わりと俺設定満載の上海紅茶館物語です。そういうのが苦手な方はご避難を。
かつて、上海にひとつの素敵な館がありました。真っ白な壁、それを囲む緑の植え込み、彩る花、紅で塗られた美しい門。その外観と、漂う匂いに誘われて、そこにはいつでもたくさんの人がやって来ました。綺麗な石の敷き詰められた玄関をくぐって、どっしりと古びた大きな階段を上るとすぐに茶室です。白いテーブルクロスの上には美しい模様のティーカップが琥珀色のお茶を湛えてお客を待ち、窓は青く広がる空と光へと開かれ、汽笛に誘われて視線を移せば港と商船。白いレースのカーテンは、部屋の片隅から響くピアノの音色に合わせたようにふわふわ海風で踊ります。その館の名前は上海紅茶館、誰もを温かく迎える笑いのあふれる場所でした。
魔都と言われた上海のこと、もちろんこの館にあるのも表の顔だけではありませんでした。清楚な雰囲気に引き付けられてやって来る大人たちは、この館で人に聞かせられないような話を色々していたものです。しかし、それでもこの館の女主人は、一般の客も何も考えずにくつろげるように店をしっかりと仕切り、そしてまた、貧しさゆえに陽の光の射す道から外れていた人々を迎え入れてはしっかりとした教育を施し、素晴らしい従業員とし、あるいは別の店へ世話をしてやっていました。
館の女あるじの名前は「紅 美鈴」。紅茶館は、彼女が亡き父と母から受け継いだ館を改築したものでした。二人が亡くなってから、にぎやかで暖かだった館の中は、まるで火が消えたようでした。笑いあう親と娘、静かに佇む料理長、快活でよく働くメイド達、漂う温かな紅茶の香り…かつての日々を思い返しては、彼女はシーツを涙に濡らしたものでした。そして、時に薄らがずなお深まるばかりの悲しみにやがて胸が張り裂けそうになった時…彼女は、突然に一つの幻を視ました。この館をもう一度賑やかにして、過ぎ去った時間を取り戻せばいいのだと。この館を茶館にして、人間の声と働きと紅茶の香りとで溢れさせようと。
それはそれは、困難な仕事でした。使用人の多くはすでに去り、茶館の経営は彼女の知識だけでは行いきれず、雇い入れた従業員には何度も裏切られました。しかし、彼女は諦めはしませんでした…あの賑やかで静かな景色はあまりにも胸に優しすぎて、どうやってもそれを消し去ることは出来なかったのですから。足りない知識は自分で調べ、人に聞き、失敗から更に学ぶ。使用人が足りなければ呼び集め、そして育て上げる。裏切られたら、何度でもやり直す。時には泣き出したくなるような辛い日々を耐え抜いて、彼女は見事に館を新しく生まれ変わらせていました。そこには笑いあう声が響き、料理人は心からの笑顔で仕事をこなし、メイド達は真っ白な床と壁を自分の身体の一部のように愛して手入れをし、紅茶の香りは尽きることなく館に漂っていました。
-美鈴様、私ここに来れてほんとうに幸せだったと思います-
-馬鹿ね、「だった」じゃなくて、「これからもずっと」なのよ?-
-すっかり立派になられましたね、美鈴お嬢様-
-あなた達が、最後まで私のそばを離れずに面倒を見ていてくれたからだわ-
-美鈴様、この花束、私達みんなで買ったんです。お嬢様の唇みたいに紅くて、素敵な花…こんなものじゃ足りないけど、私達の気持ちです!お誕生日おめでとうございます!-
-…足りないわけないじゃないの、もう!こんな不意打ち…ぐす…嬉しくって…-
それは、かけがえのない素晴らしい日々でした。しかし、時は植民地時代。外の世界を味わい飽きた戦火は、とうとう上海もその欲深な毒牙にかけたのです。内側から響いていた笑い声は外からの怒号に引き裂かれ、紅茶の香りは鉄と血の匂いに汚されました。優雅に館へと続いていた坂道を、たくさんの無粋な兵士達が埋め尽くしました。そして、紅茶館には、なんとも悲しいことですが価値あるものが多過ぎました。動乱の時を狙って、武器を持った大勢の人間が略奪のために押し寄せて来ていたのです。それも、より悲しいことに彼女たちの同胞までが一緒になって。
-みんな、今まで本当にありがとう。おかげで私は、この館は幸せだったわ。本日づけをもってあなた達を解雇します。早くお逃げなさい。ここはもうすぐ…-
-何言ってるんですか、美鈴様!たとえ殺されたって私はどこにも行きませんよ。ここから出て、ほかにどこに行けって言うんです-
-そうですよ。きっと、私達の胸からここの記憶は永遠に離れない。ここを見捨てて悲しみながら生きるよりも、私達の喜び全てであるこの館で人生を終えますわ!-
-お願いします、どうかここにいさせて下さい!そうでなければ、いっそ死ねと言ってください!-
最後のティー・パーティーの後で、美鈴は従業員達を逃がそうとしました。しかし、彼らにとってこの館は人生で初めての幸せをくれた場所でした。美鈴にも負けず劣らず、この館を彼らは愛していたのです。館の外にどうしても捨てられないものを残していた数人、そして紅茶館の記憶を永遠に受け継いで行くことを望んだ二人だけをそっと逃がしたものの、それ以外の従業員全ては、その絶望の時に館をけして捨てませんでした。また、去った者達を蔑むことはなく、彼らに自分達の分の幸せ全てを託しました。彼らの顔から卑下の色が消えて落ちるまで。
陽が落ち、やがてあたりが暗闇に包まれると、略奪者達は館へと押し寄せました。しかし、紅茶館の家族は堂々と館を囲んで立ち、母ゆずりの緑の衣装に身を包んだ女主人を先頭に彼らを阻みました。拳が振るわれ、棒が唸り、刀が閃き、槍が突き出され、石が投げられ、歯と爪が突き立てられ、街路は朱に染まりました。しかし、彼女たちがそう願って外で戦うことを選んだように、館の中は、彼女たちの大事な場所は、ただの一滴の血にさえ汚されることはありませんでした。
倒れては仲間の肩を借りて立ち上がり、もう戦う力さえなくなっても立ち上がって館の盾となり、五体をバラバラにされるまで決して屈することはなく…戦い続けた紅茶館の人々も、一人減り二人減り、やがてあと数人が残るのみとなりました。不意に、ひどく場違いな穏やかな微笑みとともに女主人があたりを、もう跡形もないあたりの景色をゆっくりと見回しました。そして、残った数人にひとつ頷きかけると、館の中に入って行ったのです。それから、修羅や夜叉さえ顔色なからしめるほどの凄惨な闘志をもって、残った数人は門を守りました。…館の中から上がった火の手がゆっくりと館をなめ始め、女主人お気に入りの曲を弾くピアノの音色が流れ出すまで。そして、外にまだ残っていた最後の二人は、呆然と立ちすくんだ、あるいは慌てて水を汲みに行った侵略者達を尻目に、嬉しげに微笑むと、折り重なった仲間の死体を悠然と集めては炎逆巻く館の中へと運び入れ、最後に自分達も入って行ったのです。
空まで届かんばかりに赤々と燃え盛ったその火は、どれだけ水をかけられてもなぜか消えることはなく、きらめく想い出を火の粉に乗せて、いつまでもいつまでも、全てが真っ白な灰に変わるまで燃え続けていたそうです。空を華々しく、まるで夢や幻のように彩って。
「ねえ、ち…美鈴。そういえば、貴女ってどうしてこの屋敷に来たの?紅魔の庇護が欲しかったから…とはあまり思えないのだけど。」
「あら、珍しいですね。咲夜さんにそういうことを聞かれるのって。そうですね…大きなお館を見てたら、どうしてか懐かしくなったんです。それに、あの窓から水辺を覗きたくてたまらなくなりました。…以前紫さんとお話をした時に聞いたんですけど、私って、以前に博霊の大結界がゆるんだ時にたまたま中へ迷い込んだ魂から生まれた妖怪らしいんですよ。それで、その魂がどうも館に関する強い想いを何かしら抱いていたらしいんですよ。だからたぶんそのせいじゃないかなって。」
「ふうん…何だかロマンチックな話、なのかもね。」
「あ…咲夜さん、もう紅茶ありませんよね。あの…よろしければ、たまには私に淹れさせてくれません?いえ、特に理由はないんですけど。」
「え?いいけど…そういえばあなたがお茶を淹れたのって見たことないわよね。うん、それじゃあお願いするわ。」
…ところで、ちょうどその頃、門番詰め所では…
-そういえば、もうすぐ隊長がここに来た日だな-
-今年はちゃんとお祝いしてあげようよ、妹様の警備も心配いらなくなったし-
-こっそり準備しといてびっくりさせようぜ。あの隊長涙もろいし、どんな顔するか楽しみだ-
-そう言えばこの間、隊長の髪みたいに綺麗な紅い花が咲いてるとこ見つけたの-
湖の中の紅魔の館。そこには、人のものとは違っても、喜びがあふれています。紅いお茶の豊かな香りだって絶えることがありません。昼はいつでも賑やかで、夜は仲間と笑い合える。危険だけれど、それは一人の少女の懐かしい幸せの場所。
「ねえねえ紫様ー、誰とお話ししてるのー?」
かつて、上海にひとつの素敵な館がありました。真っ白な壁、それを囲む緑の植え込み、彩る花、紅で塗られた美しい門。その外観と、漂う匂いに誘われて、そこにはいつでもたくさんの人がやって来ました。綺麗な石の敷き詰められた玄関をくぐって、どっしりと古びた大きな階段を上るとすぐに茶室です。白いテーブルクロスの上には美しい模様のティーカップが琥珀色のお茶を湛えてお客を待ち、窓は青く広がる空と光へと開かれ、汽笛に誘われて視線を移せば港と商船。白いレースのカーテンは、部屋の片隅から響くピアノの音色に合わせたようにふわふわ海風で踊ります。その館の名前は上海紅茶館、誰もを温かく迎える笑いのあふれる場所でした。
魔都と言われた上海のこと、もちろんこの館にあるのも表の顔だけではありませんでした。清楚な雰囲気に引き付けられてやって来る大人たちは、この館で人に聞かせられないような話を色々していたものです。しかし、それでもこの館の女主人は、一般の客も何も考えずにくつろげるように店をしっかりと仕切り、そしてまた、貧しさゆえに陽の光の射す道から外れていた人々を迎え入れてはしっかりとした教育を施し、素晴らしい従業員とし、あるいは別の店へ世話をしてやっていました。
館の女あるじの名前は「紅 美鈴」。紅茶館は、彼女が亡き父と母から受け継いだ館を改築したものでした。二人が亡くなってから、にぎやかで暖かだった館の中は、まるで火が消えたようでした。笑いあう親と娘、静かに佇む料理長、快活でよく働くメイド達、漂う温かな紅茶の香り…かつての日々を思い返しては、彼女はシーツを涙に濡らしたものでした。そして、時に薄らがずなお深まるばかりの悲しみにやがて胸が張り裂けそうになった時…彼女は、突然に一つの幻を視ました。この館をもう一度賑やかにして、過ぎ去った時間を取り戻せばいいのだと。この館を茶館にして、人間の声と働きと紅茶の香りとで溢れさせようと。
それはそれは、困難な仕事でした。使用人の多くはすでに去り、茶館の経営は彼女の知識だけでは行いきれず、雇い入れた従業員には何度も裏切られました。しかし、彼女は諦めはしませんでした…あの賑やかで静かな景色はあまりにも胸に優しすぎて、どうやってもそれを消し去ることは出来なかったのですから。足りない知識は自分で調べ、人に聞き、失敗から更に学ぶ。使用人が足りなければ呼び集め、そして育て上げる。裏切られたら、何度でもやり直す。時には泣き出したくなるような辛い日々を耐え抜いて、彼女は見事に館を新しく生まれ変わらせていました。そこには笑いあう声が響き、料理人は心からの笑顔で仕事をこなし、メイド達は真っ白な床と壁を自分の身体の一部のように愛して手入れをし、紅茶の香りは尽きることなく館に漂っていました。
-美鈴様、私ここに来れてほんとうに幸せだったと思います-
-馬鹿ね、「だった」じゃなくて、「これからもずっと」なのよ?-
-すっかり立派になられましたね、美鈴お嬢様-
-あなた達が、最後まで私のそばを離れずに面倒を見ていてくれたからだわ-
-美鈴様、この花束、私達みんなで買ったんです。お嬢様の唇みたいに紅くて、素敵な花…こんなものじゃ足りないけど、私達の気持ちです!お誕生日おめでとうございます!-
-…足りないわけないじゃないの、もう!こんな不意打ち…ぐす…嬉しくって…-
それは、かけがえのない素晴らしい日々でした。しかし、時は植民地時代。外の世界を味わい飽きた戦火は、とうとう上海もその欲深な毒牙にかけたのです。内側から響いていた笑い声は外からの怒号に引き裂かれ、紅茶の香りは鉄と血の匂いに汚されました。優雅に館へと続いていた坂道を、たくさんの無粋な兵士達が埋め尽くしました。そして、紅茶館には、なんとも悲しいことですが価値あるものが多過ぎました。動乱の時を狙って、武器を持った大勢の人間が略奪のために押し寄せて来ていたのです。それも、より悲しいことに彼女たちの同胞までが一緒になって。
-みんな、今まで本当にありがとう。おかげで私は、この館は幸せだったわ。本日づけをもってあなた達を解雇します。早くお逃げなさい。ここはもうすぐ…-
-何言ってるんですか、美鈴様!たとえ殺されたって私はどこにも行きませんよ。ここから出て、ほかにどこに行けって言うんです-
-そうですよ。きっと、私達の胸からここの記憶は永遠に離れない。ここを見捨てて悲しみながら生きるよりも、私達の喜び全てであるこの館で人生を終えますわ!-
-お願いします、どうかここにいさせて下さい!そうでなければ、いっそ死ねと言ってください!-
最後のティー・パーティーの後で、美鈴は従業員達を逃がそうとしました。しかし、彼らにとってこの館は人生で初めての幸せをくれた場所でした。美鈴にも負けず劣らず、この館を彼らは愛していたのです。館の外にどうしても捨てられないものを残していた数人、そして紅茶館の記憶を永遠に受け継いで行くことを望んだ二人だけをそっと逃がしたものの、それ以外の従業員全ては、その絶望の時に館をけして捨てませんでした。また、去った者達を蔑むことはなく、彼らに自分達の分の幸せ全てを託しました。彼らの顔から卑下の色が消えて落ちるまで。
陽が落ち、やがてあたりが暗闇に包まれると、略奪者達は館へと押し寄せました。しかし、紅茶館の家族は堂々と館を囲んで立ち、母ゆずりの緑の衣装に身を包んだ女主人を先頭に彼らを阻みました。拳が振るわれ、棒が唸り、刀が閃き、槍が突き出され、石が投げられ、歯と爪が突き立てられ、街路は朱に染まりました。しかし、彼女たちがそう願って外で戦うことを選んだように、館の中は、彼女たちの大事な場所は、ただの一滴の血にさえ汚されることはありませんでした。
倒れては仲間の肩を借りて立ち上がり、もう戦う力さえなくなっても立ち上がって館の盾となり、五体をバラバラにされるまで決して屈することはなく…戦い続けた紅茶館の人々も、一人減り二人減り、やがてあと数人が残るのみとなりました。不意に、ひどく場違いな穏やかな微笑みとともに女主人があたりを、もう跡形もないあたりの景色をゆっくりと見回しました。そして、残った数人にひとつ頷きかけると、館の中に入って行ったのです。それから、修羅や夜叉さえ顔色なからしめるほどの凄惨な闘志をもって、残った数人は門を守りました。…館の中から上がった火の手がゆっくりと館をなめ始め、女主人お気に入りの曲を弾くピアノの音色が流れ出すまで。そして、外にまだ残っていた最後の二人は、呆然と立ちすくんだ、あるいは慌てて水を汲みに行った侵略者達を尻目に、嬉しげに微笑むと、折り重なった仲間の死体を悠然と集めては炎逆巻く館の中へと運び入れ、最後に自分達も入って行ったのです。
空まで届かんばかりに赤々と燃え盛ったその火は、どれだけ水をかけられてもなぜか消えることはなく、きらめく想い出を火の粉に乗せて、いつまでもいつまでも、全てが真っ白な灰に変わるまで燃え続けていたそうです。空を華々しく、まるで夢や幻のように彩って。
「ねえ、ち…美鈴。そういえば、貴女ってどうしてこの屋敷に来たの?紅魔の庇護が欲しかったから…とはあまり思えないのだけど。」
「あら、珍しいですね。咲夜さんにそういうことを聞かれるのって。そうですね…大きなお館を見てたら、どうしてか懐かしくなったんです。それに、あの窓から水辺を覗きたくてたまらなくなりました。…以前紫さんとお話をした時に聞いたんですけど、私って、以前に博霊の大結界がゆるんだ時にたまたま中へ迷い込んだ魂から生まれた妖怪らしいんですよ。それで、その魂がどうも館に関する強い想いを何かしら抱いていたらしいんですよ。だからたぶんそのせいじゃないかなって。」
「ふうん…何だかロマンチックな話、なのかもね。」
「あ…咲夜さん、もう紅茶ありませんよね。あの…よろしければ、たまには私に淹れさせてくれません?いえ、特に理由はないんですけど。」
「え?いいけど…そういえばあなたがお茶を淹れたのって見たことないわよね。うん、それじゃあお願いするわ。」
…ところで、ちょうどその頃、門番詰め所では…
-そういえば、もうすぐ隊長がここに来た日だな-
-今年はちゃんとお祝いしてあげようよ、妹様の警備も心配いらなくなったし-
-こっそり準備しといてびっくりさせようぜ。あの隊長涙もろいし、どんな顔するか楽しみだ-
-そう言えばこの間、隊長の髪みたいに綺麗な紅い花が咲いてるとこ見つけたの-
湖の中の紅魔の館。そこには、人のものとは違っても、喜びがあふれています。紅いお茶の豊かな香りだって絶えることがありません。昼はいつでも賑やかで、夜は仲間と笑い合える。危険だけれど、それは一人の少女の懐かしい幸せの場所。
「ねえねえ紫様ー、誰とお話ししてるのー?」
最後の行は、語り部=紫様というオチでOK?(読解力不足でゴメンナサイ)
文章の形にこだわって、ちょっと判りづらくなってますね^^;