この作品は作品集117「守るモノ 1st」、作品集118「守るモノ 2nd」「守るモノ 3rd」の続きとなっております。より今作品を楽しんでいただくために、まだの方はそちらを先に読まれることをお勧めいたします。
また、この作品は原作について完璧な知識を持っていない者が書いた駄文です。勝手な設定や、口調が違うといった部分が見受けられます。それでもかまわないという方のみ読み進めてください。
「霖之助、大丈夫なのか?」
慧音が心配するのも無理はない。僕は大きく肩で息をして、地面にへたりこんでいた。
「済まない、大丈夫だ。反応はそう遠くない」
立ち上がって外していた眼鏡をかける。天叢雲剣を抜けば、わずかに振動している。それだけを頼りに妖怪の山を歩く。呼吸の乱れもしばらくすれば治まるだろう。僕が歩く後を慧音が警戒しながらついて来る。今の彼女は歴史を喰らう【ハクタク】だ。
「慧音」
「どうした霖之助?」
僕は振り返らなかった。
「今夜、僕に何かあった時は全てを君に任せる」
「どういう意味だ、霖之助?」
「そのままの、意味だ。幸い、今日は満月だ。いざとなれば全てを無かった事にも出来る」
「お前…」
言葉を遮る様に僕は右手を上げ、足を止めた。
「しっ、何か聞こえないか?」
かなり大きな物が枝の上を移動している音。かなり遠いが、天叢雲が示す方向と一致する。
「急ごう」
剣をしまい、僕らは走った。
目を覚ましたら、さっきより明るい所だった。相変わらず妖怪が枝に逆さまにぶら下がってる。なぜか何か思いつめた様な表情で。
「なぁ、お前どっかで会った事あるか?」
冗談にも程がある。お前みたいな忘れにくい奴に会った事は一度もない。
「いや、違うな。話に聞いた誰かに似てるんだ…」
コイツ、感づき始めてる。私が何者なのか。 やめろ、触ろうとするな。体をよじらせたその時、袂から八卦炉が地面に落ちた。月光に鈍く光るそれを見て、奴はニタリと笑った。
「わかったぞ。あいつだ。あの魔法使いだ!金髪で箒乗ってて白黒。かなり違うが、この武器だけは間違いない!!ヒャハハ、ツキが回って来たぜ。ここでコイツを殺せば俺の名が上がるぅ!!」
何だコイツ雑魚だったのか。どうやらスペルカードルールも知らないらしい。
「それじゃ、その首頂くぜ」
鋭く伸びた爪が眼前で光った。刹那、あの時の事が思い出された。あの時守ってくれた人は今はいない。何度目だろう、アイツの顔を思い浮かべたのは。爪は喉笛を一突きにしようと構えられる。
「言い残す事は?」
「香霖の、バカヤロウ」
「へっ、味気無ぇがさっさと死ね」
二人の顔の間を一筋の閃光が通過した。飛んできた方向には白髪長身の影。
「香霖!?」
「ちっ、邪魔が入りやがったか。誰だか知らねぇが容赦しねぇぜ!」
妖怪が影の方へ向いた、影からは色とりどりの弾幕。妖怪はそれをかい潜って接近する。一瞬の交錯、お互いかすり傷程度しかしていない。妖怪によるヒットアンドアウェイ。弾幕も決定打を与えられない。
「魔理沙」
僕はそっと後ろから魔理沙に声をかけた。魔理沙は驚いて声をあげそうになるがそっと人差し指で口を止める。
「今は慧音がやってくれている。そのうち文と椛も来るだろう。急いで逃げるんだ」
剣で縛っていた物を切って魔理沙を自由にした途端、魔理沙が抱き着いて来た。
「バカっ、怖かったじゃないか。もう助からないって思っちまったじゃないか。もっと、早く来てくれよ」
嗚咽の混じったその声を僕は胸で受け止めた。だが、ずっとそうしてられる訳でもない。僕はすっと魔理沙を引き離した。
「いいかい、魔理沙?君は慧音と一緒に逃げるんだ」
「待てよ、香霖はどうするんだ」
天叢雲剣を握り締め、妖怪へと焦点を合わせる。
「アイツは僕が止めておく。だから…」
慧音は激しい弾幕で相手の動きを封じた。それを確認して魔理沙と目を合わせる。
「香霖、お前目が変だぞ」
「わかってる。だからこそ、君をここから早く逃がしたい」
「霖之助」
慧音の準備もいいようだ。肩口等に切り傷があるが大事には至らないだろう。
「テメェ、何勝手な事してやがんだ!」
声の主に目を向ける。天叢雲剣を持つ手に力が篭る。
「貴様は僕が相手する。無様な姿を晒したくなければ全力でかかって来る事だ」
「ナメやがってぇ!」
矢の様な速度で突進してくる。こんなの避けるまでもない。横一線、剣を凪げば相手は地面に転がっていた。
「言ったろう。全力でこいと」
ぽつりぽつりと雨が降り出す。天叢雲の成せる技か。月明かりが薄くなる。奴が闇に姿を溶けさせた。
「殺気丸出しなんだよ、闇討ちがしたいなら気配を消すんだね」
すぐに相手の裏を取って一太刀。ざっくりと肉が斬れる感触が手に届き、悲鳴が山にこだまする。
「テメェ、ただの人間じゃねぇな…」
「いかにも、僕は半妖だ」
「テメェは人間じゃねぇが、あっちは人間か…。ツキはオレを見放してないな」
卑しい笑みを浮かべて妖怪が胸の前で印を結ぶ。
「魔理沙!?どうした魔理沙!?」
慧音が叫んでいる。魔理沙に何かあったのだろうか。
「あの人間には呪詛をかけておいた。後数分もすればあの人間は立派な妖怪さ」
目を離した隙にあいつは姿を眩ませた。殺気の忠告通り、気配も消している。満月は天叢雲剣の能力で発生した雨雲で隠れている。
「助けたければオレを殺してみな。オレは逃げるけどな。ヒャハハハハッ」
バサバサと羽ばたく音が聞こえる。もう、機は今しかない。僕は天叢雲剣を地面に突き立てた。
雨雲が晴れて、満月が再び姿を見せる。そこにあるのは巨大な蝙蝠の影。私は一瞬足りとも彼を見逃したくなかった。腕の中で苦しむ少女よりも彼が最後に残す歴史を見届けたかった。
「霖…」
呟きかけてやめた。そこにはもう、私の知っている半妖半人の彼はいなかった。美しい銀髪は燃える様な緋色になり、優しかった金色の目は獣の様だった。長年彼の中に潜んでいた妖気が体という境界線から滲み出ている。ゆっくりと発条を巻く様に腰を沈める。足元が爆ぜる様な跳躍。間合いが瞬く間に無くなって、宙を舞う獲物を捕らえたと同時に地面へと叩き臥せた。彼は宙に浮かんだまま私達を見下ろしていた。
「さっき、半妖だと言ったな。訂正しよう、僕は妖怪だ」
そう、彼は半妖である事を捨てた。大切な人を守る為、自らの存在を破壊した。
「ひっ」
短く悲鳴をあげて逃げようとする敵に向かって彼は右手を真っすぐと伸ばした。
「消え失せろ」
月夜に一条の閃光。どんな星よりも明るく、夜を一瞬昼にする。川の様な太さの妖力の奔流。金色に輝いたそれは目標を完全に消し去った。
「魔理沙」
朦朧とする意識から覚醒すると、私は彼の腕の中にいた。
「あれ?香霖、髪の毛黒いぞ?」
いつもの彼とは色々違った。眼鏡はしてないし、髪の毛は黒い。ただ、最後に見た時と違って彼の目は元の優しい目に戻っていた。
「大丈夫か?」
「もちろんだぜ」
体は怠かったが彼がいればなんて事はなかった。はっきり覚えていないが彼は私の為に戦ってくれたのだ。
「少し、話を聞いてほしい」
彼が話をする時は大抵楽しそうな顔をしているのに、今回は何故か悲しそうだった。どうしたって言うんだよ、香霖。
「僕は生れつきの半妖ではない。人として生を受けた。ものごころがつく頃には今の能力にも目覚めていたよ。ただね、それを気味悪がった周りが僕を《妖怪》だと言いはじめた。始めは無視したり、抵抗したりしたが両親が流行り病で死んだ頃から自分は本当に妖怪じゃないかと思い始めたんだ。思い込みと言うのは恐ろしいね、《妖怪》だと思って十年も過ごせば、中身は妖怪に変化し始めてたよ。当時の博麗の巫女によって僕の妖怪化は止まった。でも、僕はそれを振りほどいて今日、妖怪になった」
香霖が泣いている様に見えた、声は変わってないし目に涙を浮かべている訳でもないけど、なんかそんな気がした。
「実はね、里からここに来る時に妖怪化をまた始めていたんだ。歩くと時間がかかり過ぎるから皆で飛んで行こうって事になってね。人のままじゃどうしようもなかったんだ。正直、そこから進行を抑えるのは無理だってわかってたんだ。だから君は何も気に病む必要なんてないんだ」
「どういう事だよ?」
ぐっと体を起こして香霖と向き合おうとした。そしたら今度は香霖が倒れた。
「香霖!」
「霖之助!」
慧音も駆け寄って来た。一体どうしたって言うんだよ、香霖!?
「妖怪の性質を持っているとは言え、所詮は人間の体さ。妖怪の必要とするだけのスペックを持ち合わせてはいない。ちょっとでも長持ちするように鍛えてたんだけどなぁ…。こんな歴史は慧音に食べて貰うといい。君も覚えていたくはないだろう?けど、僕は後悔していないよ。大切な君を守る事が出来たんだから」
香霖が泣いている様に見えた。頬には涙が、私の落とした涙がある。
「そんな台詞聞きたかねぇよ!」
香霖の息が止まった。いや、止めてやった。簡単な事さ、口を塞いでやったんだ。私の同じ場所で。
「待ってろ、助けを呼んでやる!」
私は落ちていた八卦炉を掴んだ。袂から一枚のスペルカードを取り出す。出来ないでは済まされない、やるんだ何が何でも。私は魔法使いだ、魔法が使えない訳がない。大切な人を、香霖を守る為に。天を穿て、私の魔法。
「恋苻、マスタースパーク!!!!!」
八卦炉から迸しる魔力。天へと上る閃光。頭の中が空っぽになるまで撃ちつづけた。
一ヶ月後、私は旧香霖堂にいた。山積みのがらくた、もとい外の世界の道具はそのままだ。あれから私は変わった。今までの私とは別人なのだ。一人きりでも、腰にある彼の小さな鞄で寂しさも忘れられる。
「ただいま、魔理沙」
「おかえりなさい!」
配達先から黒髪の青年が帰ってきた。彼の名は森近霖之助、種族は人間。私、森近魔理沙の夫でここ森近魔法店の主でもある。先週、私達は祝言をあげた。
「霖、遅い!待ちくたびれたんだからね!」
「済まないな、魔理沙。次の注文を聞いていたら少し遅れてしまったよ」
祝言をあげる上で言葉遣いを改め、女性らしく振る舞う様にした。髪型も最近はポニーテールがお気に入りで、霖なんて最初の頃は赤面して「可愛い過ぎて直視できない」と言った程だ。
「魔理沙、魔法の調子はどうだい?」
「絶好調!何なら異変でも解決してこようか?」
パチュリーやアリスによると、私のアレは単なる思い込みだったそうだ。気の持ち方が重要な魔法にとって、「魔法が使えない」と意識してしまうと、それだけで出なくなるらしい。案の定、私は前夜に魔法が使えなくなる夢を見た。あの時は正夢だって内心焦りまくってた。
一方霖はと言うと、激しい妖力の解放によって体はボロボロになり、すぐさま永遠亭に運ばれた。一命は取り留めたものの、代償として半妖としての力を完全に失い、人間:森近霖之助となった。綺麗な銀髪はそれと同じくして黒くなってしまった。
「まぁ、何があってもだ」
彼がそっと私を抱き寄せる。彼の大きな体が私を包んでくれる。見下ろす彼と見上げる私の視線が交錯する。
「君だけは絶対に守るから」
優しくでも確かなキス。二人の時間が止まる。
「実力は私の方が上だけどね」
「それは言わないお約束だよ」
そうやって笑ってから、もう一度キスをした。
時の流れの中、二人は同じ様に歩んでいる。どちらが速い訳でも遅い訳でもない。手を取り合って、二人並んで歩んでいる。
また、この作品は原作について完璧な知識を持っていない者が書いた駄文です。勝手な設定や、口調が違うといった部分が見受けられます。それでもかまわないという方のみ読み進めてください。
「霖之助、大丈夫なのか?」
慧音が心配するのも無理はない。僕は大きく肩で息をして、地面にへたりこんでいた。
「済まない、大丈夫だ。反応はそう遠くない」
立ち上がって外していた眼鏡をかける。天叢雲剣を抜けば、わずかに振動している。それだけを頼りに妖怪の山を歩く。呼吸の乱れもしばらくすれば治まるだろう。僕が歩く後を慧音が警戒しながらついて来る。今の彼女は歴史を喰らう【ハクタク】だ。
「慧音」
「どうした霖之助?」
僕は振り返らなかった。
「今夜、僕に何かあった時は全てを君に任せる」
「どういう意味だ、霖之助?」
「そのままの、意味だ。幸い、今日は満月だ。いざとなれば全てを無かった事にも出来る」
「お前…」
言葉を遮る様に僕は右手を上げ、足を止めた。
「しっ、何か聞こえないか?」
かなり大きな物が枝の上を移動している音。かなり遠いが、天叢雲が示す方向と一致する。
「急ごう」
剣をしまい、僕らは走った。
目を覚ましたら、さっきより明るい所だった。相変わらず妖怪が枝に逆さまにぶら下がってる。なぜか何か思いつめた様な表情で。
「なぁ、お前どっかで会った事あるか?」
冗談にも程がある。お前みたいな忘れにくい奴に会った事は一度もない。
「いや、違うな。話に聞いた誰かに似てるんだ…」
コイツ、感づき始めてる。私が何者なのか。 やめろ、触ろうとするな。体をよじらせたその時、袂から八卦炉が地面に落ちた。月光に鈍く光るそれを見て、奴はニタリと笑った。
「わかったぞ。あいつだ。あの魔法使いだ!金髪で箒乗ってて白黒。かなり違うが、この武器だけは間違いない!!ヒャハハ、ツキが回って来たぜ。ここでコイツを殺せば俺の名が上がるぅ!!」
何だコイツ雑魚だったのか。どうやらスペルカードルールも知らないらしい。
「それじゃ、その首頂くぜ」
鋭く伸びた爪が眼前で光った。刹那、あの時の事が思い出された。あの時守ってくれた人は今はいない。何度目だろう、アイツの顔を思い浮かべたのは。爪は喉笛を一突きにしようと構えられる。
「言い残す事は?」
「香霖の、バカヤロウ」
「へっ、味気無ぇがさっさと死ね」
二人の顔の間を一筋の閃光が通過した。飛んできた方向には白髪長身の影。
「香霖!?」
「ちっ、邪魔が入りやがったか。誰だか知らねぇが容赦しねぇぜ!」
妖怪が影の方へ向いた、影からは色とりどりの弾幕。妖怪はそれをかい潜って接近する。一瞬の交錯、お互いかすり傷程度しかしていない。妖怪によるヒットアンドアウェイ。弾幕も決定打を与えられない。
「魔理沙」
僕はそっと後ろから魔理沙に声をかけた。魔理沙は驚いて声をあげそうになるがそっと人差し指で口を止める。
「今は慧音がやってくれている。そのうち文と椛も来るだろう。急いで逃げるんだ」
剣で縛っていた物を切って魔理沙を自由にした途端、魔理沙が抱き着いて来た。
「バカっ、怖かったじゃないか。もう助からないって思っちまったじゃないか。もっと、早く来てくれよ」
嗚咽の混じったその声を僕は胸で受け止めた。だが、ずっとそうしてられる訳でもない。僕はすっと魔理沙を引き離した。
「いいかい、魔理沙?君は慧音と一緒に逃げるんだ」
「待てよ、香霖はどうするんだ」
天叢雲剣を握り締め、妖怪へと焦点を合わせる。
「アイツは僕が止めておく。だから…」
慧音は激しい弾幕で相手の動きを封じた。それを確認して魔理沙と目を合わせる。
「香霖、お前目が変だぞ」
「わかってる。だからこそ、君をここから早く逃がしたい」
「霖之助」
慧音の準備もいいようだ。肩口等に切り傷があるが大事には至らないだろう。
「テメェ、何勝手な事してやがんだ!」
声の主に目を向ける。天叢雲剣を持つ手に力が篭る。
「貴様は僕が相手する。無様な姿を晒したくなければ全力でかかって来る事だ」
「ナメやがってぇ!」
矢の様な速度で突進してくる。こんなの避けるまでもない。横一線、剣を凪げば相手は地面に転がっていた。
「言ったろう。全力でこいと」
ぽつりぽつりと雨が降り出す。天叢雲の成せる技か。月明かりが薄くなる。奴が闇に姿を溶けさせた。
「殺気丸出しなんだよ、闇討ちがしたいなら気配を消すんだね」
すぐに相手の裏を取って一太刀。ざっくりと肉が斬れる感触が手に届き、悲鳴が山にこだまする。
「テメェ、ただの人間じゃねぇな…」
「いかにも、僕は半妖だ」
「テメェは人間じゃねぇが、あっちは人間か…。ツキはオレを見放してないな」
卑しい笑みを浮かべて妖怪が胸の前で印を結ぶ。
「魔理沙!?どうした魔理沙!?」
慧音が叫んでいる。魔理沙に何かあったのだろうか。
「あの人間には呪詛をかけておいた。後数分もすればあの人間は立派な妖怪さ」
目を離した隙にあいつは姿を眩ませた。殺気の忠告通り、気配も消している。満月は天叢雲剣の能力で発生した雨雲で隠れている。
「助けたければオレを殺してみな。オレは逃げるけどな。ヒャハハハハッ」
バサバサと羽ばたく音が聞こえる。もう、機は今しかない。僕は天叢雲剣を地面に突き立てた。
雨雲が晴れて、満月が再び姿を見せる。そこにあるのは巨大な蝙蝠の影。私は一瞬足りとも彼を見逃したくなかった。腕の中で苦しむ少女よりも彼が最後に残す歴史を見届けたかった。
「霖…」
呟きかけてやめた。そこにはもう、私の知っている半妖半人の彼はいなかった。美しい銀髪は燃える様な緋色になり、優しかった金色の目は獣の様だった。長年彼の中に潜んでいた妖気が体という境界線から滲み出ている。ゆっくりと発条を巻く様に腰を沈める。足元が爆ぜる様な跳躍。間合いが瞬く間に無くなって、宙を舞う獲物を捕らえたと同時に地面へと叩き臥せた。彼は宙に浮かんだまま私達を見下ろしていた。
「さっき、半妖だと言ったな。訂正しよう、僕は妖怪だ」
そう、彼は半妖である事を捨てた。大切な人を守る為、自らの存在を破壊した。
「ひっ」
短く悲鳴をあげて逃げようとする敵に向かって彼は右手を真っすぐと伸ばした。
「消え失せろ」
月夜に一条の閃光。どんな星よりも明るく、夜を一瞬昼にする。川の様な太さの妖力の奔流。金色に輝いたそれは目標を完全に消し去った。
「魔理沙」
朦朧とする意識から覚醒すると、私は彼の腕の中にいた。
「あれ?香霖、髪の毛黒いぞ?」
いつもの彼とは色々違った。眼鏡はしてないし、髪の毛は黒い。ただ、最後に見た時と違って彼の目は元の優しい目に戻っていた。
「大丈夫か?」
「もちろんだぜ」
体は怠かったが彼がいればなんて事はなかった。はっきり覚えていないが彼は私の為に戦ってくれたのだ。
「少し、話を聞いてほしい」
彼が話をする時は大抵楽しそうな顔をしているのに、今回は何故か悲しそうだった。どうしたって言うんだよ、香霖。
「僕は生れつきの半妖ではない。人として生を受けた。ものごころがつく頃には今の能力にも目覚めていたよ。ただね、それを気味悪がった周りが僕を《妖怪》だと言いはじめた。始めは無視したり、抵抗したりしたが両親が流行り病で死んだ頃から自分は本当に妖怪じゃないかと思い始めたんだ。思い込みと言うのは恐ろしいね、《妖怪》だと思って十年も過ごせば、中身は妖怪に変化し始めてたよ。当時の博麗の巫女によって僕の妖怪化は止まった。でも、僕はそれを振りほどいて今日、妖怪になった」
香霖が泣いている様に見えた、声は変わってないし目に涙を浮かべている訳でもないけど、なんかそんな気がした。
「実はね、里からここに来る時に妖怪化をまた始めていたんだ。歩くと時間がかかり過ぎるから皆で飛んで行こうって事になってね。人のままじゃどうしようもなかったんだ。正直、そこから進行を抑えるのは無理だってわかってたんだ。だから君は何も気に病む必要なんてないんだ」
「どういう事だよ?」
ぐっと体を起こして香霖と向き合おうとした。そしたら今度は香霖が倒れた。
「香霖!」
「霖之助!」
慧音も駆け寄って来た。一体どうしたって言うんだよ、香霖!?
「妖怪の性質を持っているとは言え、所詮は人間の体さ。妖怪の必要とするだけのスペックを持ち合わせてはいない。ちょっとでも長持ちするように鍛えてたんだけどなぁ…。こんな歴史は慧音に食べて貰うといい。君も覚えていたくはないだろう?けど、僕は後悔していないよ。大切な君を守る事が出来たんだから」
香霖が泣いている様に見えた。頬には涙が、私の落とした涙がある。
「そんな台詞聞きたかねぇよ!」
香霖の息が止まった。いや、止めてやった。簡単な事さ、口を塞いでやったんだ。私の同じ場所で。
「待ってろ、助けを呼んでやる!」
私は落ちていた八卦炉を掴んだ。袂から一枚のスペルカードを取り出す。出来ないでは済まされない、やるんだ何が何でも。私は魔法使いだ、魔法が使えない訳がない。大切な人を、香霖を守る為に。天を穿て、私の魔法。
「恋苻、マスタースパーク!!!!!」
八卦炉から迸しる魔力。天へと上る閃光。頭の中が空っぽになるまで撃ちつづけた。
一ヶ月後、私は旧香霖堂にいた。山積みのがらくた、もとい外の世界の道具はそのままだ。あれから私は変わった。今までの私とは別人なのだ。一人きりでも、腰にある彼の小さな鞄で寂しさも忘れられる。
「ただいま、魔理沙」
「おかえりなさい!」
配達先から黒髪の青年が帰ってきた。彼の名は森近霖之助、種族は人間。私、森近魔理沙の夫でここ森近魔法店の主でもある。先週、私達は祝言をあげた。
「霖、遅い!待ちくたびれたんだからね!」
「済まないな、魔理沙。次の注文を聞いていたら少し遅れてしまったよ」
祝言をあげる上で言葉遣いを改め、女性らしく振る舞う様にした。髪型も最近はポニーテールがお気に入りで、霖なんて最初の頃は赤面して「可愛い過ぎて直視できない」と言った程だ。
「魔理沙、魔法の調子はどうだい?」
「絶好調!何なら異変でも解決してこようか?」
パチュリーやアリスによると、私のアレは単なる思い込みだったそうだ。気の持ち方が重要な魔法にとって、「魔法が使えない」と意識してしまうと、それだけで出なくなるらしい。案の定、私は前夜に魔法が使えなくなる夢を見た。あの時は正夢だって内心焦りまくってた。
一方霖はと言うと、激しい妖力の解放によって体はボロボロになり、すぐさま永遠亭に運ばれた。一命は取り留めたものの、代償として半妖としての力を完全に失い、人間:森近霖之助となった。綺麗な銀髪はそれと同じくして黒くなってしまった。
「まぁ、何があってもだ」
彼がそっと私を抱き寄せる。彼の大きな体が私を包んでくれる。見下ろす彼と見上げる私の視線が交錯する。
「君だけは絶対に守るから」
優しくでも確かなキス。二人の時間が止まる。
「実力は私の方が上だけどね」
「それは言わないお約束だよ」
そうやって笑ってから、もう一度キスをした。
時の流れの中、二人は同じ様に歩んでいる。どちらが速い訳でも遅い訳でもない。手を取り合って、二人並んで歩んでいる。