あいつが私の前に姿を現さなくなって、どれくらい経つだろう。
ふと思い数えてみると、まだ一週間も経ってないことを知り驚いた。
何もない生活に退屈さを感じるなんて、一体いつ以来のことだろう。
永遠を生きる私に、退屈を忘れさせるなんて。
あいつと出会ってからは、殺し合いに殺し合いを重ねてきたから、退屈なんて感覚を持たずに済んだのに。
今更、この私を退屈させるだなんて、何のつもりかしら。
そんなことを考えながら、蓬莱山輝夜は今日も竹林を彷徨い歩く。
自分を殺しに来るはずの人影を期待して、ただ歩く。
しかし、今日も現れないだろうと諦めもしていた。
あいつがなにを考えているかなど解るはずもないが、あいつの感じていることは私が誰よりも解るはずだ。
そして、それを酌んでやれないほど、情を忘れたつもりもない。
だが、それでも期待してしまう。
怒りに任せ、憎しみに溺れ、ただただ理不尽な殺意を自分にぶつけに来てくれることを。
そうなれば、どんなに素敵だろう。
諦めながらも、ほんの少しの期待を胸に、輝夜は今日も彷徨い歩く。
上白沢慧音が死んでから、藤原妹紅は姿を見せない。
「退屈ね。本当につまらない」
永遠亭の縁側に座り、庭を眺め一人呟く。
庭は隅々まで手入れがされ、誰が見ても美しさを感じさせるものではあったが、いつもの光景だと思えば何も感じない。
(因幡が、こういうものは侘び寂びだとかいって時の流れを楽しむものだと言っていたけれど)
私には全くわからない。
そんな私は残念ながら、この時間を持て余すことしかできない。
永琳にはそれがどういうことか解っているらしいけど。
羨ましいことだ。永遠を持て余すこともないだろう。
「あーあ、つまらない」
そこへキシリ、キシリ、と廊下の鳴る音が聞こえてきた。
「珍しいですね、姫様が庭を眺めているなんて」
「あら、永琳。なによ、私が侘び寂びを嗜んだらいけないの?」
「姫、『侘び・寂び』というものはそこにあるものです、嗜むものではありません」
「あら、そうなの? 知らなかったわ」
「……ふっ、ふふっ、ふふふふっ……」
「なによ、そんなにおかしなこと言った?」
「だって、あなたが侘び寂びだなんて、似合わないにもほどがあるわ。自分の能力を忘れたのかしら」
永遠と須臾を操る力。たしかに、侘びも寂びもあったもんじゃない。
「永琳、口調が崩れてるわ」
「言葉遣いや態度に、大きな意味はないわ。どんな口を利こうと、どんな態度を取ろうと、私は輝夜を心から慕っていることに違いはないのよ」
「それはありがたいわね。心から感謝してるわ」
「そうそう、大事なのは心よ」
それでは姫様失礼します。と、永琳が廊下の奥へと歩いていく。
その後ろ姿をぼんやりと眺めていたら、永琳が振り向いてこう言った。
「待ち人が来ないなら、こちらから向かってみるのも手ですよ、姫様」
あらら、ばれてる。
いやだわ、お見通しだなんて。
「なーにやってんのかしら、妹紅は」
そして私も。
永琳が言うならと出てきてみたが、外のことなど全く知らない。
「迷いの竹林を出るなんて、いつ以来かしら」
最後に出たときの記憶がない。
というか、入ったが最後、私は出てきていないのではないだろうか。
永遠亭では、特に永琳に閉じ込められたわけでもないのだけれど。
「やっぱり私って、引きこもりがちなのかしら」
そんなことを一人ごちて、目の前のながめにため息をつく。
本当になにをやっているのだろう。
私は今、人里の入り口に立っている。
そして目の前には、人里の風景に溶け込んだ、藤原妹紅の姿があった。
「え、あれ? 輝夜? 何してんだよ。珍しいな、お前が外に出てるなんて」
妹紅はなにやら作業の真っ最中のようで、建物を出たり入ったりと忙しそうだった。
(民家にしては大きいけど、これって……)
「珍しさならあなたが人里に居ることも十分珍しいわよ。それに、あなたこそ何してるのよ?」
「私だって、人里には来るよ。お前のほうが珍しい」
「そんなことはどうだっていいのよ。あなた――」
「待ってくれ、殺し合いなら勘弁しろ。ああ、もうすぐ片付くから、それまで待っててくれ」
「待てって、あなたねぇ」
「お前、人里初めてだろ? その辺回ってこいよ。楽しいよ、きっと」
「ちょっと……いいわ、ここで待ってる」
言われたとおりにするのが癪だったのもあるが、それよりも気になることがあった。
確認したくなったのだ。
「そうか、まあ、好きにすればいいよ」
そう言って妹紅はまた作業に戻っていった。
「悪いな、付き合わせてしまって」
作業を終わらせた妹紅に連れられて、迷いの竹林にある妹紅の小屋にやってきた。
ただ雨風をしのぐためだけにあるかのように、小屋には本当に何もなかった。
辺りは既に暗く、妹紅は明かりを得るため庵に火をくべた。
「それはかまわないんだけど。それよりもあなた、人里で何してたのよ?」
「別に、たいしたことじゃないよ。本当にたいしたことじゃないんだ」
「いいから説明しなさい」
一週間も顔出さないで、『たいしたことない』じゃ納得できないじゃない。
「説明って言ってもなぁ……」
難しそうな顔をして、妹紅は頭を掻く。
その顔を見て、カッと頭に血が昇った。
「あなたっ――」
「慧音の葬式だよ」
私が吐き出そうとした感情を遮るように、妹紅は口を開いた。
ああ、そんなものがあるんだっけ。
それこそすっかり忘れていたわ。
「やっぱり慧音は人里でも大事な存在だったから。式も大きくなっちゃってね。でも終わり。今日で片付けも全部終わったから」
だから、もうお終い。
そんなことを妹紅は言う。
「寺小屋でやったんだ、葬式。あそこは慧音の大切な場所だから。たぶん、一番の居場所だったんじゃないかな」
「妙に大きいと思ってたけど、あれが寺小屋ってものなのね」
――いや。
なんとなく気づいてはいたけれど。
忘れていなかったわけでもないけれど。
そうじゃないかと思っていた。
じゅくりと。
何かが、自分の中で溢れ出してきたのがわかった。
頭の中で、胸の中で、心の中で。
体中に。
「――ずいぶん、馴染んでいたじゃない」
「うん?」
その溢れた何かが、言葉になって。
「人里によく溶け込めたわねぇ」
「ああ……」
妹紅は何も知らないまま、私の言葉を受け止めて。
「慧音のところに通っているうちにさ、顔覚えてくれてたらしくて。まあ、こんな格好じゃ、嫌でも覚えるだろうけど」
そう言って妹紅は、嬉しそうに笑い。
「慧音が残してくれたんだよ、里の人たちと、こういう繋がりをさ」
「人間でもないのに?」
駄目だ、もう我慢できそうにない。
自分の感情が制御しきれない。
「あ?」
妹紅が目を剥く。
私が吐き出した悪意を感じ取り、殺気を込めて私を睨む。
「不老不死の化物が、よくもまあ平気な顔して人里に顔を出せたわね。恥ずかしげもなく。人里の奴らが本当にあなたを見ているのかもわからないのに!」
「……おい、輝夜?」
妹紅の殺気が鈍り、かわりに困惑と疑問が顔に浮かぶ。
「里の奴らが見ていたのは、半獣と一緒に居たあなたでしょう? 里を守ってくれる寺小屋の教師、そいつが一緒にいるから顔も覚える。でも、半獣はもういない。そしたらあなたは得体の知れないただの化物。気味が悪いわねぇ、あはは」
「……」
ホントはこんなこと、言う必要はないのだけれど。
ごめんなさいね、妹紅。
「死ぬことがないから妖怪よりなお性質が悪い。ならとりあえず仲のいい振りをしておこう。そんなこと考えてるわよ、里の奴ら。なのにあなたは、いまだに里へ出入りしてるのね。もうあの半獣はいないのに!」
次の瞬間、背中に大きな衝撃を感じた。
一瞬、息がつまる。
頭が混乱する。
息苦しさからコホコホと咳き込み、何事か確認する。
気付くと、私は床に仰向けになっていた。
上から妹紅が肩を掴み押さえつけている。
どうやら私は床に叩きつけられたらしい。
薄暗くてよく見えないが、妹紅の顔は今、怒りに歪んでいるのだろう。
ついつい口を出してしまった。
このまま殺されるのかしら、それなら願ったり叶ったりなのだけど。
そう思い、妹紅の顔をじっと見つめる。
「……」
妹紅は笑っていた。
静かに微笑んでいた。
さっき私に向けた目は、していなかった。
「……慧音はさぁ」
妹紅は静かに口を開く。
「慧音は、私にいろんなものを残してくれたよ。人との絆とか、思い出とかさぁ。本当にたくさん、残していってくれたんだ。私は本当に感謝してるし、うれしいんだけどさ。」
私を押さえつけていた手の力が、緩む。
「でもさ、やっぱりさぁ。どれだけ残してくれていっても、失ったことにはかわりはなくてさ」
「慧音はもう、いないんだよ」
そこで気付く。
妹紅の顔に張り付いた笑みが、全然笑っちゃいなかったことに。
むしろ、泣き出しそうになっていたことに。
まるで、泣き出しそうに。
泣いているように。
「頼むよ、言いたいことは、山ほどあるんだろうけどさ」
「……」
「私も、もう、いっぱいいっぱいなんだ」
「……」
「明日からはまた、殺しにいってやる」
「……」
「憎んで、怨んで、復讐する」
「……」
「だからさ、今日だけ、今だけでいいんだ」
「少し、泣く」
そう言って、妹紅は私の上に崩れ落ちた。
私の胸に顔をうずめ、泣き崩れた。
「うぐっ…、ひっ、うぅ…、うあああぁぁぁ……」
仰向けのまま、泣きじゃくる妹紅に胸を貸し、ただただ時間の流れを感じていた。
侘び寂びって、こういうことなのかしら。
違うだろうなとは思ったけれど、こういう時間も素敵じゃない。
全く、泣きたいのはこっちなのに。
ねぇ妹紅、あなたに私の気持ちがわかる?
どんな想いであなたといるか。
私が永琳と隠れ住んでいたとき、藤原妹紅が現れた。
聞くと、蓬莱の薬を飲んだという、不老不死の人間だそうだ。
私はそのとき、ただ永遠をともに生きる者が増えたと、馬鹿みたいに喜んでいた。
しかし、藤原妹紅は私を憎んでいた。
妹紅は私を殺そうとして、私は殺されまいとして、何度も殺し合いをした。
本当はそんなこと、したくもないのに。
ねえ、私たち、仲良くすれば、きっと楽しいよ。
ずっと楽しく、生きていけるよ。
そんなことを考えながら、私は妹紅を殺した。
何度も。
何度も何度も。
何度も何度も何度も……。
やがて妹紅は、人間の里の半獣と仲良くするようになった。
悔しかった。
私がどれほどの時間を、妹紅と共有してきたか。
お前なんかより、私のほうが……。
それと同時に、悲しくなった。
そいつはいつか死ぬよ?
いつかあなたを置いてくよ?
なのになんで、そんな幸せそうにする。
何で……。
そして、半獣は死んだ。
妹紅を残して。
だと思った。
今度こそと。
だけど、あなたは人間に、私へ向けたことのない笑顔で話していた。
人里が、本当に似合っていた。
許せなかった。
今、失うその悲しみを、苦しみを、痛みを味わったはずなのに。
死んだじゃない。
置いてかれたじゃない。
今、またあなた、独りぼっちじゃない。
私といれば、そんなこともなくなるじゃない。
なのにあなたは人の下へと帰ろうとする。
私を置いて。
ひとりぼっちで。
ねぇ、妹紅。
あなたのことが、大好きです。
日が昇り、すっかり泣き疲れて眠ってしまった妹紅を置いて、永遠亭へと戻った。
あんな状態で眠れるはずもなく一眠りしていたら、さっそく妹紅がやってきた。
いや、たしかに来るとは言っていたけれど、少しは時間を考えてくれてもいいじゃない。
「ごきげんよう、妹紅」
「ごきげんよう、輝夜」
「夕べはよく寝れたかしら?」
「おかげで一週間ぶりにまともに寝られたよ」
「よく言うわ、あれだけ泣いていたくせに」
「これだけ殺し殺されあって、今更泣き顔のひとつやふたつ、なんだって言うんだよ」
「それもそうね。深い付き合いね、私たち」
「ああ、全くだ。これからも末永く、よろしくお願いします……よッ!」
そう言ったが早いか、私の目の前に火柱が上がる。
危ないわね。
とっさに後ろに跳んで避けたからよかったものを、当たっていたら殺されてたわ。
あなたの憎しみが尽きるまで、私はあなたの殺し合いに付き合いましょう。
だから早く、私に憎しみ以外の感情をぶつけてください
それがもし、叶わないのであれば。
あなたに憎まれる私なんていらないから。
どうかその手で、私を殺してください。
「そんな程度じゃ殺されないわよ」
だからまあ、それまでは。
あなたの心を私でいっぱいにしてあげる。
『好き』でいっぱいにはできないけど。
『嫌い』だったら、できないこともないはずだから。
この命と、この心を、あなたとの永遠に捧げます。
やはりてるもこはいいもんだ。
全作品数: 11111←ゾロ目おめ!
「愛」と「憎」を往ったり来たりする危うさと切なさが上手く表現されていると思いました。
>あとがき
さぁ、早く続きを書く作業に戻るんだ
にしてもこの姫様一途で健気だなあ。
あれ、後書きの人里デート編、メル欄にパスワードのterumokoって入れたのに見れないよ…?