする、てゐ?」
「ん~もう少し(れーせんちゃんを)見てみたい…かな」
「……という訳です」
「承知した」
そう言って霖之助さんが店の奥に消えていくのを確認すると、私とてゐはお互いに顔を合わせた。
「…何なんだろう、一体…」
「…だから、さ。
深く考えないほうがいいって、れーせんちゃん」
「そうは言っても…」
「大丈夫大丈夫、危なくなったらてゐが助けてあげるから」
「…う、うん」
鈴仙は気づいていなかった、そう言って励ますてゐの笑顔が黒かったことを。
to be continued…
・
・
・
・
「…というわけなんです」
「なるほど、なるほど。事情はわかった」
私がことの経緯を説明すると、霖之助さんはフムフムと頷いて、こう切り出してきた。
「古着で構わないのなら、ある程度は揃っているが」
「古着…ですか」
霖之助さんが「古着」というと、嫌な予感しかしない。
「…まぁ、てゐがそれでいいっていうのなら」
私はチラッとてゐの方に目線を向けた。
「てゐは可愛いお洋服なら何でもいいよ~」
「…だ、そうです」
「承知した」
そう言って霖之助さんは店の奥に消えていった。
戻ってきた霖之助さんの手には、紅白の…改造巫女装束。
「これは博麗 霊夢の?」
「うむ。『お古だから霖之助さんにあげるわ』と言われて譲り受けた」
「じゃあ、タダで手に入ったってわけですね?」
「いや」
霖之助さんが首を横に振った。
「あえて僕はその申し出を断った」
「…何でですか?」
「いたいけな少女の衣服を『買い取る』。
この背徳的行為にこそ醍醐味があるからさ」
霖之助さんは少年のようにキラキラと目を輝かせながら、黒いことをサラッと口にした。
「……はぁ」
やっぱりダメだわ、この人…
「それじゃあ、りんのすけさんは霊夢ちゃんに何かをあげたの?」
「んっ?」
「『買い取る』っていったよね?
それじゃあ、霊夢ちゃんの服を貰うかわりに何かをあげたんだよね?」
「あぁ、そういうことか。
うん、彼女にはせんべいとほうじ茶を渡しておいた」
「…以外に安いんですね」
「これも付き合いの内だからね」
付き合い…か。
嫌だなそんな付き合い…
「それじゃあ、れーせんちゃん、早く着て着て~!」
「…えっ、てゐの洋服でしょう?私が着ても意味無いよ」
「違うよ~れーせんちゃんは、モデルさん」
「モ、モデル?」
「そう。れーせんちゃんが着てみて、てゐがかわいいな~って思ったら、それを買うの」
「でも、結局着るのはてゐなんだし…」
「…可愛いれーせんちゃん見たいな」
「うっ…」
てゐが懇願するような瞳でこちらを見つめる。
「いつもと違う、れーせんちゃん見たいな…」
「う、うぅ…」
トドメと言わんばかりに瞳までをも潤ませてきた。
「見たい…な」
「…うっ、わかった、わかったわよ。
私が着ます、着させてください!」
「わ~!れーせんちゃん大好き!」
「もぅ、調子がいいんだから…
…それで、霖之助さん…」
「更衣室なら向こうだよ」
「ありがとうございます。
…わかっているとは思いますけど、覗かないでくださいよ?」
それを聞くと霖之助さんは鼻でフッと笑った。
「僕はそんな出歯亀みたいなマネはしないよ。
そもそも、覗くぐらいなら、僕は…」
霖之助さんの顔がキッと引き締まる。
「視姦をする」
脱力…
「はぁ、そうですか…」
私はトボトボと更衣室に向かった。
「それにしても…」
「ん~?」
「君は本当に策士だな、てゐ君」
「…りんのすけさんだって、最初かられーせんちゃんに着せるつもりで、洋服持ってきたんでしょう?
あれは、どう見てもてゐのサイズじゃなかったし」
「ふふ、偶然だよ、偶然」
「そうなんだ、怖いね~、偶然は」
「いや、まったく」
香霖堂に暗い笑いが響き渡る。
「わー、れーせんちゃん可愛い!」
「ふむ」
「そ、そうかな?」
私は慣れない衣装にたじろいでいた。
「サラシ…って言うのかな。
それを巻きすぎちゃって、ちょっときついな…」
「呼んでくれれば、僕が手伝ってあげられたのだが」
「狂おしいほど余計なお世話です」
私はピシャリと言い放った。
「…ついでに言うと、腋もスースーしてちょっと寒い…かな」
「え~でも、そこが可愛いんだよ」
「ん~でもな~
私は、いっそ縫い付けて腋を隠した方がいいと思うんだけ…」
ドン!!
突然香霖堂にものすごい音が響き渡る。
音の出所をみると…
「霖之助…さん?」
霖之助さんは拳を壁に押し付けたまま、怒気を体中から発していた。
「ど、どうしたのりんのすけさん?」
てゐが恐る恐る霖之助さんに問いかけた。
「…鈴仙君、君は、今何といった…?」
「えっ、私ですか?」
「…腋を…『隠す』といったな…」
「えっ、えぇ。そ、それが、何か?」
「ふざけるな!!」
「!!」
店をも揺るがすほどの怒声に、私達は身を竦みあがらせた。
「よりにもよって、腋を『隠す』だと!?
君は…君は自分が口にしていることの意味をわかっているのか!?」
「ご、ごめんなさい…」
えっ?何で私怒られてるの?と思いながらも、その迫力に押されて、私はつい謝ってしまった。
「いいかい!?
腋の見えない巫女服なんて……牛肉の無い牛丼に等しいんだ!!」
それは…と突っ込みたかったけど、とても反論できるような空気ではなかった。
だから、私は別の角度から沈静化を試みた。
「…じゃ、じゃあ腋を隠す代わりに、このスカートにスリットを入れたりなんかすれば、
色気がでるんじゃないかな~とか言ってみたり…」
「誰が色気の話をした!!」
「!!」
二度目の怒声が響き渡る。
「『色気』の話なんかじゃない!ないんだよ!!
僕は……『萌え』の話をしてるんだ!」
「も、萌え…ですか?」
「そう『萌え』だ。
説明すると2週間ぐらいかかるんで割愛しておくが…」
「ま、まだ何か…?」
「…君はさっき腋を隠す『代わり』と言ったね」
「はぁ…言ったと思いますが…」
「この、意気地無し!」
突然、頬をペチッと叩かれる。
痛くはないがとてもムカついた。
「『代わり』なんて、発想からして間違っているんだ!
そんな『牛が無いなら豚を使えばいいじゃない』的な発想を僕は認めたりはしない!!」
霖之助さんはシュバッと腕を水平に薙いで言い切った。
しばしの沈黙。
私もてゐも、ただただポカンと霖之助さんを見ていた。
「ただ…」
突然、霖之助さんが話を続けはじめた。
「『スリット』の着眼点は悪くは無いと思う。
素直にそのアイデアは頂いておこう」
「は、はぁ…」
「GJだ、鈴仙君!」
霖之助さんが白い歯をニカッと見せながら、親指を立てて微笑みかける。
先程の怒気は完全に消えていた。
「というわけで、この巫女装束にはまだ改良を加える必要があるみたいだ。
悪いが、今回は諦めてはもらえないだろうか?」
「わ、私は別に。ね、ねぇ、てゐ?」
「う、うん」
私もてゐも事を荒げないために二つ返事で承諾した。
私はすぐに着替えると巫女装束を霖之助さんに返した。
「悪いね、すぐに次の服を持ってくるよ」
「はぁ、お願いします」
そう言って霖之助さんが店の奥に消えていくのを確認すると、私とてゐはお互いに顔を合わせた。
「何で、私怒られちゃったの?」
「うん、まぁ、れーせんちゃんは深く考えないほうがいいと思うよ」
「…うん、そうしとく」
それっきりどちらも口を開かなかったが、
私の中で新たな霖之助像が出来上がりつつあるのは確かだった。
****************************************
「お次はこちらだ」
霖之助さんが次に持ってきたのは、黒ずくめの魔法衣ととんがり帽子のセットだった。
「これは…霧雨 魔理沙の服ですね」
「ご名答」
「これはどういう経緯で手に入ったんですか?」
「これは…うーん、手に入ったというか、押し付けられたというか…」
「?どういう意味です?」
「いや、先日、魔理沙の家に出張鑑定をしにいったんだが、
その帰り際に、『報酬だ、とっとけ』といわれて、一方的に貰ったんだ」
「霖之助さん貰えるのわかってて、彼女の家に行ったんでしょう~?」
私は嫌らしく聞いてみた。
「いや、予想外のことだったんで僕もびっくりしたよ。
いつもは料理とかで手打ちだったんだが」
「料理とか…って、霖之助さん彼女と仲いいんですか?」
「仲がいいというか、付き合いが長いというか…
うーん、微妙だな~」
「ふーん」
何か彼女だけ扱いが違うな、ってちょっとだけ思った。
ちょっとだけ…
「そう言えば、りんのすけさん」
鈴仙が着替えにいった後、てゐは霖之助に話かけた。
「何だい?」
「妖夢ちゃんの服はどうやって手に入れたの?」
「妖夢君の?
何だ、君もさっきのを見ていたのか」
「あはは、見たくはなかったけどね」
「あれはね、西行寺のお嬢様から貰ったんだ」
「幽々子ちゃんに?」
「あぁ、桜餅3個と交換にね」
「桜餅…相変わらず安いんだね」
「うん、僕もさすがにそれは安すぎると思ってもう一個追加したら、
今度はこのカツラもプレゼントしてくれた」
「それでそれで?」
「『もう一個くれたら中身も差し上げますけど?』と言われたが、それは断らして頂いた」
「え~何で?
妖夢ちゃんにいろいろ、『いや~ん』な事が出来るチャンスだったのに?」
「確かに、『いや~ん』な事ができるのは魅力的だったんだが…」
「どうして断ったの?」
「…てゐ君。宝物ってのは…手に入らないから眩しく見えるんだろう?」
「あぁ、うん、そうだね…」
てゐはそう答える以外になかった。
「ただいま~」
「……」
「……」
「…何かモコモコしていて暑苦しいかなって…のが素直な感想です」
「……」
「……」
「……あっ、後、帽子は耳が邪魔で入らなかったんで、更衣室に置いてきました…」
「……」
「……」
「………って、二人とも何か感想ぐらい言ってくださいよ」
「うん、かわいいと思うよ」
「うむ、似合っていると思う」
「じゃあ、どうしてそんなにテンション低いんですか?」
「うむ、何というか…『普通に』似合っていて、突っ込みづらいんだよ」
「いやいや、突っ込まなくていいからですから。
普通に感想を述べてくださいよ!」
「うーん、そうは言うものの……」
「!!そうだ、りんのすけさん」
てゐはピンと耳を立てると、霖之助さんの袖をクイクイと引っ張った。
「んっ?何だい、てゐ君?」
「あのね、あのね…」
と言って、てゐは霖之助さんに耳打ちをした。
「フムフム……………うんうん………おぉ…!!」
霖之助さんがニヤァと笑った。
…何か嫌な予感が…
そうして二人の密談が終わると、霖之助さんはてゐの頭をよしよしと撫でた。
「エクセレントだ、てゐ君」
「えへへ♪」
「そうと決まれば話は早いな。
ちょっと待っていてくれたまえ!!」
そう言って、霖之助さんは全速力で店の奥に消えていってしまった。
「…ちょっと、霖之助さんに何を吹き込んだのよ」
「えへへ、な~いしょ!」
「また、変な事を…」
私が問い詰めようとしたとき…
「おまたせ!!」
と、霖之助さんが帰ってきた。
キラキラと汗を輝かせながら、無邪気に微笑んでいる霖之助さんはさながらスポーツ少年のようだった。
「さて、鈴仙君」
霖之助さんが真剣な面持ちのまま、こちらに向き直った。
「は、はい」
「これを、持ってくれたまえ」
「えっ、あっ、はい」
そう言って霖之助さんから渡されたのは……大きな大きな魔導書だった。
「ストップ、そうじゃない」
「えっ?」
「両手で抱えるんだ、体の正面に持ってくるように、なるべく重そうな感じを醸し出しながら」
「こ、こうですか…?…うっ」
この本、本当に重い…
「…グゥゥゥーッド、グゥゥゥーッドだ、鈴仙君。
そして、最後に…」
「は、はい」
「…僕を、上目づかいで見てくれ」
「…えっ、こ、こう…ですか?」
魔導書の重さと、未知への恐怖が相まって、ほんの少し潤んでしまった瞳で、
私は霖之助さんを、上目遣いに…見つめた。
「………」
その瞬間、霖之助さんは見事なまでに固まった。
「あ、あの?霖之助…さん?」
「…そ……」
「……『そ』?」
「それだああああAAAAAAA!!!」
「!!」
霖之助さんは突然奇声を上げたかと思うと、私の肩をガクガクと揺さぶった。
「ちょ、ちょっと霖之助さん!?」
「ディモールト(とても)、ディモールト・ベネ(良し)!
鈴仙君、完璧だよ、鈴仙君!!」
「えっ、えぇ??」
私は意味がわからずひたすら狼狽する。
「盲点だった、盲点だった!
まさかこんな身近なアイテムで、こんなにも彩りを添えられるとは…!!」
「えっ、え~と……」
「魔女っ娘…いや、魔法っ娘か!?
とにかく、とにかく、これは新境地だ!!」
しだいに霖之助さんはヒートしていって、
『ハー』とか、『MY』とか、『お兄ぃ』とか、『だったらブレザーか!?』、
とか意味が繋がりそうも無い単語を叫び続けていた。
「えっ、え~?????」
「はいはい、そこまでそこまで」
突然、ガッという鈍い音とともに、霖之助さんが地面に崩れ落ちた。
「…て、てゐ?」
「もう、れーせんちゃん怯えてるじゃない、りんのすけさん」
そう言いながら、てゐはぶんぶんと杵を振り回していた。
まさか…あれで殴ったの?
「おいたはダメだよ、りんのすけさん♪」
めっ!と叱るてゐの傍らで、霖之助さんはピクピクと痙攣しながら微笑んでいた。
「見苦しい姿を見せてしまったね」
「い、いえ…」
私は苦笑いを浮かべながらそう返した。
服はすでに元のものに着替えており、霧雨 魔理沙の魔法衣は…霖之助さんに返した。
「今回も…悪いね」
「…いえ」
「…新境地が開けてしまった以上、この服を手放すわけにはいかなくなったんだ。
あぁ、これを見るたび………思いだす…な」
そう言って霖之助さんがニヤッと笑いだすと、てゐがすかさず杵を装備した。
「りんのすけさん、ダメだよ♪」
「…はっ、すまない、つい…」
霖之助さんはよだれを拭き取ると、新たな提案を持ち出してきた。
「代わりの代わりになってしまうが、次の衣装を持ってこようと思うんだが?」
「……どうする、てゐ?」
「ん~もう少し(れーせんちゃんを)見てみたい…かな」
「……という訳です」
「承知した」
そう言って霖之助さんが店の奥に消えていくのを確認すると、私とてゐはお互いに顔を合わせた。
「…何なんだろう、一体…」
「…だから、さ。
深く考えないほうがいいって、れーせんちゃん」
「そうは言っても…」
「大丈夫大丈夫、危なくなったらてゐが助けてあげるから」
「…う、うん」
鈴仙は気づいていなかった、そう言って励ますてゐの笑顔が黒かったことを。
to be continued…
しかしまぁ着せかせ鈴仙は拙僧もぜひ欲しいので、人参三本でいかがです?
うどんげが処理済だったことにショックを受けました
特に最後の一行が…