『第125季 5月7日 天気:快晴
また、聖が変な思い付きがはじまった・・・』
(ムラサ船長の日記より抜粋)
『聖輦船遊覧飛行計画!?』
朝、私は布団から起き上がり、身支度を整えた後、部屋の隅にある梯子に手を掛け、上って行く。命蓮
寺として人里の近くに居を構えて以来、デッキに上がる機会はあまりないので、埃が大量に降ってきた
が小さく咳払いしながら更に上る。
デッキの床を押し上げ、デッキに到着すると何ともカビ臭い臭いが漂ってきた。
「これは・・・点検した後掃除をする必要がありますね。」
操縦桿の埃を手で払いつつ、一人ごちる。
命蓮寺となった後動かすことのなかった聖輦船を今になって何故点検、掃除するのか、全ては昨日の
聖の一言から始まった…
「聖輦船を動かしましょう!」
夕食の後皆で歓談していた時、聖が満面の笑みで突然そう言った。
皆の顔は一様に緊張して、次の聖の言葉を待つ。
それもそうだろう、今の聖輦船は命蓮寺として人里から親しまれている。それを今になって、わざわざ動
かす必要が、どこにあるだろうか。
そして、聖が笑顔のまま、ひたすら明るく、言う、
「人間の方たちを乗せて、幻想郷のいたるところを飛ぶ、遊覧船にしたいと思うの!」
・・・・・・。
皆の顔を見回すが、一様に同じような表情をしている。つまり私も同じような顔をしていて、皆私と同じよ
うな事を思っているのだろう。
即ち、(あぁ、また変なことを思い付いたなぁ…)と、
「あの、聖?何故いきなりそんなことを?」
当たり前の事だが、まずは理由を知っておきたい、この質問は、星から発せられた。
聖は変わらず、顔を笑みで統一したまま、答える。
「今日私が人里に行ったじゃない?その時に幻想郷の色んな所を見てみたいっていう人がいたの。だか
ら、命蓮寺をもう一度、聖輦船として動かそうって、思ったの!」
成程、そういう事か、と皆一様に得心を得ていた。
聖はとにかく人が良い、どこまでいっても聖人君子だ、そんな彼女は誰かに望まれれば、それに応える
のに全力を上げるだろう事は、他でもない、此処にいる全員が身をもって知っていることだった。
「しかし聖、」
これは私からだ、
「私達はもう一年程も聖輦船を動かしていません、今すぐに、と言われても無理なのですが。」
そう、私たちは聖輦船を命蓮寺とし、ここに居を構えてから一度たりともこの船を空に浮かべていなかっ
た。そのため、船をもう一度動かすというのならそれ相応の準備がいるのだ。
「今日明日で動かせるとは、私も考えていないわ。許可とかも取らなければいけないし、一週間程は、時
間があると思って頂戴。」
意外と考えていたようで、私達はひとまず安堵の息を漏らした。すると今度は一輪が、
「ところで姐さん、動かすのに問題がないとして、仏像やらはどうする?流石に積んだまま飛べないでしょ
う」
確かに、船を動かすともなると、当然衝撃が発生するだろう。
私たちは問題ないが、命蓮寺として建立された後、運び込んだ仏像は、壊したりするとまずい。
「そうね、どこか建物を借りて、其処まで雲山に運んで貰いましょうか。」
そう聖が言うと、一輪の傍らを漂っていた雲山が嬉しそうにピョコピョコと跳ねた。皆がそれを愛らしく見
ている中、
「・・・ルートは?どうやって決める?」
ボソッと呟く様に質問したのは、ナズーリンだった。
その質問に聖はあっさりと答える。
「それは、貴女がダウジングで選定して頂戴。よろしくね、ナズーリン。」
「ふむ、了解したよ。」
ナズーリンは少し嬉しそうな顔をしながらも、これまたあっさり下がり、これで全員が質問をした形となり、
再び沈黙が訪れた。
しかし、今までの所、其処まで問題があった訳ではないので、やるだけやろうという形で聖の提案を受け
入れ、翌日から作業に取り掛かることとなった。
そして翌日である今日、私は朝からデッキに上がり、こうして点検を行っている、という訳だ。
だが、これが面倒という訳ではない、私はそもそもこの船の船長で、聖輦船を動かすものだ、
それがどういった形であれ、再び船を動かせるのは私にとっては嬉しい事だった。
「ふぅ…」
小さく息をついた私は、顔を上げて額の汗を拭った。
(意外とこっちは大丈夫な物ですね。これならそれほど時間もかからないか。)
意外にも、デッキの機器の損傷は少なく、直ぐに動かしても問題がないほどだ。
そこで私は、掃除用具を取りに行くついでとして、他所で作業をしている皆に会いに行く事にした。
聖輦船は全4階層から成っていて、一番上にデッキ及び甲板、その下の階層に乗務員の部屋と居住用
の設備が、更に下の第一階層が出入り口とお寺として公開している部分、最も下の船底階層に機関室
などの船としての設備がある。
本来ならば階段を下りて機関室へ行くべきだが、時間がかかるのと正直面倒なのもあって、私は甲板か
ら飛び下りて、もう一度入口から入って船底に向かう事にした。
と、私が丁度甲板に出たとき、丁度入口から聖が出て来たので声を掛ける。
「どちらに行かれるのですか?聖。」
飛び降りながらそう質問すると、聖はこちらに振り返りながら、
「えぇ、聖輦船をまた飛ばすとなるとまた騒ぎになるかも知れないでしょう?ですから先に博麗神社に行
って、話を通して来ますわ。」
「成程、解りました。気をつけてくださいね。」
「ふふ、星も一緒だから大丈夫よ。」
確かに道の向こうに星が立っていてこちらに手を振っている。
聖はそれを一瞥すると「急かされちゃった」と笑顔で言って星の元へと駆けて行く。
2人が見えなくなるまで見送り、私は機関室へと向かった。
機関室に入ると狭い部屋の中を、紺色の頭巾が忙しなく動いていた。
それをみて少し可笑しい気分になったが、笑いをこらえて声を掛ける。
「こちらは問題ありませんか?一輪。」
「ムラサか、そうだねぇ、一年前よりぼろくなっているところがあるから補修が必要だけど、そんなに個所
はないかな、これなら何とかなるよ。」
「まぁそうでしょうね、という訳でこれをどうぞ。」
と、私はデッキから持ってきていた飛倉の破片を一輪に渡した。
「おぉ、ありがとう。そう言えばそっちはどうなんだい?」
「こちらは殆ど問題ありませんね、すぐにでも動かせる状態です。まぁ一度大々的に掃除しないといけま
せんが・・・」
クスクス二人して笑っていると、私はとあることに気がついた。
「ところで一輪、雲山は何をしているのですか?」
「あぁ、身体を限りなく小さくして細かいところを見てもらっているよ、何か用かい?」
私は一度首を横に振って否定し、思う。
(それにしても、やはり要領が良いですね、一輪は。)
彼女は要領良し、機転良しと、こういった細かい作業にとても向いている。この作業もそこを見込んで頼
んだものだったので、期待通りの働きをしてくれたという事か。
私はそんな一輪を見て安心したので、次にナズーリンの所へ向かう事にした
実は私は、ナズーリンがどこでルートの選定作業をしているのか知らなかったが、幸いにも私は直ぐに彼女の
事を見つけることが出来た。
彼女は、一階層の仏間の隅で地図を広げてダウジングを行っていた。私が声を掛ける前に彼女の方か
ら、
「おや船長、デッキの方は良いのか?」
「えぇ、問題ありませんね、ナズーリンこそどうですか?」
すると彼女は俯いて考え込むような表情をした。
「どうしました?何か問題でも?」
「いやさ、ルートが多すぎて、悩んでいただけさ。どこにすればいいのかなぁ・・・」
それを聞いて私は思わずずっこけそうになってしまった。ぜいたくな悩みだ・・・
「そ、それでしたらめぼしいルートをいくつか上げて、お客さんに選んでもらうようにするのが良いんじゃな
いですか?」
「成程、そうするとしようか、では私はルートを絞る作業に入るとするよ。」
そう言うと彼女は再び地図に向かいあい、真剣な表情をする。
これ以上邪魔をするのも悪いと思い、私はデッキの掃除をしに行くことにした。
その後、デッキの掃除がひと段落して、また休憩をとっていた頃、聖と星が帰ってきた。
聖は笑顔のままだったが、星は何故かため息をついて疲れた顔をしていた。
すると、そんな星がこちらに気付き、声を掛けて来た。
「やぁ船長、こちらの首尾はどうですか?」
「とても順調ですね、一両日中には飛べるようになりますよ。ところで、そちらはずいぶん疲れているよう
ですが何かあったのですか?」
「それがですね・・・」
「それがね!」
と、星が話を切り出そうとしたところに聖が割り込んできた。しかし、
(・・・・・・瞳が輝いているように見えるのは気のせいでしょうか。)
ともあれ、聖がとても自分が言いたそうにしているので、ここからの説明は聖にまかせることにする。
「神社に行ったらね?霊夢が『話は解ったわ。また船が飛んでても見て見ぬふりをすればいいんでしょ?
でも、人を乗せるならちゃんと人里の代表に話を通しなさい。』って言うのよ。それでその人のいるところ
も聞いたから、明日早速行くことになったの。」
あの巫女も変なところでちゃんとしているものだ、確かに言うとおりだろう。しかしそれで何故星はこんな
疲れた顔をしているのだろう。
そう思った私は、星に近づいて小さな声でその訳を聞いた。
「あぁ、それはですね、その後巫女と聖が意気投合してしまいまして、土産の菓子折りと、神社にあった
出がらしのお茶で今までずぅ~~~~~っと話し混んでしまったのですよ。」
「それは・・・ご愁傷様です。」
「ありがとうございます。今はただ、おいしい緑茶が飲みたい気分です。」
「そうだ、それでしたら明日は私が聖につきましょうか?」
「それは助かりますが、ご自分の仕事はいいのですか?」
「大丈夫ですよ、デッキは後は掃除するだけですし、一輪は一人でも機転を利かせてくれます、それにナ
ズーリンがルートを選びきれないようですので、相談に乗ってあげて下さい。私より星の方が適任でしょ
う?」
「成程、そう言う事でしたら明日はお願いします。聖には私の方から伝えておきますので。」
「解りました、それでは後で緑茶でも持って、部屋にお邪魔しますよ。」
クスリと笑いながらそう言うと、彼女もまた笑い始めた。
その笑顔を見て私はとびっきり美味しいお茶を淹れることに事にしたのだった。
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