この話は「リグルの狂気 序章」の続きです。駄文ですがそちらのほうを先に呼んでいただいたほうがわかりやすいかと。
それでは幻想郷の紅魔館で起きた一つの大きな事件、どうぞご堪能あれ。
紅魔と蛍編
コツッコツッ…深夜、月が傾き始めたころ、紅魔館の主人、レミリア・スカーレットは、先の見えない廊下を急ぎ足で歩い
ていた。今日は、妙な胸騒ぎがする。500年間生き続けてきた本能―いや、直感だと思う。こういうことは前にもあった。
レミリアが咲夜に頼んで霧を出してもらったときも、こんな胸騒ぎがしたのだ。そのときは、巫女と魔法使いが来た。もち
ろん霧を止めるために。―やめよう。昔話に浸っても、何も得られるものはない。頭の奥底から記憶を引きずり出すだけだ。
ふと、自分の足音に奇妙な音が混ざっているのに気がついた。
ピチャッ…ピチャッ…
なんだろうと思い、立ち止まる。どこかで聞いたことがある音だった。思い出そうと目をつぶり、回想にふける。この音は、
確か―
ピチャン…
再び響いたその音に、記憶の中の答えが浮かび上がってきた。焦燥に駆られ、廊下を走り出す。この音は―そう、血の滴る
音だ。レミリア自身、この音をよく聞くものなので、特には驚かない。それが、紅魔館の外だったならば。しかしここは紅
魔館の中である。大抵の侵入者ならば、咲夜が…ここで、自分のとんでもない間違いに気づく。なぜ、その血があたかも屋
敷の人間や妖怪が流したかのように考えてしまったのだろう。侵入者の血の音なのではないか。むしろ、その可能性の方が
高い。目の前に曲がり角が見えた。その音とともに、話し声のようなものが聞こえてきたが聞こえた。片方はおそらく咲夜
だろう。じゃあ、もう片方は?そんな疑問を抱きつつ、角を曲がった。咲夜が、負けるはずがない。
―――咲夜が、誰かと戦っていた。暗がりにいるため、それが誰だかわからない。ただわかったことは、誰が見ても、咲夜
が劣勢だったこと、そして―
「咲夜ァ!」
逃げろ!と叫ぼうとした。だが、それより早く咲夜は振り返り、
「レミリアお嬢様?!来てはいけません!こいつは…」
それから先はわからなかった。
「具蟲[剣]」
鮮血が宙に舞った。咲夜が前のめりに倒れる。その先に、人影があった。
「戦闘中に敵から目を離すなんて…人間て弱いなぁ。」
いつぞやの、蛍だった。怒りがこみ上げてきた。もはやレミリアの頭の中にはスペルカードを発動させることなど、全くな
かった。拳を握り、とびかかる。
「貴…様ァ!よくも咲夜を!!」
「うわわ!」
怒りは、思考回路の冷静を失わせる。その拳を簡単にあしらわれ、リグルは嘲笑うように宙を舞い、言葉を発する。
「さすがにこの傷で貴方の相手はきついかもね。修復してこなくっちゃ。」
よくみれば、リグルの体も傷だらけだ。だが、そんな言葉も現状も、レミリアにはとどかない。手を手刀の形にし、突き出
した。…鮮血が舞う…ハズだった。当たっていたら、完全にリグルの息の根を止められたことだろう。しかし…
「蟲符[異次元断層]」
リグルの姿が視界から消えた。手刀は空振り。同時にリグルの声が聞こえた。
――そんなに殺気立たないでよ。傷を修復したらすぐに出てくるから。
なんだか抑揚のない声だった。それのせいか、どこか不気味に聞こえる。そして、声は聞こえなくなった。レミリアは途方
にくれる。と。
「…お嬢…様……」
足元で声がした。
「…ッ咲夜…」
声の主―十六夜咲夜は、苦しそうに息を吐き出す。
「咲夜ッ動いちゃだめよ!ちょっと待ってなさい!」
咲夜を抱きかかえ、パチェリーの元へ急ぐ。パチェリーならこの程度の傷くらい、治すのはわけないだろう。
「お…嬢様…奴は…リ…グルは…」
「喋っちゃダメ!」
何か言おうとした咲夜を声で制止する。そして、目の前のドアを蹴破った。
―――所変わって、紅魔館の、今は使われていない倉庫内。そこに、リグルの姿があった。忌々しそうに舌打ちし、一枚の
札を取り出した。
「蟲符[損傷修復]」
発動。それと同時に、一匹の―そう、蛭のような生物が現れた。その生き物に命令を下す。
「傷の修復をお願い。」
その蛭は持ち上げていた鎌首をさげ、リグルの怪我に張り付いた。張り付くこと数十秒、そこから離れたときには傷はなく
なっていた。治癒………否、修復だ。体を這うこの感触がなんだかむず痒い。そんなことを考えているうちに、蛭はあっと
いう間にリグルの怪我を修復してしまった。立ち上がり、体が異常なく動くかどうか確かめるような仕草をする。―うん、
問題なさそうだ。柔軟体操のような行動をとりながら、ふと気づいたように一言、
「ありがとう、もういいわよ。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、蛭は札へと戻っていった。―さて。あのメイドですら、ここまでてこずらせて
くれたのだから、悪魔のほうはどうだろう?
―――まだ月が傾き始めて間もないころ。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は暗がりの中廊下を闊歩していた。そういえば、
お嬢様はもう起きただろうか?そんなことを考える。ふと、廊下の端で何かが蠢いているのに気がついた。
「…なにかしら?」
近づいて、正体を確かめる。蠢いているそれは、10センチ程度の虫だった。
「?」
何でこんな虫がこんなところに?と。空を切る音、咲夜はろくに考えもせずに時を止めた。横っ飛びに飛び、音の正体を確
かめる。…それは、蟲だった。二本の腕が刀のように鋭い。いったいどこから飛んできたのだろう。時を動かす。動き出し
たその蟲は自分の目の前に標的がいないのを認識したのか、空中で起用に体勢を整え、そして…
「[戦闘特化]、ストップストップ。戻っていいよ。」
聞き覚えのある声が響く。蟲は少々不服そうな音を発したが、おとなしく札に戻っていった。
「お前は…」
「そう、私。」
どこから出てきたか、そこには何時ぞやの蛍がいた。たしか、リグルといったっけ。
「これは何のまねよ?」
そういいながら咲夜は時を止める準備をする。前にあったときのリグルとは、ひどく感じが違った。なんというか、こう…
異常だった。
「もちろん、あなたと貴方の主人に義理を返しに…ね?」
恨みがかった声でそういう。
「じゃぁ、本気で弾幕っていいかしら?」
挑発するように、咲夜は言った。リグルは少々驚いたような表情を作り、馬鹿にするように言った。
「もちろん!ていうかそうしないと、あなたに勝ち目はないわ。」
時を止める。一気に背後に回り、
「幻世[ザ・ワールド]!!」
発動。そして、時を動かす。何本ものナイフが、リグルに向かって収束していく。
「蟲符[形態模写]」
ボソリ、といった。ナイフがリグルに刺さっていく。背中に。腹に。心臓に。体のいたるところに刺さっていく。そのリグル
は苦悶の叫び声をあげながら、不快な音とともに、灰燼に帰した。
「なんだ、あの時とあんまり変わらないじゃない。」
少々拍子抜けしたように、咲夜は呟いた。しかし、咲夜の心の中には拭いきれない違和感があった。それは静寂が長引くにつ
れどんどん膨張していく。―どこかおかしい。どこだろう?
{不快な音とともに、灰燼に帰した。}
そのフレーズが、脳内を駆け巡る。妖怪が、ナイフを受けただけで灰になるだろうか?フランドールお嬢様のレーヴァテイン
ならともかく、私のナイフでは…
「大・正・解♪」
時をとめる暇もなかった。咲夜の背後の空中で宙吊り状態だったリグルは、いつの間に装備したのか、剣を振り下ろす。
ザシュッ…!
致命傷は避けられた。だが、右腕は治療しないと使えそうもない。血が滴る。舌打ちをし、後ろに跳び退る。
「解除。」
リグルの声とともに、手に持っていた…否、張り付いていたその剣のような蟲は、札へと戻っていった。
「…さっきのは、フェイクか…」
「そう。蟲符[形態模写]」
肯定の言葉と同時にそのスペルを発動する。そのスペルの効果を見て、つい咲夜は呟く。
「ッ…この札は、…骨が折れそうね。」
もはやどれが本体かわからない。目測で50体程度に、リグルは増殖していた。本体がわからないのなら、仕方ない、それに
行き当たるまで倒し続けるのみだ。
「メイド秘技[殺人ドール]!」
咲夜はこの途方もない戦いの中へ、突っ込んでいった。
―――咲夜がリグルを30体ほど倒したところで、リグルはこの札を解除した。
「…どう…した?もう燃…料切れ…か?」
ゼェゼェ、という息遣いが驚くほど大きい。こんなことを言うのはリグルのほうだな、と自嘲する。
「いいえ、そろそろ、決着を付けようと思って。」
リグルの体にも幾度となく傷を付けたが、すぐに偽者にまぎれてしまう為、連続で傷を負わすのは至難の業だった。
「あなた、勘いいわねぇ。こんなに傷がついちゃった。」
感嘆したようにいう。
「まさか、そん…な理由で…スペルを…とくわけ、ない…でしょ?」
「もちろん。」
そういい、リグルは耳を澄ます仕草をする。
「?」
つられて咲夜も耳を澄ます。すると…
コツッコツッ…
息を呑む。誰かがここに、近づいてくる。地が滴った。―お願いだから、お嬢様だけは…
その願いは、届かなかった。かどからひょっこり現れたのは、他でもない、レミリア・スカーレットだった。
「咲夜ァ!」
レミリアでも、このリグルに勝てるという確証はない。それに何より、レミリアは咲夜の中で、もっとも大切な者だった。
だから、咲夜は力の限りこう叫んだ。
「レミリアお嬢様?!来てはいけません!こいつは…」
その先はいえなかった。覚えているのはリグルのスペル発動の声、そして、背中に走った強烈な痛みだった。
紅魔館の図書館で、咲夜はレミリアとこの図書館の主、パチェリー・ノーレッジに事の一部始終を話していた。怪我はパチェ
リーのおかげで大分マシになった。それでもしばらくは安静にしていないとだめそうだ。それが咲夜にとっては辛かった。
メイド長たる自分が、主、レミリア・スカーレットを護ることすら出来ない。そんな咲夜の気持ちを察したのか、レミリアが
言う。
「咲夜、無理しちゃだめよ。私は大丈夫だから。」
「しかし…」
たたみかけるようにパチェリーも言う。
「そうよ、咲夜。大体その怪我、全治3ヶ月よ。」
「………」
ぐうの音もでない。そんな咲夜を見ながら、レミリアとパチェリーは安堵の笑みをこぼす。
バタン!
扉がすごい力で開けられた。飛び込んできたのは、ここ紅魔館のメイドの一人。何かに恐怖する顔で叫ぶ。
「大変です!あの…奇妙な蟲が…!」
それがそのメイドの最後の言葉となった。背後から迫っていた、咲夜をはじめに襲った蟲が、その鋭い鎌のような腕で、その
メイドの首を切り落とす。そのメイドは、何が起きたかわからぬという顔で、断末魔をあげることすら出来なかった。
「くッ…!火符[アグニシャイン]!!」
ボッ!という小気味いい音とともに、その蟲は灰になった。
「咲夜はここで待ってなさい!」
「ちょっと待って、私もいくわ、レミィ。」
「ええ、早く!」
そう言って、レミリアとパチェリーは図書館を飛び出していった。取り残された咲夜には、ただ二人の無事を祈るしか出来な
かった。
リグルは紅魔館の玄関ホールに堂々と立っていた。もともとメイドが少なかったのか、それともただの偶然なのか、誰も通ら
ない。こんなことでは、いつまでも埒が明かない。「異次元断層」で探してもいいが、力を食いすぎる。だから、リグルは、
燻し出すことにした。
「闘蟲[戦闘特化]」
同時に何匹ものあの蟲―闘蟲としておこう、が放たれる。ちょうど廊下に数人のメイドが通りかかったところだった。数匹の
闘蟲がそちらに向かい…あっという間に一人を解体、一人は反応よくどこかへ走り去り、残りは一瞬のことに何がなんだかわ
からない、という顔をしたまま数匹に続いた何百匹もの闘蟲に粉々にきざまれた。この調子なら、奴も―紅い悪魔もすぐ出て
くるだろう。そう思いながら、リグルは見ているものをゾッとさせるような笑みをもなした。
「火符[アグニレイディアンス]!」
「獄符[千本の針の山]!」
不気味な羽音の響く紅魔館にそんな声が轟く。それに続くようにレミリアが叫ぶ。
「パチェ!これじゃあ埒が明かない!二手に分かれるわよ!」
「わかったわ!」
そして、二人は二手に分かれる。レミリアがパチェリーと分かれて10分ほどたったころ。
「…見つけた!」
最も蟲が高密度に集まっている場所。そこにリグルがいるに違いないと考えていたレミリアは、考えるよりも先にスペルを
発動。
「神術[吸血鬼幻想]!」
案の上、闘蟲の弾幕の先にはリグルがいた。決してよい感じを受けない笑みを顔に貼り付けている。
「あ~このスペルじゃあダメかぁ」
そうぼやいている。そして、
「解除」
解除した。レミリアは思った疑問をぶつける。
「いいの?それ、解除しちゃって。」
どこか馬鹿にしたような言い方だ。さすがにムッとしたのか、怒りが混じった声で返答する。
「これは長時間発動してると力を食うのよ!」
それにはたいした反応を示さずに一言、
「そろそろ無駄話はおしまいね。」
「そっちから話しかけてきたくせに…」
一瞬の睨み合い、そして…
「神槍[スピア・ザ・グングニル]!」
「具蟲[剣]!」
……………紅の館に、鈍い金属音が響く。形勢はどうやら、レミリアのほうが優勢のようだ。伊達に500年生きているだけ
のことはある。
「どうしたの!動きが鈍いわね!」
「くッ…」
どうやら返事をする余裕もないようだ。そんなリグルを心の中で嘲笑い、グングニルを一気に跳ね上げる。
バキン!
鈍い音とともにリグルの剣…いや、蟲の角のようなものが折れた。リグルは舌打ちをすると、後ろに跳び退る。そして一声、
「射出!」
同時に蟲の角がレミリアに向けて放たれる。それをグングニルで叩き落すが、そのあとに飛ばしたと思しき蟲本体には気づけ
ず、それを思い切り腹で受けてしまった。
「ッ…カ…ハァ…!」
それでも総合的ダメージはないに等しい。すぐに立ち直り、リグルを探す。と。
「…うん、流石にグングニル相手にこの形態じゃあきついかな?」
「…何を言っている?貴方の負けは見えてるじゃない。」
リグルは、心底驚いたような表情を浮かべた。
「?本当に、わたしが本気を出してたと思うの?」
「何?」
「…まあいいわ。実際に見ればわかるだろうし。」
そして、いつの間に戻ったのか、腕についていた蟲を掲げ…
「具蟲[剣~秋雨~]」
ぼごん、という音がした。剣が…蟲が、どんどん形態を変えていく。そして…
「いくわよ。」
リグルの姿が消えた。異次元断層の力ではない。どうやら秋雨はリグルの身体能力を著しく向上させるようだ。
「クソッ!どこへいった?!」
悪態をつく。その油断が、命取りとなった。
「ここだ!」
秋雨に、二の腕の肉を裂かれた。血が飛び散る。舌打ちをし、後ろに跳び退る。が。失敗した。後ろには、巨大な壁。レミ
リアはそこに受身を取るひまもなく、叩きつけられた。
「グッ…!」
立ち上がろうとする。しかし。
「私の勝ちね。」
そういう言葉とともに、秋雨を突きつけられた。声を出せない。わたしは、ここで死ぬのだろうか?そんな疑問がわいてきた。
いままでに、抱いたことのない疑問だった。急に、怖くなる。死…とは、こんなに怖いものだったっけ…
「バイバイ」
リグルの声が、エコーして聞こえてくる。レミリアは、リグルが秋雨を振り上げるのを呆けたように見ることしか出来なかっ
た。
「日符[ロイヤルフレア]!」
唐突に聞こえたその声に、レミリアは正気を取り戻した。涙目だったことは見なかったことにする。口頭一番、
「パチェ!?」
必然、パチェリーが声をだす。
「何やってるの、レミィ!早くそこを離れなさい!」
ふとリグルをみる。
「グッ…ガああぁぁああぁああああ!!」
苦悶の叫び。どうやら完全にロイヤルフレアをかわすことは出来なかったようだ。右足が、重度のやけどで焼け爛れている。
「レミィ、今のうちにとどめを!」
「えぇ!」
スペルカード発動。
「火水木金土符[賢者の石]!」
「[レッドマジック]!」
二人の攻撃が、リグルの周囲30メートルほどを巻き込んで大爆発。
―終わった…―
本気で二人はそう思った。しかし、その思いは彼女たちの後ろから響いた声に打ち砕かれる。
「貴…様達~…よくもこの私を…!」
後ろを、硬直した動きで二人は振り返る。…案の定、そこには、リグルが立っていた。
「しまった!異次元断層か…!」
「決めた。使わないつもりだったケド、使わないと気がすまない!」
空中へ飛び上がる。スペルカード発動。
「四天王[鬼蟻 ~朽鉄~ ]!!」
悪夢を見ているようだった。巨大な、蟻。大きさだけでも、充分威圧感がある。しかし、二人は立ち向かった。
「金符[シルバードラゴン]!」
巨大なドラゴンを召喚。これならおそらく、あの蟻にも…
「蟻酸だ、朽鉄!」
――ギシャアアアァアアアァアアアアア!!
おそらく肯定の声なのだろう、うなり声を発し、そして口から何かを吐く。蟻酸。人間ですら、大量にかぶれば溶かすほど
の酸。それをとてつもなくでかい朽鉄が出したのだ。ただで済むはずがない。
ジュウウウウゥウウウウゥ!
―――ギャアアアァアアァア!
何かが溶ける音と、ドラゴンの苦悶の叫びが響く。そして、あろうことか、蟻は―朽鉄は、そのドラゴンを、喰いはじめた。
喰いちぎり、咀嚼する音。
メゴッ!バキバキ…ゴリゴリ…ゴクン!
「まさか…鋼鉄製の、シルバードラゴンが…」
パチェリーが、信じられないものを見るように呟いた。
「なんで[朽鉄]って言うかわかる?」
背後から声がした。もちろんリグルである。その手には、秋雨が張り付いている。
「…わかるわけ…ない…でしょ。」
パチェリーには、リグルが何をしたいかが手に取るようにわかった。それを教えたら、殺す気だ。おそらく、レミィも。そん
なパチェリーの思考を中断させるように、リグルはしゃべる。
「朽鉄の主食は、鉄なのよ。だけどそのままじゃあ硬すぎて食べられない。だから、朽ち果てさせ、そして食べるのよ。だか
ら朽鉄。」
しかし、リグルにはそんなことはどうでもよかった。秋雨を振り上げる。パチェリーは、呆けた顔で秋雨を見ているだけだ。
たしかレミリアも、こんな表情してたっけ…
ガキィン!……
そのレミリアに、邪魔をされた。秋雨とグングニルの刀身がぶつかり、火花が散る。それのせいで、一気にパチェリーは遠の
いてしまった。―もうちょっとで、殺せたのに。恨みのこもった声で言う。
「あれ?秋雨の痺れ薬がまわっているはずなのに・・・」
秋雨には切ると切断面に痺れ薬が付着するよう出来ている。レミリアが応答した。
「…道理で…体の動きが…鈍い…訳だわ…」
どうやらまったく効いていない訳でもないらしい。その証拠に、グングニルを握る力が、さっきとは比べ物にならないほど弱
っていた。ふと、パチェリーの方を向く。壁にもたれかかって、息を切らしているだけだ。…よし。
「朽鉄!そっちだ!そこの魔女を狙え!」
リグルが叫ぶ。レミリアはしまったという顔をし、力を振り絞ってパチェリーの元へ。リグルもそれを追う。もはやレミリア
には、スペルを発動させる体力は残っていないようだ。
―――ギシャアアアァアア!
朽鉄のうなり声、そして、一本の腕が、殺人的なスピードで振り下ろされる。
ガキィィン!
…さっきもこんな光景を見た。レミリアは振り返り、「パチェ、大丈夫?」といってくれるはずだった。
だが…パチェリーがみているせなかは、リグルのものだった。ドサリ、という音、秋雨の刀身には血がついている。
「…解除」
朽鉄が、札へと戻っていく。それを見て、パチェリーは言葉を発する。
「レミィを…殺…す…きなの?」
意外な答えがかえってきた。
「いいえ、なんか殺す気なくなっちゃった。」
パチェリーは安堵の息をはく。…甘かった。
「それより酷い状態にしてあげる♪」
パチェリーが驚いたようにリグルをみる。静止するまもないまま、もう動けないレミリアに向かい、スペル発動。
「蟲符[魂喰]」
リグルほどの大きさの、ミミズのような蟲がでてきた。そして、口を広げ…
―ギイイィイイイィイイイ!
パチェリーには、それが一つの言葉に聞こえた。
「いただきます―…」
レミリアを丸ごと飲み込む。声にならない悲鳴が、のどの辺りでつかえていた。たっぷり10秒の感覚をあけたあと、その蟲
はレミリアを吐き出した。
「…ッ!レミィ!」
レミリアに駆け寄る。だが。
「さあ、次は貴女の番よ。」
リグルの声が響く。そして、ミミズが口をあけた瞬間、再び声が聞こえた。
「お~い、パチェリー、遊び来たぜ~」
「ちょっと魔理沙!おいてかないでよ!」
リグルは軽く舌打ちし、秋雨と魂喰を解除。宙に舞い、そして…
「あ~あ、時間切れだ。いくらなんでもタイミング良すぎよ。」
スペル発動。
「蟲符[異次元断層]」
リグルが去った瞬間、魔理沙と霊夢が現れた。
「うわっ…何やってたのよ、あんたたち…」
「あらかたフランと弾幕ごっこだろ?」
しかし、そんな言葉も周りの惨状も、パチェリーはどうでも良かった。ただ…
「レ…ミィ?ねえ、レミィったら!」
レミリアを揺さぶる。しかしレミリアからは言葉は返ってこない。その真紅の瞳は、虚空を見つめていた。霊夢がいつの間に
か近づいてくる。
「…魂を、抜かれているわ。」
端的な答え。そのあとには虚しい静寂が残る。
リグルは自分の家に戻っていた。今日の戦いを振り返る。
「う~ん、私としたことが、つい上級符をつかっちゃった。」
上級符を使うと、体力が著しく奪われる。このままでは2,3日は静養が必要だ。次の戦いに備えて、ゆっくりと。
―メイドには借りは返したし…つぎはやっぱり、庭師かな?
リグルの狂気は、まだおさまりそうもない。 紅魔と蛍編 ―了
それでは幻想郷の紅魔館で起きた一つの大きな事件、どうぞご堪能あれ。
紅魔と蛍編
コツッコツッ…深夜、月が傾き始めたころ、紅魔館の主人、レミリア・スカーレットは、先の見えない廊下を急ぎ足で歩い
ていた。今日は、妙な胸騒ぎがする。500年間生き続けてきた本能―いや、直感だと思う。こういうことは前にもあった。
レミリアが咲夜に頼んで霧を出してもらったときも、こんな胸騒ぎがしたのだ。そのときは、巫女と魔法使いが来た。もち
ろん霧を止めるために。―やめよう。昔話に浸っても、何も得られるものはない。頭の奥底から記憶を引きずり出すだけだ。
ふと、自分の足音に奇妙な音が混ざっているのに気がついた。
ピチャッ…ピチャッ…
なんだろうと思い、立ち止まる。どこかで聞いたことがある音だった。思い出そうと目をつぶり、回想にふける。この音は、
確か―
ピチャン…
再び響いたその音に、記憶の中の答えが浮かび上がってきた。焦燥に駆られ、廊下を走り出す。この音は―そう、血の滴る
音だ。レミリア自身、この音をよく聞くものなので、特には驚かない。それが、紅魔館の外だったならば。しかしここは紅
魔館の中である。大抵の侵入者ならば、咲夜が…ここで、自分のとんでもない間違いに気づく。なぜ、その血があたかも屋
敷の人間や妖怪が流したかのように考えてしまったのだろう。侵入者の血の音なのではないか。むしろ、その可能性の方が
高い。目の前に曲がり角が見えた。その音とともに、話し声のようなものが聞こえてきたが聞こえた。片方はおそらく咲夜
だろう。じゃあ、もう片方は?そんな疑問を抱きつつ、角を曲がった。咲夜が、負けるはずがない。
―――咲夜が、誰かと戦っていた。暗がりにいるため、それが誰だかわからない。ただわかったことは、誰が見ても、咲夜
が劣勢だったこと、そして―
「咲夜ァ!」
逃げろ!と叫ぼうとした。だが、それより早く咲夜は振り返り、
「レミリアお嬢様?!来てはいけません!こいつは…」
それから先はわからなかった。
「具蟲[剣]」
鮮血が宙に舞った。咲夜が前のめりに倒れる。その先に、人影があった。
「戦闘中に敵から目を離すなんて…人間て弱いなぁ。」
いつぞやの、蛍だった。怒りがこみ上げてきた。もはやレミリアの頭の中にはスペルカードを発動させることなど、全くな
かった。拳を握り、とびかかる。
「貴…様ァ!よくも咲夜を!!」
「うわわ!」
怒りは、思考回路の冷静を失わせる。その拳を簡単にあしらわれ、リグルは嘲笑うように宙を舞い、言葉を発する。
「さすがにこの傷で貴方の相手はきついかもね。修復してこなくっちゃ。」
よくみれば、リグルの体も傷だらけだ。だが、そんな言葉も現状も、レミリアにはとどかない。手を手刀の形にし、突き出
した。…鮮血が舞う…ハズだった。当たっていたら、完全にリグルの息の根を止められたことだろう。しかし…
「蟲符[異次元断層]」
リグルの姿が視界から消えた。手刀は空振り。同時にリグルの声が聞こえた。
――そんなに殺気立たないでよ。傷を修復したらすぐに出てくるから。
なんだか抑揚のない声だった。それのせいか、どこか不気味に聞こえる。そして、声は聞こえなくなった。レミリアは途方
にくれる。と。
「…お嬢…様……」
足元で声がした。
「…ッ咲夜…」
声の主―十六夜咲夜は、苦しそうに息を吐き出す。
「咲夜ッ動いちゃだめよ!ちょっと待ってなさい!」
咲夜を抱きかかえ、パチェリーの元へ急ぐ。パチェリーならこの程度の傷くらい、治すのはわけないだろう。
「お…嬢様…奴は…リ…グルは…」
「喋っちゃダメ!」
何か言おうとした咲夜を声で制止する。そして、目の前のドアを蹴破った。
―――所変わって、紅魔館の、今は使われていない倉庫内。そこに、リグルの姿があった。忌々しそうに舌打ちし、一枚の
札を取り出した。
「蟲符[損傷修復]」
発動。それと同時に、一匹の―そう、蛭のような生物が現れた。その生き物に命令を下す。
「傷の修復をお願い。」
その蛭は持ち上げていた鎌首をさげ、リグルの怪我に張り付いた。張り付くこと数十秒、そこから離れたときには傷はなく
なっていた。治癒………否、修復だ。体を這うこの感触がなんだかむず痒い。そんなことを考えているうちに、蛭はあっと
いう間にリグルの怪我を修復してしまった。立ち上がり、体が異常なく動くかどうか確かめるような仕草をする。―うん、
問題なさそうだ。柔軟体操のような行動をとりながら、ふと気づいたように一言、
「ありがとう、もういいわよ。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、蛭は札へと戻っていった。―さて。あのメイドですら、ここまでてこずらせて
くれたのだから、悪魔のほうはどうだろう?
―――まだ月が傾き始めて間もないころ。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は暗がりの中廊下を闊歩していた。そういえば、
お嬢様はもう起きただろうか?そんなことを考える。ふと、廊下の端で何かが蠢いているのに気がついた。
「…なにかしら?」
近づいて、正体を確かめる。蠢いているそれは、10センチ程度の虫だった。
「?」
何でこんな虫がこんなところに?と。空を切る音、咲夜はろくに考えもせずに時を止めた。横っ飛びに飛び、音の正体を確
かめる。…それは、蟲だった。二本の腕が刀のように鋭い。いったいどこから飛んできたのだろう。時を動かす。動き出し
たその蟲は自分の目の前に標的がいないのを認識したのか、空中で起用に体勢を整え、そして…
「[戦闘特化]、ストップストップ。戻っていいよ。」
聞き覚えのある声が響く。蟲は少々不服そうな音を発したが、おとなしく札に戻っていった。
「お前は…」
「そう、私。」
どこから出てきたか、そこには何時ぞやの蛍がいた。たしか、リグルといったっけ。
「これは何のまねよ?」
そういいながら咲夜は時を止める準備をする。前にあったときのリグルとは、ひどく感じが違った。なんというか、こう…
異常だった。
「もちろん、あなたと貴方の主人に義理を返しに…ね?」
恨みがかった声でそういう。
「じゃぁ、本気で弾幕っていいかしら?」
挑発するように、咲夜は言った。リグルは少々驚いたような表情を作り、馬鹿にするように言った。
「もちろん!ていうかそうしないと、あなたに勝ち目はないわ。」
時を止める。一気に背後に回り、
「幻世[ザ・ワールド]!!」
発動。そして、時を動かす。何本ものナイフが、リグルに向かって収束していく。
「蟲符[形態模写]」
ボソリ、といった。ナイフがリグルに刺さっていく。背中に。腹に。心臓に。体のいたるところに刺さっていく。そのリグル
は苦悶の叫び声をあげながら、不快な音とともに、灰燼に帰した。
「なんだ、あの時とあんまり変わらないじゃない。」
少々拍子抜けしたように、咲夜は呟いた。しかし、咲夜の心の中には拭いきれない違和感があった。それは静寂が長引くにつ
れどんどん膨張していく。―どこかおかしい。どこだろう?
{不快な音とともに、灰燼に帰した。}
そのフレーズが、脳内を駆け巡る。妖怪が、ナイフを受けただけで灰になるだろうか?フランドールお嬢様のレーヴァテイン
ならともかく、私のナイフでは…
「大・正・解♪」
時をとめる暇もなかった。咲夜の背後の空中で宙吊り状態だったリグルは、いつの間に装備したのか、剣を振り下ろす。
ザシュッ…!
致命傷は避けられた。だが、右腕は治療しないと使えそうもない。血が滴る。舌打ちをし、後ろに跳び退る。
「解除。」
リグルの声とともに、手に持っていた…否、張り付いていたその剣のような蟲は、札へと戻っていった。
「…さっきのは、フェイクか…」
「そう。蟲符[形態模写]」
肯定の言葉と同時にそのスペルを発動する。そのスペルの効果を見て、つい咲夜は呟く。
「ッ…この札は、…骨が折れそうね。」
もはやどれが本体かわからない。目測で50体程度に、リグルは増殖していた。本体がわからないのなら、仕方ない、それに
行き当たるまで倒し続けるのみだ。
「メイド秘技[殺人ドール]!」
咲夜はこの途方もない戦いの中へ、突っ込んでいった。
―――咲夜がリグルを30体ほど倒したところで、リグルはこの札を解除した。
「…どう…した?もう燃…料切れ…か?」
ゼェゼェ、という息遣いが驚くほど大きい。こんなことを言うのはリグルのほうだな、と自嘲する。
「いいえ、そろそろ、決着を付けようと思って。」
リグルの体にも幾度となく傷を付けたが、すぐに偽者にまぎれてしまう為、連続で傷を負わすのは至難の業だった。
「あなた、勘いいわねぇ。こんなに傷がついちゃった。」
感嘆したようにいう。
「まさか、そん…な理由で…スペルを…とくわけ、ない…でしょ?」
「もちろん。」
そういい、リグルは耳を澄ます仕草をする。
「?」
つられて咲夜も耳を澄ます。すると…
コツッコツッ…
息を呑む。誰かがここに、近づいてくる。地が滴った。―お願いだから、お嬢様だけは…
その願いは、届かなかった。かどからひょっこり現れたのは、他でもない、レミリア・スカーレットだった。
「咲夜ァ!」
レミリアでも、このリグルに勝てるという確証はない。それに何より、レミリアは咲夜の中で、もっとも大切な者だった。
だから、咲夜は力の限りこう叫んだ。
「レミリアお嬢様?!来てはいけません!こいつは…」
その先はいえなかった。覚えているのはリグルのスペル発動の声、そして、背中に走った強烈な痛みだった。
紅魔館の図書館で、咲夜はレミリアとこの図書館の主、パチェリー・ノーレッジに事の一部始終を話していた。怪我はパチェ
リーのおかげで大分マシになった。それでもしばらくは安静にしていないとだめそうだ。それが咲夜にとっては辛かった。
メイド長たる自分が、主、レミリア・スカーレットを護ることすら出来ない。そんな咲夜の気持ちを察したのか、レミリアが
言う。
「咲夜、無理しちゃだめよ。私は大丈夫だから。」
「しかし…」
たたみかけるようにパチェリーも言う。
「そうよ、咲夜。大体その怪我、全治3ヶ月よ。」
「………」
ぐうの音もでない。そんな咲夜を見ながら、レミリアとパチェリーは安堵の笑みをこぼす。
バタン!
扉がすごい力で開けられた。飛び込んできたのは、ここ紅魔館のメイドの一人。何かに恐怖する顔で叫ぶ。
「大変です!あの…奇妙な蟲が…!」
それがそのメイドの最後の言葉となった。背後から迫っていた、咲夜をはじめに襲った蟲が、その鋭い鎌のような腕で、その
メイドの首を切り落とす。そのメイドは、何が起きたかわからぬという顔で、断末魔をあげることすら出来なかった。
「くッ…!火符[アグニシャイン]!!」
ボッ!という小気味いい音とともに、その蟲は灰になった。
「咲夜はここで待ってなさい!」
「ちょっと待って、私もいくわ、レミィ。」
「ええ、早く!」
そう言って、レミリアとパチェリーは図書館を飛び出していった。取り残された咲夜には、ただ二人の無事を祈るしか出来な
かった。
リグルは紅魔館の玄関ホールに堂々と立っていた。もともとメイドが少なかったのか、それともただの偶然なのか、誰も通ら
ない。こんなことでは、いつまでも埒が明かない。「異次元断層」で探してもいいが、力を食いすぎる。だから、リグルは、
燻し出すことにした。
「闘蟲[戦闘特化]」
同時に何匹ものあの蟲―闘蟲としておこう、が放たれる。ちょうど廊下に数人のメイドが通りかかったところだった。数匹の
闘蟲がそちらに向かい…あっという間に一人を解体、一人は反応よくどこかへ走り去り、残りは一瞬のことに何がなんだかわ
からない、という顔をしたまま数匹に続いた何百匹もの闘蟲に粉々にきざまれた。この調子なら、奴も―紅い悪魔もすぐ出て
くるだろう。そう思いながら、リグルは見ているものをゾッとさせるような笑みをもなした。
「火符[アグニレイディアンス]!」
「獄符[千本の針の山]!」
不気味な羽音の響く紅魔館にそんな声が轟く。それに続くようにレミリアが叫ぶ。
「パチェ!これじゃあ埒が明かない!二手に分かれるわよ!」
「わかったわ!」
そして、二人は二手に分かれる。レミリアがパチェリーと分かれて10分ほどたったころ。
「…見つけた!」
最も蟲が高密度に集まっている場所。そこにリグルがいるに違いないと考えていたレミリアは、考えるよりも先にスペルを
発動。
「神術[吸血鬼幻想]!」
案の上、闘蟲の弾幕の先にはリグルがいた。決してよい感じを受けない笑みを顔に貼り付けている。
「あ~このスペルじゃあダメかぁ」
そうぼやいている。そして、
「解除」
解除した。レミリアは思った疑問をぶつける。
「いいの?それ、解除しちゃって。」
どこか馬鹿にしたような言い方だ。さすがにムッとしたのか、怒りが混じった声で返答する。
「これは長時間発動してると力を食うのよ!」
それにはたいした反応を示さずに一言、
「そろそろ無駄話はおしまいね。」
「そっちから話しかけてきたくせに…」
一瞬の睨み合い、そして…
「神槍[スピア・ザ・グングニル]!」
「具蟲[剣]!」
……………紅の館に、鈍い金属音が響く。形勢はどうやら、レミリアのほうが優勢のようだ。伊達に500年生きているだけ
のことはある。
「どうしたの!動きが鈍いわね!」
「くッ…」
どうやら返事をする余裕もないようだ。そんなリグルを心の中で嘲笑い、グングニルを一気に跳ね上げる。
バキン!
鈍い音とともにリグルの剣…いや、蟲の角のようなものが折れた。リグルは舌打ちをすると、後ろに跳び退る。そして一声、
「射出!」
同時に蟲の角がレミリアに向けて放たれる。それをグングニルで叩き落すが、そのあとに飛ばしたと思しき蟲本体には気づけ
ず、それを思い切り腹で受けてしまった。
「ッ…カ…ハァ…!」
それでも総合的ダメージはないに等しい。すぐに立ち直り、リグルを探す。と。
「…うん、流石にグングニル相手にこの形態じゃあきついかな?」
「…何を言っている?貴方の負けは見えてるじゃない。」
リグルは、心底驚いたような表情を浮かべた。
「?本当に、わたしが本気を出してたと思うの?」
「何?」
「…まあいいわ。実際に見ればわかるだろうし。」
そして、いつの間に戻ったのか、腕についていた蟲を掲げ…
「具蟲[剣~秋雨~]」
ぼごん、という音がした。剣が…蟲が、どんどん形態を変えていく。そして…
「いくわよ。」
リグルの姿が消えた。異次元断層の力ではない。どうやら秋雨はリグルの身体能力を著しく向上させるようだ。
「クソッ!どこへいった?!」
悪態をつく。その油断が、命取りとなった。
「ここだ!」
秋雨に、二の腕の肉を裂かれた。血が飛び散る。舌打ちをし、後ろに跳び退る。が。失敗した。後ろには、巨大な壁。レミ
リアはそこに受身を取るひまもなく、叩きつけられた。
「グッ…!」
立ち上がろうとする。しかし。
「私の勝ちね。」
そういう言葉とともに、秋雨を突きつけられた。声を出せない。わたしは、ここで死ぬのだろうか?そんな疑問がわいてきた。
いままでに、抱いたことのない疑問だった。急に、怖くなる。死…とは、こんなに怖いものだったっけ…
「バイバイ」
リグルの声が、エコーして聞こえてくる。レミリアは、リグルが秋雨を振り上げるのを呆けたように見ることしか出来なかっ
た。
「日符[ロイヤルフレア]!」
唐突に聞こえたその声に、レミリアは正気を取り戻した。涙目だったことは見なかったことにする。口頭一番、
「パチェ!?」
必然、パチェリーが声をだす。
「何やってるの、レミィ!早くそこを離れなさい!」
ふとリグルをみる。
「グッ…ガああぁぁああぁああああ!!」
苦悶の叫び。どうやら完全にロイヤルフレアをかわすことは出来なかったようだ。右足が、重度のやけどで焼け爛れている。
「レミィ、今のうちにとどめを!」
「えぇ!」
スペルカード発動。
「火水木金土符[賢者の石]!」
「[レッドマジック]!」
二人の攻撃が、リグルの周囲30メートルほどを巻き込んで大爆発。
―終わった…―
本気で二人はそう思った。しかし、その思いは彼女たちの後ろから響いた声に打ち砕かれる。
「貴…様達~…よくもこの私を…!」
後ろを、硬直した動きで二人は振り返る。…案の定、そこには、リグルが立っていた。
「しまった!異次元断層か…!」
「決めた。使わないつもりだったケド、使わないと気がすまない!」
空中へ飛び上がる。スペルカード発動。
「四天王[鬼蟻 ~朽鉄~ ]!!」
悪夢を見ているようだった。巨大な、蟻。大きさだけでも、充分威圧感がある。しかし、二人は立ち向かった。
「金符[シルバードラゴン]!」
巨大なドラゴンを召喚。これならおそらく、あの蟻にも…
「蟻酸だ、朽鉄!」
――ギシャアアアァアアアァアアアアア!!
おそらく肯定の声なのだろう、うなり声を発し、そして口から何かを吐く。蟻酸。人間ですら、大量にかぶれば溶かすほど
の酸。それをとてつもなくでかい朽鉄が出したのだ。ただで済むはずがない。
ジュウウウウゥウウウウゥ!
―――ギャアアアァアアァア!
何かが溶ける音と、ドラゴンの苦悶の叫びが響く。そして、あろうことか、蟻は―朽鉄は、そのドラゴンを、喰いはじめた。
喰いちぎり、咀嚼する音。
メゴッ!バキバキ…ゴリゴリ…ゴクン!
「まさか…鋼鉄製の、シルバードラゴンが…」
パチェリーが、信じられないものを見るように呟いた。
「なんで[朽鉄]って言うかわかる?」
背後から声がした。もちろんリグルである。その手には、秋雨が張り付いている。
「…わかるわけ…ない…でしょ。」
パチェリーには、リグルが何をしたいかが手に取るようにわかった。それを教えたら、殺す気だ。おそらく、レミィも。そん
なパチェリーの思考を中断させるように、リグルはしゃべる。
「朽鉄の主食は、鉄なのよ。だけどそのままじゃあ硬すぎて食べられない。だから、朽ち果てさせ、そして食べるのよ。だか
ら朽鉄。」
しかし、リグルにはそんなことはどうでもよかった。秋雨を振り上げる。パチェリーは、呆けた顔で秋雨を見ているだけだ。
たしかレミリアも、こんな表情してたっけ…
ガキィン!……
そのレミリアに、邪魔をされた。秋雨とグングニルの刀身がぶつかり、火花が散る。それのせいで、一気にパチェリーは遠の
いてしまった。―もうちょっとで、殺せたのに。恨みのこもった声で言う。
「あれ?秋雨の痺れ薬がまわっているはずなのに・・・」
秋雨には切ると切断面に痺れ薬が付着するよう出来ている。レミリアが応答した。
「…道理で…体の動きが…鈍い…訳だわ…」
どうやらまったく効いていない訳でもないらしい。その証拠に、グングニルを握る力が、さっきとは比べ物にならないほど弱
っていた。ふと、パチェリーの方を向く。壁にもたれかかって、息を切らしているだけだ。…よし。
「朽鉄!そっちだ!そこの魔女を狙え!」
リグルが叫ぶ。レミリアはしまったという顔をし、力を振り絞ってパチェリーの元へ。リグルもそれを追う。もはやレミリア
には、スペルを発動させる体力は残っていないようだ。
―――ギシャアアアァアア!
朽鉄のうなり声、そして、一本の腕が、殺人的なスピードで振り下ろされる。
ガキィィン!
…さっきもこんな光景を見た。レミリアは振り返り、「パチェ、大丈夫?」といってくれるはずだった。
だが…パチェリーがみているせなかは、リグルのものだった。ドサリ、という音、秋雨の刀身には血がついている。
「…解除」
朽鉄が、札へと戻っていく。それを見て、パチェリーは言葉を発する。
「レミィを…殺…す…きなの?」
意外な答えがかえってきた。
「いいえ、なんか殺す気なくなっちゃった。」
パチェリーは安堵の息をはく。…甘かった。
「それより酷い状態にしてあげる♪」
パチェリーが驚いたようにリグルをみる。静止するまもないまま、もう動けないレミリアに向かい、スペル発動。
「蟲符[魂喰]」
リグルほどの大きさの、ミミズのような蟲がでてきた。そして、口を広げ…
―ギイイィイイイィイイイ!
パチェリーには、それが一つの言葉に聞こえた。
「いただきます―…」
レミリアを丸ごと飲み込む。声にならない悲鳴が、のどの辺りでつかえていた。たっぷり10秒の感覚をあけたあと、その蟲
はレミリアを吐き出した。
「…ッ!レミィ!」
レミリアに駆け寄る。だが。
「さあ、次は貴女の番よ。」
リグルの声が響く。そして、ミミズが口をあけた瞬間、再び声が聞こえた。
「お~い、パチェリー、遊び来たぜ~」
「ちょっと魔理沙!おいてかないでよ!」
リグルは軽く舌打ちし、秋雨と魂喰を解除。宙に舞い、そして…
「あ~あ、時間切れだ。いくらなんでもタイミング良すぎよ。」
スペル発動。
「蟲符[異次元断層]」
リグルが去った瞬間、魔理沙と霊夢が現れた。
「うわっ…何やってたのよ、あんたたち…」
「あらかたフランと弾幕ごっこだろ?」
しかし、そんな言葉も周りの惨状も、パチェリーはどうでも良かった。ただ…
「レ…ミィ?ねえ、レミィったら!」
レミリアを揺さぶる。しかしレミリアからは言葉は返ってこない。その真紅の瞳は、虚空を見つめていた。霊夢がいつの間に
か近づいてくる。
「…魂を、抜かれているわ。」
端的な答え。そのあとには虚しい静寂が残る。
リグルは自分の家に戻っていた。今日の戦いを振り返る。
「う~ん、私としたことが、つい上級符をつかっちゃった。」
上級符を使うと、体力が著しく奪われる。このままでは2,3日は静養が必要だ。次の戦いに備えて、ゆっくりと。
―メイドには借りは返したし…つぎはやっぱり、庭師かな?
リグルの狂気は、まだおさまりそうもない。 紅魔と蛍編 ―了
ああもう、面白いとかそんなん関係なく、結末が気になります。
ハッピーエンド?バッドエンド?
気になりますぅーーーー!!!!
咲夜さんがっ!レミリアがっ!!(紅魔館ファンなんで)
前回の件ですが、俺もネーミングセンス無いんで気にしないで下さい。
がんばれリグル!今のうちに活躍しておくんだw
このまま幻想郷を制圧するのかっ、それともけーね当たりでネクストヒストリーかっ!
続き期待してますー