作品集109「渇望と諦観」
作品集114「くるり狂って私も貴女も」
の間の出来事です。
特にくるり狂って私も貴女もを読んでないと意味不明だと思います。
むしむしむしむし、と湿気が紅魔館を包んでいた。
じりじりと躙り寄るかの如く、身体にまとわりつく不愉快な湿気である。
日本の夏は本当に最低だと言わざるを得ない。
このような陰気な季節があるから、この国にはどことなく陰気な能力や性格を持ち合わせた妖怪が多いのだろう。
「咲夜」
「ここに」
「夏を終わらせてこい。終わるまで戻ってくるな」
「かしこまりました」
そのまま、咲夜は姿を消す。
はたしてどのようにして咲夜はこの無理難題を解くのだろうか。
あれはどのような命を命じても決して逆らわないから好い。
まあ、達成できるかどうかは別の話だが。
咲夜は凛としているように見えて、どことなく惚けている。
だから、今回も何の頓知だ言いたくなるような回答を大まじめに持って返ってくるのだろう。それが面白かったら座布団の一枚でもくれてやろうかな、などと考えつつ廊下を歩く。
それにしても暑い。その暑さたるや、なかなかのものである。
こう、サウナに入って最初に感じるむわっとした感じというか、なんというか。さすがにそこまでは暑くないが、似たような種類の暑さだった。
汗で下着が肌に張り付いていた。気持ち悪い。後で風呂に入ろう。咲夜に風呂の準備でもさせるか。咲夜、と口にしかけて気がつく。あいつは今、このにっくき夏を終わらせに行っている。いない従者には命令できない。畜生。後でまた無理難題を押しつけてやる。
大図書館の親友の元に行くまでの我慢だと気を取り直して、歩を進めた。
パチェはなんかよく解らない魔法をつかって、大図書館の気温を一定に保っている。涼むには丁度良い。
汗臭状態の私を見て、少しばかり嫌そうに顔を顰めるかもしれないが、まあ、なに。そこは親友と言うことで我慢して欲しい。ああ、友情って素晴らしい。
やはり世の中「努力・友情・勝利」の三つで構成されているに違いない。
なんと暑苦しい世の中だろうか。なるほど。それならばこの不愉快な湿気も暑さも納得がいく。
などと暑さのせいで支離滅裂で意味不明な解釈に一人満足げに頷いていると、大図書館の前まで辿り着いていた。
扉を開ける。すると、まるで別次元の扉を開いたかのような空気が身体に打ち付けられた。
端的に言うと、すごく涼しい。めっちゃ快適。ビバ大図書館。その興奮を隠さないで、こちらに視線をよこしたパチェに語りかける。
「おーい、パチェ。苦労して倒した敵キャラが仲間になり、更なる強敵を打ち倒す展開のせいで地球が温暖化でマッハなんだが」
パチェは心底疲れたとでも言いたげに嘆息を一つばかりつく。失礼なやつめ。
「相当頭の中が茹だっているのね。理知の欠片も感じられないわ」
「脳味噌がないから茹だっても問題はないさ」
「ああ、だからか。納得したわ。脳足りんということね」
そう言って、パチェは目元の本に視線を再び戻した。
何を読んでいるのだろうと背表紙を覗いて見たが、何と記されている解読することが出来なかった。文字のようにも見えるし数字にも思える。かと思えば絵のようにも感じられ、図形のような気もした。
「相変わらずわけの解らない本を読んでいるのね」
「なかなか興味深い本よ。その日の本の気分によって内容が変わるらしいの。昨日やっと見つけたのだけれどね」
パチュリーは割と受動的で、頑張ることは恥ずかしいことみたいな性格の奴だから、このような発言をすることは余りない。やっと見つけたと言うことは、そこまでして読みたかった本ということだろう。
「ふーん。まあ、面白いならいいさ」
そう言って、私はパチュリーの向かいの椅子に座り、ぐてーと机に倒れ込む。
嗚呼。外と違ってなんと涼しいことか。快適快適。
しん、と静寂が大図書館に戻る。それは今日も何の問題もなく大図書館が稼働しているということだった。私は机に突っ伏して、パチュリーは貪欲に知識を得ようと本を読む。私達の関係というものはこういうものだった。
紅魔館の主は他でもない私であるが、それでもやはり大図書館の館長はパチュリーをおいて他ならないのだ。動かない大図書館は伊達でもなければ比喩でもない。彼女こそが大図書館で、大図書館こそが彼女である。
「ねえ」
そのパチュリーが静寂を破る。
「咲夜はどうしたの? いつもならそろそろ紅茶の一つでも持ってくる頃なのだけれど」
「ああ。咲夜は夏を終わらせに行っているよ。私が命じたんだ。暫く――そうだな。一週間くらいは戻らないんじゃないか?」
外ではまだ夏だろう。
夏なのだろう。
咲夜は夏を終わらせようとよく解らない格闘を続けているのだろう。
中はこんなにもひんやりとしているのに。私が命じたこととは言え、くすりと笑みをこぼしてしまった。
「……そう。一週間。彼女は、完璧で瀟洒なメイドな彼女はいないのね」
「そうさ。あの完璧すぎる従者は私の側を離れた。そういう運命だから」
「運命操作?」
「そんな大したことじゃないさ。主の我が儘につきあう可愛い従者が居た。それだけの単純な話しだよ、こんなこと」
「そう。レミィがそういうのならば、そうなんでしょうね」
それきり、パチュリーは興味をなくしたと言わんばかりに本の世界に没頭していった。
私は、それがきっと正しいのだろうな。と漠然に感じた。
◇◆◇◆◇
「妹様。入るわよ」
ぎぎ、と錆び付いた蝶番のような音を立てて鉄の扉は開かれた。
瞬間的に幾学的な紋章が、様々な術式の元で展開されたが、それをつくった私に害を与えるはずもなく音も立てず霧散した。
妹様は私の姿を見て、少しばかり驚いた顔をした後、直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「パチュリー! 久しぶりね。今日はどうしたの?」
「結界の調整と、妹様が読みたいと言っていたような内容の魔導書が見つかったから、それを渡しに」
そう言って私は昨日見つけた魔導書を、妹様に手渡す。何らかの悪意のこもった魔法がかけられていないか調べてみたが、害はなさそうなので安全は保証済みである。
妹様はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。わざわざ小悪魔を動員してまで探させた価値があると言うものだ。
「わー、ありがとう」
そう言って、妹様は数ページをぺらぺらとめくる。
「少し難しそうだけど、なんとかなるかな。本当にありがとうね、パチュリー」
「構わないわ。それにしても、魔法的資質はレミィにも相当あるはずなのに、やはり貴女の方が魔法使いに向いているわね。この文字が読めるだけでも大したものだわ」
「えへへ。ほら、お姉様は大味だから。何となくで出来ちゃうから極めようとしないのよ、きっと」
「大味というのなら、私から見たら妹様もだけれどね。資質が先攻しすぎててハラハラするもの」
理論構成も術式も滅茶苦茶であるにも関わらず、膨大な魔力というその一点のみで暴走を押さえ、魔法を展開する妹様の姿は、その道を極めんとする者に多大な恐怖を与えるには十分すぎた。
拳銃を己の頭に突きつけて、放たれた弾丸を避けんとしているような無茶苦茶である。そして、それを実際に行えてしまえているのだから性質が悪いというものだった。
「えー。それなら魔理沙もじゃないの? パチュリーもいつだったか魔理沙の魔法は粗いって言ってたじゃん」
「次元が違うわよ。掛け算と回文素数くらい違うわ。それに、粗いと言っても魔理沙の術式は人間にしてはよくできている方よ」
ただ、私ならばもっとうまくやる。
それだけのことだ。
「ぶー。どーせ、私には知識がないですよーだ。だからこうやって本を読むんじゃない」
「そうね。そのとおり。好い心がけだわ」
頬を膨らませている妹様。どうやら私の発言が気に入らなかったらしい。
感情がすぐさま顔に出る辺りが、昔のレミィと似ているな。と漠然と思った。
今でこそ紅魔館の主然としているが、一世紀前では下らないことに癇癪をおこして、辺り構わず当たり散らしていたものだ。咲夜がメイドになった辺りから、少しずつ落ち着いていったように感じられる。
あれは脆い。それなのに平気で無茶をして、笑ってみせる。だから、レミィは慎重にならざるを得なかったのだろう。
私は役目は終えたと、この薄暗い地下室から出て行こうと。扉に手をかける。
そこで、慌てて、出て行かれてはたまらないと言った様子で、妹様が口を開いた。
「ねえ、パチュリー」
「なにかしら、妹様」
「最近、お姉様が怖いの」
「どうして怖いのかしら?」
「どうしても怖いのよ。なんであいつは、どうして――」
「……」
「……」
「……」
「……お姉様なら、嵐の中でも飛べるのかな?」
「ええ、そうね。きっと。それが大切なことなら」
「私は……飛べそうもないや」
「そんな綺麗な翼を持っているのに」
「実用的なデザインでないもの」
妹様は自虐的に笑う。
「この前ね、花壇を荒らしたの」
「……」
「気に入らなかったの。ムシャクシャしたの。赤い、しゃくなげとかいう花が赦せなかった。あの赤い、紅い花が、どうしたって赦せなかった」
「……」
「綺麗だと最初は思ったの。でも、次の瞬間には憎たらしくしかたなくなった。大好きだった。でも、我慢が出来なかった。――全部が終わった後、美鈴が悲しそうにしていた。新しい種を持っていた。別の花を、宝石のように色とりどりの花を、私が荒らしたしゃくなげの隣に植えるつもりだったらしい。すごく――悲しそうだった。いたたまれなくなって、私は逃げてしまった」
「……」
「美鈴に悪いと思ったか……いや、そんなのは嘘だ。私は惨めだったんだ。どうしようもなく、馬鹿みたいに惨めだったんだ。他のことなんか全部どうでもよくて、ただただそれだけだったに違いないよ、きっと」
「……」
「その後ね、お姉様の前で咲夜に怒られた。そしてどうしてか、って尋ねられた。答えられなかったよ。でね、咲夜がもじもじしている私にもう一度理由を尋ねようとしたときに、お姉様が言ったんだ。私のせいだろうって。私が悪いのだろうって……ッ!」
「……」
「お姉様は三日後の深夜、ここに来るわ。約束したの。満月の夜に、本当に赦せなかったものを、欲しかったものを私にくれるって……ッッッッ!!!」
「……」
「ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえ、お願いだよ、パチュリー! 止めてよ。お姉様を止めてよ! 私は弱いから、与えられたらすがってしまう。手を伸ばされたら握りしめてしまう。最悪の形で。どうしようもなく醜悪な方法で!」
「……」
「狂ってるよ。お姉様はおかしいよ。どうかしてるよ!」
私は黙って地下室を後にした。
狂っているのは、私も同じなのだろう。
そんなふうに思った。
作品集114「くるり狂って私も貴女も」
の間の出来事です。
特にくるり狂って私も貴女もを読んでないと意味不明だと思います。
むしむしむしむし、と湿気が紅魔館を包んでいた。
じりじりと躙り寄るかの如く、身体にまとわりつく不愉快な湿気である。
日本の夏は本当に最低だと言わざるを得ない。
このような陰気な季節があるから、この国にはどことなく陰気な能力や性格を持ち合わせた妖怪が多いのだろう。
「咲夜」
「ここに」
「夏を終わらせてこい。終わるまで戻ってくるな」
「かしこまりました」
そのまま、咲夜は姿を消す。
はたしてどのようにして咲夜はこの無理難題を解くのだろうか。
あれはどのような命を命じても決して逆らわないから好い。
まあ、達成できるかどうかは別の話だが。
咲夜は凛としているように見えて、どことなく惚けている。
だから、今回も何の頓知だ言いたくなるような回答を大まじめに持って返ってくるのだろう。それが面白かったら座布団の一枚でもくれてやろうかな、などと考えつつ廊下を歩く。
それにしても暑い。その暑さたるや、なかなかのものである。
こう、サウナに入って最初に感じるむわっとした感じというか、なんというか。さすがにそこまでは暑くないが、似たような種類の暑さだった。
汗で下着が肌に張り付いていた。気持ち悪い。後で風呂に入ろう。咲夜に風呂の準備でもさせるか。咲夜、と口にしかけて気がつく。あいつは今、このにっくき夏を終わらせに行っている。いない従者には命令できない。畜生。後でまた無理難題を押しつけてやる。
大図書館の親友の元に行くまでの我慢だと気を取り直して、歩を進めた。
パチェはなんかよく解らない魔法をつかって、大図書館の気温を一定に保っている。涼むには丁度良い。
汗臭状態の私を見て、少しばかり嫌そうに顔を顰めるかもしれないが、まあ、なに。そこは親友と言うことで我慢して欲しい。ああ、友情って素晴らしい。
やはり世の中「努力・友情・勝利」の三つで構成されているに違いない。
なんと暑苦しい世の中だろうか。なるほど。それならばこの不愉快な湿気も暑さも納得がいく。
などと暑さのせいで支離滅裂で意味不明な解釈に一人満足げに頷いていると、大図書館の前まで辿り着いていた。
扉を開ける。すると、まるで別次元の扉を開いたかのような空気が身体に打ち付けられた。
端的に言うと、すごく涼しい。めっちゃ快適。ビバ大図書館。その興奮を隠さないで、こちらに視線をよこしたパチェに語りかける。
「おーい、パチェ。苦労して倒した敵キャラが仲間になり、更なる強敵を打ち倒す展開のせいで地球が温暖化でマッハなんだが」
パチェは心底疲れたとでも言いたげに嘆息を一つばかりつく。失礼なやつめ。
「相当頭の中が茹だっているのね。理知の欠片も感じられないわ」
「脳味噌がないから茹だっても問題はないさ」
「ああ、だからか。納得したわ。脳足りんということね」
そう言って、パチェは目元の本に視線を再び戻した。
何を読んでいるのだろうと背表紙を覗いて見たが、何と記されている解読することが出来なかった。文字のようにも見えるし数字にも思える。かと思えば絵のようにも感じられ、図形のような気もした。
「相変わらずわけの解らない本を読んでいるのね」
「なかなか興味深い本よ。その日の本の気分によって内容が変わるらしいの。昨日やっと見つけたのだけれどね」
パチュリーは割と受動的で、頑張ることは恥ずかしいことみたいな性格の奴だから、このような発言をすることは余りない。やっと見つけたと言うことは、そこまでして読みたかった本ということだろう。
「ふーん。まあ、面白いならいいさ」
そう言って、私はパチュリーの向かいの椅子に座り、ぐてーと机に倒れ込む。
嗚呼。外と違ってなんと涼しいことか。快適快適。
しん、と静寂が大図書館に戻る。それは今日も何の問題もなく大図書館が稼働しているということだった。私は机に突っ伏して、パチュリーは貪欲に知識を得ようと本を読む。私達の関係というものはこういうものだった。
紅魔館の主は他でもない私であるが、それでもやはり大図書館の館長はパチュリーをおいて他ならないのだ。動かない大図書館は伊達でもなければ比喩でもない。彼女こそが大図書館で、大図書館こそが彼女である。
「ねえ」
そのパチュリーが静寂を破る。
「咲夜はどうしたの? いつもならそろそろ紅茶の一つでも持ってくる頃なのだけれど」
「ああ。咲夜は夏を終わらせに行っているよ。私が命じたんだ。暫く――そうだな。一週間くらいは戻らないんじゃないか?」
外ではまだ夏だろう。
夏なのだろう。
咲夜は夏を終わらせようとよく解らない格闘を続けているのだろう。
中はこんなにもひんやりとしているのに。私が命じたこととは言え、くすりと笑みをこぼしてしまった。
「……そう。一週間。彼女は、完璧で瀟洒なメイドな彼女はいないのね」
「そうさ。あの完璧すぎる従者は私の側を離れた。そういう運命だから」
「運命操作?」
「そんな大したことじゃないさ。主の我が儘につきあう可愛い従者が居た。それだけの単純な話しだよ、こんなこと」
「そう。レミィがそういうのならば、そうなんでしょうね」
それきり、パチュリーは興味をなくしたと言わんばかりに本の世界に没頭していった。
私は、それがきっと正しいのだろうな。と漠然に感じた。
◇◆◇◆◇
「妹様。入るわよ」
ぎぎ、と錆び付いた蝶番のような音を立てて鉄の扉は開かれた。
瞬間的に幾学的な紋章が、様々な術式の元で展開されたが、それをつくった私に害を与えるはずもなく音も立てず霧散した。
妹様は私の姿を見て、少しばかり驚いた顔をした後、直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「パチュリー! 久しぶりね。今日はどうしたの?」
「結界の調整と、妹様が読みたいと言っていたような内容の魔導書が見つかったから、それを渡しに」
そう言って私は昨日見つけた魔導書を、妹様に手渡す。何らかの悪意のこもった魔法がかけられていないか調べてみたが、害はなさそうなので安全は保証済みである。
妹様はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。わざわざ小悪魔を動員してまで探させた価値があると言うものだ。
「わー、ありがとう」
そう言って、妹様は数ページをぺらぺらとめくる。
「少し難しそうだけど、なんとかなるかな。本当にありがとうね、パチュリー」
「構わないわ。それにしても、魔法的資質はレミィにも相当あるはずなのに、やはり貴女の方が魔法使いに向いているわね。この文字が読めるだけでも大したものだわ」
「えへへ。ほら、お姉様は大味だから。何となくで出来ちゃうから極めようとしないのよ、きっと」
「大味というのなら、私から見たら妹様もだけれどね。資質が先攻しすぎててハラハラするもの」
理論構成も術式も滅茶苦茶であるにも関わらず、膨大な魔力というその一点のみで暴走を押さえ、魔法を展開する妹様の姿は、その道を極めんとする者に多大な恐怖を与えるには十分すぎた。
拳銃を己の頭に突きつけて、放たれた弾丸を避けんとしているような無茶苦茶である。そして、それを実際に行えてしまえているのだから性質が悪いというものだった。
「えー。それなら魔理沙もじゃないの? パチュリーもいつだったか魔理沙の魔法は粗いって言ってたじゃん」
「次元が違うわよ。掛け算と回文素数くらい違うわ。それに、粗いと言っても魔理沙の術式は人間にしてはよくできている方よ」
ただ、私ならばもっとうまくやる。
それだけのことだ。
「ぶー。どーせ、私には知識がないですよーだ。だからこうやって本を読むんじゃない」
「そうね。そのとおり。好い心がけだわ」
頬を膨らませている妹様。どうやら私の発言が気に入らなかったらしい。
感情がすぐさま顔に出る辺りが、昔のレミィと似ているな。と漠然と思った。
今でこそ紅魔館の主然としているが、一世紀前では下らないことに癇癪をおこして、辺り構わず当たり散らしていたものだ。咲夜がメイドになった辺りから、少しずつ落ち着いていったように感じられる。
あれは脆い。それなのに平気で無茶をして、笑ってみせる。だから、レミィは慎重にならざるを得なかったのだろう。
私は役目は終えたと、この薄暗い地下室から出て行こうと。扉に手をかける。
そこで、慌てて、出て行かれてはたまらないと言った様子で、妹様が口を開いた。
「ねえ、パチュリー」
「なにかしら、妹様」
「最近、お姉様が怖いの」
「どうして怖いのかしら?」
「どうしても怖いのよ。なんであいつは、どうして――」
「……」
「……」
「……」
「……お姉様なら、嵐の中でも飛べるのかな?」
「ええ、そうね。きっと。それが大切なことなら」
「私は……飛べそうもないや」
「そんな綺麗な翼を持っているのに」
「実用的なデザインでないもの」
妹様は自虐的に笑う。
「この前ね、花壇を荒らしたの」
「……」
「気に入らなかったの。ムシャクシャしたの。赤い、しゃくなげとかいう花が赦せなかった。あの赤い、紅い花が、どうしたって赦せなかった」
「……」
「綺麗だと最初は思ったの。でも、次の瞬間には憎たらしくしかたなくなった。大好きだった。でも、我慢が出来なかった。――全部が終わった後、美鈴が悲しそうにしていた。新しい種を持っていた。別の花を、宝石のように色とりどりの花を、私が荒らしたしゃくなげの隣に植えるつもりだったらしい。すごく――悲しそうだった。いたたまれなくなって、私は逃げてしまった」
「……」
「美鈴に悪いと思ったか……いや、そんなのは嘘だ。私は惨めだったんだ。どうしようもなく、馬鹿みたいに惨めだったんだ。他のことなんか全部どうでもよくて、ただただそれだけだったに違いないよ、きっと」
「……」
「その後ね、お姉様の前で咲夜に怒られた。そしてどうしてか、って尋ねられた。答えられなかったよ。でね、咲夜がもじもじしている私にもう一度理由を尋ねようとしたときに、お姉様が言ったんだ。私のせいだろうって。私が悪いのだろうって……ッ!」
「……」
「お姉様は三日後の深夜、ここに来るわ。約束したの。満月の夜に、本当に赦せなかったものを、欲しかったものを私にくれるって……ッッッッ!!!」
「……」
「ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえ、お願いだよ、パチュリー! 止めてよ。お姉様を止めてよ! 私は弱いから、与えられたらすがってしまう。手を伸ばされたら握りしめてしまう。最悪の形で。どうしようもなく醜悪な方法で!」
「……」
「狂ってるよ。お姉様はおかしいよ。どうかしてるよ!」
私は黙って地下室を後にした。
狂っているのは、私も同じなのだろう。
そんなふうに思った。
そうすると、この後のレミリアがフランを想うシーンに齟齬があるように感じますが…、一つ一つ独立した話、であったなら良かったと思いました。
ちょっと三作全部、繋がり切れないかな。