Coolier - 新生・東方創想話

白楼剣 中編

2005/03/06 18:32:52
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 全身に痛みを覚え、白楼は目を覚ました。彼は上半身を寝床から起こし、苦悶の表情で眉間を押
さえる。
 ……はて、いつの間に眠っただろうか。
 湯に向かって、妖夢と会話をした。そこまでは明瞭に覚えているのだが。その後どうやって庵に
戻り床についたのやら……霧に覆われたようにとんと思い出せぬ。
 顔面に残留する疼痛からすれば、鬼の金棒で殴られでもしたかと思うほどだ。
 白楼の超再生能力をもってして、いまだ損傷が消えぬとは。余程の剛力に違いあるまい。
 生憎と鬼とやりあう心当たりはない。不思議なこともあるものよと、妖怪は己が身を棚に上げて
そんなことを思う。
 ふと気付けば、寝所へよい香りが漂ってくる。匂いに鼻腔を刺激され、胃が蠕動を始めた。
 鳴る腹をさすりつつ、香りに誘われさまよい歩く白楼。すると、魂魄妖夢が台所に立っていた。
 見事な包丁捌きで野草を切り分けている。匂いの元は、彼女の脇で煮えている鍋のようであった。
 それよりなお白楼を瞠目させたのは、彼女の出で立ちである。
 白い長袖ブラウスの上に深い緑色のノースリーブを着用し、下は同色のミニスカート。
 胸には黒い蝶ネクタイを留めて、同じく黒い頭飾りが白髪を彩っている。
 可愛らしい洋装である、これならば彼女を少年と見紛う者はいるまい。
 この姿を眼にするまでもなく、白楼は妖夢が女であると知っている……のだが。
 しかしてどこでどう知ったものか。これも思い出すことは叶わなかった。
「何をしている」 
「朝餉の準備を」
 彼女は剣呑な声色で答えた。鮮烈なよい殺気である。お陰ですっかりと眼が冴えた。
「ところで昨夜のことだがな……」
 言うや否や鋭い流し目が、ぎんと白楼を睨みつけた。うぉ!? と気圧される白楼。
 どうしたというのか恐ろしく機嫌が悪い。まるで鬼女のようではないかと白楼は密かに思った。 
「……俺はいったい何とやりあったのだ? 記憶がほとんど飛んでしまっておるのだが」
 その台詞を聞いて妖夢は何故か、したりと意地悪く笑んだのである。
「さて、天女の怒りにでも触れたのではありませぬか?」
 韜晦する妖夢に目を丸くして白楼は、いやいや妖夢、それはあるまいと大仰な手振りで否定した。
「まだ口中に血の味が残っている。かような馬鹿力を出す天女などおるまいて。恐らくは、」
 悪鬼の類であろうよ――
 そう口にした瞬間、正に悪鬼のような形相で妖夢は菜切り包丁を投擲した。
 首を捻って際どくかわした白楼、ずごんとありえない重低音で柱に突き刺さった包丁は、柄まで
見事に埋まっていた。
「うむ、今のは悪くない動きだった。しかし炊事中に包丁を投げるのは如何なものかと思うぞ」
 刺さった包丁を事も無げに引き抜いた白楼は、手首の返しだけで白刃を投げ返す。
 横薙ぎに手を振るい受けた妖夢は、ふいと台所に向き直り、今度は押し黙って炊事を再開した。
 相変わらず、他人の心など俺には分からぬと白楼は首をすくめる。
 殊にそれが、女子供となればなおさらだ。……そういえば遙か昔、娘もこうやって白楼の解せぬ
ところで機嫌を損ねたものだった。

 父上には、さくらの気持ちなどお解りにならないのです――。    

 姿かたちは似ても似つかぬが。それでも久方ぶりに、白楼は懐かしい感慨を覚えたのである。
 しばらくそのまま眺めていた。
 早朝のうちに買い求めて来たのだろう卵や野菜。山で摘んできたと思しき春の野草。
 それらを慣れた手際で調理してゆく様は、いかにも玄人の仕事だった。
 雑事に長けた剣士とは、はたまた面妖な話である。この娘、普段一体どのような日々を送ってい
るものやら。
 苦笑した白楼は、振り返った妖夢と視線を交差させる形となった。
「何を笑っているのか存じませんが……。朝餉が出来ましたので運びます。そこに突っ立っていら
れると邪魔です」
「ハハ……あい分かった。どれ、俺が運ぼう」
「あ……」
 白楼は妖夢の手からひょいと鍋を受け取って、軽やかに踵を返した。
 妖夢は一つ咳払いをして、もう一つの鍋を持ち後に続く。
「大根と七草の味噌汁か。そちらは?」
「つくしの卵とじです、それが何か」
「見事に春三昧だな。まだ春には早いというのに……余程春が好きなのか」
 その言葉に妖夢は驚いたように足を止め、眼を瞑ってどこか遠い風景を幻視するかのように、
「はい。……とても」と優しい微笑で答えた。
 妖夢がどのような場所を思い描いたのか、白楼には想像もつかない。
 つかないが。
 少女にこのようないい笑顔をさせる場所ならば、いつか行ってみたいものだと思った。

        *

 空の色が橙から闇混じりの朱に変わり、渓谷の大気が禍々しく湿気り始めた。
 日は傾き、人の時間は終わりを告げて。また今日も……妖魔の時間が産声を上げる。
 ――逢魔が刻。
 闇に染まり始めた黄昏を切り裂くように、妖夢の剣舞が閃き爆ぜる。
 手に携えるは楼観剣ではなく、同等の力を持つ白楼の短刀である。
 仮想の敵を相手取り、妖夢は日がな一日、基本の型を繰り返していたのだった。
 残された時間は後一月。ならば基本から徹底的に鍛え直そう。残された命の灯火として、一月は
あまりにも短すぎる。いかに敵が強かろうと、負けるわけにはいかなかった。
 妖夢を信頼し、白楼を任せてくれた師の名にかけて。
 なによりもう一目だけでも、幽々子さまにお会いせずして消え去るわけには断じていかぬ。
 あの御方はこんな妖夢に「いってらしゃい」と微笑みかけ、
 妖夢はそれに「行って参ります」と答えたのだ。それなら、次に続く言葉は唯一つ。
「只今戻りました」に決まっているのだから。

 顔と項に汗を滲ませ、周囲が暗くなるのも構わず無心で剣を振るう妖夢。
 そんな彼女の足元に、歩み寄る者の影法師が長く長く伸びてゆく。
「中々に見事なものだ。どうだ妖夢、俺の剣は使い易かろう」
 声の主を顧みて、妖夢ははいと肯定した。手に持つ短刀を見遣る。
「不思議な刀……まるで心の迷いが晴れるようだ」
「然様、いかにもそれは人の迷いを断ち切る刀。銘はまだない――が、貴様の迷いも晴れたろう」
 妖夢は頷く。
「しかし、本当にお借りしてもよろしかったのですか」
 己が剣を人に貸すなど、剣士としては常識外れも甚だしい。妖夢の疑問も詮無いことであった。
「よい。余分な迷いを持って修練に励んだところで意味はない。貴様に強くなってもらわなくば、
俺もつまらんからな――」
 白楼はしばし黙って、一つ忠告しておくがと切り出した。
「そのやり方では、俺には絶対に勝てぬぞ。基本を蔑ろにするわけではないが、それだけで詰まる
ほど貴様と俺の溝、浅くはない。……俺は命を賭けろ、と言った。貴様のそれは、命を賭けている
と言えるのか?」
 ……言えない。だが、ではどうしろというのか。
 妖夢は歯を軋らせて、白楼を強く睨み付けた。悲壮な表情は、敵に教えを請う口惜しさが表れた
もの。されど、強くなれるのならばどのような屈辱にも耐えて見せるという決意の表情でもあった。
「俺がこの渓谷に住む理由……何故と思う? そんなことは決まっておろう。この白楼が求めるも
のは常に一つ。――強くなるためよ。ここほど修練に適した場所を、俺は他に知らぬ。
 この山、ここらでは有名な霊峰でな。竜脈が集う場所であるらしい。無論、剣を打つのにもよい
場所ではあるのだが……つまりだ」
 白楼の台詞を遮るようにして、帳の下りた夜空に雷鳴が轟き渡る。
 妖夢は人外の反射速度で後方に跳躍。次の瞬間、それまで妖夢がいた位置を――落雷が直撃した。
「――つまり霊気に誘われて、強力な妖怪が現れる」
 言の葉を締めた白楼は妖夢の背後、高い杉の頂点に。腕を束ねて、彼は悪戯めいて笑い。

「では、そういうことだ妖夢。武運を祈る」
 そんな、とんでもない事をのたまった。
     
        *

 闇雲から悠然と姿を見せたのは、巨大な怪鳥であった。その体躯、ゆうに二丈はあろう。
 頭は人、身体は蛇、先の曲がった(くちばし)からは(のこぎり)のような乱杙歯(らんぐいば)が牙を剥く。
 さらには人を切り裂く用途に特化しているであろう鋭い鍵爪を、両の足に等しく備えていた。
 一鳴きするたびに雷を落し、黒雲に禍々しい影を浮かび上がらせる。
    
 妖夢を補足した怪鳥は彼女の周囲を時計回りに飛び回る。無論、飛び道具を持たない妖夢には攻
撃する術がない。成す術もなく、敵が射程圏内に下りてくるのを待つしかなかった。
 怪鳥は大きく呼気を吸い込んだ。僅かに開いた嘴の中、深遠の闇にちろちろと紅炎の光が覗く。
 ――ぞく、と背に氷を入れられたような悪寒。
     
 灼熱の吐息。

 妖夢は横っ飛びに射線を外し、さらに鞠のように転がって身をかわした。
 吐き出された火炎の奔流は広範囲を焼き払い、妖夢の周囲を灼熱の地獄に変貌させる。
 杉に火が付いて、たまらず落ちてくる白楼。音もなく着地を決めた彼は妖夢に近づいて手の平を
差し出した。
(ヌエ)……いや、あるいは以津真天(イツマデ)か。
 どちらにしろ、あれは貴様の手には負えん。刀を貸せ妖夢、ここはやはり俺が――」
「――断る」
 妖夢は即答する。
 平然と立ち上がり、両の足で大地をしっかりと踏みしめて、短刀を構え直す。
 その有様には確かに、一分の迷いすらもありはしなかった。
「あの化物よりもなお貴方は強いのだろう。ならばあれに勝てずして、どうして貴方に敵おうか」
 真っ直ぐに敵を見据える少女を見つめ、白楼は絶句していた声を振り絞り、辛うじて一笑した。
「……然り、失礼をした剣士よ。俺は一切手を出さん。存分に、貴殿の剣を振るうがいい」
 白楼は踵を返し、妖夢から離れていく。やおら首だけで振り返り、言う。
「だが、口くらいは出させてもらおうか。その覚悟に免じて、一つ奥義をくれてやろう」
 奔る雷撃を回避しつつ、妖夢は耳をそばだてる。男の言葉、一言一句を聞き逃すまいと。

「……太平記の一節に、広有射怪鳥事という件がある。
 その中で、怪鳥を射るよう命ぜられた隠岐次郎左衛門広有はこのようなことを言っている。
 ――もしもあの化物が蚊の眉毛に巣くう虫ほどに小さく、遥か彼方を飛んでいるというのなら、
それは初めから無理な相談だ。が、目に見える鳥が矢の射程距離内を飛んでくるというのに、何故
ゆえ射外すことがありえようか――
 妖夢、生憎と貴様の武器は弓ではない。しかし敵は確実にそこにいて、斬れば殺せる。
 ならば負ける道理はどこにもない。射程外なぞ知ったことか! 迷いを断ち、己が心に問うてみ
よ! されば我が奥義、真似事くらいは出来るかもしれん――」

 再度吐き出される灼熱の火炎。妖夢はかわしきれず、炎は半身を焼いてゆく。
 服が焦げ落ち素肌を晒しながら、それでも少女は笑ってみせる。
「白楼、まるで貴方は師のようだ」
「ほざけ、貴様こそまるで弟子のようだわ。いいから早くやってしまえ。俺はもう腹が減ったぞ」
「――心得た。夕餉は鳥でよろしいか」
 嫌そうな顔をする白楼を尻目に、苦笑から無表情へと転じた妖夢は目を瞑る。
 短刀の加護は妖夢の迷いを断ち切って、心を明鏡へと導いていく。
 丹田に、いまだかつてない妖力が充溢する。荒唐無稽にも思えた白楼の言、今ならば理解できる。
 負ける道理はどこにもなく、射程距離なぞ意味はない。
 妖怪が鍛えたこの剣に、斬れぬ物などありはしない。

 掲げた剣が天を衝く。全身に満ち満ちた翠緑の妖気、その全てが短刀に集まっていく。
 否、最早短刀とは呼べまい。
 長大に伸びた翠緑の剣は、三丈を越える妖気の塊である。
 おぞましき翼に風を孕み、怪鳥は高く羽ばたいた。妖夢の剣に恐れをなして一目散に逃げていく。
 だが意味はない。翠の炎を振りかぶり、魂魄妖夢は咆哮する。
「はああぁああ――――!」
 妖鳥を必滅すべく、さらに伸びた翠緑の剣が雷光となって振り下ろされる。

 奥義開眼……断迷剣『迷津慈航斬』

 奥義は怪鳥の頭蓋から股下までを一直線に両断して――
 妖力を放出し切った少女は、駆動を止めた絡繰人形のように……その場に崩れ落ちた。
    
        * 
     
「……至ったか」
 白楼は呆れ返って息を吐く。
 ありえない。あれは真似事などでは断じてない。正に白楼が最終奥義そのものではないか。
 よもやたったあれだけのやりとりで……奥義開眼に至ったというのか?
 天賦の剣……否、最早あの才は鬼神の域に達している。

「妖忌よ……とんでもない娘を送り込んでくれたな」

 だが感謝しよう。あれならばこれ以上なく我が敵に相応しい。
 少女に(さくら)の面影を見ようとも、師弟のように暮そうとも。それも一時の夢に過ぎぬ。
 夢から醒めればまた……敵味方に分かれ斬り合うのみ。それが我等の宿命なのだから。
 今ならばまだ、愛惜よりも歓喜が強い。
 だから時よ、疾く早く過ぎ去ってゆけ。奇妙な絆が、これ以上剛くならぬうちに。
     
「俺は愉しみだぞ妖夢……強くなった貴様と戦い、斬り伏せてやる時が。
 あぁ、それはさぞかし……気分がよいであろうよな――」
    
 少女を抱き上げた男の口元は、優しく微笑っていた。    

ここまで読んで頂きまして、誠にありがとうございます。「白楼剣」中編でした。
次回後編、楼観剣VS白楼剣の最終決戦。こちらもお読み頂ければ幸いです。では。
FUSI
[email protected]
http://fusi24.hp.infoseek.co.jp/index.html
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コメント



0.1600簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
続きが楽しみです。
7.無評価しん削除
格好いいでな。それにしても早いですね、続き。次もたのしみです。
11.40名乗らない削除
多分出ないだろうけど娘さんに惚
14.無評価名前が無い程度の能力削除
妖夢の覚悟がかっこいい。
白楼と一緒に妖夢を見直してしまいました。

あと、ゆゆさま以外からの弄りには、実力でもって反撃するのですね。
そんな妖夢もらぶり。
17.90名前が無い程度の能力削除
SSというより小説? 続き待ってます。
19.70藤村流削除
奥義に関するくだりを若干掘り下げて欲しかったと思いながら、
彼女たちの結末に想いを馳せることに致します。

22.無評価七死削除
ぬぅ・・・、前編が導入と世界観の構成たるや実に御見事。
 
魂魄が剣術を楼観一刀流として描き白楼を持って之に対峙させ、因縁に荒ぶり宿命に合間見える二振りの列斬を持って真の奥義へ至る道とせん。
昨今の鬼との合戦を経てより、半人前の分を弁えぬ身の程知らずよと揶揄される彼女に、己の本分たる武の道を持って光明切り開かんとし、その上でなおみょんの心忘れぬその目論見や、巧の技をみさせて頂きました。 

しかし恐れ多い事とは思いますが、ここが感想の場さればこそ一言。
怪鳥との一戦の尺に、もう僅か一言二言、そこn
23.90七死削除
途中で送ってしまった無念、てか御免なさい御免なさい・・・orz。
遮られたのであれば是非も無し、終章心よりお待ち申し上げるでござる。
25.100名前が無い程度の能力削除
さて、結末がどうなるのか。楽しみにまっています。