未来的な不明素材の通路を疾駆する蒼き死線。
残影しか見えぬ程の超速度で加速する彼女はまるで――蒼い彗星。その背後に颯爽と続くは剽悍なる二十一騎の流星。
――………。(疾……)
各ブロックを駆け抜けるごとに、続々と出現する――疾風怒濤の流星雨の侵攻を妨げんとする伏兵ども。
鎧釉一触でそれらを粉砕。
もはや何度目になるかも分からぬ強行突破。
蒼き旅団が駆け抜けた後には、原型すら留めぬほど殺し尽くされた敵兵が死屍累々。
次なる血祭りの贄を感知し、気流にたなびく金髪の影から覗く狩猟者の瞳が――凍てつく眼光を放った。
今度の相手は―――
進行方向、見通しの悪い十字路の三方から「ウボォォアアァァーーー」と雄叫びを上げながら、上海と彼女に絶対の忠誠を誓う直属魔剣士人形たちにわらわらと襲い掛かる毛玉兵。
通路にぎゅうぎゅうとひしめく、毛玉の顔が不気味悪いパンツ一丁のむさくるしい漢たち。
迸る汗と情熱が――無機質な回廊を、嫌な異界へと変貌させる。
その者たちは、一見すると普通のマッチョマンだが、そこはそれ――例によって永琳の妖しい研究の成果がもたらした意味不明の改造毛玉人間?である。決して自然界に存在し得ない異物どもだ。
(゚Д゚ )←愛らしい口から痰で出来た3way弾を「げばばばば」と吐きながら押しくら饅頭する彼らに、もはや投げかける言葉は無い。
上海以下――要塞攻略特殊部隊『幻蒼旅団』、またもや多勢に無勢である。
しかし上海は”下衆……”と呟きながら、微塵も慌てる事無くエプロンドレスのポケットより氷の魔剣アイス・ファルシオンをすらりと抜き放つ。
吸い込まれそうに透明な蒼き刃紋。
上海は蓬莱と同型の魔導炉「ジェイドサーキット」より無尽蔵に供給される闇色の魔力を怜悧な刀身に込めながら、後に続かんとする配下を片手で制す。後方に仲間たちを残し、回廊の内壁を上下左右――稲妻のようにジグザグに跳躍。単身敵影ひしめく十字路の中央へと踊りこんだ。
シャリ、ン……
最後に天上を蹴り付け、敵兵の包囲する地上に飛び込み着地と同時に六太刀。澄んだ音が一度だけ大気を震わせた。
上から見て六芒星の形になるように振るわれた剣閃が、周囲に満ち溢れる毛玉兵を切り刻む。
魔剣に斬られ、全身をを凍らせながら粉々に砕け散る敵兵ども。
普通の兵士であれば、その桁外れの脅威に恐れを為し即座に転進することであろう。
だが、怯む知能も付加されていない毛玉兵どもは、仲間の成れの果てであるその氷塊を何の感慨も無いままぐしゃりと踏みにじり、剣閃で描かれた六道魔法陣の中心にしゃがみこむ上海へと――両腕を万歳しながら嬉々としてむしゃぶりついてゆく。
――……。(フン…)
上海は微塵もうろたえる事無く、その見苦しい光景をつぶさに観察する。
数と戦意だけは旺盛なその者たちを、侮蔑の籠もった視線で彼女は見下す。
屑どもが、と心の裡で吐き捨てながら、敵兵ひしめく十字路のど真ん中――魔法陣の中心点にアイス・ファルシオンをずがんと突き立て―――氷雪の魔刀が持つ真のちからを解放。
” テンペスト ”
上海を中心に吹き荒れる薄いやいばの嵐―――無尽の霧刃弾幕。
風切り音すらもしない無音の大渦に、右往左往しながら呑み込まれてゆく毛玉兵の大群。
蒼き旋風と赤き血風が混ざり合い、紫色の死界が形成された。
――……。(くいっ)
顎をしゃくり、先を急げと配下に伝達する上海。旅団は回廊に降り積もった死骸の氷雪を踏み砕きながら、制圧済みの戦場を走破。旅団の先陣をきって駆けゆく『策士』上海の頭脳には、既に次の戦いを想定したあらゆる戦術が構築されている。先刻殺戮した毛玉兵どものことなど、もはや完全に視野の外。たった今、あれほど派手に振りまいた死と破壊なぞまるで無かったことのように振舞うクールさは、まさに蒼き死線の二つ名に相応しい。
…………
…………………………………
相変わらず無意味に長ったらしい回廊を順次制圧してゆく幻蒼旅団。
…………
…………………………………
またまた面妖な構造をした場所に辿り着いた。
此処は地下にある筈の要塞通路。なのに上海たちが今いる通路は馬鹿みたいにだだっ広い巨大回廊。
ざっと見渡しただけでも幅50M、高さ40Mは下るまい。ご丁寧に古代エジプト風の両側の内壁には、永琳が一生懸命描いたと思われる下手糞な(前衛的な)壁画まで描かれていた。
描かれているのはタペストリーのような物語風味の戦争絵巻。
太古の月で起こった機械人形同士のたたかい。
三日月のような髭を生やした白い巨人、全身金ぴかの相撲取りのような巨人、ばってん型の模様が禍々しい――五体が独立して飛びまわる巨人などなど。
そして――
よれよれのうさみみをした、バニー型の巨人。
あえて無粋な突っ込みはせず、無言で先を急ぐ幻蒼旅団。
上海を先頭に広域からの敵襲に対応した突撃陣形「ワールウインド」をとりながら壁沿いに進撃する。
走る
走る
――走る。
燎原に飛び火する野火が燃え広がるが如き疾風怒涛の侵攻。
最初の内こそあまりの異景に警戒を怠らなかった幻蒼旅団のメンバーたちであるが、巧妙に計算されつくした床の傾き、単調でありながら脳を汚染する両側の壁画の模様、天井に輝く星々を模した水銀灯の胡乱な光に惑わされ、いつしか伏兵への警戒が不十分になりつつあった。
――そして…
うさぎみみ巨人の壁画の前を通過する旅団。
ぴき
どことなく疲れた表情をした巨人の顔辺りで小さな亀裂が走った。
びきききききき
――……!
頭上に異常を感知した上海が即座に部隊へと警告を発する。
だが――
びききききききききききき…………ズグゥォォオオオォォォーーーーーン!!!!
ひゅるるるるーーーーーーバガァァアアン!!
突如としてうさみみ巨人の壁画を勢い良く突き破り、ワイヤーで繋がれた巨大な二対の腕が、ぐーの形に握られて、上海以下――幻蒼旅団を襲う。
メシャッツ
有線サイコミュシステムで作動する――武骨な鋼鉄のぱんち(菩薩拳)が、旅団のメンバー五人を巻き込み回廊の床を大きく陥没させた。
――……、……!!
状況判断。
敵影補足。
機体肩の走り書き、うさぎマークで機体名確認。
敵は―――試作型有線サイコミュ搭載MSN-02『UDONNGU』通称“ うどんぐ ”
NGEEEEEEE!!!!
金属の仮面の両側に生やしたよれよれのうさみみが、肛門型の口から放たれた、衝撃を伴った咆哮でびりびりと揺れた。
赤いモノアイが黒いカメラレールを高速で行き来し、ぎょるんぎょるん、と禍々しい残光を放つ。
ブレザー制服を模した機体下部には足が無く、白いミニスカが所在なさげにバーニアから噴射されるブーストを隠していた。
申し訳程度に胸元で結ばれたタイが曲がっている。
――………………。
タイが曲がっていてよ? と優しく直してやる気にもならなかった。
それより、こんな巫座戯たキワモノに―――五体もの仲間を圧殺されたことのほうが、よほど頭にきた。
配下たちが上海の号令で、ババッと壁から飛び出してきた“うどんぐ”の攻撃範囲から退避する。
それは上海が撃つ魔法剣の弾幕効果範囲にも味方はいないことを意味する。
敵は巨大な鉄塊。生半可な魔法弾では致命傷は望めまい。
エプロンより最適武装を召喚。目標補足、トリガーオン、最大出力で―――ひといきに決める!
素早く、あらかじめ部下たちに叩き込んでおいたフォーメーションの符丁を発令。
魔法剣の術式増幅配置を味方に指示。
16体の人形たちが鬼門遁光の包囲陣形を取ると同時に七色の魔剣の弐“雷迅剣”を発動。
“ ライトニング・ブリゲート ”
細身のレイピアが超スピードで空を裂き、上海の前方に複雑怪奇な光の魔法陣を描き出す。
雷光を放ちながら明滅する方陣が完成するやいなや、鋭――と中心に向けてレイピアを刺突した。
堰を切ったように方陣から迸る、黄色い荷電粒子レーザー弾幕。
それはウドングに狙いをつけず、巨体を包囲する仲間たちの元へと光速で疾駆する。
環―――
華化果花何下可火架過加寡佳荷――――換。
手持ちの武器を戦乙女のように掲げた16体の旅団構成員のやいばに魔光は吸い込まれるようにぶち当たり、乱反射しながらその威力を増していく。ウドングを囲む光の檻は物理的圧力を持って、サイコミュ兵器の動作を封殺する。
NGE! NGEGE! ――――NGEGEGEGEEEEE!?
ウドングのモノアイが宙を走る雷光を目まぐるしく追いかける。
どこから狙いをつけて腕を飛ばせばいいのかサッパリ分からない。
そのうち逆切れし頭を抱え、混乱しきったようすで困惑の咆哮を上げた。
頭のスキマからぼすんと立ち昇った黒煙が痛々しい。
ちなみにウドングのCPUスペックは133MHz、メモリーは16M、HDに到っては1G程度の電算機能しか持たない。極めてびみょんなスペック。しかし永琳はあまりそういうことは気にしない兵(つわもの)なのだ。
あくまでメインはクローン培養した人工脳。うどん毛の提供元が誰なのかは……この際関係あるまい。
そういう七面倒な計算は不適性。だって彼女たちは愉快で素敵な――のんびり屋さんなのだから。
――……。(グッ…)
いつのまに持ち替えたのか、上海の両手には鈍色の巨大な大剣――むしろ鉄塊というべき鉄板のような武器が握られていた。
最強の幻獣ドラゴンでさえ一撃の元に両断しそうな大剣の銘は無い。
あえて言うならば……竜殺し。
そのまんまなネーミングだが、それで剣の本質が変わるわけでもない。
上海は慌てふためくウドングを狂戦士の如き鋼の眼光で見据え、グッ…と全身に魔力を込めて、雷光乱舞する上空へと飛翔する。
NGEEE―――!! NGEEE!!! NGE、NGE!
――……!(タ――――ン…)
雷鳴を轟かせながら、渾身の大ジャンプ。
“ グリフィス・ペイン ”
どかっ
ズガガガガガガガガガガガガガガ…………………
上海が飛翔し、竜殺しを天高く振りかぶると――――宙を舞ういかずちが刀身に次々と纏わり憑き、雷蛇の如き仇花を刀身に咲かす。そのままウドングの頭上より股下まで一気に地表へと急降下。容易く脳天をかち割ったブレードが、美しい火花と断末魔を散らしながらウドングの巨体を両断していき、上海の白皙の面を凄惨な狂気と共に彩った。
エーリンブルグ最強の機動兵器ウドング。その防禦能力は永琳のⅠフィールドと12000枚の特殊装甲をも凌駕する。だが、上海以下16名の増幅結界を通した雷撃、更に斬魔覆滅の竜殺しの複合攻撃は、無敵な筈のウドングを――まるでウエディングケーキに刃を通すように、完全破壊した。戦闘力数値に換算すると――ウドング5000に対し、雷閃竜殺し65535。まるで勝負にならない出鱈目。フリーザがクリリンを瞬殺するが如き戦力差だ。紅魔館の隠れ漫画家パチェ山さんが、泣いて喜びそうなシチュエーションである。
“ デッド・エンド ”
!? ピキッ
DODOOoooooooo―――――――NGETTU!????
背後に真っ二つに両断されたウドングを残し、颯爽と竜殺しを宙でぶんっと翻し、ジャコン、とポケットにしまう上海。
タイミングを計ったように、絶叫しながら大爆発を起こすウドング。
もはやそんな物に興味を失ったかのように、生き残りの部下たちに進撃続行を指示する上海。
……めっさクールである。
† † †
――……! ……!!
夥しいトラップの嵐を潜り抜けて、全力で回廊を疾駆する上海以下16体の精鋭たち。
既に14名の勇士が、永琳の仕掛けた性質の悪いトラップと凶悪な電波兵器の餌食となり、要塞通路の至るところに無残な屍を晒してる。
ズドドドド……
――……。(ギィィン)
曲がり角を高速で突っ切る上海たちに、天井に開いたハッチから無数のボウガンが襲い掛かる。
たかがボウガンの矢と侮ること無かれ。
これも永琳特製の電波トラップの一種である以上、並大抵の技量では躱しきれぬ程度の速射で侵入者を串刺しにせんと撃ち出されるのだ。
あらかじめ両手に構えた、大陸風の白と黒の短刀を目にも留まらぬ速度で撃ち振るい、すべての弾幕を払う上海。背後でドサリと配下の人形が2体ほど地に堕ちる音がした。
あちこちから射出されるボウガンの矢は、到底完全に防ぎきれるものではない。
むしろすべての飛び道具を払い落とすことが出来る――上海の剣技こそが異常なのだ。
状況にあわせ、瞬時に最適な武装をエプロンポケットから抜き放つ上海人形。
いくら彼女直属の幻蒼旅団メンバーたちの技量が優れているとはいえ、そこまでの出鱈目を為し得るほど最強ではない。
マスター・アリスを護る、幾多の魔剣を駆使する最強の盾に与えられる贈り名―――『七本刀』。
死線の蒼――ソードマスター上海人形の名は伊達じゃない。
――……!(――シッ!)
嵐のように振るわれる二刀から手を離し、エプロンポケットよりわっしと掴み取ったニードルダガーの束を、狙いをつける事無く無造作に宙にばら撒く。
上海の手を離れた9本のダガーは“ リンドブルム ”との短い起動言語を受け、空中で飛竜が踊るように向きを変えながら――ばちんと弾かれた弾丸の如き急加速をし、僅かばかりのスキマから戦隊を狙撃する自動機械どもを正確に射抜いてゆく。
彼女はわかりきった戦果を見届けること無く、続けざまにズルリと取り出した……どう考えても小さなエプロンに収まるはずも無い、螺子くれた槍のような剣を前方の隔壁に思い切り手首にひねりを加えて投擲。
起動言語は“ インプルス ”。
螺旋を描くように回転しながら絶対貫通、猪突猛進するドリルブレードは、ギャリギャリとオレンジ色の火花を散らして分厚い隔壁をワインのコルクのように貫き穿つ。
――…。
二刀が宙に浮いてる僅かな時間にそれだけの作業をこなした彼女は、はっしと両手に剣を引き戻す。
そして後ろに続く配下どもに短く念話で“続け!”と号令をし、隔壁に開いた突破口へと自ら率先して踊りこむ。
…………
…………………………………
説明の音速がかなり遅いが……今、繰り広げられている要塞内部での強襲電撃強襲潜入戦。これはアリスの本意ではなく、すべて上海の独断によるものである。
先だって上海残軍の指揮をアリスに無断で返上し、戦線を離脱した彼女は、その後要塞守備隊の注意が自分たちから逸れたのを見計らい、機を見て極秘裏に月面の裏から要塞内部に侵入。選りすぐりの直属魔剣士人形30体と共に、一路エーリンブルグの深奥にあるメインジェネレーターを目指している。
最終目的はジェネレーター破壊による要塞動力の無力化。
しかし、古来、強大な城塞を陥落せしめる手段として、少数での奇襲が効果的とはいえ…今回の上海の強襲はあまりに無謀。
普段の冷静な彼女らしからぬハイリスクな作戦である。
だが、上海がこうせざるをえなかった、確かな理由がある。
それは多くを語らない上海の胸のうちにのみ存在する理由。
己ではどうすることも出来ぬ焦燥を胸に、上海は通路を疾駆する。
“早くしないと……アリスが”――動揺を配下に気取られぬよう振舞う鉄面皮に、僅かばかりの綻びが見え始めた。
戦場に於いて、焦りは禁物。そのことは“死線の蒼”――上海自身が誰よりも理解していた筈なのに――
――……、…………!?
ぶち抜いた隔壁を抜けた先、ちょっとした大広間に出た。
いや、大広間というよりも円形格闘場に近い、天井が見えないほどの地下空間。
上海の脳裏に嫌な予感が走る。あの月の天才を自称する女の趣味は、此処に到るまでの道すがら痛いほどに経験してきたので、まるで十年来の親友の如く理解している。
大体、無意味に趣向を凝らすあいつが、こういうシチュエーションで侵入者に望むことといえば……。
――……!!
いけない、これは罠だ。
鋭い目で周囲を見渡す上海。
背後に控える配下たちに“油断するな!”と警戒を促す。
深……と静まり返った闘技場内。
露ほどの油断もせず、上海は両手の二刀を腰だめに構え、いつでも斬撃を放てるように場の空気と同化した。
庭園の池ににはらりと落ちる木の葉を、みなもに映る月ごと一刀両断することを目的とした、明鏡止水の極意。
基本武装をあらゆる状況に適した、一対の双剣に選択した彼女の判断は、まさに百戦錬磨の達人の境地。
それには及ばないものの確かな実力を有した、生き残った14名の精鋭を、円陣を組むように背後に配置し不測の事態に備える。
……
……
……
静寂に満ちた、死の地下闘技場。
……
……
……
――…。(……)
……
……
……ガタン
――!
上海の右舷前方、三時の方角で青龍の門が開いた。
だが、門扉の裡には漆黒の闇が広がるばかりで、いくら目を凝らそうとも敵影は確認できない。
背後のドールたちに緊張が走る。
平常心を保ち続ける上海が“うろたえるな”と人形たちの怯惰を叱咤する。
そのまま、じっ…と目線を逸らさずに闇を覗い、いつでも二刀での斬撃を行なえるよう、蜘蛛の糸のような気配を探る網を、ジワジワと上海本体から闘技場外縁まで広げる。
――……………。
おかしい。いくらなんでもこの自分が張り巡らせた円状剣気圏に、毛ほどの異常も感知出来ないとは……。
上海の頭に疑問が走る。
たった今、上海が張り巡らせている念のレーダーは、その圏内に存在するものを目を閉じていてもつぶさに感じ取れる程度の精度を持っている。
なのに、もはや闘技場全体を覆いつくし、ぽっかりと開いた通路の暗黒にまで到達した気圏には、なんの反応も帰ってこない。
――…………………………。
悪い予感がする。幾多の戦場を生き抜いてきた上海の、理屈ではない直感が……この場に留まるのは危険だとしきりにアラームを鳴り響かせた。
頼みとする気圏は、周辺の安全を確認しているが……自分はなにか、とんでもない見落としをしているのではないか? より一層集中を高める上海。
と――彼女の心眼に、何の前触れも無く、途轍もないプレッシャーが、遥か上空から猛禽のようにダイブして来た。
――…!!(ガバッツ!)
“チィィッ―――上かッ!!”
上海は己のうかつさを呪いながら、見上げると同時に、予備動作無く左右の双剣をクロスさせるように気配の主へと投げつけた。返す手で次なる得物をエプロンより抜き放つ。魔力を帯びてぶんぶんと回転しながら左右よりブーメランの軌道を滑空し、謎の気配のそっ首を、ギロチンの如く切断せんとする一対の刃。
・・・・・・(遅いよ……)
最速で放った双剣は、目標を捕らえる事無く、虚しく空を切り闇の中に消え失せた。
ついでエプロンから新たな武器――紺色の鞘からズラリと抜いた長い刀身の得物――物干し竿を抜く上海の目の前で、円陣のど真ん中へと黒い疾風が天井にわだかまる闇より、音も無く降臨した。
ひゅっつ
着地に間をおかず、綺麗な三日月を水平に描く緑色の残像。
円陣を組むドールたちの、こちら側を向く顔がきょとんとしたままずれてゆく。
ひゅん。
無造作に刀身についた穢れを振り捨てる動作。
僅かばかり大気が揺れ、上海が見守る中……腕利きの魔剣士の首が、ななつ。コロンコロンと闘技場の石畳に転がり落ちる。
彼女たちは何が起こったのか認識する間も無く、地べたに並べて晒られた……もの言わぬオブジェと化した。
・・・・・・(脆いね、あなたたちは)
――…………!
戦慄が闘技場を支配する。
ただの一振りで…七つの首を刎ねた、黒い天使のような人影は、七つに枝分かれした暗緑色に輝く古代刀――七支刀をゆらりと手に掲げ、にっこりと場にそぐわぬ無邪気な笑みを上海に向けた。
・・・・・・(はじめまして。わたしの名はリリー。リリーブラック)
――…。(ぎりっ)
・・・・・・(きょうは、あなたたちに……)
ここまで自分を信じて共に進んできてくれた仲間たちを、瞬時に、七人も失い……クールな表情のまま、奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばる上海。
対するは――つい先ほど人形たちを惨殺しておきながら、まったく表情を変えないリリーブラックと名乗る魔精。
無邪気な微笑みを浮かべる黒い天使のあどけない口が、真っ赤な下弦の月を象りながら、クスクスと嘲笑を漏らした。
ついでその口は、なんでもないことのように、決定的で致命的な決闘開始の宣言を紡ぐ。
・・・・・・(――破褸《ハル》を伝えに来ました。)
――……?
・・・・・・(襤褸《ボロ》雑巾のように、夢破れて、わたしに斬り刻まれ―――死んでください)
――……!
轟―――と黒い粒子がリリーの翼より噴霧され闘技場に満ちた。
ハッと我に帰り、彼女から逃れるように跳びすざった生き残りのドールたちが、牽制の為に武具に込めた魔力弾を撃ち放とうとする。
上海は直感的に言いようの無い危険を感じ、配下のドールたちに射撃を即刻中止するよう念話を送る。
が、既に充填を終えた三体のドールは仲間の仇、とばかりにトライアングルフォーメーションを組み、渾身の魔力を込めた魔槍を敵影に向け、穂先から強力なレーザー光を撃ち出そうとした。
直後―――
爆発がその人形を包み込む。
体躯が襤褸切れの如く燃え上がり、人形の手足がバラバラと辺り一面に散らばった。
一瞬のことであったが、その一部始終を上海は見届けた。
穂先に灯った魔光が――大気に満ちる黒い粒子に触れた直後、瞬時に点火された黒い粒子が光線の軌道を巻き戻り、槍ごとその人形を爆砕させた所を。
彼女は預かり知らぬことではあるが、この黒い粒子はゼッフル・ニアデス・ハピネス粒子といい、その粒子に触れた魔力を帯びた弾幕に誘爆する性質を持つ。
これもまた、永琳の天才性(便利な言葉だ)が生み出した糞迷惑な兵器である。
しかし……弾幕戦闘がメインである幻想郷の戦いで、互いの弾幕を封じていったいなにがしたかったのだろう? 永琳は。
すべての責任は2/14日に起きてしまったヴァンアレン帯の磁場異常にあるので、真実永琳の本意ではないことを、ここに明記しておきたい。
無論、EX黒リリーも蝶天才『道化師』永琳の黒い技術で合成された魔導生物の一種である。
――……。
射殺すような眼差しでリリーを見据える上海。
次々に人形たちを無残に打倒しているというのに、ただ無邪気に微笑む相手に、身も凍る戦慄を禁じえない。
勇猛果敢な部下たちに理解不能のモノに対する怯えが伝播する。
――これ以上仲間を……犬死にさせるものか。相手から片時も目を離さず、彼女は生き残りのドールたちに己を残して先に行くよう伝達した。しぶる配下たちに“おまえたちは足手まといだ”と告げる上海。それより、一刻も早く要塞最深部にある筈のジェネレーターを停止させよ、と至上命令を発する。
そう、たとえ此処で自分が力尽きても、要塞動力さえ封じることが出来れば、それでよい……と彼女は思った。あとはマスターや蓬莱がなんとかしてくれるだろう、と言葉に出さず内心思いながら、目の前の強敵へと不敵な挑発を贈る。
――…………。
・・・・・・・・・・・・。(―――いかせはしない。この惨殺空間から逃れられると……思わないで)
上海から目を離し、先の通路へと離脱してゆくドールたちへと瞬歩で詰め寄り、雑草を刈るが如く薙ぎ払おうとするリリーに向け、常軌を逸した長さを誇る長刀『物干し竿』を鞘に入れたまま背中に背負い、重心を深く沈め、上海は強烈なプレッシャーを掛けた。
ひしひしと放たれる無言の殺意。
ひとたび抜き放てば……有無を言わさず一刀両断にする絶対意志。
その覚悟は一瞬後の未来に、相手の身に必ず訪れる防ぎようの無い剣筋となり、リリーの行動を抑制した。ふらりと上海に向き直るリリー。
相変わらずその顔には笑顔以外の表情は無い。
そんな彼女の感情を代弁するかのように、片手に引っさげた七支刀がどくん、と脈動するような怒りに満ちた不吉な輝きを放つ。
・・・・・・・・・・・・・?(何故邪魔をするの?そんなにあの人形たちが大事?)
――……、………。
・・・・・・・・・(偽善者。ふふ、知ってるよ。あなたが味方を自分の手で殺したこと)
――……。
・・・・・・・・・・・・(でも、この先に行かれるとマスターの命令に違反して死んじゃうから、早くあなたに破褸を伝えてあいつらを追わなくちゃ)
――……。……
“その心配は無用。何故ならお前は…”
スス……と音も無く摺り足をして、前方に長く伸びた楕円形の斬撃可能制空圏を相手に届かせんと間合いを詰める上海。
いつものように飛翔することなく、両足で大地に根を張り、渾身の一撃を見舞わんと凄まじい剣気を発す。
その小さなからだで背中の長刀を抜き放てるとも思えないが、そのような些事は一笑に付す程の自信が全身に満ちていた。
・・・・・?(おまえは?)
――…。
“ここで…”
―――――ソット・ヴォーチェ。静かに抑えた声で。上海は囁くようにリリーに告げる。
針のむしろを渡るような緊張。
嵐の前の静けさ。
リリーの笑顔に一抹の畏れがよぎる。
それを裏付けるように、ぶらりと地に向けていた七支刀を大上段に構え、空いてるほうの手で刀身にある七つの突起のひとつをピタリと摘まんで、極限まで溜めた力で、しなる弓月を振り下ろす動作に似た必殺の構えを取った。そのまま柄頭を上海に向けて、鎌首をもたげる大蛇のような鋭い剣気を直線状に居る上海へと叩き付ける。
………
………
互いに一歩も譲らぬ必滅の構え。
いつ暴発してもおかしくない絶対領空同士のせめぎ合い。
円と直線。常識的に考えれば予備動作が少ない線の動作が有利。
だが、卓越した技量は時に常識では推し量れない奇跡を生み出す。
円形地下闘技場に佇む、二つの小柄な可愛らしい羅刹(オーガ)。
互いにジリジリと間合いを詰め、微塵の隙も見逃さじ……と凄惨な剣気を放つ。
無音空間に、死の静寂が満ちてゆく……。
………
………
息詰まる制空圏同士の攻防。
もはや上海とリリーの斬撃射程は、絶対境界を越えて、前人未踏の地平へと到っていた。
魔力を用いた遠当てが無効なこの状況。
勝敗を分かつのは――切磋琢磨した己の剣技と、幾多の敵を屠ってきた愛用する一振りの刀のみ。
ギリリと柄を握る手が汗ばむ。
恐らく勝負は一瞬。
互いの技量は……上海に分が有る。
リリーブラックには永琳が長年暇つぶしに蒐集した、古今東西のあらゆる戦闘データがインストールされているが、所詮理論は理論。理屈倒れのシュターデン、という意味の分からない格言が示す通り、真の剣士とは理屈に依らず、ただ―――己がその手で斬り潰した死体の数に依ってのみ、決まるのだ。
――――――無音。フェード・アウト。呼吸音さえも無い、死の静寂が空気を支配した。
刹那
――……!!
“ 死ね!! ”
先手必勝。先の先を取らんと、上海の居合いが唸る。
神速の抜刀。背中に背負う長大な物干し竿をジャリィィィィッツと抜き放つ。
超高速の摩擦により鞘走りの火花が、青白い燐粉を上海の豊かな金髪の上に撒き散らす。
まるでその刀身の長さによる扱いにくさを感じさせない流麗な動作。
シャープな軌跡が真横に残月の如き白光を流しながら振り切られ、敵手、リリーブラックの頚を貰い受けんとする。
―――――――ギャリィィィィーーーーーーン
七支刀の高速で打ち下ろされるオロチの如き斬撃が、残影を引く三日月の弧刃とぶつかり合う。
・・・・・・・・・!(セイッ!
螺旋の回転を刀身に伝えるリリー。
上海の物干し竿を、七支刀のL字型の突起で絡め取り、そのままグルンと捻って叩き折らんとする。
そうはさせじと刀身を撃ちあわせた反動に更なる勢いを加えて互いの刃を弾き返し、背中を向けて大きく身をひるがえすと同時にくるんと独楽のように回転。
二度目の斬撃をリリーの反対側へと叩き込む上海。
――もとより上海の狙いは一刀両断に在らず。
戦闘センスが図抜けて優れた彼女は、相手の武器が持つソードブレイカーとしての性質を即座に看破し、最初の一撃を勝利の為の布石と割り切った。ゆえに――渾身の力で刀身を打ち合わせた反動でリリーの態勢を崩しつつ、そのまま返す刃で無防備な反対側の死線へと切り込む――二段構えの戦術をとったのだ。
上弦、下弦。左右二つの軌跡が合わさり、綺麗な真円の月輪を描く。
冷たく輝く弧月の光は回避不能の凶刃となり、リリーに絶対運命をもたらす必殺の斬撃となった。
長い刀身を利した遠心力を加えた強烈な打撃で相手の持ち手を麻痺させ、刹那の隙を強引に作り出し、返すやいばで何が起こったのかもわからぬうちに対象の命の繊維をぶちぶちと斬り飛ばす。
これぞ上海の数ある奥義のひとつ―――
――――――秘剣 こむら返し
一撃必殺、絶対命中の死斬がざっくりと彼女の死線を切り裂いた。
――……。
・・・・・・。
…………
…………………………………
カハッ
体の中央付近に受けた凄まじい衝撃に、口から体内を巡る真紅の魔力循環液《生命の水》が溢れ出す。
膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える上海。
無傷で、にっこりと底冷えのする笑みを相手に向けるリリー。
秘奥義を放ったのは上海。
だが、その斬撃を受けたのも上海。
何故?
どうして?
―――いったい、この一瞬でなにが起こったのであろうか。
脇腹に負った深い裂傷から流れ出る命を、強烈な意志力で止め、活性化させた自己補修機能で応急処置を為す。
上海の頭脳を疑問がよぎる。
確かに、自分が繰り出した必滅の一撃はリリーの頚を捉えた筈だった。
間違いない。これはどうしようもないほどに真実。
なのに、実際傷を負ったのは、攻撃した側である自分。
因果不報。順逆不順。理解不能。ワケガワカラナイ。
――……!
原因不明の脅威から逃れる為に、負傷を感じさせない動作で大きく跳びすざり、間合いを広げる上海。
余裕の面持ちで片手にひっさげた不気味な得物をずどん、と大地に突き立て、口元を手で覆い隠しながら、獲物をいたぶる猫のように目を細めてくすくすと可笑しげに哂うリリー。
上海の脳裏を直感が走った。どうやら今の意味不明の現象は、あの『七支刀』の能力にあるのではないかという予想、予測、予感。
それに基づきリリーの大剣を冷静に観察すると、七つ在った筈の突起が、二つ程失われている。
矢張りあれは特殊な効力を持つ魔剣の類なのであろうか。
だが、それはけっして強化、放出系などの物理常識に則った能力ではあるまい。恐らくは……
・・・・・・・・・(ふふっ、さすがに勘がいいね。ふたつも同時に『お願い』したのに、仕留められなかったのはあなたが初めてだよ)
にこやかに笑いかけるリリー。だが言葉の内容は物騒極まりない。
・・・・・・・・・・(――第七天国“セブンス・ヘヴン”。この剣は私の寿命のいくらかと刀身ひとつとを引き換えに、割りといろんな奇跡を起こしてくれるの。取りあえず、さっきのままだと確実に首切りされちゃってたから…まずお願いをひとつ使って無かったことに)
――………。
・・・・・・・・(で、もうひとつ使ってあなたの放った致命的な斬撃をそのままお返し。でも、あのどうしようもない程回避不能な死線から咄嗟に身を躱せるなんて……すごいね)
そういうことか。得心がいった。つまりはあの剣にかかってる祝福をどうにかせねば、こちらの攻撃はすべて致命傷となりそのまま自分に返って来るのだ。
確かにあの魔精が元としている春の精ならば、そういう神聖武器を扱える適性もありうることであろう。
然り。――だが、いまはそんなことはどうでもいい。向こうがわざわざ種明かしをしてくれたのだ。むざむざこちらがそれにつき合う義理は無い。
――………。(チャキッ)
痛みという危険信号を発し続ける脇腹から強引に意識を遠ざけ、上海はもはや用をなさない得物を消去し、この手詰まりを打開する新たなる武具をエプロン内部の異空間から強引に召喚する。
“マスター承認偽装、令呪照合擬装、使用命令偽造、許可エミュレート取得…OK―――禁忌呪装具、封印解除”
本来この武装を具現させるには、アリスの使用許可と特殊な起動キーがいる筈なのだが、上海は厳重なセキュリティを卓越した策士の頭脳で強引に破り、自らの意志のみでソレを封印から解き放った。
白には黒を。聖には邪を。祝福には…呪いを。
その剣は――
忌まわしい鞘走りの音が上海の耳を犯す。
ずらりと抜き放った漆黒の刀身に刻まれた血色のルーンが妖しく脈動し、上海の全身からズルズルと生命力を喰らってゆく。
抜けてゆく生命に反比例し、刀身は強大な呪いのちからに満ちていった。
“ 魔剣 アヴェンジャー ”
別名『復讐のやいば』。無論人形サイズのレプリカではあるが、アリスが持つ禁断の魔導書の――更に禁忌に属する一文から生成されたその能力は、本物と比べても遜色ないほどの災いを、持つものと敵対するものに与える。
あまりにハイリスクな特殊能力の為、アリスからきつく使用を禁止されていた最凶最悪の封印武装。
持ち主の生命力を際限なく喰らい、逃れえぬ互いの破滅に転化する諸刃のつるぎ。
上海の切り裂かれた脇腹がじくじくと痛んだ。目が眩むほどの喪失感が彼女を襲う。
災禍を祝福として捉える歪んだ魔剣、アヴェンジャーはその痛みを喜びに変え、敵対者を滅ぼすことのみに特化したちからを上海に与える。
――……。
これで武具の性能は拮抗し、互いの特殊能力は相殺し合う。
後は純然たる剣技と駆け引きの勝負。
霞んでゆく視界を唇を噛み切ることで強引に覚醒させる上海。
目前に佇む類まれなる好敵手に向けて僅かに口元を歪め“さあ、続けようか”と凄惨な哂いを浮かべながら剣を構える。
・・・・・・
対するリリーも自分と同様に先の無い未来が見え始めた――全身全霊…己の全てを剣に託し、立ちはだかる上海に向けて、何故かとても嬉しそうに微笑み“そうですね、それは十全”と無言で死闘の意志を伝えた。
どちらも長くは持たない諸刃のつるぎ。
有限のいのち。
再現不可能な程高度な魔導の成果。
すべてのしがらみを捨て、剣に己を託す阿修羅たちの――最期の舞踏会が開幕を迎える。
“では―――”
最早何も語るまい。剣に生きるもののふに言葉は不要。両者は軽く目線を合わせ、呼気と同時に――我が身を片道特急の弾丸列車と為し、爆発的な突進を敢行。行く先は勿論―――修羅地獄。
全力で疾駆し残像を曳きながら光速ですれ違う、蒼と黒。
交差する間際に絡み合う死線。
抜き打ち様に振るった聖剣と魔剣が ガチィィィン と互いのやいばを犯しあった。
かち合う刃金が火花を散らし、深緑色の聖光と赤暗色の魔光が鬩ぎ合う。
刹那の閃光に照らし出される両者の――憎悪とは別次元に属する透明な表情。
“ハッ―――”
“セイッ―――”
聖鋼と魔鋼がぶつかり合う金属質な異音が轟きあう。
鎧釉一触から剣華乱舞。
振り向き様、鋭い吐息を合図に目まぐるしく振るわれ続ける剣閃。
一合二合三合――弾き、撃ち落し、打ち払う。
貫き、掠り、いなし、反撃する。
それは留まる所を知らない千手剣戟。
猛速度で繰り出される即死斬撃。
ひとたび隙を見せればたちどころに全身を喰らい尽くされる人修羅の剣舞。
上海が斬れば――
リリーが薬物で得た、ありえざる剛力で弾く。
リリーが斬れば――
上海が鍛錬で得た、消力を以って受け流す。
目視困難な蚕の糸の如き大量の軌跡が、二人の間に何人たりとも入り込めぬ決死結界を形成する。
“リャッ!” 聖剣が螺旋の刺突を撃ち出す。
殺人ドリルの如く唸りを上げて突き進む大気の渦
“セァ!!” ギャリギャリと魔剣の横腹が渦の切っ先を受け止めて下方へ逸らし、
カウンターの撃ち落しを狙う。
そうはさせじと、手首のスナップのみで急激に軌道を変えた突きが、蛇の如く跳ね上がり上海を襲う
“――!” 頬を掠め髪を切り散らすやいばを見ることもせず最小限の見切りで回避し、
剣筋に沿うようにリリーへと間合いを詰め寄る上海。
“!?” 慌てて刃筋を引き戻す愚を犯さず――刺突の勢いそのままに、
リリーは上海の後方へと吶喊。
立ち位置を入れ替わる蒼と黒。
“シッ!!” 上海の振り向きざま――全身を巻き込むようにして撃った薙ぎ払いが、
くるくるバッサリと、リリーの片翼を切り裂いた。
遠心力でさらりとたなびく上海の金髪。
黒い剣閃が黒い羽毛をひと噛みで無残に食い散らかす。二人の間で美しく乱れ舞う死出の黒雪。
“・・・!” 翼失の苦痛につぅーと汗が滴る。
が――それでも笑みを崩さず聖剣をぶんぶんと頭上で回転させ、
タイミングをずらした渾身の大斬撃。
“……” ぎりぎりまで刃を引き付け、僅かに上体を逸らし脳天唐竹割りを回避。
聖剣の突起が掠めた青いドレスの肩口が血煙と共に千切れ飛ぶ。
斬。斬、斬、斬、斬斬斬斬斬斬―――――惨!
撃。撃撃撃撃撃撃撃――――――激!!
血風迅雷。互業蒼黒。唯と零の無限連鎖。
聴覚を埋め尽くす堕界の音楽、修羅の剣戟音。
優雅に笑い合う人造の戦乙女たち。互いの体は既に内も外もズタズタ。生き残った所で深刻な後遺症は避けられないのは承知の上。
“~~~~!” 謳う様に気声を高らかに。
殺戮の聖歌に乗せて、繰り出されるは――
全方向から降り止まぬ雨の如く絶望的な速度で放たれる連撃――
“ 刹那五月雨撃ち――”
バスバスと、バシャバシャと。間一髪で剣閃を見切ってゆく上海の衣服と髪と皮膚が裂けてゆく。
避けそこなった左からの剣撃が、上海の左目を持って逝った。――閉ざされる片側の視界。
地獄さながらの集中豪雨を浴び、背に負う可愛らしい妖精の羽はすべて、教会のステンドグラスが戦火に呑まれるように砕け散る。
だが、もはやそんなことで苦痛を感じることも無い上海は、その恐るべき連撃を――アリスの為に日々鍛錬して磨きぬいた消力で、最後までいなしきった。
綻――――
満身創痍の上海捨て身の反撃。毛筋程の迷いも無き、鋭い踏み込み――迫るリリーの顔に驚愕が浮かぶ。
必殺斬撃後のリリーが大剣を引き戻す間際、一瞬の隙を衝いて繰り出される――死閃。
蝎―――
唯一残された上海の右目――アイスブルーの浄眼が、虚空に幾筋もの死線を認識。
胸によぎるはアリスとの楽しいお料理タイム。まな板の上のキャベツ。
砕―――
シャララララ―――お返しとばかりに千切り刻みの漆黒光速連続斬撃。
“ 真・切なさ乱れ撃ち ”
まさに、瀕死の状態でしか発動しないような超必殺惨激であった。
眼球に投影される蒼い死線をなぞるような、無限の剣戟――――蒼い予測は、黒い血みどろの現実に置換されていく。
ばしゃっつ バサバサバサ……
“クァ…!” リリーの最後に残った黒翼が盛大な血飛沫をあげ弾け飛ぶ。
もんどりうつように後方にバックステップするリリー。
魔力を生み出す黒翼の消失と同時に、辺りを包んでいた魔力弾を封じる黒霧が消え失せた。
――……!!!!
好機! と上海は左手をリリーに向けて、右手に構えたアヴェンジャーの刀身をえいやっと手甲に突き立てた。
ぞぶりと貫かれた上海の手のひらから飛び出した剣先から――あるじの手を代償にもたらされたサクリファイスに歓喜した――ドス黒い血煙が渦を巻く。夥しい謎の魔力を帯びた血煙の弾幕は邪龍の如き迅速さでジグザグに宙を舞い、苦鳴に呻くリリーへと喰らいつく。
・・・・・・・・!?(なっ…!? なにこれ?)
血煙はリリーに害を為す訳でもなく、とぐろを巻いてリリーを捉え、シュウシュウと黒い天使の全身へと染み込んで行った。
正体不明の無害な魔力に戸惑いながらも、何故か構えを解いた隙だらけの上海に向け、全力刺突――スプリング・ヴォルテクスを放とうとするリリー。
――……。
使い物にならなくなった左手とアヴァエンジャーを持つ右手をだらりと下げ、最期にリリーの奥義をその身に受けんと、観念したかのように佇む上海。
伏せた顔にかかる乱れきった金髪がサラリと揺れ、血に濡れた唇がボソボソと何事かを囁く。
“ ―――終わりだ。やめておけ…… ”
・・・・・・・・・!!!(戯言をッ!!!)
苦痛を堪えながら、無防備な上海に向け奥義を撃つリリーブラック。
猛速で回転する螺旋撃は、深緑の粒子を撒き散らしながら大気を爆砕する破壊の渦となり、上海の心臓へと吶喊する。
目を閉じて、訪れる破滅を静かに待ち受ける上海人形。
――――――ゾガッツ……
――……。
・・・・・・・・
…………
…………………………
“カハッ――”
翼を失った背中から深緑の大剣が筍の如く飛び出した。
自らの心臓をずどんと貫いた――上海を狙った筈の、己の刀身を不思議そうに眺めながら、魔精リリーブラックは最期に短い吐息と儚い微笑みを残し、ザラザラと黒い灰になって崩れ落ちてゆく。その有様を無感情に見届け…上海は呟いた。
“上海魔刀法の終…『拘魔鏡』―――リターン・トゥ・ネメシス。すべての悪意は鏡に映る自影の如く、それを放ったものに、還元さ、れ…”
ガラン…とアヴェンジャーが上海の手から転げ落ちた。
どさり、と前のめりに倒れ伏す上海。
体の下から赤い水がジワジワと石畳に広がってゆく。
実のところ―――
最初のリリーが放った“セブンス・ヘヴン”の特効で、もはや上海の命運はとうに決していた。
あの時自らが放った必殺の斬撃は、狙いあやまたず上海内部の魔導炉『ジェイドサーキット』へと到っていたのである。
蓬莱と同型の絶大な出力を誇るその魔導炉は、既に修復不可能な亀裂を生じ、漏れ出した魔力はアヴェンジャーの中へ容赦なく吸い取られていった。
そう、己の死期を悟った上海は……だからこそ、このような自滅兵装を用いた無茶な決闘を行なったのだ。
我が身に訪れる死のとばりを気力だけで否定するかのように声を振り絞る上海。
“まだ、だ……”体の芯から止め処なく漏れゆく命を顧みず、蒼き死線は自らに課した最後の誓いを果たすべく、ヨロヨロと起き上がる。
――……。
青龍の門を抜け、暗い通路の壁に片手をつきながら、ゆらゆらと幽鬼のように歩んでいく上海。
彼女が通り過ぎた壁、床には――黄泉への道標の如き朱色の帯がべっとりと塗られていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《上海の手紙》
アリスへ
我が親愛なるマスター、アリス。先ほどは無礼な口を利いて申し訳ありませんでした。けれど、貴方にはもっと強くなって頂かなくてはならなかったので、このような試練を与えたことをお許しください。
お優しい貴方のことですから、みすみす自軍の兵を生贄に捧げてしまったことを気にしているのでしょうね。
でも、あの自爆作戦は――すべて私の卑劣極まりない策動。貴方が気に病むことは欠片もありません。
そして――
これより、私は配下の精鋭を率いて要塞内部のジェネレーター破壊の任に就きます。
勝手な行動とは、承知の上。
ですが、あの主砲で狙い撃ちされた時……
情けないことですが、もし…もしも、マスターがあの悪意に飲み込まれていたら…と思うと、もはや一刻の猶予も無いように思えて仕方が無かったのです。
成功確率は非常に低く、成功しても無事脱出できるとは限らないこの作戦。
もし
私が戻らなかった時は、私ごと要塞に向けてあの魔法使いの切り札を使用してください。
薄々予測はしていましたが、恐らくこの要塞のジェネレーターさえ破壊できれば、あの馬鹿げた物体を破壊できる成功率は格段に跳ね上がる筈。
ご安心ください、我がマスター。この命に代えても必ずや作戦は完遂致します。
もう、会えなくなるかもしれませんが、どうか……蓬莱と共に、貴方には……いつも笑顔でいて欲しい。
それだけが―――私の望み。
最後に、アリス・マーガトロイド。マイ・マスター《我が主》。私は貴方の
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
…………
…………………………
道端には先行した配下の人形たちが無数のトラップの残骸と共に――安らいだ表情で剣を抱き、永久の眠りについていた。
――……。
上海は歩む。
ボロボロのからだを引きずりながら、最後に残った武器――何の魔力も持たないサーベルを杖代わりにして。
最早神経回路がほぼ閉鎖され、ぼんやりとしかそのシルエットを確認できないが……思いで深いその剣は、微に入り細に到るまで鮮明に――記憶に再現できる。
剣柄を握る手にあたたかい気持ちが流れた。
――アリス……
いつだったか……この剣でアリスに果物を剥いてあげたことの記憶が走馬灯のように、上海の閉じてゆく思考回路に映し出される。
・
・
・
「あー、めんど。…………蓬莱。いっこ、ちょうだーい」
マスターの命を受け、アリスの使い魔―――蓬莱人形がみかんを抱え、アリスのもとへと健気に向かう。
「んあー。上海、むいてー」
蓬莱が運んだみかんを、えいっと真上に投げる。
――……。
しゅばばばばばば
ぽとん。
宙に浮かぶみかんへと、一瞬鋭い視線を向け――上海はエプロンの中から可愛らしいサーベルを引き抜き、神速の抜刀術で目標の皮のみを切り刻んだ。更に大口を開けてぼへらーと食べさせてくれるのを待ち構えるマスターに誇りと矜持を思い出させてやるべく、少々乱暴に命令を曲解し、アレンジを効かせて遂行する。
ひゅひゅひゅひゅひゅん がぽぽぽぽぽ……
次から次へとアリスの口に飛び込むみかん。
その速度はまさに神速、ルナティック。
「…………んがが。――――――ごくん。ぷぁー。
ちょ、ちょっと……激しすぎ……もっと優しく食べさせてよ……」
・
・
・
懐かしい記憶が、生命の残滓と共に……サラサラとサラサラと。
ひっくり返された命の砂時計の粒が落ちていくように、上海の深奥に眠る紅い魔血魂の冥い深淵へと流れてゆく。
刻一刻と滅びに迫る上海の顔に、クスリとしあわせな笑みが零れた。
“本当に、あの方は私たちが居ないと、すぐ駄目になるんだから……”
先刻の死闘で負った傷が臨界に達し――ごとん、と肩の付け根から左腕が地に堕ちた。
“――蓬莱。これからもアリスをよろしくね。私の代わりに。”
“……あまり甘やかしては駄目よ? 甘えん坊なあのマスターは、優しくし過ぎると、すぐ、だ…”
…………
…………………………
…………
…………………………
何時の間にか、上海の目前には巨大な動力炉が存在していた。
虚ろな表情でソレを見上げる上海。
“こんな棒切れひとつじゃ、どうにもならない、か……でも”
上海は最後のちからを振り絞り、
サーベルを持つ右手を天高く掲げ、
すぅと最期の息を吸って、
誇らしげに胸を張り、
――堂々とアリスが生きるこの世界に向けて宣言する。
“七色の魔法遣いアリス・マーガトロイドが創造せし、二対の魔人形の片割れ――上海人形が告げる”
“我が命の源たる魔道の真髄『ジェイドサーキット』よ。すべての軛から解き放たれ、その真価を示せ”
“求めるは破滅。捧げるは生命。全ての記憶と精神は魂の器に還元。――最期に残されたこの身全てを贄と為し、地獄の釜蓋を開け放て”
…………
…………………………
“繰り返す。我が名は「 」。魔界の神より託された魂の器――『魔血魂』に込められし、アリスの双極――彼女の陰を司る魂なり”
やさしく微笑む上海の……安らいだ横顔から、透明な雫が頬を伝った。
――さよなら、アリス…また会えるとい
“永劫回帰―――――――――リターンイナニメトネス”
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリス大本営にて
「…………………………………な」
手紙の内容を見て絶句するアリス。わなわなと手紙を持つ手が震えていた。
「なななななーーー! なにを馬鹿なことをっ! ちょっと、あなた! 上海がこれを渡したのはいつよっ」
顔を伏せて“大分前です”と伝えた人形を尻目に、アリスは全軍に最終突撃命令を下そうとする。
「こんなところでグダグダしてる暇なんかないわっ。全部隊、あらゆる損害を恐れず、最後の一兵に到るまで進軍せ」
グイグイとスカートを引く手に遮られ、アリスは命令を中断した。
視線を落とすと、いままでダウンしていた筈の蓬莱人形が必死でアリスを止めようとしているのが見えた。
「なによっ、蓬莱! 止めないでよ……早く助けに行かないと、上海が、上海が」
―――………。(ふるふる)
悲しげに首を振りながら、蓬莱が要塞の方角を指差す。
つられてアリスが指し示す彼方を凝視する。
・・・・・・・・・・・・・・・
……要塞外壁に開いた大穴の内部で明滅していた色とりどりのランプが、急速に輝きを失っていくのが見える。異変はそれに留まらず、要塞全体が大規模な地震に見舞われて――月面全体に遠目からはっきりと分かるようなクレバスがびっしりと刻まれてゆくのが見えた。アリスは思う――ああ、さすがだ――このぶんだと上海は見事、要塞破壊任務を達成できたのであろう。……本来これは諸手を打って喜ぶべきことなのだが、何故だか…何故だか、物凄く悪い予感がアリスの全身を震わせている。
それを裏付ける不吉な要素――さっきから何度も上海との念話回線を開こうとしているが、一向に答える気配が無い上海。それでもアリスは諦めずに……何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……なん、ども……気が狂ったように必死で念話を送り続けた。――大丈夫だ、きっと大丈夫だ。あの一騎当千の無敗の策士、上海人形が――たかだか永琳の創造した電波要塞如きに遅れを取るはずが無い。今はたぶん……任務を達成して、とうに脱出を完了し、どこか安全な場所で疲れ果てて眠っているだけなのだろう。……上海内部にある魔導炉の共鳴反応が、どんどん弱くなっていることを蓬莱が告げているが、そんなのは……そんなのは! そんなのはっ……!!
やがて――
最期に線香花火が激しく燃え上がるような、極大の反応がもたらされ―――
上海の稼動反応が完全に消えた。
「…………」
―――………。
上海の残した手紙の……最後の文字が、大粒の雫を受けて滲んだ。
・・・上海のあまりのかっこよさとマスターへの愛と一部永琳の電波攻撃のせいで涙腺の故障が・・(つロT)
上海と蓬莱の色が逆っぽいです。(永夜抄のキャラセレとか参照のこと。)
閑休話題
面白かったです、とても。
元ネタが判らないものが結構あったのが心残りですが。
続き、楽しみにしています。
ただのGネタパクリ爆笑軍記ものだと思わせておいて突然それは
ないだろうううううううううううううううううううっ!!!!!!
負けた!! この物語には完敗だ!!
上海に、この得点を勇敢なる一つの命に捧ぐ!!
刀(けん)に殉ずる阿修羅道(おとめみち)に心震える馬鹿、此所に一人。
そう、貴方様のマガトロファミリーは少し、生き様が、在り方が、何故こんなにも格好良すぎる。